私たちはよく、私の部屋でダラダラしながら、本あそびっていうのを、3人でやってる。紗々が、前の学校でよくやってたって言って、教えてくれたやつ。

内容は単純で、自分が好きな本借りてきて、それぞれ、その本の内容に「感動」したら、その内容を自分の言葉で話すっていう遊び。

ちょっと演劇っぽい要素があって、私はこれがすごく好き。誰か登場人物の一人になって話すのでもいいし、普通に話をまとめて話すのでもいい。

この遊びには「感動したら」っていう絶対条件があるから、感動した部分がなければ、やらなくてもいいの。だって、それだと話すことがないから。

その本を読まないでも人の口から物語が聞けるし、その人が何に心を動かされたとかがわかって、らしさが伝わってきてすごく面白い。感想文のような無味乾燥な感じとは違う、もっと、その話の中を生きているというライブ感がある。

夏目漱石の「吾輩は猫である」のとき、この時は、私が話す人だったのね。それで、話を進めていくにつれて、途中で

「え?ちょっとまって?」
「え?これ、誰の話?」

ってなって、私が「え?猫」って答えた。

つまり、私は完全に猫の立ち位置でこの話を最後まで読んでいたんだけど、ケイは英語の先生の立場、紗々は作者の立場で読んでたことがわかって、びっくりしたことがあった。

この時、3人ともはじめて、読む人によって誰を通して世界を見ているかが違うことに気が付いたんだよね。

それ以来、本のことを話すときには、これが誰なのかも言わないで言う、という要素が足された。

だから、多少の演技力も必要になるんだけど、その人物を理解してれば普通にできる。一瞬だけど、自分とは違う人生を歩んでいる気分になるのも面白い。

やればやるほどうまくなるから、どんどん3人でのめり込んでいった。やってみて、感動が伝わったら、次は自分でその本を借りて読んでみてもいい。すると、全然自分が違うところで心をつかまれることとかあって、それもまた面白かった。

3人とも収穫ゼロの時もあるし、3人とも感動感激しちゃって、わしに話させろ!って伝える係の取り合いになるときもある。スマホの青空文庫を使って、同じ本を読んでやることもあった。

マンガでやっていたこともあるんだけど、マンガだと絵がかいてあるし、どこが感動するべき場所かを絵で示してあるのが、私たちには興覚めっていうか、なんか物足りない感じがして、結局、本に戻った。

こんなことして遊んでるって、他の人たちが知ったら、ちょっとびっくりされるかもしれない。

たまに3人で「誰か誘ったらやるかな?」て話になるけど、たぶん、最終的にこれやってる姿を動画なんかに取られてSNSにアップされるくらいなら、誰も誘いたくねえって話で終わった。

学人に話したら「それは良い遊びだね。知的でステキだし、創造的だ。そんなん、俺はその年齢の時には思いつかなかったよ。俺も混ぜてほしいくらいだよ」って言っていたので、私の中では東大生お墨付きの遊びってことになってる。

今日は、本の収穫ゼロの日だったから、3人で「なーんだ、つまんねーの」って感じで、私の部屋でお菓子食べて、床に寝転がりながら、夏休み何するかって話をしていた。

紗々が、もうすぐ紗々の庭の工事が終わるから、そうしたら森の中に山小屋みたいなの作ってもらったから、そこでキャンプしようよって提案してくれた。ケイがガバッと起き上がって「マジ?」と言ってすごい嬉しそうにしていた。

ケイはキャンプが好きなんだけど、両親が離婚してからはお父さんが忙しいから行かれないし、学人も修人もキャンプとかには全然興味ないから、一緒に遊ぶ人がいないっていつも言ってたのね。

仕方がないから、ベランダにテント張って、寝袋で寝起きしてんだって。1人で行きたいってお願いしても、なぜかケイのママが許してくれないので、ケイからしたら大チャンス。

「一応、水道と、電気は通してもらって、トイレもあるよ。でもシャワーとかはないから、それは母屋に行って使うの」
「なんでそんなの作ろうって思ったの?紗々」

「あー、最初はね。大きめの犬小屋を作るって話だったの。だけど、それはやっぱりいらないかって話になったんだけど、そのカタログに山小屋風ログハウスっていう、半分くらい組み立ててあるのが売ってて。ちょうどその日、パパがいたから、ダメもとで頼んだら、あっさり聞いてくれた」

