話をしてみたところ、エストは私個人が嫌いなわけではないようだ。
クラウゼン家を敵視している様子。
いったい、我が家はなにをやらかしたのか?
早急に調べる必要があった。
エストと仲良くなるため、という理由もあるのだけど……
それ以上に問題になるのがフィーだ。
フィーもクラウゼン家の一員。
ありえないとは思うが、万が一くらいの可能性で、エストの敵視がフィーに向けられることもありえる。
それを防ぐためにも、なにがどうなっているのか、突き止めないといけない。
家に戻り、私個人の伝手を使い情報を集める。
たかが小娘、と侮ることなかれ。
確かに小娘ではあるが、しかし、その立場は公爵令嬢だ。
色々な人脈を有しているし、裏の世界の情報も流れ込んでくる。
それらをうまく活用してやれば……
「……なんていうこと」
とにかく、エストとクラウゼン家に関する情報をありったけ集めて。
それらを選別して。
必要なものを取り出していった結果、以下のことがわかった。
エストは平民ではあるものの、両親は宮廷学者だ。
その頭脳をしっかりと引き継いでいて、誰も解けないような難問を、幼い頃で解いてしまったとか。
聡明なエストだからこそ、飛び級を果たすことができた。
歳が大きく離れているのに、私達と変わらずに活動することができた。
ただ……
「まさか、クラウゼン家がエストの両親にちょっかいをかけていたなんて……」
色々な情報を検証した結果、そんな結論に。
詳細はまだ不明なのだけど……
エストの両親が研究する内容に、クラウゼン家が口を挟む。
そして、その研究をストップさせてしまう。
「そのようなことをされれば、クラウゼン家を敵視してもおかしくないですね」
まったく。
お父さまとお母さまは、なにをやらかしているのか?
悪役令嬢みたいな真似をしたら、最終的に破滅してしまうというのに。
「……うん? 私の親だからこそ、そんな真似をしたのでしょうか?」
悪役令嬢の両親らしく、嫌われるようなことを?
でも、メインヒロインであるフィーの両親でもある。
そう考えると、理不尽なことはしないはずなのだけど……
「……そこまで覚えていませんね」
クラウゼン家が辿る未来は覚えていない。
だって、仕方がないだろう。
好きなゲームだとしても、全てのシーン、全ての情報を覚えていることなんて不可能だ。
お気に入りのシーンに上書きされて、興味のない情報は消えてしまうもの。
「お父さまとお母さまがエストの両親に謝罪をして、ストップさせた研究を再開させれば……いえ、絶対に無理でしょうね」
お父さまもお母さまも我の強い人だ。
前言撤回をさせるのは並大抵の苦労じゃない。
やれないことはないだろうが、果てしなく時間がかかってしまう。
「さて、どうしましょうか?」
エストに嫌われている原因はわかったものの、対処法がさっぱりわからない。
クラウゼン家の行いによって、エストは私も嫌うようになった。
しかし、お父さまとお母さまから謝罪を引き出すことは不可能……もしくは、相当に時間がかかる。
……詰み?
「こうなってしまうと、エストのことは諦めるしかない……?」
正体不明のヒーローを含めて、他に四人もいる。
彼らの攻略を中心に考えて、エストのことは気にしなければ……
「なんて、そういうわけにはいきませんね」
嫌われているから避ける。
それは当たり前の考えかもしれないけど……
私の場合、少し違う。
せっかくなら仲良くなりたい。
友達100人とまではいかないけど、仲の良い人は多い方が良い。
その方が、きっと楽しい人生になる。
だから、エストとも仲良くしたい。
一緒に笑える友達になりたい。
理由?
ただの直感だ。
彼と友達になれば、きっと楽しいことになる。
今以上に笑顔があふれるようになる。
それだけだ。
彼がヒーローとか、なんかもう、そういうのは関係ない。
私は、やりたいようにやるだけだ。
「……はい?」
ふと、思考を遮るように扉をノックする音が響いた。
返事をすると、フィーがひょこっと顔を出す。
「アリー姉さま、お邪魔でしたか?」
「いいえ、そのようなことはありませんよ」
かわいい妹の用事は全てにおいて優先される。
邪魔なんてことは決してない。
「どうしたのですか?」
「アリー姉さまにお客様なんですが……」
「お客様?」
誰だろう?
ヒーロー達からは蛇蝎のごとく嫌われているし、その他、自宅にやってくるほど仲の良い友達はいない。
好感度を妹に極振りした結果だ。
「失礼します」
聞き覚えのある声と共に姿を見せたのは……
「エスト・グランフォールド……?」
「……」
「……」
「……」
私、フィー、エスト。
三人が顔を合わせているものの、テーブルの上の紅茶に手を伸ばすことはない。
穏やかにお茶会、なんていう雰囲気ではない。
ピリピリとした空気が流れ、一触即発という言葉がふさわしい。
そんな空気に戸惑い、フィーはおろおろとしていた。
おろおろする妹、かわいい。
カメラがあれば連写しているところだ。
「今日はどうされたのですか?」
黙っていても仕方ない。
私は口を開いて、エストの目的を確かめることにした。
「……本当は、あなたのところになんて来たくありませんでしたが」
おっと。
本音が漏れているよ?
