「ただ、気をつけてほしい」
アリエルは真面目な顔になり、固い声で言う。
「悪役令嬢というものは、基本的に破滅が決まっている。君は、あれこれと動いていたものの、結局、謎の病死を遂げてしまった。破滅が決定していることは、その身で体験しただろう?」
「あれは、なんなのですか? 世界の強制力とか、そういうものですか?」
「まあ、そんな感じかな」
アリエル曰く……
あの世界は乙女ゲームを元に作られている。
故に、ヒロインは幸せになる。
故に、悪役令嬢は破滅する。
それは絶対。
水が高いところから低いところへ流れるように。
鳥が空を飛ぶように。
絶対の真理だ。
なにかしたとしても、それに抗う術はない。
……ということらしい。
「転生させておきながら破滅しかないなんて……ずいぶんと身勝手ですね」
「だから、そこについてはホント悪いと思っているんだよ? 私も、そんなつもりはなくてねー。ちょっと、困ったヤツが介入してきたんだよ?」
「困ったヤツ?」
「そう。私と同じ神で、そいつのせいで君は悪役令嬢なんてものに転生したんだ」
「つまり、もう一人の神さまが元凶?」
「そいつの名前は、ゼノス」
ゼノス。
それは、私の敵なのだろうか?
「あの世界でやり直すのなら、君が取るべき行動は二つ」
「二つ?」
「まずは、ゼノスを探し出すことだ。そして、世界に対する干渉をやめさせる」
ふむ?
いまいち話が見えてこない。
こちらの困惑を察した様子で、アリエルが続けて説明をする。
「世界の強制力は確かにあって、それで君は二度目の死を迎えた。でも、考えてみてくれ。死ぬとしても、本来はもう少し先のはずだろう?」
「確かに……」
悪役令嬢としての破滅は、学院の卒業と同時だ。
そこから転落して、断罪されて……という流れだった。
それなのに、いきなりの病死。
「予定が変更されたのは、ゼノスが世界の強制力に干渉したからさ。君を厄介に思ったんだろうね。もしかしたら、運命が覆されるかもしれない。それはつまらない、予定通りに破滅してほしい。だから、運命に干渉した、というわけさ」
「……話を聞くと、とんでもなく迷惑な神さまですね」
「実際、迷惑なんだよ。彼のせいで、君は悪役令嬢なんてものに転生したからね」
「その神さまのせいで? しかし、どうして悪役令嬢に転生を?」
そのようなことをするメリットがわからない。
すると、アリエルは心底うんざりという感じで、ため息をこぼす。
「娯楽なんだ」
「娯楽?」
「そう。ゼノスにとって、君を悪役令嬢に転生させたのは娯楽でしかないんだ。ゲームの世界に転生。でも、悪役令嬢。どうしよう? って慌てるところを見て、楽しむような性格破綻者なんだよ、彼は」
「……その方、本当に神さまなんですか? 悪魔ではないのですか?」
「一応、神だよ。邪神、って呼ばれているけどね」
「あぁ……納得です」
要するに、ゲームの魔王と同じような立ち位置なのだろう。
それなら、今アリエルが言ったようなことも平気でやってしまうのだろう。
なんて厄介な人に目をつけられたのだろう。
げんなりする。
あ。
人じゃなくて神さまか。
「ゼノスは、君の行動を観察するために近くにいるはずだ。隠れているかもしれないし、誰かに化けているかもしれない。どうにかこうにか見つけ出してくれ。そうすれば、後はボクがなんとかしよう」
「できるのですか?」
「できるさ。同じ神だから、争うととことんめんどくさいことになるからね。快楽主義者のあいつは、そういうめんどうは嫌うはず。手を引くと思うよ」
「意外と頼りになるのですね」
「え? 意外? あれ?」
だって、仕方ないでしょう?