「いいなあ、紗々のお父さん、優しいね」
「優しい?うーん。まあ、そうかもね」
「泊れる感じ?」ってケイが目をキラキラさせて聞いている。

「泊れるんじゃない?布団とか持っていけば。なんなら外にテント貼ってもいいよ。先月からさ、ママが美容の会社はじめて、付き合いなんかで忙しくてあまり帰ってこなくなっちゃったの。だから晩御飯も一人が増えて、ちょっといやだったから2人とも毎日来てよ」

「おおおおおお、すげえ!やっと、やっと俺のテントとBBQセットが!」
「御飯、どうするの?紗々が作るの?」

「ううん?小曾根さんが作っておいてくれるから。言えば3人分作っておいてくれるし、夏休みだから、私たちがなんか作ってもいいよね」
「楽しそう!泊りなんてママ許してくれるかなあ」

「マイマイ、俺が子供んときみたいに、おまえんちに毎日遊びに行けばいいんだよ。もし泊りがダメでも、俺が一緒なら、夜遅くても近所だから帰ってきてれば文句いわれないだろ」
「あ、そっか」
確かに、ケイが一緒なら、ママもパパも何も言わないな。

一応、ママには紗々の家に山小屋ができることを言って、夏休みは主に、そこに遊びに行ってることを説明しておいた。意外にも、何泊もはご迷惑だからダメだけど、1日とかならたまに泊ってもいいわよ?ってママが許してくれた。

3日後、完成した山小屋の記念パーティーを3人で開くことにして、集まった。山小屋って言っても、出来立てのピカピカで、周りも危なくないように道がコンクリートで作られていた。山小屋は、黄色に近いベージュの明るい色の木でできていて、屋根もパステルブルーに塗られていて、なんかおもちゃみたいでカワイイ。

こういうのフィンランド式ハウスっていうみたいって紗々が言ってた。かなり庭というか森を切り開いて作った場所なので、山小屋から母屋にはあるいて8分くらい。門までは歩いて5分くらいかかる。

2人が並んで歩ける程度の幅があるコンクリートの道には、足元に外灯がつけてあり、危なくはない。ただ、山小屋の2メートルくらい後ろにはもう木々が生い茂っていてるから、夜はちょっと怖いかも。

夜使うときには、犬小屋のカギをかけずに犬を開放しておいてくれるって紗々が言っていたので、もしケイがいなくても、泥棒なんかの心配はしないでも良さそう。

ママがマドレーヌとかクッキーとかの焼き菓子を「紗々ちゃんに」って山小屋完成祝いに焼いておいてくれたので、それと、私が自分で作ったカップケーキを持って行った。ケイは、大量のキャンプグッズを持ってきていて、今晩は、ここでカレーを作ってくれるらしい。

テキパキとテントを張り、山小屋の柱に何かをひっかけてはロープを引っ張って雨よけみたいなのを張っている。電動の虫よけや、持ってきたBBQセットなどを設営して、忙しそうだ。

ケイって、どっちかっていうと、いつも、何となく不機嫌でなんとなくダルそうなんだけど、今のケイは生き生きとしてる。しかし、これだけのキャンプグッズ、1人でコツコツ買い集めてたのかと思ったら、なんか笑えた。

紗々は、家の大型犬を二匹とも連れてきて、山小屋の周辺を散策させていた。ここに紗々がいるってことをわからせておかないと、いけないみたい。犬は、紗々のすぐ近くを歩きながら、一匹ずつ、少し離れた場所まで行って、警らをしていた。

犬はこの前見たときは大型犬ってことしかわからなかったけど、よく見たらシェパードだった。警察犬のやつじゃん。

「この犬、頭いいんでしょ?」
「ああ、シェパード。うん、頭いいね。なんか、刑事のおっさんみたいだよ」
両脇に護衛のように座った二匹の犬を、右左の手でそれぞれ撫でながら紗々が言った。

「紗々の言うこと聞くの?」
「まあまあかな。やっぱりパパの言うことを一番聞くよね、次はママかな」

「やっぱそうなんだ。いいなあ、私も犬飼ってみたい。小型犬でいいから」
「小型犬もいいよねえ、部屋で飼おうかなあ」

なんて話をしていたら、出来た!って言って、ケイがキャンプの完成をお知らせしてくれた。山小屋のすぐ前に、モスグリーンの大きめのテントが張ってあって、その上に、運動会の時に使う仮設ブースみたいなのがあって、あれは雨よけなんだって。

かなり大きく見えるけど、テントは2人用だから、新しく3人以上のやつと、冬用の寝袋も買おうって張り切っている。

山小屋の正面から3Mくらい離れたところに砂利と砂で作った子供用砂場みたいなのが作ってある。紗々が、そこでBBQができるといいなと思って作ってもらったんだけど、ケイがそこにかなり本格的なキャンプ用グリルを運んできて、飯盒などがきれいに置かれていた。

