カンカンカンカンカン……!
激しく鳴り響く踏切の警笛。
そこに混じる男女の悲鳴に、地面を震わせる電車の振動が間近に迫る。
「きゃぁぁあああ!」
「うわぁぁあああ!」
キキキキキィィィィィイイイイイイイイ…………!!!
ガリガリガリッ!
凄まじい質量がブレーキをかける音。
線路上に火花が飛び散り、数十トンの鉄の塊が急制動をかけていた。
日本製の優秀なブレーキは電車の巨体を止めんとするも───!!
ま、間に合わない……!!
「ナナミ!」
「猛ぅ!!」
踏切の中ほどで動けなくなった二人。そのうちの男の子が一人身を挺して少女を守らんとする!
(頼む……! 神様、仏様、なんでもいいから───)
この娘だけは───。
俺の大切な幼馴染だけは──────……!!
ガッ──────……!
身体を強かに打った衝撃が電車によるものなのか、ナナミを庇おうとして転んだ衝撃なのか、今となっては分からない。
ただ最後に見えたのは、運転手の絶望的な顔。
そして、暗転する意識と、俺と───幼馴染の身体。
あぁ、ちくしょう。
こんなにあっけないなんて……。
まだやりたいこともあったし、読み残した本も、隠しておきたいエロ動画もそのままだ。
だけど、人は死ぬときは死ぬ。
こうして、俺と幼馴染のナナミはこの世を去った……。
なんてことはない。
俺たち二人は、線路上に取り残された病人を助けようとして、あろうことか二人して仲良く吹っ飛ばされてしまったというわけ。
はは……。電車止めたら補償ヤバいって聞くよな。
ゴメン。お袋、親父……。
ナナミ──────。
ゴメンよ……。
そして、俺の……。いや、俺たちの視界は真っ白に染まり、何も見えなくなった。
はずなんだけど──────。
※ ※
「猛!! 猛! 起きて、ねぇ起きてってば猛ぅぅ……」
なんだよ、うるさいなー。
「たーけーるぅ!!」
おいおい、勘弁してくれよ。
マジでうるさいなー……。ゆっくり死なせてくれよ。
「ちょっと、起きてよ! もぅー」
あー、もう!!
「───ホンっト、お前っていつもうるさいよな…………」
ボケら~っと、目を覚ました俺の目の間には、ショートカットでたれ目がちの可愛い女の子。
幼馴染の「新藤七海」が心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。
しかし、今気にするのは幼馴染の顔ではなく───。
「あ、やっと起きた~。よ、よかった~……もう、起きないかと思ったよ」
「いや、何言ってんの? 起きたらおかしくね? だって、電車に──────……」
……って。
「ど、」
───どこだ、ここ?
「わ、わかんない……。私も目が覚めたらここにー。猛がいてくれて良かったよぉ」
はぁ?
何言ってんのお前?
え、いや? は、はぁぁあっ?!
う、うん?!
ちょっと一旦落ち着こう。
たしか、俺たちは二人して電車に───。
「びょ、病院とか? それとも、線路脇とか? いやいやいや。おかしい。こんなとこ見たこともないぞ?」
……い、いったい───どこだここ?
見渡す限り、真っ白な空間。
上も下も右も左も、四周全てが白い……。
「う、うん……。私もそう思ったんだけど。なんか、いつの間にかここにいて」
ここって……。
───ここ?!
「ど、どこだよここ!?」
「わかんない……」
真っ白な世界。
床も天井も曖昧で、どこまでも真っ白だった。
これじゃ……まるで、死後の世界───。
『おぉ、目覚めましたか? たける、そして、ななみよ───』
…………え? だ、誰?
突如響いた声に、思わずナナミの顔を覗き込む猛。
しかし、それは首を振るナナミによって否定された。
すなわち彼女の声ではなく───。
『……すみません。名乗り遅れましたね。なんといえばいいのか……。うーむ、そうですね。───私は魂を司る存在。……あなた達の世界基準でいうところの「神」です』
は…………?
か、「神」って言った?
うっっわ……、うさんくせぇ。
『え、えぇ……。そう思われるのも仕方ありませんね。しかし、私の素性はこの際気にしないで聞いてほしいのです』
いや、そう言われても……。
っていうか、思考読まれてる?
猛が胡乱気な目をしているのもガン無視した自称神とやらが一方的に告げる。
『はい。……ここでは隠し事はできません───。あなた方は剥き出しの魂と同じなのです。こうしている間にも、魂は溶け、虚無に帰ろうとしています。つまり……もうしわけありませんが、もう時間がないのです。───今から、説明することをよく聞いてください』
「え、いや。え……?」
もう、猛たちの反応も待たずにどんどん会話を進めていく神様。
っていうか、どこにいてどこから喋ってんのよ?
『───まず最初に謝罪を。……あなた達が命を落としたのは、コチラの手違いなのです』
「あ゛?!」
何つったコイツ……?
「もうしわけありません。……本当は別の者が命を落とすはずでした。しかし、時として輪廻にはイレギュラーが発生するのです。今回のようなケースは非常に稀なのですが、まま起こりうることなのです」
いや、まれなケースで済まされちゃ堪らんぞ?!
「猛?」
「おい! どこの誰だか知らんけど───」
『落ち着いて聞いてください。混乱する気持ちはわかります。ですが……コチラにもできることには限界があるのです。すでに因果律には大きなゆがみが生じており───危うい均衡を貯めっている状態なのです。その均衡を保つためには、あなた達の魂を元に世界に返すことはできないのです」
いや。わからんッ!
「何を勝手に話を進めてるのか知らんけど、俺たちは死んだのか? なぁ?!」
『はい…………。あの世界でのあなた達の生は途切れてしましました。しかし、それは本来あり得ない話なのです。……ゆえに、あなた達はあるべき命をまっとうするためにも───別の世界で生きねばなりません』
は、はぁ?!
何を勝手に決めてんの?
っていうか、
「やっぱ、死んだのか、俺達……」
『はい……。一人であればいくらでも融通がきいたのですが、二人分の魂となると、想定外なのです───』
「えー。私のせい?」
「いや、それを言うなら……俺のせい?」
仲良く顔を見合わせる二人。
どっちもどっちで、どちらもどっちだ。
『すみません───もう時間が……! これ以上は魂が持ちませんッ!』
ちょ?!
『これだけは覚えておいてください───。今からあなた達の行く世界の文明レベルは地球よりも遥かに低い場所。そして、混沌を弄ぶ魔物が跳梁している世界です。どうか気を付けて』
いや!
いやいやいや!!
「───気をつけてっていってもね?! あれか?! これあれかぁッ?」
い、
「───異世界転生ってやつか?!」
「はぇ? 猛ぅ?……イセカイテンセイって、なに?」
ちょ、ナナミ黙ってて!
『そう解釈してもらって構いません───どうか、健やかに……! 最後に、』
さ、最後に───……?!
ちょ、ちょちょちょ……!
『───あなた達の望む力を差し上げます。これが今できる精一杯です! どうか、あなた達の想いの力を武器に───心に強く願った力を授けましょう。……どうか』
どうか、健やかに───!!
「ちょ?! い、一方的すぎない?」
「た、猛ぅ? か、かか、体がおかしいよ。ねぇ? なにこれ? こ、こわいよ!!」
見ればナナミの体が周囲に溶け込むように消えていく。まるで、世界に溶けていくように……!
「な、ナナミ?! って、俺もか?!」
そして、タケルも───。
「うぉ!! や、やばい!! 転生だか、転移がはじまるぞ!! やばい、やばい!」
やばいやばい!!
「テンセイ? テンイ?? なにそれ? なにそれぇ?! やだ、怖い! 怖いよぉ、猛ぅぅぅ!」
事態のつかめていないのは猛とて同じだが、ナナミのそれは次元が違うらしい。
まったく状況が読めていないのだろう。今にも泣きそうな顔で猛に救いを求めている。
ちぃ!
「猛ぅ!!」
「な、ナナミぃぃいい!」
猛は手を伸ばし、幼馴染をしっかりと掴む。
せめて、彼女だけは守ると───!!
そして、
「ナナミ! 心だ! 心に強く願え!!」
「ね、願うって……。な、なな、なにを?!」
そうだ。
あの自称神とやらは言った。
心に強く願った力を授けると……!
魔物のいる世界で健やかに生きろと───!
これは転生ボーナスってやつだ!!
───ならば決まってる!!
俺達のやるべきことはただ一つ───!!!
「聞け、ナナミ! 今から俺たちは生まれ変わるらしい……! それも、RPGの世界だ! いいか? 心して聞いてくれ───俺たちはこれからPRGみたいな世界に行くんだ。……わかるだろ? RPGだ! RPGの世界を心に浮かべて、その世界で役立ちそうな力を思い浮かべるんだ!!」
「え? あ、RPG?! え、え? えええ?!」
ナナミの姿は、もう顔だけしか残っていない。
きっと猛も同じことだろう。
だから、最後に叫ぶ!!
