ドローンの識別番号を勝手に読み取るので、支払いも当然キャッシュレスの電子マネー。
 カードもサインも必要ない。充電スタンドは完全に無人化している。
 目を覚ました狩田が振り返ると、ポーラも女の子たちも、全員がシートや隙間に寝転がったまま、起きようとしない。たこ焼きの仕事で疲れているのだろう。
「はらへった、なんか買ってきて」と、薄っすら目を開けたポーラがつぶやく。
「ハイハイ、わかりました、そのまま起きずに寝転んでてね、トイレに行く時は一人ずつ、順番に行ってね」狩田は小声で言うと、ガルウィングのドアを開け、充電ステーションの建物の中へ入って行く。
 自販機で買った、おにぎりやサンドウィッチ、ハンバーガーやドリンクを抱えて狩田がドローンに戻ってきた時には、既に急速充電が完了し、離陸準備が整っていた。
「ペガサス、充電完了、離陸スタンバイ、オッケー」と狩田が言うと、再び、
「AT YOUR OWN RISK」という赤いサインが点滅した。
「ハイハイはいはいペガサスさんよ、わかってますよ、自己責任でしょ」
 めんどくさそうに狩田は手のひらをタッチパネルに広げる。
 狩田は簡単にやってしまうが、この「AT YOUR OWN RISK」のサインに、手のひらを広げて静脈生体認証する意味は大きい。何があっても保険が一切おりないということだ。さらに狩田は、シートベルトをしなくても警告が出ないように違法改造していた。
 飲酒運転と同じく、保険会社からも、ドローンメーカーからも、事故があってもビタ一文、保証金が出ないどころか、捕まったら罰則も課せられる。
 充電ステーションには監視カメラが設置してあり、ドローンから一斉に、定員オーバーの人数が降りると、どこからともなく飛んでくるパトドローン警察に捕まってしまう。
 ガルウィングのドアが閉まると、再びドローンは飛行を開始した。安定飛行に入ると、買ってきたものを飲み食いし、食べ終わると、また、みんな寝転んだ。 
 大手自動車メーカー各社は、「交通事故をなくすには全ての車を完全自動運転に!」と、大号令をかけ、大量生産、大量販売した。
 高速道路は、自動運転車でないと進入出来なくなったので事故が激減する。
 しかし、高額な自動運転車が買えない低所得者たちは、一般道を、古い車をいつまで経っても使いつづけた。
 その結果、事故が激増し、度々渋滞するので、富裕層はこぞって安心安全な空飛ぶドローンを所有した。
 スーパードローンばかりを買う、スードロマニアと呼ばれる大金持ちもいた。
 狩田は、車時代からホォラーリ好きで、このペガサスが唯一の「愛ドロ」だ。
 食事を終えた狩田は、コックピットに座ったまま、いつものように居眠りを始めた。
「アイキャントゲットノウ、サティスファクション、ノノノノー、アイキャントゲットノウ、サティスファクション、フィジ~アウェイ~、ジュライ!」
 狩田は夢を見ていた。ロックスターになり、スピードボートに乗って、フィジーの無人島へ、ビキニを着たジュライを連れて行き、いちゃつく夢。いつものことだった。
 英語が堪能な狩田は、時々、寝言を英語で言う。
 ジュライというのは、去年狩田がスカウトしたハーフの娘。まだ十五歳だというのに、大人の女性のようなグラマラスなボディで童顔。
 本名は、富士子・ジョーンズ。日本の富士山が大好きなアメリカ人の父親が名付けた。
 しかし狩田が、それでは古臭いし、ジュライという芸名にした。
 特に深い意味はなく、狩田がスカウトしたのが、たまたま七月だったという軽い理由。
 狩田はジュライを、約三十年間のスカウトマン人生で最高の逸材だと思った。
 唇が厚く、いつも口を半開きにしていたから少しアホづらに見えるジュライは、気の弱い男たちから爆発的に支持され、デビューしてすぐ、食品会社のCMに起用され、ご飯にふりかけをかけて食べる愛らしい姿は、「フジッコジェジェ」と言われ人気が出た。
 売れるとすぐにステージママの母親がしゃしゃり出てきて、「父親の仕事の関係でアメリカに戻らなくてはいけなくなったから」と言って、所属事務所を無理やり辞めさせた。
「ジェジェママ」と言われた母親の強引な営業手腕もあって、ジュライはハリウッド映画に起用され、その映画が大ヒットし、あっという間に世界的なスターになる。
 アメリカでは、ジュライ・ジョーンズを短縮し、JJと呼ばれた。