そう思っていたとしても、さすがに、相手が目の前にいる時に口にしたらいけない。
頭は良いのかもしれないが、まだまだ子供というところか。
「あなたと……そして、シルフィーナさま以外に頼りになる人がいないんです」
「ふぇ?」
自分も関係者なの?
という感じで驚いて、フィーが目を丸くした。
「ふぇ」というところが、ものすごくかわいい。
ああ、なんでこの世界には録音機器がないのだろう?
思考がトリップしそうになるものの、なんとか我に返る。
「それは、どういう意味ですか? なにか困っていることが?」
「……あります」
「その問題の解決に、私達姉妹の力が?」
「……はい」
とても苦々しい顔をしつつ、エストが頷いた。
「ひとまず、話を聞かせてもらえませんか? そうでないと、どうしていいか、判断することもできません」
「……わかりました」
そうして、エストは語る。
「僕の両親は宮廷学者です」
「宮廷!? す、すごいですね……」
事情を知らないフィーは派手に驚いていたが、そういう反応は慣れっこなのか、エストはそのまま話を続ける。
「色々な研究をして、色々な発見をしてきました。そんな両親は国の宝だと、そう思っています」
「尊敬しているのですね」
「もちろんです」
そう答えるエストは、年相応の表情をしていた。
「ただ……先日、今まで取り組んでいたとある研究が強制停止させられました。期限は未定です」
「どのような研究を?」
「僕も詳細は知らないのですが……人が持つ新たな力について、と聞いています。魔法……と」
「ふむ」
魔法、ときたか。
ここは異世界。
魔法があるのも当然のことだけど、まだ普及しているわけではなくて、発見されたばかりなのか。
その辺り、ゲームではメインの題材として取り扱われなかったため、よくわからないのだ。
「父と母は人の新たな可能性を切り開くべく、魔法の研究を進めていたのですが……ある日、ストップがかかりました。詳細な説明はないまま、魔法の研究を禁止されてしまいました」
「……それに関与しているのが、クラウゼン家というわけですね」
「知っていたのですか?」
エストが驚きに目を大きくした。
ええ、知っていましたとも。
ただ、本人の口からそのことが語られるとは、さすがに予想はしていなかったのだけど。
「さきほども言いましたが、僕は魔法についての詳細を知りません。ただ、父と母からは、人の新しい可能性ということを聞いています。魔法に関する研究が進めば、きっと素晴らしいことになるでしょう」
「ふむ」
「それなのに、理不尽なことで研究が中断させられて……そんなこと、僕は許せません! そのようなことがあっていいはずがない!」
「……アリー姉さま。お父さまとお母さまが、本当にそのような命令を出したのでしょうか?」
「それはなんともいえませんが……無関係ということはないでしょうね」
私も独自に調査をしたので、そこそこの情報を持っている。
どこまで関与しているのか?
そこは不明だけど、クラウゼン家が無関係ということはありえない。
「お願いがあります」
「なんでしょうか?」
「お二人から両親にかけあってもらえないでしょうか? 僕の父と母の研究を再開させてほしい、と」
「それは……」
なるほど、そうきたか。
エストがいかに優れていても、まだ学生。
それに一般人のため、発言力はないに等しい。
ならば、家族である私とフィーの力を頼りにした。
理に叶った行動だけど、しかし、やはりまだ子供だ。
私とフィーはクラウゼン家の一員ではあるが、家族だからといって、無条件に言うことを聞くほどお父さまとお母さまは甘くない。
お願いをしたとしても、一蹴されてしまうだろう。
でも……
「問題を解決できるという確約はできませんが……できる限り力になると、約束しましょう」
「ほ、本当ですか!?」
「アリー姉さま!」
エストは驚いて、フィーは、それでこそというような顔に。
無理難題なのだけど……
それでも、エストの力になりたいと思った。
そう思ったのだから、前に突き進むのみ……だ。
お父さまとお母さまは優しい人だ。
しかし、厳しい人でもある。
なんかお願いをしたら、大抵のことは叶えてもらえるのだけど……
仕事に関することに口を出すと、一蹴されることが多い。
お前は、まだ学生の身。
勉学に励み、余計なことを考える必要はない……と。
そんな両親が下した決断に異を唱えるとなると、大変だ。
真正面からぶつかれば、まず間違いなく撃沈してしまう。
絡め手を使うしかない。
「グランフォールド君は……いえ、この際、エスト君と名前で呼んでも?」
「え? まあ……はい」
せっかくなので、ちょっとでも距離を詰めてみることにした。
彼も攻略対象だ。
悩み相談を受けている中、どさくさ紛れで卑怯だとは思うのだけど……
解決する代わりに交際しましょう、なんて言うわけではないのだから、これくらいはいいだろう。
「では……エスト君は、なぜ、私達の両親が魔法の研究をストップさせたのか、知っていますか?」
「いえ、知りません。色々と調べてみたのですが……」
「そうですか、そこは一緒ですね」
エストに嫌われる理由を探る中、両親の……というよりも、お父さまの判断を知ったのだけど、そこに至る経緯は不明だ。
なぜ、魔法の研究を止めたのか?
