朝、いつものように3丁目の角で待ってたんだけど、紗々もケイも来なかった。
3人で遊ぶようになってから、朝も早くから学校に行くことが増えたから、あんまり朝の廊下を朝礼に間に合うように走り抜けるっていうのはなくなってたんだけど、今日は久しぶりに走った。
教室に入って、窓側の後ろから二番目にある自分の席に着いて、すぐに廊下側に並ぶ教室ロッカーのすぐ横あたりの紗々の席を見たけど、紗々はいなかった。休みなのかな、と思いながらカバンからお弁当が寄らないように出して、机の中に入れ替えた。
なんとなく、教室がいつもよりザワザワしてて落ち着かない感じがする。何組かのグループが固まって話をしては紗々の席のあたりをチラチラみていた。
私は、またあの中の誰かの彼氏か、片思いしている男子が紗々のこと好きになっちゃって、キイキイ言ってんのかなと思って気にしないようにした。
担任の首振り扇風機・高田が怖い顔して教室に入って来た。普通に朝礼をして普通の連絡があった後、首振り扇風機が努めて冷静を装った声でこんな話をした。
「あのー。昨晩、うちの学校の生徒が園町にかなり遅い時間にいたということが、父兄から学校に連絡が入ってわかり、職員室で議題になりました。
夏休み前だし、気が緩んでしまうタイミングでもあります。風紀の乱れには充分注意して、わが校の生徒として、自重した行動をとるようにしてください。
父兄あてにも、夏休み中の注意を出しておきますが、みなさんも、特にわが校の制服を着ているときには、自分が学園の代表だと思う気持ちで行動してください」
園町っていうのは、この辺では一番大きな都心部のことで、たくさんの電車とバスが乗り入れをしている。
そこにはいくつものデパートやモールなんかが集まってるから、お買い物には便利だし、遊ぶところもたくさんあるから、この辺の人たちは、新宿や渋谷に行くよりも、園町で全ての用事を済ますのが普通。
最近では特急以外にも、新幹線の「こだま」ならば停車するようになったみたいで、どんどん発展している場所なの。隣の市に住んでいたときも、やっぱり、ちょっとした買い物をするときには園町に来るのが普通だった。
それで、その園町で、うちの学校の生徒がなんか問題起こしたって話みたいだけど、首振扇風機の話が全体的によくわからないので、みんながキョトンとした顔をしていた。学級委員の楠木貴子が、手を挙げて立ち上がって質問をした。
「先生、具体的には園町で何があったんでしょうか。今の説明では、私たち、かえって混乱してしまいますわ!」
と、机をバン!と叩きながら芝居がかった口調で訴えた。
楠本って、初めて見たときからこんな感じなんだけど、いつもどうでもいいような小さな物事をつっつき回しては、それをスピーカーのように大声で話すというウザイ存在なので、悪い人ではないんだけど、周りからはなんとなく距離を置かれている。
前に、セクシー後藤が言ってたけど、小学校時代からあんな感じなんだけど、成績だけは良いので、教員からみると問題があるという生徒ではない、と。生徒間ではうまくはできていないようだけど、本人がそのことを気にしていない様子なので、先生方も面倒くさいから何も注意しなかったら、あんな風に成長してしまったのだそうだ。
「うーん。大したことではないんだよ。保護者と一緒だったことも確認が取れているんだ。ただ、通常よりもかなり遅い時間に制服でいたというだけです。今朝の職員会議では、実際には何も悪いことをしてない生徒を処分する必要はないので、一応、注意だけはしました。
ただし、周りの大人に面白おかしく噂を立てられると、うちの学校イメージとして良くないから、みんなも夜遅い時間に外にいるのはなるべく自粛して欲しい。もし、大人に何か聞かれたら、学校に聞いてくださいと言いなさい。いいね?」
首振り扇風機にしてはかなり強めの口調で楠木に釘を刺した。
「なんだよ、結局、学校のブランドイメージかよ」
「なんで学校に連絡とかすんの?その父兄、頭おかしくない?」
「寄付金出してっからじゃね?」
