RPG転生!〜ミリオタ幼馴染(JK)と挑む異世界魔王討伐〜


 い、
「いやいやいやいやいや……!!」

 ない、ないないないないない!!

「絶っっっっ対、違う人ですって!」

 絶対に!!

 急に何言ってんのこの人?!

 …………確かに職業『勇者』ですけどぉ!
 俺、そういう柄とちゃうで?

 いや、ホンマ。
 ただの普通の高校生やで?!

 つーか、なんなんそれ?
 俺、魔王軍と戦うの?!

 なんで??
 なんでいきなり、そういう流れになるの?

 い、嫌ですよ!?
 何で? 何で何で??
 なんで、ろくすっぽ知りもしない、恨みもない魔王と戦わにゃならんの?

 それ、既定路線????

「いえ、間違いなく猛殿は勇者です───その証拠に、」

 これ───と、メイベルが聖水の入った小瓶を指し示す。

「これは神聖教会のつくる対魔族用の聖水です。成分は不明なのですが、教会の出している勇者伝説の『教本』には、聖水で力を出すものは英雄であり、そして勇者ならば──」

 なによ成分不明って!?

「だ、だったら、『英雄』って奴なんじゃないの? ゆ、ゆゆゆ、勇者とか、人違いですって!」

 やばいッ。

 このままメイベル達についていったら、問答無用で『勇者』をさせられそう……。

 そ、それはちょっと困る。

 異世界で無双できそうな『勇者』とかは憧れるんだけど、別に猛は殺人狂ではない。

 だってついさっきまで高校生してたのよ?

 基本は大人しい、戦争の「せ」の字も知らない、現代的もやしッ子だ。

 中肉中背。
 黒目黒髪。
 目立ったところもさほどない、普通の高校生───。それが猛。

 それなのに、問答無用で魔王軍と戦うとかありえない……。

「人違いなどではありませんッ! 教会はかねてより予言しておりました。……魔王の脅威が高まれば、再び勇者が降臨されると───。そして、近年の魔王軍の活動の活発化は予言と一致します!!」

 いやいや。
 ただの偶然。

「───つまり、魔王を滅すために神がアナタを遣わされたのでしょう!!」

 …………いやさ。
 こじつけが過ぎる。

 列車に跳ねられたのは偶然だし、あのアホ自称神様が適当に放り込んだのがこの世界ってだけで…………。

 それに、ね。
 魔王軍だから、殺してオーケーとかどうなのよ、そう言う考え。

 ゲームの世界じゃないんだからさ。まずは話し合おうよ?

 Web小説とか結構読んでるのよ俺?
 そして、そういう世界(・・・・・・)では、結構人間サイドが悪いことしてること多いしね。

(……ここでだって、そう(・・)かもしれない)

 メイベルさんが悪人かどうかは分からないし、そう思いたくもないけど……。
 いくら何でも、何も知らないまま、唯々諾々と魔王を倒すとかありえない。はい。

 というわけで、
「絶対違いますから! それに、聖水なんかじゃわからないでしょ?! 神とかはその───ゴニョゴニョ……」

 神の所だけは強く、否定できない。
 あの自称神様とやらを、実際に目にして、転生体験しているのだから。

「ははは。英雄では『能力の向上』は起こり得ませんよ───こうして、精々が傷が治る程度」

 そう言って小瓶の中の聖水を煽るメイベル。
 すると、彼女の手についていた小さな傷がパァァ……! と輝いて、そして消えていった。

「す、すごい……!」

 メイベルもドラゴン戦で多少はケガを負っていたらしい。
 だが、それすらも。たった今聖水の力で癒してしまった。

「───こんなものは、多少名のある武将ならばできて当然です」

 傷が治せるくらい、たしいたことはないと謙遜するメイベルだが……。
 彼女の話が本当であるならば、彼女は『英雄』と呼ばれる存在なのだろう。

「猛殿の、能力向上のほうがよほど素晴らしい効果。それこそが『勇者』の証なのです」

 ダメだ。
 話が通じない……。

 っていうか。

「……その、『能力の向上』ってなんなんです? ナナミの魔力の有無とかもわかってたみたいですけど───」

 なんか嫌な予感してきたぞ。
 これって、もしかして……。

「ええ。『鑑定魔法』ですよ。この程度なら猛殿も使えるのではないですかな?」

 あー……やっぱりあるのね、『鑑定』。

 あいにく、猛にはその魔法が使えるどうかは今のところ未知数。
 とりあえずそれは置いておくとして、それよりも大事なことがある。

 そう、『鑑定』だ。

 これ、…………どの程度鑑定できるか聞いておかないとマズイかもしれない。

 仮に、鑑定魔法とやらでステータスが丸見えだとすると、職業『勇者』とか、もろにバレる。
 そうすりゃ、もう誤魔化しは利かないだろう。

「そ、その鑑定魔法ってどのくらい分かるものなんです?」
「鑑定魔法ですか? はて……。私も熟練度が低いので何とも言えませんが───おい、エルメス!」

 メイベルは隣を並走する副隊長に声をかける。
 どうやら、副隊長さんはエルメスという名らしいが……。コイツ、長身のイケメン君です。

 銀髪蒼眼に長身の細マッチョと───実に美形です。
 金髪碧眼、ナイスバディのメイベルさんと対になるよりそうで二人が騎乗していると実に様になる。
 まぁ、RPG-7を担いだナナミが凄く違和感を醸しているので、絵画のような……とまでは程遠いけどね。

 それにしても、エルメス───こいつ、ナナミが馬から落ちないように、しっかりと腰前に固定しつつ乗せておる。ぐぬぬ……。
 俺の幼馴染が他の男と、一緒に……ぐぬぬぅ!

「は! メイベル卿、なにか?!」
「お前の鑑定で、タケル殿の能力はどの程度把握できている?」

 うわお、ド直球で聞くのね?!

 そう言うのって、ほら……秘匿とかするもんじゃないの?!

「は! 姓・名、おおよその能力。───その他、スキルの有無。で、あります!」
「ふむ……。聖水使用時のタケル殿はどの程度能力が向上した?」

 エルメスはフと考え込む。
 イケメンゆえ考え込む姿も実に様になっていやがる。

 …………前にいるナナミのRPG-7の弾頭が凄く邪魔そうだけどね。

 そして、ようやく顔をあげると、
「───概算ではありますが、おおよそ3割ほどかと……。詳細は王都の鑑定士のほうがより詳しく見れるかと思います」
「なんと、3割?!───さすがは勇者タケルどの」

 驚いた表情のメイベル。
 徐々にそれが尊敬の眼差しに変わっていくのだが……うん。やめて。

 つーか、3割が凄いのかどうか知らんけど、鑑定士とかいるんだ───……ヤバそうだな、それ。

 自称神様のせいで異世界ライフを送るのは、この際仕方ないことかもしれないけど。
 ……魔王討伐とか、勘弁してほしい。

 だって、ほら。
 転生転移ですよ?!

 もっと、こう───エルフ的な人とかと、キャッキャウフフしたり、ドワーフさんの武器とか買ったりしてさ、いわゆるナーロッパ的な冒険者とかしたいです。はい。

 ほら、定番の───。

 ギルドに行って、絡まれたいねん。
 「なんで子供がギルドにいやがるんだ?」とか言われたいねん。

 ゴブリン退治したり、クエストとかして、ゆくゆくはS級とかになりたいねん。

 ドラゴンとか納品して度肝抜きたいねん。

 ついでに、受付のお嬢さんに依頼を達成して「す、すごぉい」とか言われたいねん───あいたたた!

「猛。変なこと考えてるでしょ?」
「考えてない、考えてない!!」

 ナナミさん、メッチャ睨んでるし……。
 だけど、銃剣でチクチクするのは違うんじゃない?

 さっきから思ってたけど、AK-47持った女子高生ってなんやねん!
 異世界に違和感ばらまき過ぎでしょ?!

 そんなんみても、『セーラー服とカラシニコフ』とか、そーいう安っぽいタイトルしか思いつかんわッッ!

 つーか怖ッ!!

 ナナミさん、怖ッッッ!!
 メッチャ目ぇ、据わってる据わってるぅぅ!!

「じー」
「ご、誤解だっつの! 冒険者したい───とかしか、考えてない!」

「はえ? ボウケン者? なにそれ??」

「ほう。冒険者ですか……? ふむふむ、タケル殿が?」

 あ、はい。

「なるほど。……確かに、勇者と冒険者は親和性が高い仕事ではありますな。教会の出している『教本』にも、確か……。伝説の勇者もかつては冒険者として名を馳せたという話もあります」

 あ、冒険者とかあるんだ、やっぱし。

 っていうか、教会の出す『教本』とやらは色んな勇者伝説載ってるのね?

 ……それって、小説とちゃうのん?

「えっと。伝説の勇者さんって、冒険者だったの? 魔王を倒したんじゃ───」
「それは子供向けのおとぎ話ですから、かなり簡略化されております。『教本』にはいくつもの派生話もありますよ」

 曰く、

 エルフの女王との逢瀬。
 ドワーフ達と伝説の武器を探し求める冒険譚。
 村を立ち上げ、様々な発明と共にのんびりと国を興す。
 冒険者ギルドでクエストをこなして、A級より上位と認められ『S級』を作ったとされ、凄腕の冒険者と名を馳せる物語。

 等々、etc───。

 うん……。
 前の勇者さん、絶対冒険者とかかして楽しんでるよね?
 絶賛異世界ライフ送ってますよね?

 ……っていうか、前の勇者さん。多分日本人でしょ?

「であれば、王都についたなら私の名前でギルドを紹介しましょう。なに、伝を使えば簡単にS級に昇格してくれることでしょう」
「え。いや───」

 そ、そう言うのはちょっと……。

 なんていうか、ほら。
 (いち)から徐々に昇格したいじゃん?

 んね? ナナミさん。

「ん~? 何、猛? 変な顔して」

 あ、はい。
 言っても分からないご様子。

 ───そりゃあ、ナナミさんはねぇ……。

 だってこの子、『RPG』と『RPG-7』の区別つかないもん。

「な、なんでもない……」

 ……同意を求めてもしょうがないかー。

 っていうか、サラっと言ったけど……。
 メイベルさんったら───この人、俺たちを王都まで連れていく気だよ……。

 マジでどうしよう。
 魔王軍と戦うのとか、嫌だよ俺……。

 だって、前の勇者───結局死んだんでしょ?

