マスオは晩ご飯を食べ終えてから、すぐ自分の部屋に入り、黒い影と消えた球体について考え始めた。
どうやら、異変に気付いているのは自分一人しかいない。なぜなら、今になっても、ニュースで報道されないのがおかしい。あんなことが起こったのに、何のパニックも起こっていないから。
時々、壁を貫き流れてくるテレビの音は、いつもと変わらないバラエティーのうるさい笑い声だ。周りのみんなに見えないって事は、自分がおかしくなって、幻影を見たのではないかと、疑ってもみたが、あんなにはっきりとした幻影はあるはずがない、とマスオは自分に言い聞かせた。言い聞かせたというより納得させた。
これから、世界は変わっていくのだろう?とマスオは考えれば考えるほど不安になってきた。自分にしかみえないものが、自分や母さんを苦しめにくるのではないかと思うと、胸が締め付けられるような感覚を感じた。
今は何も起こっていないけど、明日になって、急に世界が一変するかもしれないという憂いがマスオの胸から離れなかった。あの黒い人影が実態化して、人々に見られ、世界が壊されたらどうなるだろう?平穏な母との暮らしはどうなるのだろう?
でも、心を落ち着かせてよく考えてみると、あんな大変な事が起きたのに、世間はいつもとおりに動いているってことは、やはいあれは幻だったからに違いない、とマスオを結論をつけ、宿題をやり始めた。
宿題を初めて、しばらくたってから、ドアをノックする音が聞こえてきた。
入ってきたフミヨは手に果物を乗せた皿を持っていた。
「ノックしないで入って来てもいいっていったじゃない、母さん」
マスオの言葉にフミヨは優しい微笑みを浮かべた。
「でもね、マスオ。もう少し成長したら、ノックせずに入ってくる母さんが嫌いになるよ」
「そんな事絶対ありえないよ、母さん。僕はいつも母さんのことが大好きだから」
「大好きと言ってくれてありがとう。母さんもマスオが大好きよ」
フミヨは皿を机の上において、マスオを頭を撫でた。
「宿題、頑張ってね」
「うん、母さん」
フミヨが出て行ってから、マスオは皿に目をやった。林檎とバナナがある。
世界がこんなにも穏やかに一秒一秒と過ぎていくのに、異変なんか起こるわけないと、マスオはもう一度自分に言い聞かせてから、宿題に没頭した。
宿題が終って、風呂に入ろうと思ってマスオは自分の部屋を出た。
フミヨはソファに坐って、本を見ていた。
「お風呂に入る?」
「うん」
「母さんが背中、流してあげようか?」
「いいよ、僕はもう大人だから」
「母さんから見れば、マスオはいつも子供だよ」
「そんなことないよ」
「分った。ゆっくり浸かっててね」
あまりにも気持ちのいいお風呂なので、夕方に見た異変についての記憶は吹っ飛んでしまった。幻と思い始めた夕方の情景もだんだん薄れていった。
マスオは、もうすぐ夏休みになる、と思いながら天井を見上げた。安らぎの時間、全身全霊をくつろいでいるその時、天井から黒い影が現れた。
天井を通り抜けて現れた黒い影の頭には黒い線があって、どこかとつながっているようだ。
マスオは自分の体が凍えてしまったように感じた。動かそうとしても、体は自分のいうことを聞かない。あったかいお湯なのに、体のどこからか、寒気が走った。今いる場所は南極のど真ん中のような錯覚さえ感じた。
床についた黒い影は不気味な笑みを作って、マスオに近寄った。そして、浸かっているマスオの体を眺め始めた。マスオの頭から足まで視線をすべらせながら、醜くつりあがった口元はやらしくもなった。
マスオは思わず手で大事な体の部位を隠した。
マスオのこの動きを見た黒い影は、いきなり手を伸ばし、マスオのあごをつまんで、頭を持ち上げた。
「あなたには私が見えるよね」
黒い影が現れたことで、怖くなった。そして黒い影の思いがけない行動に、恐怖を感じ始めた。
「見えるなら都合がいいかもしれないね。怖がる人を鑑賞するのも悪くないかも。反応が好み」
黒い影はマスオをお風呂から持ち上げて、床に置いた。
「私ね、男の性器が見たいの。特に生の。インターネットで見るのは、どこか物足りなさを感じるんだよね。こうなったら、いっそうのこと、触ってもみたい。抗うと私がどんな恐ろしいことをするか、自分でもわからないからおとなしくしていてね。うっかり殺すことだってできるから」
軽く笑ってから、黒い影はマスオの手をつかんだ。
マスオは何もできず、銅像のようになった。
「最初はまず、性器を見せてね。私の一番の目的なんだから。楽しみ」