その理由と思考がわからない。
「まずは理由を知りたいところですが……さて、どうしましょうか?」
「あなたがお願いすれば、話を聞けるのでは?」
「それは無理ですね。お父さまは家族には甘いですが、仕事については厳しいので。単純に質問をしても、知る必要はないと教えてくれないでしょう。情報を引き出すには、それ相応の対価を提示しないと」
「……」
「どうしたのですか、ぽかんとして」
つちのこを発見した、というような感じで、エストはぽかんとしていた。
……この世界に、つちのこっているのだろうか?
「あ、いえ……意外とものを考えているのだな、と思って」
「それはつまり、私はなにも考えていないように見えた、と?」
「それは……その、すみません」
「いいえ、構いません」
エストが私を嫌うのは、クラウゼン家だから、という理由だけではないだろう。
ゼノスがあちらこちらに広めてくれた、悪役令嬢としての噂を信じてしまったからだと判断できる。
まったく。
あの邪神は、本当に余計なことばかりしてくれる。
「アリー姉さまは、とても聡明な方です! なにも考えていないとか、そんなことはありません!」
フィーがかばってくれた。
かわいい、最高。
私の妹、マジ天使。
「私のことを気にかけてくれて、ありがとうございます、フィー」
「えへへ」
にへら、と笑うフィー。
ああもう、かわいすぎる。
お持ち帰りしたい。
あ、一緒に暮らしているんだった。
「……」
私達のやり取りを見て、再び、エストがぽかんとした。
「どうしたのですか?」
「あ、いえ……仲が良いんですね」
「姉妹ですからね」
「そう、ですか……」
エストは、どこか微妙な顔をしていた。
フィーのおかげで、私に対する印象が少しだけ変わったように見える。
うん。
フィーに感謝だ。
ハグをしてなでなでしたいところだけど、そこまですると照れて、離れてしまう。
難しい年頃なのかもしれない。
「……ひとまず、ここで話し合いを重ねても、これ以上得られる情報はなさそうですね」
なぜ? という疑問ばかりが積み上がり、答えにたどり着くことはない。
「同感です」
「なので、お父さまに話を聞きたいと思います。フィー、エスト君。同席してもらえますか?」
「それは問題ないですが……」
「アリー姉さま。お父さまは、お仕事のお話はしてくれないのでは……?」
「ですね。ただ、こうも言ったでしょう?」
私は、いたずらっぽい笑みを浮かべて見せる。
「対価を提示すれば問題ありません」
「おや、今日は珍しいお客さんだね」
さっそく家に帰り……
お父さまに時間を割いてもらい……
エスト君を交えて、客間で話をすることに。
「突然の訪問、失礼いたします」
「いやいや、構わないよ。娘の友達なら歓迎するよ。ようこそ、クラウゼン家へ」
お父さまはにっこりと笑い、エストを歓迎してくれる。
ただ、この笑顔は今だけだろう。
仕事の話に踏み込むと、冷たく鋭いものに変わるに違いない。
こう見えて、怖い父なのだ。
本当なら雑談をして、なるべくお父さまの機嫌を良くしてから話をしたいのだけど……
無理をいって時間をもらっている以上、それは難しい。
それに、回りくどい話を嫌う人だ。
下手な小細工はせず、真正面から切り込んだ方がいいだろう。
「お父さま。今日は、お聞きしたいことがあって、貴重な時間をいただきました」
「ふむ、聞きたいこと? まさか……アリーシャかシルフィーナが、グランフォールド君と交際を!?」
「え?」
「いやいやいや、それはダメだ。待ちなさい。交際なんて、二人にはまだ早い。まずは社交界にデビューをして、いや、でもそれも……」
お父さまは、なにか盛大に勘違いをしているようだ。
あわあわと慌てている。
その様子にくすりと笑ってしまいそうになるのだけど……
同時に、温かい気持ちになる。
こうやって慌てるということは、私達のことを大事に想っているという証拠に他ならない。
私もシルフィーナも愛されているのだ。
うん。
私達姉妹は幸せものだ。
ただ……
「お父さま、私達は、エスト君と交際しているわけではありません。そういう報告をしに来たわけではありません」
「そ、そうなのか……」
「グランフォールド家について、お聞きしたいことがあるのです」
愛されているからといって、それに甘えるだけではいけない。
時に対峙しないといけないはずだ。
「……ふむ」
お父さまは一瞬で冷静さを取り戻して、ソファーに座り直した。
静かな……ひたすらに静かな視線をこちらに向けてくる。
「聞きたいことというのは?」
「お父さまならば、もう察しているのでは? 最近、グランフォールド家が進めていた研究にストップをかけたみたいですね。そのことについてお聞きしたく、本日はお時間をいただきました」
「……ふう」
お父さまは小さな吐息をこぼした。
それから立ち上がり、背中を向ける。
「アリーシャ達に話すことはなにもないよ」
「お父さま!」
「グランフォールド家のことを話すつもりはない。子供は子供らしく、勉強をして友達と遊んでいなさい」
やはりというか、取り付く島がない。
それにしても……
いつも以上に頑なな態度を取っているような気がするのだけど、気のせいだろうか?
絶対に知られたくないことに触れられたかのような……そんな感じだ。
「用事はそれだけだね? では、私は仕事に戻るよ」
ここでお父さまを逃してはいけない。
お父さまがなにを考えているのか?
それは、まだなにもわからないのだけど……
しかし、話を引き出す『対価』は用意している。
「お父さま、少しよろしいですか?」
「なんだい? 話はもう……」
「……三日前の昼。どなたとお食事をされていましたか?
