悪役令嬢の私ですが、メインヒロインの妹を溺愛します

「魔法は、無から有を生み出す。今まで不可能とされていたことを可能とする。そのような認識で間違いありませんね?」
「は、はい……そうです。だからこそ、魔法の研究を進めて、その方法を確立させなければなりません」

 エストは、あくまでも魔法は素晴らしいものという認識らしい。
 そう思いたいのは、両親の研究の成果というのも関係しているのだろう。

 その気持ちはわからなくはないのだけど……

 彼は賢い子だ。
 魔法の危険性についても、しっかりと理解してほしい。

「単純な話です」
「単純……ですか?」
「あの……アリー姉さま。いったい、どういうことなのですか? 私には、よくわからないのですが……」
「それは……」

 魔法の危険性を語ろうとして……
 ふと、思い出した。

 これ、ゲームのイベントにあったヤツなのでは?

 共通ルート中の一イベントだ。
 同じく、エストの両親の研究が止められるというイベントが起きて……
 その主犯格が、悪役令嬢である私なのだ。

 研究の詳細は明かされていなかったものの、悪役令嬢は、妹に嫌がらせをしたいというだけの理由で研究をストップさせた。
 そして、エストを困らせてやろうとした。

 結果、メインヒロインの活躍で研究は再開される。
 悪役令嬢の株も落ちる。
 ……そんなイベントだ。

 今の状況は、まさにそれと酷似していて……
 このままだと、私がエストの両親の研究を完全にストップさせることになる。

 なるのだけど……

(まあ、仕方ないか)

 魔法が危険なのは本当のことだ。
 それなのに、我が身可愛さに問題を放置するわけにはいかない。

 私は悪役令嬢ではあるが、それ以前に、公爵令嬢なのだ。
 それにふさわしいことをしなければならない。

「……魔法の危険性ですが、とても単純なことです。なんでもできると言っても過言ではない魔法……それが悪用されたとしたら?」
「……あ……」

 その可能性は考えていなかった。
 そんな感じで、エストは小さな声をこぼした。

「私は研究資料を見たわけではないですが、魔法技術が確率されれば、私達の生活技術は大きく向上するでしょう。それは素晴らしいことですが……しかし同時に、悪事に使われる危険性があるということも無視できません」
「し、しかしそれは、厳格な制度を作り、法を整えれば……」
「それでも悪事に使う人は出てくるでしょう。包丁で人を刺してしまうように、魔法が身近なものになれば、それを犯罪に使用してしまう人は出てきます。絶対に」
「そ、それは……なら、資格を設けて、それを取得できない者は使えないようにすれば……」
「そうなると、身近な便利な力ではなくなり、生活が向上するということはなくなるでしょう。一部の者だけの特権になるか、あるいは、軍が利用することになるでしょう」
「……あ……」
「ですが、そのようなことは望んでいないはずです」
「……はい。父も母も、人々のために、と魔法の研究をしていたので」

 私の言いたいことを理解してくれたらしく、エストは意気消沈してしまう。

 よかった。
 ここで、「そんなことはない!」と聞く耳持たず、反論されたらどうしようもないのだけど……
 そんなことはないみたいだ。

 きちんと現実を受け止めて、考えることができる。
 年下なのに、なかなかできることじゃない。
 さすがヒーローだ。

「……」

 ただ、ひどく落ち込んでいる。
 それだけ父と母を尊敬して、魔法の可能性について期待していたのだろう。

 言わなければならないことだったけど……
 とはいえ、こんな姿を見せられると、少しかわいそうになってくる。
 庇護欲をそそられるというか、なんとかしてあげたいというか……

 ……うん?
 ちょっと待てよ。

「お父さま。グランフォールド家の魔法の研究ですが、ストップをかけたのですね?」
「ああ、そうだよ」
「それは、終了ですか? それとも一時停止ですか?」
「一時停止だね」
「え?」

 エストがキョトンとした顔に。
 フィーも似たような顔に。

 うん。
 ヒーローであるエストには悪いのだけど、フィーの方がかわいい。
 圧倒的にかわいい。
 最強ではないだろうか、私の妹は?

 話が逸れた。

「一時停止ということは、魔法の研究をやめさせたわけではないのですね?」
「ああ、そうだね」

 お父さまの態度を見て、色々と納得した。

「なるほど……魔法は便利ではあるけれど、危険な刃にもなりえる。そのために、まずは技術を確立するよりも運用方法を検討して、慎重に法整備を進めていかなければならない。そうして魔法を普及させても問題のない体制を作り、改めて研究を再開する。あるいは、途中から再開させて、整備に合わせて技術を公開する。そのために、今は一時中断させた……というところでしょうか?」
「……」

 お父さまは目を丸くして驚いていた。
 フィーとエストも同じような顔をしていた。

 この三人、実は気がぴったり合うのだろうか?

