悪役令嬢の私ですが、メインヒロインの妹を溺愛します

「おはようございます」

 私はにっこりと笑い、挨拶をした。
 自分で言うのもなんだけど、極上のスマイルだ。
 値段をつけてもいい。

 そんな笑みを向けている相手は、

「……なんだよ」

 アレックスだ。
 私の悪い噂は彼のところに着実に伝わっているらしく、敵対心たっぷりだ。

 ここは学院の入り口。
 人目があるため無視はしないものの、露骨にうんざりとした表情を浮かべていた。

「俺になにか用事か?」
「いえ、特に用はありません。姿を拝見したので、ご挨拶を」
「そんなもの、いらないんだが」
「あら。同じ学院に通う者、挨拶をするのは当然のことだと思いますが」
「……勝手にしろ」

 俺は挨拶なんてしないからな。
 そう態度で語るように、アレックスは背中を見せて立ち去る。

 うん、最初はこんなところだろう。

 彼の態度を気にすることなく、私は次の目的地へ。



――――――――――



「おはようございます」
「……」

 ジークが通りかかりそうな場所で待ち伏せして、挨拶をするのだけど、見事に無視された。

「おはようございます」
「……」

 二度、挨拶をするも、やはり無視されてしまう。
 気づいていないということはないだろう。
 だとしたら、彼はどれだけ鈍感なのか。

「おはようございます」
「……はぁ」

 三度、挨拶をすると、ようやくジークが反応してくれた。
 挨拶は返してくれないものの、こちらを見てくれる。

「なにか用事が?」
「いいえ。ただ、レストハイムさまを見かけたので、挨拶を」
「白々しい……どう見ても待ち伏せをしていたじゃないか」
「それは、なぜか私のことを嫌っているみたいなので、関係修復を図りたいと思いまして」
「必要性を感じないな。君のような悪女と仲良くなりたいなどと、思ったことは一度もない」
「そうおっしゃらず」
「しつこい」
「わかりました。では、今日はここまでで。あまりしつこくして嫌われてしまったら意味がないので」
「今日は?」
「では……レストハイムさま、また明日」

 一礼して、その場を立ち去る。



――――――――――



 私の未来がかかっているのだけど……
 それを除いたとしても、アレックスやジークとは、また仲良くなりたい。
 前回と同じように友達になりたい。

 だから、ここで退くという選択はない。
 謎の脅迫に負けるわけにはいかない。

 なので、脅迫を無視して、ひたすらに構うことにした。

 私が勝手をしているだけなので、フィーに害が及ぶことはない。
 それに、私が目立つことで、脅迫犯の意識をこちらに集中させることができる。

 あと、アレックスもジークもバカではない。
 というか、とても賢い。
 きちんと話をすれば、流言などに惑わされることなく、心をひらいてくれるはずだ。

 つまり……

「今は、脅迫文なんて無視して、ひたすらに二人に接近する。それがベストですね」

 そんな答えを導き出す私。
 うん、完璧。

 ……なんて思っていた時期がありました。

「ふむ」

 脅迫文が届いて……
 構うことなく、アレックスとジークに接近して……
 早一週間が経とうとしていた。

 アレックスとジークの問題は、わりと良い方向に進んでいた。
 徹底的に構っていたら、根負けしたのか、少しずつではあるが話をしてくれるように。

 そして、私に関する悪い噂に疑問を持ち始めていた。
 良い傾向だ。

 一方で、悪いことも起きていた。

「わぁ……すごい手紙ですね」
「……そうですね」

 朝。
 登校すると、私の下駄箱いっぱいに手紙が詰め込まれていた。

 開封しなくてもわかる。
 全部、脅迫文だ。
 たぶん、刃なども仕込まれているだろう。

 私が無関心を装っているせいか、相手もどんどん過激になっているみたいだ。
 私にヘイトが集中している分は問題ないのだけど……
 このままだと、相手はなりふり構わず、私の周囲に手を出す可能性がある。

「さて、どうしたものでしょうか?」
 これ以上、脅迫犯を放置したらどうなるかわからない。
 下手をしたらフィーに害が及んでしまう。

 それだけは絶対にダメだ。

 できることなら、穏便に片付けたかったのだけど……
 こうなった以上、のんびりしていられない。

 私は大胆に行動する決意をした。



――――――――――



 脅迫犯が私の悪い噂を流すのなら、それを利用させてもらうことにした。

 幸い、私は公爵令嬢だ。
 それなりの人脈がある。
 色々な人に協力してもらい、噂に手を加えた。

 この噂はところどころが事実と異なり、意図的に流されたもの。
 悪意を持つ黒幕がいる。
 黒幕はとんでもないことを企んでいて、このまま放置したらとんでもないことになる。