まだ使ったことが無かったみたいで、飯盒もセットもピカピカだ。

「だってさあ、ベランダでやろうとしたら、おふくろがキレるんだよ。七輪でサンマ焼くのはよくてなんでBBQがダメなんだよ。それに、普通の公園とかはBBQってやっちゃいけないんだよ、知ってた?」だそうだ。確かに火を使える場所ってそんなにないから、こんな広い場所でもないと出来ないよね。

じゃあ、これは夜になったら使うってことで、とりあえず、新しい山小屋の中で、まずはお昼を食べることになり、みんなで部屋に入った。

コンクリートの道は山小屋の最後の端っこまでつづいていて、コンクリートの高さのところから、山小屋に上がる広めの階段が4段ついている。4段目が玄関前の場所になっていて、小さい椅子なんかも置けそうな広さがある。山小屋の両脇には、山小屋と同じ木材でできた木の囲いがしてあって、落ちたりすることはなさそう。

小さなガラス窓が6つついた木の玄関扉があり、同じ壁の面には玄関の扉と同じように6つの小さな窓がついていた。これは開かない窓みたい。

中に入ると、木の良いにおいがした。なんか、健康になれそうな香りだ。内側も外と同じ、明るい木肌で作られていて、ニスとかが塗っていないから、もっと素朴な感じ。

外から見ると三角のとんがり屋根なんだけど、玄関の高さは普通のおうちくらいだ。玄関の
右側にトイレ、その隣にコートなんかをかけるためのクローゼットで扉がないものがある。

玄関上がって正面の木の扉を開けると、右側にダイニングキッチン、左側にリビングだ。多分、16畳くらい。天井の高さは3Mくらいなので、紗々の家の母屋の方が天井は高いんだけど、とんがり屋根の真ん中あたりがリビングの真ん中あたりになるので、天井が遠くて、すごく広く感じる。

天井からは小さなダウンライトが、いくつも固定されている。

キッチンは木枠の内側が白い素焼きのタイル囲まれているアイランドキッチンというやつで、シンクや調理をするる部分がリビングのほうを向いている。ちょっと覗いたら、小さめの電磁調理器がおいてあって、シンクも小さめだった。

キッチンは小さめなのに、それに比べて、やけに大きな冷蔵庫がドーンと入っていた。ケイがキッチンにすっ飛んでいって、嬉しそうにそのキッチンの扉を開け閉めしている。

部屋の左側には、壁にある大きな木の柱にビス止めされた、扉くらいの大きなテーブルがしつらえてあった。これは、真ん中に蝶番みたいなのがあって、折りたためるらしい。

テーブルの周りには藤で編んであるタイプの背もたれが付いた椅子が4脚、あとは、部屋の端っこに、巨大なビーズクッションが水色・ピンク・パステルグリーンと3色置いてある。これは、私が紗々と一緒に通販サイトで選んたもの。

部屋の床も天井も全部同じ木材で出来ていて、窓の枠やドアの枠も全部同じ素材でペンキなどを使っていないので、本当に、ここにいると身体が浄化されてしまいそうな気がする。

さっき入ってきた玄関扉は、紗々の家の石垣の壁のほうを向いているんだけど、その反対側になる森の中に向かって、2M四方の大きな窓がとってあって、そこに光が下りてくるように小さな天窓もついていた。紗々んちは天窓好きだな。

天窓の横あたりに、小さな1人用の階段があり、ロフトの床面から天井までの窓があるロフトに続いている。ロフトは、木の手すりがついたベランダになっていて、そこには白い天体望遠鏡が置いてあった。

「あれ、望遠鏡、紗々の?」
「ああ、うん。そう」

「へえ、紗々、星が好きなんだ」
「うん、星っていうか惑星が好きなの。この山小屋お願いするときも、この望遠鏡置く場所が今の家にないから作ってほしかったの」

「へええ。あ、そうか、平屋だから?やっぱり高い場所のほうがいいの?」
「そうそう。前の家は、マンションの12階だったから、何でもすごい良く見えた」

「へええ、今ってなんか見える?」
「もうすぐ、土星が見えるよ」

そう言って、紗々は遠い宇宙を見るような表情になった。ケイは夜のクッキングに使う予定の肉や野菜をせっせと自宅から担いできた大きなクーラーボックスから出して、チルド室や冷蔵庫に詰め直してる。

山小屋の外から、「お待たせしましたー!ピエロピザでーす」って声がして、紗々が「はーい」って言いながら山小屋の玄関に向かった。

門から山小屋までバイクで乗り付けて来たピザ屋のお兄さんが、ピザを三箱手渡して、紗々のことをジーっと見ながらバイクにまたがって帰っていく。

「ママがお昼頼んどいたって言ってたの。これだったのね!」
と言いながら、Lサイズピザを三箱、よいしょっていいながらテーブルに運んできた。すっごいいいにおい!

