学校に行くとやっぱり桃色に絡まれた。

「昨日なにしたの?なぜ学校休んだの?どこか痛いの?」

いろいろと問いかけてきた。僕は適当な嘘でその場を凌いだけど、桃色の顔からは、不審の表情がありありと浮かんできた。いつもの僕と違う事に少しは気づいているのだろう。幼なじみなんだから。

午前の授業が終わり、昼ご飯を食べてから僕は保健室に直行した。桃色の目を盗んで。知られたらついてくるかもしれないし、いろいろと仮病をつかる理由を聞かれるから。

保健室の先生と言えば、大体の人たちは胸の大きいセクシーな女の医師がが思い浮かぶかもしれないけど、うちの学校の保健の先生は六十歳くらいのお爺さんだ。まぁ、とっても優しいお爺さんだ。

僕が入っていくのをみてお爺さんは眼鏡越しに僕を見据えた。

「ただ授業をサボりたいだけだろう。あそこに空いているベットがあるから、寝ていい」

さすがに保健の先生。僕が仮病かどうかは一目でわかる。決まり悪い笑顔をお爺さんに見せてから、頼み事を言った。

「学校を出たいんですけど、おじいちゃん、手伝ってくださいよ」

お爺さんんは『やれやれ』と言わんばかりに、診断証明書に何かを書いてから僕に渡した。学校授業中に出たい時には必ず先生の『XX証明書』が必要だ。保健室のお爺さんとは一番仲がいいので頼んだだけ。これまでも何度か診断証明書を描いてもらったこともあったので。

「悪いことをするんじゃないんだよね?」

「そんなことないんですよ。僕がそんなふうに見えますか?」

「見えないね、念のために」

お爺さんは笑いながら早く行けって、手でドアを指した。

僕はお爺さんにお礼をいって学校を出た。

急いで家に帰った。ドアを開けると、静かな室内に不安を感じた。葉月がいないんじゃないかって。

僕は足音を忍びながら自分の部屋に近づいた。そっとドアを開くとやはり誰もいなかった。一瞬、絶望と失望が一緒に僕の心を襲った。

昨日見た違った世界がまたありありと頭の中に浮かんである。これから見られないと思ったら、崖っぷちに立たされた気持ちになった。崖っぷちからは底のしれない黒い海が見える。

これからどうしようと一人考えているその時、ドアを叩く音が聞こえてきた。こんな時間に誰だろうと思いながら呼びかけてみた。

「誰ですか?」

「私」

葉月の声だ。僕は思いっきりドアを開けた。会いたがった葉月が目の前に立っていた。

「どこへ行ったの?」

葉月に再開した興奮で声が上ずっていた。

「屋上まで」

「よかった」

絶望から希望への乗り換えがこんなにも感激できることだって初めて感じた。こんな感情を揺さぶることに遭遇したことがなかったから。

「何か食べてからでかけよう」

「うん!何が食べたい?」

「ギョーザ」

葉月は一瞬の迷いもなく答えた。

「すぐ温めるからちょっと待って」

葉月にご飯を食べさせてから出かけた。

昼の街は人で鮨詰め状態だ。平日の昼なのに、こんなに人がいるんだ。

眩しく熱く照りつける日光を浴びながら家族、もしくは恋人と一週間最後の日を満喫しようとしている。こんな普通に見える人々の心の中にも、誰にも知られたくない秘密の黒があるだろう。

いつの間にか、僕らは花屋の前に来た。花屋の店員は僕と葉月を見て、笑顔を浮かべながら寄ってきた。しかし、葉月を見た瞬間、店員の顔は歪み始めた。この大きな差に僕は少々驚いた。店員の歪めた顔はとても人間技とは思わなかったから。

そんな店員を前にして、葉月は息を吸おうとした。僕はすばやく葉月の手を掴んでやめさせた。葉月が何をしようかをすぐわかったから。

「何してる?」

「こっちのセリフ。あなたこそ何をしている?私が黒魂を食べるに邪魔してほしくないけど」

「周りは全部人よ。ここでやりあうのはいけないの、昨日みたいに周りに被害を加える恐れがある」

「大丈夫。人間の目からは人体を離れた黒魂は見れない、人気の少ないところまで誘因すればいい」

「せめて、人気の少ない時にやりましょうよ」

僕のお願いを聞いたのか、葉月はわかったとうなずいた。花屋を離れる前に、葉月は人差し指で店員の額を軽く突いた。店員の顔はたちまち戻った。

「ありがとうございました」

離れていく僕と葉月の背中に向かって、店員は元気よく言った。

「ところで聞きたいことがあるけど……」

花屋を随分離れてから、僕は尋ねた。

「何?」

「昨日の院長の事だけど、院長は黒魂に支配されたの?」

「そう。意志の弱いものの惨めな姿」

「じゃ、僕も自分の黒魂に支配される可能性はあるかな?僕の黒魂は強いといったでしょう。そうなるのがちょっと怖い」

僕は昨日の院長みたいに黒魂に支配されるのが少し怖かった。

「そんな心配はしなくていい。私があなたが支配される前に黒魂を食べるから」

平淡の口調だけど、自信たっぷりに聞こえた。それを聞いて少し安心した。院長みたいに変な姿に
なれなくて済むから。

ちょうどこの時、デザートの売店に差し掛かった。甘い香りが葉月の足を捕らえて、行かせようとしない。

微動だにしない葉月に僕は尋ねた。

「食べたいの?」

「うん」
僕らはデザート売店に入って、空いている窓辺の席に坐った。メニューを見たら、季節限定の品があるので、それを二つ頼んだ。

デザートが運んで来た。葉月はもくもくと食べている。多分気に入っているだろう。

葉月のような綺麗な少女と一緒にデザート売店に来るなんて、まるでデートのようだ。ただそんなことを考えてただけなのに、顔が火照ってしまった。顔の熱を冷ますために、ごくごくとお冷を飲んだ。

「デザート三人前の金で、けちけちいうんじゃねぇよ、姉ちゃん!」

自分のデザートをおいしく食べているその最中に、食欲を妨げる男のいやな声が耳に伝わってきた。声がでかいので、店内は一瞬にして静まり返ってしまった。店内の客はみんな野次馬本性を丸出しにして、カウンターの方を見つめた。はずかしくも、僕もその野次馬の中の一人だ。

それにしても、今時にこんな古臭い脅しがみれるなって、奇跡に思えてきた。

カウンターの前にはちんぴら三人が嫌がらせを言っている。見る人は多くても、助けようとしている人は無しだ。店員たちも遠くに隠れて様子を窺っている。僕の本心としては、助けたいけど、三人相手じゃ、どうせ勝てない。あの三人の誰一人にも勝てそうもないけど。