第一印象は、とても軽薄な女の子、なのだから。
神さまと言われても、未だに、数割は信じられない。
「もう一つは、ヒーローと結ばれることだ」
「それは……恋人になれと?」
「その上かな。夫婦になってほしい。夫婦が無理なら、せめて純血を捧げてほしい」
「……それはまた、ずいぶんと話が飛びましたね」
「ゲームだと、エンディングでは、だいたいそういう関係になっているだろう? つまり、そういうことさ」
「どういうことですか」
わからないので、きちんと説明してほしい。
神さまだからなのか、わりと話の進め方が勝手だ。
「君が破滅してしまうのは、悪役令嬢だからだ。悪役令嬢であるうちは、なにをしても破滅してしまう。だから、悪役令嬢でなくなることが大事だ」
「……なるほど。つまり、ヒーローと結ばれることで、ヒロインに昇格してしまえ……と?」
ゲームでも、ない話じゃない。
続編などが出た場合……
前作では脇役や敵だったキャラクターがヒロインに昇格することは、たまにある。
「そうなれば、君は悪役令嬢ではなくてヒロインとなる。理不尽な破滅を回避することができる」
「ふむ」
話をまとめると……
どこかにいるであろう、ゼノスという神さまを探し出す。
あるいは、ヒーローと結ばれてヒロインに昇格する。
そのどちらかを達成しない限り、やり直したとしても、私は破滅を迎えてしまうわけか。
「……わかりました。どちらを選ぶか、それはまだなんともいえませんが……今度こそ、破滅を回避してみたいと思います」
「うんうん、その意気だよ。がんばれー!」
アリエルが応援してくれる。
そういう気軽なところが神さまらしくない。
「……っ!?」
がばっと、勢いよく起きる。
慌てて周囲を見ると……
「私の……部屋?」
目が覚めると、私は自分の部屋で寝ていた。
寝起きだけど、しかし、頭はハッキリとしている。
アリエルと話をして……
新たに、人生をやり直すことにして……
そして、今度こそ破滅を回避する。
記憶はしっかりと残っているのだけど……
ただ、あまりにも現実離れした話だ。
実は、原因不明の病に倒れたままで、たまたま目を覚ましただけ、という方がしっくりと来る。
「……いえ」
現実離れしているというのなら、悪役令嬢に転生するのも現実離れしている。
今更、そういう部分を疑っていたら意味がない。
「とはいえ、無事に戻れたのかどうか……よくわかりませんね」
ひとまずベッドから降りて、メイドを呼び、着替えを手伝ってもらう。
基本、ドレスで過ごすことが多いから、一人だと難しいのだ。
それから頼んだ紅茶を飲み、心を落ち着ける。
「ふむ」
確か、私が最後を迎えたのは秋だったはず。
でも、今は寒くない。
窓を開けてみると、ぽかぽか陽気が差し込んでくる。
春……かな?
だとしたら、アリエルの力で最初からやり直すことができたのだろう。
「ゼノスを探し出すか、ヒロインに昇格する……よし」
どちらも困難だ。
ゼノスを探し出すにしても、相手は神。
どこに隠れているかわからないし、人の足で行けるところにいないかも。
アリエルの話では、誰かに化けているかもしれないという可能性もあるらしいし……
気合を入れてかからないと、達成は難しそうだ。
ヒロインに昇格するというのも、やはり厳しい。
前世を含めて、彼氏なんていたことはない。
男友達も、アレックスとジークとネコが初めてだ。
そんな私がヒーローと結ばれるなんて……
「……とんでもない無理ゲーのような気がしてきましたね」
ベッドに入り、現実逃避をしてしまいたくなるほど、なかなかに状況は絶望的だ。
でも、諦めるわけにはいかない。
アリエルにも言ったが、私は、この世界でやり残したことがある。
それを達成するまでは、死んでも死にきれない。
その目的というのは……
「あ……はい?」
ふと、扉をノックする音が響いた。
返事をすると、メイドが姿を見せる。
「アリーシャお嬢さま。旦那さまと奥さまがお呼びです」
「父さまと母さまが?」
父さまは公爵の仕事で毎日忙しく、母もそのサポートで忙しい。
昼間から家にいることなんて滅多にない。
「……なら、これは」
一つ、心当たりがある。
多忙な父さまと母さまが家に戻り、長女の私を呼び出すような理由。
それは……改めて、運命の始まりを告げるためだ。
――――――――――
「は、はじめまして! 私は、その、あの……シルフィーナと申します!」
父さまと母さまに呼び出された先で、ガチガチに緊張した女の子に、そんな挨拶をされた。
「落ち着いて、よく聞いてほしい。この子は、実は……お前の妹なのだ」
「はい、それはもうよく知っていますとも! ようこそ、フィー!」
「ふぎゅ!?」
私は満面の笑みで、大事な大事な妹を抱きしめた。
体感時間では、フィーと離れてさほど経っていないのだけど……
でも、一度死んだからなのか、無性に妹のことが懐かしい。
フィーに対する愛で胸がいっぱいになる。
こんな状態で、妹を抱きしめないなんてこと、できるだろうか?