 北の大地から帰ってこないとか言ってたし……。なにより、魔王さんはまだ現役みたいだし……。

「ははは。ご安心ください───万事このメイベルにお任せを!……おぉ、そろそろ村に到着するころですぞ」

 いや、アンタ…………。
 キラッキラ! と実にいい笑顔でメイベルさんは宣ってくるけどね?! アンタに何一つ安心できないっつの!
 何がお任せだよ……。やべー疲れてきた。

 なんだろう。
 メイベルさん……この人、実はすげー強引な人なんじゃ?

 普通はさ。
 もっと、ほら……。こう───。

 空から人が降ってきたら聞くことあるんじゃないの?

 どこから来たとか。
 その服は何だとか。
 ……魔王軍かどうかだけ聞くって、どこんとこどうなのよ?

 しまいには、何で勇者認定して、勝手に王都まで連れていくの?
 根拠はあるのかもしれないけどさー…………。俺が困ってるとか思わないのだろうか?

「はぁ……。もうどうにでもなれ───」

 ガックシと項垂れた猛。
 しかし、そこに───、

「───猛。………………嫌な匂い(・・・・)がするよ」

 嫌な臭いがするよ───。

「は?」

 妙なことを口走るナナミ。
 ふと見れば、ナナミの目付きが鋭いものに代わり、前方を睨み付ける。

(…………嫌な臭い??)

 クンクンと鼻を鳴らしてみても、特に変な臭いなんて…………ん?

 なんだ、これ。
 焦げ臭いような、生臭いような……。
 なん臭いだろう。

 猛が疑問に思っている間に、騎士団の面々も違和感に気付いたらしい。
 ザワザワとして騒ぎが、前方から徐々に伝わり始める。

(マジかよナナミの奴。よく気付いたな?)

 っていうか、ナナミさん───完全に兵士の目(・・・・)してましたがな……。


※ ※

 パカッ!

 パカッ! パカッ!!

 遥か前方。
 開拓村があるという方角から、土煙が一筋。
 その先端には、軽装の騎士が一人、騎馬で駆けていた。

「隊長! 前方から一騎来ます!」
「何事だ?!」
「先行させた、斥候です!」

 ダカダッ! ダガダッ!!

 相対速度からあっという間に彼我の差が縮まり、騎士団とその一騎が邂逅する。

 どうやら味方らしい。
 騎士団の構えは戦闘のそれではなかった。

 だが、
「止まれッ!」

 一騎、駆け戻ってきた斥候に気付いたメイベルが鋭い声で制止する。

 はたして、その一騎は先行していた騎士であった。
 彼の顔は覚えていなかったものの、お揃いの鎧色から一目でわかる。

 どうやら、前方で起こった異変を確認し、急ぎメイベルに報告に向かうところだったのだろう。

 メイベルのその姿を認めると、彼は馬に急制動をかけ棒立ちになる。

「危急ゆえ、馬上にて───ゴメン!」
「許すッ。話せ!!」

 ハッ!

「開拓村に襲撃の痕跡認むッ! 村人は全滅───……百人規模の魔王軍攻撃の可能性あり!」

「な、なんだと?! 居留守の部隊は?」
「壊滅の模様!」

(…………へ? 壊滅??)

 猛は一人事態が読み込めずハテナ顔。

 ドラゴンに苦戦していたとはいえ、この騎士団もかなりの精強な部隊だとわかる。
 だが、それが村ごと壊滅したという。

(───ま、マジで?)

 居留守が何人いたか知らないけど、この人達……実は集団ならかなり強いはずなのだ。

 それは、先のドラゴン戦で猛も見ているので間違いない。
 少なくともドラゴンブレスに対抗できるだけの魔力と装備を整えているのだ。弱兵なはずがない。
 たしかに、騎士団は戦死者を出した。
 だが、それでも一時は拮抗するほど戦っていたのだ。

 そんな騎士たちが一個小隊規模。
 今も総勢25名。指揮官1名。

 しかも、ドラゴン戦の前には魔王軍を蹴散らしたというからには、十分に強いはず。
 ……はずなのだが。

「か、壊滅だと?! ば、バカな───敵は?! オークか?! それともゴブリンなのか?」

 あ、やっぱりゴブリンとかオークいるのね?
 でも、ゴブリンくらいなら雑魚じゃないのかな?

「て、敵は、オーが……へぶッぁ$#?!」


 ド、ブシュ…………!


「…………………へ?」

 猛の目の前に赤い花が咲いた。
 何かがパッと花開き、ピピピッと生暖かいものが降りかかったかと思えば…………丸いものが猛の胸に、ドサッ! と飛び込んだ。
 
「な、なにこれ? ボール…………」

 手の中の丸い、丸いぼーる。
 目が合って、口があって、鼻が───リアルなボールぅぅ……。


 ってこれ?!


「ひぇ!?」

 斥候だ。
 斥候の首だ!

 爆散した斥候の生首が、猛にドカンと命中したのだ。
 ───そのまま彼は地面に倒れ……事切れた。

「な、何ッ!? 今、お、オーガと──?」

 ここにきて、メイベルがようやく反応。
 彼女も斥候の内臓をまともに食らって、顔を真っ赤に染めながら驚愕に目を見開く。

「え、あ、はい!」

 猛は聞いていた。
 斥候が死ぬ寸前に絶叫した内容を───。

 た、確か、こう───…………。

 お、
「オーガだとぉぉぉおおおおお!!」

 メイベルが叫んだ───……。



 そして、騎士団が戦闘を開始する。

※ ※

「急げ! 総員下馬───敵はオーガの部隊! 後詰に輜重段列を引き連れているぞ、これは本格侵攻だ!」

 メイベルが下馬し、部下を指揮していた。
 爆散した斥候はオーガの遠距離投擲により、投槍で串刺しにされたらしい。

 周囲には、バラバラになった彼の遺骸が散らばっている。

「木立を盾とせよ! 直線にいれば投槍が来るぞッ!」

 微かに見える、人型の群れ。
 あれがオーガの部隊らしい。

 それにしてもすさまじい威力だ……。
 人間一人、投槍で爆発させるとか、非常識にもほどがある。

「メイベル卿! 斥候がつけられた模様!
 敵は初めから我々を目標にしているのでは?」
「エルメスか?!…………かもな! 斥候のことは忘れろ。いいから貴様は分隊を連れて、至急退路を確保し、騎士団に通報しろ!───間違ってもナナミ殿だけは傷付けるなよ」

「ハッ! お任せください」

 副隊長のエルメスは4人の部下と共に、ナナミを連れ身と来た道を引き返し始めた。

 って、俺は?

 猛は一人ボケラっと突っ立っていると、メイベルが力なく笑う。

「───タケル殿。……いえ、勇者さま。どうかお力添えを! 我らに、助力を求めます! どうか!」

 ……………………え。マジで?

「い、いや……。その」
「ちょ、猛ぅ?! この人、放してくんないよぉッ!」

 え? 何?
 どゆこと?! ナナミをどうする気だよ。

「い、いけません! ナナミ殿は非戦闘員です! ここから避難させますので、どうか暴れないで」

 エルメスがナナミしっかり抱え込んで走り去ろうとするが、それをナナミが全力でもがいて暴れて、逃れようとしているのだ。

「ご安心を勇者様。ナナミ殿は我らが命を懸けて守ります───ですから、どうか我らと共に!」

 フルフェイスの兜をかぶったメイベルが、悲壮な声で猛に告げる。

 見れば、既にナナミを乗せたエルメスは馬首を巡らせている。
 あとは拍車をかければ、猛スピードで戦場から遠ざかることだろう。

 ……つまり、少なくともナナミは安全なのだ。

 思考がフリーズしかけていた猛だが、ナナミの顔を見てようやく我に返る。

(そ、そうか。ナナミは無事────……ならば!)

「な、ナナミはその人について逃げろ! お、おれは……」
「た、猛? だ、ダメ! ダメだよ!! 私も一緒に戦───」


《《《グルァァァァアアアアアア!!》》》


「ひぇ?!」
「きゃあ!」

 そこに、絶望的な戦力を引きつれたオーガの一隊が突っ込んできた。

 奴の咆哮に、空気がビリビリと震える……!
 その威容に、猛とナナミは思わず首をすくめてしまった。

「な、なんだよあれ──!」

 猛の視線の先。
 まるで小さなビルのような……。

 ズン、ズンン……!

 きょ、
 巨大な…………!
「じ、ジャイアントオーガだとぉぉお?!」

 そう。
 メイベルがいう、ジャイアントオーガーがそこに迫る。

 さっき斥候葬ったとおぼしき巨大なオーガだが、ズシンズシン! と凄まじい足音を響かせて突撃してくるのだ!

 凄まじい迫力。
 おまけに数が半端じゃない!!

「くそ! なんて数だ……! よりにもよって、ジャイアントオーガか!!」
「メイベルさん?!」

 奴らは、あのメイベルをして目を剥くほどに強力な魔族らしい。

「なぜだ?! 私は聞いていないぞ? あんな個体が越境しているなら、砦から報告がないわけが……!」
「た、隊長!! き、来ますッ!」

 く……!

「隊列を組めッ! 案ずるな……! こっちには勇者殿がいる!」

 メイベルが抜刀し、部下を整列させる。

 …………いや。「勇者殿がいる」って、勝手に俺を戦力に加えないでくんない?

 え?
 ええ?!

 否応なしに戦わせようとしてる?!

 そりゃ、命の危機ならやらなくもないけど……!

 そういう───…………ああもう!!

「そ、そうだ!」
「こっちの戦力を舐めるなよ、魔王軍めー!」
「勇者殿に蹴散らされるがいい」

「「「そうだ、そうだ!」」」

 と、囃し立てる騎士団の皆さま。

 その背後では、エルメスがジタバタと暴れるナナミに苦慮しながらも撤退していく。

「メイベル卿、武運を!」
「猛ぅぅうう!」

 土煙を残して去っていくナナミとエルメス達。

「ナナミ……」

 ち、ちくしょう……!

 去り行くナナミの背中が羨ましく感じられてしまう。
 そりゃ、ナナミを巻き込むわけにはいかないけど、俺一人であれを相手にすんの?!

 冗談じゃないぞ!
 俺も逃げたいよ!!

 何だよあの数?!
 何だよあのデカさ?!

 さっきのドラゴン戦はやむを得ずだっただけど───。
 何を好き好んで、涎撒き散らしてズシンズシンと突っ込んでくるオーガを相手にしなきゃならんの?

 身長5mくらいあるぞ、アイツ!
 しかも………………げ! 10体くらいいる。

 よくよく観察してみれば、奴らの首には人骨らしきものが数珠つなぎにネックレスになっている───……ってことは、アイツら人食いかよ!?

 しかも、まだまだいる。
 小型の2~3m級のやつも数十体……!?

 いやいや、小型であれかよ!?