お父さまを追いかけて、そう耳元で問いかけた。
反応は劇的で、お父さまの顔色がみるみるうちに青くなる。
まあ、当然だ。
娘から、浮気現場について問いかけられたのだから。
「……ど、どこでそれを?」
「……ふふ、秘密です」
私は悪役令嬢だ。
どうあがいてもその立場は変わらず、常に破滅の危機がある。
それを回避するために、今、奮闘しているわけだけど……
破滅を迎えてしまった後のことも考えておいた方がいい。
修道女として教会に預けられるか、国外追放されるか、処刑されるか。
色々な破滅パターンがあるのだけど、どのパターンでも家が関わってくるだろう。
その時のために、父と母の弱味も探っていた。
母は聖女と言っていいほど高潔な人物で、まるで弱味がなかったのだけど……
父は違った。
真面目な人なのだけど、それ故に女性に弱い。
好意を向けられると一蹴することができず、ついつい流されてしまい、そのままズルズルと……なんていうパターンが多い。
父は公爵だ。
妾の一人や二人、全く問題ないのだけど……
真面目な性格が災いして、決断することができず、浮気なんてことをしてしまっている。
早く妾として迎え入れればいいのに。
お母さまも反対はしないだろう。
まあ、それはともかく。
お父さまには悪いのだけど、これ、思い切り利用させてもらう。
「……か、母さんには?」
「……いいえ。このことは、まだ私しか知りませんわ」
「……そ、そうか。その、私は決して浮ついた気持ちで彼女と会っていたわけではなくて、むしろ、真剣に考えているからこそ悩み……」
「……そのことについて、私は文句などをつけるつもりはありません。ただ、お母さまは怒るかもしれませんね」
「……うっ」
その光景を想像したのか、お父さまの顔色がさらに青くなる。
公爵で一家の主。
しかし、お母さまにだけは敵わないのだ。
「……ああ、私、心が苦しいですわ。お母さまにこのようなことを報告しなければいけないなんて」
「……ま、まってくれ、アリーシャ。それは……」
「……ですが」
私はニヤリと笑い、悪魔のささやきを告げる。
「……お父さまが話をしてくれるのならば、三日前の光景は忘れてしまいそうな気がします。どうでしょう?」
「……わかった、話をしよう……」
お父さまは、とても疲れた様子で頷いた。
ごめんなさい、お父さま。
他に手がないし……
私は悪役令嬢なので、脅すなんてこと、当たり前なので。
「確かに私は、グランフォールド家が進めていた研究を止めた」
秘密を守ることと、お母さまの制裁。
その二つを天秤にかけて、お父さまは後者から逃れることを選んだ。
まあ、仕方ない。
お母さまは、別に妾を許さないほど器は狭くないのだけど……
事前の相談もなしに浮気をされていたら、当たり前だけど怒る。
そして、怒った時のお母さまは怖い。
「グランフォールド家は、魔法についての研究をしていたと聞いていますが?」
「そこまで知っているのか……ならば隠す必要はないな。その通りだ。無から有を生み出す魔法……それについて、グランフォールド家は実用化を目指していた」
「研究がどれくらい進んでいたのか、それはわかりませんが、エスト君の話によると、ある日一方的に打ち切られたようです。それについては?」
「私の命令によるものだろう」
全てお父さまが関与していた。
そのことを、意外とあっさり認める。
ふむ。
こうもあっさり白状するということは、お父さまとしては、悪いことをしているとは思っていないようだ。
むしろ、正しいことをしていると思っているっぽい。
なぜ、そのような考えに至るのか?
そこを突き止めたい。
「一方的な打ち切りで、なにも説明がないと聞いています。お父さまは、なぜそのようなことを?」
「それは……」
「仕事をされている時のお父さまの全てを知っているわけではありませんが……しかし、そのような理不尽をする方ではないと、私は知っています。なにかしら理由があるのだと思っています」
「……」
「しかし、お父さまの様子を察するに、その理由を簡単に話すことはできない。公にすることは難しい。違いますか?」
「……まったく」
お父さまは苦笑した。
「その頭の回転の早さ、いったい誰に似たのだろうな」
「お父さまとお母さまの娘ですから」
あと、前世の知識も少し混じっています。
そう心の中で付け足した。
「理由を教えていただけませんか?」
「しかし……」
「秘密にするのには、それ相応の理由があるのでしょう。しかし、関係者になにも説明しないと、不満だけが残ります。それはくすぶり続け、いつか大きく燃え上がるかもしれません。そういった火種を残すつもりなのですか? それは悪手ではないのですか?」
「……本当に叶わないな」
お父さまは、降参というように肩をすくめてみせた。
よし。
ひとまず、最初の関門をクリアーすることができた。
ただ、問題はここからだ。
お父さまが魔法の研究をストップさせた理由を知り……
その上で、グランフォールド家の研究を再開させることができるか?