いや、できない。
ならば、これは自然の摂理。
世界の真理。
というわけで、私は、思う存分にかわいい妹を抱きしめる。
「あ、あのっ、えと、あのあの……!?」
慌てる妹、かわいい。
「あ、アリーシャ……? ど、どうしたんだい?」
「その……よくわからないのだけど、シルフィーナが苦しそうですから……」
「……あっ」
しまった。
ついつい妹の対する愛が爆発して、暴走してしまった。
やり直した今、私とフィーは初対面。
ならば、それらしい対応をしなければ。
「こほん……ごきげんよう。私が、今日からあなたの姉になる、アリーシャ・クラウゼンです。よろしくおねがいしますね」
「は、はい……」
にっこりと笑うのだけど……
いきなり抱きしめたことがまずかったらしく、フィーは怯える子猫のような目をしていた。
やらかした……
前回の私は、フィーとの初対面で失敗することはなくて……
その後、わりとすぐに良い関係を築くことができたはずだ。
しかし、今回の私は……
「あっ、ふぃ……シルフィーナ。おはようございます」
「お、おはようございます、お姉さま……!」
「よかったら、これから一緒にお茶でも……」
「も、申しわけありません! よ、用事がありまして……!」
怯えるうさぎのように、フィーは逃げ出してしまう。
「……」
がくりと、その場で崩れ落ちる私。
「フィーが……かわいいフィーが、私を避けるなんて……うぅ、反抗期になってしまったのでしょうか?」
いや、まあ。
やり直したのだから、好感度もリセットされたことは理解している。
ただ、それはそれ、これはこれ。
かわいい妹に拒絶されてしまうと、どうしても凹んでしまう。
「ふむ」
フィーのことは、しばらく時間を置いた方がいいかもしれない。
それよりも、破滅回避を優先するべきか。
ゼノスを探し出す。
あるいは、ヒーローと仲良くなり、結ばれる。
それが一番だろう。
「なんて……そんな結論に達することは、1パーセントもありません!」
確かに、破滅は回避しなければいけない。
そのために、私は過去に戻ってきた。
しかし。
しかし、だ。
破滅を回避するために、かわいいかわいい妹の問題を後回しにするなんて、そんなこと、できるわけがない!
全ての物事において、最優先されるべきはフィーのこと。
妹のことだ。
もう一度、破滅を迎えるとしても、私は妹を優先するだろう。
そして、その選択に後悔することはないだろう。
なぜ、そこまでできるのか?
答えは簡単。
私の妹が世界で一番かわいいからだ。
「というわけで……フィー、ではなくて、シルフィーナ」
さっそくフィーの部屋を訪ねる。
ついつい「フィー」と呼んでしまったのだけど、やり直したため、まだ愛称で呼ぶことは許可されていない。
今のフィーなら、お願いすれば了承はしてくれるだろうけど……
そうではなくて、自発的にお願いしてほしい。
「は、はい……?」
おずおずという感じで、フィーが部屋から出てきた。
小動物みたいな妹……これはこれでアリ!