 ……というような感じで、噂の内容を少しずつ少しずつ、陰謀論にシフトさせていったのだ。

 結果、生徒達は疑心暗鬼に。

 私が悪いのか?
 それとも、他に黒幕がいるのか?
 けっこうな勢いで混乱した。

 そうやって学院を混乱させることが目的だ。
 生徒達はまともな判断ができなくなり、噂に踊らされる。
 さあ、踊るがいい!
 私の手の平の上で……って、違う。

 ついつい思考が暴走してしまった。

 とにかく。
 なにが言いたいのかというと……

 このような状況に陥らせることで、犯人をさらに焦らせることが目的だ。

 人間、焦るとまともにものを考えることが難しくなる。
 冷静でいるつもりでも、どこかで簡単なミスをしてしまう。

 だから、犯人はミスをした。

 『アリーシャ・クラウゼンは黒幕の正体を知っている。それを公表、そして断罪する計画がある』

 そんな噂をまぎれこませた。

 わりと唐突な話だ。
 なんだろう? と思う人が大半だろうが……
 しかし、犯人からしてみたら決して放置できない内容だ。

 この噂を聞いたのなら、絶対に動くはず。

 そして……現に動いた。

「ふう」

 目隠しをされているため、視界は真っ暗。
 おまけに両手足を縛られているため、もぞもぞと動くことしかできない。

 カタカタと揺れているところから、馬車の中だろうか?

「思っていた通り、誘拐してくれましたね」

 焦った黒幕は、私となんとかしようと、直接手を出してくるはず。
 そこで正体を確かめて、確保すればいい。

 つまりところ、私は、私自身をエサにしたのだ。

 こんな状態ではあるものの、私はさほど心配も不安にもなっていない。
 黒幕が手を出してくると予想しているのだ。
 その対策をしていないわけがない。

 私の位置を知らせる魔道具を、信頼のできる相手に渡している。
 ほどなくして異変に気づいて助けに来てくれるだろう。

 私の役目は、それまで時間を稼ぐこと。
 そして、黒幕の正体と目的を確かめることだ。

「さて、どうなることか」

 ここがゲームをベースとした世界ならば、お約束の展開は当たり前のようにあるはずだ。
 つまり、犯人が自分の犯行を自慢してべらべらと喋るために、わざわざ私の前に姿を見せる。

 その時が勝負だ。

「それにしても……」

 いったい、誰が犯人なのか?
 それだけがわからない。

 ガコン。

 鈍い音がして馬車が止まる。
 目的地に到着したのだろう。

「立て」

 男の声がして、私を立たせ、歩かせる。
 この男が犯人というわけではなくて、ただ雇われているだけだろう。
 黒幕は別にいる。

「ここで待て」

 部屋に通されたのだろうか?
 目隠しをされているせいで、よくわからない。

 ひとまず、おとなしく待つことにした。
 同時に、どのような状況であれ、反撃する、あるいは逃げるだけの策をいくつか考えておく。

 そうしていると、扉の開く音が。
 いよいよ黒幕のお出ましだ。

「ふふっ、うまく捕まえることができたみたいね……そこのあなた」
「はい」

 合図で私の目隠しが取られ、黒幕の姿が……

「……どちらさま?」

 黒幕は、まったく、これっぽっちも、かけらも記憶にない、見たことのない女性だった。
「いらっしゃい」

 女性はにっこりと笑い、優雅に一礼をした。
 気品のある仕草で、貴族に属する者であることは間違いないだろう。

「もう下がっていいわ」
「しかし……」
「聞こえなかったの?」
「……なにかあればすぐにお呼びください」

 私を捕まえたと思われる男は、警戒感を残しつつも、女性の命令に従い部屋を出た。

 そこで気付く。
 この部屋……やたらと豪華だ。

 広いだけではなくて、たくさんの調度品、美術品があふれている。
 値が張りそうな品ばかりなのだけど、調和というものがない。
 とりあえず、値段の高いものを順に買いあさり、並べてみせた。

 そんな感じの趣味の悪い部屋だ。

「趣味が悪いでしょう?」

 私の心を読んだかのように、女性が笑いながら言う。

「お父さま、お母さま、お兄さま、お姉さま……この家の人間が買ったものよ。もちろん、美術眼なんていうものはなし。高い=素晴らしい品、と信じて疑わない、愚か者の集まりね。だから、こんなにもつまらない部屋になってしまう」
「はぁ……」
「話が逸れたわね。たまには愚痴をこぼしたくて、つい」

 気さくな感じで話しかけてくれるのだけど……
 しかし、私は、この女性に気を許すことができない。

 むしろ、最大限に警戒をしていた。

 なぜかわからない。
 でも、この女性は敵だと、本能が訴えてくるのだ。

「まずは、自己紹介をしましょうか」

 女性はスカートの裾を軽くつまみ、優雅に一礼する。

「私の名前は、ゼノス・ラウンドフォール。ラウンドフォール伯爵家の次女よ」
「っ……!? その名前は……」
「ふふ」

 私が驚くのを見て、ゼノスは楽しそうに笑う。

「その反応、やっぱり、アリエルと顔を合わせているのね? そこで、私について聞いた……そうなのでしょう?」
「……ええ、その通りです」

 全て見抜かれているようだ。
 ウソをついても仕方ない……というか、話を進めづらいだけ。

 そう判断した私は、素直に彼女の言葉を認めた。

「あなたは、アリエルが言うゼノスなのですか?」
「ええ、そうよ。アリエルと対を成す、もう一人の神。って、自分で神を名乗るとか、傍から見ると痛いわね。ああ、そうそう」