それはとても難しく、一筋縄ではいかないだろう。
とはいえ、話を進めてみないことにはなにも始まらない。
「三人共、言われなくてもわかっていると思うけれど、これから話すことは他言無用だ。絶対に話してはならない。いいね?」
「「「はい」」」
私とフィーとエストは、揃って頷いた。
お父さまはメイド達を下がらせて……
それから、心を落ち着けるように紅茶を一口、口に含む。
そして本題に入る。
「……私がグランドールド家の研究をやめさせたのは、魔法の危険性に気づいたからだ」
「そんな!?」
真っ先に反論したのはエストだった。
やや前のめりになり、お父さまを睨みつける。
「魔法は危険なものではありません! とても画期的な力で、新しい技術です。その方法が確立されれば、僕達の生活、技術は数段上になることが……」
「わかっているよ」
「あ……」
お父さまに静かな目を返されて、エストは我に返ったらしい。
大きな声を出したことを詫びて、ソファーに座る。
「すみませんでした」
「いや、気にすることはないさ。気持ちはわかるからね」
「なら……」
「ただ、それでも私は反対するだろう」
お父さまからは、とても強い意思を感じた。
なぜ、そこまで魔法の研究に反対するのだろう?
私も疑問だ。
ここは異世界。
魔法の研究が始められたばかりで、科学技術は劣る。
故に不便なことも多い。
それを補うために、魔法技術が確立されればいいと思うのだけど……
お父さまは、なにを問題視しているのだろうか?
「私は、グランフォールド家の研究を……魔法をないがしろにするつもりはない。むしろ、魔法は素晴らしい技術だと思っている。実用可能になれば、大きな恩恵をもたらしてくれるだろう」
「そういうのならば、どうして?」
「魔法は素晴らしいものだが、しかし、同時に大きな危険を孕んでいるからだ」
「危険……ですか? お父さま、それはどのような……あっ」
問いかけようとして……
しかし、私は途中でお父さまの言葉の意味に気がついた。
そんな私を見て、エストは怪訝そうな顔に。
「なにか気になることが?」
「……ありますね」
エストにこんなことは告げるのは心苦しいのだけど、しかし、告げなければならない。
それで嫌われることになったとしても、それはもう仕方ない。
それに、嫌われるのは慣れっこだ。
なにせ、私は悪役令嬢なのだから。
「魔法は、無から有を生み出す。今まで不可能とされていたことを可能とする。そのような認識で間違いありませんね?」
「は、はい……そうです。だからこそ、魔法の研究を進めて、その方法を確立させなければなりません」
エストは、あくまでも魔法は素晴らしいものという認識らしい。
そう思いたいのは、両親の研究の成果というのも関係しているのだろう。
その気持ちはわからなくはないのだけど……
彼は賢い子だ。
魔法の危険性についても、しっかりと理解してほしい。
「単純な話です」
「単純……ですか?」
「あの……アリー姉さま。いったい、どういうことなのですか? 私には、よくわからないのですが……」
「それは……」
魔法の危険性を語ろうとして……
ふと、思い出した。
これ、ゲームのイベントにあったヤツなのでは?
共通ルート中の一イベントだ。
同じく、エストの両親の研究が止められるというイベントが起きて……
その主犯格が、悪役令嬢である私なのだ。
研究の詳細は明かされていなかったものの、悪役令嬢は、妹に嫌がらせをしたいというだけの理由で研究をストップさせた。
そして、エストを困らせてやろうとした。
結果、メインヒロインの活躍で研究は再開される。
悪役令嬢の株も落ちる。
……そんなイベントだ。
今の状況は、まさにそれと酷似していて……
このままだと、私がエストの両親の研究を完全にストップさせることになる。
なるのだけど……
(まあ、仕方ないか)
魔法が危険なのは本当のことだ。
それなのに、我が身可愛さに問題を放置するわけにはいかない。
私は悪役令嬢ではあるが、それ以前に、公爵令嬢なのだ。
それにふさわしいことをしなければならない。
「……魔法の危険性ですが、とても単純なことです。なんでもできると言っても過言ではない魔法……それが悪用されたとしたら?」
「……あ……」
その可能性は考えていなかった。
そんな感じで、エストは小さな声をこぼした。
「私は研究資料を見たわけではないですが、魔法技術が確率されれば、私達の生活技術は大きく向上するでしょう。それは素晴らしいことですが……しかし同時に、悪事に使われる危険性があるということも無視できません」
「し、しかしそれは、厳格な制度を作り、法を整えれば……」
「それでも悪事に使う人は出てくるでしょう。包丁で人を刺してしまうように、魔法が身近なものになれば、それを犯罪に使用してしまう人は出てきます。絶対に」
「そ、それは……なら、資格を設けて、それを取得できない者は使えないようにすれば……」
「そうなると、身近な便利な力ではなくなり、生活が向上するということはなくなるでしょう。一部の者だけの特権になるか、あるいは、軍が利用することになるでしょう」
「……あ……」
「ですが、そのようなことは望んでいないはずです」
「……はい。父も母も、人々のために、と魔法の研究をしていたので」
私の言いたいことを理解してくれたらしく、エストは意気消沈してしまう。
よかった。
ここで、「そんなことはない!」と聞く耳持たず、反論されたらどうしようもないのだけど……
そんなことはないみたいだ。
きちんと現実を受け止めて、考えることができる。
年下なのに、なかなかできることじゃない。
さすがヒーローだ。
「……」
ただ、ひどく落ち込んでいる。
それだけ父と母を尊敬して、魔法の可能性について期待していたのだろう。
言わなければならないことだったけど……
とはいえ、こんな姿を見せられると、少しかわいそうになってくる。
庇護欲をそそられるというか、なんとかしてあげたいというか……
……うん?
