エステルはそう言って、クリームブリュレをすくって食べ、顔を揺らし、幸せそうに微笑んだ。
◇
続いて線香を使った遅延発火殺虫剤のテストである。殺虫剤の缶を三つ束ね、それぞれに長さの違う線香をさして時間差発火で長時間煙を出し続ける。他の人が使っても効けば成功である。理屈は分からないが、俺が着火すれば誰が持っても効くに違いない。
鏡を一旦リセットして、俺たちは最初にエステルに出会った位置からダンジョンにエントリーする。
慎重に進み、広間を見たらゴブリンが五匹いた。彼らでテストをしたいと思う。
俺は長さを変えた線香に火を点け、束ねた殺虫剤の点火口にさしていく。さて、上手くいきますかどうか。
線香が順調に燃えていくのを確認し、俺はエステルに持たせた。
「煙が出てきたらゴブリンに向けてね」
「分かりました!、ドキドキしますぅ」
エステルは緊張して頬が紅潮している。俺は上手くいかなかった時のために、ハチ・アブ・マグナムZを装備してガチャッとロックを外した。
やがて最初の缶に火が入り、ボシュー! とすごい勢いで殺虫剤が噴き出してきた。さすがに十六倍の薬剤の入った業務用、煙の濃度が段違いにすごい。
「エステル! GO!」
俺の掛け声でエステルがテッテッテと駆けていく。俺は後を追った。
気が付いたゴブリンたちが、
「ギャッギャッギャ!」「グゥゴォ――――!」
と、喚きながらこっちに駆けだして……、「ギャウッ!」と断末魔の悲鳴をあげながら魔石になっていった。
「やった! 成功だ!」
「やったぁ!」
俺たちは見つめ合って喜んだ。
そのうちに殺虫剤の噴霧が止まり、次の殺虫剤に火が入った。
ボシュー!
噴き出す強烈な薬剤。
「ちょっとこれ、止められないですか?」
「あー、一度火がついたら無理だなぁ……」
「ちょっと煙いですぅ」
「困ったな、部屋に戻るか」
「あっ、ちょうど魔物が出ました!」
エステルはそう叫ぶと、殺虫剤を持って向こうの洞窟へと駆けていく。
「あっ、走っちゃダメだって!」
俺は急いで追いかける。
カチッ!
「きゃぁ!」
落とし穴が開き、エステルが落ちて行く。
「エステル――――!」
俺は真っ青になった。
3-2. ドジっ子大ピンチ
「いやぁぁぁ!」
穴をのぞくと、ホーリークッションをかけたエステルがぼうっと淡く光をまといつつ、ゆっくりと落ちながらこっちを向いて叫んでる。大変にマズい事態になった。エステル一人で行かせるわけにはいかないが、俺が飛び込んだらホーリークッションで受け止めきれるだろうか……?
「ソータ様ぁ! 来てくださいぃ!」
悲痛な叫びがあがる。
俺は逡巡したが、エステルを失う訳にはいかない。意を決して穴に飛び込んだ。
ヒュー! と風を切りながら、あっという間に加速しながら落ちて行く俺。
エステルは俺に向けてホーリークッションをかける。だが、減速はしてもすごい速度の俺はそう簡単に止まらない。あっという間にエステルを追い抜いていく。
ヤバい!