「どうしたのですか、そんなに驚いて」
「それは……まだ誰にも公表していない、私が考えていたことをピタリと当ててしまうのだから」
「え、公表されていないのですか?」
「陛下には事情を説明してあるけどね。他の方や、グランフォールド家当主には、資料を作成してから説明しようと思っていたんだよ。それなのに、まるで私の心を読んだかのように、ピタリと言い当てるなんて……さすがアリーシャだね」
「はい、さすがアリー姉さまです!」

 お父さまに褒められて、素直にうれしい。
 フィーに褒められることは、もっと、めちゃくちゃ、ものすごく、とんでもなくうれしい。

 そして……

「……すごい……」

 エストにも褒められて、私は少し恥ずかしくなるのだった。
 なんで恥ずかしくなったのか、それはよくわからない。
「ありがとうございました」

 お父さまは仕事があるからと退出して……
 私達だけになったところで、エストが頭を下げた。

「お二人のおかげで真実を知ることができました。重ねて、感謝を」
「い、いえ! 私はなにもしていません。全て、アリー姉さまのおかげですから」
「そんなことはありませんよ。この場にフィーがいてくれる、ということは、確かにプラスに働いたのですから」

 お父さまに愛人がいること。
 私はともかく、フィーには絶対に知られたくなかっただろう。

 私は生まれた時から公爵令嬢としての教育を受けているため、愛人や妾など、そういうものに対して理解がある。
 でも、フィーはどうだろうか?

 聞けば、貴族としての教育はあまり受けていなかったようで……
 そういうことに関する理解もないかもしれない。

 つまり、事実が暴露されると、お父さまはフィーに嫌われてしまうということ。
 血の繋がりはなくても、お父さまはフィーを愛している。
 そんなフィーに嫌われるということは、とても耐え難いはずで……

 なので、私の脅迫……もとい、取り引きを受けたのだろう。

「?」

 フィーはよくわかっていない様子で、コテンと小首を傾げた。

 キョトンとするところもかわいい。
 抱きしめたい、頬ずりしたい。
 一緒に寝たい。

 でも、エストの前なのでさすがに我慢する。

 エストがいなかったら?
 迷わず抱きしめていたと思う。

「私は大したことはしていませんから」
「いえ、クラウゼンさまのおかげです。本当にありがとうございました」

 再び頭を下げられた。

 困った。
 エストは一学年下なのだけど、飛び級をしているから、実際はもっと年下だ。
 そんな相手に何度も頭を下げられると、とても落ち着かない。

 考えて……
 そうだ、と思いついた。

「エスト君、少しいいですか?」
「はい?」
「こんな時になんですが、クラウゼンと呼ばれてしまうと、フィーもいるので少し混乱してしまうのですが……」
「あ……そうですね、すみません」
「なので、私のことはアリーシャと名前で呼んでくれませんか?」
「え、名前で……?」
「はい。そうしてほしい、と思っていましたので。それがお礼ということで、どうでしょうか?」
「そんな! 名前で呼ぶだけで済ませてしまうなんて、そんなことは……」
「私がそう望んでいるのですよ? ですから、お願いします」
「……わかりました」

 やっぱり、エストは賢い。
 下手に話をこじらせることなく、私が望んでいることを叶えようとしてくれる。

 普通の男なら、妙なプライドが邪魔をして、自分の思いを貫き通すはず。
 それをしないということは、やはり、彼もヒーローなのだろう。

「では、これからはアリーシャさまと呼ばせていただきます」
「はい、ありがとうございます」

 しっかりと頷いて、

「ふふ」

 ついでに、笑みもこぼれてしまう。

「どうして笑うんですか?」
「あ、いえ。すみません。他意はないのです。ただ……」
「ただ?」
「初めてエスト君に名前で呼ばれたな、と思いまして」
「……あ……」

 やらかした、というような顔に。

 色々とあって、私に悪印象を持っていたとはいえ、名前を一回も呼ばないのはなかなかに失礼なことだ。
 遅れてそのことを自覚したらしく、エストは苦い表情に。

 そして、すぐに頭を下げようとするが……
 別に謝罪が欲しいわけではないので止める。

 というか、私は特に気にしていない。
 あちらこちらのヒーローから嫌われているのが現状だ。
 それに比べて、エストの反応はまだかわいい方。

「私は気にしていませんよ」
「しかし……」
「それに、うれしいです」
「うれしい……ですか?」
「はい。エスト君とは、仲良くしたいと思っていましたから。だから、名前で呼んでもらえて、少し距離が近くなったような気がして……だから、うれしいです」

 本当に気にしていませんよ。
 そう表現するかのように、にっこりと笑う。

「……」

 なぜか、エストがぽかんとした。
 凛々しい顔だけを見ていたから、なかなか新鮮な反応だ。

「どうしたんですか?」
「あっ……い、いえ! なんでもありません」
「?」

 どうしたのだろう?

 エストの反応を不思議に思っていると、

「むぅ……アリー姉さまは、私のお姉さまですから!」

 フィーが妙な対抗心を燃やして、私にぎゅうっと抱きついてくるのだった。
 無事、エストの問題を解決することができた。
 彼に好意を持たれた……とは言えないが、友達になることはできただろう。
 一歩前進だ。

 うん。
 この調子で、他のヒーロー達の好感度をマイナスからプラスに転じさせて……
 まだ顔を合わせていない最後のヒーローとも仲良くなりたい。

「……うん? そうなると、ハーレムエンドになるのでしょうか?」

 ゲームだと、各ヒーローの好感度を平等に上げて……
 最後の分岐でメインのヒーローのルートを選ぶ。

 でも、これを現実でやると、ハーレム展開なのでは?