ちょっと待てよ。
「お父さま。グランフォールド家の魔法の研究ですが、ストップをかけたのですね?」
「ああ、そうだよ」
「それは、終了ですか? それとも一時停止ですか?」
「一時停止だね」
「え?」
エストがキョトンとした顔に。
フィーも似たような顔に。
うん。
ヒーローであるエストには悪いのだけど、フィーの方がかわいい。
圧倒的にかわいい。
最強ではないだろうか、私の妹は?
話が逸れた。
「一時停止ということは、魔法の研究をやめさせたわけではないのですね?」
「ああ、そうだね」
お父さまの態度を見て、色々と納得した。
「なるほど……魔法は便利ではあるけれど、危険な刃にもなりえる。そのために、まずは技術を確立するよりも運用方法を検討して、慎重に法整備を進めていかなければならない。そうして魔法を普及させても問題のない体制を作り、改めて研究を再開する。あるいは、途中から再開させて、整備に合わせて技術を公開する。そのために、今は一時中断させた……というところでしょうか?」
「……」
お父さまは目を丸くして驚いていた。
フィーとエストも同じような顔をしていた。
この三人、実は気がぴったり合うのだろうか?
「どうしたのですか、そんなに驚いて」
「それは……まだ誰にも公表していない、私が考えていたことをピタリと当ててしまうのだから」
「え、公表されていないのですか?」
「陛下には事情を説明してあるけどね。他の方や、グランフォールド家当主には、資料を作成してから説明しようと思っていたんだよ。それなのに、まるで私の心を読んだかのように、ピタリと言い当てるなんて……さすがアリーシャだね」
「はい、さすがアリー姉さまです!」
お父さまに褒められて、素直にうれしい。
フィーに褒められることは、もっと、めちゃくちゃ、ものすごく、とんでもなくうれしい。
そして……
「……すごい……」
エストにも褒められて、私は少し恥ずかしくなるのだった。
なんで恥ずかしくなったのか、それはよくわからない。
「ありがとうございました」
お父さまは仕事があるからと退出して……
私達だけになったところで、エストが頭を下げた。
「お二人のおかげで真実を知ることができました。重ねて、感謝を」
「い、いえ! 私はなにもしていません。全て、アリー姉さまのおかげですから」
「そんなことはありませんよ。この場にフィーがいてくれる、ということは、確かにプラスに働いたのですから」
お父さまに愛人がいること。
私はともかく、フィーには絶対に知られたくなかっただろう。
私は生まれた時から公爵令嬢としての教育を受けているため、愛人や妾など、そういうものに対して理解がある。
でも、フィーはどうだろうか?
聞けば、貴族としての教育はあまり受けていなかったようで……
そういうことに関する理解もないかもしれない。
つまり、事実が暴露されると、お父さまはフィーに嫌われてしまうということ。
血の繋がりはなくても、お父さまはフィーを愛している。
そんなフィーに嫌われるということは、とても耐え難いはずで……
なので、私の脅迫……もとい、取り引きを受けたのだろう。
「?」
フィーはよくわかっていない様子で、コテンと小首を傾げた。
キョトンとするところもかわいい。
抱きしめたい、頬ずりしたい。
一緒に寝たい。
でも、エストの前なのでさすがに我慢する。
エストがいなかったら?
迷わず抱きしめていたと思う。
「私は大したことはしていませんから」
「いえ、クラウゼンさまのおかげです。本当にありがとうございました」
再び頭を下げられた。
困った。
エストは一学年下なのだけど、飛び級をしているから、実際はもっと年下だ。
そんな相手に何度も頭を下げられると、とても落ち着かない。
考えて……
そうだ、と思いついた。
「エスト君、少しいいですか?」
「はい?」
「こんな時になんですが、クラウゼンと呼ばれてしまうと、フィーもいるので少し混乱してしまうのですが……」
「あ……そうですね、すみません」
「なので、私のことはアリーシャと名前で呼んでくれませんか?」
「え、名前で……?」
「はい。そうしてほしい、と思っていましたので。それがお礼ということで、どうでしょうか?」
「そんな! 名前で呼ぶだけで済ませてしまうなんて、そんなことは……」
「私がそう望んでいるのですよ? ですから、お願いします」
「……わかりました」
やっぱり、エストは賢い。
下手に話をこじらせることなく、私が望んでいることを叶えようとしてくれる。
普通の男なら、妙なプライドが邪魔をして、自分の思いを貫き通すはず。
それをしないということは、やはり、彼もヒーローなのだろう。
「では、これからはアリーシャさまと呼ばせていただきます」
「はい、ありがとうございます」
しっかりと頷いて、
「ふふ」
ついでに、笑みもこぼれてしまう。
「どうして笑うんですか?」
「あ、いえ。すみません。他意はないのです。ただ……」
「ただ?」
「初めてエスト君に名前で呼ばれたな、と思いまして」
「……あ……」
やらかした、というような顔に。
色々とあって、私に悪印象を持っていたとはいえ、名前を一回も呼ばないのはなかなかに失礼なことだ。
遅れてそのことを自覚したらしく、エストは苦い表情に。
そして、すぐに頭を下げようとするが……
別に謝罪が欲しいわけではないので止める。
というか、私は特に気にしていない。
あちらこちらのヒーローから嫌われているのが現状だ。
それに比べて、エストの反応はまだかわいい方。
「私は気にしていませんよ」
「しかし……」
「それに、うれしいです」
「うれしい……ですか?」
「はい。エスト君とは、仲良くしたいと思っていましたから。だから、名前で呼んでもらえて、少し距離が近くなったような気がして……だから、うれしいです」
本当に気にしていませんよ。
そう表現するかのように、にっこりと笑う。
「……」
なぜか、エストがぽかんとした。
凛々しい顔だけを見ていたから、なかなか新鮮な反応だ。
「どうしたんですか?」
「あっ……い、いえ! なんでもありません」
「?」
どうしたのだろう?