俺は必死にエステルをつかんだ。
ガシッとつかんだ先は足首。
「きゃぁ!」
エステルは一気に引っ張られ、二人してしばらく落ちていたが、やがて減速して何とか転落せずに済んだ。
「危なかったぁ……」
俺はホッと胸をなでおろす。
「ダンジョンは走っちゃダメ!」
エステルの足につかまりながら、俺は怒った。
「だって、こないだまでこんな落とし穴なかったですぅ……」
言い訳してしょぼくれるエステル。
「これからは絶対に走らないこと!」
「はぁい……」
それにしてもこの穴はどこに繋がっているのだろうか……、前回は六十階のボス部屋だったから、その辺りの階層に違いない。相当魔物は強いだろう。俺は嫌な予感がしたので、鏡で帰ることにした。
「エステル、鏡出して! 帰ろう!」
「は、はい!」
エステルは急いで背負っていた鏡を下ろすが……、
「きゃぁ!」
手を滑らせて鏡が落ちて行く。
「うわっ!」
俺は手を伸ばして一瞬つかんだが、鏡は重い。俺の手をすり抜けて、鏡は真っ逆さまに落ちて行く。
「あぁぁぁ!」「いやぁぁぁ!」
しばらくして、ガーン! という衝撃音がして鏡がフロアに激突した。
あまりの事に、俺は言葉を失った。
鏡が壊れたらもう二度と日本には戻れない。俺は目の前が真っ暗になった。
「ごめんなさいですぅ……。うっうっうっ……」
上でエステルが泣いている。
エステルがミスしたら俺の責任、そうは言ったがこれはあんまりじゃないかなぁ……。俺は何も言うことができず、ただ、うなだれていた。
やがて、フロアが見えてきたが、そこにはうじゃうじゃと魔物の影がうごめいていた。モンスターハウスだ。俺はハチ・アブ・マグナムZのロックを外し、噴射を始める。
「ギャウッ!」「グギャァ!」
次々と溶けていく魔物たち。
やがて、フロアに降りると、俺は残りの魔物たちに向けて噴射を続けた。
この時、カン! と俺の左腕の丸盾に何かが当たった。見ると、矢が転がっている。
矢で射られているのだ。
「エステル! 弓矢だ! 気をつけろ!」
そう言って辺りを見回すと、遠くで弓を引いている魔物が二匹見えた。残念ながら殺虫剤が届く距離ではない。
「きゃぁ!」
エステルが叫んで倒れた。
「エステル――――!」
見ると、矢が太ももに刺さっている。これはマズい。
俺はエステルを物陰に運び、辺りを見回した。他の魔物は倒し終わったようだった。
しかし、弓矢の魔物は相変わらず射程外から淡々と矢を射ってくる。矢はマズい。当たり所が悪ければ死んでしまう。
俺はゆっくりと深呼吸を繰り返し、
「セイッ!」
と、掛け声とともに盾を前にし、弓矢の魔物に向かって駆けだした。魔物は小人で頭の上に光るものを乗せ、可愛い顔しながら弓を巧みに使って矢を射ってくる。
俺はカン! カン! と盾で矢をはじきながら接近する。射程距離に入ると横にステップして殺虫剤を噴射し、弓の魔物に浴びせた。
「グギャッ!」「グゥゥ!」
と、悲鳴をあげ、溶けていく魔物たち。
俺は急いでエステルの方に戻る。エステルは太ももを抑えながら脂汗を流し、泣いている。
「うっうっうっ……、ソータ様ぁ……」
「大丈夫だからね」
そう言って俺は矢の刺さっている所の服を裂いた。すると、真っ白な美しい太ももに矢がブッスリと刺さり、刺さったところは赤黒く変色していた。
俺はあまりにも生々しい惨状に思わず気が遠くなり、目をつぶった。こんなのどうしたらいいのか?
俺は混乱して動けなくなり、手が震えた。
3-3. 立ち昇る死の香り
「ソータ様ぁ……」
エステルは荒い息をしながら痛みに耐えつつ俺に訴える。
矢は抜かねばならないが、矢じりが残ってはマズい。つまり、切り裂いて取り除かねばならない……、が、切るの? 俺が?
俺は思わずクラクラした。
しかし、これは一刻を争う。俺は落ちて転がっている鏡を拾い、段ボールケースから引き出した。
木製の枠の左上の角は粉砕され、枠も外れかけていたが鏡面は無事だった。試しに潜ってみたら俺の部屋に繋がっている。大丈夫なようだ。
俺はエステルを抱き上げると部屋のベッドに横たえた。
そして、カッターナイフを取り出すと、殺菌用のアルコールで綺麗に拭いた。太ももも俺の両手もアルコールで全部消毒する。
「見るなよ、歯を食いしばれ!」
そう言って俺は矢の食いこんでいる太ももにカッターの刃先を当てた。
「ソータ様ぁ……」
苦しそうなエステルの声が響く。
カッターがカタカタと震えている。
俺は目をつぶって大きく深呼吸を何度も繰り返し、そして、
「行くぞ!」
そう言って、ザクッと刃を押し込んだ。
「ギャ――――!」
悲痛な叫びが耳をつんざく。
「頑張れ!」
噴き出してくる真っ赤な血の中に指を入れ、矢じりを見つけ、俺は矢を引き抜いた。
「うわぁぁぁん!」
取り乱し号泣するエステル。
俺は傷口をタオルで縛り、
「矢は抜いた、ダンジョンに連れてくから治癒魔法を使え!」
そう言って鏡をリセットすると、エステルを抱き上げ、ダンジョンへと連れて行った。
苦しみながらエステルは必死に治癒魔法を唱えた。
「ヒ、ヒ、ヒール!」
エステルの身体がボウっと光り、傷口は回復しているように見えた。
俺は再度抱き上げてベッドに寝かせる。
しかし……、エステルはまだ苦しそうだ。
タオルを外して傷口を見ると、傷は縫合されていたが、赤黒い色が落ちていなかった。
毒……、かもしれない。
俺は急いで解毒のポーションをカバンから出してエステルに飲ませた。
しかし……、赤黒い色はどんどんと大きくなり、太もも全体に広がり始めた。
「えっ!? なんでだよ!」
俺はポーションを太ももにかけてみた……。
全然効果がない。
そして俺はここで大きな過ちに気が付いた。日本ではポーションは効かないのかもしれない……。
つまり、鏡の向こうで飲まさなければ効果は発揮しないのではないだろうか?
