放課後僕はまた霞を家に連れてきた。
「なんか前来た時より家具減ってない?」
少しだけ前借りたもうひとつの部屋に家具を移した。主に仕事道具を。
「あ、うん。ちょっと整理整頓して」
彼女は床に座るなり「そういえばさ」と話を切り出した。
「なんで一人暮らししてるの?親は?」
僕は彼女には僕の過去は話すつもりはサラサラなかった。あいつ…小泉明菜に話してしまったのは『同じ匂い』というのが原因なのだろうか。
「親は…分からない」
そう答えた。別に嘘はついてない。居場所が分からない。生きてるのか死んでるのかすら僕には分からなかった。
「なんか……ごめん。」
何故か謝られた。
「なんで謝るのさ。そっちこそお母さんとは仲良くしてる?」
警察官の現状報告を得るためだ。
「そういえば、最近忙しそうなんだよね。最近ここら辺物騒じゃん?だからかな?」
その原因のほとんどは僕だよ。なんて言わないけど何故か申し訳なかった。でも悪いことをしているなんて全然思ってない。法律で裁けない悪人を僕が捌いてあげてるからだ。あの事件はちょっと違うけど…。
「そっか…警察官って大変そうだね」
それからはこの前の漫画の続きを読んでいた。僕はと言うとずっとパソコンでニュースを見ていた。地元の新聞だったり日本全体の新聞だったりを片っ端から。霞は漫画をずっと読んでいるから気にする必要はなかった。
「何見てるの?」
漫画を読んでいた霞はいつの間にか僕の後ろにいた。
「え?ああ、ちょっとね……最近物騒だなって思って……」
苦しい言い訳かもしれないけど仕方がない。
「そうなんだよねー。うちのお母さんも危ない人がいるから気をつけなさいって言ってなんか防犯ブザー持たされたし」
霞は少し笑いながらそう言った。
その危ない人がここにいる。傍から見たからおかしな光景だ。
「さすが…警察官だね」
ネットの記事をスクロールしながらそう言った。
「うん!かっこいいようちのお母さん。だから私も警察官になるんだ」
彼女は僕の本当のことを何も知らない。彼女が警察官になったら僕の敵だ。そして小泉明菜が味方となるかもしれない。そんな訳の分からない事を考えていた。
「へー。頑張ってね。てか、それならこんなところにいちゃダメなんじゃない?」
別に今すぐ帰って欲しいとかそういう意味ではない。
警察官になろうとしている人が僕なんかに関わって欲しくない。ふとそう思った。
「いいの!今はまだ高校生してたいもん!」
高校生をしたい…か。僕には永遠に無理だろうな。あくまで今は高校生を演じているだけに過ぎない。
「そっか……じゃあ好きなだけいるといいよ」
「ありがとう!」
そう言って霞はまた漫画を本棚から取り出して読み始めた。そして僕は再び新聞を読み漁った。
「あのさぁ」
読み始めて数分してから霞が漫画を棚に戻しパソコンをいじっていた僕に話しかけてきた。
「なに?」
パソコンに集中しながら軽く返事をした。
「今度さ……私とデートしてよ」
「ああ、いいよ………ん?」
霞のことだから軽いお願いかと思って返事をして我に返ってパソコンをいじるのをやめてパッと霞の方を向いた。
「……いいの?」
霞はじっとつぶらな瞳で僕を見つめていた。
「もう1回言ってくれる?」
僕の聞き間違いかもしれないと思いそう聞いた。
「だから!私とデートして?」
今度ははっきりと聞こえた。
「デート?僕と?」
オウム返しすると霞は深く頷いた。
「えっと……」
午後6時を回った時、霞はチラッと時計を見て、
「もう帰らなきゃ!じゃあ今週末デートね!絶対だからね!」
僕の話も聞かずに僕の家を後にした。
『7月17日』
僕は今、駅にいる。霞に昨日「13時に駅にいて!」と言われたからだ。現在時刻は12時55分。
「早く来すぎたかな……」
そう呟いた時に霞が走りながらこっちに向かってきているのが見えた。
彼女は夏らしい白Tシャツにベージュ色のカラーパンツを履いていた。彼女の服は制服しか見たこと無かったから新鮮だった。普通に見たら可愛い方だと思う。
「なんか言うことないの?」
そう言って彼女は自分の服を指さした。
「え?あ、うん。似合ってるよ」
これで正解だろうか。僕に乙女心というものを期待されては困る。
「そっちも似合ってるよー!」
適当に選んだこの半袖とジーパンが似合うと言われた。特に嬉しさを感じなかったが一応、
「ありがとう」
と返事をしておいた。
「それで?今日はどこ行くんだ?」
昨日は駅に来い!しか言われなかったから目的とか場所とか色々分からないことだらけだった。
「そういえばさ」
電車に揺られながら霞が話しかけてきた。というか基本的に僕から彼女に話しかけることはない。
「何?」
「うちのお母さんが最近家に帰ってこないんだよね」
おそらく事件か何かで忙しいのだろう。分かってはいたが聞いて欲しいと目で訴えていた気がした。
「なんで?」
「いや、なんかさどうしても解決したい事件があるんだって。ほらこれ」
そう言ってスっとスマホを見せてきた。そこには聞き覚えのある名前が被害者の欄に書いてあった。
