「フィッチ」
ラケットを回す。ラケットの落ちた向きが表か裏かで、サーブとレシーブを決めるのだ。
「アップ」
並木先輩は表を選んだ。裏、出てくれ。ラケットがコト、と音を立てて地面に落ちる。向きは……、裏だ。男子テニスの試合では、ほとんどの場合サーブから始めるのが有利だといわれる。

 サーブをとるということはつまり、ボールの主導権を最初に握るということ。コースや球種のサーブを打ち分けることで、相手を意のままに操ったりサーブだけでポイントを取ったりすることができるのだ。

 俺の場合、まだ主導権を握ることのできるようなサーブは持っていない。しかし、レシーブから始めるということはそのチャンスを並木先輩に渡すこととなる。
「サーブで」
消去法なのが悔しいが、ちゃんと勝ちを意識した選択をすることができた。今はそれでよしとしよう。

「よろしくお願いします」
俺が言うと、並木先輩もお願いします、と頭を軽く下げた。

 俺のサーブからスタートだ。決して速くも重くもないボールしか打てない。だが、相手のバック側に入れたら少しは嫌がるはずだ。
 バックを狙ってサーブを打つ。サーブは相手の正面に入った。少し回り込んで、体がねじれている。その体勢だと、ストレートには打ちにくいはずだ。
 パシン!クロスの短い位置にボールが入る。予想していた通りだ。足を素早く動かし、ラケットをまっすぐ振る……。
 うっ……。ラケットに当たったボールは想像以上に重い。今までこんなボールは受けたことがなかった。相手の力に負けて、ボールが浮いてしまった。これはまずい。相手のチャンスボールだ。

 並木先輩は待っていましたとばかりに、ボールに飛びついて俺のいる位置と真逆に深く鋭いボールを打ち込む。どこにボールがくるかはわかっていても、足を動かしていても間に合わない距離だった。

 悔しい。せっかく上手くなっても、埋まらない距離がここにはあるのか。今まで相手とちゃんとラリーすることすらできていなかったのだから、返せないのも当たり前か。そんな情けない考えが頭をよぎる。
 あんな重たいボールなんてどうやって返せば良いんだ。

 そうだ、ワールドソードワーズを思い出そう。この前の相手は鎧を身にまとっていて、そう、重たいボールと似たような感触だった。あの時は、力を右足にため込み左足に移していくことで、パワーを増幅させた。そうだ、肩の力だけで足りないのなら自分の体重も使えばよいんだ。

 よし、もう一度! 次のポイントは、絶対にとろう。