エストの反応を不思議に思っていると、
「むぅ……アリー姉さまは、私のお姉さまですから!」
フィーが妙な対抗心を燃やして、私にぎゅうっと抱きついてくるのだった。
無事、エストの問題を解決することができた。
彼に好意を持たれた……とは言えないが、友達になることはできただろう。
一歩前進だ。
うん。
この調子で、他のヒーロー達の好感度をマイナスからプラスに転じさせて……
まだ顔を合わせていない最後のヒーローとも仲良くなりたい。
「……うん? そうなると、ハーレムエンドになるのでしょうか?」
ゲームだと、各ヒーローの好感度を平等に上げて……
最後の分岐でメインのヒーローのルートを選ぶ。
でも、これを現実でやると、ハーレム展開なのでは?
いや、それは甘い認識かもしれない。
傍から見ると、あちらこちらに甘い顔をしている八方美人だ。
悪い印象しか持たれないだろう。
「まあ、問題ありませんね」
私は悪役令嬢。
ならば、他人からの評価なんて気にしていられない。
三度目の人生が用意されているか、そんなものはわからないし……
二度目の今が奇跡のようなものだ。
これを大事にして、悔いのないように行動していきたい。
「それで……」
私は振り返ることなく、声だけを後ろへ飛ばす。
「なにか用ですか?」
「あら、気づいていたの?」
ここは私の部屋。
今は他に誰もいないはずなのだけど、しかし、声が響いた。
はあ、とため息。
振り返りたくないけど、でも、そうしないと話が先へ進みそうにない。
顔を後ろへやり……
そして、ゼノスと目が合う。
「いったい、どこから侵入してきたのですか?」
「ひどいわね。人を泥棒のように言わないでちょうだい」
「勝手に人の家に入る人は、泥棒と呼ぶのですよ」
「あらそう。知らなかったわ」
しれっと言ってのける。
なんて腹立たしい。
前に顔を合わせた時に思ったけど……
私、この邪神、無理。
怖いとか、そういう感情ではなくて……
嫌い。
なにもかも全部、嫌いだ。
好きになる要素が欠片もない。
「ふふ」
嫌悪感が顔に出ているはずなのだけど、ゼノスは楽しそうに笑う。
普通、不愉快になるはずなのだけど。
「やっぱり、あなたは楽しいわね。私が神であることを知りつつ、そんな反応を示した人間なんて、今まで一人もいなかったわよ? 誰も彼も、私のことを恐れ、あるいは発狂していったというのに」
「……あなたは、ニャルラトホテプですか」
「なにそれ?」
異世界の邪神は、地球の邪神を知らないらしい。
「それで、なんの用ですか?」
「おめでとう」
「え?」
「祝福をしに来たの。ほら、無事にヒーローから好かれることができたでしょう?」
好かれたわけではなくて、友達になっただけ。
好感度マイナス状態から、プラマイゼロになっただけ。
祝うほどのものではないけど……
まあ、いちいち訂正するのは面倒なので、そのままにしておいた。
「それでお祝いを?」
「そそ。私って、サービス精神旺盛な邪神だから」
「はあ……」
「あと、実を言うと、すぐに破滅すると思っていたのよねー。ヒーローからの好感度、全員マイナス状態だし。それなのに、一人とはいえ、ひっくり返すことができた。これ、かなりすごいことよ? 褒めてあげる」
やたらと上から目線だ。
まあ、邪神だとしても、『神』なのだ。
自然と上になってしまうのは仕方ないことなのだろう。
「わざわざ、そんなことを言うためにやってくるなんて、神様も暇なのですね」
「そうよ。けっこう暇って言ったじゃない」
そういえばそうだった。
「でも、今日はそれだけじゃないわ」
「え?」
「あなたは私の予想を裏切り、そして、私を楽しませてくれた。うん、本当に面白いわ。あなたを見ていると、ぜんぜん飽きない」
「それはどうも」
「だから、がんばったご褒美に、簡単なお願いを叶えてあげる」
「お願い……ですか?」
突然の話に、私は喜ぶよりも警戒をした。
だって、相手は邪神だ。
楽しそうだから、という理由で、破滅しかない悪役令嬢に転生させるようなヤツだ。
手助けをするフリをして、罠を仕込んでおくとか、後でとんでもない対価を請求されるとか……
なにか裏があるに違いない。
そんな私の警戒を察した様子で、ゼノスが苦笑する。
「疑われてるみたいだけど、変なことはしないわ。確かに私は邪神だけど、あなたとは賭けをした。あなたに有利になったからといって、足を引っ張ろうなんてことはしない。正式な対決なのだから、神としての矜持があるわ」
「ふむ」
「だから、これは本当に、ただのプレゼント。私の気まぐれ。なにも仕込んだりしていないから、安心していいわ。それに、簡単なお願いだから、ヒーローに好きになってもらう、とか勝負を根本から覆すようなことはできないもの」
「……なるほど、わかりました」
どうやら嘘を吐いているわけではなさそうだ。
本心からの言葉なのだろう。
でも、この邪神のことだ。
そうした方が面白い、と思って行動していることは間違いないだろう。
「じゃあ、改めて聞くわね? 簡単なことなら、なんでもお願いを叶えてあげる。アリーシャ・クラウゼン、あなたはなにを望む?」
「……転生前の私が使っていたスマートフォンをいただくことは可能ですか?」
少し考えて、私はそんなお願いを口にした。
「スマホ?」
「知りませんか?」
「いえ、知っているわ。異世界で使われている、携帯型の通信端末でしょう? 連絡をとるだけじゃなくて、写真や動画を見ることができて、インターネットに接続もできる」
詳しい。
神様だから、かな?
