「そういえば、魔法花火ってなんなんですか?」
受け皿に添え置かれた砂糖菓子をつまみ上げながら、ルアはそういった。
俺はその言葉に耳を疑った。
「お前、それも分からずに作っていたのかよ」
「いや、祭りに使うものだから、飾りか何かかと思ってたんですけど調合とか爆炎魔法とかの話をしててさっぱり分からなくなっちゃったんですよ」
「はあ」
疑問に満ちた顔をするルアをイーファはおどおどしながら、自分の両手を見ていた。
「もしかして、良く分からないものを作らせて、怖がらせたりしてませんか、わたし……?」
「いえ、そういうんじゃなくて――」
「あぁ……わたし、またやっちゃいました……やっぱりダメな魔導師なんだ……」
「うわっ、面倒くさっ……」
ルアはドン引きしていたが、俺はそうでもなかった。
自虐はイーファの癖のようなものかもしれない。自己肯定感は低いのかもしれないが、こういう発言は彼女のような人間にとってもっぱら儀式的なものだ。
「そ、それで魔法花火って何なんですか?」
「ああ、魔法花火はですね」
自虐していたイーファはルアの問いかけですぐに元の調子に戻った。
彼女は背後の本棚を漁りだし、一冊のきらびやかな装丁の本を取り出して机の上に広げた。どうやら図や絵が大量に乗っている本のようだ。
そこには夜空に打ち上がるカラフルな炎の演舞が描かれていた。息を呑むような絵は俺とルアの視線を引きつけて離さなかった。
「綺麗ですよね。魔法花火っていうのは魔法の力を使って、空に火で色とりどりの演出をするものなんです」
「エクリでは見たこともありませんね……」
「まあ、それこそフソウみたいな極東から最近やってきた芸術だしな。俺達みたいな東方人じゃないヤツが知っている方が珍しい」
「じゃあ、キリルさんはなんで知ってたんですか?」
ルアは不思議そうに首を傾げる。
そういえば、どうして知っていたのだろうか。考えてみるものの、よく思い出せなかい。ルアに「分からない」とだけ短く答えて、俺は出されたお茶にやっと手を付けた。落ち着いた苦味が口に広がる。確かに、一服したいときには合いそうな味だ。
「それで、今回の魔法花火はどんなやつなんだ?」
「あ、ええっと、フソウで伝統的に使われているシダレヤナギという型を使おうと思っているんです」
イーファは本を数ページめくって、それを見せてきた。
そこには無数の金の糸が空から垂れ下がるような、そんな綺麗な情景が描かれていた。これが現実に空に描がかれれば、その迫力と美しさは人を魅了することだろう。
しかし、何故かイーファはがっくりと肩を落とした。
「でも、上手く出来るかどうか自信がなくて……」
「作り方自体は分かるんだろ?」
「はい。魔法理論も、作用機序も分かってうえで作っています。でないと危険なので……それでも、祭りの日にこの絵みたいに綺麗な景色が作れるかは自信がないんですよ」
はあ、と大きなため息をつくイーファを前に俺は腕を組んだ。
「とりあえず、作ってみないことにはわからないだろ」
「それは……」
「そうですよ、せっかくですから完成させてから失敗したらそのとき悩んだら良いんですよ。私達も協力しますしっ!」
ルアはにこっと明るい笑みを見せる。俺達の励ましにイーファは心を打たれたように頷きを返す。
「そう……ですよね……」
「そうと決まったら、早速作業を再開しましょう!」
ルアは勢いよく立ち上がって、持ち上げたカップを呷る。そして、ごきゅごきゅと喉を鳴らしてお茶を飲みきった。
行儀は悪いが、彼女のやる気が伝わってくるようだった。
「では、お二人には申し訳ないんですがお使いに行ってきて欲しいんです」
「「お使い?」」
俺とルアの言葉が重なった。イーファはこくりと頷いてから、先を続ける。
「さっきの爆発で減った分の材料を補充しないといけないので、お隣の宮廷魔導師専用の倉庫に行って取ってきてほしいんです」
「そんなところがあるのか」
「大体の材料とか魔道具はそこからお借りしているものなんですよ」
さすがのサポート体制に驚く。宮廷魔導師という地位はこれほどまでに優遇されているのか。
しかし、そんな俺の驚きをイーファは首を振って否定した。
「共用なのでそんなに良いものじゃないですよ。よく使う材料とかは時々在庫がなくなってたりしますから」
「えー、それじゃあ、さっきの粉みたいなのも無くなってるかもしれないんですか?」
ルアが心配そうに聞くと、イーファはもみあげを弄りながらしばらく考えてから答えた。
「さっきの材料は小竜角粉というものなんですけど、あまり使わない材料なんですよ。多分まだ残っていると思います」
「そうか、ならさっさと取ってきたほうが良いな」
「宜しくお願いします。倉庫はここを出て、すぐ隣にあります。青い屋根が特徴的なのでよく分かると思いますよ」
「分かった、どれくらい必要なんだ?」
「そうですね……」
イーファは考え込むような様相になる。
「60フェイン……といっても分かりませんよね……」
「フェイン?」
ルアが聞いたこともない言葉に首を傾げる。俺の方も聞いたことはないが、文脈から大体見当は付いていた。
「重さの単位なんだろ」
「ああ、うちでいうイグナですか」
「多分、1イグナと1フェインは等価じゃないがな」
度量衡は国や地域によって異なる。
商人であれば、この事実はよく知っているところだが、言葉の通じる国からめったに出ないであろう冒険者や魔術師にとっては知らなくても当然なことだった。
イーファは細い腕を組んでしばらく悩んでから、背後の用具入れを漁り始めた。その中から、革袋を取り出してこちらに出してきた。
「とりあえず、この革袋いっぱいに入れてきてください」
「分かった」
俺は受け皿に置かれた砂糖菓子を口に放り込むと噛み砕いて、お茶で流し込んだ。そしてイーファの差し出した革袋を受け取る。
「それじゃあ、行ってくる」
「ええ、道中お気をつけて」
イーファに見送られながら、俺とルアは彼女の仕事場から出たのであった。