「夜遅くって何時くらいのことなの?」
なんてことをみんながザワザワ言い出した。首振扇風機の説明では納得がいかなかったらしく楠木が「でも!それでは……」と反論しかけたときに、副委員長の鈴木真理雄が絶妙なタイミングで「朝礼終わりまーす。起立!」と掛け声をかけたので、
全員立って「ありがとうございました」と礼をして、首振り扇風機がとっとと出て行ったので、楠木の1人芝居はここでぶった切られた。楠木は1人、クッという感じで握りこぶしを作り、唇をかみしめて席に座った。この人は、なんか、アングラ劇団かなんかに所属してるんだろうか。
ただ、確かに、何がどうなってるのかわからないのに、うちの生徒がなんかしたって言われると、どうしても誰?誰?ってなってくる。また、タイミング悪いことに紗々が今いない。
仮に、紗々になんかあったんだとしても、生徒は悪くないって先生も言ってるから問題なしってことなんだろうけども、紗々にほのかに嫉妬と恨みを抱いている女子が多いから、なんとなく面白おかしくイジりたいのが見え見えだった。
私は紗々が気になって、今日は休みなのかな、あとで連絡してみようかなって思ってた。校内ではスマホ禁止なので電話もLINEもできないし、見つかったら没収で、その学年が終わるまでスマホ禁止っていうルールがあるので、うかつに学校内ではスマホ使えないし。
この時間にボートの部屋いくのは、あまりにも目立ちすぎる。どうしようって思った。そういえば、ケイも今朝来なかったけど、教室に行けばケイもいるかな、ケイの教室ではなんて説明されたんだろうって思って、覗きにいったら、ケイは教室にはいなかった。
仕方がないから自分の教室に戻ってきたら、ちょうど廊下の一番奥にある階段を紗々がノロノロ上がって来るのが見えた。
「紗々!」
「あ、麻衣。おはよう。今朝ごめんね、ちょっと急に用事ができて」
「全然いいいよ。今日、お休みかと思って心配してたの」
「ううん、元気なんだけどさ………」
何か話したそうな顔をしたんだけど、1時間目の数学の野崎先生っていうお爺ちゃん先生が紗々の後ろでニコニコしながら私を見ていたので、「教室入ろ!」と声をかけて、私たちは席に着いた。
ちょっと遅れて来た紗々と朝礼の話で、女子の一部の間で、猛烈に手紙が回覧されてる。ホント、どこにでもいるな、こういう人たちって。
もちろん、私だって、そのグループにいたら同じようにキャッキャ楽しんでたかもしれないから、一方的には言えないのはわかってるけど。
チラチラと紗々を見ながら、私は周りの余計な雑音が聞こえないように、授業に集中した。予習も復習もロクにしていないので、先生の言っていることの大半はわからなかったけど、必死にノートを取って、教科書を写したりしていると、手紙をカサカサ開く音や、いじわるな響きのあるクスクス声なんかが気にならなくなので、精神的には良かった。
紗々は斜めからの背中姿しか見えないけど、何となく落ち込んでる感じで、なんかあったのかなって心配になる。さっきは何か言おうとしていたから、きっと話してくれるだろう。
紗々は購買係でみんなのお昼のパンのオーダーなどをまとめる係なので、4時間目までの休み時間は忙しいから、またケイを見に行ったら、今度は、机にすごく偉そうに座っていた。
足が長いってのもあるんだけど、窓側の一番後ろの席で、椅子を掃除ロッカーに持たせかけ、足の片方を窓の枠に、もう片方を自分の机の上にのせて、両腕を頭の後ろで組んで、椅子の後ろ2本の脚だけで、ギイコギイコと動かしていた。
普段は、誰かしら友達か、女の子がケイのそばにいるんだけど、今日はケイが不機嫌モード全開になっているのがわかるのか、誰もそばに寄ってこない。
気が付かれないように、そろりそろりとケイの机のそばまで行くと、ジロっと横目で睨んで、私かとわかると
「マイマイかよ」
と、少し気の緩んだ顔にはなったけど、どうみてもまだ不機嫌度合いのほうが高い表情のまま、プイっと窓の外を見た。
「なんで怒ってんの?」
「怒ってねえし」
「怒ってるじゃん(笑)」