 いや、それは甘い認識かもしれない。
 傍から見ると、あちらこちらに甘い顔をしている八方美人だ。
 悪い印象しか持たれないだろう。

「まあ、問題ありませんね」

 私は悪役令嬢。
 ならば、他人からの評価なんて気にしていられない。

 三度目の人生が用意されているか、そんなものはわからないし……
 二度目の今が奇跡のようなものだ。
 これを大事にして、悔いのないように行動していきたい。

「それで……」

 私は振り返ることなく、声だけを後ろへ飛ばす。

「なにか用ですか?」
「あら、気づいていたの?」

 ここは私の部屋。
 今は他に誰もいないはずなのだけど、しかし、声が響いた。

 はあ、とため息。
 振り返りたくないけど、でも、そうしないと話が先へ進みそうにない。

 顔を後ろへやり……
 そして、ゼノスと目が合う。

「いったい、どこから侵入してきたのですか?」
「ひどいわね。人を泥棒のように言わないでちょうだい」
「勝手に人の家に入る人は、泥棒と呼ぶのですよ」
「あらそう。知らなかったわ」

 しれっと言ってのける。
 なんて腹立たしい。

 前に顔を合わせた時に思ったけど……
 私、この邪神、無理。
 怖いとか、そういう感情ではなくて……
 嫌い。

 なにもかも全部、嫌いだ。
 好きになる要素が欠片もない。

「ふふ」

 嫌悪感が顔に出ているはずなのだけど、ゼノスは楽しそうに笑う。
 普通、不愉快になるはずなのだけど。

「やっぱり、あなたは楽しいわね。私が神であることを知りつつ、そんな反応を示した人間なんて、今まで一人もいなかったわよ? 誰も彼も、私のことを恐れ、あるいは発狂していったというのに」
「……あなたは、ニャルラトホテプですか」
「なにそれ?」

 異世界の邪神は、地球の邪神を知らないらしい。

「それで、なんの用ですか?」
「おめでとう」
「え?」
「祝福をしに来たの。ほら、無事にヒーローから好かれることができたでしょう?」

 好かれたわけではなくて、友達になっただけ。
 好感度マイナス状態から、プラマイゼロになっただけ。

 祝うほどのものではないけど……
 まあ、いちいち訂正するのは面倒なので、そのままにしておいた。

「それでお祝いを?」
「そそ。私って、サービス精神旺盛な邪神だから」
「はあ……」
「あと、実を言うと、すぐに破滅すると思っていたのよねー。ヒーローからの好感度、全員マイナス状態だし。それなのに、一人とはいえ、ひっくり返すことができた。これ、かなりすごいことよ? 褒めてあげる」

 やたらと上から目線だ。

 まあ、邪神だとしても、『神』なのだ。
 自然と上になってしまうのは仕方ないことなのだろう。

「わざわざ、そんなことを言うためにやってくるなんて、神様も暇なのですね」
「そうよ。けっこう暇って言ったじゃない」

 そういえばそうだった。

「でも、今日はそれだけじゃないわ」
「え?」
「あなたは私の予想を裏切り、そして、私を楽しませてくれた。うん、本当に面白いわ。あなたを見ていると、ぜんぜん飽きない」
「それはどうも」
「だから、がんばったご褒美に、簡単なお願いを叶えてあげる」
「お願い……ですか?」

 突然の話に、私は喜ぶよりも警戒をした。

 だって、相手は邪神だ。
 楽しそうだから、という理由で、破滅しかない悪役令嬢に転生させるようなヤツだ。

 手助けをするフリをして、罠を仕込んでおくとか、後でとんでもない対価を請求されるとか……
 なにか裏があるに違いない。

 そんな私の警戒を察した様子で、ゼノスが苦笑する。

「疑われてるみたいだけど、変なことはしないわ。確かに私は邪神だけど、あなたとは賭けをした。あなたに有利になったからといって、足を引っ張ろうなんてことはしない。正式な対決なのだから、神としての矜持があるわ」
「ふむ」
「だから、これは本当に、ただのプレゼント。私の気まぐれ。なにも仕込んだりしていないから、安心していいわ。それに、簡単なお願いだから、ヒーローに好きになってもらう、とか勝負を根本から覆すようなことはできないもの」
「……なるほど、わかりました」

 どうやら嘘を吐いているわけではなさそうだ。
 本心からの言葉なのだろう。

 でも、この邪神のことだ。
 そうした方が面白い、と思って行動していることは間違いないだろう。

「じゃあ、改めて聞くわね? 簡単なことなら、なんでもお願いを叶えてあげる。アリーシャ・クラウゼン、あなたはなにを望む?」
「……転生前の私が使っていたスマートフォンをいただくことは可能ですか?」

 少し考えて、私はそんなお願いを口にした。

「スマホ?」
「知りませんか?」
「いえ、知っているわ。異世界で使われている、携帯型の通信端末でしょう? 連絡をとるだけじゃなくて、写真や動画を見ることができて、インターネットに接続もできる」

 詳しい。
 神様だから、かな?