「助けたい?」

しんとしている店内で、葉月の声はとても大きく聞こえてきたので、僕はびっくりした。椅子から飛び上がろうとしたのを、かろうじて抑えた。

「声が大きいよ」

葉月の問いには答えなかった。自分の情けさに気付いてのか、僕は頭を垂れた。

「私が行く」

僕が止めるよりも早く、葉月はもう三人のちんぴらの傍に着いていたのだ。

「こいつらの勘定はあの人が払う」

葉月は僕を指で指しながら、カウンターの後ろでびくびくしている店員に言った。そして、ちんぴらに向き直った。

「ここで暴れるより、私に付き合ってくれない?遊び相手が必要」

三人のちんぴらは葉月を上から下までスキャンするように見た。葉月の挑戦的な言葉に少し驚いたようだが、すぐすました顔に戻った。

「俺ら三人は甘く見られているようだな。いいだろう、遊んでやる」

ちんぴら一号が言った。名前がわからないので、頭みたいな人を一号と呼ぶことにした。

この時、ちんぴら二号が一号の傍でなにやらささやいた。二号の言葉を聞きながら、一号の口角は上がってしまった。一号は三号に目配せしたら、三号は何か分ったような意味ありげに頷いた。

「じゃ、案内してくれましょうかお姉さん。それに、ご馳走して、ありがとう」

「礼を言う相手ならあちら」

葉月は僕を見たが、何も言わずに先頭に立って店を出た。ちんぴらも後ろをついていった。

葉月の事なら絶対大丈夫だとわかっているけど、いやな胸騒ぎした。僕は料金を払って彼らの後ろを追った。

三人は葉月に案内されるがままに、道を歩いた。僕は後ろをついて行った。

葉月が僕らを連れて、たどり着いた場所は僕も始めてきた場所で、昼なのに暗い場所だ。なぜなら、三面は高い高層ビルに囲まれ、日光を完全に遮ってしまった。ちょうど「凹」字の窪んだところに、五人はついたのだ。

「そこの兄ちゃん、彼女の連れ見たいけど、俺らは女には優しいけど、男には厳しいぜ。覚悟はしといてね」

ちんぴら一号の言葉のどこが可笑しいのか分らないけど、あいつら三人は一斉にわらいだした。

ちんぴら三人がまだ笑っている最中に、葉月はためらず息を吸った。

すると、三人のちんぴらの身体から黒魂が出てきた。一号の黒魂の頭には角が二つあって、二号と三号の黒魂の頭には角が一つずつあった。 黒魂を抜き取られたチンピラは地面に倒れて動けなくなった。三つの黒魂は足元に倒れたチンピラを見て、足で蹴っ飛ばした。

「近寄らないで」

僕に向けて話しかけた葉月の声には厳しさが含まれた。葉月がどんなに強いからといって、黒魂みっつを相手にしながら僕を守るのは少々きついだろう。

僕は後ずさりして、少し離れた所に立った。

「男の事は心配しなくていいよ、お姉さん。俺らの相手はあなただから。でも、あなたが厭きてしまったら、その後は俺らの自由だけど」
黒魂一号は気味悪い声で話した。

「ここの極陰地の闇エネルギーはそんなに多くないから、速く女を解決しましょう」

二号が一号を催促した。

「そうですよ。早くやりましょう」

三号も促した。

「俺もわかっている。この極陰地の闇エネルギーは少なくといえ、俺ら三人で女一人相手じゃ、ちょろいもんだ」

「そうです。そのとおりです」

二号はぺこぺこと頭を下げながら言った。

「来ないなら、私から攻撃する」

「お姉さん、そんなに焦らないで。今から俺ら三人がそっちへ行くから」

一号の言葉が終ると同時に、三つの黒魂は葉月を囲むように離れた場所に現れた。みっつの黒魂は自分の口の中から紫色の球を取り出し地面に置いた。一号だけもう一つの球を取り出し空に向けて投げた。空に投げられた球は葉月の頭上に止まった。すると、球から紫色の光線が放たれ、相互を結んだ。ちょうどピラミットの形になって、葉月はそのピラミットの真中に立っている。

ビラミットが出来上がって、黒魂は全員中に入った。

「俺らもお姉さんに感謝しなければいけないね。こんな極陰地につれてきてもらって。お陰で、俺らの力は普段の二、三倍は強くなったよ」

「早く片付けないと」

一号が何かをぺらぺらしゃべろうとするのを、二号が横から割り込んた。

「おれもわかってるよ。本当にせっかちだから。何事にも順序があるよ。それをしっかり守らないと」

「時間がそんなにありません。このピラミットもいつ崩れるかは分りませんので」

今度は三号が口を挟んだ。

一号は不機嫌な顔で二号と三号を見てから、「お前らは本当にうるさいね。……じゃ、始めようか」と言った。

黒魂があんなくだらないやり取りをしている時、葉月は自分を包んだピラミットの一つの面に近寄って、そっと手を差し出した。すると、いきなりその面のを成す三つの球から紫色の稲妻が現れ、葉月の手を刺した。葉月はとっさに手を引っ込めた。

「見たのとおり、お姉さん。もうこの中から逃げられないよ。大人しくするなら、俺らも優しくしてあげる。じゃないと痛い目にあうよ」

一号の話には耳も貸さず、葉月は自分の髪の毛を抜いて投げた。髪の毛は四つの球に目当てに飛んで、突き刺した。

葉月のやっている事を見た二号は焦ってしまったようだ。

「大変です。あいつ、このピラミットを壊す気です。もうこれ以上待てません」

「それじゃ」

話が終ると、一号は葉月に向かって飛び込んできて、腹にけりをいれた。葉月は避けようとしたが、一号の速さには勝てず、蹴っ飛ばされ、ピラミットの面にぶつかり紫色の稲妻を食らって地面に落ちた。

黒魂の力は強い。侮れない。

「痛い?優しくしたつもりだけど」

葉月は一号の挑発にかまわず、立ち上ろうとする間に、二号と三号が傍に走っていった。黒魂二つが自分の傍に来たのをみた葉月は、すぐ自分の髪を毟って投げ出した。すると、髪は矢の形になって、二号の身体を貫いた。