 数は───全部で100をちょっと下回るほど?
 だけど、騎士団の何倍もの数だ。

 た、たしかにこれじゃ騎士団も浮足立つわ! 俺も浮足、立ちまくりだよ!!

 この世界、難易度おかしくない?!
 ドラゴン戦の次はオーガの軍隊だって?!

 ちょっとぉぉおおお!
 自称神様ぁぁあ!

「たーーーーーーけーーーーーーーるぅぅぅうーーーーー!!」

 ナナミの声が遠のいていく。
 エルメスが部下を引き連れて避難してくれたのだろう。

(うぅ……ナナミぃ!)

 守るべき幼馴染が遠ざかる気配に、猛も一緒に逃げ出したくなる。
 だけど、ここで連中を食い止めなければ、いずれ追いつかれるだろう。

 それくらいなら、ここで騎士団と戦った方がいいかもしれない!

 そうだ。
 それでいいんだ……!

 ナナミを守るためだ。
 そのために、勇者の力を使わないでどうする!

 ナナミのために使わないでどうする!!

 ───や、やってやる!!
「……わ、わかりました! 出来るだけのことはやってみます!」

「おぉ! ありがとう……! ありがとうございます、我が勇者殿ッ!」

 感極まった声でメイベルが猛にガバチョ!
と縋りつく。
 いつの間にか『我が勇者』になってるし……。俺アンタ専用ちゃうで?

 色々と出るとこ出まくってるナイスバディのメイベルさんだけど、抱きつかれてもプルプレートアーマーの厚みしか感じられないのは残念。

 でもフルフェイスの奥からいい匂いが───……って、それどころじゃない。

「な、何か武器はありませんか?!」
「───これを! 彼の遺品です」

 そういって爆散した斥候の武器を手渡される猛。

 ミスリルの穂先を持つ槍。
 そして、肉厚の片手剣(ショートソード)に、腕に装着する丸盾(バックラー)だ。

「どうか、奴らに鉄槌を!」
「わ、わかりました」

 やるっきゃないか……。

 否応なしに巻き込まれている感は拭えないが、メイベル達を見捨てるわけにもいかない。
 少なくとも、彼女らはナナミを守ろうとしてくれた。

 義理には義理を───。
 恩には恩を───。

 助けが必要なら助けを!

 それに…………。

「ナナミの身が無事なら、俺は全力で戦える!!」

 そうだ。
 俺は勇者だ───……!

 伝説とかそんなことは、どうだが知らないけど!
 だけど、自称神様がくれた力……。
 このクソゲー世界で生きるための力だけは本物だ。

 いくぞぉぉお!!

「───うぉぉぉぉおおおおおおお!!」
 気合を込めて猛は大地に吼える!

 ───かかってこいッ!

 突っ込んできたジャイアントオーガの前に立ち塞がるように立つ猛に、奴らも咆哮にて答えた。

《《《グルァァァアアアアアアア!!》》》

 ドズンドズンドズン!!

(で、でっけぇぇ……。超こえぇぇぇえ!)

「よ、よし! 勇者様を支援する。総員、二列横隊! 盾持ち(タンク)は前へ!」

 ザッザッザ!!

 メイベルの指揮にて騎士団は盾持ちを先頭に、後方に弓隊を番える。
 10名の盾と10名の弓と1名の指揮官!

 統率された動きは、なるほど精鋭だ。

 だが、あのジャイアントオーガに比べればなんと頼りない───。

「勇者殿! 我ら援護します!! まずは、ジャイアントオーガを!」

 わかってるよ!!

「了解!─────猛、行っきまーす!!」

 勇気を振り絞る猛。
 そして、足に意識を集中すればメリメリと力が籠っていくのを感じる。

 そして、血が沸騰するように闘気が沸き起きる!!

(───俺が、倒すッ!)

 高校生をやっていた頃なら絶対にありえない程の勇気。
 それが心の底から沸いてくるのを感じた。

「やってやる!!」

 これは、『勇者』の力を願ったがゆえに、猛もなんらかの精神的干渉も受けているのかもしれない。

 あのポヤポヤしていたナナミが、鋭いナイフのような兵士の目をみせたように───。

「だりゃぁぁぁぁあ!」




 ───ドンッッッッ!!




 猛烈な踏み込みと共に、一気呵成にオーガの集団へと跳躍する猛。

 上昇したステータスは、以前ドラゴンと激突した時よりも、さらに能力を向上させていた。
 そして、あの時でさえドラゴンを圧倒できる程の力を見せた猛。

 そうとも、今はLv23!!
 圧倒的な力だ!!

 やっぱり、『勇者』は強い!
 俺は強い!!


「ぶっとべぇぇぇぇぇぇえええ!!」


 跳躍したまま、その勢いすら味方にして槍を構える猛。

「おーーーーらぁぁぁあああああ!!」
 全筋力を籠めて槍を振りかぶると、全力で投げ抜くのだッッ。
 使い方なんて知らない。だけど、勇者の膂力で投げるッッ!

 これが、効かないわけがないッッ。

《グルァァァアアアア!!》
《ゴァオアァオアアアア!》

 正面から突っ込んできたオーガどもの眉間に狙いをつけた猛。
 凄まじい跳躍の勢いのまま、猛はミスリルの槍を投擲した!!

「たりゃぁぁぁああ!!」




 ギュゴン─────────ドパァァァアア!!




 その瞬間、空気が爆発したような激しい音をたてる。
 そして、それが音速を越えたソニックブームを生み出したのだと気付いた時には槍はジャイアントオーガの眉間に命中。

 奴の頭部をドカーーン!! と爆散し、突っ込んできた奴の仲間数体をドパパパン! と同時に貫き、それでもなお勢い止まらず!
 ついには、後方にいた小型のオーガに群れに命中し、ようやく停止───。

 それも、ズドォォォォオオオオン!!

 と、大爆発してだ!!



「す、すげぇ……」
 ───す、すげぇ……。

 自分で投げつけておきながら、その威力に驚愕する猛。

 そのまま滑空し、貫いたジャイアントオーガの肩に着地した時には、
 ズズン…………!
 と、頭部が爆散したジャイアントオーガが数体。
 そして、隊列のド真ん中で爆発した槍に巻き込まれた十数体の小型のオーガが、バタバタと倒れる瞬間だった。

 や、
「やった、か…………?」

 あまりに威力に、猛をして茫然とした。
 まさかこれほど威力があるとは──……。

 ポカンとしているのも束の間、

 うぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!

「「「うおおおおおおおおお!!!」」」

 地鳴りのような喚声が沸き起こる。

 振り返れば、メイベル達が歓声をあげている所であった。

「み、見たか?!」
「み、見た!! なんだあの威力は!?」
「あれが勇者の力───」

 メイベルに至っては指揮を忘れて、手を組んで涙ぐみ、感極まっている様子。

「わ、私の勇者───さま……」

 や、やべぇ……むず痒い。
「勇者!」
「勇者!!」

「「「勇者、勇者!!」」」

 ワッワッワッワ!

 歓喜に沸き返るメイベル達。

 こ、こりゃ、悪い気もしないか─────うぉ?!

《───笑止!》
 ドキューーーーーン!!

 一撃の余韻に浸っていた猛を目がけて、巨大な投槍が降り抜かれた。

 そいつは、超高速で飛来し猛のギリギリの所を掠めていく。
 風圧だけで頬の筋肉がひきつれる感覚に背筋が凍る思いだ。

「っっぶね~……!!」

 なんだっつーんだよ?!

 一撃の余韻に浸る間もないらしい。あれほどの攻撃をうけたというのに、オーガ達の反撃は早い!

 あっと言う間に立ち直ったジャイアントオーガの残余と、
 小型のオーガたち───主力が、直ぐに攻撃態勢をとると猛と騎士団に猛然と攻撃前進を開始する。

 そして、

 一匹のオーガのような巨漢がズシン! と、足音も高らかに集団の先頭に躍り出た。

(何だアイツ? 完全武装してやがる……)

 真っ黒な体躯、ガッチガチに鎧で露出部を覆った小型のオーガが一匹───。

《カッ! おまえ様らは、そこの間抜けの木偶の棒(ジャイアントオーガ)を一体連れて、人間の一団を叩け───ワシはコイツの相手をする!!》

 ……え? しゃべっ───?!

(今───たしかに……?)

 ズシンズシン!! と、巨大な足音を立ててジャイアントオーガが二手に分かれる。

 一体は猛から距離をとり、小型オーガと行動をともに───そして、残り5体のジャイアントオーガが猛を包囲するように彼らの間合いで、ぐるり周りを取り囲みはじめた。

 その巨大な手には段平(ダンビラ)やら、巨大な斧やら、投槍やら───……。

 そして、その5体を従えるように真っ黒なオーガが一体、猛に対峙していた。

 っていうか、
「し、しゃべった───?!」

《ほう?……貴様、我らの言葉が分かるのか?》

 ジャイアントオーガを引き連れ、敢然と立つ一体のオーガ。
 そいつはまるで人間にように鎧を着こみ、腰には細身の曲刀を差していた。

 まるで……。サムラ───。

「お、オーガチーフ───いや、魔人だとぉ……!」

 オーガチーフ?
 魔人?

 歓喜の表情から、ようやく我に返った彼女は驚愕に震えていた。

「魔人とかチーフって?」
「き、気をつけられよ、猛───……いえ、勇者様! そいつは知能のある魔族。指揮官(タイプ)のオーガ! またの名を魔人といいます! か、かなりの使い手です!」

特異個体(レアモンスター)らしきそいつの正体を教えてくれたのはメイベル。

 ッ!!

 その、メイベルの忠告が終わらぬうちに、オーガチーフの動きがブレて見える。

《──カッ! 貴様が今代の勇者か? なんじゃ、まだケツの青い若造ではないか》

 ガキィィイイイン!!

「ぐあっ!?」

 すんでのところで、バックラーで防ぐも……!
「は、」

 ───速ぃ!!

《ふんッッ!!》

 ドカーーーーーーーーン!!

「グハッ!」

 斬撃からの蹴脚!!

 筋肉質な体でありながら、恐ろしいほどの柔軟性───そして、速度! 技量!!
 空気を切る音が聞こえた時には猛の体は空をクルクルと舞っていた。

 メリメリと肋骨が音をたてる───……そして、追って激痛が!

「ぐぁぁあああああああ!!」

 ゴホッ……。
 吐き出した息がやけに粘ると思えば、血が滲む───。

《カカッ……! この程度か? 貧弱、貧弱ぅぅぅうう!!》

 ───やばい!