「どうでしょうか? ダメでしょうか?」
「それくらいなら構わないわ。ただ、当たり前の話だけど、通話はできないしネットにも繋がらないわよ?」
「問題ありません。私が欲するのは、スマートフォンのカメラと動画撮影機能なのですから」
「そんなものを欲してどうするの?」
「決まっているではありませんか」

 私は拳をぐっと握り、力説する。

「猫のようにかわいらしく、天使のように愛らしいフィーを収めるのです!!!」
「……」

 あれ?
 なぜか呆れられているような?

「……それだけ?」
「それ以外のなにが必要と?」
「……」

 まずい、呆れられてしまった。
 ゼノスの性格からして、笑うところだと思っていたのだけど……うーん。

 でも、私は本気だ。
 ちょっとしたおまけはあるものの、フィーのかわいいところを映像にして収めたいというのは本音だ。

 だから、彼女は許可を出す。

「まあ、いいでしょう」

 ほらね?

「では、手を……」
「あ。どうせなら、最新の機種にしてください。あとバッテリーがなくなってしまうと困るので、予備のバッテリーもお願いします」
「あなた、ここぞとばかりにわがままを言ってくれるわね?」
「ダメですか?」
「はぁ……いいわよ。ご褒美をあげるって言ったのは私だもの。はい、手を出して」

 言われた通り手を差し出すと、ゼノスが何事かつぶやいた。
 その言葉の意味はわからない。
 たぶん、神様が使う言葉なのだろう。

 すると、ふわりと光の粒が部屋いっぱいにあふれた。
 ホタルのように輝いていて、ついつい見惚れてしまう。

 光はしばらく浮遊した後、私の手の平の上に。
 やがて一つの集合体となり、コンパクトサイズのスマホが形成された。

「これはまた……すごいですね」
「ふふ、神ですからね。これくらいは造作もありません」

 ゼノスは得意そうだ。
 褒められることはうれしいらしい。

 子供みたいでかわいらしい……なんて思うことはない。
 確かに子供みたいではあるが、同時に、子供ならではの残酷さも持ち合わせているのだから。

「このスマホは……前世で私が使用していたものですね」
「見た目はね。中身は最新のものと入れ替えてあるわ」
「とんでもないことを、さらっと言いますね……」
「あと、これ」

 再び光が集まり、モバイルバッテリーが形成された。
 一つではなくて、三つ。

「予備を含めて、三つ、あげるわ。電気で充電するのではなくて、魔力で回復する仕様よ」
「魔力、と言われても……この世界に魔法はあるみたいですが、まだ研究段階なのですが?」
「大丈夫よ。周囲の魔素をエーテルに変換して……あー、ややこしい説明は面倒ね。とにかく、放っておけば勝手に充電されるわ。一週間で満タン、ってところかしら?」
「なるほど」

 つまり、一週間で三つ、使い切るようなことをしなければ問題ないということか。

 それに、三つというのは思わぬ収穫だ。
 充電以外の使い道も出てくるだろう。

 いざという時……とか。

「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
「はい、さようなら」
「あっさりとしたものね……ふふ、でも、そういうところが見ていて飽きないわ」
「珍獣扱いですか」
「似たようなものでしょう?」
「……否定できないところが悔しいですね」

 異世界からの転生者。
 そして、悪役令嬢。
 これほど珍しい存在はなかなかいないだろう。

「これからも色々と楽しみにしているわ。生き残るにしろ破滅を迎えるにしろ……ふふ、私を楽しませてちょうだいね?」

 そう言い残して、ゼノスは消えた。
 文字通り、最初からなにもなかったかのように消えた。

「まったく……本当に厄介な神様ですね」

 苦笑しようとして……
 しかし、苦笑することすらできない。

 ゼノスの厄介なところは、自分の楽しみのためなら、平気で人の人生を壊してくるところだ。
 その上で、楽しい、と心から笑ってみせるところだ。

 悪質極まりない。

 一応、ヒーローと結ばれれば私の勝利。
 なんでも言うことを聞かせられる、という賭けをしているのだけど……
 うまくいったとしても、やっぱりやめた、と土壇場でひっくり返される可能性がある。

 そして、その場合、私はどうすることもできない。
 相手は神様なのだから、手の出しようがないのだ。

「そうならないように……そして、そんなことになってしまったとしても、どうにかするための策を考えておかないといけませんね」
 朝。
 いつものように、歩いてフィーと一緒に登校する。

「今日は調理実習で、クッキーを焼くんですよ。うまくできるかどうか、ちょっと心配です……」
「大丈夫ですよ。基本、レシピ通りにすれば失敗はしません」
「そうなんですか?」
「はい。失敗する時は、だいたい、アレンジをしてしまう時ですね。そんなことはしないで、基本にしっかりと作ることが大事です。フィーなら、きっとうまくいきますよ」
「が、がんばりましゅ!」

 今から緊張しているらしく、噛んでいた。

 ああ、もう……
 なんでフィーは、そんなにもかわいいの?
 私を誘惑しているの? 誘っているの?