「おれたちはRPGの世界に行く! そこで役に立つ力を───……」
「わ、わかっ───……」
そして、ナナミの姿が完全に消え、同時に猛の姿も消えた……。
あの自称神の声すらも───。
彼らが消えたあとには、この白い世界だけが残されて───もはや誰もいない。
そう、誰もいない……。
「ナナミぃぃぃいいい!!」
「たけるぅぅぅううう!!」
猛とナナミは世界を渡っていた。
それはまるで宇宙旅行のよう───。
白い空間から解放された二人は、元の肉体を保ったまま広大な空間をただ彷徨うのみ。
さながら宇宙遊泳のような状態でフワフワとそして、時に激しく揺さぶられるように───。
「うわぁぁぁぁあああ!!」
「きゃぁぁぁああああ!!」
必死で手をつなぐ二人の眼前には宇宙のような物が広がり、惑星のように球体が無数に浮かんでいる不思議な空間が猛烈な勢いで流れていく。
ふたりは、世界の狭間を高速でギュンギュンと渡っていた。
そこは無限世界。
宇宙に浮かぶのは無数の世界で、無限の輝きを保つもの。
そこには地球のように文明が発達した世界もあれば、すべての生物が死に絶えた世界もある。
無数。
無数の世界───。
人々が激しく争う世界もあれば、異形が闊歩し死が満ち溢れる世界もある───。
その様を二人して茫然とその光景を見下ろすしかできない。
だが、
そのうちに二人は一つの世界に近づいていることに気付いた。
その世界に近づくにつれ光がおおきく瞬き、目が開けていられない程───。
だけど、決して離れないように二人で手を繋ぎ───。そして、ひとつの世界に到着した。それは、まるで宇宙船が着陸するかのように、徐々に徐々にと近づいていく。
そして、二人は大地に近づき───……。
──────その世界に、猛とナナミの二人は舞い降りた。
そこは、空と水が青く輝く世界。
地球と変わらぬ空気密度と重力の世界。
そして、
……照りつける太陽。
新鮮な空気───!
ついでに、見たこともない巨大な鳥たちと、
さらには、無数の人々が槍を連ねて巨大な異形と戦う戦場へと───!
って、おいぃぃぃい……?!
「「「わーわーわーわー!!」」」
《ギャァェェェエエエエン!!!》
ま、マジかよ?、
「───ちょぉぉおおお!! いきなりあそこに降りるのかよ!!」
せ、戦場じゃねーか、ここぉ!!
「あの、自称神様め! いきなりハードモードとか、難易度設定ぶっこわれとるがな!」
「た、猛?」
──未だ空中を舞っている二人の眼下には血みどろの戦場が広がっていた。
そこは、中世ヨーロッパのような鎧を着た騎士たちが盾と槍を並べ陣形を組みつつ戦う戦場で……。
対する敵は巨大なドラゴン!
全長5mにもなるそいつは、翼をはためかせ騎士たちを皮膜と尻尾で薙ぎ払っている。
そして、反撃する騎士たちが一斉に矢を番える。それは低空を舞うドラゴンを射落とさんと構える弓矢の斉射で───。
「猛?! あ、危ないッ!」
「なッ!?」
やべぇ。
騎士団とバッチリ目が合っちゃったよぉお!
ギョッとした顔の騎士団の面々。そりゃそうだ……。
ドラゴンと対峙する騎士たちは、空から現れた猛たちに驚き──────ついでとばかりに弓矢を指向してきやがった。
「ッ!」
し、しまった───!
ギラリと輝く鏃に思わず身を竦めた猛。
矢を一斉に放たれそうになり思わず、ナナミの手を離してしまったのだ。
「な、ナナミぃぃいい!!」
「きゃあああああああ!!」
ナナミが鋭い悲鳴をあげて木の葉のように舞い落ちていく。
だが、それは猛とて同じ。落下速度は緩やかであっても制御できるわけではなく───否応なしにナナミと離れ離れになってしまった。
幸いにも地表近くだったため、それほど離れた場所に落ちたわけではないだろうが、騎士団とドラゴンの間に分断されてしまう。
そして、永遠にも思える時間を空に浮いていた猛だったが、ついに着地───。
その瞬間、ズン!! と重力を感じ、世界の存在を猛烈に体全体で感じた!!
……ブワ──────!!
着地直後に、鼻腔から入る草いきれ、
そこには焼ける人の肉の香りと、ドラゴンの熱い吐息!
そう、これが戦場の匂いッ!
肌に感じるのは灼熱と視界を焦がすドラゴンブレス!
そして、騎士たちの断末魔の声とドラゴンの咆哮が耳朶を打つ!
こ、ここが──────!!
「ここが、異世界なのかッ?!」
猛は思わず叫ぶ。そこに、
「な、なんだお前は?! 魔王軍の間者かッ?!」
「馬鹿野郎ッ、隊列を崩すな──────く、来るぞぉぉおお!!」
騎士の一人が猛に槍を突きつけると、その相棒が彼の首根っこを掴んで隊列に戻そうとする。
だがその動きは少し遅かったようだ。
《ギィェェェエエエエン!!》
ズンズンズン!!
ドラゴンが地響きを立て地面に降り立つと口腔を赤々と照らし出す。
あ、あれはきっと!
「ブレスが来るぞぉッ! 総員、魔法結界───」
ギュボボォォオオオオオオオオ!!
「ぎゃあああああああああ!!」
騎士団の隊列にブレスを放ったドラゴン。
それは、今までならば耐えきれたのかもしれない。
だが、猛に気を取られた一人がいたがために、密集隊形に穴が開く。
そして、ドラゴンはそれを見逃さない!!
ゴォォオオ!!
隊列の穴から炎が結界の内側を焦がしていく。
そのまま焼かれる騎士団の面々。
「「あぎゃああああああ!!」」
半数近い騎士たちが重傷を負い、直撃を受けた騎士は真っ黒に炭化して息絶えた。
「ぐ……。こ、このまま全滅するぞ」
「い、いかん! 部隊を再編する───いそげ!」
後退! 後退ぃぃい!!
ダダダ! と足音高く騎士たちは後退していく。
そこには、生き残りと戦いの勝利だけを考えた無情な現実があった。
…………つまりは負傷者の置き去りだ。
もちろん、それには猛も含まれている。
「おい! コイツはどうする?」
「は? そんな奴ぁ、ほっとけ! それより第二線で隊列を組む! 急げッ」
騎士たちは100mほど後退して再び盾を連ねると、ドラゴンに対峙した。
すると、偶然か必然か。
猛は一人、ドラゴンと騎士団に挟まれるちょうど中間に、
………………え?
騎士団の殺気だった視線と、ドラゴンの低く唸る声に挟まれる猛。
《ギュグルルゥゥゥウウ……》
「う、嘘ぉ?!」
いきなり戦場───。
いきなりドラゴン───。
いきなり絶体絶命ッッ?!
「……あんの、自称神様の馬鹿たれ! 転移先はちょっと考えろよぉぉお!!」
じょ、冗談じゃないっつの!
いきなりドラゴン戦とか、どんなクソゲーだよ!
……ッ!
「……ぁ!!───ッて、そうか! クソゲー……。ゲーム!! RPGか!!」
忘れる所だった……!
自称神の言ったあの言葉ッッ!
───あなた達の望む力を差し上げます。
あなた達の想いの力を武器に、
───心に強く願った力を授けましょう…………。
「……だったよな?」
ならば、
「───ならば、このクソゲー的なRPGの世界っつったら、コレだろッ!!」
そうだ、
そうとも!
そうだともさッ!!
ゲーム脳世代舐めんなよぉぉぉお!!
これがいわゆる、転生ボーナスって奴だろう?!
───だったらよぉぉおお、
『勇者』の力を願った俺なら───!!
……できるはずだ!!
「はぁッ!!」
─────────ドンッ!!
地響きのような踏み込み!
その勢いのまま猛然と突っ込む、猛ぅ!
「ぅらぁぁぁああああ!!」
一気にドラゴンに肉薄すると、素早く地面を走査して武器になりそうなものを探す。
ボンヤリ突っ立ててもやられるだけだ!
ならば、ここは攻める───!!
だてに現代っ子してねぇぞ! ゲーム脳を舐めんじゃねぇぇ!
ドンッドンッドンッ!!
と、凄まじい踏み込みとともに、一気にドラゴンの懐に飛び込む猛。
自分でも信じられないくらいに気力体力に満ち満ちている。
そして、このあり得ないほど、力強い踏み込みと跳躍ッッ!!
「……ははッ! 思った通りだ───!」
チャキン!!
騎士団が遺棄した剣を拾い、白刃をきらめかせながら二手に構える猛。
(……身体が軽い!! 剣が手に馴染むッ)
軽い。
軽い軽い!!
「───軽いッッッ!」
ダンッ、ダンッ、ダンッッッ!!
一歩ずつ、地面を抉る様にして駆ける猛は、ドラゴンとの距離を一瞬にして詰める。
まるで、オリンピック選手! トップアスリートにでもなったかのようだ。
いや……それ以上かッ?!
「これが───」
そのまま一気に突っ込み、頭の中で技を想像する。
……そうとも──────望みの力をくれるってんなら、決まってるだろう!
そりゃあ、
「……もちろん、RPGでの最強キャラ───『勇者』の力だぁぁあああ!!」
うおぉぉおるりゃぁぁぁぁっぁああああああ!!!