二号はすさまじい悲鳴を上げ、事切れたらしくすぐ倒れた。すると、二号が作った球はぼやけ始めた。

三号は二号が倒れたのをみて、激しく吠えてから葉月の後ろで両手を掴んだ。

「くそ!!お前を絶対許せない」

一号は乱れたりもせず、倒れている二号の傍まで行ってしゃがみ、二号を吸い込んだ。すると、一号の頭に角が一つ増えた。

「仇は絶対うってやる」一号は葉月に振り返って話しを続けた。

「お姉さん、手加減してやろうと思ったが、そうは行かないみたいね。一秒でも消えてもらすよ」

一号はゆっくりと葉月に近寄っていった。

葉月は危険を感んじたらしく、三号から抜け出そうともがき始めた。でも、三号はそんなに易く手を離すわけがなかった。

この時、二号の身体を貫いた髪が三号に向かって飛んでいった。

飛んでくる髪を見た三号はすばやく避けて、手で払った。はじかれた髪はまた三号に向かって飛んで行ったけど、一号の手から放たれた紫色の稲妻によって焼かれてしまった。

三号の手から逃れた葉月が有利な場所に行こうとしたが、三号はすぐ攻撃を仕掛けた。

「よけるんじゃねぇよ!!」

三号はそう叫びながら攻撃を続けた。

三号の攻撃を避けた葉月は急に止まった。いつの間にか、一号が後ろに廻っていたからだ。

後ろにいる一号に気を取られた葉月は、正面からかかってくる三号の拳をまともに食らってしまった。はじかれた葉月はまたピラミットの一面にぶつかり、稲妻に攻撃をまともに食らって倒れた。

葉月は苦しく立ち上がり髪を毟って投げた。矢の形になった髪は一号と三号に飛んでいった。

一号は稲妻で髪を消滅したけど、三号はそう幸運ではなかった。手で払ったけど、何本は身体を貫いた。三号は素手で抜こうとしたが、出来なかった。

一号はすぐ三号の傍に駆け寄って、身体に突き刺さった髪を抜いてあげた。

黒魂二つが髪を抜くのに夢中でいる時、葉月はまた自分の髪を毟って投げ出した。ちょうどこの時、三号の身体に刺さった髪も全部抜かれ、一号の稲妻によって焼かれてしまった。
自分たちに飛んで来る髪を、三号が全部,手て薙ぎ払った。はらはらと落ちる髪を見て、葉月またすぐ髪を投げた。

三号が目の前の髪を薙ぎ払っている時、葉月が跳び上がり、三号の後ろで闇エネルギーを吸収している一号に向けて髪を投げた。

葉月の算段を見抜いた三号も跳び上がり葉月の足を掴んで、強く地面に叩きつけた。

一号に向かって飛ぶ髪と三号が打ち払った髪は全部、稲妻によって容易くも焼かれてしまった。

三号は葉月の上に圧し掛かって、拳を彼女の身体中に打った。一号が近寄ってくるのをみて、三号は葉月の頭を掴んで身体を持ち上げた。

葉月は髪を抜こうと右手を上げたら、三号はすぐその手を掴んで、捻った。

「あああ!!」

初めてだ。葉月の悲鳴を聞くのが。

身体中を傷だらけにしてまで戦っている葉月の姿はもう見るに耐えなく、今まで安全な場所に隠れた僕はこれ以上じっとしていられなく走りだした。

心の中で葉月が教えた言葉をつぶやきながら。

走りだした僕は瞬くまに三号の手から葉月を奪いとった。葉月を抱いてこのまま逃げれると思ったが、ピラミットの一面にぶつかって倒れてしまった。球から放たれて稲妻も食らってしまった。体がしびれる。

「言い忘れたが、このピラミットは誰でも入れる。しかし、出て行こうとすると、俺らを同意が必要なんだ。もしくは、俺らを全員殺すか、球を全部壊す方法しかない」

一号が丁寧に説明してくれた。

この時、四つの球から「スス」という音がした。

「球がもてる時間ももうわずかみたいだなあ。大人しく俺らに食べられてね、お姉さん」

葉月は何も言わなかった。

仰向けに倒れた僕からは空に浮かんでいる球が見えた。確かに、だんだん薄れていく。薄れていくのは痛みに気を失いつつある僕の意識なのかもしれない。

一番激しく音を出しているのは二号が作った球だ。あまりにも耳障りなのでついそこに視線を向けてしまった。

何秒後、二号が作った球はついに消えてしまった。消えたその場所には白い光を放つ髪だけが残った。二号が作った球が消えると、残りの三つの球は繋いでた線をひいた。一号と三号がこの変化に驚かれ、呆然と立っている時、球を吸収した髪はすばやく三号に向かって飛んでいった。

球の闇エネルギーを吸収して力を増したためか、三号は避けることもできず、正面から髪の攻撃をうけ、すぐ倒れた。三号が作った球もいっそう激しく鳴り出した。死ぬ間際の悲鳴みたいだ。

一号は何もいわず二号を吸ったように、三号も吸収した。そしたら、頭にまた角が増えた。三号を刺した髪は浮かび上がり一号を狙っていたが、稲妻によって焼かれた。

「こんどはお前らの番だ」

一号の殺気がだんだん近づいてきた。

死の危機を感じた僕は逃げようとした。僕らを囲んだピラミットはもういないから、逃げるには絶好のチャンスなんだけど、身体が動かない。

今までずっと黙っていた葉月は口を開いた。

「動ける?」

「無理」

「手は?」

「何をする気なの?」

「私の頭から髪を抜いて空に向けて撒くだけでいい。……できる?」

「うん」

一号は傍に来る前に葉月に頼まれたことをやろうという焦りで、僕は必死になって手を動かし、葉月の頭から髪を抜いた。

ちょうどこの時、一号はもう僕らのすぐ傍に立っていた。

一号は両手を広げたら、掌から稲妻が現れた。一号は稲妻を掴んで振りかざした。

「痛めつけてやる!」

話して、一号は二つの稲妻を葉月の両足に向けて投げた。

「だめ!!