おっと、いけない。
ひとまず欲望は押し隠して、にっこりと笑う。
「一緒にお茶でもどうですか?」
「え? えっと、その……べ、勉強をしないといけないので!」
「なら、私が見てあげましょうか?」
「ふぁっ!? え、えっとえと……ま、まずは一人でがんばるべきだと思うので!」
「……勉強の後は?」
「う、運動をしてみようと思います! で、では!」
フィーは慌てた様子で部屋に戻ってしまう。
「……」
一人、その場に残された私は灰になっていた。
「フィーが……私と距離を取ろうと……」
子供にうざいと言われる父親は、このような気持ちなのだろうか?
そんなことを考えてしまうくらい、ショックだった。
なにがいけないのだろう?
今日は、普通に接していたと思うから……
「最初に出会った時、抱きしめたことがいけない……?」
あれは、ついつい感極まってやってしまったことなのだけど……
悪意や敵意はまったくない。
親愛のみだ。
それなのに、怯えられてしまうなんて……
「この顔がいけないのでしょうか?」
窓ガラスを見て、自分の顔を確認する。
美人ではあると思うが、目は吊り目。
全体的にシャープな印象で、きつい感じはする。
こんな女性がいきなり抱きついてきたら?
「……訳がわからなくて、怖いですね。はい」
やらかしてしまった。
がくりと、その場で膝をついてしまう。
「このままでは、フィーと仲良くなることができない……アリーシャ姉さまと、笑いかけてもらうことができない……まずい、非常にまずいですね」
破滅がどうでもよくなるくらい、まずい。
ただ、本気でどうでもいいというわけじゃない。
なにも対策をしなければ、私は、また世界の強制力とやらに殺されるだろう。
また原因不明の病にかかるか……
あるいは、悪役令嬢らしく断罪されるだろう。
「うぅ、おかしいですね……」
やり直し。
二周目と言えば、強くてニューゲーム。
チートが当たり前なのだけど、ぜんぜんチート要素がない。
むしろ、難易度がアップしているような気がした。
前回がノーマルなら、今回はハードだ。
ノーマルでクリアーできなかったのに、ハードに挑んでどうする。
「とはいえ、愚痴をこぼしていても仕方ないですし……どうにかするしかないですね」
破滅の回避と、フィーと仲良くなること。
どうにかして、この二つを両立させていこう。
人間、第一印象というものはとても大事だ。
良い印象を抱けば、その相手に好感を持ち……
悪い印象を抱けば、その相手のことを嫌い、または苦手になる。
この第一印象というものは、なかなかに覆しにくい。
刷り込みという言葉があるように……
無意識下で第一印象が働いてしまい、その方向に感情が流されていく。
なので、無意識下の印象を丸ごと塗り替えるような、強烈なインパクトがなければうまくいかないだろう。
……というようなことを、学院の中庭で考える。
今は昼休み。
食堂でごはんを食べた後、考え事をするため、一人、中庭で過ごしていた。
「フィーの私に対する印象は……たぶん、訳のわからない怖い人、ですよね?」
訳がわからないだけで、恐ろしいとか危険そうとか、そういう印象はないと思う。
いきなり抱きしめたせいで、なにこの人!? と思われているくらいなはず。
つまり、頭が危ない人認定。
「……うぅ、泣けてしまいます」
かわいいかわいい妹に、おかしい人認定されている姉。
もはや乾いた笑いさえ出てこない。
「フィーのことを一番になんとかしたいところですが……とはいえ、破滅もなんとかしなければいけませんね」
フィーを優先するあまり、ヒーローの攻略を疎かにすれば、破滅が待ち受けている。
そうなると、結局、かわいい妹と離れ離れにならないといけない。
それはイヤだ。
「ひとまず、ヒーローの様子を見に行きましょう」
煮詰まっている時は、別の行動をして気晴らしをした方がいい。
そう考えた私は、ヒーローが今どうしているか、確認してみることに。
校舎へ戻り、一つ下の学年が並ぶ棟へ。
ひとまず、アレックスの様子を確認してみよう。
前回、最初に知り合いになったヒーローだから、彼がどうしているのか気になる。
「あら?」
なにやら一年の教室が騒がしい。
どうしたのだろう?