なんの力を願うかって?
そんなもん、決まってる!!
猛の選択。
それは……、
「───RPG最強の『勇者』の力に決まってんだろうがぁぁあああ!!」
うりゃぁぁぁああああああ!!
気合の声も高らかに、猛が全力でダッシュ───いや、跳躍した!!
ドン!!!
小さなクレーターを穿ちながらの急加速!
ドン、ドンッ!!
────体が軽い! 速い! 熱いッ!!
そして、
「「「は、はやいッ! なんだあの少年は?!」」」
驚愕する騎士団の目前で猛は跳躍し、二手に構えた剣をドラゴンの鼻っ面に叩きつけてやった!
「───おーーーーーーーらぁぁああ!!」
パッカーーーーーーーン!!
と、確かな手ごたえ。
《ギィィイィエェェェエエエエンッッ?!》
よろめくドラゴン…………いけるッ!
「よっしゃぁぁぁあ、追撃だぁぁぁぁぁああ!!」
いける!
ダンッ! と、ドラゴンの背に乗ると猛はゲームの主人公のように華麗に舞い飛び、さらには二刀流で猛烈な連撃を加えていく。
「まだまだぁぁあ!!」
ドガガガガガガガガッ! と、駒のように廻りながらドラゴンに息つく暇も与えずダメージを与える。
これなら……。
───いけるッ!
《ギィィエエエエエエン!! ギュガァァァアアアアアア!!》
その衝撃はドラゴンにも有効らしく、奴が激しくのたうちまわる。
いける!!
いけるぞ───!!
「よぉし! いけるぞぉぉお! 俺は、」
……そうだ、俺は、
「──────俺は強いッ!!」
強いぞッ!
勝てる、倒せるッ!!
この俺がドラゴンすら圧倒しているんだ!
「うぉぉぉぉおお! トドメぇぇぇええ!」
猛は勝利を確信し、ドラゴンを追い詰めていく……。
いくのだが───。
「ば、ばかな?!」
「な、なんて少年だよ! すげーぞ?!」
「あの容姿───あの動き、そしてあの強さ、」
ま、
「「「──まさか、伝説の勇者ッ?!」」」
勇者!!
勇者だ!!
勇者が来てくれたッ!!
勇者の降臨だ!!
「「うおぉぉ! 勇者だ!」」
「「勇者だ! 勇者だぁぁ!」」
「馬鹿者、油断するな! 敵はいまだ健在なんだぞ! 隊列を崩すな───」
隊長格の叱責もなんのその。
騎士団は驚愕し、いまや防御の態勢すら忘れて見とれている。
だが、
「まずいな……」
騎士団の隊長格がポツリと漏らす。
一見して猛はドラゴンを圧倒している。
しているのだが───……!
「…………勝てないッ! 彼では───。あの剣では勝てない!」
そうとも。絶対に勝てない!!
なぜなら、ドラゴンの硬皮は鉄をも弾く、鋼のごとき強度。
そして、あの剣はタダの鉄!!
鉄にドラゴンの硬皮は貫けぬッ!
ゆえに騎士団の持つミスリル製の槍の穂先しか、ドラゴンには通じないのだ。
そう───通じない……だから、絶対に勝てない!!
「───少年! 鉄ではドラゴンに勝てんぞッ!」
ミスリルは希少鉱物ゆえ、最小限の材料で事足りる槍の穂先にしか使用していない。
それがゆえに、予備の武器である剣は所詮はタダの鉄の剣なのだ!
鉄では、ドラゴンを貫くには役不足──!
「くっ、聞こえていないか。あのドラゴンを仕留める絶好の機会だというのに……」
マズイ……!
せっかくの好機をみすみす───!
格なる上は……。
「だ、誰か少年に、ミスリルの槍を!!」
「た、」
「隊長?! 正気ですか! い、いくら勇者かもしれないとはいえ、どこの馬の骨ともつかぬ奴に───」
騎士達は至極まともだ。
突然現れた正体不明の少年に、必殺の武器を貸すなど良しとするわけがない。
「構わん! 全責任は私が───」
あ!!
ギィン!?
しかし、時遅し。
猛の剣はドラゴンの皮膚に阻まれ、あろうことか彼の化け物の眼前でポッキリと折れてしまった。
「───う、嘘ぉ~ん!?」
猛は愕然とする。
チートと思しき力を手にいれ、まるでゲームのように動いて、このドラゴンを圧倒していたはず。
───はずなのに!!!
「あの、クソ自称神様やろー!」
そうとも、確かにRPG世界のような勇者の力を力を願ったはずなのに───!
け、
「剣が折れるとか───?!」
───そんなのありえるのかよぉぉおお!
《ギィィイイエエエエエエエン!》
ズシン、ズシン!!
ゴォォォオオアアアアアアアア!!
猛り狂うドラゴンッ!
それはまるで、手こずらせてくれた人間を一撃で仕留めてくれるとばかりに吼える。
そして、ドラゴンが口腔に炎をたたえていく。
…………あれぞ、ドラゴンブレス。
騎士団の魔法結界をも、時には焼き溶かす世界最強の炎だ。
───いくら勇者とはいえ、防具もなしに食らえば……!?
……………………死ぬッ!!
「く、くそ! こ、こんな所で……」
(……そんな! そんな!?)
猛はガクリと膝をつく。
今さらながら訪れた恐怖に────……。
(し、死にたくない。死にたくない! に、二回も死んでたまるかぁ!!)
そして、
……もう会えないかもしれない幼馴染の面影を想って───!
い、いやだ……!
もう会えないなんて、いやだ!!
……な、
(な、ナナミぃ……!)
死を前にして、猛は幼馴染を想う。
ナナミっ!!
さっき、手を離したばかりに見失ってしまった掛け替えのない存在のことを!
大好きな、
大好きなナナミのことをッ!!
な、
「……ナナミ!」
《ギィィイイイエエエエエエエエエン!!》
猛の叫びを嘲笑うように、ドラゴンブレスが彼を焼きつくそうとする。
奴の口に湛えられた炎が今まさに噴き出さんとし……───。
「───ナナミぃぃぃぃぃいいい!!」
あぁ……。
これで、死んでしまうのか。
ゴメン、ナナ───
「後方ヨシ。安全ピンを抜いてっと!……よーし、照準良好ッ」
へ?
「セーフティ解除ぉ────ん、行けるかなぁ?」
な、ナナミ……?
「あ、猛ぅ。そこ、危ないよぉ~?」
割と近くから聞こえたのは、あの可愛い幼馴染の声。
ポヤーっとして、温かみのある子で、
ショートカットの良く似合う可愛い女の子───。
そんな彼女が場違いに明るい、ホワホワとした緊張感のない声で猛に告げた。
危ないから、「退け」と……。
そう言ったのだ。
───……って!
(ちょ……!)
な、ナナミ──────!?
何やってんだよ!
ドラゴンだぞ!!??
最悪の化け物なんだ、ぞ?
「早く逃げ」
ろ
「発射ぁ♪」
バシュン──────!!
草原に伏せていたナナミが白煙を吹き出す。
いや、正確にはナナミが抱えていた筒の先端から白煙が───……さらに、背後からは燃えさかる黒煙がバックブラストとなって、草原を焦がしていく───。
そして─────────。
シュパァァァァァァ────………!
ナナミの抱える筒から、真っ赤な炎の矢のようなものが─────────ァァァ。
…………ァァァ────ズンッッッ!
「………………え?」
猛は声をあげた。
「「「……ええ?」」」
騎士団も声をあげた。
《……ぎ、ギョェ?》
ドラゴンも声をあげた────────と思ったら。
刹那、
ッッッ!
───チュドォォォォオオオオオン!!
大爆発ッッ!!
《ギュェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!》
そう、大爆発だ!!
そして、爆炎のあとにはドラゴンの頭部が爆裂して──────……ボトンと落ちた。
う、うそ……?
「嘘ぉォぉおお?!」
…………ど、ドラゴン?
《ギョ…………ブ、ギ!》
そのまま、頭部を失ったドラゴンが二、三歩たたらを踏んだかと思うと……。
ズゥゥゥウウウウウン…………!
地響きとともに倒れてしまった。
「ま、マジ……?」
あ、
あのドラゴンが───。
「し、」
「「「死んだ……」」」
猛と騎士団は茫然と呟いた。
それはそうだろう。
だって、
あの地上最強種たるドラゴンが、
たったの………………。
い、
「「「……一撃で?!」」」
ザッ!
───清々しく立ち上がるナナミ。
「あはッ♪ ヘッドショット命中ぅぅう」
にひひ、ヴィ!
と、陽気に笑いながらVサインとともに草原から立ち上がったのは、たった今ドラゴンを伏せ射ちでブッ飛ばした猛の馴染みの少女───ナナミだった。
彼女は学校の制服の上に硬そうなベストを纏い、頭には灰色のヘルメット───顔には大型のゴーグル。
そして、片手で保持しつつ、肩に担いでいるのは、
………………………バ、
「猛ちゃんに言われたから願ったよ、RPGの力♪」
───バズーカぁぁあ?