「うるせえな。マイマイ、教室帰れよ」
イライラっとしているらしく、椅子のギコギコが激しくなった。
「今朝さ」
「んあ?」
「2人ともいなかったから、心配したよ」
「あ、ああ………あー、そっか」
ケイは後ろ頭での組み手をやめて、両手をだらっと下げた。
「もしかして、待ってて遅刻した?」
両足をブーンと音でもしそうな角度で床に下ろし、上半身だけ私のほうに大きくひねって、ひじを膝について下から私の顔を覗き込むようにしながら、ケイがそう聞いてきた。
「ううん。遅刻ギリだったけど、走ったから、間に合ったから大丈夫」
「そっか。悪かったな。ちょっと、朝からいろいろあって」
「紗々も来なかったんだよ。さっき、1時間目のギリギリで間に合ってたけど」
「………そっか。まあ、帰りはみんなで帰ろうぜ」
みんなでって言われたのが嬉しくて、「うん!」ってすごい大きな声が出ちゃった。それを聞いて、ケイはフって大きな鼻息みたいな笑いをして、顔だけ窓の外を向けた。
「とりあえず、お前、教室戻れ。今日は帰りまで、もう来んなよ、俺、忙しいから」
わかったーって言いながら、ウキウキ教室に戻った。帰りは3人で帰れるんだって思ったら、それだけで、何だか無敵な気持ちになった。
その時からお昼までは、私は結構ハッピーな気持ちで過ごせていた。紗々は購買部に出すお昼のパンの注文用紙を集めて、封筒に入ったお金を確認したり、まだ何も入っていないパンの袋に番号札を貼ったりして忙しい。
うちの学校って、敷地内に自分の学校の給食室みたいなのがあって、そこで給食を作ったり、自家製パンを焼いているのね。給食室は、小学校校舎の地下にあるの。
で、給食は小学生までなので、中高はお弁当かパンになる。中高生でお弁当じゃない人は、その日の10時半までに(つまり、2時間目の終わりまで)に、給食購買部にパンのオーダーをしなきゃいけない。
その注文を受けてから、給食室ではサンドイッチを作り、菓子パンを焼いたりするので、時間厳守。
購買係はオーダー表の番号に合わせた札を申込者に渡しておいて、後で、おつりの入った袋とパンの入った袋がホチキスで止められている袋を、札と交換で渡す仕組みになってる。
お昼になったら、購買係がそれぞれの教室のケースを給食室まで取りに行くんだけど、給食室は小学校校舎の地下で、高校の校舎からだとかなり遠いの。
足の遅い人だと、パンの入ったケースを持って歩いたら往復で15分くらいかかるから、なんとなく、購買係の子は、10~15分くらい前から教室抜け出て、パンを取りに行ってもいいことになっているのね。
この購買係って結構忙しいから、全部で8人くらいの係がいて、1週間ごとの持ち回りでやることになってるみたい。紗々は編入で入ってきたので、教室の中で係が空いているのが購買係しかなかったので、はじめっからこの重労働をしているってわけ。
ちなみに、私は清掃係。燃えないゴミを、週に一回木曜日、給食室の外にある空き缶空き瓶などのところまで持っていく係。そもそも、ビンカンなんてほとんどないから、すごく楽。あとは月に一回、構内の2つの自動販売機の脇にあるゴミ箱の水洗いをすること。
清掃係は担当が1人なので、わざわざこれにしてた。
まあ、そんなわけで、購買の忙しい仕事のために、紗々が11:45に静かにかがみながら教室から出ていったのを見ていた。12時のチャイムがなり、そろそろパンのケースを持って紗々が帰ってくるころだなって思っていたら、
廊下で女の子の大きな声と、ガターンという何かが落ちる音がした。お昼休みだから、普段も廊下で大騒ぎしてる子がいることはあるし、他にも音楽聞いて踊る子や、集まってお喋りしている子が多い。
お弁当は教室か、校舎の屋上、校庭も使っていいの。校舎内は空調がきいているいるので、結構、自分の机で食べてる子も多い。
最初はみんな気にしていなかったんだけど、結構ギャーギャーした感じになったから、廊下側の後ろに座っている多摩川さんが、席を立って教室のドアを開けて廊下に顔を出してみると、怒鳴り声の内容が全部、教室に入ってきた。