 ゼノスがパチンと指を鳴らした。
 すると、私の手足を拘束する縄が勝手にほどける。

 さらに、ティーカップとポットがふわふわと宙を浮いてやってくる。
 透明人間がいるかのように、勝手に紅茶が淹れられた。

「長くなりそうだもの。座って話をしましょう?」
「……これは、お招きに預かった、ということなのですか?」
「そうよ。少し乱暴な手段になってしまったのは謝罪するわ。でも、あなたがいけないのよ? 私が仕掛けた罠を、これ以上ないほど乱暴な方法で解決しようとするのだから」

 私が考えていることも、全部、お見通しというわけか。

 なるほど。
 神というだけあって、頭の回転も早いようだ。

 とにかく、こちらも情報が欲しい。
 素直にゼノスの誘いを受けて、対面に座る。

「いただきます」

 紅茶を飲む。

「あら? 素直に飲むのね。こういう場合、毒を疑わないかしら」
「ここで毒殺するようなメリットなんて、あなたにはないでしょう?」
「賢いのね。気に入ったわ」
「どうも」

 試されていたような気はするが……
 ひとまず、ゼノスの機嫌を損ねずに済んだようだ。

「それで、なぜ私と話を?」
「あなたに興味があるの」
「私に?」
「そう。転生者だから、ちょっと気になって意地悪をしてみたら……あなた、その逆境を利用してヒーロー達と仲良くなったでしょう? 敵対するはずのメインヒロインの心を掴んだでしょう?」
「……」
「そんなこと、普通、できるものじゃない。うん、とても素敵ね」

 本気で言っているようだけど……

「私に興味があるのなら、なぜ、前回、私の命を奪ったのですか?」
「あれは世界の強制力が強いせいでもあるのだけど……基本、私は意地悪なのよ。不幸に落ちるはずの人間が幸せになる。なら、そこで今度こそ不幸に落としたらどうなるか? それを見てみたかったの」
「悪趣味ですね」
「ええ、そうよ。だって、私はそういう神だもの。アリエルの対極にいるのだから」

 まったく反省していない。
 ホント、アリエルが言っていたように厄介な神だ。

「でも……あなたは、再びこの世界に戻ってきた。そして、ヒーロー達には邪険にされているものの、妹の心は以前以上に掴んでいる。おもしろい。うん、とてもおもしろいわ」

 ゼノスの目はキラキラと輝いていた。

「それならば、私も、自分の役割をまっとうしないといけないわ。嫌がらせをして、本来の悪役令嬢が辿るように、バッドエンドを迎えさせなければならない。そう思って……」
「私の悪評を流した?」
「正解」

 たぶん、私の顔はひきつっていたと思う。

 アリエルが言っていたけれど、なんて性格の悪い。
 こんな女性……というか神さまに目をつけられてしまうなんて、とても厄介だ。

 こんなことなら、アリエルの善意に乗り、元の世界に転生していた方が……
 なんてことは欠片も思わない。

 確かに面倒だ。
 厄介だ。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
 とてもシンプルに言うと、ゼノスは私にケンカを売ってきた。
 突然、頬をひっぱたいてきたようなもの。

 それなのに逃げ出すなんてありえない。
 やっつけることができるか、それはわからないけど……
 相手が神さまだとしても、いつでもどこでも思い通りにいかないということを教えてやろう。

 私は、やられっぱなしの女ではないのだ。

「ふふ、そう睨まないで」

 私の敵意を感じ取っているだろうが、ゼノスは余裕の笑みを崩さない。

「今日は、あなたに良い話を持ってきたの」
「聞きましょう」
「あら」

 素直な態度を見せてやると、ゼノスは驚いたような顔に。

「てっきり、怒ると思っていたわ。バカにするな、とか、ふざけるな、とか」
「そういう気持ちは確かにありますが、まずは話を聞く方が先決と判断しました」

 黒幕がわざわざ姿を見せた。
 その意味を考えないといけない。

 バカにするためにやってきたわけではない。
 あざ笑いに来たわけではない。

 己の正体を暴露しているのだ。
 つまらない用事ではなくて……
 ゼノスにとって、大事な話があると考えるのが普通だ。

「合格よ。ここで短気を起こすようなら殺していたのだけど、あなたなら、話をする価値があるわ」
「それはどうも」

 まったく褒められている気がしない。

「それで、話というのは?」
「せっかちな子ね」
「雑談を望んでいるわけではないでしょう?」
「その通りね。なら、ストレートに言わせてもらうのだけど……私の仲間にならない?」

 仲間?
 それはどういうことだろう?

