わたしの親も大概だ。どうして本人の意思を丸無視して外野が盛り上がるのか。

『お母さんからも、もう一度お礼を言わなくちゃいけないわね。あ、そうだわ。今度、駿人くんになにか差し入れでも送ろうかしら。たしか昔から大福が好きなのって蓮見さんの奥さんから聞いたことがあったわねえ』

 ねえ、ドイツに大福って送れるのかしら、と呑気な質問を受けたので「知らないよ」と答えた。

「とにかく、わたしは日本に戻ってもアパートは解約しないし。ていうか普通に転職活動するし」

『変な意地張っていると駿人くんを違う女の人に盗られちゃうわよ。だいたい沙綾ちゃん昔は駿人くんのこと大好きだったじゃない。ほら、中等部の制服が出来上がってきたときも、駿人くんに見せたいなんてわくわくした声出しちゃって』

「ぎゃぁぁぁっぅ!」
『もう。さっきからうるさいわねぇ』

「お、お母さんが変なこと言い出すからでしょう! と、とにかく、わたしと駿……蓮見さんとはほんっとうにこれっぽっちも何にもないから。そろそろ切るからね!」

『あ、ちょっと。あなた元気にしているのならいいけれど。お野菜もちゃんと食べるのよ。あと、遅い時間まで出歩かないように。駿人くんの言うことをちゃんと聞いて行動するのよ』

 母特有の注意事項を延々垂れ流しそうな気配を察したわたしは通話を終了した。
 そのままベッドにダイブして悶絶。

 お母さんのせいで余計なことまで思い出してしまった。身内は厄介すぎる。わたしの黒歴史を簡単に掘り起こしてしまうのだから。

 確かに……駿人さんはわたしの初恋だ。
 いや、違う。初恋ではない。断じて違う。ちょっといいなあと思っていたくらい。

 小学校から女子校に通っていたせいもあって、なんていうか、身近に憧れる対象がいなかった。それで五歳年上のお兄さんが現れたらちょっと浮かれてしまうのも道理というもので。

だからあれはアイドルのような……いや、そういうのではなくてちょっと近くにいる頼りになるお兄さん的存在。

 断じて初恋ではない。
 だいたい、あの男、わたしがせっかく中等部の真新しい制服姿を見せに行ったのに「ふうん」としか言わなかったし。

 今思い出しても腹立つ……。ちょっとは、感想くらい言ってくれてもいいじゃない。

 小学生から中学生への進学はとても大きな変化だった。ランドセルから学生カバンに代わるし、制服も校舎も違う。
 ずっと憧れていたお姉さんの証でもある中等部の制服にそでを通して、それから駿人さんに認めてもらいたくなった。

 当時の彼は高校生で、わたしと顔を合わせてもあんまりおしゃべりをしてくれなくなっていた。まあ、わたし自身も自分が子どもだと自覚していたから何を話していいのか分からなくなっていたというのもあるけれど。

 だから、あの日は浮足立っていた。大人に一歩近づいて、それは駿人さんにも近づけるということでもあって。

 なのに、真新しい制服姿のわたしを見ても彼は何の反応もしてくれなくて。
 結果、駿人さんのお母さんの方が必死になってフォローをしてくれた。
 今思い出してもしょっぱすぎるエピソードだ。
 ああもう。今こんなことを思い出してどうしろというの。

 * * *

 ウィーン初日の晩餐は全会一致でヴィーナーシュニッツェルに決まった。
 市内中心部に立地する、ウィーン風カツレツの有名店は、年代物の木のテーブルとどこかレトロで歴史を感じさせる内装で、否が応でも期待が高まった。
早い時間に訪れたため、予約なしでもなんとか席を確保することができた。

「うわ。大きい……。これ、一人で食べられるかな」

 給仕されたヴィーナーシュニッツェルは皿からはみ出るほどの大きさ。薄く伸ばした肉を細かいパン粉でまぶしてきつね色にこんがりと揚げた一品だけれど、想像以上のボリュームでもあった。

「薄いし大丈夫だろ」

 一人一皿、大人の顔よりも大きそうなヴィーナーシュニッツェルを前にそんああっさりと。
 一緒に頼んだスープもサラダもボリューム満点だ。

「おいしいっ。レモンだけでいけるかな、って思ったけど案外下味付いてるね。さっぱりしてておいしい」
「ウィーンに来たって気がする。あと肉食べてるって気も」

 下味が付いているため、レモンをかけただけでも十分に美味しいし、あっさりとしている。

 きゅっきゅっと噛みしめると肉汁が口の中に広がって頬が緩んでしまう。さすがに肉ばかりだと飽きるので間にサラダを挟んで口休め。サラダは酸味の聞いたドレッシングのおかげでさっぱりしている。

「こうして伝統料理ばかり食べていると、オーストリアを満喫してるって実感する」