しかし、ポーションは全部使ってしまった。
「ヤバい! どうしよう!?」
俺は頭を抱えた。
今から魔道具屋に行くにはダンジョンをダッシュで抜けて駆けて……うまくやっても1時間くらいはかかりそうだ。
エステルを見ると太ももの赤黒い色はどんどんと広がり、下腹部まで変色してきている。とても1時間ももちそうにない。
詰んだ! あの、殺された盾の若者のおぞましい死体がフラッシュバックしてくる。
ど、ど、ど、どうしよう……。
俺はエステルを失いつつある現実に目の前が真っ暗になった。
「ソ、ソータ様ぁ……」
もうろうとするエステルが、うなされてうわごとのようにつぶやく。
俺はエステルの手を両手でしっかりとにぎった。
「な、なに? どうした?」
涙がポロポロと湧いてくる。
「ドジで……、ごめんなさい……」
くぅ……! 俺は涙でぐちゃぐちゃになった。
違う、ドジなのは俺だ。貴重なポーションをまぬけにも無駄にしてしまった。
ダンジョンで飲ませるだけだったのに、なぜ、気が付かなかったのか……。
「ゴメン、ゴメン! ドジは俺の方だ!」
俺は叫んだ。
俺はどうしたらいい?
彼女を失う訳にはいかない。寝食を共にし、死線をかいくぐってきた大切な仲間。今エステルに死なれたら俺はどうにかなってしまう。
ダメだ、考えろ! 考えろ!
何か手があるはずだ。
救急車を呼ぶ? いや、こんなファンタジーな毒、現代医学で対応可能かどうかも怪しい。
こんな毒を治せるのは……、そうだ! 先輩だ! 先輩ならこんな毒一瞬で治せるに違いない。何としてでも頼み込んで治してもらうしかない。
俺はスマホを取り出すと、メッセンジャーから『通話』を選んでタップした。
3-4. 一生、一緒
トゥルルル……、
俺は必死に祈った。
先輩! 出て! 頼む!
『ハーイ! ソータ!』
明るい声で先輩が出た。
「せ、先輩! お願いがあります!」
『ダメよ』
いきなり拒否られる俺。
「えっ!?」
『女神はそう簡単に願いなんて聞けないわ』
冷たい声で突き放す先輩。
「えっ! えっ! 一生のお願いです! 何でも言うこと聞きます! 彼女を助けてください!」
俺は必死に叫んだ。
『何でも?』
「何でもです!」
『絶対?』
「二言はありません!」
『じゃあ、あなた、その子と結婚しなさい』
「はぁっ!?」
俺はあまりに唐突な条件にあっけに取られた。
『できないの?』
「い、いや、そのぉ……。結婚って彼女の意志もあるわけで、私の一存では……」
『昨日夢の中で聞いたら『結婚? そうなったら嬉しいですぅ』って言ってたわよ』
「えっ? えっ?」
俺は言葉を失った。
『どうするの? するの? しないの? 切るわよ』
「ちょ、ちょっと待ってください! 彼女まだ子供ですよ?」
『何言ってんの。彼女、あなたよりずいぶん年上よ』
「はぁ!?」
俺は予想外の事態にうろたえた。見るからに十代半ばの女の子が俺より年上だなんて一体どういうことだろうか?