「私のこと、アリエルからどれくらい聞いている?」
「娯楽で私を殺すような神さまだと」
「そうね」

 否定も言い訳もせず、ゼノスは素直に頷いてみせた。
 まったく悪びれていない。

 本当、アリエルが言っていたように困った神さまだ。

「神さまなんてものをやっていると、けっこう退屈な時期があるの。不老不死で、なんでもできる。退屈しのぎっていうのが、一番の問題なのよ」
「そのために、私に色々とちょっかいをかけた?」
「正解。あなたはとても良い退屈しのぎだったわ。悪役令嬢に転生したのに、めげることなくまっすぐ歩いて、メインヒロインのような立場になってしまうんだもの。見てるだけで飽きなかったわね」
「そのまま見ていてほしかったのですが」
「そうしてもよかったのだけど、ちょっとしたいたずら心が湧いてね。ここで突然死んだら、あなたはどんな反応をするだろう? 泣くだろうか? 絶望するだろうか? それとも、屈することはないか?」

 思わず、深いため息がこぼれてしまう。

 ホント、迷惑な神さまだ。
 自分の欲求を満たすために、人一人の命に干渉してしまうなんて。

 邪神に認定しても問題ないのでは?

「で……あなたとなら、もっと退屈を潰せるような気がしたの。どう? 私と一緒に、おもしろおかしく生きてみない?」
「私は、誰かをどうこうするなんて力は持っていないのですが」
「メインヒロインやヒーローを誘惑することができるでしょう?」

 誘惑とは失礼な。
 そもそも、ヒーロー達はともかく、フィーに対しては愛しかない。

「あなたは、あなたの好きにしていいわ。ヒーロー達との恋愛を楽しんでもいいし、メインヒロインとのんびり過ごしてもいい。ただ、時々、私のために世界を引っ掻き回してもらうだけ」
「……」
「そうすれば、たくさんおいしい思いをさせてあげる。なんなら、私の使徒として、不老にしてあげる。一緒におもしろおかしく生きてみない?」

 不老という言葉は魅力的だ。

 人はいつか絶対に死ぬ。
 故に、程度の差はあれ、不老に憧れない者なんてほとんどいないだろう。

 でも……

「お断りします」
「へぇ……それはなぜ?」
「あなたのことが嫌いなので」

 怪しいとか信用できないとか。
 こんな神さまと手を組んだら破滅が待っていそうとか。

 色々と理由はあるものの……
 究極的に、その一言に尽きる。

 誰が好き好んで、私を一度殺した相手の仲間にならないといけないのか?

 あと、ゼノスは無理だ。
 生理的に無理だ。
 こいつは敵だと、本能が訴えている。
 今はなんとか自制しているものの、ちょっとした弾みで紅茶をぶっかけてしまいたくなる。

「ふふ」

 ゼノスは機嫌を悪くするどころか、よりうれしそうに笑う。

「やっぱり、あなたはとてもおもしろいわ。普通の人間なら、迷うことなく私の手を取るのに、あなたははねのけた。ふふ、とても観察しがいがあるわ」
「どうも」
「安心して。私の誘いを断ったからといって、前回のようにあなたを殺すことはしない。今回は、ほどほどの干渉で済ませるわ」
「ほどほど……ね」

 つまり、これからも嫌がらせは続くということだ。
 そんなことを、目の前で、笑顔で言ってのけるゼノスは、頭がおかしいのではないかと思う。
 さすが邪神だ。

「そういうことなら、勝負をしませんか?」
「勝負?」
「私が悪役令嬢としての運命に打ち勝ち、生き残ることができた時は、私の勝ち。逆に、世界の強制力とやらに負けて、悪役令嬢として最後を迎えたのなら、あなたの勝ち。勝者は敗者になんでも一つ、命令できる……どうですか?」
「……」

 ゼノスは目を丸くして、

「あはっ、あははははは!!!」

 爆笑した。

「私、これでも何万年と神をやっているんだけど、人間に賭けを持ち込まれたことなんて、一度もないんだけど。あはははっ、本当に面白いわ。ますます気に入った。絶対に、あなたを私のものにしたくなったわ」
「その台詞、勝負を受けるということで?」
「ええ、いいわ」

 よし。
 ひとまず、この場で考えられる限りの最善の手を取ることができた。

「あなたと一緒に遊べるのを楽しみにしているわ」
「私は、ゼノスが泣いてごめんなさい、というところを楽しみしています」

 私は悪役令嬢らしく笑い、そう言い放つのだった。
「……あら?」

 気がつけば家の自室にいた。
 ベッドに横になり、ぼーっと天井を見ている。

 体を起こして、軽く伸びをした。

「夢……ではありませんね」

 ゼノスとのやりとりをはっきりと覚えている。
 あれが夢なわけがない。
 夢と決めつけてしまうほど、頭に花が咲いているわけでもない。

「さて、のんびりできませんね」

 なにしろ、楽しそうだからという理由で人を破滅させるような神と賭けをしたのだ。
 勝者が敗者になんでも一つ命令できる。

 もしも負けた場合、どんなことを命令されるか?
 嫌な予感しかしない。

「絶対に勝たないといけませんね」

 アリエルに教えてもらった、私の勝利条件は二つ。
 ヒーローを結ばれて、メインヒロインに昇格すること。
 ゼノスをなんとかすること。

 後者は無理だ。
 相対してわかったけど、あれは、とことん性格が歪んでいる。
 矯正不可能。
 助けてください、と土下座しても、笑いながら破滅を用意するだろう。
 そんなヤツ。

