「はは……勝った。勝ったよ、ナナミ」
「うん! 猛、カッコよかったよ!」
はは。お前ほどじゃないけどな。
もう、ナナミがRPG-7を背負っていても何の違和感を感じなくなってきた。
それどころかむしろ頼もしくすらある。
それなのに、後方に避難させようなんて馬鹿な考え──────……あれ?
「ところで、ナナミは何で戻ってきたんだ? エルメスさんが避難させてくれたんじゃ?」
「ぶー……。知らないよぉ! あのオジサン、丘を越えたとたん、急に私にナイフを突きつけたんだもん」
………………は?
「なんか、人質にして───みたいなこと言ってたけど、隙を見て馬から飛び降りて逃げたんだよー」
「……えっと、どういう───」
突然の話で猛の思考がフリーズしかける。
なんで、騎士団がナナミを拘束しようとしたのか、それに人質? 誰の誰に対する───……。
「い、今の話は本当か?!」
ナナミとの会話に割って入るメイベル。
半裸の彼女に対して目のやり場に困った猛はソッと制服の上を貸してあげるが、それを上の空で受け取ったメイベル。
「むぅ? あのオジサンのこと??」
「そうだ! エルメスのことだ! 奴が裏切ったようにも聞こえたぞッ」
眉間にしわを寄せたメイベルは複雑そうな顔でナナミに詰め寄る。
「エルメスに限って裏切るなどあり得ん! 何かの間違いだろう!? なぁ?!」
ナナミの胸倉を掴んでグィっと引き寄せるメイベル。
その仕草を鬱陶しそうに睨むナナミ。
よくよく見れば、ナナミのやつトカレフを引き抜きメイベルの腹に押し付けていた。
あまりの早業に猛の反応すら遅れる。
「メイベルさんだっけ……? 部下の不始末を追及されたいんなら、そのままどうぞ───」
「お、おいナナミ! それにメイベルさんも落ち着いてください」
事ここに至り、ナナミは容赦しないだろう。
ケタケタと笑いながらオーガを殲滅して見せた武装女子高生だ。
今さら、メイベル一人仕留めることに何のためらいを見せるというのか───。
それにメイベル自身も問題だ。
ナナミの武装の恐ろしさを、まだまだ理解していないのだろう。
腹に押し付けられたトカレフに対して何ら注意を払っていない。
「落ち着け? これが落ち着いていられるか!! 私の部下だぞ! 長年ずっと一緒にやってきた……」
「だったらアンタの見る目がないんだよぉ?」
左手をトカレフに添えると、ガチャキとスライドを引き、薬室に初弾を装填。
トカレフにセーフティはないので、あとは引き金を引くだけで発射可能だ。
そして、ナナミの据わった目。
ありゃぁ…………撃つ人の目をしてる。……超怖い。
「と、とにかく状況を確認しましょう。お互い情報交換から───」
「ん? いいよー」
ナナミはあっさりと引き下がり、拳銃をホルスターに戻した。
メイベルはまだ不満そうだったが、猛が彼女を引きはがし肩に上着をかけてやると、そこで緊張の糸が切れたのか、ドッと地面に座り込んでしまった。
いつの間に握っていたのか、逆手に持った短剣をジッと見ている。
「ふぅ……。身内のゴタゴタかな?」
「さぁ? でも、エルメス? だっけ、あの人───」
「うん、副隊長さんだね」
ナナミは語る。
エルメスの一挙手一堂を見たまま、聞いたまま。
「なんか、騎士団の死角に入ったとたん、鳥人間みたいな変な女の人と連絡してたんだよ───そいでね」
ナナミは棒を拾うと地面にガリガリと絵を描く。
決して上手なソレではなかったが、ゲーム脳に犯されている猛にはぴんと来た。
鳥人間───……ハーピーだ。
「砦が陥落したとか、本隊はどうのこうのって言ったかと思うと───」
そこまでナナミが語った時だ。
「全員、動くなッッ!」
ッ?!
「あー! あの人だよぉ!」
いや、見ればわかる。
エルメスだ。
銀髪蒼目のイケメン野郎。
そいつがオーガ戦のどさくさに紛れて接近し、あろうことか……。
空から……!?
「ぐ……! な、何の真似だ?! こ、答えろエルメス!」
半裸状態のメイベルが首元に匕首を突きつけられ羽交い絞めにされていた。
ここまで近づかれるまで気付かなかったとは……!
ようやく周囲を確認すれば空には数羽の大きな鳥が───……。
いや、ハーピーか!!
猛の視線に気づいた鳥人間ことハーピーが上空で謳うようにケタケタと笑っている。
羽根音が全くしないので、声を出されるまで気付かなった……。
「くくく……。予定とは違いましたが、まぁ結果よしとしましょうか」
エルメスはメイベルを無理矢理引き起こすと彼女を盾にした。
ちょ……?
ど、どういうこと?
っていうか。
…………やべぇ、メイベルさん。スゲーとこ丸見えなんですけど。
「……猛ぅ?」
「あ、イタっ!」
目の据わったナナミさん。
銃剣で猛の尻をチクりと差してくるではありませんか。
……今、そう言う状況じゃ。───あ、はい。すんません。
「まさか、オーガチーフまでやられるとは予想外でしたが……。それだけに勇者の力が想定外ということ───致し方ありません」
「ぐ……」
メイベルの首を薄く破る匕首の刃。
「よ、よせ! エルメスさん落ち着いてください!」
「はは。落ち着いていますとも───」
ニィと口を笑みの形に歪めるエルメス。
顎をクィっとしゃくると、彼に直属していた残り4人の騎士が地形の影から現れた。
全員フェイスガードをしているので表情はわからないが、エルメス側の人間だろうと当たりがついた。
「さぁ、おしゃべりするつもりはありませんよ。こんなことをしたら武器を捨てる人だったかな?……勇者殿」
「う……」
エルメスが少しだけ匕首を滑らせると、メイベルの白い肌に朱が奔る。
ツツーと垂れる血。
「エルメス貴様ぁ……!」
「ふふふ……。ずっとこんな日を待っていましたよ───さぁ、武器を捨てろ!」
人質にされたメイベルが悔し気に顔を歪める。
そして、猛はと言えば当然軽いパニックに陥っていた。
「ちょ……え? ちょっ!」
剣を捨てるべきか否か───……。
ナナミは油断なく視線を周囲に走らせている。
それを包囲せんとして、エルメス配下の騎士がジリジリとにじり寄る。
「エルメス……! 貴様、この裏切り者! 魔王軍に降ったのか?! なぜだ!!」
「人聞きの悪いことを───……私はこれでも愛国者ですよ? 裏切るなど、とんでもない」
「ならば、なぜ!!」
ハッ!