 学院なんて通っている場合じゃない。
 今すぐ家に帰って、フィーを抱きしめて、そのままゴロゴロと惰眠を貪りたい。

「アリー姉さま?」
「……はい?」
「どうかしましたか? 今、ぼーっとしていたような……」
「いえ、なんでもありませんよ」

 いけないいけない。
 ついつい欲望に支配されてしまうところだった。

 フィーを可愛がりたいのは事実だけど……
 尊敬される姉として、それ相応の振る舞いをしておかないと。

 その後は、優しく理解のある姉の仮面を被り、おしゃべりをしつつ歩いて……

「あ」

 アレックスと出会った。
 まったくの偶然らしく、向こうも驚いた顔をしている。

「おはよう、アレックス」
「ああ……おはよ」

 フィーは、にっこりとしつつ挨拶を。
 それに対して、アレックスはややぶっきらぼうな挨拶を。

 その態度はなんだ。
 朝からフィーに会うことができたのだから、もっと喜びなさい。

 ……なんて怒りたくなるものの、しかし、なにも言えない。
 だって、彼がぶっきらぼうな態度を取るのは、私が原因だろうから。

「シルフィーナは……そいつと一緒に登校してるのか」
「はい。アリー姉さまは、いつも私と一緒にいてくれるんですよ」
「ふーん」

 アレックスの視線がこちらへ。

 その瞳には、ハッキリとした敵意があった。
 私に関する悪い噂を耳にした結果だろう。

 子供じゃないのだから、噂に流されないでほしい……と、思うのだけど。
 でも、アレックスは良くも悪くもまっすぐで純粋な人だ。

 だからこそ、一度抱いてしまった感情をすぐに消すことはできないし……
 敵と認定した相手を、なにもない状態で友好的に接することはない。

「よかったら、アレックスも一緒に……」
「悪い。用事があるから、俺は先に行く」
「そ、そうですか……」
「じゃ、またな」
「は、はい。また」

 アレックスはひらひらと手を振り、先に学院へ向かった。

 やれやれ。
 彼を攻略するとなると、とんでもなく難しそうだ。
 今から頭が痛い。

「アリーシャさま! シルフィーナさま!」

 ふと、明るい声が飛び込んできた。
 振り返ると、エストの姿が。

「お二人共、おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう」
「息を切らしているようですが、ここまで走ってきたのですか?」
「は、はい……お二人の姿を見かけたので、つい」
「あら」

 なにそのかわいらしい行動。
 わんこみたい。

「えっと……僕も一緒に登校してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ね、フィー?」
「はい。一緒の方が楽しいですね」
「ありがとうございます」

 エストが加わり、三人で登校する。

 出会った頃からは想像もできないような笑顔で、エストは色々な話をしてくれる。
 両親の研究の一件で、うまく仲良くなれたのだろう。
 優しく澄んだ笑みを向けてくれている。

 やばい。
 なんていう破壊力の高い笑顔だろうか。
 年下好きじゃなかったのだけど、年下好きになってしまいそう。

 それにしても……

「……一方からは嫌われて、一方からは好かれて……わりと混沌とした状況ですね」
「アリー姉さま? 今、なにか言いました?」
「いえ、なにも」

 状況はあまり良いとは言えないのだけど、でも、がんばろう。
 大事な妹の笑顔を見守り続けるために、全力で運命に抗おう。
 ゼノスからスマホをもらい、三日が過ぎた。

 その間、フィーの愛らしい姿を撮影して……
 でも、それだけで終わらせない。

 せっかく口八町でスマホという、小型パソコンのようなアイテムを手に入れたのだ。
 この世界においては、完全なオーバーテクノロジー。
 これを駆使して、事態を打開したいところなのだけど……

「それにしても、少し分が悪いですね……」

 私の悪評は日に日に増して、学院中を流れまわっている。

 ゼノスはもうつまらない小細工はやめただろうが……
 一度流れた悪い噂というものは、そう簡単に消えない。

 あたかも真実のように人から人へ伝わり、広がり……
 私の学院における株価は、絶賛、マイナス値だ。

 どうにかしないといけないのだけど、個人でできることはたかがしれている。
 こういうものは力で押さえつけることは不可能。
 根本的な問題を切除しないといけないが……さて、どうしたものか?

「あれが……」
「この前も……」
「イヤね……」

 現在進行系で私の悪評はうなぎのぼり。
 今も、学院を歩いていると、そこらの生徒達がひそひそ話を始めるほどだ。

「頭が痛いですね……」
「アリーシャ・クラウゼン」

 ふと、名前を呼ばれた。
 振り返ると、メガネをかけた教師……らしき人が。

 はて?
 あのような人、この学院にいただろうか。

「少し話がある、ついてきなさい」
「わかりました」

 ここまで堂々としているのなら、不審者ということはあるまい。
 たぶん、私の知らない教師なのだろう。

 そう判断して、彼の後をついていく。

 ほどなくして職員室へ到着。
 さらに、隣接している生徒指導室へ。

 はて?

 生徒指導室を利用する目的は、たいてい一つ。
 説教だ。
 とはいえ、呼び出しを受けるようなことをしていないはずなのだけど?

