彼氏と同じフラットに住むって要するに同棲では、と思うけどリリーに言わせると同棲ではないとのこと。

 それというのも、二人の他にフランス人の男性とハンガリー人の女性も同居しているから。そのハンガリー人女性が里帰りして不在になったため、その部屋を今わたしが借りている。

「サーヤ、こっち来て、こっち。ここのカフェを予約してあるんだ」

 リリーがぴょこぴょこ手を動かす。
 この街は目抜き通りにお店が立ち並び、先ほど見学をしていたバイブリーよりもにぎやかだ。お昼時ということもあってか、ハイストリートには多くの観光客が行き交っている。

「すごい。至れり尽くせりだ」
「うふふ。サーヤが来るから張り切っちゃった。やっぱりイギリスのいいところ見てほしいしね」

 リリーに追いついて、扉をくぐったのはカフェというかティールームといった面持ちの、どこかおばあちゃんの住居のような温かさにあふれた店。板張りの床に暖炉の上の飾り棚には沢山の小物や花が飾られていて、テーブルクロスは各テーブルごとで少しずつ柄が変えられている。

 わたしは店内を見渡してほうっと息を吐いた。まさに童話の中の世界に迷い込んだようで、あまり持ち合わせいないはずの乙女心がくすぐられてしまう。

「オーストリアのカフェもかっこよくていいけれど、イギリスのティールームも可愛くていいでしょ」
「うん。めっちゃ可愛い!」
「ここはね、食事も外れが無いから安心して注文してね」

 リリーの台詞にわたしは苦笑を漏らす。
 イギリスご飯に対するイメージを思い出してしまったからだ。そういえばダニエルも一緒だったんだ、と思い出したわたしは慌ててきりりとした顔を作った。

 リリーは先ほどから日本語を使っている。ダニエルの手前申し訳ないのだけれど、全編英語での会話にはついていけそうもない。
 スペインでオリヴィアやエミールと一緒に刊行した時も早口の会話にはついていけなかった。

 予約席に案内されたわたしたちは席に着いて、メニュー表をめくった。
 英語に苦戦しているとリリーが話しかけてくる。

「ここはスコーンも人気で、とっても評判がいいんだよ」
「そうなの?」

 確かにメニューをめくっていくと、後ろのページにクリームティーの文字を見つけた。ハイティー又はアフタヌーンティーと違いクリームティーとは紅茶とスコーンのセットだ。スコーンにはもちろんクロテッドクリームとジャムが付く。

 スコーンの他にもいくつかケーキの名前が書いてある。
 キャロットケーキやレモンケーキ、ジンジャーケーキ、それからヴィクトリアケーキってどんなケーキだろう。

 どれも美味しそうだ。駿人さんならこの中からどれを選ぶだろう。
 うっかり彼のことを思い浮かべてしまいわたしは慌てて頭の中から追い払う。

「スコーンは持ち帰りもできるみたいだし、たぶんケーキもできると思うよ。あ、デザートに頼んでシェアする?」
「いいね。そうしよ」

 リリーの素敵な提案にすぐに乗る。同性同士のカフェタイムも楽しいから好きだ。
 二人でシェアをすれば多くの味を楽しめる。そういえば駿人さんとも旅行中は料理のシェアをたくさんしたっけ。ああ、また思い出してしまった。

 わたしは駿人さんの影を頭の中でくるくるっとまとめてぽいっと隅の方へ追い払う。
 油断するとすぐに彼が頭の真ん中にやってくるから困りものだ。

 だいたいあの人、最後はわたしに何も言わなかった。ドイツに到着した時の食い気味の婚約続行宣言はいったい何だったのか。
 あまりににもあっさりとしたお別れだったから拍子抜けしたくらいだ。

 三週間も一緒にいたのに、気を付けて行って来いよ。上条さんがガドウィックまで迎えに来てくれているんだろ。じゃあまあ多少は安心だけど。あんまり一人でふらふらと出歩くなよ。ロンドンは大都市なんだから、とかなんとか。最後はやっぱりどこかの保護者かあんたは、っていうくらいの過保護ぶりだった。

「サーヤ」
「へっ?」
「んもう。サーヤったら。オーダー決めた? あと、ケーキ何にする?」
「あ、そうだね。」

 リリーの呼び声に遅れて反応したわたしは慌ててメニューとのにらめっこを再開した。
 せっかくリリーがコッヅウォルズ観光に連れてきてくれたというのに、どうして駿人さんのことを思い出してしまうのか。

「まあねぇ。サーヤがぼんやりする気持ちもわかるよ~」

 リリーはニマニマしながらわたしの顔を覗き込む。完全にからかう顔だ。

「金曜日までずぅぅっと一緒だったんだもんね。ハ・ヤ・トさんと。そりゃぁ寂しいよね。恋しいよね」
「だから、そういうのじゃないから!」

 ここで強く否定をしておかないとこのネタでこのあと一週間はいじられるからこっちも必死だ。