いや……違う。
あれは───。
あ、あれは…………。
あれは!!!
ナナミの手に握られた細長い円形の筒は……。
そう、あれは……。
あれはバズーカではないッ。
断じて、バズーカ砲ではない!!
バズーカ砲なものかッ!!
それは全体的に緑色と木製の混合で、金属と簡易スコープで構成されており……。
無骨で武骨な───。
「お、おまッ……そ、それ───」
よく映画なんかで敵兵が持ってる武器で、たま~に主人公側も使っている兵器───。
そして、撃たれた瞬間!
こう───皆が叫ぶんだ。
…………こんな風に。
「あ……、」
───R・P・Gぃぃぃいい!!
…………それは、
旧ソビエト連邦が開発した傑作対戦車ロケット砲───通称、
「『RPG-7』じゃねーーーーーか!!」
────そう、RPG-7がそこに。
「うん♪」
うん、じゃねぇ!!
実にいい笑顔でナナミが笑う。
可愛いなこん畜生ぉ……!
「───『RPG』だよ♪ 猛ちゃんの助言通り、願ってみたんだよ!」
あ、
あ……?
あ……───。
「…………あ、RPG違いだッつの!!」
この、
アホぉぉぉぉおお!!
そう。
彼女の想像したRPGは、RPGではなく……。
R
P
G
RPG-7だったらしい。
そういえば、ナナミはちょっと変わった子だった。
幼馴染として、長年付き合ってきた猛には違和感を感じなかったものの。
普通の女の子がアイドルだの、芸能人だのにうつつを抜かしてキャーキャー言っているときに、ナナミはといえば───やれ観艦式だとか、やれ自衛隊の公開訓練だとかに目を輝かせていた。
横須賀なアメリカ軍の空母が入港してるときは大興奮していたものだ。
というのも、ミリタリーおたくの父親と兄の影響をガッツリ受けていたのだろう。
反対に猛はさほど興味がなかったので、「ふ~ん」くらいにしか思っていなかったけど、休暇の度に遠くの基地だとか駐屯地にニコニコしながら家族で出かける姿にはちょっとだけ変だな? とは感じていた。
そして、
そのままちょっと変わった女の子として、猛と同じ高校に上がったナナミであったが、その頃には彼女も年頃の少女らしくスマホゲームに熱中していた。
休み時間にキャーキャー騒ぎながら、少ない人数ではあったものの、仲の良いグループで集まってピコピコと遊んでいたんだけど……。
そういえば、
今思えば、あれ───スマホでできる『FPS』だよね?
教室で、女の子同士が固まって「実績解除きた~」とか「航空支援がアンロックできたー」とかなんとか言ってたけど…………。
え、マジで?
マジで異世界にそれ願っちゃう?
ねぇ?
ねぇ、ねぇ……?
普通さ。
RPGって言ったら剣と魔法だよね?
エルフとか、ドワーフだよ?
あとドラゴン。
なんで?
ねぇ、なんで??
なんで『RPG-7』が、一番最初に頭に浮かんじゃうの?
そこんとこ、どうなの?
「あはッ♪ 見て見て猛ぅ! 一発で仕留めたよ」
「あ、うん……」
凄い、凄い……。
そりゃー、近代兵器にドラゴンが敵うわけない。
「凄い? 凄いぃ?」
嬉しそうに屈託なく笑うナナミ。
…………改めて見る幼馴染の姿は、じつにブッ飛んでいた。
だって……。
耳まで覆うフィールドグレーのヘルメットに、ゴーグルのようなシューティンググラス。
そして、胸と腹を守るゴッツイ防弾ベストに、たくさんついた機能的なポーチ。
それらを制服の上に着こみ、満面の笑み。
極めつけは、
…………肩に担いだデッカイ対戦車ロケット弾発射機───RPG-7!
………………異世界にRPG-7。
うん。もう違和感しかない。
そんでもって、
硝煙臭いそれは、たった今──戦車を屠る鉄の刃をドラゴンに叩きつけたばかり……。
あえて言おう。これは現実なのだ。
「にひひ、ヴィ!」
そして、転がるドラゴンの頭に片足をのせてVサイン。
……パンツ見えてるぞ。
すげーわ、ナナミさん。
もう脱帽と言わんばかり。
茫然と、ドラゴンと幼馴染のパンツを見上げる猛。
相変わらずぶっ飛んでる。
……可愛いけど。
ナナミだけは、満足気にヘッドショットをアピールしている。
そこに、
───ポーン♪
突如、半透明のガラス板のようなものが軽快な音とともに二人の前にあらわれた。
へ?
「ありゃりゃ?」
「な、なんだこれ?」
『猛はドラゴンを退治しました』
『ナナミはステージをクリアしました』
───ポーン♪
『勇者「猛」はドラゴンを倒した(アシスト)経験値が付与されます』
《経験値15989獲得》
まるでステータス画面のように見えるそれ。
何の説明もなく、勝手に数値だけが表示され、ジャキジャキジャキ!! と高速回転し、二人に何らかの数字を付与していく。
(こ、これって──────?!)
も、もしや……!
ジャラララララララララララ……!!
猛の目の前のステータス画面には、『経験値獲得』と小さく表示されている。
そして、付与される数字が猛烈な勢いで回転していき、次のLvまで───「XXXXXX/45」という数字が狂ったように上昇し続けていた。
「……こ、これ!───ステータス画面か?! もしかして、ドラゴンを倒した経験値が付与されたってことなのか?」
「すてーたす画面?」
……こりゃ、いよいよマジでRPGの世界だな。
すげぇぜ───……。
ジャララララララララ───ラ、ラ……。ディン♪
そして、ようやく数字の回転が止まったかと思うと───。
『ポーン♪』
『ティリィ~ン♪』
軽快な音共に、ステータス画面が輝く。
ポーン♪
『猛はLvが上昇した───
『猛はLvが上昇した───
『猛はLvが上昇した───
『猛はLvが上昇した───
『猛はLvが上昇した───
『猛はLvが上昇した───
『猛はLvが上昇した───』
『ステータス画面から、ステータスポイントを割り振ってください』
お、
「───おぉ! Lvがアップした?!」
ステータス画面の数字が猛烈に回転していたかと思えば、突如緩やかになり、猛のLvを表すであろう数字がフラリフラリと───止まる。
Lv1 → Lv23(New!!)
「お……。おぉぉ?! い、いきなりLv23?!」
ど、どんだけ格上だったんだよあのドラゴン───……?!
そりゃ、RPG序盤でドラゴンが出るとかゲームバランスが狂ってるけど……。
「あ、そうだ! ナナミ、」
ナナミも、さぞやLvが──────。
「わ♪ みてみて、猛ぅ。ほらほら、新しく『実績解除』されたよ?!」
─────アップ……。
…………え?
「じ、」
───実績??
…………ナナミ、お前何言って、
───ティリ~ン♪
『ナナミ、ミッションコンプリート! ステージクリアにつき、ポイントが付与されます』
《SP98775獲得》
ふぁ?!
───ティリ~ン♪
『ナナミ、勝利条件、ドラゴンの撃破───完遂。ポイント計算にうつります』
あ、あれ………………?
な、
なんか……。
ナナミのと、俺のとでは画面が…………違くない?
猛のステータス画面では、Lvが1から大幅に上昇する。
いわゆるRPG的なステータス画面。
一方───。
対面にいるナナミはといえば、目をパチクリさせながら自らの前に浮かんだステータス画面を見ているのだが……。
ナナミの目の前のそれ。
猛はナナミの対面にいるため、彼女のステータス画面が反転してみえているのだけど。
「な、なにそれ───?」
なんか表示が違くない?
猛は自分の目の前のステータス画面と、反転して見えるところのナナミのそれを見比べる。
「え、そうかな───??」
猛のステータス画面は、よくあるRPGの表示に似ている。
いわゆる、Lvとステータス表記だ。
こんな風に。
《ステータス画面》
●一般情報
名 前:藤堂 猛
種族等:人間(男)
職 業:勇者
●ステータス
Lv1→23(UP!)
HP:25→275(UP!)
MP:12→262(UP!)
SP: 5→255(UP!)
筋力:45→295(UP!)
敏捷:32→282(UP!)
耐久:24→274(UP!)
魔力:18→268(UP!)
詠唱:11→261(UP!)
対魔: 6→256(UP!)
●スキル
スロット1「未設定」
スロット2「未設定」
スロット3(増加!)
スロット4(増加!)
スロット5(増加!)
●割り振りスキルポイント
『+250』(NEW!)
うん。
…………………………普通。
これなら俺にもわかる……。
Lvが滅茶苦茶に上がったのが普通かどうかは置いておいて───。
きっと、Lvが1づつ上昇するたびにステータスは自動的に+10と、満遍なく上昇するのだろう。
さらに、自由に割り振ることのできるステータスポイントがLvごとに「+10」付与されるというシステムらしい。
それを自分の意志でステータスに反映させることができる───と、そういう仕様だ。
……………………で。
で、ナナミなんだけど──────。
「実績ってなんだよ?」
「ほぇ?」
しかも、経験値じゃなくて、《SP》?
スキルポイントじゃなくて、ソルジャーポイント?!