 なので、後者は自動的に消えた。
 破滅を回避するには、ヒーローと結ばれるしかない。

「アレックス、ジーク、ネコ……ふむ?」

 ゲームの攻略ヒーローは、隠しを入れて、全部で五人のはず。
 ネコが隠しヒーローだから……
 残り二人、正規ルートのヒーローがいるはずなのだけど。

「今のところ、接点がないんですよね」

 確か……
 残り二人のヒーローは、後輩と教師だ。
 どちらも接点がないため、話をする機会がない。

「ひとまず、二人を探してみましょう」



――――――――――



 翌日の放課後。
 二人のヒーローを探すべく、私は校舎を歩いていた。

 時々、嫌な感じの視線が飛んでくる。

 ゼノスのせいだ。
 あの神が面白半分でやらかしたせいで、私の評判は地に落ちた。
 代わりに悪評はうなぎのぼり。
 こうして歩いているだけで避けられてしまうほどだ。

「はぁ……」

 悪役令嬢の宿命とはいえ、ここまで露骨に嫌がられると凹む。

 転生者というだけで、元々、私は普通の人間なのだ。
 メンタルが鋼鉄というわけではないし、傷つく時は傷つく。

 それを表に出すのは癪なので、無表情を装っているものの……

「はぁ……」

 どうしてもため息がこぼれてしまうのだった。

 そのせいで前方不注意になっていた。

「うわっ!?」
「きゃっ」

 ドン、と誰かとぶつかってしまう。

 私はバランスを崩すだけだったけど、相手は倒れてしまったみたいだ。

「いたたた……」
「申しわけありません」

 手を差し出して、そして、思わず驚いてしまう。

 相手はとんでもない美少年だった。
 女性と見間違うような中性的な容姿。
 しかし、体はしっかりとしていて、男性らしさを感じることができる。

 ただ、歳はかなり下だ。
 十二くらいだろうか?

 それなのに、なぜか学院の制服を着ている。
 どういうことだろう?

「手をどうぞ」
「ありがとうございます」

 とにかくも手を貸した。
 少年は見た目通りに軽く、簡単に引き起こすことができた。

 それから、改めて私は頭を下げる。

「私の不注意で、申しわけありません」
「い、いいえ! 僕こそ、ぼーっとしていたので!」

 互いに謝罪をして……

「……あっ」

 私の顔を見た少年は、なにかに気がついたように小さな声をあげた。

 そして……

「っ……!」

 親の仇というような感じで、ものすごい勢いで睨みつけてきた。
「えっと……」

 ゼノスのせいで悪評が流れ、嫌な感じで見られることは多々あったものの……
 ここまでハッキリと敵意を向けられるのは初めてだ。

 相手は年下の少年。
 しかし、その勢いに飲まれてしまう、うまいこと言葉が出てこない。

「手を貸していただき、ありがとうございました。では、失礼します」
「あっ……」
「なにか?」
「……い、いえ。なにも」
「そうですか。では」

 少年は敵意たっぷりにこちらを睨みつけて、そのまま立ち去る。

「……」

 残された私は呆然としてしまう。

 なにか、彼の気に障ることをしただろうか?
 それとも、噂の悪役令嬢ということに気がついて、それであのような態度を?
 それにしては、敵意たっぷりというのが気になるのだけど……

「アリー姉さま」

 ふと、天使の声が聞こえてきた。

「フィー!」

 振り返ると、世界で一番かわいらしく、愛らしい妹が。

「わぷっ」

 ついつい抱きしめてしまう。
 でも、仕方ない。
 フィーがかわいいのがいけないのだ。

「あ、アリー姉さま、いきなり恥ずかしいです……」
「ごめんなさい、つい」

 あまり構いすぎて、うざがられてもイヤなので、ほどほどのところで離れた。

「ところで……アリー姉さまは、エストさまとお知り合いなのですか?」
「エスト? それは、今の彼のこと?」
「はい」

 はて?
 なにか引っかかりを覚える名前だ。

「彼のフルネームを教えてもらっても?」
「え? あ、はい。彼は、私のクラスメートで、エスト・グランフォールドさまです」
「……エスト・グランフォールド……」

 少し考えて……
 「あ」と小さな声をこぼしつつ、彼の正体に思い至る。

 エスト・グランフォールド。

 さきほど見た通り、まだ幼い少年だ。
 しかし、とても頭の回転が早く、優れた知能を持っている。
 故に、特別に飛び級を許されて、特待生として学院に迎え入れられた。

 彼が、私が探していたヒーローの一人だ。

 主人公と歳が離れているものの、立派なヒーロー。
 その幼い容姿はプレイヤーの心をくすぐり、母性を誘発したとかなんとか。

 それでいて、やる時はやる。
 その二面性に多くのファンが生まれた。

「そうですか、彼が……」

 ヒロインであるフィーと同じく、彼と私も初対面のはず。
 それなのに、ものすごく敵視されていたのだけど……なぜだろう?