 か、躱さないと───そう思ったときには、オーガチーフの追撃が猛を空中で捉える。

《カッ! これは痛いぞぉぉ? 覚悟するんじゃな───》

 《フンッ!!》と、オーガチーフの気合の一閃が聞こえた時には、再度ガツン! と、鈍い振動が腕に響く。

 辛うじてバックラーで防ぐことができたようだが……。

《素人めが……。槍を投げたなら、とっとと剣を抜け───! 戦場を舐めるな、若造ぅぅぅうう!!》

 ガンガンガンガンガン!!

 連撃連撃連撃連撃連撃!!

「ぐっぁぁぁあああああ!」

(い、いってぇぇ……!)

 反撃もできないなんて!。
 な、なんだよ、ドラゴンだって圧倒できたのに───オーガくらいで苦戦するのかよ?

 俺は、勇者になったんじゃなかったのかよ??
 ───なぁ?!
 ゆ、勇者の力を得たんじゃなかったのかよぉぉおお?! クソ自称神様よぉぉおお!!

《カッ。未熟ぅ……。まともに動けんとはな───これで、》

「ゆ、勇者様! 反撃を───防ぐばかりでは……」

《カカッ! 他人を心配しとる場合か? 女ぁっぁああ!!》

 くい、っとオーガチーフが顎で指示したように見えたその瞬間。

「隊長ぉぉぉおおお!」
「な、なんだと!!」

 爆散したジャイアントオーガの死体に隠れて接近していたらしく、突如として主力のオーガの部隊が騎士団に突撃する。
 しかも、中ほどにジャイアントオーガを一体従えている。

「ぐ! いつの間に───……後列、射てぇぇぇえ!!」

 あらかじめ射撃目標を決めていたのだろう。
 メイベルの射撃指示はジャイアントオーガに向いていた。

 練達の射手が弓を連射し、ジャイアントオーガを仕留めんとする。

 ビュンビュンビュン!! と飛び去る騎士団の矢。
 それは先端に僅かだけミスリルを使っているのだという。針の先端ほどだが、竜鱗すらつらぬくドワーフ謹製だというそれ。

《グギャァァァァア!!》

 10名、10斉射を立て続けに浴びるジャイアントオーガ。
 奴の体が矢に塗れていく。

 ……だが!

「ぐ!───なんて、頑丈(タフ)な!!……ええい、休まず射ち続けろ」
「隊長!───来ます!」

 そして、ジャイアントオーガに射撃を集中している間に、小型のオーガが騎士団の前衛にぶつかった!

「くっ! 総員、衝撃に」
 ドカーン!!
 と、交通事故のような音が響き、何人かがクルクルと舞い上がる。

「「ぎゃぁぁあああ!!」」
「メイベルさん?!」

 小型とはいえ通常タイプのオーガも、2~3m級で人間よりも遥かにデカイ!

 そして、数も圧倒的だった。

《よそ見をしている暇があるのかぁぁあ!》

 バキィィィイン!!

「あづッッ!!」
 さらに強烈な一撃を受ける猛。
 そのあとには、粉々に砕け散ったバックラーが……!

「ぐわぁぁぁあああ!」
 メリメリと音を立てて、腕にバックラーの破片が食い込んでいく。

《カカッ! オリハルコンで鍛えた我が刃───人間の武具などボロも同然よ》

 盾を失い無防備になった猛。

 だが、槍を投げて以来慢心していたのか、猛はすぐに抜刀しなかった───それがゆえに無手なのだ!

「ちょ……! タンマ!!」

 戦闘に関しては素人なのだから仕方ないとは言え、いきなり槍を投げたのは悪手だったようだ。

《カッ。 死ねッ! 勇者ぁぁぁああ!》

 オーガチーフの鬼面が吼え、猛を曲刀で貫かんとする。
 そして、騎士団はといえばオーガの突撃を喰らい前衛が紙切れのように引き裂かれている最中であった。

 盾ごと吹っ飛ばされる騎士団。
 必死で反撃し、何体かのオーガを槍で刺し貫くも、焼石に水も同然───……。

(嘘だろ……。みんな、こんなに簡単に死ぬのか??───お、俺も?!)

 勇者の力があったのに……。
 ジャイアントオーガを爆散せしめた力があったのに、
 慢心して強襲され───防戦一方。

 勇者の力に慢心し、敵を侮った結果がこれだ。

 しぃぃぃ……ねぇぇぇえ……!!

 オーガチーフの声が間延びして聞こえ、鈍く光るオーガチーフの曲刀がやけにゆっくり近づくのをスローモーションのように眺めながら茫然とする猛。

 そして、メイベルも。
 彼女も部下がボロキレのように引き裂かれていくのを茫然と見守るしかできなかった。

 不意に絡み合う二人の視線。

 二人が死を覚悟して、想うのは───。

(ナナミ───……)
(我が勇者よ───)

 二人の視線が交差する。
 ………………そのどちらもが絶望の色に染まった─────────その瞬間。



 ──────ボンッッッ……!



 猛を包囲していたジャイアントオーガの頭部がいきなり爆散。

《カッ?!》
「へ?」
「んなッ?!」

 そのまま、ジャイアントオーガが悲鳴もなくグラリと倒れ───……勢い余ってオーガチーフに激突する。

《ぐあッ! な、なんじゃ?!》

 下敷きになりそうなところを辛うじて飛び出し、回避するとオーガチーフは慌てて残身。

 すぐに構えを取り、油断なく猛と向き合う。

《ぐぬぅ……。い、いつのまに魔法を!?》

「へ?」

 戦意に満ちたオーガチーフとは異なり、猛は絶望していた。
 すでに、戦う気力は失せているとたいうのに……。

 なぜかオーガチーフは猛を警戒して苦い表情だ。

 だが、猛はどこまで言っても猛だ。
 まだまだ高校生気分が抜けず、現実感を喪失している。

 ゆえに、今なら剣を抜ける絶好の機会だというのに、まだまだ茫然自失。
 当然、魔法など使っているはずもない。

《───魔法を使えるとは、油断していたわぃ。……だが、この距離ならぁぁぁああ!》

 ジャキン! 

 曲刀を頭上に振りかぶるオーガチーフ。
 猛が魔法を打つ気配がないと悟り、神速の一撃を頭上に叩き落とそうというのだ。

 魔法の詠唱よりも、直上からの振り下ろしのほうが速い、と───!!

「ゆ、勇者さま───……」

 いつの間にかオーガに圧し掛かられ、引き裂かれそうになっているメイベル。

 それでも、猛の力を信じ───最後まで剣を捨てない誇り高き騎士!

 その目の前で猛が死───………………。



 ───ボンッ!!
  ───ボンッ、ボンッ!!



 え?
「は? え? ジャイアントオーガが……」

 頭がブチュっと、ぶっ飛んでる……??

「な、何が起こってるんだ?」
 猛もメイベルも、オーガチーフにもわからない。

 そして、猛は死なないどころか、逆にオーガチーフが追い詰められている。
 なぜなら、援護していたはずのジャイアントオーガの頭部が次々に爆散していくのだ。

 次々に。
 次々に!!

 そして、
 最後に残ったジャイアントオーガが、何が起こってるのか分からずキョロキョロとしている所に、
《な、何をした?!───貴様ぁぁぁぁあああ!》

 激高するオーガチーフが思わず叫ぶ。
 だが、猛には何が何だかわからない。

「へ??」

 いや───へ?! 俺?

《───グルァァア?!》

 いまさらジャイアントオーガが気付く。
 ようやく、仲間が死んだことに気付く。

 ………………そして、
 奴だけはその有り余る身長ゆえに遠くが見渡せたらしく、気付く。

 気付いてしまった──────……。

 遥か彼方───。
 数百mは離れているであろう、小高い丘に伏せている少女の姿に!!

 ジャイアントオーガの瞳に写る少女。
 それは、実に奇妙な姿だった。

 だってそうだろ?

 小柄な少女が、バカみたいな長さの鉄の筒に縋りついている。

 槍でもなく、
 弓でもなく、
 弩でもなく、

 魔法でもない───それ。

 だが、ジャイアントオーガはその少女を見て恐怖した───……。

 巨大なオーガがちっぽけな人間ごときに恐怖した!!

 そう。その殺気に触れてッッ!

《グルゥァァ…………》

 ブルブルと震えるジャイアントオーガ。

 本物の兵士の殺気に気付き、
 あの傍若無人で悪鬼羅刹のごとく、巨大なオーガが……。
 ジャイアントオーガが恐怖した!

 そして、
 奴は生まれて初めて知る死の恐怖を感じて、ただただ咆哮した!!



《グルウアァァァァァァアアアアアアアアア………………ァァ───あびょ》



 ボンッ───………………!

 ドサリ……。


 爆散した頭部とともに、奴の体がズシンと倒れる。

 静まりかえる戦場。

 引き裂かれそうになっているメイベルも、
 猛を仕留める栄誉にうち震えるオーガも、
 この場にいる生きとし生けるもの全てが、

 誰も何が起こっているのかわからない。
 答えられない。
 知らな、い。

 ………………いや、一人いた。
 この遠距離狙撃(・・・・・)を成し遂げた人物が誰であるか気付いた者が!

 な、
「ナナミ───?」


 猛の呟きが戦場に零れた頃。

 ドカーン、ドンドンドンドーーーン……!
 と───。
 ようやく遅れて遠来のような銃声が響き渡った。



「ナナミぃぃぃぃいいい!!!」

 ナナミは駆けていた。

 エルメスの追撃(・・・・・・・)を振り切り、一人───荒野を走る抜ける。


 そして、小高い丘に登って、別れてしまった最愛の幼馴染───猛の姿を確認しようと先を見渡したその瞬間───!!

「そんな?!」

 彼女の中で全身の血が沸騰する様な怒りが沸き起こった。


 た……、
「猛ぅぅうう!!」

 巨人(オーガ)に襲われている猛を見て、怒りに我を忘れそうになったナナミ。

「猛! 猛! 猛!!」

 ああああああああああああああああああああああああ!!

「ああああああああああああああああ!!」

 騎士団が壊滅しているとか、どうでもいい。
 エルメスが裏切り者だったとかも、どうでもいい。

 そんなことは全部、どうでもいい!!

「どうでもいいよぉぉぉおおおお!!」

 どうでもよくないことは、たった一つ──────!!


「───猛になにすんのよぉぉぉおお!!」


 ティリン♪

 ナナミはAK-47とRPG-7を放り捨てると、その場に『SHOP』を呼び出し、兵器購入の項目を選択。

 そして、この距離で猛を救うことのできる装備を選択する。

 中空に浮かんだステータス画面。

 そこには、
 強力極まりない『RPG-7』を生み出した国の装備がズラリと並ぶが、実績不足でほとんどがロックされたまま。
 その大半がグレーアウトしている。

 だけど、あった。
 たった一つあった。

 あのバカでかい巨人(オーガ)をぶっ飛ばしうる、遠距離から敵を穿つロシアの鋭き牙が──────。

 あった!
 あった!!

