【異世界恋愛小説コンテスト奨励賞受賞】娼婦に婚約者の第二王子を奪われ、すべてを失った令嬢は、復讐のため第一王子と結婚して王妃になる。

「ここが生徒会室なの……?」

「そう。僕も中に入るのは初めて。僕だけじゃなくて、ほとんどの生徒には卒業まで全く縁のない場所だけれども」

 放課後、エリスとロイは生徒会室の前に来ていた。

 エリスは、生徒会室、という言葉から、てっきり校舎の中の一室だと解釈していたのだが、この学校の場合は違っていた。

 敷地内に建てられている、二階建ての離れが丸ごと生徒会室だったのだ。

「立派な建物……」

 エリスは思わずため息をついてしまった。

「ねえ、やっぱり帰らない? 教科書のためにわざわざお邪魔するのも気が引けるし……」

「何を言っているの! ルーイ兄さまとの約束を破る気?」

 ロイは、弱気になっているエリスを一喝した。

「ほら、行くよ!」

 エリスは、ロイに強く背中を押され、重い一歩を踏み出した。



 エリスとロイは、ルードヴィッヒがいる生徒会長の執務室に案内されると、

「来てくれて本当にうれしいよ」

 とルードヴィッヒが出迎えてくれた。

 エリスは、一刻も早く用事を済ませて出て行きたい気分だったが、ロイは初めて来る場所に大はしゃぎだった。

「あっ、あれは何ですか?」

「ちょっとロイ……」

 とエリスがロイを窘めようとしたとき、

「あれは歴代の生徒会の写真だよ。近くで見てみるかい?」

 とルードヴィッヒの方から申し出てくれた。

「いいんですか!?」

 ロイは目を輝かせ、一人でさっさと写真の前に行ってしまった。

「レディ、君も見て来るといい」

「え、僕は……」

 エリスが戸惑っていると、

「アーサー! ちょっと来て!」

 興奮した口調のロイに呼ばれた。

「おや、彼は何か大発見をしたようだね。俺たちも行くとしようか」

 ルードヴィッヒはエリスを促した。



「ねえねえ、見て! この人、クロードさんにそっくりじゃない?」

 ロイが指さしている人物をエリスはじっと見つめた。

「本当だ……ちょっと似ているかも」

 髪型は今と異なっているが、一部の隙もない潔癖な雰囲気はとてもよく似ていた。

「でも、クロードがこの学校の卒業生だなんて聞いたことがない。他人の空似か、親戚の人じゃない?」

「そうかなあ。こんなに似ている他人の空似ってある?」

「彼がどうかしたのか?」

 ルードヴィッヒがエリスとロイの背後から声をかけてきた。

「あ、ルーイ兄さま。この人は誰なんですか?」

「彼か、彼は伝説の生徒会長殿だよ」
「え! クロードさんが伝説の生徒会長?」

「いや、だから、まだクロードが伝説の生徒会長と同一人物と決まったわけじゃないから!」

 ロイは、すっかりクロードを伝説の生徒会長だと決めつけている。

「伝説の生徒会長って、学業の成績はもちろんですけど、生徒会長としてもすごく有能で、この学校に様々な改革をもたらしたんですよね?」

 ロイはルードヴィッヒに同意を求めた。

「ああ、よく知っているね。そうだ、いいものを見せてあげよう」

 ルードヴィッヒは、エリスとロイをキャビネットの前に連れて行くと、引き出しを開けてみせた。



「これは……タイ?」

 引き出しの中には、色とりどりのタイが一つ一つケースに入れられて保管されていた。どれもエリスたち一般の生徒が着用しているタイとは、違う色をしていた。

「そう、歴代生徒会長のタイだ。残念ながら全員分はないが」

「じゃ、じゃあ、伝説の生徒会長のタイもあるんですか?」

 ロイは、興奮を隠しきれていない様子だ。

「これだ」

 ルードヴィッヒは、ケースを一つ手に取り、エリスとロイに見せてくれた。

「俺はこのタイが欲しい」

「……タイが欲しい? ご自分でタイを買えばいいのではないですか?」

 エリスは、当然過ぎる疑問を口にした。

「あのね、アーサー、この学校には、卒業する先輩が、後輩に自分のタイを託すという伝統があるんだ。タイを託されるのは、先輩に認められたってことで、ものすごく重要な意味があるんだよ」