エルメスは声を出して笑うと、
「はははは。私がハルバル王国の騎士だとでも? いつからそう思っていたので?」
「なんだ、と」
驚愕に目を見開くメイベルだが、途中でハッと気付いた。
「貴様……初めから間者だったのか?!」
「今さら───……くくく。人間は救いようのない馬鹿ですね」
ギチィ……と、一瞬だけ、エルメスの顔の皮膚が青黒く変化する。
その様子に、メイベルを始め猛たちもギョッとする。
「んな!?」
「ぎ、擬態……?」
目の色も───白目が黒く、瞳がトカゲのように縦に割れた。
しかし、その変化も一瞬のこと───。
元の優男の貴公子然とした表情に戻ったエルメル。
「ま、魔人……だと?」
「くくく。ご名答───いやいや、人間生活も悪くはありませんでしたよ? 罪人の肉ならいくらでも喰らえましたし、擬態した顔につられて女のほうから股を開きにやってくる。実に楽しかったですよ───隊長」
ニィと笑うその顔は、確かに人のそれとは明らかに異なる。
「く……! まさか、そんな?!───今日の出撃も初めから罠だったということか!!」
「当たり前でしょう。隊長は鈍いですね……そして、じつに愚かです!」
あはははは! と高笑いするエルメスを睨み殺さんばかりに見ていたメイベルだが、
「ゆ、勇者どの……! この男の言葉など聞くなッ! 私のことに構わず、この不忠者に鉄槌を!」
「おっと……! そうはいきませんよ───やれよッ!」
シャッ! と鞘引く音ともに4人の騎士が同時に抜刀。
猛とナナミに剣を突きつける。
「やれやれ……。もっと時間をかけたかったのですがいたし方ありません。勇者出現と聞いては魔王様も動かざるを得ないでしょうし。あと少しでハルバル王国の喉元まで食い込む予定だったのですが……」
実に不本意だとばかりに首をふるエルメス。
やや杜撰に見える計画は、色々とわけアリらしい。
「さて、勇者どのは危険極まりない───早々に武器を捨ててもらいましょうか。……さもなくば!!」
ズブブ……。
匕首がメイベルの首に沈んでいく。
うまく頸動脈等の致命傷を避けているようだが、見ていて背筋が凍るような思いだ。
「が……! ぐぅ……!」
メイベルが悲鳴をあげるたびに更に歯が食い込んでいき鮮血が迸る。
見知ったばかりとはいえ、知り合いが血を流して苦しむ場面など猛には耐えられそうもない。
「わ、わかった! 止せ、今捨てるッ」
「ダメだ! こんな男の言うことなど───ぐぅ!」
冷酷に笑うエルメス。
同じ釜の飯を食ったであろう人間にこうまで冷酷になれるものなのだろうか。
苦り切った顔の猛。
「そう。それでいいんですよ───な~に、大人しくしてればすぐには殺しませんよ」
ギリリと歯ぎみしつつ、猛はそっと武器を地面に置く。
その様子を絶望的な目で見ていたメイベルは涙を一筋流し。
「わ、私のせいで…………くっ、殺せ」
匕首を引き抜かれ、血を吹き出すメイベル。
傷口を押さえるも、絶望の余りメイベルはガクリと膝をついてしまった。
その頃には猛の武器は回収され、ナナミもまた拘束される寸前。抵抗は無駄に思えたが……。
「殺す? えぇ、ことが済めばすぐにでも──────ゴブリンの苗床にでもなってもらいましょうか、そこの少女もろともね!」
「よせ! ナナミは関係ないだろ! 俺だけを連れていけ!」
凶悪な笑い顔を見せたエルメス。
そして、
「猛ぅ……。今なら撃てるよ?」
ニコッ。
───猛ぅ……。今なら撃てるよ?
そっと、猛に近寄り耳打ちするナナミ。
「え?」
チラリと見れば、ナナミが後ろ手にトカレフを隠している。
「(ま、待てって! 外したらどうするんだよ?)」
「(外さないよぉ? 例え外してもこの状況よりいいと思うけど?)」
ナナミの目は本気だ。
トカレフはセーフティがついていない。
すなわち、あとは引き金を引くだけで弾が出る状態だ。
妙な金属音を立てることもないので、エルメスに気付かれる恐れもないだろう───。
でも、だからって!?
「おっと、妙な動きをするなよ───! ナナミといったな……その武器をすてろ!!」
「チ……」
うわお、ナナミさん舌打ちしたよ。
どうやら、エルメスはちゃっかりと武器のことを確認していたらしい。
まぁ、そうでなければのこのこ出てこないだろうし、メイベルを盾に取ろうとは思わないはずだ。
「ナナミ!」
「はーい」
猛はどうにもならないと判断して、オリハルコンの刀を地面に置く。
ナナミも渋々従って、AK-47とRPG-7も地面に。
「後ろ手に隠している武器もだ!!」
「ありゃ。バレてた」
テヘ。
メンゴメンゴと笑いつつ、ナナミはトカレフと手榴弾を地面に置く。
……………………………って、手榴弾?!
「ナナ───!?」
「置いたよ? これでいいのかなぁ?」
ナナミはニッコリ笑って、地面の手榴弾をコンと蹴り飛ばす。
そこに安全ピンはなく、着火レバーが今にも……───。
コンコンコンッ………………こー。カキンッ!
「ひぇ?!」
手榴弾が固い金属音を立てて信管に着火する。
あとは、弾けるだけ!!
って、なにやってんのぉぉぉおおおおお?!
「近すぎ───」
「大丈夫!!」
思わず伏せた猛に、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべたナナミ。
その異常な動きにエルメスが反応し、周囲の騎士たちも剣を振り上げる。
「だって、あれ───発煙手榴弾だもん!!」
シュバァァァアアアア!!
「な、なんだぁ?!」
驚愕するエルメスの足元で手榴弾が異音を立てる。
そして、地面に転がる円筒形の手榴弾から猛烈な勢いで白煙が噴き出した。
それは最初は緩やかに地面に滞留したかと思うと、あっという間にモクモクと!!
「く! 煙幕だとぉ?!」
思わず仰け反ってしまうエルメス。
それを見越していたナナミはサッと身を屈めてトカレフを拾う。
「貴様ッ!」
「───猛は、雑魚を!」
へ?
「アタシはこいつをぉぉお!!」
スパッ!! とトカレフを拾ったナナミがダンッ! と一歩踏み出し両手で拳銃を構える!!
「舐めるなッ!」
エルメスが今さらながら反応するが、ナナミの方が早い!!
「甘いよッ!」
パァン!!
「ぐぁ!!」「アグッ!」
メイベルの肩ごと背後のエルメスを撃ち抜くナナミ。
驚いたのはエルメス。そして、メイベルと猛だ。
「ま、まさか……?!」
───人質ごと撃つだとぉ……と言いたげに背後に倒れるエルメス。
メイベルに至っては何が起こったか分からず目をパチクリ。
今さらながら肩の銃創から血が噴き出す。
「ちょ!? ナナミ?!」
もちろん猛もびっくり。
ナナミの容赦のない、その行動に驚き思わず大刀を取り落としそうになる。
「殺せッっていったよ、あの人───?」
ニッコリと良い笑顔で言うけど……。
「いや、そうだけど、それはぁぁああ───!!」
あぁ! もう!!
ナナミさん容赦ねーっす!!
「いや、そうだけど、それは───」
女騎士のお約束なだけであって───って、ナナミに言っても分からないか!
「それより!」
「お、おう!」
切りかかってきた騎士を半身で躱す猛。
その腹に強烈のボディーブローを叩き込み意識を奪うと、そのまま、騎士と吹っ飛ばして後続を巻き込みつつ、刀を返して峰打ちの姿勢!
「うらぁ!」
ガン、ガン! と一撃ごとに騎士たちの兜を腕力で叩き伏せ強引にねじ伏せる。
あっという間に3人を制圧してしまった猛。
殺してしまっていないか心配になり兜を取って顔色を確認しようとすると、
「猛! 後ぉ!」
な?!
『よくもやってくれたなぁぁああああ!!』
グワッ!! と、羽根音も猛々しく、全身を青黒い肌に変色させ、蝙蝠のような羽根を生やしたエルメスが猛を背後から強襲した。
「ちぃ!!」
その一撃を転がって躱す猛。
そして、起き上がりざまに一閃ッ!!