マスオは思うがままにされる奴隷に変わっていこうとするその時、フミヨの声が聞こえてきた。
「マスオ、クラスメートから電話が来たよ」
黒い影は軽く舌打ちをした。
「今日はこれで終わらせてもらうけど、明日また会いましょうね。この時間にまた訪れるから、楽しみにしてね。だから、ちゃんと時間とおりに風呂に入ってね。じゃないと私、本当にあなたを殺すことだってできるから」
こう言って、黒い影は頭から伸びた黒い線に引っ張られているように、天井を抜けて消えた。
マスオはしばらく、ショックから立ち直れなかった。再びフミヨの声が聞こえた時に、やっと気を取り戻し、すばやく体を拭き服を着て、電話を取りに行った。
電話の相手は寒麗アツコだ。マスオの前に座る勉強のできる女の子。いつも分厚いめがねに、三つ編みにした髪が特徴だ。今ときに、三つ編みにする女の子なんて、希有ものだ。
明日のスピーチ大会の最後の打ち合わせた。
「マスオ、聞いている?」
アツコの不機嫌な声に、マスオを先の黒い影との恐ろしい体験の思い出から、引っ張り出した。
「聞いている、聞いている」
「じゃ、私が何を話したか、復唱できる?」
「……ごめん」
「何があったの?」
「なにも……」
相手に見られるわけないのに、マスオは力強く頭を左右に振った。
「ならいいんだけど……。でも、明日のスピーチ大会は本当に重要だから、ちゃんと練習しておいてね」
「わかった」
「じゃ、また明日」
「バイバイ」
電話を切ってから、マスオは重い足取りで自分の部屋に戻った。
椅子に座るなり、ノックの音がした。
「は~い」
「マスオ、冷たいミルクだよ」
「ありがとう、母さん」
「アツコからの電話だったね」
「うん」
「どんな話をしたの?」
「明日のスピーチ大会のことについての最終の打ち合わせよ」
フミヨか小さな悲鳴を上げた。
「ごめんね。明日の仕事、どうしても抜け出せないの」
「大丈夫だよ、母さん。僕は何もしないよ。ただ座って、資料を整理したり、スピーチする生徒に資料を渡すだけのことをするんだから」
「そうなの?でも、マスオがスピーチするのも見たいね」
「恥ずかしいよ。それに、人前で大声で話すのも、なんだか気まずそうだし……」
「わかったよ。マスオはマスオのままでいいから。じゃ、ミルク飲んで、スピーチの準備をしてからはやく寝てね」
「うん」
フミヨはドアまで言ってから振り向いた。
「ほかに何があったの?」
マスオはフミヨの質問が理解できなかった。
「何もなかったよ?どうしてそう聞くの?」
「マスオの顔色が急に暗くなったのよ。それに、声も元気なく感じるから」
さすがに母だ。マスオの微妙な変化をすぐ気づく。
「僕、元気だよ」
マスオはわざとらしく声を張り上げて答えた。マスオが無理で元気があるようにふるまっているのを、フミヨがわからないはずがないのに、あえて何も言わずに部屋を出て行った。話したいのならいつかは話してくれるとフミヨは信じたから。
フミヨが出て行ってから、マスオの無理やり作った笑顔も崩し、明日のことについて考え始めた。もちろん、スピーチについてではなく、黒い影について。明日も来るといっていた。逃げたいけど、どこへ逃げればいいか、わからない。母に打ち上げても、実際に見ない限り、信じてはくれないと思う。
急に喉が渇くなって、ミルクを一気に飲み干した。そしてマスオはまた、明日のことについて、くよくよ悩み始めた。
うするうちにマスオは、いつの間にか、椅子に座ったまま、寝てしまった。
どうやら、異変に気付いているのは自分一人しかいない。なぜなら、今になっても、ニュースで報道されないのがおかしい。あんなことが起こったのに、何のパニックも起こっていないから。
時々、壁を貫き流れてくるテレビの音は、いつもと変わらないバラエティーのうるさい笑い声だ。周りのみんなに見えないって事は、自分がおかしくなって、幻影を見たのではないかと、疑ってもみたが、あんなにはっきりとした幻影はあるはずがない、とマスオは自分に言い聞かせた。言い聞かせたというより納得させた。
これから、世界は変わっていくのだろう?とマスオは考えれば考えるほど不安になってきた。自分にしかみえないものが、自分や母さんを苦しめにくるのではないかと思うと、胸が締め付けられるような感覚を感じた。
今は何も起こっていないけど、明日になって、急に世界が一変するかもしれないという憂いがマスオの胸から離れなかった。あの黒い人影が実態化して、人々に見られ、世界が壊されたらどうなるだろう?平穏な母との暮らしはどうなるのだろう?