「そんな伝統があるなんて知らなかった――では、ここにタイがあるということは、託すべき後輩がいなかったということでしょうか?」

 エリスがルードヴィッヒに問いかけると、

「ははは、手厳しいことを言うな、君は。確かにその通りだ」

 とルードヴィッヒは声を上げて笑った。

「伝説の生徒会長殿が卒業するときは、残念ながら、彼がタイを託すに値する後輩はいなかった。俺は彼に認められたい、そして、このタイを託されたい」

「どうして伝説の生徒会長なんですか? 他にも優秀な先輩はたくさんいらっしゃるのに」

「何でかって? それは彼が一番優れた生徒だからだ」

「直接お会いになったことは……?」

「いや、ない。俺が入学したのは彼の卒業後だったからね。でもあの頃はまだ、彼を直接知っている先輩方もいて、よく話を聞かせてくれた。中には誇張かと思うような話も多々あったけれど。生徒会に入ってからは、歴代の生徒会に関する資料を読み漁った。やっぱり本当にすごい人だった」

 ロイを始め、多くの生徒に敬愛されているルードヴィッヒにも、尊敬している人物がいて、しかもその人物があのクロードかも知れないということに、エリスは戸惑っていた。
「ところで、その『クロードさん』についてもっと詳しく教えてくれないか?」

「クロードさんは、アーサーの執事で、紅茶を淹れるのがとっても上手なんです」

「へえ……それは興味深い。伝説の生徒会長殿も随分と紅茶に拘りがある人物だったみたいだからね」

「ええー! やっぱりクロードさんが伝説の生徒会長だったんだよ!」

 ロイが目を輝かせながら、エリスを振り返った。

「ロイ、そう決めつけるのは早すぎだよ。紅茶が好きな人なんて、この世にいくらでもいる」

「そうかなあ……」

「絶対にそう!」

 そう断言してみたものの、エリス自身が一番、クロードと伝説の生徒会長は同一人物ではないかと疑っていた。

 だが、自分やクロードが何の為にこの学校にやって来たのかを考えると、たとえ否定する余地がなかったとしても、否定する以外のことは出来なかった。



「ならば、今度、俺を君たちのお茶会に招待してくれないか?」

「!」

「わっ! ルーイ兄さまが僕たちとお茶を!」

 エリスとロイは、ルードヴィッヒの申し出に対し、全く反対の反応を示した。

「どうしたんだ、レディ? 浮かない顔をしているようだが。俺がお茶会に参加するのは不満かい?」

 ルードヴィッヒは、ごく自然な様子で、エリスの顔を覗き込んだ。

(ち、近い……!)

 いきなり目の前にルードヴィッヒの顔が現れ、エリスは思わず息を呑んだ。

「いえ、全然そういうわけではなく……、その、クロードの都合も聞いてみないと……」

 エリスはルードヴィッヒの視線を避けながら答えた。

「クロードさんだったら大丈夫だよ! 僕がいつ行っても、完璧にもてなしてくれているよ!」

(ああ、ロイったら余計なことを……)

 エリスは自分の身の上を恨めしく思っていた。もし、今、〈アーサー〉ではなく〈エリス〉であったら、ルードヴィッヒの申し出を喜んで受け入れていただろう。だが、〈アーサー〉であるエリスは、〈アーサー〉に徹し、目的を果たさなければならない。

 確かに、ルードヴィッヒに近づく良い機会であることには間違いない。しかし、ルードヴィッヒの方が、クロードに積極的に興味を持つとは考えてもみなかった。

 短い間ではあるが、エリスはルードヴィッヒと接してみて感じたことがある。それは、ルードヴィッヒに見つめられていると、心を見透かされているような気分になることだ。

 それゆえ、自分とクロードが何の目的でこの学校にやってきたのか、ルードヴィッヒに感づかれてしまうのではないかとエリスは漠然とした不安を抱いていた。

「レディの言うことももっともだ。いきなり客が一人増えるんだ。執事殿の都合も聞くべきだろう」

「……わかりました。クロードに聞いておきます」
「生徒会長がいらっしゃる……?」

 グラスを磨いている手を休め、クロードはエリスの方に振り返った。

「そう――」

 やっぱり無理よね、とエリスが言葉を繋げようとする前に、

「それで、いついらっしゃるんですか?」

 とクロードが即座に返した。

「え……ご招待してもいいの?」

「問題ありません。主人が決めたことに反対する理由などありませんので。それに、生徒会長とお近づきになる絶好の機会ではありませんか?」

 もう、この話は終わりだ、と言わんばかりにクロードは作業を再開し始めた。

「まだ他に何か?」

 なかなかその場を離れようとしないエリスに、クロードは声をかけた。

「言いたいことはわかるけど、私自身、生徒会長とは知り合ったばかりだし、個人的にお茶にご招待するほどまだ親しくはないというか……」

 こうは言ってみたものの、エリスの心配はほかのところにあった――ルードヴィッヒは、きっとクロードに探りを入れてくるだろう。しかも、あのルードヴィッヒのことだ、どのような形で探りを入れてくるのかわからない。