3人で遊ぶようになってから、朝も早くから学校に行くことが増えたから、あんまり朝の廊下を朝礼に間に合うように走り抜けるっていうのはなくなってたんだけど、今日は久しぶりに走った。
教室に入って、窓側の後ろから二番目にある自分の席に着いて、すぐに廊下側に並ぶ教室ロッカーのすぐ横あたりの紗々の席を見たけど、紗々はいなかった。休みなのかな、と思いながらカバンからお弁当が寄らないように出して、机の中に入れ替えた。
なんとなく、教室がいつもよりザワザワしてて落ち着かない感じがする。何組かのグループが固まって話をしては紗々の席のあたりをチラチラみていた。
私は、またあの中の誰かの彼氏か、片思いしている男子が紗々のこと好きになっちゃって、キイキイ言ってんのかなと思って気にしないようにした。
担任の首振り扇風機・高田が怖い顔して教室に入って来た。普通に朝礼をして普通の連絡があった後、首振り扇風機が努めて冷静を装った声でこんな話をした。
「あのー。昨晩、うちの学校の生徒が園町にかなり遅い時間にいたということが、父兄から学校に連絡が入ってわかり、職員室で議題になりました。
夏休み前だし、気が緩んでしまうタイミングでもあります。風紀の乱れには充分注意して、わが校の生徒として、自重した行動をとるようにしてください。
父兄あてにも、夏休み中の注意を出しておきますが、みなさんも、特にわが校の制服を着ているときには、自分が学園の代表だと思う気持ちで行動してください」
園町っていうのは、この辺では一番大きな都心部のことで、たくさんの電車とバスが乗り入れをしている。
そこにはいくつものデパートやモールなんかが集まってるから、お買い物には便利だし、遊ぶところもたくさんあるから、この辺の人たちは、新宿や渋谷に行くよりも、園町で全ての用事を済ますのが普通。
最近では特急以外にも、新幹線の「こだま」ならば停車するようになったみたいで、どんどん発展している場所なの。隣の市に住んでいたときも、やっぱり、ちょっとした買い物をするときには園町に来るのが普通だった。
それで、その園町で、うちの学校の生徒がなんか問題起こしたって話みたいだけど、首振扇風機の話が全体的によくわからないので、みんながキョトンとした顔をしていた。学級委員の楠木貴子が、手を挙げて立ち上がって質問をした。
「先生、具体的には園町で何があったんでしょうか。今の説明では、私たち、かえって混乱してしまいますわ!」
と、机をバン!と叩きながら芝居がかった口調で訴えた。
楠本って、初めて見たときからこんな感じなんだけど、いつもどうでもいいような小さな物事をつっつき回しては、それをスピーカーのように大声で話すというウザイ存在なので、悪い人ではないんだけど、周りからはなんとなく距離を置かれている。
前に、セクシー後藤が言ってたけど、小学校時代からあんな感じなんだけど、成績だけは良いので、教員からみると問題があるという生徒ではない、と。生徒間ではうまくはできていないようだけど、本人がそのことを気にしていない様子なので、先生方も面倒くさいから何も注意しなかったら、あんな風に成長してしまったのだそうだ。
「うーん。大したことではないんだよ。保護者と一緒だったことも確認が取れているんだ。ただ、通常よりもかなり遅い時間に制服でいたというだけです。今朝の職員会議では、実際には何も悪いことをしてない生徒を処分する必要はないので、一応、注意だけはしました。
ただし、周りの大人に面白おかしく噂を立てられると、うちの学校イメージとして良くないから、みんなも夜遅い時間に外にいるのはなるべく自粛して欲しい。もし、大人に何か聞かれたら、学校に聞いてくださいと言いなさい。いいね?」
首振り扇風機にしてはかなり強めの口調で楠木に釘を刺した。
「なんだよ、結局、学校のブランドイメージかよ」
「なんで学校に連絡とかすんの?その父兄、頭おかしくない?」
「寄付金出してっからじゃね?」
「夜遅くって何時くらいのことなの?」