「この事件……」
僕は再び吐きそうになった。
悪いのは僕じゃない。
悪いのは僕じゃない。
悪いのは僕じゃない。
悪いのは…………。
そう何度も何度もいつも以上に自分に言い聞かせた。
「大丈夫!?」
霞がすぐに背中をさすってくれた。その手はとても暖かったがそんなことを気にしている暇もなくあの現場、そしてあの不気味な笑みを浮かべた小泉明菜の顔がフラッシュバックした。
僕らは目的地の駅では降りず、次の駅で電車を降りた。
駅のベンチに腰掛けると霞が持参した水筒の中の水を飲ませてくれた。
「ごめん……」
霞が何故か僕に謝った。謝れるようなことはされてない。謝りたいのはこちらの方だ。
「なんで謝るのさ。こっちこそごめん。少し電車に酔っちゃった」
言い訳が苦しかったが仕方がない。
「だって……。もしかしてさこの男の人…知り合い?」
霞が恐る恐る僕にそう聞いた。僕の返答は決まっている。
「いや、知らない人だよ。本当に電車に酔っただけだから心配しないで」
水を飲むと少し落ち着いた。
「もう大丈夫だから。行こ?」
再び僕らは電車に揺れた。
あれから小泉明菜とは話してない。学校でもあの不気味な笑みを僕に向けることはなかった。僕は彼女についてまたま何も知らない。事件が公になって少し焦っているのだろうか。
「ここ!ここ!」
無意識で霞について行くこと20分程だろうか。霞が指を指した先を見ると「警察博物館」と書かれていた。
「……警察博物館?」
思わずそう呟いたら、霞が反応してくれた。
「そう!お母さんが連れてってあげるって言ってたけど全然連れてってくれなくて!」
中に入ると最近リニューアルされたみたいに綺麗だった。ちらっとポスター見るとやっぱり最近リニューアルされてたみたいだ。
パトカーがあったり白バイがあったり、まさに警察官に憧れている人間が見れば興奮すること間違いなしの場所だ。そしてその警察官に憧れている人がここにいた。
「見てー!この白バイかっこいいよね!」
「警察官じゃなくて白バイ隊員になりたいの?」
一旦小泉明菜のことやあの事件のことを忘れて楽しもうと思った。
「違うけど、かっこよくない?」
「じゃあ写真撮ってあげるから横に立ちな?」
「いいの!?」
霞から携帯を受け取ると写真を何枚か撮ってあげた。いつ見ても彼女のその笑顔は義姉さんにそっくりだった。
「ありがとう!」
喜んでもらえて良かった。本来なら僕はこんなところに来たいとは思わないからむしろこっちが感謝したいくらいだけど。別に警察官に憧れてる訳じゃないけど。そんなこと考えつつさらに奥に入ると珍しいものが並べられていた。
大正時代に初めて導入されたアメリカ製のバイクだったり、ヘリコプターだったり色々。
僕なんかがこんなところに来ていいのかと思うほど凄いものだらけだった。
「これ買おうかな!」
そう言って手に持ったのは警察官のゆるキャラ的存在のピーポくんのストラップだった。
「買ってあげようか?」
僕は霞にここに連れて来てくれたお礼も兼ねて買ってあげることにした。
「いいの!?」
霞は目を輝かせて喜んだ。
「ありがとう!大切にする!」
ニッコリ笑った笑顔は素直に可愛いと思ってしまった。
それからは2階に上がるとタッチパネルに映った映像をタッチすると、事故や犯罪が起こりやすい場所の注意点などが解説されるような場所があったり、事故が起こる様子を映像で見せて注意を促すようなものがあったりした。暗殺者の僕からしてもある意味いい勉強になった。
「楽しかったね!」
「うん。警察博物館だからもっとお堅いものだと思ってたけどそうでもなかったね」
僕は今思っている感想を述べた。
「確かにねー!」
僕らは帰りの電車に乗ろうと思い駅の改札を抜ける直前に僕の携帯から着信音がなった。一旦横にはけてスマホを見てみると知らない番号からだった。恐る恐る出てみると、
『もしもし……』
『もしもし!』
聞き覚えのある声だった。あの忌々しい小泉明菜の声。ふと霞を見ると改札を通っておらず僕の横で待っていた。
『……なんの用だ』
『そんな怯えなくていいよ?もしかしてまたこ親指隠してる?』
ふと左手を見ると焦ると親指を隠す癖が出ていた。
『そういうのいいから。なんで僕の携帯番号知ってんだ』
『なんでって……君の携帯指紋認証でしょ?』
その質問で瞬時に理解した。こいつ俺が倒れた日にわざわざ俺の手を使って勝手に携帯のロックを解除して番号だけ抜き取ったんだ。
『また家に遊びに行ってもいい?というか今向かってるんだけどね!』
僕はすぐに通話を切り霞に、
「ごめん!先帰ってて!」
そう言ってすぐにタクシー乗り場に向かった。霞が後ろで「え!?」と叫んでいるのを無視して全力疾走した。たまたま1台止まってたタクシーに飛び乗った。
「あの!すぐに隣町の○○というマンションに向かってください!急いでください!」
「了解しました〜」
僕の事情も知らない運転手は呑気にそんな返事をした。霞には後日謝ろう、そう思った。