人間、第一印象というものはとても大事だ。

 良い印象を抱けば、その相手に好感を持ち……
 悪い印象を抱けば、その相手のことを嫌い、または苦手になる。

 この第一印象というものは、なかなかに覆しにくい。
 刷り込みという言葉があるように……
 無意識下で第一印象が働いてしまい、その方向に感情が流されていく。

 なので、無意識下の印象を丸ごと塗り替えるような、強烈なインパクトがなければうまくいかないだろう。

 ……というようなことを、学院の中庭で考える。

 今は昼休み。
 食堂でごはんを食べた後、考え事をするため、一人、中庭で過ごしていた。

「フィーの私に対する印象は……たぶん、訳のわからない怖い人、ですよね?」

 訳がわからないだけで、恐ろしいとか危険そうとか、そういう印象はないと思う。
 いきなり抱きしめたせいで、なにこの人!? と思われているくらいなはず。

 つまり、頭が危ない人認定。

「……うぅ、泣けてしまいます」

 かわいいかわいい妹に、おかしい人認定されている姉。
 もはや乾いた笑いさえ出てこない。

「フィーのことを一番になんとかしたいところですが……とはいえ、破滅もなんとかしなければいけませんね」

 フィーを優先するあまり、ヒーローの攻略を疎かにすれば、破滅が待ち受けている。
 そうなると、結局、かわいい妹と離れ離れにならないといけない。

 それはイヤだ。

「ひとまず、ヒーローの様子を見に行きましょう」

 煮詰まっている時は、別の行動をして気晴らしをした方がいい。

 そう考えた私は、ヒーローが今どうしているか、確認してみることに。
 校舎へ戻り、一つ下の学年が並ぶ棟へ。

 ひとまず、アレックスの様子を確認してみよう。
 前回、最初に知り合いになったヒーローだから、彼がどうしているのか気になる。

「あら?」

 なにやら一年の教室が騒がしい。
 どうしたのだろう?

 不思議に思い、そちらへ足を向ける。

「そういえば、こちらはフィーの教室だったような……?」

 もしかして、前回のようにフィーがいじめられている?
 いや、しかし、あれはまだ少し先のような……

「ふざけるなっ!」

 考えていると、強い声が聞こえてきた。
 これは……アレックス?

 様子を見てみると、やはりアレックスがいた。
 それと、フィー。
 アレックスに背中に守られていて……
 そのアレックスは、数人の女子生徒達を鋭い目で睨んでいた。

「お前ら、シルフィーナになにをしているんだ!」
「……アレックス……」
「な、なによ、平民風情が私達に逆らうつもり?」
「確かに俺は平民だけど……でも、間違っていることを指摘するのに、平民も貴族も関係あるものか! そんなだから、お前達は……!」
「まあ、なんて生意気な……」
「後悔しても知らないですわよ?」
「ふんっ。ここで、シルフィーナがいじめられていることを見捨てる方が、俺はものすごく後悔するね」
「うっ……」

 アレックスは欠片も怯むことなく、女子生徒達を糾弾してみせた。
 力強く、素直にかっこいいと思う。

 その勢いに飲まれた様子で、女子生徒達は言葉に詰まる。

「お、覚えていなさい!」

 お決まりの台詞を口にして、女子生徒達は逃げ出した。
 お約束すぎて、形式美すら感じられる。

「大丈夫か、シルフィーナ?」
「う、うん……ありがとう、アレックス。えへへ」
「なんで笑うんだよ?」
「やっぱり、アレックスは頼りになるな、って」
「そ、そんなことは……」

 うれしそうに笑うフィーと、照れるアレックス。
 微笑ましい光景なのだけど……

「……そうか」

 既視感のある光景だと思っていたのだけど、今、思い出した。

 これは、ゲーム内にあるシナリオのワンシーンだ。
 いじめられている主人公を、ヒーローが助ける。

 前回は、私が割り込んだため、アレックスの救出イベントは起きなかったが……
 今回は早くにイベントが発生したため、私が割り込むことはなくて、従来通りにアレックスがフィーを助けたようだ。

「正しい歴史……というべきなのでしょうか? その通りに進んでいる」

 ヒーローと結ばれたとしたら、ヒロインであるフィーは幸せになることができる。
 妹の幸せは私の幸せ。
 それは望むべきことなのだけど……

 しかし、私もヒーローと結ばれなければならない。
 それができなければ破滅。

「私とフィーの間で、利害の対立が起きているような気が……これも世界の強制力? だとしたら……」

 私は悪役令嬢らしくフィーと対立するようになり、最後は粛清される……?