不思議に思い、そちらへ足を向ける。
「そういえば、こちらはフィーの教室だったような……?」
もしかして、前回のようにフィーがいじめられている?
いや、しかし、あれはまだ少し先のような……
「ふざけるなっ!」
考えていると、強い声が聞こえてきた。
これは……アレックス?
様子を見てみると、やはりアレックスがいた。
それと、フィー。
アレックスに背中に守られていて……
そのアレックスは、数人の女子生徒達を鋭い目で睨んでいた。
「お前ら、シルフィーナになにをしているんだ!」
「……アレックス……」
「な、なによ、平民風情が私達に逆らうつもり?」
「確かに俺は平民だけど……でも、間違っていることを指摘するのに、平民も貴族も関係あるものか! そんなだから、お前達は……!」
「まあ、なんて生意気な……」
「後悔しても知らないですわよ?」
「ふんっ。ここで、シルフィーナがいじめられていることを見捨てる方が、俺はものすごく後悔するね」
「うっ……」
アレックスは欠片も怯むことなく、女子生徒達を糾弾してみせた。
力強く、素直にかっこいいと思う。
その勢いに飲まれた様子で、女子生徒達は言葉に詰まる。
「お、覚えていなさい!」
お決まりの台詞を口にして、女子生徒達は逃げ出した。
お約束すぎて、形式美すら感じられる。
「大丈夫か、シルフィーナ?」
「う、うん……ありがとう、アレックス。えへへ」
「なんで笑うんだよ?」
「やっぱり、アレックスは頼りになるな、って」
「そ、そんなことは……」
うれしそうに笑うフィーと、照れるアレックス。
微笑ましい光景なのだけど……
「……そうか」
既視感のある光景だと思っていたのだけど、今、思い出した。
これは、ゲーム内にあるシナリオのワンシーンだ。
いじめられている主人公を、ヒーローが助ける。
前回は、私が割り込んだため、アレックスの救出イベントは起きなかったが……
今回は早くにイベントが発生したため、私が割り込むことはなくて、従来通りにアレックスがフィーを助けたようだ。
「正しい歴史……というべきなのでしょうか? その通りに進んでいる」
ヒーローと結ばれたとしたら、ヒロインであるフィーは幸せになることができる。
妹の幸せは私の幸せ。
それは望むべきことなのだけど……
しかし、私もヒーローと結ばれなければならない。
それができなければ破滅。
「私とフィーの間で、利害の対立が起きているような気が……これも世界の強制力? だとしたら……」
私は悪役令嬢らしくフィーと対立するようになり、最後は粛清される……?
帰宅して、自室へ。
着替える気力もなくて、学院の制服のままベッドに転がる。
「うぅ……」
私は落ち込んでいた。
世界の強制力なのか。
それとも、単純にタイミングが悪いのか。
フィーと仲良くなることができず……
ヒーローと顔見知りになることすらできていない。
ダメダメだ。
せっかくやり直すことができたのに、なに一つうまくいっていない。
凹む。
このままだと破滅を迎えてしまう……ことは、ぶっちゃけ、あまり気にしていない。
人間、死ぬ時は死ぬ。
そこを気にしすぎていたらなにもできない。
それはまあ、破滅を避けられるのなら避けたい。
ただ、それ以上に妹と優しいヒーロー達のことが気になる。
前回はまともにお別れをすることができず、ただ悲しみだけを残してしまった。
そんな事態は避けたい。
だから、破滅を回避する。
「とはいえ……」
現状、なにも前進できていない。
むしろ、後退すらしつつある。
「うーん」
さて、どうしたものか?
現状のままだと、破滅は避けられない。
ただ、特にフィーやヒーロー達と仲良くなっていない。
それなら残される人のことを気にすることなく、旅立つことができるのでは?