なんだよ、それ?!
「───お、おい……ナナ」
「わ、まだ来るよ」
───ティリリン♪
『ナナミ、勝利条件のうち。ボーナス要素をクリア 1/3 ヘッドショットによる撃破』
ボーナス+SP20000
『ナナミ、勝利条件のうち。ボーナス要素をクリア 2/3 命中率100%による撃破』
ボーナス+SP30000
『ナナミ、勝利条件のうち。ボーナス要素をクリア 3/3 友軍の被害0による撃破』
ボーナス+SP50000
───は?
ティリン♪
『ナナミ、ボーナス要素をコンプリート。特別報酬としてボーナスポイントを付与します』
───ボーナス+SP100000
「わわッ! いっぱい来た~♪」
《SP200000獲得》
ティリ~ン♪
『ナナミ、実績解除。一部武器がアンロックされます』
ティリリリン♪
『ナナミ、称号獲得『ドラゴンスレイヤー』───特殊武器がアンロックされます。特殊ペイントがアンロックされます』
『ナナミ、称号獲得『初見殺し』───特殊武器がアンロックされます。特殊ペイントがアンロックされます』
ティリ~ン♪
『ナナミ、チュートリアルを終了します───初回ボーナス『初心者特典』がロックされます』
ティリーン♪
『ナナミ、チュートリアル終了につき、「ステータス画面」及び「SHOP画面」が使用できます』
ステータス画面が幾度となく輝き、次々に新しいウィンドウが開いては閉じていく。
ナナミのステータス画面は大忙しだ。
しかし、ナナミはと言えば、まるでスマホでも弄るかのようにカチカチと操作して、キチンと理解している様子。
…………なんか慣れてません? ナナミさんや。
「あー。初回限定装備はもう使えないみたい。残念……。壊れたら新しく買わないと、だね」
ナナミが、手慣れた様子でカチカチと画面上のグレーアウトした小さなウィンドウをポチポチと叩くも、「ブブー!」と拒否アラームが鳴り響く。
「ぶー……! 最新の武器使えないのー?」
ナナミがタッチしているグレーアウトしたそれは、うっすらと『RPG-7』のシルエットを象っているようにも見えるんだけど……。
「───えっと、ナナミさん?」
「ちぇ~……。まだ、ステージが序盤だから強制ロックされてるのばっかり。しょぼ~ん」
初回装備とやらが、改めて使えるかどうか確認していたナナミ。
何故か本気でナナミは肩を落として、ガックリしていらっしゃる。
「…………ま、いっか♪ アンロックされた装備みてみよ~っと」
「あの……。ナナミさん?」
ナナミさんたら、喜んだり悲しんだり豊かに表情を替えながら、今は初回装備を諦めて、かわりに「SHOP画面」を開いていらっしゃる。
うん………………。
───なんだろう。
「SHOP画面」の項目なんだろうー。
あそこに並んでいる、『カスタム』『兵器購入』『支援要請』とかの項目───なんだろうー。
うん…………。
グレーアウトしてるけど、『兵器購入』の先───なんか戦車っぽいシルエットとか、ヘリコプターのシルエットってチラホラと……。
あれ、なんだろう~。
あはははー。俺知らなーい───。
「う~ん。しょーがない……。初回装備の『RPG)は大事に使っていくとして、まずは予備の弾頭と……───あ! 『AK』買えるぅ♪」
ニコォと顔をほころばせたナナミ。
思わず蕩けるようなそれをみて、猛の顔が朱に染まる。
…………ってか、
い、今。
「───AKって言いました?」
───え、AKって言いました?
「ん~?」
『SHOP』ボタン、ぽちー。
ナナミは躊躇なく、グレーアウト状態から『AK』のシルエットの項目にポイントを注ぎ込んでロックを解除。
すると───チャキーン!! と効果音が華々しく鳴り響き……。
ついに、『兵器購入』の項目を解放する。
そして、
そこに表示されるは──────あの有名に過ぎる……。
「AK-47だよ♪」
シュオン!
と、光の粒子に包まれたカラシニコフがナナミのお手てに降臨した───。
うん……。
男の子なら誰でも知ってるだろう。
ほら、英語とかでよく見るよね?
ゾンビ映画とかにも出るし、テロリストとか敵兵が良く持ってるあれ───……。
はい、せーの!
か、
「カラシニコフじゃねーーーーーかーーーーーーー!!」
※ ※
カラシニコフじゃねーーーかぁぁっぁああ……!!!
かぁぁあ…………。
かぁあ……。
「───も、もう好きにしてくれ……」
開いた口が塞がらない……。
ナナミはと言えば、中空から現れたAK-47を受け取り、もうニッコニコ。
さらに『兵器購入』画面から、予備の弾としてAK-47用のバナナマガジンを大量に購入している。
それを着用している防弾ベストのポーチに詰め込んでいくと、購入したAK47の弾倉を一度抜いて中身を確認。
カシャコ……!
ニコリと笑う様子を見るに、弾は入っているのだろう。
それをヘルメットにコンコン♪ と軽く叩きつけて弾を均一にそろえると、実に慣れた手つきで再装填していく。
カコ……───シャキンッ!!
硬く重い音を立てて弾倉受けにおさまると、そのままコッキングレバーを、ジャキリ! と引いて初弾を薬室に入れる。
あらまぁ、随分と手慣れていらっしゃること……。
そして、あんぐりと口を開けたままの幼馴染の猛に向かって───。
「あ! そうだぁ♪ ねぇ、猛ぅ……あれ言ってよー。あれ」
「───あれ?」
あれって…………。
何だろうと思っていると、ナナミが指をクイクイと動かしている。
………………………あー! あれかぁ。
あの映画の、ね。
ナナミが大好きで、何度も繰り返し見ていた映画───。
はいはい。付き合ってあげますとも。
「…………おい。セーフティが掛かってないぞ」
「にひッ♪───『セーフティはこれさ』」
コキコキと指を怪しく動かして、満足げに笑うナナミ。
わざわざ声色までを替えて、斜に構えていらっしゃる───。
…………はいはい。満足したか?
バカやってないで───。
「───双方動くなッッ!」
って。
「ありゃりゃ? 誰ー?」
「げ!」
わ、忘れてた……。
ポヤーっとした表情で周囲の人影を見渡すナナミと、顔をひきつらせた猛。
その周りには完全武装の騎士団が───。
そりゃ、こうなるわな……!
「動くなと言っているッ!!」
ガシャキッ!
その声と共に、一斉に向けられる敵意と槍の穂先。
いつの間にか猛たちを完全包囲していたのは───先ほどまでドラゴンと交戦していた騎士団の面々だ。
その全員がフェイスガードを降ろしており、表情が見えない。
だが彼らからは、痛いほどの緊張感を感じさせる。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
この構図はマズイ。
どう見ても穏便ではない騎士団の面々をみて、猛は背後にナナミを庇うと、取りあえず隊長っぽい奴に向かって話しかけた。
どういうわけか、異世界でも言葉は通じるのだ。
ならば話してみても損はないだろう。
「勝手に口を開くな! 質問はこちらからする!」
しかし、騎士団の連中は聞く耳を持っていない。
こ、これは不味いか……?
明確な敵意と不信感を彼等から感じた猛。
少なくとも、誰からも好意的な雰囲気は全く感じられない。
(ど、ドラゴンを倒したからって、味方とは限らないよな……)
ツツー……と、冷や汗が流れるのを感じながら、猛はこの場を何とか逃れられないか画策し始めた。
ドラゴンと対峙していた彼らの戦いに図らずとも介入する気になったわけだけど……。
すなわち、それで味方かどうかと言われれば甚だ疑問だというのだろう。
いや、まぁ。
猛だってそうするだろう。
───だって、普通は空から人が降ってきたら滅茶苦茶警戒する。
……当たり前だわな。
だけど、
「お、落ち着いてくれッ! お、俺たちは怪しいものじゃ」
いや……自分で言ってて怪しさ全開だけど。
「滅茶苦茶怪しいわッ! 貴様らは、ここをどこだと思っている?!」
いや……知らんがな。
「い、異世界?」
「ハッ! 異なことを言う。ここは人類支配地域の最北端───魔族の住む世界との狭間。地獄とあの世の境よ……!」
うわ……!
最前線じゃん!?
す、スゲーところがスタートポイントだな?!
ゲームで言えば後半でしょ、ここ。
あの自称神様め……。
スタートポイントくらい決めさせろよ!
「そ、そうなんですか? 俺達もよく知らなくて……」
「勝手に口を開くなと言っている!」
ガン!! と、槍の石突きを地面に叩きつけると隊長らしきそいつがズイと一歩前にでた。
……アンタが聞いたんやないかい!
「───聞け! 我らが問いは一つ!……そして、一度だけしか問わんッ」
サッと手を掲げる騎士団の隊長。
それに合わせて包囲している騎士たちが、重々しい金属音とともに槍を構えなおした。
ガシャガシャガシャ!!
無数の槍の穂先が自らを指向し、猛の体が硬直しかける。
「ひっ!」
ドラゴンと対峙した時とは違い、明確なまでの殺意。
それも、人の意志を持った殺意をぶつけられるのだ。
ついさっきまで高校生をやっていた猛には少々厳しい。
「た、猛ぅ……」
不安そうなナナミの声に、猛はグビリと唾を飲み込んだ……。
さぁ
この状況───どうする?