「冷蔵庫にドリンク買っておいたから、適当に出していいよー」
っていう声よりも先に、ケイが冷蔵庫からコーラと炭酸水と、氷の入った袋を出していた。そのボトルを受け取って、私がテーブルに置いてあるガラスコップに氷を指でつまんで入れて、ドリンクを注いだ。

「あー、いいねえ。俺の好きな、ガーリックチョリソーのニオイがするねえ」
って言いながら、キッチンで手を洗ってる。みんなで次々とピザの箱を開けて、パーティーの始まり。

かんぱーい!ってして、ピザを平らげる。山小屋だけど本当の山じゃないから、空調もきいてるし、自然な木の良いにおいがしてて、この山小屋って気持ちいい。

壁に作りつけられている大きなテーブルを折りたたんでみたら、ずいぶん部屋が広く使えることがわかったので、脇に置いてあったビーズクッションを使って、みんなでだらしなく床に座った。

はあ、おなか一杯で幸せ。ケイは朝から張り切って準備してくれていたせいか、ピザ食べたらビーズクッションに腹ばいになったまま寝てる。

私もうとうとしてしまう。紗々は、あまりにも細いせいか、ビーズクッションの上に上手に座っていられなくて、仕方がないのでビーズクッションを壁際まで持って行って、上半身だけもたせ掛けていた。

ケイが夕方前くらいに目を覚まし、夜のキャンプの準備をし始めた。私たちはケイに言われた通りに野菜を洗ったり、切ったりする係。


夜のテントはかなりステキだった。テントの中にはオレンジ色の小さなランプみたいなのがつるしてあって、3人で入ってみたら、ほんの少しだけ狭い感じだけど、なんかテントに守られている感じですごく居心地が良かった。

でも熱がこもって暑いから、外に出た。冬ならいいかも。

ケイが虫よけをたくさんつけてくれてるので、テントから外に出て、普通に座ってても大丈夫だった。二匹の犬は紗々のそばから離れず、山小屋の入口のところで並んで大人しく寝そべっている。

ケイがBBQコンロのところで、上手に玉ねぎ、肉、人参、と正しい順番で炒め物をしながら、本格的なカレーパウダーをチャチャっと振って、手際よくカレーを作っていく。

「ケイ、慣れてんねー、料理」
私が、ケイが持ってきた折り畳みの小さな椅子みたいなのに座って、ケイの手元を見つめながら言った。

キャンプと言ってもキャンプファイヤーするわけじゃないから、実際にはBBQセットの木炭だけが火だな。これも実際にはチャッカマンで着くやつだけど。

「ほんとだ、ケイ。すごいね。実は私、料理できないんだよね」
紗々が立ったままケイの料理を眺めながら言う。

「え?そうなの?なんか紗々って何でもできそうなんだけど」
私は小さな椅子に座ったまま、しゃがんでるみたいなポーズで顔だけ後ろに立っている紗々を向いた。

「いや、全然。料理はねえ、なんか完成したことがない。本見ながら作っても、なんか違うものが出来上がってくるんだよね。我ながら恐ろしいよ」
「ああ、そういうタイプいるよね。俺のオヤジがそうだよ」

「えー、ケイのおじさんってそうなの?」
「うん。だからオヤジは毎年、BBQに精を出しているわけ。肉焼くのは得意らしい」

「あ、そうそう、紗々。お盆過ぎくらいにね、パパとケイのパパの会社で家族も呼んでBBQ大会毎年やるんだけど、紗々もおいでよ。お兄ちゃんたちも来るから」
「えー、ホント。楽しそう。行こうかな」
「うん、おいでおいで。人がいっぱいいるし、ちいさい子も一杯来るよ」

ケイがペットボトルに詰めておいた水道水を、鍋のなかにドボドボ注ぎ込んで、木べらでなべ底の野菜などを優しく剥がしていた。

「ホント、手慣れてるね、ケイ。家でもいつもやってんの?」
「おう、究極の母子家庭だからな」
ローリエの葉っぱを小袋から出して2~3枚入れながら、ケイが答える。

「ケイのママ、試験たくさん受けて偉くなったの。だから、いつも忙しいんだよ」
「ここんとこ、俺と昼夜逆が増えてあんまり一緒に飯とか食えてないけどな。でも、ごはん炊いて保温しておいて、トン汁とかカレーとかハンバーグとか、惣菜とかさ、そういうものまとめて作っておけば、どっちが帰ってきても、冷蔵庫から出して温めれば、すぐに食べられるじゃん?つくおきっての?」
鍋に浮かんでくるあくを丁寧にカレースプーンですくいながら、ケイが珍しく家のことを話す。そっか、今はそんな風なんだ。