「父親の仕事の関係」というのは嘘だった。
 父親は、ジュライがまだ小さい頃二人を捨てて、とっくに何処かへ逃げてしまっていたのだ。
 狩田は普通、スカウトした女には絶対惚れたりしないが、ジュライだけは特別だった。
「アイキャントゲットノウ、サティスファクション、ノノノノー」
 狩田はむにゃむにゃと、鼻歌のような寝言を続ける。
 ジュライへの思いが、いつまでも忘れられないのだ。
「アナタハ マンゾクデハ ナイノデスカ?」
 狩田の言葉に反応したドローンが尋ねる。
「オー、イェーイェーイェー!」狩田はむにゃむにゃ、寝たまま答えた。
『アイキャントゲットノウ、サティスファクション、ノノノノー』とは、『俺は満足なんかしてねえぜ! 絶対にな、ダメだダメだダメだ』という意味だ。
「ソレデハ ドコニイキマスカ」と、ドローンは訊いた。
「フィジアウェイ、ウィズ、ジュライ!」
「フジノジュカイノ ムコウデスネ ヨロシケレバ テノヒラヲ オネガイシマス」
 ドローンに搭載されたAiは、日本語でも英語でも、何語でも理解できた。
 さらに、多少聞き取りにくくても、喋る人の言葉を、現在の飛行状況から予測する。
「ひなぐゎへきまで、ひってくれぇい」と、酔っ払ってロレツが回らなくても、その近辺に居れば、「シナガワエキデスネ ヨロシケレバ テノヒラヲ……」と、いう具合である。
 ドローンは後部に四人も載せ、後ろ過重となっていたので、水平飛行中も、かなり前傾姿勢で飛行していた。
 シートベルトをしていない狩田は、眠ったまま右手をタッチパネルに広げて自分の体を支えていたので、目的地変更の重要なコマンドは、すぐに静脈生体認証された。
 ドローンは御殿場上空で、左にゆっくり旋回し、東名高速上空を離れ、夜の富士山に向かって猛スピードで飛んだ。
 レイワ、ヘドロ、韓は、ミニスカと胸の大きく空いたエプロン姿のまま、後部シートの床に折り重なるように寝転んでいる。露わになった太ももとパンツが丸見えだ。
 三人が着ているエプロンには、大きなタコのイラストが描かれてある。
 ぴったりしたジャージの上着をはだけ、はみでる巨乳を締め付ける白いブラジャーのポーラも、口を開けたまま爆睡している。全員が絡まるように寝転んでいるので、突き出した手足は、どれが誰のかわからないほどだ。
 目を覚ました狩田が、大あくびをしながら後方を振り返りつぶやいた。
「まるでたこつぼに入った、四匹のたこみたいだ、大漁だな……」
 狩田が寝ぼけた顔を前に戻した瞬間、フロントキャノピーいっぱいに、月夜に浮かぶ、真っ黒い富士山が広がっていた。
「うわっ! なんだこりゃ!」
 次の瞬間、ドローンの室内に赤ランプが点滅し非常警告音で満たされた。
「キンキュウジタイデス、デンジハコウゲキヲウケマシタ、キンキュウチャクリクシマス」
 けたたましい電子音声に後部シートの全員も飛び起きる。
「なにっ!」
「どうしたのっ!」
「なにがあったのっ!」
 富士の裾野には、法改正により自衛隊から正式な「軍」となった日本陸軍の基地兼、訓練場があった。広大な敷地には、ドローン攻撃に対処するための電磁波砲が張り巡らされているのである。
 近づいてくるドローンには容赦なく発射された。警察のパトドローンに搭載されている電磁波砲は、飛行中のドローンの全機能を停止させ、空中でホバリング状態にさせた。
 しかし、軍の所有する電磁波砲は、即時、怪しいドローンを強制着陸させる強力なもの。
 地上の状態が海や森林、住宅地であろうがなかろうが、問答無用。
 狩田たちの乗ったドローンは空中で急停止すると即座に高度を下げ始めた。
 こうなると、もう操縦者は手の打ちようがない。黙って捕まるよりない。
 下手するとテロリストとみなされ撃墜される。
 世界的に小規模なテロが頻発していた。日本でも、大昔に起こったオウム真理教事件の後、施行された、テロ対策特別法は年々強化され、厳罰化されていた。 
 自衛隊を強引に「軍」としたことによる左派系テロが多発しているのだ。
「ああっ! やべえッ、逮捕だぁ~、っていうかやべえっ! 墜落するっ!」
 バリッ、ベキベキベキッ、ボキッ、キュイーン、ガシャッ。
「キャーッ!!!」
 ドローンは樹海の森に着陸しようとして、プロペラが木の枝にからまりひっくり返りながら墜落していった。
 ガラガラ、ガッシャーン、ボン!