『どうすんの? 私忙しいのよ』
「えっ、こういうのはじっくり考えないと……」
『その程度の相手ってことね。残念だわ。じゃあ……』
「ま、待ってください! します! 結婚……、いや、プロポーズ……します……」
『……。なんだか微妙に逃げようとしてない?』
「あ、いや、ちょっと心の準備がいるので、ちょっと時間だけください」
『ふぅん……、急いだほうがいいと思うんだけどな……。分かったわ。結婚式には呼んでね』
ガチャ!
そう言って電話は切れた。
「えっ!? 先輩、せんぱーい!」
切られてしまって唖然とする俺。
「エ、エステルは?」
俺はエステルの方を見た。すると……、太ももは真っ白だった。
「や、やったぁ!」
俺は急いでその白くすべすべとした太ももをなでてみる。温かく柔らかく、傷一つなく完治していた。さすが先輩、完璧な仕事だった。
俺は思わずガッツポーズをした。
「良かったぁ……」
俺はへなへなと床にへたり込んだ。
と、ここで、約束を思い出す。
プロポーズ……、するって言っちゃった……。今さらなかったことには……できないよなぁ。
俺はボーっとエステルの顔を眺めた。
スースーと穏やかに寝るエステル。
この子と結婚? 俺が? 彼女いない歴二十一年の俺がいきなり結婚?
俺は一体どうしてこうなったのか、ひどく混乱した。
もちろん、エステルは可愛いし、失いたくない大切な人だ。しかし、こんな簡単に一生を共にする伴侶を決めていいのだろうか?
俺はジーッとエステルの可愛い顔を眺める。サラサラとした綺麗な金髪に透き通るような白い肌。ちょっと低いけど、スッと鼻筋の通った形の良い鼻。プックリとおいしそうな果実のような唇。
彼女が俺の嫁になる……。いいの? 本当に?
俺はそっと頬をなでた。
「ソータ様ぁ……」
寝言を言うエステル。俺はドキッとした。
心の底からエステルへの愛おしい想いが噴き出してきて、俺は胸がキュッとなった。
俺は目をつぶり、彼女と共に暮らす生活を思い描く。それはきっと毎日イベント盛りだくさんのにぎやかな暮らしになりそうだった。俺の隣にいつもエステルがいる……。あれ? 悪くない……かも……。
エステルがいない暮らしとどっちがいいか? 答えは明白だった。そうだよ、俺はエステルと一緒にいたい。
「一生、一緒……。うん」
俺はそう言って、彼女の頬にそっと頬ずりをする。
エステルのモチモチとした柔らかい頬が、俺の心に温かい灯りをともした。
先輩は、俺の人生をねじ曲げようとした訳じゃなかったのだ。自分の心の声に気が付かない間抜けな俺に呆れ、背中を押しただけだったのだ。さすが女神様。俺より俺の事知ってるんだ……。俺は先輩に心から感謝をした。
俺はそっとエステルの隣に潜り込み、添い寝をする。愛しい人の温もりを感じ、優しい香りに包まれながら寝入っていった。
3-5. 新たなる異世界
目が覚めるとすっかり暗くなっていた。
エステルはというと、まだぐっすりと寝ているようだ。
俺はコーヒーを入れ、飲みながらゆっくりと状況を整理する。
さて……、次は何するんだったかな……。
殺虫剤はうまく機能したから、線香の長さを調整したセットをいくつか作って、缶を束ねれば魔物の襲来に対する準備はいいだろう。
後は魔王と交渉……、そうだ、先輩に魔王の居場所を教えてもらわないと……。
俺はメッセンジャーで居場所の催促を送った。
えーとそれから……、
と、ここで、壊れた鏡が気になった。鏡は生命線だ。壊れたままにしておくわけにはいかない。
壊れた鏡の枠を見てみると、鏡の端が露出して見えている。ここが異世界への出入り口の境目……。
俺は興味が湧いてきて、鏡の端にカッターナイフの刃を当ててみる。すると、鏡面に当たってる部分は異世界へと送られ、当たってない所はそのまま前へと進み、切れてポトリと落ちた。
つまり、極めて鋭利な刃物状態になっていた。空間を裂いている訳だから理論上最強の刃物である。俺はゾッとした。
逆にこれを鏡面の内側からこじってみたらどうだろうか?
日本の空間と、異世界の空間の間にカッターの刃を立ててそのまま端に動かしてみる。ちょうど真ん中だったら刃はどっちの空間に出てくるのだろうか?