──────────────────
《現在のステータス》
パーティメンバー1
名 前:藤堂 猛
種族等:人間(男)
職 業:勇者
●ステータス
Lv:23
HP:275
MP:262
SP:255
●物理
筋力:295
敏捷:282
耐久:274
●魔力
魔力:268
詠唱:261
対魔:256
●スキル
スロット1「未設定」
スロット2「未設定」
スロット3「未設定」
スロット4「未設定」
スロット5「未設定」
●割り振りスキルポイント
『+250』
パーティーメンバー2
名 前:新庄 七海
種族等:人間(女)
職 業:女子高生
称 号:『ドラゴンスレイヤー』
『初見殺し』
●装備
主武装1:RPG-7
主武装2:AK-47(銃剣あり)
副武装1:なし
投擲物1:なし
●防具
頭 部1:6B6ヘルメット
頭 部2:シューティンググラス
身 体1:6B3ボディーアーマー
身 体2:地元高校制定セーラー服
「た、猛ぅ……」
不安そうな声のナナミ。
その言葉に勇気を振り絞ろうとするも、至近距離で人間から殺意を向けられるのはこれが生まれて初めてだ。
(───じょ、冗談じゃない……!)
あの隊長の合図次第で、一斉に槍が二人を刺し貫くのだろう。
彼らの放つ圧力は、ドラゴンのそれとは種類が違う。
現代日本では絶対に感じられない、戦場の香り───。
(な、何を答えろってんだよ……。間違ったこと言えば殺されるのか───俺達?!)
ど、どうする……。
いっそ、殺られる前にやるか?
(やって、殺れないことはないはずだ……)
チラリと見れば、猛の手には折れた剣が一振り。
だが、折れたとはいえ───多少の刃はまだ健在だ。
(し、しかし殺すのか? に、人間を?!)
いや、そも殺せるのか、俺に。
いやいやいや。落ち着け。
なんで、俺はこんな物騒なことを考えてる?!
……な、なにも彼等を殺す必要はない。
そんなことをしなくとも、猛の力があれば制圧できる!
それ以上に、逃げることだって───。
そうさ。
ドラゴンと戦ったときの───この身体能力があれば、ここを脱出くらいはできる!
───勇者の力があれば、彼等を殺さずともいい。
殺すなんてのは、最後の手段だ。
…………むしろ、懸念は一つだけ。
そう、
──────……ナナミだ。
この幼馴染の身の安否。それだけが気がかりだ。
猛一人なら、騎士たちの包囲を振り切るのはたやすいだろう。
だが、それはできない。
幼馴染を置いてきぼりにして逃げるなんて言語道断!
猛にとっては、譲ることのできない一線があるのだ───。
そう。それは、幼馴染の愛しい少女。
ナナミ。
……彼女を危険に晒すことだけは、絶対にできない。
(もう二度と失敗しない!)
フラッシュバックのように甦る事故の瞬間───。
あの踏切で、間違いを犯した猛。
だから、二度と間違えない……!
そうだ……。
(───俺は、ナナミを守るッ!!)
彼女は勇者じゃない。
ナナミは猛と違って、あのバカげた身体能力は持ち合わせていないのだ。
たった一人の幼馴染。
この世界で、二人しかいない日本人。そして、猛の大好きな女の子だ!!
(……ナナミを置いて一人で逃げるなんてできるわけないだろう!)
できるわけが───……!!
「(猛ぅ)」ボソッ。
一言呟いたナナミ。
その表情───ナナミは眉根を寄せているが、口は開かず「どうするの?」という目を猛に向けていた。
ど、どうするって……。
そ、そりゃあ……。
───……って!
をいぃぃい!?
をい、をい、をいをいをい!!
「(な、なにやってんの?! ナナミ!)」
ガシャキ!!
「(セーフティ解除したけど、なにか?)」
…………いやいや、お前さんや?
何で指が引き金にかかってんだよ!!
っていうか。な、なんか、凄い目ぇ据わってない?! こぇーよ!!
「(…………先手必勝だよ?)」
や、やる気?
殺・る・気・で・す・か?
YA・RU・KI満々ですか?!
「何をボソボソを喋っている!」
「す、すみません」
鋭い声で詰問する騎士団の隊長。
その顔はフェイスガードの奥の瞳が爛々と輝き、眼圧が凄いのなんの。
いや、その眼圧といえば……。
隊長も凄いが、……そしてナナミも凄い。
なんかもぅ、殺気をムンムン放っていらっしゃる。
なんて言えばいいのか。
まるで歴戦の兵士のような剣呑な空気を纏っているではないか。
そして、その気配に気付いているはずの隊長は全く意にも介していない。
隊長からすれば、殺気など何ほどのこともあらん、と言った雰囲気。
だからその目は、猛だけを鋭く睨みつけていた。
少しでもおかしな動きを見せれば、隊長配下の騎士たちが容赦なく猛を槍で刺し貫くのだろう。
だけどね……。
騎士団諸君───君らは知らないのだよ。
俺は勇者。
勇者タケル。
そして、その背後に庇っている女の子はナナミ。
新城七海。
セーラー服の女子高生。
ただの女の子だ……。
だけどね。その手に握られているのは、『AK-47』アサルトライフルなのだよ。
7.62mm弾を毎分600発の速度で発射する恐ろしい兵器───。
その貫通力たるや、騎士団ごときのフルプレートアーマーなど、ボール紙のように簡単に刺し貫くだろう。
つまり、
庇われているのはナナミではなく……。
ましてや、猛でもなく───……、それは何もわかっていない騎士団の連中だという事だ。
(うぅ……超こぇ~)
ナナミと隊長に挟まれた猛。
一触即発の雰囲気にタラーっと、ひとり冷や汗を流す猛。
しまいには、ジワリと嫌な汗が背中から噴き出してきた。
ゴクリと飲みこむ鍔がやけに大きく響いたかと思うと、騎士団の隊長の瞳がキラリと輝いた。
そして、隊長が問う───。
「──────汝らに、問おう」
(な、なんだよ?)
ごくり…………。
「………………汝は───汝らは魔王軍なりや?」
………………………………は?
は?
ま、まおー軍?
って、魔王軍?!
……………………ぱ、パードゥン?!
わ、ワンスモアプリーズ……。
予想外の言葉に猛がボケーとした顔を返す。
しかし、動揺した様子もない隊長はフェイスガード奥から猛達を鋭く睨みつけていた。
どうやら一度しか言わないの言葉どおり、再度と問うつもりはないらしい。
(いや───やっぱ魔王いるんだ……)
この質問いかんで、猛たちの進退が決まるのだろう。
もちろん答えは決まっているが、果たして信じてくれるかどうか……。
じっとりとした空気が流れる中、隊長の手が槍を───。
「マオー?」
そこに暢気の声が一つふり注ぐ。
「ん~?? ねぇ、マオー軍ってなに? マオウ軍なんて知らないよー?」
そうだよねぇ、猛ぅ?
「あ、はい」
ええ、知りませんとも。
ナナミの言葉はいつもの様子と変わらない。
ポヤーとして、暢気そうな雰囲気そのままだ。あの恐ろしいまでの眼光はどこへやら。
緊張感を感じさせないおっとりとした口調で、小さく首を傾げている。
「…………なんだと?」
しかし、隊長はそう簡単にはいかない。
ナナミの何も考えていなさそうな言葉にも、ガブリと食いついた。
交渉相手は猛でもナナミでもどちらでもいいのだろう。
ようするに、敵か味方か、某か。
スッと視線がナナミに向いたのを気配で感じつつ、その視線を遮るように猛は動いた。
「ま、魔王軍のことなんて知らない───俺たちは、」
「───黙れッ! こんな場所をうろつく男女……。そして、武器もなく、糧秣すら持たない───つまり、魔族でもない限りありえん!」
強い口調で猛の言葉を遮る隊長。
ビュンと槍を眼前で振り回すと、ガツンと石突きを地面に突き立てた。
「たが、我らとて言葉の通じぬ蛮族ではない」
隊長が態度を軟化させたようにみせるも、
「…………魔族でないというならば、その証を見せてもらおうか」
「え?」
ニヤリと笑った気配。
隊長は腰の物入れからそっと小さな瓶を取り出して───。
「……嘘をついてもすぐにわかること」
くくく。と、薄く笑いつつ、
「これが何か分かるか?」
「えっと……」
瓶に入った…………水?
ナナミと目線を合わせるも、二人して首を傾げるのみ。
中身なんてわかるはずもない。
どう見てもタダの水だけど……。
「ふ……。これは、神聖教会で作られた高純度の聖水だ───人に無害。だが、」
厭らしく笑う気配とともに、
「───魔族には劇薬となる!」
ふははは! と、フェイスガードの奥で不気味に笑う隊長は、
「さぁ。魔王軍でないというなら、飲め。…………拒めば、この場で斬り捨てる」
さぁ!