「そこに座りなさい」
「はい」

 促されて椅子に座ると、対面に教師が。

 改めて見ると、かなりの美形だ。
 メガネをしているせいか、それとも、スラリとした顔立ちのせいか知的に見える。

 細く鋭い印象で、やや目つきは厳しい。
 ただ、それはそれ。
 その厳しさが良い方向に作用していて、男性の顔を綺麗に整えていた。

 背は高く、がっしりとした体格だ。
 なにかスポーツをやっていることがわかる。

「いきなり呼び出してすまない。ただ、君の噂を色々と聞いてね。少し話をしておきたと思ったんだ」
「はい」
「まず最初に……」
「話を遮ってすみません。その前に、私から質問を一つ、よろしいでしょうか?」
「なんだね?」
「大変失礼なのですが、先生のことを知らず……お名前を教えていただけませんか?」
「ああ、そうか。失礼した」

 怒られるかな? と思いきや、なぜか謝罪されてしまった。

「私は、ユーリ・クロムウェルという。最近、この学院にやってきた教育実習生だ」
「なるほど、そうだったのですね」

 教育実習生というのなら、顔を知らなかったのも納得だ。
 しかし、教育実習生が私になんの用だろうか?

「話を再開しても?」
「はい、どうぞ」
「では……まず最初に確認しておきたいのだが、君に関して色々とよくない噂を聞く。これに関して、なにか釈明することは?」
「釈明しろと言われれば釈明をしましょう。事実無根ですし。ただ、私が口にしたことを、そのまま信じていただけるのですか?」
「それは難しいな」

 おい。

「一方の話で全てを判断することはできない。君以外の生徒からも話を聞く予定だ。その上で総合的に判断をしたい」

 ふむ。
 ぱっと感じた印象だけど、短絡的な思考をする人ではなさそうだ。

「どのような判断を?」
「もちろん、必要とあれば必要な教育をして、正しい道に導くという、ものだ」
「それは……本気なのですか?」
「当たり前だろう?」
「……」

 思わずぽかんとしてしまう。

 なんだ、この人は?
 こんなまっすぐすぎる教育論を語る人がいるなんて……

 いや、待てよ?
 こんな人がいたような気がする。

 確か、そう……

「……なるほど」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」

 ようやく私は理解した。

 この人は……最後のヒーロー、攻略対象だ。
 ユーリ・クロムウェル。
 乙女ゲームの攻略ヒーローの一人で、唯一の教師だ。

 とはいえ、そこまで歳が離れているわけではない。
 教育実習生なので、年の差は数えるほど。

 その性格は真面目の一言に尽きる。

 教育というものに情念を燃やしていて、一人前の立派な教師になることを夢見ている。
 見た目はクールではあるが、その心はとても熱い。

 そんな思想を抱くに至ったのには、なにかしら理由があったはずなのだけど……
 あいにく、彼を攻略したことがない私は、その情報を持たない。

(これで最後の一人が判明した……ゲームのイベントのように、次々とヒーローが登場していますが、これも世界の流れ、というやつなのでしょうか?)

 そんなことを思うものの、確認することはできない。

 いや。
 ゼノスに聞けば、ひょっとしたら答えてくれるかもしれないが……
 あいつは神出鬼没なので、そもそも話をすることができない。

「どうした?」
「いえ、なんでもありません」

 いけない、いけない。
 考え事をするあまり、ぼーっとしてしまったみたいだ。

「それで、君に関する噂について、君はどう思っている? 肯定するか。それとも否定するか」
「噂の全てを知っているわけではありませんが、否定いたします」
「ふむ。その理由は? 根拠は?」
「根拠はありません。ただ……」

 たまに、ちらほらと噂が届いてくる。
 その中には……

「私は邪神を崇拝していて、夜な夜な怪しい儀式を行っている……などという荒唐無稽な話、先生は信じるのですか?」
「……さすがにそれはないな」

 ユーリが苦笑した。

 お。
 苦笑ではあるが、笑うとなんか、かわいらしい。
 ちょっとドキッとした。

「そのような荒唐無稽な噂なら、否定するのに根拠は必要ないと思いますが……ただ、その他の噂は微妙なところですね。私が人を使い、気に入らない方をいじめている。政敵となる生徒に圧力をかけている。表向きは愛想よくしつつも、裏では暴君のように振る舞っている……こういう、ありえるかも? という噂は否定しずらいです」
「もしかしたら関与しているかもしれない、ということを認めるのかね?」
「はい。否定しても、疑惑が深まるだけでしょうし」
「ふむ」

 私はやってない、やってませんよ!?
 とムキになって否定しても、それはそれで余計に怪しくなるというものだ。

 ならばいっそのこと、肯定はしないけど否定もしないという、曖昧なスタンスをとればいい。
 まともな思考を持つ人ならば、それだけで断罪することはないはず。

「……わかった、話を聞かせてくれてありがとう」

 ユーリは良識があるらしく、私を一方的に断罪することはしないようだ。
 ひとまず保留。
 改めて他の生徒から話を聞いて、それから最終判断をする、という感じだろう。

 よかった。
 ここで断罪されていたら、学院にいられないほど追い込まれていたのだけど……

 さすが、ヒーロー。
 良識派で安心した。

「貴重な話を聞かせてもらって感謝する」
「いえ、大したことはしていません」
「では、話はこれで終わりだ。時間をとらせてしまい、すまなかったな。そろそろ帰るといい」
「あー……」

 今は放課後。
 ユーリからしたら仕事もあるし、これ以上、私に構っていられないのだろう。

 でも、これはせっかくのチャンスでもある。
 最後のヒーローと知り合いになれたのだから、もう少し話をして、良い印象を持ってもらいたい。

「……先生、今、お時間はありますか?」
「多少なら問題はないが、どうした?」
「実は、相談に乗っていただきたく」
「相談?」
「えっと……」

 適当に相談と言ってみたものの、内容は考えていない。
 相談するべき内容は……そうだ!

