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「……あかん、見失ってもうたわ」

 アッシュはシアンを追う道中で途方(とほう)に暮れていた。仕方なく、アイリス伯から預かったクリスタルを懐から取り出し様子を見る。

「シアンくんが術を使うてくれんと反応せんっちゅうんは、便利なようで不便なもんやなぁ……。せっかく、あの子のオド操って動けんようにしとんのに、いったいどこ行ったんや……。」
 アッシュは荷物袋から地図を取り出した。
「この辺になんぞ村でもあるんか? せやけど地図にはないしなぁ」
 アッシュは再びクリスタルを手に取ってそれを(かか)げた。
「しゃあないな、あんまやりたないけど、見失うよりマシやろ」

 アッシュがクリスタルに念じると、クリスタルはグリーンの濃淡(のうたん)の光を放ちはじめた。

「……悪く思わんといてや、シアンくん。甥っ子の教育や」

──
 
 ふと、マゼンタはバン爺の足を見た。
「……ところで、なんで裸足なの?」
 いつの間にか、バン爺は靴を脱いでいた。
「ん? ああ、ちょいとここの土地神と話をしとるんじゃよ」
「土地神と?」
「そうじゃ、ワシゃあ新しい土地に来たら──」

「う、う、うああああああ!」

 突然シアンの容態(ようだい)が変化した。シアンは口を大きく開け白目をむき、体を異常なまでに緊張させ弓なりに反らしている。病気とは思えなかった。まるで、体を外からの大きな力によって()じられているかのようだった。

「な、なんじゃ!?」
「シアンくん!?」
「が、が、があああああああ!」

 シアンは陸に引き上げられた魚のように、体を打ちつけて跳ねまわる。

「ちょ、バン爺、何が起きてるのさっ!?」
「ワ、ワシにもいったい……。」

 バン爺はシアンの腕を取り、脈と、そして体内のオドの流れを調べる。

「な、なんじゃあ!?」
「どうしたのっ!?」
「ありえん、こ、これは……。人間の持てるオドをはるかに……。」
「医者を呼んだ方が良いの!?」
「医者……いや、医者などでは……。」

 シアンはさらに激しく痙攣(けいれん)し始める。

「ねぇ、何とかしてよ、シアンくん死んじゃうよ……。」
 マゼンタは両手で口を押えて涙を流し始めた。

「……ど、どういうことじゃ?」
 ふたりはシアンの次の変化に気づき始めた。
「ねぇ、シアンくんの体、大きくなってない……?」

 最初は尋常(じんじょう)ではない様子で暴れまわっている(ゆえ)錯覚(さっかく)だと思っていたが、そうではないことが分かった。暴れながら、シアンの体は実際に大きくなっていた。寝床よりも小さかったはずのシアンの体が、今では手足がはみ出るくらいになっている。

 シアンの手首を握りながら、バン爺が何かを予見(よけん)した。
「……マゼンタや」
「なに!?」
「……ここから逃げるんじゃ」
「……え?」

 バン爺は立ち上がると、マゼンタの手を引いて外に走り出した。

「ちょ、ちょっと、シアンくんは……?」
「それどころじゃない!」

 バン爺たちが納屋から飛び出ると同時に、納屋の中から強烈な光が放たれた。

「な、何なの!?」

 さらに光は強くなり、光の柱が納屋の屋根を真上に吹き飛ばした。だが、屋根から伸びた光の柱は真っ直ぐ空に伸びることなく、ジグザグに空を飛び回り、そして近くの山にぶつかった。ぶつかった場所からは爆発音が聞こえた。

「何なの……これ」
 マゼンタは恐る恐る納屋に戻り、中の様子を見る。
「……シアンくん?」
 マゼンタが声をかけるが、そこにはシアンの姿はなかった。
「そんな、シアンくん、どこいっちゃったの……。」
「……おそらく、あそこじゃろうな」

 マゼンタがバン爺をふり返る。バン爺は山の方向を見ていた。

「さっきの光が、シアンくん……なの?」
「ふむ……。」

 バン爺は光が落ちた方へ歩き始めた。

「おい、さっきの音は何だ? ……うお!?」
 家から出てきたマゼンタの父が、破壊された納屋を見て驚きの声を上げる。
「な、何なんだ!? 何が起きたんだ!? おいマゼンタ説明しろ!」
「それを今から確認しに行くんだよ!」
 そう言って、マゼンタはバン爺の後を追いかけていった。

 バン爺がついてきたマゼンタに言う。
「お前さんは家で待っといた方がええぞ」
「大丈夫、やばくなったら逃げるよ。大賢者も言ってるしね、“やばくなったら逃げろ”って」

 バン爺はもう何も言う気が起きなかった。