用事などがあるのかもしれないことを考えてなかった。一刻も早く理於くんの事件について教えてあげたかった。そして、早く夫を殺した犯人を捕まえたかった。でも、もちろん向こうの都合に合わせる。
「わかった。1時間後に君の家に行くよ」
そう言ってから電話を切った。
今から向かっても30分位で着いちゃうので一旦家に帰ろう。そう思った。
電車に乗り、駅から歩いて10分くらいで自宅に着いた。家に帰ると久しぶりに会う、霞がいた。
「あ!おかえり!」
やはり家が1番落ち着く。玄関まで迎えでてくれた娘を優しく抱きしめた。
(霞は必ず私が守るから。犯人も私が捕まえるから。あとは証拠があれば……。)
そんなことを考えていた。
「ちょっと…どうしたの?仕事に疲れたの?」
霞のその言葉にハッと我に返った。
「あ、うん。ちょっとね霞不足で…」
誤魔化すためにそう言った。本当は疲れてはいない。ただただ嬉しかった。夫を殺した犯人がもうすぐ捕まるから。
「何それ」
霞は笑いながらそう言った。
「あ、そういえば最近どうなの?事件…」
そういえば霞はまだ私が理於くんのことを疑っていると思われたままだった。
「理於くん…やっぱり私の勘違いだったみたい。にしてもあの子、いい子よね。霞、お似合いよ?」
場を和ますためにからかうようにそう言った。
「やめてよ。別にそんなんじゃ…」
そう言いながらも顔を赤面させていた。私は軽く笑った。
「だから!そんなんじゃないって!」
「わかったわかった〜私の勘違いです〜」
いつも通りの家族の会話。私はこの空間が好きだ。
「ご飯にしよ?それともお風呂?」
いかにも妻が夫にするような質問を私にしてきたが私の回答は、
「ごめんちょっと今から私は出かけるから。すぐ帰ってくるから悪いんだけどご飯の支度して待っててくれない?」
「えー!今帰ってきたばっかりじゃん!」
無理もない返事だ。
「本当なごめん!すぐ帰ってくるから!」
そう言って紙が何枚か入っているカバンを持ち、家を出た。
霞には本当に辛い思いをさせてきた。ただでさえ一人っ子なのに、父親を亡くし、私が仕事で遅くなる日もいっぱいあった。だから、霞には幸せになって欲しいと心から思う。幸せの形は人それぞれって言うけど、本当にそうだと私は思う。私には私の幸せがあるように霞には霞の幸せがある。私が口出しするようなことではない。
「早く着きすぎた…」
そうこうしているうちに理於くんの家に着いてしまった。彼が来るまで下のコンビニで時間を潰そう。そう思った時に彼が来た。
「すみません遅くなりました」
早く来すぎた私が悪いのに彼は謝った。
「私こそ早く来すぎてしまった。すまない。」
こっちに非があるので謝る。すると彼は鍵をカバンから取りだしドアを開けようとした。でも彼は鍵を2つ持っていた。
「家の鍵ふたつあるの?」
少し気になったので聞いてみた。すると彼はニコッと笑って、
「あ、はい。これはおばあちゃんの家の合鍵ですね」
あ、そういえば中学までおばあちゃんの家で暮らしてるとか言ってたな。そう思い、スルーした。
「…そうなのね」
そう言ってから中に入り、前回と同様にテーブルに座った。理於くんは前と同様にお茶を入れてくれていた。今回は質問することが特にないので黙って座っていた。お茶を私の前において、理於くんは前回と同様に私の前に座った。
「それで…情報をって…」
そう言われて、まずは何から話すべきか悩んだが、とりあえずこれから説明した方が彼のためだと思った。
それから私は今日調べてわかった事実や経緯などを説明した。彼は私以上に驚いていた。
「大丈夫!?」
説明している途中で彼は何かを考えてから泣き出してしまった。
無理もなかった。大事な人が亡くなっているんだ。
私はそれを黙って見てることした出来なかった。そして、そんな自分が情けなかった。
「……落ち着いたか?」
彼が泣き止んで呼吸が元通りに戻ったのでそう聞くと、彼は頷いた。
「いや、こちらこそすまない。勝手なことして…」
そう言いかけた時に彼が口を挟んだ。
「これからどうします?」
これから…彼の事件に終止符を打ってあげたいが、夫の無念も晴らしたい。同時進行と言いたいところだが……。
「そうだな……まずは」
そう言いかけたところでまた彼が口を挟んだ。
「じゃあとりあえず安藤さんの夫…安藤敦也さんの方を解決していきますか」
そう言った。確かに私の方は犯人はもうわかっている…と言っても彼の憶測の話だけど。それに、私は証拠がない限り信じる気はない。でも今はそれしか出来ない。今は彼の言うことに従った方がいい気がした。
話をしたら彼に━━を引き続き監視するように言われたので素直に従うことにした。
それから頂いたお茶を胃へ流し込み、彼の部屋を後にした。
「ただいまー!本当にごめんね!」