『ぎゃああ!』
奇襲したと思ったところを反撃され、エルメスにとっては予想外の一撃を受ける。
胸から青黒い血を吹き出し、墜落。ゴロゴロと転がり絶叫をあげる。
『ぐわぁあああああ!! 貴様ぁぁああああ!!』
ビリビリと震える空気から、オーガチーフよりも遥かに上位の個体だと理解できた。
だけど、
「ナナミ!!」
「うん!!」
そうだ。
さっきとは違う!!
今の猛の隣には最高の幼馴染がいる。
ヘルメットから覗く顔は美しく愛らしく、
伸びた髪が風と遠心力に揺られて汗と共に舞い散るその姿!!
「頭は私は抑える! 猛は接近戦で仕留めて」
「おうよ!!」
体制を立て直して、空に飛び上がろうとするエルメス。
立体的な動きを取られればm地上を這うしかできない人間には厄介極まりない敵だろう。
だが、
ズダダダダダダダダダダダ!!
ズダダダダダダダダダダダン!!
ナナミが腰だめに構えたAK47の射線を高く、ワザと曳光弾をしようして威嚇射撃をして見せる。
フルオートのAKに、空飛ぶ敵への命中段など望むべくもないが、牽制射撃なら必要十分!
『な、なんだ──────ぐぉ?!』
飛び上がろうとしたエルメスは頭上を掠めていく火箭の迸りに首を竦めてしまった。
そして、その隙を見逃す猛ではないッ!
「そこぉぉお!!」
オリハルコンの大剣を拾い一気呵成に吶喊ッッ!!
目にもとまらぬ瞬足踏み込み───オーガチーフのと行く技であった縮地を発動し、一気に踏み込む。
『きさ───』
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
オリハルコンの大剣がナナミの射撃するAK47の照り返しを受けてギラギラと輝く!
「ひ、光の剣……」
それを見て、メイベルが茫然と呟いた。
伝説伝説だとは聞いていたが、何度もこんな光景を目の当たりにして胸が躍らぬはずがない。
大賢者と勇者。
その二人が異世界より降臨し、魔王軍に立った二人で挑んでいくのだ。
そして、魔人を──────……。
『舐めるなぁぁあああ!』
ガィン!!
「くッ」
「猛?!」
大剣に胸を貫かれるかの見えたエルメスであったが、ここで魔人としての矜持を見せた。
人間離れした膂力と反射神経───そして、硬さ!!
側面からとはいえ、オリハルコンの大剣をつかみ取るとすんでのところで危うい一撃を止める。
そして、素手で猛と鍔迫り合いを始めた。
「ぐくく……」
『ぬぅぅぅう』
ギリギリギリ…………!
『くっくっく……。勇者の力とはこの程度か? ぐははは、勝った!』
勝ち誇るエルメス。
たしかに奴の言う通り、猛の剣が少しずつ押し返されていく。
ギリギリとギリギリと……そして、徐々に徐々に猛の体が軋み音をあげる──────が、
「ばーか。俺一人で戦ってると思ったのか? へへ」
『なに──────ハッ!』
エルメスが気付いた時はもう遅い。
あの少女がエルメスに向けて魔法の杖を構えている。
『ぬ、ぬかった!! だが、』
───まだまだぁぁああ!
『フンッ!!』
エルメスは少々無理を押して猛を弾き飛ばす。
その際に、拘束が外れ、薄く皮膚を切り裂かれてしまったがナナミの攻撃をまともに受けるよりましだと思ったのだろう。
そして、返す刀で障壁を張るッ!
『魔法障壁!!』
バチバチバチッ!
目の前に透明な何かが現れ猛を通過する。
それは物理である猛には作用しなかったらしく、何の引っ掛かりもなくスルリと抜け出て、そのまま地面に弾き飛ばされてしまった。
「がッ!」
『ははは! 魔法使いなんぞ俺の敵ではない───』
酔ってみろとばかりに吼えるエルメスだったが、ナナミはあくまでも冷静沈着。
地面にたたきつけられた猛を横目にチラリとだけ確認し、奥歯をかみしめただけ…………。
「猛に何してんのよぉぉぉおおおお!!」
あ、違った。
結構怒ってらっしゃいました。
やにわに立ち上がると狙撃姿勢をかなぐり捨て「うおおおおおおお!」とか叫びながらエルメスに向かって突撃射撃を慣行するナナミ。
アンタ、どこのラ〇〇ーやねん!!
『何?! 正面からだと!! 小癪な───この障壁がそう易々と……あばばばばばばばば』
ビシュンビシュンビシュン!! と空気を切り裂く音と共にエルメスの肉がこそぎ落とされていく。
『うぎゃぁぁああああああああ!!』
魔法を防ぐという「魔法障壁」はAK-47の放つ7・62×39mm弾を全く防ぐことができず意味をなさなかった。
そして、その当然の帰結としてエルメスはナナミに至近距離からバンバンバンと撃ちまくられる羽目になる。
『あぎゃあああ!! や、やめ、あぎゃあああああああ!!』
「あああああああああああああああああああ!!」
ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダン!!
そして弾が切れたかと思うや、スリングに委託してAK-47を手放すと、スパァ! と腰から二挺のトカレフを引き抜くと二手に構えて連射連射連射!!
パンパンパンパパパパパパパパパパンン!
頭に血が登っているせいか狙いは雑で目立つ腹やら胸に集中していた。
そして、フーフーと荒い息をつくと、
「ま、まだまだぁ……」
ふーふー。
トカレフの弾倉を捨て、一丁だけにに再装填───そして、今度こそゆっくりと構えて、エルメスの眉間にそれを突きつける。
『や、やめ…………!』
「やめないッ!」
「ナナミ! よせ!」
だめだ、そんな殺し方───……。
(お前はそんな子じゃないだろう?!)
だが、猛の逡巡をよそにナナミは躊躇いを見せない。
いつか見せたあの歴戦の兵士のような冷たい目をしている。
少なくとも、猛が大好きなあのホワホワした幼馴染の目じゃない……!
「猛に手をぉぉぉおおお!」
容赦のない一撃を放つナナミ。
コイツを殺す、と怒りの一撃を──────。
そこに、
『ごるぁぁぁああああ!!』
『舐めるなぁぁあ!』
『うがぁぁぁああ!』
な?!
「ちッ……!」
ナナミはすぐに反応して見せる。
そして、狙いを変えると、突っ込んできたエルメス配下の騎士───いや、魔人3体に向け銃を乱射。
やはり配下の騎士も魔人だったらしい。
そして、隙を狙って擬態を解き、ナナミに襲い掛かってきた。
「く……再装填ッ。猛援護を」
「え、あ、……おう!!」
パンパンパン! と火を噴くトカレフに恐れをなしたのか魔人が足を止める。
だが、
そのために一瞬とはいえ、ナナミ達はエルメスから気を逸らしてしまった。
───そこを狙っていた。
魔人は……エルメスはその瞬間を狙っていた。
だから、
『───ははははは! よくやったお前ら! そのまま足止めしてろ』
バサリと皮膜を膨らませると一気に上昇するエルメス。
しまったとばかりにナナミがトカレフを上空に向けて撃つがあっという間に弾が切れる。
そもそも拳銃弾で対空射撃は無理だ。
「あぁ、もう邪魔ッ!」
ナナミは再装填を諦めると、銃剣を素早く着剣。
そして、白兵戦上等とばかりに魔人化した騎士に突撃する。
『んな?!』
『向こうから来ただと?!』
『怯むな───魔法使いなんぞ近接戦闘では……』
ズンッッッ───。
『ブフ……』
ナナミの刺突が魔人を貫く。
彼女を侮っていたのか、魔人たちは擬態を解いた時には既になっていたのだ。
それが故に、AK47の着剣時のリーチを見誤っていた。
さらにナナミの近接戦能力の高さをも!