葉月はぐっと堪えていたが、僕は凄まじい叫び声を上げた。

一号は傍で喚いている僕にはかまわずまた両手に稲妻を作り出した。

「早く髪を投げて」

弱弱しい葉月の声に僕は我に帰って、自分のやるべき事を思い出した。

僕は残りの力を振り絞って髪を投げた。

髪は刹那に矢の形となって、一面の壁となり、一号の前を阻んだ。

「無駄な抵抗はもうよしな」

一号は髪の矢で出来た壁に向けて稲妻をぶっ放した。しかし、全部、髪に吸収されてしまった。一号は髪の矢の壁をまわろうとしたが、髪の矢の壁も動いて、いつも一号の前に立ちふさがった。

まわっていけないと知った一号は今度は手で髪の矢を掴み、無理やり突破しようとしている。しかし、失敗に終った。

「時間がもうきりきりか、本当の俺の姿を見せてあげる」

一号は何もしないので、僕は髪の矢の隙間から様子を窺った。一号の頭上にある四つの角が頭の中にだんだん吸い込まれた。角が全部入ると、一号の身体は倍になった。

「おおぉ~!」

一号の雄叫びに、僕は無形の圧力を感じた。息も苦しくなってきた。あまりの怖さに、この情況をくりぬける唯一の頼りの葉月に、つい目が行ってしまった。葉月の両足を突き刺した稲妻はもう消えていた。

葉月はただ目を閉じているだけだ。何を感じているか知らない。でも、分ったことは一つある。夏の地面は以外と冷たい。

一号は大きな手で髪の矢の壁を二三回叩いたら、髪は全部消えてしまった。

「お前らを地獄へ落としてやる!」

一号の声には憎しみがありありと溢れていた。

「地獄に落ちるのはお前だ」

葉月の挑発に一号はかっとなり、拳をとばしてきたけど、この時、どこからか髪が飛んできて一号の口の中に入った。その後に続いてもう二本長い髪が飛んできて、一号の両足を突き刺した。残り三つの球は消えてしまった。

「俺はここで死ぬわけにはいかない!」

一号は葉月に向けて投げた拳を戻し、二つの手をしっかりと握り締めた。最初はなぜ一号が攻撃をやめたかわからなかったけど、次に起こったことで分った。

一本の長い髪が一号の身体を貫いて突きでてきた。一号は力を合わせて、身体の中にあった髪と戦っていたのだ。でも、結局髪に負けてしまった。

髪に身体を貫かれても、一号は諦めず抗っている。一号の悪あがきは効果があったらしく、身体を貫いた髪はだんだん縮んでしまった。

髪がだんだん縮んでいる時、両足を刺した髪が空に浮かび、一号の両目を突き刺した。痛みで一瞬、一号は隙を見せた。その隙に突き込んで三本の髪は、頭を貫いた。

後ろ向けに倒れていく一号を、葉月はすぐ吸い込んだ。

三本の髪は消えたわけではなく、飛んできて、いきなり僕の心臓の部位を刺した。痛みが消えた。

「そのまま休んでいて」

こう言ってから、葉月は気を失った。僕もいつの間にか寝てしまった。

再び目を開けたら、天井が目に入ってきた。よく見ると自分の家に着いた。

「起きた?」

声のするほうに、顔を向けた。

葉月は坐って前を見つめる。見つめる先にはテレビがあって、崩壊した病院のニュースが流れてある。

「うん」

「私はこれから少し休む」

こう言って、僕の部屋に入った。
葉月が僕の部屋で休んでる間、僕はリビングルームのソファーに座り、テレビを見ていた。チャンネルを変えながら面白そうな番組を探した。すると、病院のニュースをみてしまった。

都市伝説みたいに紹介された。病院は崩れ、関係者たちはみなその夜のことを覚えていない。これは、何か新たな陰謀だの、宇宙人の仕業だのと、評論家たちは自分の意見を述べている。宇宙人の仕業と主張している評論家が一番真実に近づいているのかもしれない。

時間はいつの間にか夕方になった。空はオレンジ色に染めてある。僕の部屋からはなんの気配も感じられない。

三匹の黒魂との戦いでひどいけがをしたからいっぱい休まないと。

晩ご飯を作ろうと僕は厨房に入った。冷凍室には冷凍チャーハン、冷凍ギョーザなど冷凍食品がいっぱいある。チャーハンとギョーザをレンジに入れ、スイッチを押した。温めるまでやることもなかったので、携帯を取り出してメッセージがないか確認した。

桃色以外の人からは何の連絡も来ていない。深いかかわりがあるわけではないから同然のことだけど、ちょっぴり悲しくなった。

桃色のメッセージを確認すると全部、どこにいるの?何してるの?、こんな類の質問ばかりだ。一度でも答えたら永延と会話させられる恐れがあるのを知りながらも、つい返事を送ってしまった。人が寂しい時、どんなかすかな光でも浴びてみたい気持ちだ。

案の定、桃色はいろいろと質問攻撃を仕掛けてきた。面倒くさいと思いながらも感謝の気持ちが湧き上がったきた。

こんな些細な感動に浸っている最中、ドアの音がした。

僕の部屋から葉月が出てきた。顔は真っ白。病的な顔色だ。けががまだ治っていないみたい。

桃色とのやりとりは後回し。

「体は大丈夫?顔色がずいぶんとわるいけど」

「けがは全部治った。ただ、体力がまだ」

「ならもっと休んでよ。完全に回復するまで」

「そんな余裕も時間もない。来週の月曜日は大合戦。11名を相手にしなければならない。早く実力をあげないと」

それもそうだ。葉月が地球に来たのは運命の人と幸せに暮らすだめ。

「じゃ、ご飯たべよう。もう出来上がるところだし、いっぱい食べて体力をつけよう」

「そうだね」

葉月はソファーに座りテレビを見始めた。

チィ~ン!

レンジの音がした。

僕はチャーハンとギョーザを皿に移しリビングルームにもっていった。葉月はおいしそうに食べてくれた。

テレビはつけっぱなしになってた。チャンネルをいろいろと回してみたけど、一番多く放送されたニュースは猟奇殺人事件についてだった。

ここ最近、女性惨殺された事件が起こった。死体は裸のまま公園の芝生に倒れた。四肢は切断されたが、まだ見つかっていない。頭のついた胴体だけが芝生の上に、花に囲まれていた。画像は見せてくれなかったけど、想像するだけで、異様な感じがしてたまらなかった。第一容疑者は女たちの彼氏だ。行方をくらましたらしいので、今は指名手配中だそうだ。

このままこのニュースを聞くと、食欲も消えそうになったので、テレビを消した。

でもなぜか、殺人事件のことがずっと気になった。

「あの時、あいつを吸収するべきだった」

葉月がご飯を食べながらポツリと言った。

「どういう意味なの?」

僕はすぐ尋ねた。

葉月は僕をじっと見つめた。どう説明すればいいか、考えているのだろう。彼女は結局何も言わず、テレビを再びつけた。

殺人事件のニュースはまだ続いている。事件捜査が続くにつれ、わかってきた手掛かりが多いらしく、詳しく報道された。

女性被害者の死亡推定時間はほぼ同じ。それに、犯行場所はいつも人気のすくない公園。そして、付き合った彼氏がいて、事件後行方をくらましたこと、などなどいろいろと報道した。