「私の噂に関することです」
「ふむ」

 興味を持ったらしく、ユーリが話を聞く体勢に戻る。

「今話をしていた通り、私に関する色々な噂が流れています。それに、ほとほと困り果てていまして……」

 嘘は言っていない、本当のことだ。
 どう対処していいか、毎日頭を悩ませている。

「なにか良い知恵がないか、先生に相談に乗ってもらえれば……と」
「なるほど。力になるのはやぶさかではないが……しかし、それは君の話が本当の場合に限る。流れている悪評が真実だとしたら、それは自業自得だろう」
「はい、そうですね。なので、その辺りは先生に信じてもらえるしかありません」

 すぐに信じなさい。
 悪役令嬢とはいえ、かわいい女の子が頼み事をしているのだから、少しくらい信じなさい。

 心の中でそんな愚痴をこぼしつつ、しかし、表情は真剣に。

 じっとユーリを見つめて……

「……わかった」

 ややあって、ユーリは小さく頷いた。
「条件付きではあるが、君の力になろう」

 そんな言葉を引き出すことに成功した。
 やったね。

「条件というのは?」
「しばらくの間、君を観察させてほしい」
「観察……ですか?」

 思わぬ言葉に、ついついぽかんとしてしまう。

「私は教育実習生で、最近になってこの学院にやってきた。だから、君の人となりをまったく知らない。まずは、そこを確認させてほしい」
「なるほど」

 私が潔白なのか。
 それとも、悪評が流れて仕方ない人物なのか。
 自分の目で見極めたい、ということか。

「わかりました、大丈夫です」
「即答か」
「なにもやましいことはありませんから」
「よろしい。ならば、交渉成立だ。これから……そうだな、一週間の間、君のことを観察させてもらおう。それと、積極的に君の情報も集めさせてもらう」
「はい、わかりました」

 たぶんだけど……
 ユーリは前言撤回を絶対にしない人で、やると言えばとことんやる人だろう。

 だからこそ頼もしい。

 観察をされている間は、非常に気まずく、大変だろうけど……
 それを乗り越えれば、ユーリは私の味方になってくれる。
 心強い。

 ぜひ、今回の試練を乗り越えてユーリを味方にしよう。

「では」

 私が手を差し出すと、ユーリは不思議そうな顔に。

「なんだね、これは?」
「ひとまず、これからよろしくお願いします、の握手です」
「まだ君の力になると決めたわけではないが?」
「わかっています。ただ、これから一週間、私を観察するのでしょう? まずはその間、よろしくしましょう、ということです」
「ふむ……まあ、問題はないか」

 ユーリが私の手を取る。

「一週間、よろしく頼む」

 こうして……
 私とユーリの奇妙な一週間が始まった。



――――――――――



 これから一週間、ユーリが私の人となりを確かめるため、観察をする。

 ならば、いつも以上にがんばならければいけない。
 人助けを積極的に行い、ボランティアに励んだり……

 ……なんていうことはしない。

 ユーリは、普段のありのままの私を見たいはず。
 それなのに、あからさまに点数稼ぎに走れば失望させてしまうだろう。

 余計なことはしないでいい。
 元々、なにもやましいところはないのだから、普段通りに過ごすことが一番だ。

 と、いうわけで……

「フィー。今日はすぐに帰らず、図書室へ寄っていきませんか?」
「はい、アリー姉さま!」

 いつも通りかわいい妹を愛でることにした。

 本好きのフィーは、本を読むと周りが見えなくなるほど夢中になる。
 じーっと本を見つめ、時折、登場人物の台詞を無意識に口にして……

 うん、かわいい。
 やっぱり、私の妹は天使だと思う。

 そんな妹と過ごすことが私の日課だ。
 いつものように図書室へ……

「クラウゼンさま」
「「はい?」」

 呼びかけられて、私とフィーが同時に振り返る。
 それもそうだ。
 どちらもクラウゼンなのだから。

 見知らぬ女子生徒が……いや。
 よく見たらクラスメイトだった。

 いつも本を読んでいるような、物静かな女の子だ。
 言い訳になってしまうのだけど、そのせいで、すぐに思い出すことができなかった。
 挨拶くらいしか言葉を交わしていないのも要因だ。