 真っ逆さまになって地面に落ちる瞬間、卵型のポッド内部が、瞬時に数千個のエアボールで満たされた。
 直径一ミリの粒が、緊急時にありとあらゆる隙間から噴射され、瞬時にテニスボール大に膨張する、衝突軽減のエアバックの進化版だ。
 レイワ、ヘドロ、韓、ポーラ、それと狩田は、びっしりと隙間なく埋め尽くされた、たこつぼの様な卵型ポッドのエアボールの中、全員、気を失った。
 少し間があり、逆さまになったガルウィングのドアが自動でゆっくりと開く。それはガルウィングというよりすべり台。開いた隙間からエアボールがこぼれ出る。
 半分ぐらい開くと、墜落の衝撃でフロントホックのブラジャーが外れオッパイモロ出しのポーラが、ボールと一緒に仰向けに転がり出てきた。
 ドアが完全に開くと、パチンコ玉の様に大量のボールが流れ出てきて、それと一緒に、ミニスカがめくれ上がった、三人の美少女がゴロゴロと転がり出た。

 現在  神奈川 御殿場 青木ヶ原の樹海  

 昴(スバル)は樹海に向かってトヨタRAV4を走らせていた。
 二十五年以上経った初期型RAV4は、たったの十万円だった。十九歳の昴が生まれる前に作られた車だ。
 ボンネットには若葉マークがついて、車内のセンタークラスターには、昔ながらのラジカセがついている。
 運転する昴の?には、往復ビンタで出来た、手のひらの赤い跡。
 浪人中、父親に内緒で取った運転免許。即日交付されたその日、そのままの足で近所の中古屋に買いに行ったポンコツの小型四駆だが、隠し持っていたのを、父親に見つかったのだ。
 神奈川県の片田舎、御殿場市にある、たいして儲かっていない病院の跡取り息子として生まれた星野昴(ホシノスバル)は、医者になって病院を継ぐことを強要された。
 でも、父親と違って、短大卒の母親に似た昴は、学校の成績が悪かった。
 母親は、父親と若い看護婦の浮気に愛想をつかし、昴がまだ小さな頃、離婚し、家を出た。昴は、体も小さく、弱かったので、学校でも、いじめられた。
 よういう医者のボンボンとは違って、小遣いも多くはない。
 運転免許と車は、取得費用など諸経費も含めて、丸ごと学生ローン。
 浪人生だというのに、親が医者だと言うと、すぐにローンが組めた。
 父に黙ってハンコを持ち出し、勝手に保証人にしたからだ。
 それが父にバレ、父の逆鱗に触れた。
「この馬鹿野郎!」と言って、昴に?ビンタをして、
「すぐにその車を返してこい!」と、怒鳴りつけたのだった。
 僕は自他共に認めるゲームヲタクだ。
 毎週末、塾に行くふりをしては、ゲーセンに行っていた。
 そんな高校時代だったから、医大の入試など合格するわけがなく、あっさり浪人した。
「お前はバカじゃないんだ。やればできるんだ。努力は必ず報われる」
 と、親父は繰り返す。しかし、
「イイクニツクロウ鎌倉幕府? スイへーリーベーボクノフネ? サインコサインタンジェント? アルキメデスの定理? 歴代の総理大臣? そんなこと覚えて何になる?」 特に、数学や化学の試験なんて何が書いてあるのか、問題の意味すらわからない。
「来年もダメに決まってる」
 ゲームと車以外の、もうひとつの趣味、ラジコンのドローンレーサーになる夢も、父親に猛反対された。
「もう夢も希望もない……」
 病院は出来のいい妹の乙女(おとめ)が継ぐだろう。乙女座生まれだからという理由で父親がつけた名前だ。乙女は進学校でトップクラスの成績。乙女という名前とは真逆で、気が強く、スポーツ万能。喧嘩になると僕より運動神経がいいから、いつも昴が頬ビンタをされる。
 そばかすとホクロが多いのが玉にキズだが、わりと美少女の部類に入る。
 なんの取り柄もない昴とは大違いだ。
「僕なんて存在する意味はないんだ」
 RAV4は夕方頃、青木ヶ原の樹海に着いた。富士山麓にある自殺で有名な場所。
 舗装道路を外れ、荒地を四駆のRAV4で行ける所まで行くと、そこから先、車を乗り捨て、徒歩で樹海の奥へと歩いて行った。