葉月の言葉が気になったので、僕はもう一度きいてみた。

「『あの時吸収するべきだ』ってどういう事なの?もしかして、何かを知っているの?」

「犯人をわかっている」

「え!……誰なの?」

「知りたい?」

僕は頷いた。

「あの花屋の店員が犯人」

「嘘でしょう。しとやかな女性に見えるけど。もしかして、黒魂のせいなの?」

「そのとおり」

正直、僕は後悔した。あの時葉月を止めた事に。もし、あの時、葉月が、店員の黒魂を吸収したら、殺人事件が起こらなくてすんだのかもしれない。殺人事件が起こったのは、僕にも間接的に責任があるように思ってしかたない。

「くよくよと考えないで。あの三つの黒魂に手間取っただけ。そうじゃないと、すぐにでも店員の黒魂は吸収できた。それに、あなたに言ったように、黒魂は宿主が養った悪。責任が自分自身にある。あなたにではなく」

僕はどんな事を言えばいいか分らなくなった。

「こうなった以上、もっと悪い状態になる前に、片付けにいかないと」

「なら今すぐ行きましょう?」

「そうね」

そっけなく葉月は答えた。

「どうしたの?」

「店員の場合は黒魂が宿主を支配したのではなく、宿主の融合した。だから、僕が吸っても現れない可能性が大きい」

「じゃ、どうやったら解決できるの?」

「犯行をおかす直前に黒魂を片付ける」

葉月がこういったには、きっと何か考えがあるだろう。

「でも、どうやって、次の犯行時間の場所が分るの?」

「あの日、花屋から離れる前に、店員の頭に私の髪をうえつけた」

「今日も人を殺すかな?」

「やる」

「でも、黒魂もあなたの髪の存在を知っているでしょう」

「そう」

「ならどうして、黒魂はあなたの髪を抜かなかったの?」

「私の傷が回復してから、食べようとしているでしょう。でも、食べる方は私で、食べられる方はあいつになるけど」

しばらくの沈黙が続いてから、葉月が口を開いた。

「ギョーザもっとほしい」

僕はすぐ厨房へ行った。

「チャーハンももう一つ作ろうか?」

葉月は腹がすごく減ったらしく、チャーハンも食べると言い出した。

チャーハンとギョーザはあっという間に、葉月によって平らげてしまった。
「聞きたいことがあるんだけど、僕の部屋で休むだけで体が治れるの?」

皿を片付けてから僕はきいた。

「あなたの部屋の窓は大きい。光がよく降り注ぐ。それで充分」

「光を浴びながら回復するんだ」

「ただ浴びるだけじゃだめだけど、そのことについてはもういい」

葉月はちらっと壁時計を見て話した。

「犯行時間まで、まだ時間があるから、休んで」

「でも、まだ早いよ。眠れないよ」

葉月は僕の答えを聞いて、有無をいわず僕の額に手を当てた。そしたら、目の前が暗くなった。

目が覚めた。葉月の魔法のお陰なのか、身体がいつもと違って、とてもすっきりした気分だ。身が軽くなったようにさえ感じた。

葉月はじっとソファーにすわってテレビを見ていた。

「十分後に出発する」

僕が起きたのに勘付いて、葉月はいった。

「うん。分った」

顔を洗ってリビングルームに戻った。十分経って、僕と葉月は家を出た。

夜風は人のいない街を思うがままに走っている。見たことのない女性被害者の死体がふと頭の中に浮かんできた。想像力が豊かなのも、問題の一つだ。

身体が震えてきた。寒い夜風のせいか、それとも恐ろしい画面を思い浮かべたせいか、よく分らない。

今夜の月はとてもシャイだ。雲の後ろに隠れては現れ、現れてはまた隠れる。たまに街を疾走する車のライトがまぶしい。

ずっと黙ったままじゃ気まずいので、僕は授業をサボったことを話した。

「サボらなくてもいいけど」

「でも、体育の授業があったら休まないと。僕は自分でも知らないうちに、心の中で早く走りたいとか、そんな呪文を言ってしまうかもしれないから。そうなると僕、言い訳がつかないよ」

「あなたの迷惑になったみたいね」

僕は慌てて否定した。

「そんな事ないよ。ただ、僕が授業に参加したくないだけ」

「しかし、今のあなたの足は速く走るしかできないわけでもない」

「それってどういう意味なの?」

「足の筋肉を活性化したから、高く跳んだり、遠く跳んだりすることだってできる」

「本当?!」

「そう。ただ、一つだけ覚えてほしい」

「何?」

「あなたは今、速く走れる、高く遠く跳べるのは筋肉を活性化したからだけど、あなたの体が耐えられるわけでもない。体の負担を超えたら、足が壊れる恐れもある。だから気を付けて」

「分った」

どれほど歩いたか知らないけど、気づいたら僕たちは公園まできた。僕は十八年この町に住んだけど、こんな公園があることを今日始めて知った。こんな街離れに設けた公園は確かに、犯行にはうってつけの場所だ。

遠くから吹いてくる夜風が僕の身体から、勇気をさらっていくようなだ。

葉月と僕は公園の中へ向かった。

僕らはすぐ人影を見つけた。僕らが見つけたのはあの花屋の店員だけではなかった。店員の横には女性の死体があった。

僕らを見て、坐っていた店員は立ち上がった。手には等身大の真っ黒な鋏を持っていた。

街灯は灯っているが薄くて人の顔はよく見とれない。ちょうどこの時、月は顔を現したので、店員の顔を見ることができた。

「やっときたね!」

店員の声は女性と男性の声が混じっていた。顔も穏やかな女性の顔から、凶悪な顔に変わってしまった。

「ほら、この人、美しいでしょう?彼女の美しさは永遠の止まったの。この瞬間に。これからもっと美しくしてあげるけどね」

こう言って店員は気味悪く笑い出した。

「なぜ彼女たちを殺すの?何の恨みがあってあんな酷いことをするの?!」

僕は思わず声を荒げた。

店員は鼻で笑った。

「何でって。ただ、気に食わないからよ」

「気に食わないだけ? 」

「そうよ、何かいけないの?!くだらないとでも思ってるの?」

店員はまた笑い出した。笑い声には寂しさが含まれているように、僕には聞こえた。

「あんたにとってはくだらない理由かもしれないけど、私にとって、くだらない理由ではない。私がどれほど彼女たちを憎んでいるか、あんたにはわからないでしょうね。分るはずもない。一人一人、自分の彼氏に甘やかされて、愛に溺れていて。それが気に食わないのよ!なぜ私だけ一人なの?なぜ私には彼氏ができないの?なぜ誰も私に花を贈ってくれないの?!」