家に帰ると再び霞が玄関まで迎えに来てくれた。
「もう!ご飯冷めちゃうよ?」
霞とは母親というより姉に近い感覚で接している。だからって訳では無いが普通に喧嘩もするし普通に仲直りもする。
「さっきの話の続きだけどさぁ」
霞が作ったカレーを食べていると霞がそう言ってきたが私にはなんの覚えもなかった。
「…さっき?」
「うん。理於の疑いが晴れたって言ってたじゃん。その続き!」
「あー、うん。彼は何もしてない。むしろ…」
そう言いかけたところで霞には話さない方がいいと思って辞めた。
「むしろ?」
「いいや、なんでもないよ」
そこでふと理於くんが私に言ってたある一言がフラッシュバックした。
『霞の質問には必ず答えてください。』
何故彼は私にそのようなことを言ったのかを少しだけ理解した気がした。
おそらく私が彼を事件に関与してると疑ったのを霞が彼に伝えたんだ。
「美味しかったー!」
食事を済ませて片付けをしていると霞がまた同じような質問をしてきた。
「あのさぁ今どんな事件を捜査してるの?」
今はあなたのお父さんの事件を解決しようとしてる。なんて言えなかった。
「今は特に…何もしてないかな」
そう答えた。
「ふーん」
そう言って片付けを手伝ってくれている。
それからは霞はなにも聞いてこなかった。
「あ、そうだ。今度、休みが取れそうだからお父さんに逢いに行く?」
今日あってきたばかりだけど霞の方は会うのは1年ぶりくらいだろうと思い、聞いてみた。
「え!?行く!」
霞は私と出かけられるのが嬉しいのか、お父さんに会えるのが嬉しいのか分からないが元気な声でそう言った。
『7月25日』
この3日間、理於くんからの連絡はなかった。私も連絡することがなかったし、現実を突きつけてしまった自分を反省してあえて連絡をしなかった。
今頃、彼はどんなことを考えているのだろうか。そんなこと考えても意味が無いのに電車に揺られながらずっとそんなことを考えていた。
今日は夫の命日。だから、仕事を休ませてもらった。
前にも逢いに行ったが、夫には何度でも逢いたい。
「そういえば、理於くんとは最近どうなの?」
電車に揺られる中、暇だったので霞に話しかけた。
「ここ3日間学校に来てない…」
私のせいで来なくなったのかと思って心臓が少しバクバクしていた。
「理於くん…何かあったの?」
そう聞くと霞は首を縦に振ってから説明してくれた。
「理於が一人暮らししてるって聞いたから行ってみたくてこの前、無理を言って家に入れてもらったの。そしたらそれをクラスメイトに見られてて、理於が無理やり私を家に連れ込んだって噂が流れちゃって…」
なんだ…そんなことか…。
「それで理於くんはどうしたの?」
「理於はそのクラスメイトに怒ってくれて『別に気にせず来ていいからな』って言ってくれた」
「そっか…なら気にする必要ないんじゃない?いつも通り接してあげれば?」
今彼は私が現実を突きつけたせいでうつ状態になっているかもしれない。それを霞に任せるのはどうかと思うがそれしか思い浮かばなかった。
「そうだよね…今度ちゃんと話してみる」
霞は笑顔でそう言った。
そうこうしているうちに夫が眠っている場所のある駅に着いた。
その駅から歩いて15分ほどで着いた。
前回と同様に水桶と柄杓を受け取り水を汲んだ。今回は線香や花などは買わなかった。
「あれ?最近来たの?」
墓を見るなり霞がそう言った。
「あ、うん。ちょっと立ち寄った。だから花とかは買わなかった」
「そうだよね。前からずっとこの花好きだったもんね」
今度は私がこの前買ったアングレカムを見ながらそう言った。
「うん、好きだった。霞…この花の名前…知ってる?」
霞に問いかけた。私と夫の馴れ初めとかそういう話は今までしたことがなかった。これからもするつもりは無いけどこの花のことだけは知って欲しかった。
「名前だけ知ってる。アングレカムでしょ?」
この花は決して有名では無いと思う。知ってくれていただけで嬉しかったけどもっとその花について知って欲しかった。
「そう。正解。この花の花言葉はね…『祈り』とか『いつまでもあなたと一緒』って意味があるのよ」
その花について少しだけ教えると霞は、
「へー。『いつまでもあなたと一緒』ね〜」
そう言いながら私をじっとからかうように見てきた。
「じゃあ今度は霞が理於くんにあげれば?」
からかうように言い返した。そしたらアホらしくて2人して顔を見合わせて笑ってしまった。
「あはははは」
それからは手を合わせて前回同様に霞の安全とか思い出話を心の中で夫に話した。
「……帰ろうか」
手を合わせ始めて5分くらい経って目を開けたら開けたタイミングが霞と同じだった。
「……そうだね。お父さん…また来るね」
娘は夫にそう言い残した。私はと言うと、
『もうすぐ終わるから』とだけ言い残した。