 昴が車から持って来たのは、手のひらサイズのマイクロドローンが入った小型バックとランディングパッド。それと、首を吊るためのロープ。
 薄暗い樹海の森は、気味が悪いが、死のうと決めた昴にとっては、何も怖くない。
 昴は父親に対する怒りに満ち溢れていた。
「くそっくそっくそっ、あのスケベ親父めっ! 母を裏切り、僕に医者になれと強要する。ミイラのような老人相手の終末期医療の医者なんてまっぴらだ! 命を助けても大して感謝されない。そのくせ医療事故が起こると訴えられる」
「僕は中学の頃、プロゲーマーになりたかった。それを親父はあっさり否定した」
「そんなバーチャルの世界で食っていけると思うのか?」
「プロのラジコンドローンレーサーになりたい」と言ってもだめだった。
「そんな職業に未来があるのか? 世間様に恥ずかしくないようにしろ」
 医者以外、全て否定する。
「世間様っていったい誰なんだよ?」
「くそっくそっくそっ、僕の人生が台無しになったのはあいつのせいだ。このままだと殺してしまいそうだから、最後の親孝行として自殺してやるんだ。今に見てろよ!」
 樹海の奥地まで行くと、白骨屍体やミイラが転がっている。首を吊ったばかりの太った中年男の屍体が枝から重そうにぶら下がっていた。ずり落ちそうなメガネをかけたまま、ヨダレをたらし、舌が飛び出している。その傍らには服毒自殺したのだろうか、抱き合ったままの、男女の屍体もある。全裸で横たわり、ウジが湧き、無数のハエがたかっている。
 腰にぶら下げていたLEDランタンの燈で見るとホラー映画のようだ。斜めに射し込む満月の月明かりも、樹海を通してまだらになり、薄気味悪さを助長している。
「よし、ここら辺でいいかな……」
 強烈な腐乱臭もミイラも、首吊り屍体も気にならない。そんなの病院で慣れっこだ。
 昴も時々、老人の介護を親父に強制された。老人のオムツ交換の時に嗅ぐ、ウンコの臭いに比べたら全然マシだった。子どもの頃から、病院の中が遊び場だった昴は、病室内で首を吊っていた介護疲れの家族も見たことがある。
「何故か、ここは落ち着く。皮肉なもんだな……」
 昴はランディングパッドを広げた。
 それは中型以上のドローンを飛ばす時に地面に置く、ヘリパッドだ。広げると四十センチほどの大きさで、メビウスの帯のようにひねって畳むと小さな輪になる。
 本物のヘリポートと同じく、オレンジ色で「H」と大きく字が書いてある。
 昴はそれを精密工具のマイナスドライバーで切り裂き、大きく穴を開けた。
 それを太めの木にロープで吊り下げ、幹が折れないか、体重をかけてみる。
「これがラジコンドローンレーサーになりたかった僕の遺書代わりだ。このランディングパッドで首を括れば本望だ。あの頑固親父も、きっと思い知るだろう」
 僕は、最後のひと飛ばしに、手のひらサイズのマイクロドローンを取り出し、FPVゴーグルを装着した。これは水中眼鏡のようなものの中に、受信機とモニターが埋め込まれていて、ドローンに付いたカメラの映像が見えるようになっている。
 これを装着すると、まるで自分がドローンに乗っているかのように操縦出来るが、側から見ると、ドローンの動きに合わせて体をくねらせ、口が半開きになってしまうので、女性からはキモ悪がられた。
 けれど、ラジコンドローンレースは、今では世界大会まで開かれている。
 去年はドバイで行われ、韓国人の少年が優勝賞金一億円を手にした。
「くそっ、僕もあの大会にエントリーさえ出来たら、絶対に優勝できた。しかし、あのクソ親父は、予選の日も、僕に老人のオムツ交換を命じた。くそっくそっくそっ!」
 苦労して自作した僕の分身とも言えるマイクロドローンは、昴の手のひらから離陸すると、搭載したLEDサーチライトを点灯し、樹海の森へと飛んで行った。
 もう樹海は、深い闇に包まれている。
 マイクロドローンのサーチライトで照らされた樹海の森がゴーグルの中で流れ飛んで行く。トンネルだらけの首都高速を疾走する感覚。しかも、小枝や葉っぱなど障害物だらけ。