「あったよ!……シモノフPTRS1941(対戦車ライフル)───!!」


 そう、
 これは、セミオートマチック対戦車ライフル───……口径14.5mmの大口径の小型大砲だ!

「これなら……!」

 急いでSPを叩き込んで兵器をアンロックすると、『SHOP』から迷わず購入する。

 ブゥン!

 そして、ナナミは光り輝くそれ(・・)が中空に現れたのをみるや、全貌を確認するまでもなく引っ手繰(ひったく)るようにして保持!

「お、重ッ」

 だが、ナナミは手慣れた動きで、二脚を展開すると、ズシン!! と重々しく地面に委託した。

 そこに、銃と合わせて購入した5発入り弾挿子(クリップ)を取り出すと、ガリガリガリ! と、薬室に詰め込んでいく。

「装弾よしッ!」

 ───ガシャコ!!

「初弾装填!」

 脇についたコッキングレバーを引いて初弾を装填───!!

 ジャキン!!

「……ま、間に合ってッッ!」

 ナナミはバカみたにブチ長いライフルに取り付き、その大雑把な照準を覗き込む。
 照星と照門をあわせ、オーガを照準に収めた。

 ……小さな目標を狙撃するのは無理。
 猛を切り刻もうとする、あの「&$#(ピー)」野郎を直接撃つのは無理だけど───。

 ジャイアントオーガなら狙撃できる!!

「デッカけりゃ、いいってもんじゃないんだよぉッ!」

 来るであろう、凄まじい衝撃と発射音に備えてナナミは腹に力を入れる。


 そして、照準し───────撃つッッ!

 すぅぅぅ…………フッ!
「猛ぅぅぅぅう!!」
 引き金を──────……カキン!


 ───ズッッッッドバァァァァァアアン!


 発射エネルギーが銃口をブレさせ、先端についたマズルブレーキから炎が十字を描いて吹き出し視界を焼く。

 そして、

 ギャンッッッッッ──────と、真っ赤な線が一筋、戦場を疾駆する!!
「───ッ!」
 銃口からは硝煙が噴き出し、ナナミの制服パタパタとはためかせ、スカートがフワリとまくれ上がった。

 その下の、子供っぽい下着が晒されるも、ナナミは直す間もなく対戦車ライフルで狙う!

「いっけぇっぇぇぇぇぇええええ!」

 …………ボンッ!!

 初弾命中! ヘッドショット!
 敵の動きが止まった──────!

 これが示威型の狙撃!
 狙われていると分かって、なお動けるかなぁ?

 そして、
 動きの止まったデカい的など────!!
「次ぃ!!」
 案山子(かかし)と同じだぁぁああ!!

 5連発のセミオートで、戦車を穿つ14.5mmの銃弾がジャイアントオーガを指向するッッ!!
 体ごと向きを変えてオーガを狙う!

 そして、

 撃つ!!

 打つ!!

 討つ!!

 一体たりとも逃すものかッッ!!

「照準よし! フゥッ───」

 ───ズッッッッドバァァァァアアン!!

「次ぃ! たりゃぁぁぁあああああ!!」
 
 ズッッッッドバァァァァァアアアン!!

「もう一丁! うりゃぁぁぁああああ!!」

 ズッッッッドバァァァァァアアアン!!

 連射、連射、連射!!

 ボンッボンッボン!!!

 視線の先でジャイアントオーガが次々と吹き飛ばされていく。

「どう?! 見たッ?!」
 見てる、猛!?

 これが対戦車ライフルだよ!
 14.5mm弾のパワーは伊達ではないんだからね!!

 そうとも。
 この対戦車ライフルは、軍用装甲の30mm鋼板すら貫通できる威力があるのだ。

 生物なんぞ、たとえ分厚い皮膚や筋肉があろうともこのパワーの前にはただの肉でしかない!

「あと、一匹───!!」

 騎士団に襲い掛かっているジャイアントオーガのことなど知らないッッ!


 ───猛を襲う奴だけ(・・・・・・・)が私の目標!


 ふと…………。
 照準ごしにジャイアントオーガとナナミの目が合った。

 デカいだけあって、視力も人並み以上。
 その分、色々スケールが違うのだろう。

 身長は人の3倍。
 視界も広く、視力もそれに準じるらしい。
 だから、ナナミを見つけ──────そして、彼女の殺気に触れ…………。


 ───奴は恐怖した。


「ふふ…………。戦場で恐怖したら負けだよ♪ 怖がるのも、怒るのも、死んじゃうのも……───生き残ってからにしないとねッ♪」


 じゃないと──────死んじゃうよ?


「すぅッ!──ふぅぅぅー…………!」

 ナナミは息を素早く吸って、細く細く吐き出す。
 そして、照準のブレを押さえると───撃った。


 ───バァァァァァアアアン!


 銃口から上下に十字状に伸びる発砲炎!
 沸き立つ大地の塵!
 視界を隠す様に吹き出す硝煙!

 そして、絶大な威力を誇る14.5mm弾!!

「いっけぇぇぇぇえええ!!」

 その先に、真っ赤に燃える火箸の様なものが見えた気がした。
 
 だけど、それは気のせいだろう。
 だって、対戦車ライフルだよ?


 その初速は、音速を越えるッッ!!

 悠長に狙撃の結果を見守ると思ったら大間違いだ!!

 戦果の拡張、敵の追撃は戦術の基本!

「───狙撃が戦場を支配したなら、次は殲滅戦ッッ! すぐ行くからね、猛ぅ!」

 ドッパァァァン!

 と、ジャイアントオーガの頭が弾け飛んだのを見届けることなく、ナナミは立ち上がる。

 デカすぎる対戦車ライフルを放置すると、投げ捨てたPRG-7を肩に背負い、腰だめにAK-47保持!

 ティリン♪
 『SHOP』呼び出し。

「あとは。これと、これと、これも!」

 ナナミは購入できるだけの装備を次々にアンロック。
 まだまだ買えないものも多いけど、今買える必要なものはたっぷり購入!

 戦場は備えのあるものが勝利する。
 ないなら、ないで工夫する。

 そして、駆け抜けるッッッッッッ!!

 弾倉をたっぷりジャケットにいれた女子高生が、AK-47と共に丘を駆け下りるッッ。


「ターーーーーーケーーーーーールぅぅぅぅううーーーーー!!」



 PRG-7を背負った少女が地獄の戦場に突撃するッッ!
「ナナミ…………?!」

 猛は気付いた。
 気付いてしまった。

 だってそうだろ?

 こんな芸当できる奴なんて、一人しかいない。

 ジャイアントオーガを狙撃(・・)でぶち倒す奴なんて一人しかいない!!

《何をしたぁぁぁあ! 答えろぉぉぉお!》

 スズゥゥウン…………。

 騎士団を攻撃中の一体を除き、猛に立ち塞がる最後のジャイアントオーガがゆっくりと倒れ伏せる。

 その瞬間を猛は見ていた。

 奴が……ジャイアントオーガが、遥か先の丘を見て恐怖の叫びをあげたことを───!

「は、はは……! ナナミだ。ナナミが来てくれた……」

 守る?
 誰が誰を?

 俺がナナミを……───?

「はは! あははは!」

 ば、バカだな……俺は。
 ナナミを守るとか───つくづく馬鹿だ。

 日本にいたころだって守れたことなんてあったかどうか───。
 それ以前に、ずっと守られていた気がする。

 孤独や、将来への不安。
 そして、日常を彼女はいつも守ってくれた。

 それは異世界に来ても同じこと───。

 彼女は猛を守る。
 ナナミは猛を護る!

 日常でも、
 将来への不安でも、
 孤独からも──────。

 そして、
 ……例え戦場であっても、猛を守る!!

「ナナミぃぃ……」

 シュランッ!

 ようやく立ち上がる勇気の出た猛。
 今頃になってメイベルから手渡された剣を鞘引いた。

 ズシリと手に馴染むそれを不格好に構える。

《ぐ……。グハハハハ! なるほど、なるほど。青臭いとはいえ勇者ということか》

 ニィィと凶悪に顔を歪めるオーガチーフ。
 奴はジャイアントオーガに起こったことは理解できずとも、猛の戦う意思を感じ取ったらしい。

 ならば、難しく考える必要はない。

 ただ反撃によって味方がやられたということだけを認識すればいいのだ。

 そして、倒すべき敵として猛を正面から見据える。

《カッ! あの状況から、ワシに立ち向かうとはあっぱれな心意気───だが、》

「ナナミッ! 俺は───」

《女の名前を言ったなぁぁぁあああ!!》

 ドンッッ!! と神速の踏み込みでオーガチーフが猛に迫る。

 これは───……。
 「縮地」ってやつか?!

《───戦場で女のことを言う様な軟弱者はよぉぉお、一番に死ぬんだよぉぉぉおお!》

 俺は……。
 俺は──────!

「───……俺は死なないッッ!」

 死ぬわけがないい!!
 死んでたまるかッ!

 ナナミが来た!

 あのお節介で、
 ……時には鬱陶しくて、

 優しくて、
 温かくて、
 可愛くて、

 大好きで────最強の幼馴染が来た!!
 

 来てくれたッッ!!


 だったらよぉぉぉおお───……!

「こんなところで、死ぬわけがねぇぇえだろぉぉおーーーーがぁぁあーーーーーー!!」

 縮地でステータスの不利を補っているらしいオーガチーフ。
 地の力では猛のステータスが負けるとは思えない。

「つまり、さぁ!」

 猛は何合と斬られたおかげで、オーガチーフのステータスの概要を掴んでいた。

「ビビったら負けるッて、こと!」
《ぬぅ?!》

 サッとオーガチーフに向き直り、剣を突きだす猛。
 それは、完全にオーガチーフの動きを先読みした動き。
 「縮地」を使い意表をついたと思っていただけに、奴の驚いた顔。
 そこに「ざまぁみろ」と言ってやりたい!

 そして、
 身体ごと振り返り、奴に向きなおると後は力押しだ!!

《ちぃ!!》

 やはり、勇者の能力は飛び抜けているらしく、オーガチーフのステータスを遥かに凌駕しているようだ。

(───勝てる!!)

 ……落ち着いて向き合えば、Lv23の基本ステータスだけで十分対峙できるのだ。

「そこぉぉ!」
《ぐぬぅ───!!》

 ガッギィィィイイン!!

 ゼロ距離で舞い散る火花!
 その瞬く光が両者の視界を焼くも、どちらも退かない! 退いてなるものか───!!