なら、このままなにもしないという選択肢も……
「って、それはありえないですね」
なにもしなければ、なにも問題ならない。
確かにその通りだけど、それでは生きていないのと同じ。
生きながら死んでいるのと変わらない。
そんな生き方はまっぴらだ。
私は、私らしく。
悪役令嬢らしく、わがままに生きてみせよう。
「さて、落ち込んでいても仕方ないですね」
気持ちの切り替え、完了。
私服に着替えて部屋を出る。
目的地は、もちろん妹の部屋だ。
「シルフィーナ、いますか?」
扉をノックして、待つこと少し。
「は、はい……?」
そっと扉が開いて、フィーが顔を出した。
まだ私に慣れてくれていないらしく、おっかなびっくりという様子だ。
小動物みたいでかわいい。
「な、なんでしょうか……?」
「今、大丈夫ですか? よかったら、一緒にお茶をしませんか?」
「えっと……」
困った、という感じでフィーの目が泳ぐ。
どうにかして断ろうと考えているみたいだけど……
それはダメ。
「さあ、いきましょう」
「え? え?」
フィーの手を掴み、そのまま部屋の外に連れ出した。
「あ、あのっ、アリーシャさま!? 私は、そのっ……」
「もう準備をするようにお願いしていますからね。あまり待たせてしまうと、せっかくのおいしいお茶が冷めてしまいますよ」
「あ……は、はい」
フィーは諦めた様子で、小さく頷いた。
おとなしいフィーに強引に迫れば、余計に嫌われてしまう可能性がある。
ただ、ゆっくりと距離を詰めようとしても、なかなかうまくいかないことはここ数日で証明済みだ。
ならばもう、私らしく強引に行くことにしよう。
フィーが歩み寄ってくれるのを待たない。
こちらからグイグイと突き進む。
うん。
それこそが私らしさというものだろう。
迷惑?
フィーが怯える?
最終的に仲良くなれれば問題なし。
後々で、あの時は、という感じで笑い話になればいいのだ。
「というわけで、今日は離しませんよ?」
「ど、どういうことですかぁ……!?」
「ふふ」
私の名前は、シルフィーナ・クラウゼン。
少し前までは違う名字だったのだけど……
ちょっとした事情があって、姓がクラウゼンになった。
いきなり公爵令嬢になって……
いきなり大きな屋敷で暮らすことになって……
いきなり姉ができて……
私の日常は目まぐるしく変わる。
「はぁ……なんで、こんなことになったんだろう?」
新しい生活は戸惑いの連続。
なかなか慣れることができなくて、ちょっと疲れてしまう。
そんな中、一番気になっているのは……
「アリーシャさま……か」
新しくできた私の姉。
とても綺麗な人で、同性の私もついつい見惚れてしまいそうになる。
ただ……
よくわからない人だ。
初対面の時、いきなり抱きしめられた。
なんで?
「……ちょっと怖いかも」
なにを考えているのだろう?
それがわからない人は苦手だ。
どうすれば不快に思われないか。
どうすれば嫌われないで済むか。
自分が取るべき行動が見えてこないので、どうしていいかわからなくなってしまう。
結果、アリーシャさまを避けてしまうことに。
「うぅ、怒っていないといいのだけど……」
何度かお茶の誘いを受けて、しかし、全部断ってしまった。
今日もそうだ。
断ろうとして……
でも、それに焦れたのか強引に連れ出されてしまった。
あれは怒っていた証ではないか?
にこにこと笑っていたものの、それは仮面で、内心ではイライラしていたのではないか?