 自分の行いを振り返ってみるが、心当たりはない。

「アリー姉さま?」
「……いえ、なんでもありません。ところで、フィーはどうしてここに?」
「あ、特に用はないのですが、アリー姉さまを見かけたので……」

 照れた様子でそんないじらしいことを言う。

 私の妹は天使か。
 いや、女神か。

 かわいすぎて、一瞬、意識が飛んでしまう。

 ただ……

 気のせいだろうか?
 前回よりも、フィーが私に依存しているような……?

「アリー姉さま、よければ一緒に帰りませんか?」
「ええ、もちろん」
「やった」

 にっこりと笑う妹はとてもかわいい。

 かわいいのだけど……
 でも、どこか、陰が潜んでいるように見えて……

 どうにもこうにも、胸騒ぎを覚えてしまうのだった。
 最後の一人のヒーローの所在は不明だけど……
 ひとまず、エスト・グランフォールドを見つけることができた。
 二つ三つ言葉を交わしただけだけど、接点もできた。

 エストの攻略をするかどうか、それは置いておいて……
 まずは彼と友達になりたいと思う。

 ……まあ、打算尽くしの友達なのだけど。
 そこはゼノスが悪いということで、見逃してほしい。

 ゲームの知識によると、エストは努力家で勤勉だ。
 常に上に行くことを意識していて、努力と勉強を欠かさない。

 その情報を思い出した私は、図書室を訪ねてみた。

「……いた」

 図書室の一角で本を読むエストを発見した。
 普段はメガネをかけているらしく、今はメガネ姿だ。

 幼い少年だけど、知性を感じさせる。
 そのギャップがたまらない、という人がたくさんいた……かな?

 さて、どう接したものか?

 なぜかわからないけれど、私は彼に嫌われている。
 真正面から話しかけて相手をしてもらえるだろうか?

「……してもらえませんね」

 先日のように、睨まれて、そして逃げられてしまうのがオチだろう。
 それを避けるためには、短時間でも、一緒にいなければいけない理由を作る必要がある。

 それは……

「よし」

 少し考えた後、私はエストのところへ向かう。

 タイミングよくエストが席を立った。
 たくさんの本を持ち、本棚へ向かう。

 ごめんなさい。

 心の中で謝罪をしつつ、私は、わざと彼にぶつかる。

「あっ!?」

 本がバラバラと床に落ちた。

「申しわけありません! よそ見をしていて、つい……」
「いいえ、別に気にして……いま、せん……」

 相手が私ということに気づいて、エストの表情がみるみるうちに強張っていく。
 最終的に、先日と同じく、思い切り睨みつけられた。

「どうして、あなたがここに?」
「あら、おかしなことを仰るのですね。ここは全生徒に開放されている場所なのですよ? 私がいても、特段おかしな点はないと思いますが」
「それは……」
「それよりも、失礼いたしました」

 私は床に落ちた本を拾う。
 こうしている間は話をすることができる。

「あなたの手伝いなんていりません」
「いいえ、そういうわけにはいきません。私のせいでこうなってしまったのですから」
「それでも、必要ありません」
「人にぶつかり、持っているものを落とさせておきながら、なにもせずに立ち去る……私をそのような女にさせたいのですか?」
「それは……」

 私に悪評を立たせるつもりか?
 ちょっと卑怯な言い方だけど、効果は抜群だった。

 エストは苦い顔をしつつ、それ以上、文句は言わない。

 ごめんなさい、あなたの純粋な心を利用して。
 心の中で謝罪をしつつ、話を進める。

「たくさんの本を読んでいるのですね」
「……」
「学術書に魔法書。それと……これは論文ですね」
「……」
「これだけの本を読むなんて、読書家なのですか?」
「……」

 色々と話しかけてみるものの、反応はない。
 エストはあからさまな無視をして、本を拾い続ける。

 ただ、私は気にしない。
 無視されていることなんて気づいていない、というフリをして、そのまま話しかけ続ける。

 そうすると、やがて根負けした様子でエストはため息をこぼした。

「……別に、読書家というわけではありません」
「そうなのですか?」
「僕が本を読むのは、それが自分のためになると信じているからです」
「知識は力……というものでしょうか?」
「ええ、そうです」

 エストは拾い上げた本をじっと見て、ぽつりと言う。

「僕は……力が欲しいんです」

 なにを思い、そのセリフを口にしたのか?
 なぜ、力を欲するのか?