 猛の剣とオーガチーフの剣が互いに激突!

「このぉぉぉぉお……化け物ぉぉぉぉおおおお!!」
《若造ぉぉぉぉおおお、ああああああああああ!!》

 ギギギギギギギギギギギギギギギ!!

 鍔迫り合いとなれば単純な力勝負だ。
 そして、そうなれば猛の有利!!

 援護のジャイアントオーガがいない今、一騎打ちをする二人を邪魔するものはいない──……そうなれば、猛の膂力が物を言う!

「これが勇者のパワーーーーーーーだぁぁぁぁぁあ!!」
《ぐぬぅぉぉおおおおおおおおおお! こ、小癪なぁぁあ》

 行ける……!
 倒せるッ!!

 ギリギリと、オーガチーフを押し込んでいく猛。

 そして、あと一歩──────。

「ゆ、勇者どの───……ダメだ! 斬り結ぶなッ! 忘れたのか……我らが剣は、」

 そう。
 猛が持っている騎士団の剣は────……ピシッ!

「───ただの鉄だ!」

 パキィィイン!!

「なっ!?」

 鉄の剣では、オリハルコンの曲刀には───……敵わない!

「くっ……。またか、くそ!」
《ぐ! ぐははははははははは! 勝機ッ》

 とっさに鞘を持って二手に構えた猛。

 それでなんとか致命的な一撃を防いだものの、もう───もたない!!

「ゆ、勇者どの!!」

 オーガに引き裂かれんとしているメイベル。
 彼女が悲痛な叫びをあげる!

 もはや彼女の配下は、ほとんど全滅だ。 

 ジャイアントオーガはかなりの矢を受けていたが、それでも健在。
 今は踏みつぶした騎士を地面から引きはがして、パクリと口に入れている最中───。

 そして、小型のオーガはこの場で唯一の女性であるメイベルの鎧を剥き出しにかかっているらしい。

 奴らは食人族でありつつも、性欲も持ち合わせている。

 きっとメイベルは散々嬲られてから殺されるのだろう───。
 だが、毅然とした彼女は最後まで戦っている。

「ま、まだだ! まだ終わらんよ!!」

 もはや槍は折れ、
 剣は砕けていても、小さな短刀だけで、メイベルは最後まで抵抗する。
 決して諦めない───!

「はい! 俺も───諦めません!!」

 ……だってそうだろ?

 戦場には様々な要素が付きまとう。
 そして、戦闘においてもそれは同様──!

 常に、最後まで何が起こるか分からない!

 膂力で勝り、
 ステータス全てを上回っていても!!
 それが、武器の性能差でひっくり返ることもあるのだ。

《カッ、もう終わりよ!!》

 勝利を確信したオーガチーフが高笑いする。

《死ねぇぇえい、勇者ぁぁぁぁああ! あの女はワシが弄んでから引き裂いてくれるわッッ》

 グハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!

 オーガチーフが笑い、その声に猛が幾度目となる死の危機を感じる。

 ……感じるも。

 猛の目は、絶望には浸っていなかった。
 いや、その目はむしろ──────……?

「…………ははっ。笑ったな? 戦場で女のことを言う様な軟弱者は、真っ先に死ぬんだろ───?」

 ニヤリと笑う猛。

 折れた剣は捨て、
 残った鞘も、もうもたない───……。

 だけど、

「バンッ…………!」

 片手で鉄砲を撃つ真似をしてみせる猛。

《カッ! 窮したか? そんなもので驚くとでも思ったか!! 愚か者ッ》

「───やっちゃえ、ナナミ」

《ナナミだぁ? 女のことばかりよの、貴様はぁ! この軟弱者めが、グハハハハハハハハハハハハハハ─────────は?》

 は──────………………???

 ザン!!
 砂埃を纏った何かが戦場に乱入する。

「───もちろんだよ、猛ぅ!」

 ブレザーの上に防弾チョッキ。
 軍用ヘルメットにシューティンググラス。
 AKー47を腰だめに、肩にはRPGー7を片手で保持して構えた女子高生!

《…………な、何だお前? ど、どこから? そ、それに、なんだそれは───》


 そう。戦場には様々な要素が絡んでくる。


 圧倒的戦力で相手を圧していても───。
 ……完全に勝利を確信していても───。


 時には『RPG-7を背負った女子高生』が戦力差をひっくり返すこともあるのだ!

 そう、ままあることだ!

 いつの間にか戦場に乱入していたナナミ。
 そりゃ、幼馴染がRPGー7を担いでオーガチーフを射程に捕らえることだって、よくある話さ。だろ?

 ………………いや。ね~か?
 

 だけど、この際どうでもいい。

 すぅ……。
 ──────やっちまいな、ナナミ!!


「了解───猛ぅッ」


 ズ、───ジャキン!!


 茶色と緑の混成されたそれは、いかにも軍用品。
 武骨で飾り気のない筒。
 それは、ブレザーを着た可愛らしい女子高生の肩の上にあるには全くそぐわないけど───……。


 ナナミが構えると妙に様になる!!


《───なにをする気だ?! そ、そんなものでワシが……》


 そんなもの?

 ……ふふふ。
 オーガチーフさんに教えて差し上げてよ、ナナミさん。

 さん、はいッ!


 すぅ……………。


「「(アール)(ピィ)(ジィ)ぃぃぃ♪」」


 発射ッ(ファイア)!!


 バシュウウウウウウウウウウウウウン!!
《ぬぉぉぉぉおおおおおおおおおおお?!》

 銃口からはロケットモーター由来の白煙が!
 そして、後方からは反動相殺のバックブラストが真っ黒な爆炎を生む!!

 ならば?!
 そうとも! あとはもう……目標目掛けて突っ込むだけッ─────────!

「「いっけぇぇぇえ!!」」

 ほ、
《───ほぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああッッ》

 爆裂信管の作動する前。よほど安全距離にいたのだろう。

 ドスン!

 と、ロケット弾は直撃してもすぐには爆散せず、腹に突き刺さったままオーガチーフがすっ飛んでいく。

 そして、そのままお食事中のジャイアントオーガ目掛けて───……!

《ぬぉぉ?!》
《ゴルァ?》

 ドガッ──────。
 …………チュドォォォォオオオオオオン!

 と、爆散した。

 あっはっはっは!!

「たーまやーーーーーー!!」
「かーーーーぎやーーーー!」

 あははははははは♪
 わははははははは♪


 あとはお決まりの。



 すぅぅ……。
「「───汚ねぇ、花火だぜッ!!」」

 ニヤリと笑い合う二人。

 ぐ、ぐ、ぱんぱん♪ と、二人してサムズアップ。
 最後にハイタッチ!

「「いえ~い!」」

 そこに、頭部がぶっ飛んでグッチャグチャになったジャイアントオーガが斃れる。

 そのまま、下に群がるオーガを十数体巻き込んで───……。


 ズッドォォォォオオン…………ォン、ォン───。


 巻き添えで、プチッと潰れたオーガ達。
 おかげで、生き残りは数十体ほど。

 砂埃が腫れた後には、戦場に静けさが戻り───。



 しーーーーーーーーーーん……。



 あまりの爆音、
 あまりの衝撃、
 あまりの勝利───……。

 そりゃあそうだろう。
 これにはさすがにオーガ達も沈黙せざるを得なかった。

 いきなりの爆発。
 そして、突然の指揮官不在と、重戦力(ジャイアントオーガ)の粉砕。

 いくらオーガでも唖然とせずにはいられないだろう。
 ほんの数瞬まで、血の匂いを嗅ぎ───女の悲鳴を聞いて、興奮して血沸き、肉踊るまでに本能のまま沸き返っていた彼らをして沈黙するのだ。

 ナナミの一撃は、
 それほどまでに衝撃だったのだろう。

「ぐ……。な、何が起こった?」

 全裸に剥かれかけていたメイベルは、オーガの群れの中で放り捨てられていた。

 彼女はボロキレで危うい部分を隠しながら、短剣を手にヨロヨロと立ち上がる。

 だが、猛たちはメイベルには目もくれずに気の合った様子で笑い合っている。

「はは……! ナナミ、助かったよ」
「うん! 猛のピンチ……見過ごさないよ」

 あぁ、本当にありがとう───。
 お前は最高の幼馴染だよッ!

 メイベルの目の前で陽気に健闘をたたえ合う猛たち。
 避難させたはずの少女が戦場に乱入してきたのだ。メイベルの思考がフリーズしても仕方のないことだろう。

「な、ナナミ……どの?」

 「どうしてここに……?」と、その言葉をメイベルは飲みこんだ。

 なぜか、エルメスに避難させたはずのナナミがここにいるのだ。それは、何を意味するのか。
 
 だが、その驚きもさることながら、彼女が魔人(オーガチーフ)重戦力(ジャイアントオーガ)ごと叩き潰したことの方が衝撃だった。

 自らの目で見て、確認したのだ。
 間違いない!

 そう、間違いなくナナミが大魔法を使ってオーガチーフを吹き飛ばしたのだ。

 ……あまつさえ、
 最後のジャイアントオーガごとまとめて。

 それは、その目で見るまでメイベルには信じられなかっただろう。
「まさか…………」
 初めて勇者たちを保護した時に、猛が言っていたことは本当だったのだと。

 ドラゴンを倒したのは間違いなくナナミなのだと、ここで確信したメイベル。


「…………ばか、な」


 確かにナナミには魔力を感じなかった。
 それどころか、膂力ですら一般人の域を出ない普通の女の子だったはず───なのに。

 まさか。

 まさか!

「彼女も…………ゆ」
 メイベルが茫然と呟くその瞬間、
「やばッ! ナナミぃ、まだオーガがいっぱいいるぞ?!」

 今しがた戦力の半分近くを失ったオーガの部隊。
 指揮官すら失った彼らはキョロキョロと周りを見回すも、誰も指示をしないからか動き出そうとしない。

「大丈夫じゃないかな~? リーダーを倒したんだし?……あ、でも、まだステージクリアにならないね?」

「お、これ見りゃ連中びびるんじゃないかな?」

 猛は地面に転がるオーガチーフの生首を拾い上げた。

 それは硝煙漂うズタボロの首。
 半分近く潰れており、残った面影も実に恨めし気だ。

「猛。これ」

 ん?