なんてことをみんながザワザワ言い出した。首振扇風機の説明では納得がいかなかったらしく楠木が「でも!それでは……」と反論しかけたときに、副委員長の鈴木真理雄が絶妙なタイミングで「朝礼終わりまーす。起立!」と掛け声をかけたので、
全員立って「ありがとうございました」と礼をして、首振り扇風機がとっとと出て行ったので、楠木の1人芝居はここでぶった切られた。楠木は1人、クッという感じで握りこぶしを作り、唇をかみしめて席に座った。この人は、なんか、アングラ劇団かなんかに所属してるんだろうか。
ただ、確かに、何がどうなってるのかわからないのに、うちの生徒がなんかしたって言われると、どうしても誰?誰?ってなってくる。また、タイミング悪いことに紗々が今いない。
仮に、紗々になんかあったんだとしても、生徒は悪くないって先生も言ってるから問題なしってことなんだろうけども、紗々にほのかに嫉妬と恨みを抱いている女子が多いから、なんとなく面白おかしくイジりたいのが見え見えだった。
私は紗々が気になって、今日は休みなのかな、あとで連絡してみようかなって思ってた。校内ではスマホ禁止なので電話もLINEもできないし、見つかったら没収で、その学年が終わるまでスマホ禁止っていうルールがあるので、うかつに学校内ではスマホ使えないし。
この時間にボートの部屋いくのは、あまりにも目立ちすぎる。どうしようって思った。そういえば、ケイも今朝来なかったけど、教室に行けばケイもいるかな、ケイの教室ではなんて説明されたんだろうって思って、覗きにいったら、ケイは教室にはいなかった。
仕方がないから自分の教室に戻ってきたら、ちょうど廊下の一番奥にある階段を紗々がノロノロ上がって来るのが見えた。
「紗々!」
「あ、麻衣。おはよう。今朝ごめんね、ちょっと急に用事ができて」
「全然いいいよ。今日、お休みかと思って心配してたの」
「ううん、元気なんだけどさ………」
何か話したそうな顔をしたんだけど、1時間目の数学の野崎先生っていうお爺ちゃん先生が紗々の後ろでニコニコしながら私を見ていたので、「教室入ろ!」と声をかけて、私たちは席に着いた。
ちょっと遅れて来た紗々と朝礼の話で、女子の一部の間で、猛烈に手紙が回覧されてる。ホント、どこにでもいるな、こういう人たちって。
もちろん、私だって、そのグループにいたら同じようにキャッキャ楽しんでたかもしれないから、一方的には言えないのはわかってるけど。
チラチラと紗々を見ながら、私は周りの余計な雑音が聞こえないように、授業に集中した。予習も復習もロクにしていないので、先生の言っていることの大半はわからなかったけど、必死にノートを取って、教科書を写したりしていると、手紙をカサカサ開く音や、いじわるな響きのあるクスクス声なんかが気にならなくなので、精神的には良かった。
紗々は斜めからの背中姿しか見えないけど、何となく落ち込んでる感じで、なんかあったのかなって心配になる。さっきは何か言おうとしていたから、きっと話してくれるだろう。
紗々は購買係でみんなのお昼のパンのオーダーなどをまとめる係なので、4時間目までの休み時間は忙しいから、またケイを見に行ったら、今度は、机にすごく偉そうに座っていた。
足が長いってのもあるんだけど、窓側の一番後ろの席で、椅子を掃除ロッカーに持たせかけ、足の片方を窓の枠に、もう片方を自分の机の上にのせて、両腕を頭の後ろで組んで、椅子の後ろ2本の脚だけで、ギイコギイコと動かしていた。
普段は、誰かしら友達か、女の子がケイのそばにいるんだけど、今日はケイが不機嫌モード全開になっているのがわかるのか、誰もそばに寄ってこない。
気が付かれないように、そろりそろりとケイの机のそばまで行くと、ジロっと横目で睨んで、私かとわかると
「マイマイかよ」
と、少し気の緩んだ顔にはなったけど、どうみてもまだ不機嫌度合いのほうが高い表情のまま、プイっと窓の外を見た。
「なんで怒ってんの?」
「怒ってねえし」
「怒ってるじゃん(笑)」
「うるせえな。マイマイ、教室帰れよ」