「どうでしょうか? ダメでしょうか?」
「それくらいなら構わないわ。ただ、当たり前の話だけど、通話はできないしネットにも繋がらないわよ?」
「問題ありません。私が欲するのは、スマートフォンのカメラと動画撮影機能なのですから」
「そんなものを欲してどうするの?」
「決まっているではありませんか」
私は拳をぐっと握り、力説する。
「猫のようにかわいらしく、天使のように愛らしいフィーを収めるのです!!!」
「……」
あれ?
なぜか呆れられているような?
「……それだけ?」
「それ以外のなにが必要と?」
「……」
まずい、呆れられてしまった。
ゼノスの性格からして、笑うところだと思っていたのだけど……うーん。
でも、私は本気だ。
ちょっとしたおまけはあるものの、フィーのかわいいところを映像にして収めたいというのは本音だ。
だから、彼女は許可を出す。
「まあ、いいでしょう」
ほらね?
「では、手を……」
「あ。どうせなら、最新の機種にしてください。あとバッテリーがなくなってしまうと困るので、予備のバッテリーもお願いします」
「あなた、ここぞとばかりにわがままを言ってくれるわね?」
「ダメですか?」
「はぁ……いいわよ。ご褒美をあげるって言ったのは私だもの。はい、手を出して」
言われた通り手を差し出すと、ゼノスが何事かつぶやいた。
その言葉の意味はわからない。
たぶん、神様が使う言葉なのだろう。
すると、ふわりと光の粒が部屋いっぱいにあふれた。
ホタルのように輝いていて、ついつい見惚れてしまう。
光はしばらく浮遊した後、私の手の平の上に。
やがて一つの集合体となり、コンパクトサイズのスマホが形成された。
「これはまた……すごいですね」
「ふふ、神ですからね。これくらいは造作もありません」
ゼノスは得意そうだ。
褒められることはうれしいらしい。
子供みたいでかわいらしい……なんて思うことはない。
確かに子供みたいではあるが、同時に、子供ならではの残酷さも持ち合わせているのだから。
「このスマホは……前世で私が使用していたものですね」
「見た目はね。中身は最新のものと入れ替えてあるわ」
「とんでもないことを、さらっと言いますね……」
「あと、これ」
再び光が集まり、モバイルバッテリーが形成された。
一つではなくて、三つ。
「予備を含めて、三つ、あげるわ。電気で充電するのではなくて、魔力で回復する仕様よ」
「魔力、と言われても……この世界に魔法はあるみたいですが、まだ研究段階なのですが?」
「大丈夫よ。周囲の魔素をエーテルに変換して……あー、ややこしい説明は面倒ね。とにかく、放っておけば勝手に充電されるわ。一週間で満タン、ってところかしら?」
「なるほど」
つまり、一週間で三つ、使い切るようなことをしなければ問題ないということか。
それに、三つというのは思わぬ収穫だ。
充電以外の使い道も出てくるだろう。
いざという時……とか。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
「はい、さようなら」
「あっさりとしたものね……ふふ、でも、そういうところが見ていて飽きないわ」
「珍獣扱いですか」
「似たようなものでしょう?」
「……否定できないところが悔しいですね」
異世界からの転生者。
そして、悪役令嬢。
これほど珍しい存在はなかなかいないだろう。
「これからも色々と楽しみにしているわ。生き残るにしろ破滅を迎えるにしろ……ふふ、私を楽しませてちょうだいね?」
そう言い残して、ゼノスは消えた。
文字通り、最初からなにもなかったかのように消えた。
「まったく……本当に厄介な神様ですね」
苦笑しようとして……
しかし、苦笑することすらできない。
ゼノスの厄介なところは、自分の楽しみのためなら、平気で人の人生を壊してくるところだ。
その上で、楽しい、と心から笑ってみせるところだ。
悪質極まりない。
一応、ヒーローと結ばれれば私の勝利。
なんでも言うことを聞かせられる、という賭けをしているのだけど……
うまくいったとしても、やっぱりやめた、と土壇場でひっくり返される可能性がある。
そして、その場合、私はどうすることもできない。
相手は神様なのだから、手の出しようがないのだ。
「そうならないように……そして、そんなことになってしまったとしても、どうにかするための策を考えておかないといけませんね」