「刀もあるよ~?」

 ナナミがヒョイっと拾い上げた曲刀を猛に手渡す。
 彼女が渡してくれたのはオーガチーフが使っていたオリハルコンの曲刀だ。

 それは鈍い金色をしており、いかにも業物と言った感じだ。

「お! これがオリハルコンの刀か! スゲー……かっこいいな!」
「わ! 猛ぅ、似合う似合う♪」

 パチパチと手を叩いて猛を褒めるナナミ。

 もともとオーガチーフが使っていただけに人間が使うとまるで大剣のようにも見えた。

「へへ。大剣かー! こりゃ勇者っぽくていいな!」
 しかも、オリハルコン製。

 猛はそれを軽々と使いこなし、手に馴染ませるようにビュンビュンと振り回して見せた。
 勇者の力を欲した猛ゆえ、その能力が何か補正を与えているのかもしれない。

 まるで昔からの相棒のように曲刀が手に馴染んでいく。

「重いけど……断然こっちの方がしっくりくるぜ」
「えへへ。お侍さんみたいだよ」

 ニッコニコ顔のナナミ。
 猛はそれを照れくさそうに見返しながら、彼女の頭を軽く撫でる。

「ありがとう……助かったよ」
「えへへ。いつでもそばにいるよ!」

 二人だけの空間を作り出した猛たちだが、オーガどもがそう簡単に諦めるはずもない。
《ごるるる!?》
《ごるぁ?!》
 指揮官を失って統率こそ失ったものの、それはすなわち元の野蛮なモンスターとして解き放たれるだけのこと。

 肉があって、
 女がいれば喰らわずにはおられない。

 ふしゅー
 ふしゅー

《ごるるるる……》
《ぐぉぉおお……!》
《ごあぉああああ!!》

「お? なんだ、やる気みたいだな?」
「ありゃ? モラルブレイクを起こすかと思ったんだけどー?」

 猛もナナミも首を傾げているが、全く危機感を感じていない。

 だって、
 勇者がオリハルコンの剣を手にして、
 隣には最強の幼馴染がいるんだぜ?

 いったい何に危機感を感じるってんだか?

「じゃ、俺もナナミにいいとこみせないとな」
「猛はそのままでいいよー?」

 そういうわけにはいかない。

 さすがに最初から最後までナナミに頼りっぱなしではカッコ悪いし……。

 だから、たまにはいいとこ見せないとな!

 すぅ……。
「───テメェらのボスは仕留めた! 死にたい奴からかかってこぉい!!」

 ドンッッ!!

 オーガチーフの見せた「縮地」を模倣するが如く、猛が一機にオーガの集団につっかける。

 そして、両手に持った曲刀を振りかぶるとぉぉぉおお…………───!

「うらぁぁああ!!」

 ズバンっ!!!!

 一閃ッ!
 一閃である!!

 猛も予想しない程の威力の衝撃波が迸り、
 その凄まじい威力がオリハルコンの強度を助けにオーガの集団を切り裂いた。

《《ゴァァア?!》》

 数体のオーガ達があっという間に半身を断ち切られボトボトと崩れ落ちる。
 その威力たるや……!

「ひぇぇぇ……」

 ぶっ放した猛自身腰が抜けんばかりに驚く。
 武器が違うだけでこうも差が出るとは───……。

「た、猛、すごぉい……!」
「これが……勇者の力?! す、凄まじい」

 ナナミとメイベルが猛の力を惜しみなく称賛する。

「び、ビックリしたー……なんかスキルっぽいのでたぞ?」
 猛はジッと手元の剣を見つめる。

 ただ一発ブチかましてやろうと思っただけなのに予想外の威力。

 でも、
 これでビビッて逃げてくれれば───。

「猛。油断しちゃだめだよ?……まだ終わりじゃないっぽい」

 ニヒッと口角をあげるナナミ。

 彼女の目の前にはオーガの残余がまだ数十体ほど。
 数では圧倒的に不利だ。

 猛側の戦力は、

 勇者×1
 武装JK×1
 半裸騎士隊長×1

 対してオーガは約5~60体ほど。

「お、おう……結構いるな」
「二個小隊ってとこだね」

 不敵に微笑むナナミは猛に背を預けてくれた。

「メイベルさんは避難してください。絶対にナナミの正面には立たないように───」
「わ、わかった───」

 素直に頷くメイベル。

 既に自分が戦力外であると理解しているのだろう。
 変にプライドをこじらせて邪魔をしないだけでも、的確な判断ができる女性らしい。

「さて、」
「私こっちね」

 了~解ッ。

 そうして、二人して半分ずつに分けたオーガを睨む。

「ナナミ」
「猛ぅ」

 ニッとお互い笑みを躱すと、コツンと軽く拳を肩越しにぶつける。

「背中、任せるぜ」
「おっまかせ~♪」

 ニヒッ。

 悪戯っぽく笑うナナミ。
 彼女の手にはAK-47(カラシニコフ)
 ありとあらゆる戦場で活躍し、地球でもっとも生産された銃───。

 その信頼性は異世界においても揺ぎ無い!

「いくぞ!」
「いくよ♪」

 猛はオリハルコンの刀を正眼に構えると息を落ち着け「ふー……っ」と軽く吐き出す。

 そして、カッ! と目を見開くと、

「かかってこいやぁぁぁあああ!!」
「かかってこーい♪」

 そして、始まる二人の快進撃!!


《《《ゴルァァァァアアアアアアア!》》》


 対して、オーガ達が怒りの咆哮をあげた!

「さーて、いっちょうやりますか♪」
 クグッと腕をほぐして伸びをするナナミ。
 おかげで中々に大きい胸が防弾チョッキの下からでも強調される。
 だが、それを見てくれる猛は背中合わせ、アピールできなくて残念。

「なーんてね」

 さて、
 ナナミの目標は正面戦力の殲滅だ。

 敵はオーガ一個小隊規模の近接戦闘兵。

 オーガという兵士の見た目は大きな汚い肌のオジサンで、数はいっぱい。

 猛いわく、アイツらは食人鬼(オーガ)という化け物なんだとか。

「……ニヒヒ。ようやく動く相手にカラシニコフを叩きつけられるねッ」

 熱中したスマホゲームを思い出す。

 みんなでワイワイ楽しかったな~。
 猛は一緒にやってくれなかったけど……。

 しょぼーん。

「猛ぅ。こっちは約30体。一個小隊だよ」
「こっちも同じくらいだ───倒せるか?」

 ろんのもち。

「ニヒヒ。7.62mmはありとあらゆる理不尽を打ち砕くんだよ?」
「ははは。7.62mmで敵の(アギト)を食い破れって?」

 うんうん。猛のそーゆーとこ好き。

「じゃ、」
「おう、」

 始めるぞ!!

《《《ゴルァァァアアアアアア!!》》》

 二人が正面きって戦う意思をみせれば、オーガとて対抗する。
 猛とナナミの気合なんて一瞬で吹き飛ばす程の声量で咆哮し、戦意を挫こうとする。
 さっきまではリーダーに統率されていたオーガも今はその制御を放たれ本能のまま生きる一個の獣だ。

 だが、
「弱い犬ほど、」
「よく吠えるんだよ♪」



 だが、それしきの咆哮で怯える猛とナナミではない!

「うぉぉぉおお!!」

 背中あわせの猛が猛然とオーガの集団に突っ込んでいく気配を感じながら、ナナミも不敵に笑いAK(カラシニコフ)を片手で保持しつつポッケに手を突っ込む。

 まずはご挨拶───。

 さっそく、害獣駆除の開始と行きましょうかッ。

 ───獣は駆除しないと!

「こーゆー風にねッ」

 シュっと抜き出した手にはまーるい塊がひとつ。

「ニヒヒ! 取り出したるは漆黒の塊──これなーんだ?」

 そう。
 ナナミがスカートのポケットから取り出したのは、『SHOP』で購入した漆黒の塊。

 ロシア製「RGD-5」手榴弾だ!

 そこにつけられた安全ピンを口に加えると───……。

 ピィン♪
 軽い音を立ててピンがスルリと抜ける。

 そして、レバーを握ったまま、振りかぶるナナミ。

 えーーーい!

「しゅりゅーーーーーだんッ♪」

 大きく振りかぶってぇぇぇ……───投擲(フラグアゥ)ッ!

 空中でクルクルと回った手榴弾。
 その途中で、パィィン♪ とレバー跳ね上がってハンマーが開放されると信管に着火。
 ポンッ!
 と軽い音を立てて白煙が噴き出した。


 そして──────……。


 ポト。

《ごるぁ?》
《ごぁぁあ!?》

 距離よし、
 方向よし、
 全部よし!!

 手榴弾は、突っ込んできたオーガの集団のど真ん中に見事にボッスン! と──……。

《《ごるぅ──────》》


 ───バァァァァアアアン!!


《《ゴガァァァアアアアア?!》》

「いぇあ♪」

 人知れずガッツポーズを決めたナナミ。

 オーガども目掛けて、TNT110gが遺憾なく威力を発揮!
 ロシア製手榴弾は外殻を含めて300個近い破片を撒き散らし、オーガの集団を薙ぎ倒した。

《ゴガァァァアア……!》
《ゴァァァアア───!》

 バタバタと倒れる個体に、軽く浮き上がって四肢が捥がれる個体とそれはもう様々。

 だけど、
「───わ?! すっごい……直撃したのに動いてるよー」

 ナナミの眼前では信じられない光景。

 全てとはいかないまでも、集団のど真ん中に落ちた手榴弾は、大量のオーガに直撃ないし、至近弾となっての四肢を捥ぎ取り、そしてその命をも奪うはずだったのだが……。

《《ごるるるるぅ…………》》

 十体ほどがヨロヨロと起き上がる。

 動けなくなった奴もいるようだが、即死した個体はほとんどいないようだ。

 しかし、さすがのオーガも手榴弾には度肝を抜かれたらしく、無傷の個体も及び腰。

「あー。デカいからタフなんだね~?」

 だ、け、ど───。

「───手榴弾は小手調べ。ニヒヒ。……戦場ではビビったら負けなんだよ?」

 だよ?
 
 じゃぁ、
 ナナミ……──────突撃しま~す!!

「たりゃぁぁぁあああああ!!」

 ダダダッ! と勢いをつけて走り込み、必中の距離まで接近すると、
「セーフティ解除───……闇夜に雪が降るが如く、」

 ストックに頬付けし、
 脇は締めて衝撃を吸収。

 照準をあわせて──────。
 撃つべしッ!!!───バァァン!! 

 強烈なマズルフラッシュが視界を焼き、7.62mm弾を発射した反動がナナミの華奢な体に降りかかるも、彼女は美しい射撃姿勢で完全に受け止める。

 単発で発射された7.62mm弾がオーガの一体に命中!

《ゴァア!?》

 腹の肉を抉り取り、どす黒い血を撒き散らす。

「集団戦だよ! 盛大に叫んでくれなくっちゃあ!」

 バァァン、バァァン!!

 ダブルタップでオーガの集団目掛けて、撃つわ撃つわ!