店員は鋏を開いて、横にいる女性の片方の太腿を刃で挟んだ。

「誰も私に花を贈ってくれないなら、彼女たちも花をもらう資格なんかない!」

店員はふと思い出したらしく、話を続けた。

「そうだ、どうやって綺麗な花を咲かせるのが知ってるの?それはね、いらない枝とかを全部切ってしまうことなの。簡単でしょう。そうすることで、つぼみに栄養がたっぷりと送れるのだから」

こういって、店員は自分の足元にある女性を見下した。

「何が『お前は花より美しい』だ。そんな言葉で喜んでいるなら、私が、花よりもっと美しくしてあげる」

店員は何の迷いもなく女性の片方の太腿を切断した。まるで、紙でも切っているように容易く見えた。

ほとばしる血の中で、店員は笑みを浮かべた。

吐き気がしたので、僕は身体をそらした。そして葉月に話しかけた。

「彼女は助けられないの?」

でも、葉月は何も言わず、じっと店員を見つめているだけだ。

「私の邪魔をしないで!」

葉月は僕の傍で何もしていないのに、どうやって邪魔をするんだろうと思い、つい、店員の方を見てしまった。

たくさんの髪の矢が店員に向かって、迅速に飛んで行った。店員は鋏を持ち上げ、あっという間に、すべての髪の矢を切ってしまった。切られた髪の矢は秋の落葉のように、はらはらと舞い落ちた。

「あんまり焦らないで。彼女を切ったら、あんたの番になるんだから。もう少しだけ、待っていてね」

店員はすぐ片方の太腿も切った。
これ以上見切れなくなった僕は女性を抱いて逃げる事くらいはできると思った。しかし、そんなことを考えている僕の前に、葉月が立ちふさがった。僕は、葉月の肩越しに店員が鋏を女性の腕に置いたのが見えた。

葉月は急に走り出し、高く飛び上がった。髪をひんぬいて、店員に投げつけた。髪はすぐ矢の形に変わり店員に向かって飛んでいった。

でも、今度も、店員は容易く髪を全部切ってしまった。

「そんなに我慢できないなら、あんたの方から先に切断してあげる!」

話し終えて、店員は葉月に向かって飛びついた。

葉月は空中に止まったまま、店員が来るのを待っていた。そして、もう一度髪を抜いて、店員目当てに投げた。しかし、髪は店員の鋏の前であまりにも弱かった。

店員の鋏がもうすぐで葉月に届きそうになったところ、上空から二本の髪の矢が鋏に飛びついた。髪の矢は鋏の刃面と衝突し、店員と鋏を地面にたたき付けた。

葉月は店員に立ち上がる機会をあたえないようと、髪を毟りとり、店員に向かって投げつけた。髪の矢が地面に突き刺さり、埃を起こした。

埃に包まれ、店員の様子が確認できないと思ったら、鋏だけが現れ地面に刺さっている髪を切った。

髪を全部切って店員は空に浮かんでいる葉月を睨んで、また飛んで行った。

僕は女性を助ける絶好のチャンスだと思い、走った。瞬く間に女性の傍についた。両足を全部切断された女性は静かに眠っている。こんなにたくさんの血を流したら生きられないと分ったけど、念のために、手を女性の鼻孔に差し出した。

「触らないで!」

もうすぐで女性の息が確かめられそうになったところ、店員の叫び声が聞こえた。僕はびっくりして、つい、手を引っ込んでしまった。

声のする方をみると、店員はすごい速さで走ってきた。

すさまじい形相の店員の迫力に、僕は逃げようとしても足はいう事を聞かない。店員の開かれた鋏が僕と段々近づいているその時、葉月が一瞬にして僕の目の前に現れた。

葉月は僕の前で店員の鋏の刃を掴んだ。葉月の両手からは鮮血が流れてきた。

「やあだね、あんたの力ってこれしかないの?」

店員の嘲笑に葉月は何も言わず、鋏の刃を握り締めていた。葉月の身体が小刻みに震えだした。

「どこか安全の場所へ行って!女性はもう死んだ」

目の前で行われたことに気を捕らわれた僕は、葉月の言葉で我に返った。女性が死んだからには、葉月の話とおりに行動するしかない。それに、今の僕には手助けのできるほどでもない。

僕は走り出し、近くの木にしがみついた。

葉月は僕に違う世界を見せてくれるといった。葉月の言ったとおり、僕は見る観客にしかできない。舞台に上がって一緒に演じることなんて、僕はできない。現に、今もこうやって、見ているだけ。

葉月は力を入れ、店員をは押し返し、後ろへ何歩かさがるとすばやく髪を抜いて、店員に向けて投げた。髪の矢は店員に向かって電光石火のこどく飛んでいった。

しかし、たくさんの髪の矢が前から来ても店員は慌てず、余裕に鋏を振り回した。

店員と葉月は互いに向かって走り出した。葉月は髪を抜いたけど、今回はすぐ投げなかった。店員とぶつかりそうになる頃を見計らって、飛び越し、一回転しながら店員の背中に向けて髪を投げつけた。