 その理由を知りたい。
 彼を攻略するとか、そういうことは、なんかもうどうでもよくなり……
 ただ単純に、エスト・グランフォールドの人となりを知りたいと、そう思った。

 そう思わせるような、とてもまっすぐな顔をしていたのだ。

「あなたは……」
「ありがとうございました」

 本を全て拾い終えたエストは、すぐに私と離れたいというように、一歩、後ろへ下がる。

「あの……」

 そんな態度を見せられても、私は諦めることなく声をかけようとするが……

「では、僕はこれで」

 これ以上話すつもりはないと、そう言うかのように、ピシャリと言う。

 まいった。
 これは、思っていた以上の強敵だ。

 でも、まあ……諦めるつもりはないのだけど。

「また、話ができますか?」
「そのような機会は限りなく少ないかと思いますね」
「それは、なぜ?」
「あなたがクラウゼン家の令嬢だからです」

 憎しみに近い感情を宿して言い放ち、エストは立ち去る。

 今のは、つまり……

「実家がなにかやらかしていた、ということですね……はぁ」
 話をしてみたところ、エストは私個人が嫌いなわけではないようだ。
 クラウゼン家を敵視している様子。

 いったい、我が家はなにをやらかしたのか?
 早急に調べる必要があった。

 エストと仲良くなるため、という理由もあるのだけど……
 それ以上に問題になるのがフィーだ。

 フィーもクラウゼン家の一員。
 ありえないとは思うが、万が一くらいの可能性で、エストの敵視がフィーに向けられることもありえる。
 それを防ぐためにも、なにがどうなっているのか、突き止めないといけない。

 家に戻り、私個人の伝手を使い情報を集める。

 たかが小娘、と侮ることなかれ。
 確かに小娘ではあるが、しかし、その立場は公爵令嬢だ。
 色々な人脈を有しているし、裏の世界の情報も流れ込んでくる。

 それらをうまく活用してやれば……

「……なんていうこと」

 とにかく、エストとクラウゼン家に関する情報をありったけ集めて。
 それらを選別して。
 必要なものを取り出していった結果、以下のことがわかった。

 エストは平民ではあるものの、両親は宮廷学者だ。
 その頭脳をしっかりと引き継いでいて、誰も解けないような難問を、幼い頃で解いてしまったとか。

 聡明なエストだからこそ、飛び級を果たすことができた。
 歳が大きく離れているのに、私達と変わらずに活動することができた。

 ただ……

「まさか、クラウゼン家がエストの両親にちょっかいをかけていたなんて……」

 色々な情報を検証した結果、そんな結論に。

 詳細はまだ不明なのだけど……
 エストの両親が研究する内容に、クラウゼン家が口を挟む。
 そして、その研究をストップさせてしまう。

「そのようなことをされれば、クラウゼン家を敵視してもおかしくないですね」

 まったく。
 お父さまとお母さまは、なにをやらかしているのか?
 悪役令嬢みたいな真似をしたら、最終的に破滅してしまうというのに。

「……うん? 私の親だからこそ、そんな真似をしたのでしょうか?」

 悪役令嬢の両親らしく、嫌われるようなことを?

 でも、メインヒロインであるフィーの両親でもある。
 そう考えると、理不尽なことはしないはずなのだけど……

「……そこまで覚えていませんね」

 クラウゼン家が辿る未来は覚えていない。

 だって、仕方がないだろう。
 好きなゲームだとしても、全てのシーン、全ての情報を覚えていることなんて不可能だ。
 お気に入りのシーンに上書きされて、興味のない情報は消えてしまうもの。

「お父さまとお母さまがエストの両親に謝罪をして、ストップさせた研究を再開させれば……いえ、絶対に無理でしょうね」

 お父さまもお母さまも我の強い人だ。
 前言撤回をさせるのは並大抵の苦労じゃない。

 やれないことはないだろうが、果てしなく時間がかかってしまう。

「さて、どうしましょうか?」

 エストに嫌われている原因はわかったものの、対処法がさっぱりわからない。

 クラウゼン家の行いによって、エストは私も嫌うようになった。
 しかし、お父さまとお母さまから謝罪を引き出すことは不可能……もしくは、相当に時間がかかる。

 ……詰み?

「こうなってしまうと、エストのことは諦めるしかない……?」

 正体不明のヒーローを含めて、他に四人もいる。
 彼らの攻略を中心に考えて、エストのことは気にしなければ……

「なんて、そういうわけにはいきませんね」

 嫌われているから避ける。
 それは当たり前の考えかもしれないけど……

 私の場合、少し違う。

 せっかくなら仲良くなりたい。
 友達100人とまではいかないけど、仲の良い人は多い方が良い。
 その方が、きっと楽しい人生になる。

 だから、エストとも仲良くしたい。
 一緒に笑える友達になりたい。

 理由?