 AK-47の7.62mmは反動がつよく、銃口がブレる。
 しかも曲床銃床のため、反動がもろに肩に来るため連続射撃には向いていない。

《ゴアァァァァアア、ガァァァァアアア!》

 だが、ナナミの腕は確かで次々にオーガに命中。奴らが恐ろしい叫び声をあげて転げまわっていた。

「フルオートなんて飾りなんだよ!」

 だけど、これだけ数が多くて的がデカいなら、

「どこに撃っても当たるかなぁぁぁあ!!」

 バババババババババババババババッッ!!

 すでに戦意を失い始めていたオーガ達。
 だが、ナナミは容赦しない───猛を傷つけようとした獣に情けなどいらない。

《《《グギャァァァアアアアア》》》

 無理にヘッドショットを狙わずに確実に当たる場所目掛けて、ナナミは腰だめでフルオート射撃!

 小さな体が反動でひっくり返りそうになりながらも、射撃姿勢を維持してバリバリと撃ちまくる。

 そして、あっという間に30連発弾倉を打ち尽くすと、

「リロード!!」

 空になった弾倉を放り捨て、流れるような動作で防弾チョッキの弾倉入れから予備のマガジンを引き抜き再装填。
 カコッ───カシャ!!

「そして、撃つべし撃つべし、撃つべしぃぃぃいい!」

 バァン、
 バババババババババババババッ!!

 腰だめに構えての連続射撃!
 そして、オーガの集団を圧倒していくナナミ。

 接近し、射撃!

 バババババババババババッ!!

 接近し、射撃!!

 バンッ、バンバンバンバン!!

「リロード!」
《ゴルァァアア!!》

 ナナミが弾倉を交換する僅かな隙───。
 ザワリとした寒気に襲われて反射的に振り返る。

 そして……、

「ナナミ?! に、逃げろぉ!」

 ナナミが気づくよりも先に猛が気付いてくれた!
 だけど、それでも遅いッ!!

 振り返った瞬間、そいつが起き上がった。
 手榴弾でぶっ飛ばされた満身創痍のオーガが起き上がった!
 
 そうとも、奴は死んだふりをしていた。

 激痛に耐えながら、小癪な人間に一泡吹かせてやると、この瞬間を狙っていた!

 そうとも、戦意は上々!!

《ゴルァァァァァァアアアア!!》

 ナナミの接近を虎視眈々と狙っていたそいつが腕を───……!

「やめろぉぉぉぉおおおお!!」

 猛は猛で善戦中。
 曲刀を振り回しオーガを圧倒しているが如何せん数が多い!
「くそ!!」
 ナナミを援護できぬまま必死で数を減らしていたのだが、ナナミが不用意に接近したその隙を狙っている奴がいた事に気付けなかった。
 気付いたときにはもう、遅い!!

《グルァァァアアアアアアアアア!!》

 ナ、

 ナ、

 ミぃぃぃいい!!!

 そいつは精強だった。
 手榴弾でぶっ飛ばされても死なず。(はらわた)がはみ出ているのに呻き声一つ上げず。

 まさに死に体のオーガだ。

 だが、激痛の中も戦意は失せておらず、そうしてまんまと接近してきたナナミを握りつぶしてやるとばかり───!!

 ついに、ナナミを握りつぶせる必中距離で奴は雄たけびを上げた!

 勝った!
 勝ったのだ───! と。

 その瞬間、猛の視界がドロリと濁る。
 ナナミの最期が訪れようとしたことを察して、猛の視界はスローな世界に代わっていく。

 弾切れになったナナミ。

 そして、その瞬間を待っていたとでも言わんばかりに必殺の距離でナナミに襲い掛かるオーガ。

 まるで非現実的な光景……。

 猛の……。
 猛の大事な大事な幼馴染が……オーガに────握りつぶされるその瞬間…………。


 や、

 やめろぉぉぉおおおおおおおおおお!!


 な、ナナミが………………死ぬ?


 な、な、な──ナナミいぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!
「ん~? 猛ぅ、リロード中のサイドアーム使用は基本だよぉ?」
「へ?」

 ニッコリ笑ったナナミが、なんでもないように猛に振り返る。
 別れの笑顔にしては実にいつも通り───。

 その手に握られた武骨な───……。


 パンパンパンパンパンパンパンパンッ!


「え?」
《ゴルァ……?》

 何が起こったのか猛もオーガも理解できなかった。
 ただ、ナナミだけは全くいつも通り。
 まるで化粧道具でも触れるかのように、手慣れた様子でホルスターから引き抜いた拳銃を全弾発射。

 至近距離でぶっ放されたのは、トカレフTT33───自動拳銃。

 その、武骨すぎるフォルムから7.62mmトカレフ(拳銃)弾が発射され、オーガの頭部を穴だらけにしていた。

「……私は死なないよ。猛───」

 フゥと、トカレフの銃口から立ち上る硝煙を吐息で拭き散らかすと、

「───だけど、レディ相手に不意打ちは感心しないねぇ。えいッ」

 バァン!
《ゴァ……───!》

 きっちりとトドメのAKを頭部にぶち込むと、ナナミはついに数体となったオーガに向き直ると獰猛な笑みを浮かべる。

「さぁ! 続き。きっちりみっちり、トドメだよぉ♪」

 ニヒヒヒ、と可愛く狂暴に笑う女子高生についにオーガが屈する。
 ガクリと膝をつき首を垂れる。
 あるオーガは尻もちをついて、みっともなくズルズルと後退り。

 そして、全てのオーガが最後の最期で命乞い。
 いやいや、と首を振って懇願するオーガ。

 情けなくも、みっともなくとも、殺さないで───と……。

「あれ~? さっきの威勢はどうしたのかな? ん?」

 彼らの心情はいかほどか。
 確かに何十と数を誇り、さっきまでちっぽけな人間など圧倒していたはずだ。

 精強な騎士団だってあっという間に平らげて見せた。
 そうとも。ジャイアントオーガがいなくとも圧勝だったはずだ。

 なのに……。
 なのに…………。

 なのに──────!

 たった一人に勝てない?

「どーしたのかなぁ? ジュネーブ条約では抵抗の意志を意思のない兵士は殺しちゃいけないけど、」

 ニッコリ笑ったナナミ。

 ……何だコイツは?
 ……何だこの人間は?
 ……何だこれは──────?

「───君たちは条約批准国じゃないよね~?」

 何なんだ、この圧倒的火力を誇る(カラシニコフを構えた)少女(JK)は───!!

 ニヒヒヒヒヒ。

《《ご、ゴァァァアアアアアア?!》》

「ありゃ? 命乞い?………………今さら遅いねぇ。まずはカラシニコフにお伺い立てて見なよ」

《ゴァァアアア!! ゴァァア!!》
《ゴルァァァア!! ゴォオオオ!》

「何言ってるのかわっかんないよ~」

 バババババババババババババババババババババババババババババババババババババッ!

「………………7.62mmは慈悲深いでしょ? ニヒッ」

 ヴィ()

 ナナミさんのとってもいい笑顔。
 容赦なく最後の一体まで7.62mm弾をぶち込むと、「ふぅ」と額の汗を拭う。

 そして、
「おらぁぁぁああああああああ!!」

 猛の方でも戦闘は終盤に差し掛かりつつあった。

 気合と同時に、オリハルコンの刀から放たれるのは地を這うような衝撃波!
 それが大地に下草を刈り取りながら迸り───オーガ数体の足を刈り取る。
《《グルァァアアア?!》》
「トドメぇぇぇえ!」
 叫び声をあげながら倒れ伏したオーガに走り寄る猛。

 一体ずつトドメを刺していき───。

「猛ぅ。こっち終わったよ~」
「ふんッ!! ラストだぁぁぁあ!……────って、」

 ───おっふ!
 ……も、もう倒したの??

(ナナミさん、っぱねッス……)

 猛がようやく最後の一体を仕留めた瞬間。ナナミがおっとりとした声で戦果報告。
 僅かな差でナナミの方が先に殲滅したらしい。

 そのことに気付いて、二人していい笑顔。

「一個小隊殲滅したよ!」
「お、おう」

 ナナミのVサインに、サムズアップで答える猛。

 猛自身も大活躍し、あっという間にオーガを薙ぎ払って行ったというのに、ナナミの射撃音のインパクトが強すぎて、彼の戦いが地味に見えるのだから逆にすごい……。
 メイベルは茫然と見ていた。
 二人の戦いを、なにもせず。

 なにもできずに、ただまんじりと……。

「な、なにが起こっているんだ……。何をしているんだ?!」

 突如、この世界に現れた二人の男女。
 一人はあどけなさの残る少年で、もう一人は線の細い少女だった。

 どこにでもいる平々凡々な少年少女。
 だが、違った。

 少年は伝説の勇者を彷彿させる強さを見せて、強大なドラゴンにたった一人で打ち勝って見せた。
 そして、今もなお、魔物の群れを殲滅している───。


 それはまさしく勇者。
 彼の地より舞いおり、魔王を滅ぼす人類最強の戦士……勇者!

 それがこの少年「タケル」なのだろう。

 だが、
 だが、それだけではない。

 それだけなものか!


 どうやら少年の想い人らしき、あの少女もまた強き少女であった。
 それはいっそ勇者の如く……。いや、時に勇者をも凌ぐ強さを見せる少女。

 手にもつ魔杖を振りかざし、ドラゴンですら尻尾をまくほどの火炎魔法。
 そして、オーガを滅する破裂魔法。

 まるで伝説の大賢者だ……!!

 大地を焼き、
 竜を屠る魔法を使う大賢者……。



 勇者伝説に少しだけページを割かれている伝説の大賢者がここにいた。



「な、なんてことだ……。まさか、勇者に続いて、賢者までもが……!」


 ボーーーーーーーーーン!!

「ひゃあ!」

 突如巻き起こった爆発。
 どうやら、大賢者の少女が爆裂魔法を使ったらしい、その直撃を受けたオーガが木の葉のように舞っている。

 しかし、まだまだ健在なオーガは多数。
 少女などあっと言う間に暴力に飲み込まれるに見えたが、何と言う事だろう……!!


 パンパンパンパンパンパン!! と、魔杖を振り回しあっと言う間に殲滅せしめてしまった。
 そして、最後に残ったオーガの命越えにも耳を貸さず、冷徹かつ冷静にトドメを……。


「つ、強い───」


 保護対象だなんて、とんでもない。
 あれだけの強さ……。
 集団殲滅力───局所的には勇者よりも上かもしれない……!!


 この力……!
 なんとしてでも──────。


 メイベルがナナミの力をその目に焼き付けんとするウチに、あっという間に戦闘は終わり、オーガ達は殲滅されつくしてしまった……。