「猛、早く援護! 全部同時に相手をするのは無理!」
「わ、わかった!!──────このぉ!」
慌てて飛び起きると、オリハルコンの大剣を手に魔人の一体につきかかる。
そして、薙ぎ払おうとするも、なんと一撃を逸らされてしまった───!
「く! ただの雑魚じゃない!」
『舐めるな、ガキが!』
青黒い肌をした魔人が二体、猛を取り囲む。
そして、戦後に別れて包囲を───「させん!!」
ギャァァン!!
「メイベルさん?!」
「ふ……お前たちだけに任せておけるものかよ───それにコイツ等は、」
『おやおや、隊長』
『ぐひひ、無理すんなって───』
いかにも舐めたような目つきでメイベルを見る魔人ども。
奴らは同じ鴨で飯を食ったこともあるであろうメイベルに対しても嘲りの目しか向けることはなかった。
「ふ……。笑止───貴様らが稽古で今まで私に勝ったことがあるか?」
メイベルは周囲に散乱する死体から剣を蹴り上げる。
一本は騎士たちが使っていた剣。
そしてもう一手にはオーガの使っていた剣をまるで大剣使いのように構えて見せる。
「御託を並べていないでかかってこい。私が部下だったお前らに引導をくれてやる!」
『なにを!?』
『こいつ!!』
激高する二人の魔人。
そして、ナナミと激戦を繰り広げているもう一体。
「た、猛! 援護!」
「く!……メイベルさん、すみません!」
本来なら3対3で戦うべきなのだろう。
それほどに魔人は強い。
だが、一時的にでもここはメイベルに頼らなければナナミが危ない!
「た、猛ぅぅう!!」
『こ、の、がき……』
ゴフゴフと血を流す魔人。
侮ったがゆえにくらった一撃はかなりの深手だったようだ。
だが、それでも膂力に劣るナナミを強引い責め立てている。
ナナミもなんとか凌いでいるが、彼女は銃を使った戦いを主体とする───兵士だ!
それでも、銃を使った兵士が近接戦闘ができないわけじゃない。
ナナミは不慣れながらもAK-47を使って近接戦闘を繰り広げる。
「ふ! はっ!!」
『ぐぬ?! ごぁ!』
猛が乱入するまでの数瞬の間に、息をつかせぬ攻撃のラッシュラッシュラッシュ!!
ナナミは踏み込み、銃剣を振り上げ素早く振り遅る「斬打撃」!!
その一撃で皮膚を割いたかと思うと、すばらく銃を返して顔の横までスイッチさせると銃床を魔人に向けて勢いよく突き出した。
「たりゃぁぁああ!」
その「銃床打撃」が魔人の顔を打ち、怯ませた好きに更に斬打撃───そして、流れるようにに肘打ちの形での「床尾板打撃」ッッ!!
『ぐあぁあ!! このぉ!!』
「よし、ナナミあとは任せろッッ!」
「了解、猛ぅぅう、私はアイツを───」
サッと魔人とナナミの間に割って入ったというのに、ナナミはそれを知っていたかのようにするりと位置を入れ替えると、
「───撃ち落とすッ!」
ジャコ!! と、手早く弾倉を交換。
ベストのポケットから30発入りバナナ弾倉を抜き取ると、弾倉受けに叩き込み、コッキングレバーを引く。
ス───シャキンッッ!!
『ぐぬ…………。やはり、我が部下どもでは無理か───ん?』
逃げればいいものを、形勢を確認したくて空に滞空していたエルメス。
眼下の戦闘では今まさに一体が勇者に斬り殺され、残る二人もメイベルに圧倒されている。
そして、
『あの少女はどこに──────あ』
キランッ!
と眼下で何かが輝いたかと思ったその瞬間ッ!!
ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッダダン!!
ビュンビュンビュン!!
『ひぃ?!』
赤い火箭の迸りが空を薙ぐ!
それがエルメスの感覚では永遠にも等しい時間、耳元を掠めていくのだ。
実際にはたったの30発──────それでも、7.62mmは数百メートルは空を穿つことができる!
『く、この!──────ぐぁ!!』
そして、ついに命中弾!!
空に青黒い血が舞い散る───。
「ヒット!」
あとは連続、連続!!
ナナミは命中段が出ると見るや否や、姿勢を安定させ射線を集中させる。
すぅぅぅう…………ふぅっ!!
「堕ちろぉぉぉぉおおおおお!!」
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンッ!!
『ぐぁぁああああ!』
カキンッ!
「弾切れ───もうぅぅぅう!!」
プンプンと怒りをあらわにするナナミ。
なんとか追撃しようと弾倉を交換しているがさすがにこれは間に合わないだろう。
恐ろしいくらいにタフな魔人は、数発の弾丸では死なないらしい。
『ぐっぁあああ……お、覚えていろッ!! すぐにでもグチャグチャに引き潰してくれるわ! ぐわはははははははは!』
無理をしているのが丸わかりの高笑いして飛び去って行くエルメス。
「く! 不覚…………」
ガクリと膝をつくメイベル。
その傍らには討ち取った魔人が二体。
「に、逃げられた?」
「まずい……あっちには奴らの言う本隊があるはずだ」
飛び去って行く方角は敵の本隊がいるという場所のようだ。
そして、言葉通りに引き潰してやるとばかりに、すぐに主力を率いて戻ってくるに違いない。
「ど、どうしましょう……?! い、一万はいるって話ですけど───」
エルメスの話が本当なら、魔王軍の主力は一万を超える大群。
それも、砦を陥落せしめた精鋭だという話───。
「く。さすがにその数ではどうしようもない……。ここは退くぞッ! そして、一刻も早く本国に連絡するのだ!」
ヨロヨロと起き上がるメイベル。
拾った剣を杖代わりに立ち上がるが満身創痍では立って歩くのもやっとで、とても逃げ切れるとは思えない。
それに───……。
「お、俺たちが逃げれば、この先の村や町はどうなるんですか?」
「そ、それは……」
メイベルが唇をかむ。
彼女とて悔しいのだ。
逃げることで失われる命があるということに───……。
だが、何もできない。
例え勇敢に立ち向かったとしても勝ち目などないのだ。
戦力差とはそれほどに絶望的なものだった。
「わ、私とて……。ぐぅぅ……!!!」
ギリギリと剣を握りしめるメイベル。
その手が力の込め過ぎで真っ白になる。
「メイベルさん…………」
猛にもメイベルの苦しみの一端が分かった気がして胸が痛む。
まだこの世界に人との交流はほとんどないとは言え、メイベルのような高潔な人物もいれば死んでしまった騎士たちの中にもいい人はいた。
そして、その家族が今まさに蹂躙されようとしている。
それはここからメイベル達が逃亡すれば必ず起きる出来事だ。
エルメスは部隊を率いて戻るかもしれないが、それとて一瞬のこと。
メイベルが残っていれば蹂躙し、
いないならいないで当初の予定通り侵攻を開始する。
「くそ!」
「どうすれば───……」
頭を抱えるメイベルと何かできないかと空を仰ぐ猛。
そこに、
「ん~? どうしたの」
随分暢気そうな声のナナミ。
その声に気持ちを逆なでられたのかメイベルはキッと表情を引き締めナナミを睨む。
「どうしたか、だと? そんなことも理解できないのか?」
「うん……できなよぉ? 何を「うんうん」唸ってるのかサッパリ理解できない」
と、いっそ挑発するかのようにニッコリと笑うナナミ。
「ちょ、ナナミぃ!」
いつものようにポヤポヤとした雰囲気を醸し出したナナミはニッコリとと笑いつつも──────目が全く笑っていなかった。
「猛は何をしているの? 早く行こうよ」
「は?」
ナナミ?