「魔王軍でないなら証を見せろ! 聖水は『人』には無害! 『英雄』には恩恵を、『勇者』には天啓を!───さぁ! さぁ、さぁ、これを今すぐ飲み干して見せよ!」
小瓶を投げ寄越す騎士。
それを慌てて受け取った猛は不安げに騎士をみつめるも、これを飲むしか現状を打破できそうな手は見当たらなかった。
「の、飲めばいいんだな?」
無言で頷く隊長を苦々しく見ながらも、チラリとナナミを見る猛。
すると、彼女も不安げに目を細めており小さく首を振っている。
それは、暗に「飲むな」と言っているのだろう。
そりゃあ、そうだ。
聖水だか何だか知らないけど、得体の知れない液体を飲むなんてゾッとしない───。
「どうした、早く飲め! 人には無害だと言っている。安心しろ、本物の聖水だ」
いや、
無害とかそう言う事じゃなくて……。
いきなり得体の知れないものを飲めって言われてもね。
「た、猛ぅ」
「───魔王軍の兵士ではないなら恐れることなどないはず! さぁ!! さぁ!」
飲めッ!!
飲めッ!!
「飲めぇ!!」
ついには槍を突きつけ、猛に飲めと強要する。
(く……こんな得体のしれないもの───)
……………………ええい、ままよッ!!
「あ! ダメぇ!」
ナナミは猛を止めようと手を伸ばすも、それを振り切ってグイと小瓶を飲み干す猛。
なるようになれ! やっつけろッ!
───グビリ、グビリ……。
ゆっくりと喉を嚥下している得体の知れない液体。
喉を通過して、腹に───……。
そして、次の瞬間!
「うッ!!」
小さく呻きを漏らす猛。
「た、猛!?」
その様子に、ナナミが慌てて駆け寄り、それを見ていた騎士団が殺気を急速に膨らませた───……!!
(な、なんだこれ───?!)
猛の身体はあの水を飲んだ途端にカッ! と熱くなり、フワリと小さな光の粒子が周囲から立ち昇る。
キラキラキラ……。
(光って、る───?)
その姿は一種荘厳であり───猛は一時的にではあるが万能感すら得ていた。
「ど、どうなってんだ───体が……!」
「た、たたた、猛ッ?! タケルぅぅう! 吐いて! すぐ吐いてぇ!」
猛の異常な様子にナナミが取り乱し、その背中に縋りつく。
吐き出せと背中をさする──────。
でも、違うんだナナミ。
こ、これは───……。
「な、なんだ。なんなんだ、これ──……力が」
力が漲る。
力が溢れる。
力が迸る!!
「な……! ば、バカな!!」
猛の様子は、騎士団をして意外だったのだろう。
あの隊長ですら、槍をカラ~ンと手から零して茫然としている。
「み、見ろ! あれは……あの光は!」
「嘘だろ……。強いとは思っていたが、まさか、『能力の全体向上』だと──────こ、これは、」
「ま、間違いない───勇者だ」
そうだ!
ドラゴンを倒したあの力は本物だった!
彼は本物の勇者!
ま、まさしく、
「「「───ゆ、勇者の力だ!!」」」
溢れる光はすぐに治まったものの、猛は未だに薄い光の膜に包まれていた。
「ゆ、勇者殿の御前だ!」
「ひ、ひひひ、膝まづけ! 全員だ! はやく!!」
それを見た騎士の一人は慄き、槍を取り落とす。
幾人かは、慌てて片膝をつき首を垂れる。
そして、あの隊長も茫然として猛を見ている…………。
輝く少年と騎士団。
それは一種の一枚絵のよう───。
美しい光景…………。なのだが、
「───だ、大丈夫、猛!? は、早く吐き出して! 早くぅぅう!!」
空気なんて読んだことのないナナミ。
背中をさすっているだけでは埒があかないと思ったのか、ついには……。
「ほら、早くぅ!!」
バンバンバン!!
痛い痛い! 背中叩かないでって!
「吐ーけ! 吐ーけ!」
バンバン!! 背中を叩いて、吐け吐けと強要。
なんというか、もう全く空気を読まないナナミさん。
しまいには猛の背後から取り付き、ガックンガックン! と体を揺さぶので、それが故に本当に吐きそう。
「ちょ、やめ! やめッ、おぇ……! やめてナナミ───おっぷ」
やべ、マジで吐きそう。
───おろろろろろろろ……!!
ナナミのそれをやんわり解きほどくと、
「だ、大丈夫だから。おろろ……! 大丈夫うっぷ!」
問題ない。
問題ないよ……!
むしろ、お前のせいで吐きそう───。
っていうか、吐く!
おえええええ!!
「ほ、ホントに?! ホントに?! 不味かったら、ペッって出しちゃっていいんだよ?!」
いや、子供に酒好きが珍味食わせたみたいな反応するなや。
なんだよ、「不味かったら、ペッ」って……。
聖水に失礼じゃおまへんか?
ウップ……!
ギャイのギャイのと漫才を繰り返している猛たちを尻目に、騎士団の反応は様々だ。
すでに槍を向ける者はおらず、むしろ猛たちを称えるような空気すら感じさせる。
「や、ややや、やっぱり俺の目には狂いはなかった!」
「ど、ドラゴンを単騎で倒したんだ、ほ、本物さ!」
「図が高い! 図が高いぞお前ら! た、隊長も早くッ」
そして、その隊長はと言えば───。
「ま、間違いない……。この反応はやはり───」
勇者……!!
「伝説の勇者の降臨なのか───……?」
そのまま全員が槍の穂先を天に向けると、
し、
「───失礼しました!!」
ガシャンッ!!
と、レガースの音を激しく響かせて隊長が膝をつく。
そして、フェイスガードをあげ───。
「よ、よもや、教会の予言通りでありました……」
はっ? よ、予言?
いや、つーかアンタ……。
「───ついに。ついに降臨なさったのですな! 『勇者』様!!」
見上げるその顔───。
さっきまでと態度が全然違う。
180度方向転換したかと思うと、キラッキラと目を輝かせちゃって、まぁ……。
そんでもって、この隊長さんと来たら、ほれ。
「あ、女の人だぁ」
うむ。
「───お、女騎士……」
指揮官らしき人物は、異世界と言えばのアレ───まんまの女騎士だった。
「先ほどは失礼を……」
唐突に謝罪され、猛は目を丸くする。
「へ? さっき───って??」
今、猛は女騎士さんの馬に乗せられ、カッポカッポと蹄の音を聞いているところであった。
猛もナナミも、二人とも馬には乗れないので、二人して騎士の前後に乗せられユーラユラと揺られるのみ。
おっぷ吐きそう……。
「あ、それはその───。先ほど槍を向けた件についてでありまして……」
ゴニョゴニョと語尾が怪しくなる女騎士さん。
あー。さっきってそれのことね。
「いえいえ、全然気にしてませんよ? 別に刺されたわけじゃないし」
超怖かったけど……。
主にナナミの暴走が、ね。
「い、いえ……。ドラゴンを倒した英雄であり───しかも勇者どのに刃を向け、あまつさえ不躾な言葉をかけたのです、そ、そんな簡単に許しを得られるとは、ゴニョゴニョ」
あー……。エライ律儀だねこの人。
もう、既に全員から謝罪されているので全く気にしてない。
むしろ、この世界に来たばかりなのに、普通の文明に接触できそうなうえ、近くの街まで連れて行ってくれるのだから寧ろ感謝したいくらいだ。
…………怖かったけど。
「いーえ! ほんと、もう、全然気にしてませんから!……そりゃ、空から人が降ってきたら普通驚きますよ」
「そうだよぉ。空から降ってくるのは、空挺部隊だよ?」
「は、はぁ? クーテイ??」
うん、ナナミさん。
……頼むから、変な合いの手入れないで。
説明するの俺だよ?
「ん~? 変なこと言った?」
うん…………言ってる。
ナナミは隣を並走する副隊長の馬に乗せられており、その馬上で可愛らしく首を傾げている。
っていうか、……空挺部隊とかね。
君は、ホントにどんだけミリタリーオタクな脳みそしてるのよ?
「クウテイ部隊? それは勇者殿の国の兵士でしょうか?」
「精強なんだよ!」
目をキラッキラ輝かせたナナミ。
もう、語りたくてウズウズしている。
……ってか、女騎士さんも変なとこ拾わないでよ。───面倒くさいんです。
「隊長さん。コイツの話聞いてると頭がおかしくなるから、ほどほどで───」
「ぶー! おかしくないもんッ」
ぷんぷん! と擬音がつきそうなくらいナナミは可愛らしく抗議の声をあげる。
その様子は年相応の女子高生だ。
まぁ、
背中に背負っているRPG-7と腰の前に掲げているAK-47がすっごい違和感しかないけど……。
「ははは。仲がよろしいようで」
「な、仲がいいなんて」
キャー……! と、可愛らしく顔を染めるナナミ。
おう、ただの幼馴染やろがい……。
「く、腐れ縁ですよ───幼稚園からずっと一緒にいれば、そりゃ仲も良くなります」
「それは、それは……! 彼女は勇者殿の想い人であられるのですな?」
ちゃう、っつーの!