イライラっとしているらしく、椅子のギコギコが激しくなった。
「今朝さ」
「んあ?」
「2人ともいなかったから、心配したよ」
「あ、ああ………あー、そっか」
ケイは後ろ頭での組み手をやめて、両手をだらっと下げた。
「もしかして、待ってて遅刻した?」
両足をブーンと音でもしそうな角度で床に下ろし、上半身だけ私のほうに大きくひねって、ひじを膝について下から私の顔を覗き込むようにしながら、ケイがそう聞いてきた。
「ううん。遅刻ギリだったけど、走ったから、間に合ったから大丈夫」
「そっか。悪かったな。ちょっと、朝からいろいろあって」
「紗々も来なかったんだよ。さっき、1時間目のギリギリで間に合ってたけど」
「………そっか。まあ、帰りはみんなで帰ろうぜ」
みんなでって言われたのが嬉しくて、「うん!」ってすごい大きな声が出ちゃった。それを聞いて、ケイはフって大きな鼻息みたいな笑いをして、顔だけ窓の外を向けた。
「とりあえず、お前、教室戻れ。今日は帰りまで、もう来んなよ、俺、忙しいから」
わかったーって言いながら、ウキウキ教室に戻った。帰りは3人で帰れるんだって思ったら、それだけで、何だか無敵な気持ちになった。
その時からお昼までは、私は結構ハッピーな気持ちで過ごせていた。紗々は購買部に出すお昼のパンの注文用紙を集めて、封筒に入ったお金を確認したり、まだ何も入っていないパンの袋に番号札を貼ったりして忙しい。
うちの学校って、敷地内に自分の学校の給食室みたいなのがあって、そこで給食を作ったり、自家製パンを焼いているのね。給食室は、小学校校舎の地下にあるの。
で、給食は小学生までなので、中高はお弁当かパンになる。中高生でお弁当じゃない人は、その日の10時半までに(つまり、2時間目の終わりまで)に、給食購買部にパンのオーダーをしなきゃいけない。
その注文を受けてから、給食室ではサンドイッチを作り、菓子パンを焼いたりするので、時間厳守。
購買係はオーダー表の番号に合わせた札を申込者に渡しておいて、後で、おつりの入った袋とパンの入った袋がホチキスで止められている袋を、札と交換で渡す仕組みになってる。
お昼になったら、購買係がそれぞれの教室のケースを給食室まで取りに行くんだけど、給食室は小学校校舎の地下で、高校の校舎からだとかなり遠いの。
足の遅い人だと、パンの入ったケースを持って歩いたら往復で15分くらいかかるから、なんとなく、購買係の子は、10~15分くらい前から教室抜け出て、パンを取りに行ってもいいことになっているのね。
この購買係って結構忙しいから、全部で8人くらいの係がいて、1週間ごとの持ち回りでやることになってるみたい。紗々は編入で入ってきたので、教室の中で係が空いているのが購買係しかなかったので、はじめっからこの重労働をしているってわけ。
ちなみに、私は清掃係。燃えないゴミを、週に一回木曜日、給食室の外にある空き缶空き瓶などのところまで持っていく係。そもそも、ビンカンなんてほとんどないから、すごく楽。あとは月に一回、構内の2つの自動販売機の脇にあるゴミ箱の水洗いをすること。
清掃係は担当が1人なので、わざわざこれにしてた。
まあ、そんなわけで、購買の忙しい仕事のために、紗々が11:45に静かにかがみながら教室から出ていったのを見ていた。12時のチャイムがなり、そろそろパンのケースを持って紗々が帰ってくるころだなって思っていたら、
廊下で女の子の大きな声と、ガターンという何かが落ちる音がした。お昼休みだから、普段も廊下で大騒ぎしてる子がいることはあるし、他にも音楽聞いて踊る子や、集まってお喋りしている子が多い。
お弁当は教室か、校舎の屋上、校庭も使っていいの。校舎内は空調がきいているいるので、結構、自分の机で食べてる子も多い。
最初はみんな気にしていなかったんだけど、結構ギャーギャーした感じになったから、廊下側の後ろに座っている多摩川さんが、席を立って教室のドアを開けて廊下に顔を出してみると、怒鳴り声の内容が全部、教室に入ってきた。