 確か、名前は……

「こんにちは、ナナさん」

 ナナ・シュトライゼール。
 男爵家の令嬢で、一言で言うのなら子猫のような女の子だ。

 とても愛らしく、かわいらしく。
 見ているだけで和ませてくれる。
 そんなクラスメイト。

「アリー姉さまのお友達だったんですね。はじめまして。私は、アリー姉さまの妹のシルフィーナといいます」
「シルフィーナさんですね、よろしくお願いします」

 各々自己紹介をして……
 それから、図書室は話をするような場所ではないので、中庭へ移動した。

 中庭に設置されているベンチに座ると、ふんわりと、花壇から花の匂いが漂ってくる。
 そのおかげで少し落ち着いたらしく、緊張していたナナは和らいだ表情に。

「あの……突然、すみません。クラウゼンさんにお願いしたいことがあって……」
「私に? えっと……その前に、フィーも一緒でいいでしょうか? できることなら妹に隠し事はしたくありませんし、それと、悩み事というのなら、この子の知恵が役に立つかもしれません」
「え、えと、私はそんなに大したことは……」
「大したことはありますよ。フィーのなにげない台詞で、色々とハッとさせられることがあるのですから」
「はぅ」

 照れる妹、ものすごくかわいい。
 語彙力が貧弱になってきた。

「はい、私は大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、ナナさん。それで、お願いというのは?」
「お願いというか、相談というか……あの、クロムウェル先生のことなんです」
「クロムウェル先生がどうかしたんですか?」
「えっと……この前、先生とクラウゼンさんが一緒にいるところを見て。それで、その……お二人は仲が良いんですか?」
「良いとは言えませんが、悪いとも言えないのではないかと」
「そうですか……」

 とてもほっとした様子だった。
 それを見て、ピーンとくる。

 ははぁ。
 これは、もしかするとあれかな?

 ナナはユーリのことを……

「安心してください」
「ふぇ?」
「私とクロムウェル先生の間には、なにもありません。ただの生徒と教師です」
「そ、そそそ、それじゃあまるで私が……!」
「違うのですか?」
「……違わないです」

 わりとあっさりと認めた。
 ただ、ものすごく恥ずかしいらしく、耳まで真っ赤になっている。

 うん、かわいい。
 フィーの次の次くらいにかわいい。

 でも、絶対王者はフィー。
 それは未来永劫揺るがない。

「私に相談というのは、クロムウェル先生に関連したことですね?」
「は、はい……すごいですね。私はまだ、少ししか尋ねていないのに、こうも全てを言い当ててしまうなんて」
「アリー姉さまですから!」

 隣のフィーが誇らしげにしていた。

 妹に頼りにされて、誇らしく思われる姉。
 うん、たまらない。
 にやけてしまいそう。

「クラウゼンさまは、ただの、と言っていましたが、私はそうは見えず……ただ、そういう関係でないのなら、その、えっと……」
「はい、問題ありませんよ」

 要するに、恋路を応援してほしい、ということだ。

 ユーリはヒーロー。
 可能なら、私と結ばれて、破滅を回避したいところだけど……
 でも、それは打算による恋愛。

 そんなものよりも、ナナが抱いている純粋な恋心の方が何倍も綺麗で愛しい。
 彼女のために、今できることをがんばるとしよう。

「もちろん、応援させていただきます。どれだけ力になれるかわかりませんが、シュトライゼールさんの想いが届くことを祈ります」
「あ、ありがとうございます!」
「私もお手伝いしますね!」

 フィーもやる気たっぷりだった。
 年頃の女の子だから、こういう話は大好きなのだろう。

「あ……それと、私のことはどうかナナと呼んでください。クラスメイトですし」
「なら、私のこともアリーシャで」
「私は、シルフィーナでお願いします」
「はい。アリーシャさん、シルフィーナさん、よろしくお願いします」

 こうして、私達三人によるユーリ攻略同盟が結成された。



――――――――――――



 ナナとユーリを結ばせるため、やるべきことはなにか?
 まずは、ユーリにナナのことを認知してもらうことだ。

 ユーリは教育実習生で、特定のクラスを請け負っているわけではない。
 故に、私達のクラスとの接点がなくて、ユーリはナナのことを知らない。

 二人を恋人関係に発展させるためには、まずはナナを知ってもらうことから始めないと。

 そのために私が考えた作戦は……

「あっ」

 廊下を歩くナナ。
 両手にたくさんのノートを抱えていたのだけど、バランスを崩して床にばらまいてしまう。

 慌てて拾おうとして、

「大丈夫か?」

 近くに居合わせたユーリが手伝う。

 もちろん、これは偶然じゃない。
 あらかじめユーリの行動パターンを調べて……
 あえてナナがノートを集める役をして……

 そして、今してみせたように、ユーリの前でノートを落とす。
 そうすることで、自然に二人に接点が生まれ、知り合いになれるというわけだ。

「……アリー姉さま、すごい作戦です! これなら自然にお二人が知り合うことができます! すごいです!」
「ふふ、ありがとうございます」

 表面上は優雅に微笑むのだけど、内心では、愛する妹に褒められて有頂天になっていた。

 私、すごい。
 妹にすごいって言われた。
 ひゃっほー!

 ……なんて壊れてしまうくらい、喜んでいた。

 それはともかく。

「それで、あの……」
「ああ、それなら……」

 なんでもいいからユーリに質問をぶつけてみるといい。
 そこから話を広げて、少しでも長く会話を続けること。

 私が指示した通りにナナはがんばっているみたいだ。

 うまくいっている。
 この調子なら、作戦を第二弾階へ進めてよさそうだ。