「……そ、それよりも隊長さん、俺たちはこれからどこへ向かうんですか?」
無理やり話題を変えた猛ではあったが、女騎士は小さく笑ってそれに応じてくれた。
「まず、休止点を目指します。───そこは補給品を預けた開拓村で、ここから半日ほどの場所にあります。今日はそこで休みましょう。……ご安心を。宿も食事も準備させますので」
お! 異世界村人のお家で一泊?!
「あ、はい! な、何から何まで……すみません、隊長さん」
「……メイベル。メイベル・カストールです。隊長でなくても結構ですよ。メイベルと気軽に呼んでください、勇者殿」
「え? あ、はい。…………俺も猛でいいです。あっちはナナミ。新城ナナミです」
「ナナミで~す」
ペコリと行儀良く頭を下げるナナミ。
うむ。育ちがよろしいようで。
そして、女騎士さんはメイベルというらしい。
聞けば、彼女はこの国の5つある騎士団の一つを任せられているエリートということ。
───彼女の属する『ハルバル王国』は軍事大国。
長年、北の大地から度々南進してくる魔王軍に対抗している人類最強国家の一角なのだとか。
そして、メイベルを含めた騎士団を交代で配置しているそうだ。
つまり、今の彼女の任務は国境監視。
たびたび越境してくる魔王軍を警戒して、今日も今日とていつも通り国境を警戒していたのだという。
本来なら何でもない任務のはずだったのだが、今日は先行させている斥候が魔王軍の一部隊を偶然発見したらしい。
少数での略奪部隊と見られる魔王軍。
兵は弱兵揃いで、巡回中の部隊で対処できるとメイベルは判断した。
決定するや否や、彼女は部下を率いて急行。
案の定、発見したのは、斥候の報告通りの少数の魔王軍の部隊のみ。
これなら勝てると、メイベルは迷うことなく強襲を指示。
あっという間に魔王軍の部隊を殲滅してしまった。
──と、そこまでは良かったのだが……。
その帰りのこと、突如としてはぐれドラゴンが北の大地より飛来し、騎士団を強襲してきたのだという。
それが、猛たちも見たあのドラゴンなのだとか……。
少数の魔王軍ならば殲滅できるだけの兵力ではあったが、ドラゴンに対抗するには過小すぎる兵力だったメイベル達。
一人。また一人と部下がやられていき、ついに、ジリ貧になっていたところ……そこに偶然───猛たちが現れたという。
「…………実際、危ない所でした。いつ全滅してもおかしくはなかった」
そうなの?
結構善戦してるように見えたけど……。
「おそらくアレは敵の策略です。……雑魚の魔王軍兵士どもが、はぐれドラゴンを上手く誘導していたのでしょうな。我々は、それにまんまと引っ掛かり、危うく全滅するところでした、本当に───」
「重ね重ね感謝します」と、メイベルが頭を下げる。
馬上ゆえ簡略化された礼ではあったが、本心からのものらしい。
その美しい顔が柔らかく微笑んでいる。
「い、いや~……。あはは───」
美人に礼を言われると照れる……。
耳まで真っ赤になりながら、猛が頭をポリポリと掻いていると、
「ぶー」
ナナミさん、膨れっ面。
ま、ま~感謝されてもね……。
倒したの俺じゃないし。
「いやはや……。それにしても、すさまじい魔法でしたな。我らは、勇者殿の剣が折れた時点で、アナタの最期を見るのかと思い、戦々恐々としておりました」
うん……俺も死ぬかと思った。
「しかし、それはブラフ──まさか、至近距離からの大魔法を狙っておられたとは……」
………………うん?
「いやはや、御見それしました」───とメイベルは手放しで猛を褒めたたえるが、
…………ちゃうねん。
それはちゃうねん……。
俺、何もしてないねん。
「いやいや───違いますよ!」
だ、大魔法とかとちゃうねん。
あれな、ロケット弾ですねん。
……うちのナナミはんが、ヘッドショット決めはりましてん。
………………RPG-7でね。
しかし、それをいくら説明しても騎士団は納得しない。
そもそも、RPG-7が分からないのだから理解しようがない。
いわゆる魔法のような物だと説明してみても、余計に理解できなかったらしい。
なにせ、騎士団曰く、
ナナミからは魔力を一切感じないのだというのだ(そういうものを、感知する魔法があるらしい)。
そのナナミが魔法を使ったと言っても、彼らが納得するはずがなかった。
魔力のないものには、魔法は使えない。
それがこの世界の常識らしい。
結局───勇者である猛が、ナナミの立場を良くしようとして、お膳立てを図っているのだと勝手に納得されてしまった。
ナナミ自身も、手柄については別にどうでもいいみたいで、一切不満の声をあげなかったのも大きい……。
なんとか説明しようと、馬上でわいのわいのと話し合っても埒が明かない。
結局───。
「う、う~む……ナナミがいいならそれでいいけど」
「ど~でもいいよ~?」
猛としては釈然としないもの、ナナミはまったく無頓着だ。
男として、他人の手柄の上に胡坐をかくのは格好悪いので否定したいのだが、誰も納得してくれない。
もっと分かりやすく説明するなら、いっそRPG-7をその辺に一発ブチかましてみればいいのだろうけど───。
「えー……やだ。弾がもったいないもん。───弾だってSP使って買うんだよ? どうせなら、何か動くものに撃ちたいよー」とのこと……。
何か動くものってね……。
ナナミさん、ものすごく物騒です。はい。
──────もうええわ……。
がっくり項垂れた猛をさらに褒めたたえる騎士団。
「いやー謙虚ですな。さすがは勇者殿!──おお、もしやドラゴンごとき、倒したうちにも入らないということですな!」
い、いや、ちゃうねん……。
ほんまにちゃうねん……!
「お、俺は本当に何もしてないんですよ」
「ハッハッハ! またまた、何を謙遜しておられるか。ドラゴンを滅した強者──アナタこそ、伝説の勇者どのではありませんか!」
あー。もーまただよ。
なんなの、それ?
「その───伝説って、なんなんです?」
さっきからずっと勇者勇者と称えられるのも、むず痒い。
知らないところで噂されているようで、どうも釈然としない。
それに、伝説というくらいには『勇者』という存在がかつていたということだろう。
それを猛に置き換えられても困る。
確かに、職業的には『勇者』だが、『猛』は猛なのだ。
そりゃ、勇者の力を願ったから、いわゆる『勇者』で間違いないんだろうけど──……職業もばっつり勇者だし。
ポーン♪ と、ステータス画面を起動。
そこにはしっかりと『職業:勇者』と書かれている。ちなみにステータス画面はメイベル達には見えない様だ。
どうも、猛とナナミだけが見えているらしい。
余り人前で使うと、目だけキョロキョロしているようで怪しまれそう……。
「勇者伝説ですか?……もちろん、我々が子供の頃から聞かされているものですよ──」
子供の頃から……。そりゃ筋金入りだわ。
メイベル曰く、
※ ※
ハルバル王国成立より遥か昔、魔王が今よりも遥かに強大な勢力を誇っていた頃──。
彼の軍によって、大地は瘴気にまみれ、村と街は焼かれ、国は次々に陥落。
人々は絶望と滅亡の縁に立たされていたという。
毎日のように国が滅び、村が略奪され、田畑は踏みしだかれていた。
そして、追い詰められる人類は、ついに滅びの危機を迎えんとしていた───。
強大な魔王軍に追い詰められた人々は、南に南にと、残された城塞都市に身を寄せるよみ。
その滅びの時は、刻一刻と迫っていた。
そんな時───……。
神が遣わしたと思われる、一人の青年が空より舞い降りた。
彼は、その瞬間より敢然と魔王軍に立ちはだかったという。
そして青年は、たった一人で魔王軍に対峙すると、大地を焼き尽くさんばかりの大魔法を持って、あっと言う間に魔王軍を駆逐してしまった。
勇者に敗れ、潰走する魔王軍は命からがら北の大地へ逃げ戻ったという。
しかしそれを放置せず、彼の青年は光り輝く強大な武器とともに、そのまま魔王を追って北の大地へ入り、最後には魔王を誅したとされる。
だが、北の大地より先───彼の青年の姿は途絶え、その後彼を見たものは誰もいないという……。
※ ※
「これが子供でも知っている勇者伝説です」
へー。
メイベルは朗々と語り、猛とナナミはなんとなく聞き入る。
「そして平和を築き上げた彼を讃え、人々は彼の足跡を追うようにして魔族のいなくなった土地に入植し、次々に国が興りました」
ふむふむ。
メイベルの語りに付き合う二人。
彼女曰く、
ハルバル王国もその一つだという。
彼女の国は、彼の青年の進んだ道にできた、新興の国家なのだそうだ。
ま、新興とは言っても百年単位の歴史はあるらしいけど───。
「そして、伝説はこう続きます───」
※ ※
再び、魔王が世界を滅ぼさんとするとき、空より勇者は舞い降りる。
「千の軍を焼き払い。
「万の魔族を滅ぼさんと───。
「億の闇を光で満たし、彼の者は勇者たらんとする……。
※ ※
ほほほー…………。
エライ強かったんだね。前の勇者は──。
「それがアナタ───猛殿であります」
…………………………は?