 ただの直感だ。
 彼と友達になれば、きっと楽しいことになる。
 今以上に笑顔があふれるようになる。

 それだけだ。
 彼がヒーローとか、なんかもう、そういうのは関係ない。
 私は、やりたいようにやるだけだ。

「……はい?」

 ふと、思考を遮るように扉をノックする音が響いた。
 返事をすると、フィーがひょこっと顔を出す。

「アリー姉さま、お邪魔でしたか?」
「いいえ、そのようなことはありませんよ」

 かわいい妹の用事は全てにおいて優先される。
 邪魔なんてことは決してない。

「どうしたのですか?」
「アリー姉さまにお客様なんですが……」
「お客様?」

 誰だろう?
 ヒーロー達からは蛇蝎のごとく嫌われているし、その他、自宅にやってくるほど仲の良い友達はいない。

 好感度を妹に極振りした結果だ。

「失礼します」

 聞き覚えのある声と共に姿を見せたのは……

「エスト・グランフォールド……?」
「……」
「……」
「……」

 私、フィー、エスト。
 三人が顔を合わせているものの、テーブルの上の紅茶に手を伸ばすことはない。

 穏やかにお茶会、なんていう雰囲気ではない。
 ピリピリとした空気が流れ、一触即発という言葉がふさわしい。

 そんな空気に戸惑い、フィーはおろおろとしていた。

 おろおろする妹、かわいい。
 カメラがあれば連写しているところだ。

「今日はどうされたのですか?」

 黙っていても仕方ない。
 私は口を開いて、エストの目的を確かめることにした。

「……本当は、あなたのところになんて来たくありませんでしたが」

 おっと。
 本音が漏れているよ?

 そう思っていたとしても、さすがに、相手が目の前にいる時に口にしたらいけない。
 頭は良いのかもしれないが、まだまだ子供というところか。

「あなたと……そして、シルフィーナさま以外に頼りになる人がいないんです」
「ふぇ?」

 自分も関係者なの?
 という感じで驚いて、フィーが目を丸くした。

 「ふぇ」というところが、ものすごくかわいい。
 ああ、なんでこの世界には録音機器がないのだろう?

 思考がトリップしそうになるものの、なんとか我に返る。

「それは、どういう意味ですか? なにか困っていることが?」
「……あります」
「その問題の解決に、私達姉妹の力が?」
「……はい」

 とても苦々しい顔をしつつ、エストが頷いた。

「ひとまず、話を聞かせてもらえませんか? そうでないと、どうしていいか、判断することもできません」
「……わかりました」

 そうして、エストは語る。

「僕の両親は宮廷学者です」
「宮廷!? す、すごいですね……」

 事情を知らないフィーは派手に驚いていたが、そういう反応は慣れっこなのか、エストはそのまま話を続ける。

「色々な研究をして、色々な発見をしてきました。そんな両親は国の宝だと、そう思っています」
「尊敬しているのですね」
「もちろんです」

 そう答えるエストは、年相応の表情をしていた。

「ただ……先日、今まで取り組んでいたとある研究が強制停止させられました。期限は未定です」
「どのような研究を?」
「僕も詳細は知らないのですが……人が持つ新たな力について、と聞いています。魔法……と」
「ふむ」

 魔法、ときたか。
 ここは異世界。
 魔法があるのも当然のことだけど、まだ普及しているわけではなくて、発見されたばかりなのか。
 その辺り、ゲームではメインの題材として取り扱われなかったため、よくわからないのだ。

「父と母は人の新たな可能性を切り開くべく、魔法の研究を進めていたのですが……ある日、ストップがかかりました。詳細な説明はないまま、魔法の研究を禁止されてしまいました」
「……それに関与しているのが、クラウゼン家というわけですね」
「知っていたのですか?」

 エストが驚きに目を大きくした。

 ええ、知っていましたとも。
 ただ、本人の口からそのことが語られるとは、さすがに予想はしていなかったのだけど。

「さきほども言いましたが、僕は魔法についての詳細を知りません。ただ、父と母からは、人の新しい可能性ということを聞いています。魔法に関する研究が進めば、きっと素晴らしいことになるでしょう」
「ふむ」
「それなのに、理不尽なことで研究が中断させられて……そんなこと、僕は許せません! そのようなことがあっていいはずがない!」
「……アリー姉さま。お父さまとお母さまが、本当にそのような命令を出したのでしょうか?」
「それはなんともいえませんが……無関係ということはないでしょうね」

 私も独自に調査をしたので、そこそこの情報を持っている。
 どこまで関与しているのか?
 そこは不明だけど、クラウゼン家が無関係ということはありえない。

「お願いがあります」
「なんでしょうか?」
「お二人から両親にかけあってもらえないでしょうか? 僕の父と母の研究を再開させてほしい、と」
「それは……」

 なるほど、そうきたか。

 エストがいかに優れていても、まだ学生。
 それに一般人のため、発言力はないに等しい。

 ならば、家族である私とフィーの力を頼りにした。
 理に叶った行動だけど、しかし、やはりまだ子供だ。
 私とフィーはクラウゼン家の一員ではあるが、家族だからといって、無条件に言うことを聞くほどお父さまとお母さまは甘くない。
 お願いをしたとしても、一蹴されてしまうだろう。

 でも……

「問題を解決できるという確約はできませんが……できる限り力になると、約束しましょう」
「ほ、本当ですか!?」
「アリー姉さま!」

 エストは驚いて、フィーは、それでこそというような顔に。

 無理難題なのだけど……
 それでも、エストの力になりたいと思った。

 そう思ったのだから、前に突き進むのみ……だ。