でも、心を落ち着かせてよく考えてみると、あんな大変な事が起きたのに、世間はいつもとおりに動いているってことは、やはいあれは幻だったからに違いない、とマスオを結論をつけ、宿題をやり始めた。
宿題を初めて、しばらくたってから、ドアをノックする音が聞こえてきた。
入ってきたフミヨは手に果物を乗せた皿を持っていた。
「ノックしないで入って来てもいいっていったじゃない、母さん」
マスオの言葉にフミヨは優しい微笑みを浮かべた。
「でもね、マスオ。もう少し成長したら、ノックせずに入ってくる母さんが嫌いになるよ」
「そんな事絶対ありえないよ、母さん。僕はいつも母さんのことが大好きだから」
「大好きと言ってくれてありがとう。母さんもマスオが大好きよ」
フミヨは皿を机の上において、マスオを頭を撫でた。
「宿題、頑張ってね」
「うん、母さん」
フミヨが出て行ってから、マスオは皿に目をやった。林檎とバナナがある。
世界がこんなにも穏やかに一秒一秒と過ぎていくのに、異変なんか起こるわけないと、マスオはもう一度自分に言い聞かせてから、宿題に没頭した。
宿題が終って、風呂に入ろうと思ってマスオは自分の部屋を出た。
フミヨはソファに坐って、本を見ていた。
「お風呂に入る?」
「うん」
「母さんが背中、流してあげようか?」
「いいよ、僕はもう大人だから」
「母さんから見れば、マスオはいつも子供だよ」
「そんなことないよ」
「分った。ゆっくり浸かっててね」
あまりにも気持ちのいいお風呂なので、夕方に見た異変についての記憶は吹っ飛んでしまった。幻と思い始めた夕方の情景もだんだん薄れていった。
マスオは、もうすぐ夏休みになる、と思いながら天井を見上げた。安らぎの時間、全身全霊をくつろいでいるその時、天井から黒い影が現れた。
天井を通り抜けて現れた黒い影の頭には黒い線があって、どこかとつながっているようだ。
マスオは自分の体が凍えてしまったように感じた。動かそうとしても、体は自分のいうことを聞かない。あったかいお湯なのに、体のどこからか、寒気が走った。今いる場所は南極のど真ん中のような錯覚さえ感じた。
床についた黒い影は不気味な笑みを作って、マスオに近寄った。そして、浸かっているマスオの体を眺め始めた。マスオの頭から足まで視線をすべらせながら、醜くつりあがった口元はやらしくもなった。
マスオは思わず手で大事な体の部位を隠した。
マスオのこの動きを見た黒い影は、いきなり手を伸ばし、マスオのあごをつまんで、頭を持ち上げた。
「あなたには私が見えるよね」
黒い影が現れたことで、怖くなった。そして黒い影の思いがけない行動に、恐怖を感じ始めた。
「見えるなら都合がいいかもしれないね。怖がる人を鑑賞するのも悪くないかも。反応が好み」
黒い影はマスオをお風呂から持ち上げて、床に置いた。
「私ね、男の性器が見たいの。特に生の。インターネットで見るのは、どこか物足りなさを感じるんだよね。こうなったら、いっそうのこと、触ってもみたい。抗うと私がどんな恐ろしいことをするか、自分でもわからないからおとなしくしていてね。うっかり殺すことだってできるから」
軽く笑ってから、黒い影はマスオの手をつかんだ。
マスオは何もできず、銅像のようになった。
「最初はまず、性器を見せてね。私の一番の目的なんだから。楽しみ」
マスオは思うがままにされる奴隷に変わっていこうとするその時、フミヨの声が聞こえてきた。