 目的を果たす前に、どんなに些細なことであっても、こちら側の情報は漏らすべきではないとエリスは考えていた。だから可能な限り不要な接触は避けたかったのだ――特に向こう側から接触があった場合は。

「ご心配は無用です。主人の恥になるようなことは決していたしません」



「ところで、私のことよりも、まずはご自分のことを気にされたらいかがですか?」

「えっ、私!?」

 エリスは素っ頓狂な声を上げた。

「先ほどから、随分と言葉が乱れていらっしゃいます」

「あ……!」

 エリスは慌てて口を押さえた。

「この学校に入学してから……いえ、正確に申し上げれば、実技試験を終えてから様子が変わられました」

「……」

 具体的には言っていないものの、エリスのルードヴィッヒに対する感情のことを、クロードは指摘しているのだろう。

 クロードに感づかれていたことを知り、エリスは恥ずかしさのあまり倒れそうになった。

「あなたの人生ですから、私がとやかく言う筋合いはございません。しかし、今のご自分の立場をお忘れなきよう」

「わかった……これからは気を付ける……」

 エリスは気まずそうに小さな声で答えた。
 その日、エリスは朝からそわそわしていた。

「お花はどこに置けばいい? この花瓶はどう?」

「そのように私の前をうろつかれると非常に邪魔ですし迷惑です。大人しく座っていていただけませんか」

「そう言われても……」

 エリスがこのように浮足立っているのには理由があった。

 今日、ロイがルードヴィッヒを連れてこの部屋にやって来るのだ。

 エリスは、クロードに言われた通りに椅子に座ってみたものの、やはり落ち着くことができなかった。

「全くあなたという方は……時間になったらお知らせしますので、お部屋でお待ちください」

 呆れ気味のクロードに促され、エリスは大人しく部屋へ引き下がった。



(やはりご招待しなかった方が良かったかしら……。ご招待するにしても、色々と準備が整ってからの方が良かったのでは……?)

 一人になったエリスは、クロードの目がないことをいいことに、忙しなく部屋の中を行ったり来たりしていた。

(あら? あれは……)

 エリスは部屋の隅に目を留めた。

 そこには、見慣れぬ箱が置いてあった。

(ああ、クロードが言っていたのはこの箱のこと?)

 数日前、エリスはクロードに、この荷物が届いていることを知らされていた。クロードに中身を確認するようにも言われていたが、エリスは、忙しさにかまけてまだ手をつけていなかったのだ。

 エリスは、箱に近づいて蓋を開けた。

 中には、エリスが以前、読みたいと言っていた本や、昔から愛用しているインクが入っていた。

(良かった、手に入って)

 エリスは、インクの瓶をつまみ上げ、満足気に眺めた。

(これは何? お願いした覚えはないけど……)

 箱の中には、頑丈そうなもう一つ箱が入っていた。

 このような箱に入れられているのだから、その中身は繊細な物であることが予想できた。

 エリスは静かに蓋を開けると、中に入っていたのはバイオリンだった。

(これ、私のだわ……)

 クロードが手配してくれたのか、誰かが気を利かせて荷物の中に入れてくれたのか。

 久しぶりの旧友との再会は、エリスを一瞬にして緊張から解き放ってくれた。

(せっかくだから、弾いてみようかしら)