「メイベルさんはどうする? 行くなら一緒に行く? 私ね、」
「え? な、ナナミどの?」
コイツは何を言っているんだ?
「───私ね、すっごく腹が立ってるの……」
ニコォとほほ笑むナナミ。
その笑顔は花のように美しいというのに、その背後には般若のごとき影が見えた……。
「だから、行こ? ね?」
そう言って手を差し出すナナミ。
そして、その背後にはいつの間にか──────……。
「い、行くってどこに?」
「そ、それにその後ろのデカいのはなんだ。なんなんだナナミ殿!」
ポカーンとした猛とメイベルを他所にナナミは一段高い位置に乗ると二人に手を差し伸べた。
「決まってるじゃん! 敗走した敵を追撃するのは軍事の基本だよ? 戦果の拡張───……勝利の確定ッ! つまりは、」
すぅぅ……。
「追撃戦だよ!」
ニッコリ。
良い笑顔をしているナナミを見て猛とメイベルは顔を見合わせる。
「つ」
「追撃戦?」
逃げるんじゃなくて、敵を追う……。
いや、そもそも。
つ、追撃戦っていうか……。
ドルドルドルドルドルッ。
「お、おい。ナナミ───そ、それって……」
猛はポカンと口を開け、
そして、メイベルは慄いた……。
「し、深緑の……化け物───?」
ガォォオオオオオオオン!!
ゴルゴルゴルゴルゴルゴル……ゴキキキン!!
「へ? 化け物ぉ? 違う違う、違うよぉ。これはねぇ、T-34───……ソ連軍の戦車だよぉ!!」
戦車だよぉ……
だよぉ……
ぉ……
戦車だよぉ…………!!
───だよぉ♪
「じゃねーーーーーーーー!!」
ナナミぃ!!
「お前、なんつーもんをRPGの世界に持ち込むんだよ?! ファンタジーに戦車とか、浮きすぎだろうが?!」
「え~……RPGなんだし、合ってるじゃん~。たしかにT-34はちょっと古いけどぉ」
いやいやいやいやいや。
古いとか新しいの問題じゃないから!
そんで、お前はまだ「RPG」勘違いしてるだろ?!
「ぶー。だってぇ残念だけど、アンロックされたのがこれしかなくてさー」
ナナミは一瞬だけ唇を尖らせて言う。
「これしかって……おまっ!」
「う~ん。せめてT-54くらいはあってもいいと思うんだけど、ステージ序盤だからしょうがないのかなー」
ティリン!!
『SHOP』ボタンぽちー。
ずぅぅん…………!
そうしてナナミが呼び出したのは、1940年代から1950年年代にかけてソ連軍の主力戦車を担った中戦車……!
その名は────……。
重量32t。
正面装甲45~90mm。
高性能アルミ合金製ディーゼルエンジン500馬力。
武装は、
7.62mmDT機銃×2丁を副武装に。
主砲、54.6口径85mm戦車砲を持つ。
ソ連軍、傑作戦車────。
T-34/85であった!!
「さ、乗って乗って! 猛はそっち、メイベルさんはこっちね! 取っ手があるから掴んでね~。しっかりつかんでないと落とされても知らないよ?」
「お、おう」
……もうどうにでもなれ。
「こ、これに乗るのか?!」
よじよじと戦車の登場する猛。
まごまごしているメイベルに手を貸すと一気に戦車に引き上げた。
「よーし! 全員搭乗完了! 発進用意ッ」
「…………へ? 誰と話してんの?」
「ん?」
いつの間にかナナミはヘルメットを背中にうっちゃり、革製の黒いヘッドギアを装備していた。
そこにはヘッドホンのようなマイクとスピーカーが一体化しており、戦車の誰かと話している。
「あ、紹介するね」
ガコン!
ガコン、ガコン、ガコン!
『砲手です』
『装填手です』
『操縦手です』
『前方機銃手兼無線手です』
それぞれがハッチから顔を出して、ニコニコと手を振る──────……って、誰だよ!!
「え? 乗員だよぉ?」
いや、そりゃ見りゃわかる!!
わかるけどぉぉお!!
「え? 人も召喚できるの? ナナミの職業って……」
「ん~? 変かな? ゲームじゃ支援部隊も呼べたよぉ」
って、
ゲーーーーーームじゃねぇぇえ!!
あ、……ゲームみたいなもんか?
え?
え?
えええ??
「あ、ありなのか?」
「ん~? あんまし難しく考えちゃだめだよ、猛ぅ」
(えー。俺難しいこと考えてる?)
しかし、猛の悩みなどなんのその。
ナナミは戦車の方法によじ登ると意気揚々と叫ぶ。
「いっくよ~!! 目標、魔王軍1万!!」
すぅぅ、
「戦車、前へ!!」
『『『『了解ッ』』』』
ナナミの威勢の良い声とロシア戦車兵の歓声が一体になる。
そして、
「お、おー!」
「おーー!!」
微妙な顔をした猛と、神妙な顔をしたメイベルの小さな声援がそこに続いた。
『ぐ……ぐぉ……』
エルメスは瀕死の重傷を負っていた。
あと少しで勇者を───それでなくとも、せめてメイベルくらいなら仕留められると思っていたのにこのざまだ。
『あのクソガキ……! 無茶苦茶に犯してから食ってやる!!』
バサッバサッ!!
穴だらけの羽根を何とか動かし、前へ前へ。
その先にいるはずだ──────…………いた!!
わーわーわー!
ぐぉぉおおお!
大人数が蠢く気配と、喧しい怪異の叫び声。
そして、ゴブリンどもの体臭が上空にまで漂ってくる。
『ぐははは! いた! いたぞ!!』
そのまま上空をホバリングすると敵意のないことを示しつつ、軍団の中ほどに降り立つとオーガやオークに囲まれた移動司令部に向かった。
『おぉ、これはエルメス様!?』
オークタイプの魔人が慌てて出迎える。
その様子からエルメスの方がはるかに地位が高いと分かるが、周囲の魔物は戸惑っている様子だ。
『ぐぐぐ……。ぬかったわ───おい、術士だ! 回復術士を呼べッ』
『は! 今すぐ───おい!!』
オークタイプの魔人はこの軍団を率いるオークキングだという。
ゴブリンが7000にオークが2000。その他雑多な魔物が諸々で1000程。
ほとんどが荷物を持った輜重兵でもあるが、武装はしているので十分軍団として機能できる戦力だ。
これなら戦えるか? と皮算用をしているエルメスの下に回復術士が到達し、傷を見るなり回復魔法を唱え始めた。
見る見るうちに塞がっていく傷口。
しかし、その生々しい穴を見るにつれてフツフツと怒りがわいてくる。
『ぐるるるる……あのガキぃぃ。次はこうはいかんぞ!! おい、兵を貸せ、1000程でいい!』
『は? し、しかし、今は行軍中でして……? それに兵を割くなど聞いておりませんぞ?!』
さすがにオークキングは難色を示す。
いきなり表れて、一部とはいえ軍の指揮権と兵を寄越せというのだ。
そんな無法が「はい、どうぞ」とまかり通るわけがない。
だが、エルメスとて引き下がらない。
『ええい、いいから兵を貸せ───』
今も脳裏に蘇るあの音───ズダダダダダダダダダ……! という激しい破裂音と耳をつんざく擦過音が不気味に鳴り響く。
あれを……。
あの恐怖を塗りつぶすにはあの少女を倒すしかない!
それもこのうえなく残虐な方法で、グッチャグチャに!!
ブルリ……!
