「……転生前の私が使っていたスマートフォンをいただくことは可能ですか?」

 少し考えて、私はそんなお願いを口にした。

「スマホ?」
「知りませんか?」
「いえ、知っているわ。異世界で使われている、携帯型の通信端末でしょう? 連絡をとるだけじゃなくて、写真や動画を見ることができて、インターネットに接続もできる」

 詳しい。
 神様だから、かな?

「どうでしょうか? ダメでしょうか?」
「それくらいなら構わないわ。ただ、当たり前の話だけど、通話はできないしネットにも繋がらないわよ?」
「問題ありません。私が欲するのは、スマートフォンのカメラと動画撮影機能なのですから」
「そんなものを欲してどうするの?」
「決まっているではありませんか」

 私は拳をぐっと握り、力説する。

「猫のようにかわいらしく、天使のように愛らしいフィーを収めるのです!!!」
「……」

 あれ?
 なぜか呆れられているような?

「……それだけ?」
「それ以外のなにが必要と?」
「……」

 まずい、呆れられてしまった。
 ゼノスの性格からして、笑うところだと思っていたのだけど……うーん。

 でも、私は本気だ。
 ちょっとしたおまけはあるものの、フィーのかわいいところを映像にして収めたいというのは本音だ。

 だから、彼女は許可を出す。

「まあ、いいでしょう」

 ほらね?

「では、手を……」
「あ。どうせなら、最新の機種にしてください。あとバッテリーがなくなってしまうと困るので、予備のバッテリーもお願いします」
「あなた、ここぞとばかりにわがままを言ってくれるわね?」
「ダメですか?」
「はぁ……いいわよ。ご褒美をあげるって言ったのは私だもの。はい、手を出して」

 言われた通り手を差し出すと、ゼノスが何事かつぶやいた。
 その言葉の意味はわからない。
 たぶん、神様が使う言葉なのだろう。

 すると、ふわりと光の粒が部屋いっぱいにあふれた。
 ホタルのように輝いていて、ついつい見惚れてしまう。

 光はしばらく浮遊した後、私の手の平の上に。
 やがて一つの集合体となり、コンパクトサイズのスマホが形成された。

「これはまた……すごいですね」
「ふふ、神ですからね。これくらいは造作もありません」

 ゼノスは得意そうだ。
 褒められることはうれしいらしい。

 子供みたいでかわいらしい……なんて思うことはない。
 確かに子供みたいではあるが、同時に、子供ならではの残酷さも持ち合わせているのだから。

「このスマホは……前世で私が使用していたものですね」
「見た目はね。中身は最新のものと入れ替えてあるわ」
「とんでもないことを、さらっと言いますね……」
「あと、これ」

 再び光が集まり、モバイルバッテリーが形成された。
 一つではなくて、三つ。

「予備を含めて、三つ、あげるわ。電気で充電するのではなくて、魔力で回復する仕様よ」
「魔力、と言われても……この世界に魔法はあるみたいですが、まだ研究段階なのですが?」
「大丈夫よ。周囲の魔素をエーテルに変換して……あー、ややこしい説明は面倒ね。とにかく、放っておけば勝手に充電されるわ。一週間で満タン、ってところかしら?」
「なるほど」

 つまり、一週間で三つ、使い切るようなことをしなければ問題ないということか。

 それに、三つというのは思わぬ収穫だ。
 充電以外の使い道も出てくるだろう。

 いざという時……とか。

「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
「はい、さようなら」
「あっさりとしたものね……ふふ、でも、そういうところが見ていて飽きないわ」
「珍獣扱いですか」
「似たようなものでしょう?」
「……否定できないところが悔しいですね」

 異世界からの転生者。
 そして、悪役令嬢。
 これほど珍しい存在はなかなかいないだろう。

「これからも色々と楽しみにしているわ。生き残るにしろ破滅を迎えるにしろ……ふふ、私を楽しませてちょうだいね?」

 そう言い残して、ゼノスは消えた。
 文字通り、最初からなにもなかったかのように消えた。

「まったく……本当に厄介な神様ですね」

 苦笑しようとして……
 しかし、苦笑することすらできない。

 ゼノスの厄介なところは、自分の楽しみのためなら、平気で人の人生を壊してくるところだ。
 その上で、楽しい、と心から笑ってみせるところだ。

 悪質極まりない。

 一応、ヒーローと結ばれれば私の勝利。
 なんでも言うことを聞かせられる、という賭けをしているのだけど……
 うまくいったとしても、やっぱりやめた、と土壇場でひっくり返される可能性がある。

 そして、その場合、私はどうすることもできない。
 相手は神様なのだから、手の出しようがないのだ。

「そうならないように……そして、そんなことになってしまったとしても、どうにかするための策を考えておかないといけませんね」