「おや……?」

「どうしたんですか? ルーイ兄さま」

「いや、バイオリンの音色が聞こえるんだ。ほら、あの窓から――素晴らしい音色がね」

「あの場所は確か……。アーサーの部屋じゃないかな? へー、アーサーってあんなにバイオリンが上手だったんだ」


「もう間もなくお客様がお着きになります。ご準備を」

「わかった。今行く」

 エリスは、鏡の前に立ち身だしなみを整え、出迎えの用意をした。



「そろそろ披露会の時期だが……君たちのクラスは誰が出るんだい?」

 ルードヴィッヒは、新たな話題を出した。

「いえ、まだです。来週あたり決めるんじゃないかな……」

「あの、披露会とは何でしょうか?」

 エリスは、初めて耳にした<披露会>についてルードヴィッヒとロイに尋ねた。

「ああ、君はこの学校に入ったばかりだから、知らなかったね」

「披露会っていうのはね、この学校の伝統行事で、クラスから一人代表を出して、その人が全校生徒の前で一芸を披露するんだ」

 ロイが、ルードヴィッヒに代わって説明をした。

「へえ」

 エリスは相槌を打ちながら、他人事のような話として聞いていた。

「ところで、窓の下を歩いているときに、バイオリンの音色が聞こえて来たんだが……あれは君が弾いていたのか?」

「え、あ、あの……聞いていらっしゃったんですか?」

 自室の窓を開けっぱなしにして、バイオリンを演奏してしまったいたことをエリスは急に思い出し、恥ずかしくなった。

「久しぶりに演奏したので上手く弾けなくて、本当にお恥ずかしいです」

「いや、とても素晴らしかった。どうだろうか? 今、ここで聞かせてもらえないか?」

「わあ、賛成! 僕も聞きたい!」

 二人にせがまれ、それでもエリスがまだ重い腰を上げないでいると、

「お客様をおもてなしすることも主人の重要な役目です」

 とクロードまでもがエリスを急かした。



「さすがに『今、ここで』というのは、急すぎるお願いだったかな」

 エリスは、難を逃れたと胸をなでおろした。

 しかし、次の瞬間、

「ここの部屋にはピアノがあるな……」

 と、ルードヴィッヒは室内にあるグランドピアノに目を留めた。

「調律済みですので、すぐにお使いいただけます」

 ルードヴィッヒが言わんとしていることを、クロードはいち早く理解し、すぐさま反応した。

「そうか。準備がいいな」

 クロードは、鍵盤蓋を開け、椅子のセッティングをした。

「どうぞ」

「ありがとう」

 椅子に腰かけたルードヴィッヒは、エリスの方を向き、

「どうだ、合奏しないか? 曲は君がさきほど演奏していた曲でいい」
「でしたら、楽譜をお持ちします。クロード、楽譜を」

「はい、すぐにお持ちいたします」

「いや、楽譜はいい」

「?」

 エリスが不思議そうな顔をしていると、

「ああ、この曲は昔よく弾いていてね……暗譜しているんだ。まあ、ピアノ自体久しく弾いていないから、ちょっと自信はないが」

 とルードヴィッヒが微笑んだ。

「さあ、演奏を始めてくれ。君に合わせるから」




 演奏が終わると、しばしの静寂ののち、ロイが立ち上がって拍手をした。

「すごい! ルーイ兄さまって何でもできるんですね! 文武両道……いや、ピアノも弾けるから、それよりももっとすごいのか……」

「ええ、先輩の演奏のおかげで、とても気持ちよく演奏できました」

「二人とも、そんなに褒めないでくれ。しかし、この部屋にこんなにいいピアノがあるとは」

 ルードヴィッヒが愛おしそうにピアノを撫でた。

(きっとピアノがお好きなのね。それに、私よりもずっとお上手だった。ピアノも先輩に弾いていただいた方がずっと……)

 エリスは、ピアノを見るルードヴィッヒの表情を見て、ぼんやりとこんなことを考えていた。

「いかがでしょう? お時間のある時に、ピアノを弾きに来ていただいては」

「え? ああ……うん」

「主人もこう申しております。どうぞお好きな時にいらっしゃってください」

「そうか。ならばお言葉に甘えることにしよう」

 考え事をしているときに、クロードに話しかけられ、空返事をしてしまったことをエリスは後悔した。

 



 ――数日後。

 エリスのクラスで、披露会の代表を選ぶための話し合いの時間が設けられた。

 選考方法は、推薦された生徒の中から投票で、最も多くの票を獲得した生徒を代表とするというものであった。

(今回、私には関係ないわね……。だってつい最近、この学校に入ったばかりだもの。みんな私にどんな芸があるか知らないもの)