エルメスが身を震わせたとき、それは聞こえた。
『な、なんだあれは?』
『砂……埃??』
『あっちに軍団はいたか?』
なに?
エルメスもオークキングも軍全体のざわめきに気付いて顔上げる。
そして、兵らの頭ごなしに騒ぎに元を見ようとして──────……ブワリッ!! とエルメスは全身の毛穴が広がる気配を感じた!
そう───……視線の先、
砂埃の下にあの少女がいた。
奇妙な荷車に乗った少女がその上に仁王立ちをして不適に笑っている。
その上で笑っている!!
あぁ、畜生来やがった!!
あの破壊の権化が来やがった!
『…………だ』
『は? 何かいいましたか?───いえ、それより妙な連中ですな。まさかあの人数で我が軍に突っ込んでくるとも思え真似んが───』
『方向転換だ!! 今すぐ迎撃態勢をとれ───』
『な、なにを言っているんですか?! これほどの軍団、そう簡単に方向転換ができるわけが、』
『四の五の言わずに迎撃準備を───』
ひゅるる────────……。
ズドォォォオォオオオン!!!
『『『ぎゃあああああああああ!!』』』
エルメスの警告が終わらぬうちにそれは始まった。
遠距離から飛来した何かが爆発。
大軍勢のど真ん中に命中し、多数の兵を薙ぎ倒した。被害は甚大だ!
『な、なななななな……』
驚愕しているオークキングを差し置いて、エルメスは叫んだ!
治療術士をかなぐり捨てるように放り出すと、力の限り!!
『敵襲ぅぅぅぅぅぅううううううううう!!!』
『着弾確認ッ!』
ドォォオオン…………。
と、遥か彼方からドロドロとした着弾に振動が響いてくる。
猛はメイベルの耳を覆いつつ、自らのそれがキーーーーンと耳鳴りがしていることに辟易しつつも、なんとか乗員の言葉が聞き取れた。
「いいよ~! いいよ~! どんどん行っちゃおう! 続けて行進射ッ! あれだけ多ければどこに撃っても当たるよぉ」
『了解ッ!』
「戦車、突撃ッ!」
『『『『ウラー!!』』』』
ギャラギャラギャラ!!
「………………ナナミのりのりでんがな」
猛は思う。
切実に思う。
「……俺、ロシア映画でも見てるのかな?」
だって、そうだろ?
こんなに抜けるような快晴の空の元、T-34にのって驀進しているんだぜ?
しかも、目の前には大群が!
ドイツ兵とモンスターという違いがあるだけでやっていることは映画の世界そのものだ。
「撃てー! 撃てー! 撃てぇぇエ♪」
ドカーン! ドカーン! ドカァァアアン!!!
次々に発射される戦車砲に、
次々に命中する85mm榴弾!!
振動に負けないようにチラリと窺えば、目前で多数の魔物たちがドカン、ドカン、ドカン! と吹っ飛んでいく。
赤い炎が巻き上がったかと思えば、そこにはバラバラになったゴブリン。
黒い黒煙が吹き上がったかと思えば、そこにはグチャグチャになったオーク。
茶色の土塊が打ち上がったかと思えな、そこにはボロボロになったオーガやハーピー。
もう、魔物の軍団がボッコボコだ!!
ただただ、T-34にいいようにやられるのみ!!
「あはははは! あははははは! とっつげきぃぃぃいい!」
「…………何じゃこりゃ」
うん。
「───何じゃこりゃああああああ!!」
猛の叫びなど何のその。
「あははははははははははは! 行けっ同士諸君!!」
『『『『ウーラー!!』』』』
ナナミの指揮するT-34は全速前進。
85mmを乱射しながら魔王軍に向かって驀進していく。
そして着弾の度に舞い上がるモンスターたち。
ゴブリン、オークにコボルトさん。
時々オーガにハーピーが!
「いっくよぉぉぉおおおおお! 蹂躙開始ッ」
『『『『ウラァァァアアアア』』』』
ウラーじゃねぇ!!
「た、猛殿……これは一体~」
グルグルと目を回しながらいっぱいいっぱいの様子のメイベル。
ぶっちゃけ猛もいっぱいいっぱいである。
普通の高校生が戦車に乗る機会などどれほどあるというのか……。
ましてや剥き出しの車体。
タンクデサント──────。
「……って、これタンクデサントやないか~~~い!!」
「あはは、今更だよ、猛ぅぅう! つっこむよーーーー!!」
ウラァァアアアアアア!!
「うるせぇぇえ!」
乗員の戦車兵がうるさい。
そして、その勢いに乗ったまま!
「ナナミ前! 前ぇぇぇええ! 魔物の群れが!!」
戦車はあろうことか、勢いを全く止めずに1万はいるであろう魔物の群れに真正面から───いや、真横から突進していくではないか?!
「あははは! 知ってるよぉぉお! 言ったでしょうーー」
にひっ。
「───蹂躙するってねぇええ!!」
いや、言ってたけどぉぉお!!
や、
「やめてーーーーーーー!!」
叫ぶ猛の目前には今にも衝突せんばかりに魔物の大軍勢がいた。
方向転換も出来ずに、ボウボウと軍団のあちこちに火の手が上がっている。
そして、T-34と、そこに跨乗するナナミたちに柔らかい横腹を見せた状態で隙だらけ!
いや…………戦車相手に好きなど関係あるか!!
ギャラギャラギャラギャラ!!
激しい履帯音!!
巻き上がる土と腐葉土の匂いに混じって魔物たちの体臭が漂う!!
それほどまでに接近し、彼らの持つ雑多な武装までもが見分けがつく頃になって、ようやく魔物たちが騒ぎだした!!
『うわ、な、なんだ!?』
『に、人間───?!』
『ぎゃ!? 馬車がこっちに?!』
『に』『に』『に』
『『『逃げろぉぉぉおおおおお!!』』』
「あはははははははははは! 蹂躙開始ぃぃぃい!!」
多数のモンスターの叫びや声や悲鳴が上がったかと思えば、ナナミが戦車に突撃を指示するではないか!!
「や、やめろナナミ! 衝突するぅううう!!」
「うわわわわわわ!! ナナミ殿ぉぉぉお!!」
ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
猛の叫びなど聞きもしないでナナミは突撃する。
『『『ぎゃああああああああ!!』』』
ボンッッッッッツ!!
衝突の瞬間、凄まじい衝撃が戦車を貫く!
ズズンッ! とインパクトを感じたかと思えば魔物が木の葉のように舞っている。
そして、巻き上がる血とバラバラの魔物の体!!
「うひゃああああ!」
「きゃあああああ!」
猛とメイベルは振り落とされそうになりながらも必死で掴む!
「あーっはっはっはっはっは!! 前へ、前へ! 前へ!!」
だが、同じく振り回されているはずのナナミは実に楽しそうに笑ったかと思えば、「前へ、前へ!」と砲塔によじ登って陣頭指揮していらっしゃる。
その言葉に答えるようにT-34は一層激しく咆哮し、魔物を蹂躙していく。
車体でぶつかり、履帯で轢き潰し、エンジンの馬力で強引に乗り越えていく。
さらには前方機銃と主砲の同軸機銃がけたたましく咆哮し、7.62mm弾で次々に切り裂いていく。
ドココココココココココココココココココココココココココ!!
ドココココココココココココココココココココココココココ!!
狂おうしいまでの機関音を響かせるロシア製機関銃は全然故障が発生せずに、射線にいるあらゆる生物を切り裂いていく。
オーガ、ハーピー、オーク、ゴブリンを問わず。
巨体、飛翔体、武装、軽装の差別なく!!