髪の矢は速いが、店員の反応も早かった。すぐ身を回した。全部切ってしまうには無理と思い、店員は鋏で髪の矢を横に払った。

葉月は店員に休む暇を与えず、また髪を投げつけた。

正面から飛びついてくる髪の矢は切ったが、横にはらってしまった髪の矢がまた攻撃してくるのを、店員は気づかなかったらしく、避けられぜ、刺された。

店員は苦痛の叫びを漏らした。

「あんたの身体を、絶対私の鋏で切ってやる!」

店員は右手で鋏を持ち、左手で背中の髪を抜き始めた。

もちろん、葉月はこのチャンスを見逃さず、次から次へと髪を射た。

店員は鋏を自分の前に立たせたけど、髪は鋏を回して、店員に向かった。

店員は鋏で飛んでくる髪をはねかえしながら、自分の背中に刺さった髪を抜いた。そして、抜かれた髪をすばやく切って、しつこく自分を追ってくる髪を全部切断した。

怒りに全身を震えている店員は叫びながら、葉月に向かった。

思うままに振り回せれている鋏を、葉月は避けながら後ずさった。

店員は葉月が後ろに避ける瞬間を狙って、鋏の片方の柄を掴み身体を一回転した。開かれたもう片方の柄は葉月の横腹に激突した。

葉月は弾かれ、木にぶつかり地面に滑り落ちた。

地面に手をついて立ち上がろうとする葉月の目の前に、店員はいつの間にか立っていた。

店員は葉月の横腹を蹴り、仰向けになった葉月の胸に足を踏みつけて、見下した。

「あんた、以外と綺麗だね。花のように美しくならない?あっ、間違った。花より美しくならない?私がめかしてあげる。あんたもきっと気に入ると思うわ」

葉月は何も言わず、ゆっくりと右手を頭の方に移した。たが、店員の目を誤魔化すことはできなかった。葉月の手が髪に届く前に、店員の鋏は先に葉月の右手を切断した。

「やめて!」

僕が店員に向けて叫んだけど、僕にはかまわなかった。

葉月の悲鳴は長い間、夜空の下で徘徊した。

「こうなった以上、変な真似はもうしないでしょう」

そして、店員は僕に向けて話し続けた。

「速く彼女に、『お前は花より綺麗だよ』といって。……じゃないと彼女、死んじゃうよ」
店員の言われるままにあんな言葉を口にしたくはないけど、店員が葉月を人質にしている以上、従うしかないと思った。

「お、、お前は、花より、、綺麗だよ」

途切れ途切れに発した僕の言葉を聞いて、店員は気味悪い笑い声を上げた。

「それじゃ、あんたの言葉とおりに、彼女を花よりも綺麗に死なせてあげる!」

僕はあっけにとられてしまった。僕の存在は葉月の足手惑いところではなく、葉月をさらなら危険に陥れる存在になってしまったから。

葉月はもがいている。痛みにもがくか、それとも店員から逃げようともがいているかは分らない。しかし、僕はこれ以上、見ていられなくなった。

観客になりたくない。葉月と一緒に舞台で演技したい。それに、葉月の力になりたい。

店員が鋏を開けて葉月の首を目当てにしている瞬間、僕は走り出した。心の中で『早く、もっと早く!』と叫びんがら。

店員にぶつかった感触が全身に走った。力加減のできない全速力の体当たりに、僕と店員は遠くへ飛んで行った。公園に植えられた木にぶつかってようやく止まった僕と店員だった。

僕は地面から起き上がろうとしたら、店員が僕の目の前に立っていた。恐ろしいほど怖く変わった店員の顔。人がこんな表情ができるかどうか、疑問にさえ思った。

「あんたみたいな雑草は、先に刈ってしまうべきのようね」

いいながら、店員は僕の前で鋏を開いた。

恐怖に震えている僕を見て、楽しんでいる店員は急に頭を上げた。そして、鋏を振りかざし、空から飛び降りてくる髪の矢を切り始めた。

「逃げて!」

葉月の声がした。僕はすぐ這い上がり、近くにある木の下まで走って身を潜めた。空に浮かんでいる葉月を見た。切断された腕から、血が流れている。

店員は髪の矢を切りながら、葉月との距離を縮めた。

これ以上、空中に浮かべないらしく、葉月は地面に降りてきた。

店員は葉月を隠れさせないため、僕に向かって飛んできた。こんな突拍子な店員の行動に、僕はただ目を見張って立ち尽くすしかできなかった。恐怖に身体が動けなくなった。先までの勇気がもう完全に吹き飛ばされた。

葉月は店員を追いながら、髪を射たが、全部切られてしまった。葉月はもう一度髪を投げた。しかし、今度は店員にじゃなく、僕に向けてなげた。

葉月の髪は僕の手前の地面に刺し込み、僕の服を引っ掛けて空に向かって伸びた。でも、僕はすぐ自分が落ちるのを感じた。地面の方を見ると、店員はもう鋏で髪を切ってしまった。

支えるものがなく、落ちてくる僕を、葉月は空で受け止めてくれた。片手で僕の服の襟を掴んでいる葉月は大変そうだった。

僕を無事、地面に下して、店員に向き直った。

葉月が僕を持って、地面に降りてくるまで、店員は何の攻撃も仕掛けてこなかったので、どういうことだろうと思い、店員の方を見た。

店員の足は髪に刺され、地面に固定されたらしい。それに、もう二本の髪は鋏の柄の二つの穴の部分を貫通した。店員がどんなにもがいても足の髪から逃げる事はできなかった。武器の鋏は髪によって使えなくなった状態になった。

葉月はゆっくりと店員に向かって歩いていった。葉月の足音に気付いたらしく、店員ははっとし、叫び出した。

「来ないで!これ以上きたら、鋏であんたの身体を綺麗さっぱり刈り込んでしまうから!」

葉月はまず、切断された自分の右腕を拾って、腕にあてがった。そして、髪の抜いて傷口を縫合した。白い光が傷口を包んだ。傷の処理が終って、葉月はどんどん店員に近づいていった。

近寄ってくる葉月を見て、店員は一層激しくもがき始めた。せめて鋏だけを髪の束縛から逃させようと、必死に揺すぶった。

店員も危険を感じたらしく、狂ったように鋏を揺すぶった。

髪がしっかりと地面に差し込んだのを分った店員は、鋏の柄から左手を離し、髪を抜こうとした。

しかし、葉月は店員の思うがままにさせてくれなかった。すぐ髪を抜いて店員に向けて放った。髪の矢は店員の左腕を貫いた。

店員は苦しくもがきながら叫んでいる。

葉月はもう店員の目の前についた。

「鋏を手放す気はない?」

葉月の声には鷹揚がなかった。

「そんなつもりは微塵もない!」

震えながらも、店員はきっぱりと言い張った。

店員の左腕に刺さった髪はだんだん太くなって、結局、店員の左手を腕から離された。

左腕が鋏から離れた店員の身体は力なく、地面に崩れ落ちようとしたが、まだ右手がしっかりと、鋏のもう片方の柄を掴んでいた。

葉月はもう一度、髪を抜いた。

それを見た僕は葉月の傍まだ走りよった。

「店員を苦しめなくてもいいでしょう。悪いのは黒魂なんだから」

葉月は僕をじっと見つめてから話した。

「私は彼女が黒魂と融合したとふんだが、間違いだった。彼女は自分の意志で黒魂を支配し、利用した」

葉月の答えに僕はびっくりするほかなかった。黒魂は人の負の感情によって生まれたから、支配することができるのも、当たり前のことかもしれない。それでも、僕が理解できないのは、彼氏のいる女性だからといって、殺さくても……