 エリスはのんびりと構えていた。

「アーサー君を推薦します」

 いきなり自分の名前が呼ばれ、エリスは慌てて声のした方を振り返った。

 見ると、声の主は、エリスを見てにやにやといやらしい笑いを浮かべている。

 嫌な予感がした。そして、それはすぐに現実のものとなった。

 エリスは、圧倒的な票数を獲得し、クラスの代表に選ばれ、披露会に出ることとなったのだ。
 放課後の帰り道。エリスとロイの会話の内容は、自然と披露会のことになった。

「ねえ、いいの? 披露会の代表をあっさり引き受けちゃって」

「ああ、そのこと? あまりいいとは言えないけど……みんなの前でバイオリンを弾けばいいだけの話だから……」

 ロイが大きなため息をついた。

「僕は今、後悔しているよ。君に、もっとちゃんと披露会のことを話しておけば良かったって」

「ただ芸を披露するだけの会ではない?」

「そうだよ。あいつらの顔を見たでしょ?」

 エリスは、クラスメイトたちの顔を思い返していた。

「あの顔はそういう意味だったんだ……」




「ええ! そんな、どうしよう……」

 ロイの話を聞き終わると、エリスは絶句し、クロードの方を縋るように見た。

「仮装なんてどうすればいいの?」

「『どうすれば』と言われましても……。まあ、何も考えがないわけではありません。少しお時間をいただければ、手配いたします」

「そう、良かった……。仮装の件はクロードに任せるよ」

「かしこまりました」

「ロイ、教えてくれてありがとう。当日は恥をかかなくてすみそうだ」

 大きな仕事を片付けた後のような解放感からか、エリスは完全に緊張から解き放たれていた。

「実は、この披露会にはもう一つ大きな意味があって」

「まだ何かあるの?」

 再び緊張が走った。

「むしろこっちの方が、披露会の本当の目的だと思う。披露会は、生徒会役員の選抜を兼ねている」

「ならば、ますますこの学校に入ったばかりの僕がクラスの代表に選ばれるのはおかしい。他にもっとふさわしい人が……」

「そうなんだよ。君が選ばれるのはおかしいんだ。この学校には、王族や貴族をはじめとする上流階級の息子が多い。そういった連中は大抵、上流階級の嗜みとして、楽器の演奏くらいは普通にできる。確かに、君やルーイ兄さまの腕前はかなりのものだと思うけれど、それは特段、珍しいことじゃない。例えば僕らのクラスの級長は、成績優秀だし、彼のピアノの腕前もかなりものだって聞いている。順当に行けば、級長が代表に選ばれていたんじゃないのかな……」

 生徒会の役員を選ぶような大切な場を使ってまで、自分は嫌がらせを仕掛けられているのかと思うと、エリスは恐ろしくて身震いした。 
「よほど君のことが怖いらしい。今のうちに潰しておきたいんだろうね」

「潰す……? ただ単に嫌がらせをしたいだけではないの? 流石に披露会の場を使って嫌がらせを仕掛けてくるのは、やり過ぎではないかと思うけれど」

「いいや」

 ロイは大きく首を振った。

「君はそのうち生徒会の役員になる可能性がある。たとえ披露会に出なくってもね」

「僕が? 生徒会に? どうして?」

 意外すぎるロイの言葉に、エリスは疑問しか浮かばなかった。

「だって君はルーイ兄さまのお気に入りじゃないか」

「お気に入りってほどじゃ……」

「君はそう言うかもしれないけど、周りにはそう見えている。実際に僕にもそう見える」

「仮に、先輩に誘われても、生徒会に入るかどうかはわからない……」

 本音であった。エリスは、自分の立場を理解していた。自分は本来、この場所にいるべき人間ではない。そして、いつまでこの場所にいられるか、全く不透明な状況にあることを――。

「アーサー! 自分が何を言っているのかわかってる?」

 バンっ、と大きな音がするほど、両手で机を強く叩くのと同時に、ロイが勢いよく立ち上がった。 




 一瞬、ビクっとした後、エリスはこわごわとロイの顔を覗き込んだ。

「ごめん。つい、興奮しちゃった」

 ロイが座り直すと、エリスは、ふと疑問に思ったことを口にした。

「この学校の生徒会には、何があるの? さっきから君を見ていると、この学校の生徒会は、単なる生徒たちの組織ではないような気がする」

「……この学校の生徒会の役員をやったってことは、将来、いや、一生涯役に立つと言われている」

 一呼吸おいて、ロイは語り始めた。

「人脈とかね」

「人脈? この学校では、自分の身分について明かすのは禁止されているはずでは?」

「それは在校中の時だけだよ。卒業したら関係ない。卒業後にどこかの上流階級の集まりで、元クラスメイト同士が久々に再会した、なんてよくある話さ」ロイは続ける。「まあ、普通の生徒同士はこんな感じなんだけど、生徒会は生徒会で卒業後に別の集まりがある」

「もしかして、それが人脈の正体?」

「そう。その集まりに行くとね、すごいんだって。錚々たる顔ぶれらしい。話によると、どこかの国の王様もいるとか!」

「生徒会のメンバーに選ばれたということ自体が、エリートの証ということ……?」

「そういうことになるね。学業が優秀なことはもちろんだけど、家柄ももちろん選考基準に入っているんだろうなあ。僕には縁のない話だ……」