すると、刃はガッと硬い物に当たって止まってしまった。どちらかの空間に出てくるはずなのに止まっている。ここはどうもイレギュラーな匂いがする……。
俺はそのまま力を入れて刃をグリグリと動かした。すると、ベリベリっという感覚と共に刃が突き抜けた。突き抜けた先は、日本でも異世界でもなく、どこか別の空間へと突き抜けている。俺は驚いた。どうやら第三の空間に繋がってしまったのだ。
俺は丁寧にカッターの刃でこじっていき、切り口を広げていく。そしてそーっと手を入れると、どこかに手は消えた。いよいよ、面白いことになってきた。
俺はさらに切り口を大きくし、身体が入るくらいまでに広げた。これで、まっすぐ鏡に入ると異世界、斜め横へ行くと別の空間に行く鏡が出来上がった。
こんな事、先輩に知れたらまずいことになるかもしれない。
自分で見つけた新たな異世界、俺は静かに興奮していた。
◇
装備を整え、俺は新たな異世界へと入ってみることにした。
のぞき込むと……、そこは赤茶色の洞窟だった。ゆっくりと身体を通し、降り立つと、何とも気持ちの悪い雰囲気がある。これはどこかで見たような……、と、思い返すと、胃カメラだ。胃カメラの映像を見た時の雰囲気に似ている。どこかの怪物の胃の中だったりしないかちょっと不安になった。
壁面を観察すると、ゴムのような弾力があり、ところどころに切れ目が入っている。切れ目を押し広げると、向こうには別の空間が広がっていた。多くが全く何もない暗闇であったが、森や空の上のような景色に繋がっている所もあった。
どうも、イレギュラーな空間の裂け目を回収するような機能を持つところのようだ。つまり、空間管理上のゴミ箱。計画にはない空間の裂け目があると、自動的にここに繋がっているようなのだ。であれば、何か有用なところに繋がっている切れ目があるかも知れない。
しばらく次々と切れ目をのぞいていったが、何一つ面白い物は見つからなかった。そもそも多くが何もない暗闇なのだ。ちょっと押してみて暗いところのほとんどが外れと考えていいようだ。
俺は、ヘッドライトを消し、洞窟を暗闇にする。すると、明かりが漏れてくる切れ目がポツポツとあるのが分かる。
俺はそれらを一つずつ押し広げてチェックしていく。あるところはウユニ塩湖のような壮大な風景に繋がっていたし、別の所は広大な麦畑だった。さらに次々と押し広げて見ていくと衝撃の光景を見つけた。なんと、無数の魔物が整然と並んでいる巨大な倉庫に繋がったのだ。
「はぁ!?」
俺は思わず声が出てしまい、急いで口を押さえた。
3-6. 百万匹の魔物
切れ目は倉庫の上方に開いていて、全体の概要が良く見えた。
そっと様子をうかがうと、手前の所にはゴブリンらしき魔物が一メートルおきに整列していて、それが二百メートル四方くらいに及んでた。つまり、四万匹である。そして、ゴブリンたちは全員微動だにせず静止している。
隣の区画にはコボルト、その奥にはオーク、トレント……と並び、何キロも先の奥の方には巨大な魔物が並んでいるのが見える。ワイバーンより大きい物すらいそうだ。ドラゴンだろうか?
数はパッと見える範囲だけで百万匹に達しそうだった。ここは魔王の秘密倉庫? ここから街を襲撃する魔物たちを出しているのだろうか? 俺はどうしたらいいか混乱していた。
ガチャ! ギギギー!
下の方でドアの開く音がした。
俺はそっと切れ目を少し戻し、聞き耳を立てる。
「マリアン様、次の侵攻の準備はバッチリです」
しゃがれた男性の声が響く。
「ほう、いいじゃない……。あれ? ゴブリンはこんなに要らないって言わなかったっけ?」
若く張りのある女性の声だ。
「こ、これは失礼いたしました。半分に減らしておきます」
「しっかりしなさいよ! それじゃ、後は手はず通りに王都とバンドゥによろしく!」
「ははっ、かしこまりました」
「また一歩理想郷に近づくのね」
女性は感慨深そうに言う。
「楽しみでございます」
そう言って、二人ともしばらくうれしそうに笑い合っていた。
やがて出て行ったようで、ガチャン! と重厚なドアが閉められた。
きっと魔王の関係者だろう。ここに用意した魔物を王都とバンドゥに十万匹ずつ送り込むつもりらしい。俺は決定的な拠点を探し当てた興奮で心臓が高鳴り、思わずガッツポーズをした。スマホで証拠写真も撮っておく。