「マスオ、クラスメートから電話が来たよ」
黒い影は軽く舌打ちをした。
「今日はこれで終わらせてもらうけど、明日また会いましょうね。この時間にまた訪れるから、楽しみにしてね。だから、ちゃんと時間とおりに風呂に入ってね。じゃないと私、本当にあなたを殺すことだってできるから」
こう言って、黒い影は頭から伸びた黒い線に引っ張られているように、天井を抜けて消えた。
マスオはしばらく、ショックから立ち直れなかった。再びフミヨの声が聞こえた時に、やっと気を取り戻し、すばやく体を拭き服を着て、電話を取りに行った。
電話の相手は寒麗アツコだ。マスオの前に座る勉強のできる女の子。いつも分厚いめがねに、三つ編みにした髪が特徴だ。今ときに、三つ編みにする女の子なんて、希有ものだ。
明日のスピーチ大会の最後の打ち合わせた。
「マスオ、聞いている?」
アツコの不機嫌な声に、マスオを先の黒い影との恐ろしい体験の思い出から、引っ張り出した。
「聞いている、聞いている」
「じゃ、私が何を話したか、復唱できる?」
「……ごめん」
「何があったの?」
「なにも……」
相手に見られるわけないのに、マスオは力強く頭を左右に振った。
「ならいいんだけど……。でも、明日のスピーチ大会は本当に重要だから、ちゃんと練習しておいてね」
「わかった」
「じゃ、また明日」
「バイバイ」
電話を切ってから、マスオは重い足取りで自分の部屋に戻った。
椅子に座るなり、ノックの音がした。
「は~い」
「マスオ、冷たいミルクだよ」
「ありがとう、母さん」
「アツコからの電話だったね」
「うん」
「どんな話をしたの?」
「明日のスピーチ大会のことについての最終の打ち合わせよ」
フミヨか小さな悲鳴を上げた。
「ごめんね。明日の仕事、どうしても抜け出せないの」
「大丈夫だよ、母さん。僕は何もしないよ。ただ座って、資料を整理したり、スピーチする生徒に資料を渡すだけのことをするんだから」
「そうなの?でも、マスオがスピーチするのも見たいね」
「恥ずかしいよ。それに、人前で大声で話すのも、なんだか気まずそうだし……」
「わかったよ。マスオはマスオのままでいいから。じゃ、ミルク飲んで、スピーチの準備をしてからはやく寝てね」
「うん」
フミヨはドアまで言ってから振り向いた。
「ほかに何があったの?」
マスオはフミヨの質問が理解できなかった。
「何もなかったよ?どうしてそう聞くの?」
「マスオの顔色が急に暗くなったのよ。それに、声も元気なく感じるから」
さすがに母だ。マスオの微妙な変化をすぐ気づく。
「僕、元気だよ」
マスオはわざとらしく声を張り上げて答えた。マスオが無理で元気があるようにふるまっているのを、フミヨがわからないはずがないのに、あえて何も言わずに部屋を出て行った。話したいのならいつかは話してくれるとフミヨは信じたから。
フミヨが出て行ってから、マスオの無理やり作った笑顔も崩し、明日のことについて考え始めた。もちろん、スピーチについてではなく、黒い影について。明日も来るといっていた。逃げたいけど、どこへ逃げればいいか、わからない。母に打ち上げても、実際に見ない限り、信じてはくれないと思う。
急に喉が渇くなって、ミルクを一気に飲み干した。そしてマスオはまた、明日のことについて、くよくよ悩み始めた。
うするうちにマスオは、いつの間にか、椅子に座ったまま、寝てしまった。