「なんか、ケイ、私はあんたを見直したわ」
「俺の何を勝手に見損なっていたのかね?マイマイ」
ケイは鍋にふたをして、ちょうどよい加減の火があたる場所に、鍋を少しずつずらしながら、そう言った。

夕焼けも終わり、チャコールとランタンしかない頼りない光の中で、両方のほっぺにげんこつで頬杖ついて、私はケイの健気な人生を本当に偉いと思った。

だいたい私、カレー最後まで1人で作ったことないし。ケイ、ハンバーグなんて作れんのか、と尊敬してしまった。

「ほい、これでジャガイモに火が通れば出来上がり。あとは飯盒で飯を炊く、と」
と言いながら、洗ってざるにあげてある米を、飯盒につめて手首までの水分を計りながらBBQコンロにかけた。

足されたチャコールが酸素を取り入れて赤々と燃え、パチパチと燃える音がする。子供のころにキャンプファイヤーに行ったときのような臭いがして、少し懐かしくなった。

「マイマイ、そこにあるレタスちぎって、サラダにしといてよ」
私のすぐ左側に置いてある、きれいにあらあってある生野菜が入ってる大きなボールをケイが指さした。

「りょうかーい」
上半身だけ左側に向けて、大きなボウルをズリズリ自分のほうに引きずって、中をのぞくと、プチトマトが数箱と洗って芯が抜いてあるレタスが中くらいのボウルに入っていた。ボールの中に入っている中くらいのボールを出し、大きなボウルにレタスをちぎり入れることにした。

「ケイ、私は?私もなんかやりたい」と紗々が言う。ケイはクーラーボックスの中からオリーブオイルとなんかスパイスの入ったちいさい袋と、黒っぽいお酢を出してきて

「じゃあ、はい。紗々はこれで、ドレッシング作り」
「ええ?ドレッシングって作れんの?」
「紗々………マジか、お前」
しゃがんだ状態でケイが紗々を見上げて言う。紗々は立った状態で腕組しているので、実際にマジかと言われてるのは紗々なんだけど、ケイが言われているように見える。

「私もママが作ってるのは見てて知ってるけど、何入ってるのかは知らないよー」と私が続けて言うと

「マジか、お前ら」
本気で呆れた顔をしてケイが私たちを見た。まあ、確かに今、この3人で最も女子力があるのはケイだ。

「ケイ、そして、このグッズは、どこで混ぜるの?」
「なんか、空いてるペットボトルの中に入れて、適当に振りゃあいいよ」
「おー、なるほどー」って言いながら、紗々は山小屋の中に空きペットボトルを探しに行って、結局、1.5リットルの空ボトルしかなかったので、それで作ることになった。

紗々に任せておいたら、お酢とオリーブオイルの量のバランスがおかしくて、調整するために何度も足していったら、1リットルくらいのドレッシングが出来上がってきた。

ケイがなんで業務用になるんだって言いながらゲラゲラ笑い、味見したらすんごい酸っぱいことに紗々と私がなぜかツボってしまい、腹筋壊れるかと思うくらい笑った。

パチパチと音がするコンロの上で、飯盒ごはんが炊ける臭いを嗅ぎながら、私たちは3人で大きなボウルを囲んで、レタスをあるだけ全部手でびりびり千切り、プチトマトのヘタを取っては庭の茂みに放り投げながら、トマトをポンポンとボウルの中に入れて、ケイの家庭料理のレパートリーの話を聞いていた。

幸せだな。
そう思った。


タイムマシンがあるなら、少し昔の自分がいる世界に戻って、そっと教えてあげたい。
あれだけ時間と空間を持て余していた自分に。

だけど、それで大丈夫なんだって教えてあげたい。
さみしさや心細さから、仲間に入れてもらうために無理をしたり、自分を隠したりしないでも、全然大丈夫なんだってことを、あの時の私に伝えて励ましたい。

私は私のままでいただけで、時期が来たら、私らしい仲間が出来た。
私、すんごく我慢弱くて、良かった。
私、正しかった。

そう、心からそう思えたからか、BBQの煙もないのに、ケイと紗々の姿が少しにじんだ気がした。