 昴はそれを、磨きをかけた操縦テクニックで次々にかわして行く。
 明るい昼間なら比較的簡単だ。しかし夜になると途端に難易度が上昇する。ジャングルのラリーを、夜やるようなものだ。しかも、空を飛ぶドローンに道はない。
 百メートルくらい飛んでいった場所で、急に垂れ下がったロープが目の前に現れた。
「おっと!」
 水平飛行のドローンを瞬間的に縦にして、ロープの隙間をくぐり抜ける。
「首吊りロープだな……」
 ドローンを急停止させ、その場でUターンしてみる。枝から垂れ下がったロープが見えた。ゆっくり高度を下げると、画面いっぱいに骸骨の顔が広がった。
 画面に映った骸骨が少し暗くなった。
「あ、やっべ、そろそろもどすか」
 ドローンに搭載したバッテリーをサーチライトにも使っているので、夜間の飛行時間は半分くらいになる。昴は大急ぎで、引き返す。と言っても、指先を素早く動かすだけだ。
 ゲームで慣れた昴にはこんなマイクロドローンを飛ばすことなど、朝飯前。
 父親に隠れてやっていたオンラインゲームでは世界チャンピオンになりかけたこともある。
 マイクロドローンはすぐに樹海の森を抜け、画面にはゴーグルを付けて立っている昴自身が映った。
「バッテリーは、まだ大丈夫そうだ」ドローンの向きを変えると、さっき、ぶら下げた、穴の空いたランディングパッドが闇夜に浮かんでいる。
「ああ、あのクソ親父のせいでつまらない人生だったな、このループに僕は首を突っ込んで、あの世に行くのか、これで最後だな……」
 ドローンをランディングパッドの穴に向かって飛ばした。
 ループを抜けると画面いっぱいにオッパイが映った! すぐにぶつかっって跳ね返る。
 ハート形をしたロケットペンダントが、オッパイの谷間で「キラッ」っと光った。
 あまりの出来事に、昴はドローンのコントローラーレバーを倒したまま硬直した。画面にはまだオッパイがいっぱいに映って近づいてくる。生まれて初めて見る本物のオッパイ。本物と言っても、モニターだからエロビデオと同じだ。だけどこれは現実だ。
「ん? 現実?」
 ポヨヨーン、ポヨヨーン、と何度かオッパイではねかえったドローンは、
「ギャッ! なにこれっ!」という声とともに叩き落とされた。
 咄嗟にゴーグルを外して裸眼で見るが、木からぶら下げたランディングパッドを切り裂いたループがあるだけだった。ループの辺りには何もない。
「キャー、なによこれっ!」
「ひーっ!」
「なになになになになに!」
「ギャー」
「もう偵察用ドローンがきたのかっ!」
 闇の樹海から声が聞こえる。
 でも何も見えない。
 昴は慌ててゴーグルを付け直す。
 画面には、スーパーローアングルから捉えた、ミニスカートの中のパンツが丸見えだった。それも三人分。サーチライトに照らし出された色とりどりのパンツは、三人がひしと抱き合って怯えているようだった。
 もう一度ゴーグルを外してみるが、目の前にあるはずのものが、何も見えない。
 だが、ループの中から話し声だけ聞こえる。首を突っ込んで首を吊る予定だったランディングパッドのループ。確かにその中から話し声が聞こえるのだ。
 昴は、地面に転がっていた木の幹を踏み台にし、思いっきり背を伸ばして覗いて見た。
「ぎゃっ!」
 鼻と鼻がぶつかった。
 僕は腰を抜かした瞬間、あごにループが引っかかり、もんどり打って倒れた。
 ループいっぱいに、割れたサングラスをした鬼気迫った顔のおっさんがいたのだ。
「ななな、なんなんだ?」
 僕は腰を抜かしたまま動けない。身体中が親父に対する恐怖で震える。止まらない。
 少し間があって、次にループから顔をのぞかせたのは綺麗なお姉さんだった。
 お姉さんはキョロキョロと辺りをうかがうと、
「大丈夫そうよ、おにいちゃんがひとりいるだけ」と、言い終わると、ループをくぐってこっちに来ようともがいた。
 しかし、胸がつっかえるのか、頭と二の腕まで出てきたところで止まった。
「あんたなにしてんの、助けて! ひっぱっって! あんたたちもお尻、押してっ!」