『『『ぎゃあああああああ!!』』』
そして、ナナミはといえば───!
「そっちだよ猛ぅ! 敵に乗り込まれたら厄介だから近接歩兵を排除してね!!」
は。排除って───ズダダダダダダダダダダダダダダダ!! ひょえええ??
激しい機関銃の音に首を竦めると、ナナミは礼のセーラー服とカラシニコフのスタイルで右に左にと戦車の射線から逃れた魔物たちに向けて容赦のない射撃を加えていく。
よくよく周囲を見れば、魔物魔物魔物!!
戦車の通過した後だけが死体の山となるが、それ以外はまるで魔物の湖に飛び込んだように、ありとあらゆる魔物で埋め尽くされている。
そして、それを物語るようにゴブリンらしき強烈な体臭が鼻をつく!
「そっちいったよ!!」
「く!!」
げぎゃああああ!!
と、一部の立ち直りの早いゴブリンの部隊が戦車によじ登ろうと仲間の体を踏み付け殺到してきた。
いつの間にか戦車の動きも鈍くなっている。
さすがにこれだけの大群を一瞬で踏みつぶすことも出来ずに、ゆっくりとした動きでブチブチブチュブチュと……!
「猛どの! 左が私が!」
ドスッ!! と、メイベルが取っ手を掴んだまま器用にも片手だけで剣を振り回しよじ登ろうとしていたゴブリンを叩き落とす。
そして、右はと見れば───「く!!」オークの歩兵が槍を手に猛をつき殺そうとしている。
「うらぁぁああ!」
それをオリハルコンの大剣で薙ぎ払う猛。
だが次々に殺到する魔物たち!
混乱しているものが大半だが、一部の魔物は勇敢にも突っ込んでくる。
パニックを起こした仲間は引き倒し、ときには踏み台にして!!
「次々来るよぉォ! 全員気を引き締めてね!」
「無茶苦茶だぞ、ナナミぃ! どーすんだ?」
「猛どの、今は口よりも手を!!」
ドスッ、ズバッ! と激しく剣を振り回し乗り込もうとする魔物を切り倒すメイベル。
戦車の動きが鈍くなったおかげで少し心に余裕が出たらしい。
「わ、わかりました!!」
そうだ。
どの道今は戦うしかない!!
こんな魔物のど真ん中でおしゃべりをしている暇なんてない!! ナナミへの説教は後回しだ!!
「うりゃああああ!!」
勇者由来に膂力とスキルをぶっ放し、側面から迫る魔物を次々に薙ぎ倒す猛。
その剣技は冴えわたっており、猛の護る右側面はほぼ無敵状態だ!
「いいよ~猛ぅ! なら、私は左を援護するね!」
ニヒッ。
ナナミは悪戯っぽく笑うと、『SHOP』から次々に手榴弾を購入すると、その傍からピンを抜いて左側に投擲していく。
そして時にはRPG-7をも発射!! ドカンドカンドカン!! と猛の勇者のスキルには負けず劣らず魔物を薙ぎ払っていく。
そうしてこうしてT-34戦車とナナミ達が魔王軍1万を縦横無人に蹂躙していく。
『『『『『うぎゃあああああ!!』』』』』
魔物の絶境もなんのその。
あっというまに、1万の軍勢を横切ってしまった。
「はは、やった抜けた……!」
「た、助かった……!」
魔物の群れを突き抜けたT-34は彼らの返り血で真っ赤に染まっている。
そして、猛とメイベルも血まみれになりつつも、なんとか無事であったことを喜び合うくらいにはケガを負うこともなかった。
魔物を群れを抜けた……これで一安心だと───。
「よ~し、旋回180開頭♪ 二巡目いってみよーーー!!」
あ?
ギャラギャラギャラギャラギャラ!!
突如、T-34がその場で超伸地旋回を開始。
せっかく魔物の群れをつっきり、目の前には清浄な大地が広がっていたはずなのに……。
ギャラギャラギャラギャラギャラ!!
開頭すれば、何と言う事でしょう───またまた目の前には大量の魔物の群れが!!
しかも、戦車が大暴れしたおかげで魔物の皆さん大パニック。
そして一部の魔物は怒り狂って、猛たちをグッチャグチャにしてやるとばかりに威嚇しているではあーりませんか!?
「お、おい……ナナミまさか?」
「な、ナナミどの……その、もしかして?」
おずおずと尋ねる猛とメイベル。
「ん~? どうしたの? すぐに突撃するから近接戦闘準備したほうがいいよ~?」
近接戦闘準備ってアンタ……。
ナナミは空になったAK-47の弾倉をポイっと捨てると、新しい弾倉に交換しつつ、砲塔に並べたRPG-7をも再装填。
そして、ソフトボールの練習でも始めるかのような気楽さで手榴弾もゴットンゴットンと無造作に敷き詰めていく。
「ニヒッ。そんな2巡目───いっくよ~!!」
「うそ」
「や、やめ」
『『『『ウラァァア!!』』』』
だから、ウラーじゃねぇえ!!
「戦車、発進ッ!」
『『『『了解ッ!』』』』
や、
や
「「や」」
「「やめてぇぇぇえええええ!!」」
猛とメイベルの叫びが響いた時には戦車は再び方向をあげて魔物の群れに突っ込んで行った!!
ドカッァアアアアアアアン!!
『『『『ぎゃあああああああ!!』』』』
「「ぎゃあああああああああああ!!」」
絶境の響く中、笑っているのはナナミただ一人。
っていうか、この子ここまでトリガーハッピーだったけぇぇええ?!
またまた、どがががががががががが! と、戦車のパワーで魔物の群れを蹂躙していくが、今度はさすがに魔物を体勢を立て直し始めている。
というか、パニックになったものは逃げだし、今残っているのは負傷者と立ち向かう意思を見せた者のみ。
つまり一筋縄ではいかない……あ。
『き、貴様らぁあああ!!』
エルメスの野郎だ。
逃げ帰ったと思ったら、やはりここにいたらしい。
ここであったが千年目と言わんばかりに憎々し気に猛たちを睨んでいる。
「エルメス!! この裏切りものが!!」
シャリン!! と鞘引き抜刀したメイベルが上空のエルメスを睨み付ける。
『黙れ、雑魚が!! 俺の相手はその小娘だぁぁああ!!』
ギュン!! と急降下し一気呵成にT-34を強襲するエルメス。
どこかでT-34を見ていたのだろう。
そのため初見によるパニックはなく、冷静に跨乗している乗員を狙おうとしている。
「く! 空からは厄介だぞ! ナナミは中に───」
「いいよ猛ぅ。アイツは私が……」
ジャキンッッ!
「───堕とすッッ!!」
いつの間にか、ナナミがT-34の対空銃架に取り付けた重機関銃を構えていた。
最初からそのチャンスを窺っていたのか、猛が気付いていない隙に車内から取り出した7.62mmDT機関銃の背後に取り付き、対空照準器にエルメスを捉えていたのだ。
『死ね小娘ぇぇぇええ!!』
悪魔が持つような三又の槍を構えたエルメスが急降下アタックを仕掛ける。
真っ直ぐにナナミを捉え、その穂先で串刺しにせんとす──────……!
「一直線に飛んでくるなんて───いい的だよぉぉ!」
初弾を装填した対空機銃はもはや引き金を引くだけ!
調整の済んだ対空照準器にはエルメルの効果速度と未来位置を予想したところをバッチリと捉えていた。
『うぉぉぉおおおおおお!!』
「てりゃあああああああ!!」
ドカン、ドカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!
DT7.62mm機関銃は、
ヴァシーリー・デグチャレフの開発したDP軽機関銃を元に、ゲオルギー・シュパーギン技師が再設計した車載用の重機関銃だ!