店員は僕の目から疑惑を感じたらしく、鼻で笑った。そして、夜空の星を見ながら話した。

「誰も私の気持ちを知らない」

「だから、誰もお前の事を好きになれない」

葉月の言葉を聞いて、店員は怖い目線を送ってきた。葉月は気にしていないようだ。

「本当に鋏から手放さないつもり?」

葉月はもう一度聞いた。

「絶対手放さない!」

店員のきっぱりした答えは、さらなる苦痛を呼び寄せた。
葉月はすぐ髪を投げ、矢になった髪は店員の右腕を貫通した。そして、髪は段々太くなった。

店員があんなにも鋏に執着している理由が分らない。店員が人を殺している時はどんな気持ちなんだろう。人々はみんなタブーをやらかすと、心のどこかに、蠢く何かを感じるものなんだろうか。

店員の悲鳴がびったりと止まった。

見ると、店員の両手はもう使えなくなって、肩から力なく垂らしている。店員の目には恐怖と絶望が満ち溢れていた。店員の小さな欲望、自分の心にある悪を思うがままに解放できる手段はもう、使えなくなった。

店員は地面に倒れた。咽ぶ声で話した。

「私を殺して。もう私には明日の太陽が見えない」

店員の言葉を聞いて、葉月は躊躇わず髪を投げた。

僕は店員を警察に任せようと言おうとしたが、髪の矢はすぐ店員の頭をぶち抜いた。

店員は事切れた。

と、その時、鋏はいきなり飛びあがり、どこかへ逃げようとした。

葉月は遠く離れている鋏をみて、強く息を吸った。

鋏は抗ってはいたが、葉月に吸い込まれるさだめからは逃れなかった。

僕は再び目を店員に向けた。どうやって店員の死体を処理すべきか、分らず立ちすくんでいた。女性の死体は被害者の死体として、片付けられるけど、店員の死体になると、話が違う。

店員の血まみれになった顔からは、目が半開きになっているのが分った。死ぬのが悔しいだろう。

店員の死体を見て、ぼうっとしていると、葉月は被害者の死体に向かって歩き出した。僕もすぐ後ろをついていった。

僕と葉月が被害者の傍まで来た。

これからどうしよと思い悩んでいる時、被害者はいきなり悲鳴を上げた。そして、上体をあげて、自分の下半身を見ながら慟哭した。

葉月はそんな被害者をただ見るだけだった。

確かに、葉月は被害者はもう死んだといった。でも、僕の目の前で必死にもがいている被害者はいったいなんなんだろう。

僕の疑惑に感じたらしく、葉月は話し出した。

「鋏がまだこの世にある時、彼女は思うがままに刈り込まれる植物状態になる。でも、鋏がいなくなったなら、彼女そのまま死ぬはずだった。けど、植物状態になった時に、彼女の身体の中で黒魂が強くなった。今、彼女が気を戻したのは、全部黒魂が彼女を操っているから。起きると、負の感情がもっと高ぶり、黒魂の力も強くなるから」

被害者の悲鳴は絶え間なかった。僕にはもう聞くに堪えられないので、葉月に問いかけた。

「彼女を助ける方法はないの?」

「彼女を助ける意味は、殺すこと?それとも生かせること?」

葉月の反問に僕はぼかんと口を開くしかなかった。こんな僕にかまわず、葉月は話し続けた。

「私は彼女を殺す。このまま生かしても、いつか彼女は自分で自分の命を粗末にする」

何かうまい言葉で言い返したいけど、頭の中には何の言葉も思う浮かべなかった。

葉月の言葉は間違っていないかもしれない。けれど、僕は自分の脳細胞をフル作動して、いい方法がないか、考えたけど、何も思い浮かばなかった。

僕が一人、悩みあぐねていると、葉月はいつの間にか、髪を抜いて被害者に投げた。

急に、被害者の悲鳴は止んだ。死んでしまったのか、と思い、被害者を見ると、被害者の下半身に新しい脚が生えてきた。真っ黒に染められた足だ。

被害者はすぐ立ち上がり、足で自分に飛んでくる髪を払った。そして、飛び上がり、葉月に向かって急速に落ちてきた。

葉月は僕を押して、自分は反対方向に身体を飛ばした。

被害者の足は地面を踏み潰した。巨声と共に、埃の霧がたちあがった。

埃が夜のそよ風に吹かれて周りが見えてくると、僕の目の前には大きな窪みが現れた。誰か巨人の使うスプーンで土を一回くんだようだ。

被害者は周囲を見回し、葉月を見つけて話しかけた。

「私がもう一歩で死にそうになった時、黒い影が私の目の前に現れたの。そして私に話した言葉によると、あなたを食べば、私には新しい脚が生えてくるらしい」

被害者は窪みから登りあがって、地面でくだびれている店員を見て、また話し出した。

「仇をうってくれて、ありがたいけど、私が新しい脚をもらうためには、やはりあなたに死んでもらうしかない」

店員を刺してあった四本の髪は店員の身体から離れ、被害者に向かって飛んでいった。被害者は髪に触れず、足を払っただけで、四本の髪は切られてしまった。

葉月は次の攻撃のために、髪を抜こうとすると、被害者は走りよって、上半身に連続に蹴りを入れた。葉月は両手で被害者の攻撃を防ぐため、髪を抜く時間はいなくなった。

被害者の猛烈な攻撃に葉月は少しずつ後ろに退かれた。葉月は大木に背中を押され、それ以上退けなくなった。

このチャンスを見逃すはずのない被害者は葉月の頭に向けて蹴りを入れた。

葉月は両手で頭を包んで守ったが、飛ばされ、木にぶつかって倒れた。

被害者はすぐ葉月の傍に走りより、左足をあげ、力いっぱい、振り下ろした。轟きとともに、埃が飛び散り、大地にまた凹ができてしまった。

葉月を助けたい気持ちはいっぱいあるけど、僕は走れなかった。たとえ、僕が葉月を抱いて、一時的にその場から離れても、すぐ被害者に追いつけ、葉月に守られる羽目になるから。僕は情けない自分が悔しく、憎くなった。

被害者がまた脚を振り上げかけたが、すぐ下ろして後ろに飛びさがった。

無数の髪の矢が被害者に向かって飛んでいった。被害者は脚で飛んでくる髪を次から次へと切った。脚を払った時に発生した風が鋭かった。

髪の矢が正面から被害者を攻撃する時、葉月は被害者に走って近づきながら、空に向けて髪を射た。

正面の髪の矢に被害者は気をとられ、空から自分に攻撃してくる髪に気付かなかった。

被害者は避けられなかった。髪の矢は被害者の全身の貫いた。痛みにもがき、髪の矢の束縛から逃げようと試みもしたが、無駄に終った。