63連発の弾倉を備え毎分500~600発の発射速度を誇る古強者である。
それが、上空から襲い掛かって来たエルメスを指向する。
無防備にも、対空機関銃の恐ろしさを知らない間抜けな魔人を撃ち抜かんとして空を7.62mmの重機関銃弾が次々に薙いで行くッッ!!
『ぬぉぉおおおおおお?!』
ビュンビュンビュン!! 曳光弾がギラギラと輝きエルメスに突き刺さる!
一度AK-47に撃たれておきながら学習能力のない奴だ。
「命中命中命中!! 猛、当たったよぉおお!!」
皮膜を穴だらけにされてエルメスが煙を吹きながら墜落していく。
その様を見て、ガッツポーズをとったナナミだが──────。
「ナナミどの! 油断するな───エルメスはそこまで馬鹿ではないッッ」
「え?!」
メイベルの注意が飛んだとき、そいつは現れた。
ドンッ!! と大地を爆ぜさせて、いきなりの出現!!
T-34がひき潰した死体の山から突如出現したのは、二手に槍を構えたエルメスだった。
「な?! さっき撃ち落とした──────……デコイなの?!」
すぐに、その事実に気付いたナナミ。
どうやら、囮か、あるいはそれに準じる魔法の類らしい。
ナナミの注意を上空に引き付けておいての下からの強襲。
なるほど……それなりに学習しているようだ。
『ぐはは! 舐めるなよ、小娘ッ!』
そして、一気に加速するエルメス。
敢えて空を飛ばずに、羽根による羽ばたきは疾走の補助!
それによってあり得ない加速を得ると、一気にT-34に接近する。
それを妨害しようとする猛とメイベルだが、魔物の群れがそれを許さない。
爆走するT-34の速度を物ともせずに戦車の車体によし登ろうとして二人に圧力をかけ続けた。
「く! コイツ等───ナナミ!」
「この! 邪魔だ。どけ、ナナミ殿!」
二人の援護を逸らしつつ、隙を見出したエルメスが死体の山を蹴り上げて跳躍し、一息にT-34へと踊りこんだ。
それを討ち倒さんと、ナナミが対空銃架を水平に向け、ドカカカカカカカカカカカカカカカカッカカカカ!! と強烈な射撃でもってエルメスを指向する。
「当たれえぇぇぇえええええ!」
『当たるものかよぉぉぉおお!』
一度銃を見たエルメスは大よその能力を把握していた。
構造や仕組みは分からなくとも、魔法や連弩の類であると!!
そして、光を発する曳光弾を使用していたこともエルメスには幸いした。
本来銃弾は目に見えないものの、対空射撃の際には射線を確認するためワザと光る弾丸を入れるのだ。
だから、エルメスにも見えた。
高速で飛来する弾丸が──────なので躱せる!
近づける……殺せるッッッ!!
ドンッ!!
最後の一跳躍を終えたエルメスはそのままT-34に飛び掛かり、その砲塔で不敵に笑う少女を見て、殺せると確信した………………。
不敵に笑って──────え?
エルメスの顔が一瞬だけ、「なんで?」と。
何で笑ってんだ、このガキ───と……。
「あはははははは。射撃に誘導されてることも気付いてなかったでしょ?!」
『なに?』
エルメスは一瞬だけ躊躇う。
このまま飛び掛かっていいのか───と、
「T34/85の主砲は元々高射砲なんだよ? だから、一発だけ余分にSHOPで買っておいたんだぁ」
時限信管付き、高射砲弾───……。
発射すれば指定した時間で信管が作動し砲弾を破裂させ、その破片でもって航空機を破壊する弾だ。
そいつが───……。
「装填、信管0.5───撃てッ」
ドンッッッッッッッボォン!!
『グォ─────────……』
自分たちすら傷付けかねないほど危険な距離での砲弾の破裂!
それは実際に飛び散った破片はT-34に当たって耳障りな反跳音を立てていることからも危険な距離であったと分かるだろう。
だが、それが故に鼻先で破裂した砲弾はエルメスをまともにその危害半径に取り込み炸裂した。
後にはグチャグチャに赤い煙が残るのみ。
正面にいた魔王軍の兵士もボロクズのようになって倒れていた。
そう。
ナナミは追い詰められていると見せながら対空銃の射撃によってエルメスを戦車砲の発射半径に導いていたのだ。
当然、高速で移動する目標に戦車砲を直撃させるのはほとんど不可能なので、高射砲弾による面制圧で仕留めようと計算していた。
だが、こうまでうまくいくとは───……。
「に、にひひ。ヴィ!」
それを見ていた猛はナナミの頭を軽く抱いてやる。
彼女がブルブルと震えていたから。
恐らく一種の賭け。失敗するかもしれないギリギリでもあったのだろう。
それはさすがにナナミにし恐ろしかったと見える。
魔王軍の群れの中にありながらしばしギュウウと抱締め合う二人。
「大丈夫だ。もう大丈夫───あとは俺に任せろッ」
「うん。うん……え? 任せろって……」
はっと気付いたナナミが顔をあげたので、猛はそこに輝くような笑みを残して見せる。
「見とけって、コイツ等くらい、俺が一人で何とかしてやるよ!」
そう言って、戦車の砲塔に立つ猛。
肩にオリハルコンの大剣を担ぐと群れなす魔王軍を睥睨した。
T-34による蹂躙と、その攻撃によるパニックで魔王軍1万は既に過半数が失われていた。
だが、まだ健在だ。
それに一部ではあるが統制を取り戻しつつある。
あるんだけど───……それだけに動きが筒抜けだった。
つまり、
「───あそこに敵の指揮官がいるんだな」
猛はナナミと行動することで少しだけ、軍事について理解しつつあった。
「ナナミ、メイベルさん。俺こういうの苦手でわからないんですけど───」
「猛?」
「む?」
スッと、剣を敵の方向へ向けると、
「あそこに敵に指揮官がいますか? それを仕留めればどうなります?」
メイベルがジッと目を凝らして先を見る。
「いるな……。大物だ。───そいつを仕留めればコイツ等は瓦解するだろう。どいつも雑魚ばかりで本来臆病な連中だ」
「……なるほど、わかりました──────ナナミ」
ニコリとほほ笑む猛。
「猛?」
「……ちょっと行ってくる。援護頼むぜ?」
「え? あ───」
トンッと、猛はT-34を蹴り、足場にすると───次の一歩で地面に降り立ち、物凄い踏み込みで魔王軍の中を駆けたッッ!
それはT-34の突進にも負けるとも劣らないもので、防風の如き勢いで魔物の群れを弾き飛ばしていった。
「す、すごい……」
「た、猛? だ、ダメ! 一人じゃ無茶!! せ、戦車前へ! 猛を追って」
『『『『了解!』』』』
そして、勇者の特攻と、戦車の突撃が始まる!
東側兵器群を召喚できる幼馴染によって、敵を蹂躙し、この世界で生きていく決意をする二人。
その後、まともな生活をするために、いったん身分を隠して、冒険者ギルドに登録などしつつ町の様子を探ることになるが、相変わらず幼馴染が暴走して無茶苦茶する。
ヘリ(ハインドD)を召喚したり、コロシアムでAKを乱射したり、ダンジョンクリアのために、容赦なく重機で掘り返したりと一見して無茶苦茶な行動に、タケルは振り回されまくる。
だが、元の世界に戻るためにも、やはり世界を救わな狩ればならないと考え直し、幼馴染の暴走を止めることなく、フォローに徹して、最終的に魔王を倒すことを目指すのだが…。