なんて。
悪いことを考えると、どんどんマイナス方面に思考が傾いてしまう。
「これじゃあダメなのに……」
早く新しい家に慣れないといけない。
いい子にして、うけいれてもらわないといけない。
がんばらないと。
「うん。そのためにいい子でいないと……って、いけないいけない。こんな口調じゃダメだよね。ううん、ダメですよね」
今の私は、公爵令嬢だ。
それにふさわしい言動を身に着けなければいけない。
だから、今までのような軽い口調は捨てて……
アリーシャさまのような丁寧な話し方を覚えないといけない。
そうやって、仮面をかぶらないといけない。
「せめて、ここでは……」
私の居場所がほしい。
「……もう、一人はいや……」
誰かに愛されたい。
それが贅沢だというのなら、せめて、誰かに隣にいてほしい。
私がこの世界で一人ぼっちじゃないことを教えてほしい。
わかっている。
こんな考え、最低だ。
誰かに手を差し伸べてもらうことだけを期待してて、自分から動こうとしない。
怖いからと、なにもしようとしない。
そのくせ求める理想は高く、無条件で与えてくれることを望んでいる。
なんてわがままなのだろう。
恥知らずといってもいいかもしれない。
「……でも、仕方ないじゃない」
私は弱い人間だ。
なにかがんばろうとしても、でも、どうしようもないことが多い。
結局、失敗してしまうことばかりだ。
自分に嫌気が差すのだけど、でも、どうすることもできない。
「私……ここにいてもいいのかな?」
私は、今日何度目になるかわからないため息をこぼそうとして……
「もちろんです!」
「えっ」
突然、アリーシャさまの声が響いた。
フィーは我慢強くて、そして優しい子だ。
新しい環境に慣れようと、必死でがんばり、辛いことがあってもそれを顔に出すことはない。
そのせいで心がすり減っていっても、我慢してしまう。
言い訳になってしまうのだけど……
そんな性格をしているから、前回、フィーが抱えている心の問題になかなか気づくことができなかった。
そのせいで、長い間、つらい思いをさせてしまった。
反省。
だから、今回はとっとと解決することにした。
「あ、アリーシャさま、どうして……?」
突然現れた私に、フィーはすごく動揺していた。
独り言を聞かれてしまったのではないか? と不安に思っているのだろう。
バッチリ聞いていた。
ごめんなさい。
「ふぃ……シルフィーナ」
「は、はいっ」
「あなたは一人ではありません」
「えっ」
「私がいます」
フィーがメインヒロインとか。
仲良くすることで、ヒーローの攻略に有利になるとか。
そういうことは、なんかもう、どうでもよくなっていた。
頭の中から抜け落ちていた。
単純に……
目の前で、心の中で寂しそうに泣いている妹を放っておけない。
それだけで、私は衝動的にフィーを抱きしめた。
「……あっ……」
「この前は、突然、抱きしめたりしてごめんなさい。怖がらせてしまったみたいですね」
「え、と……今も、こうして……」
「はい、抱きしめていますね」
「……」
「怖いですか?」
「い、いえ」
戸惑いを見せつつも、フィーは否定した。
私を怒らせないように、言葉を考えている……という様子はない。
ウソが苦手な子だから、嫌がっていないということはわかる。
よかった。
これで再び怖がられたら、ショックで立ち直れないところだった。
「フィーは一人ではありません、私がいます。私達は姉妹ですよ?」
「ですが、それは……」
「クラウゼン家に引き取られたことを気にしているのですか? それとも、まだ数日しか過ごしていないことを? あるいは、私という人間がよくわからないから?」
「……」
「全部、という顔をしていますね」
「す、すみませんっ」
「いいんですよ、それは当然のことですから」
二周目の私と違い、フィーはなにも記憶がない。
戸惑いを覚えて、距離をとってしまうのは当然のこと。
そこを責めるバカなことはしない。
「フィーの戸惑いと迷いは、否定しません。繰り返しになりますが、それは仕方ないことです」
「はい……」
「ただ、私は違いますよ」
「え?」
「私は、こうして抱きしめたくなるくらい、あなたのことが好きです。シルフィーナ・クラウゼンのことを、かわいいかわいい妹だと思っています」
「それは……でも、どうして……?」
「簡単な話ですよ」
フィーを離して、少しだけ距離を取る。
そして、にっこりと笑いつつ、言う。
「誰かを好きになるのに、理由なんて必要ですか?」
「……あ……」
フィーがぽかんとした顔に。
そんな妹に、私はさらに言葉を重ねる。
「私は、あなたのことが好きですよ。大事な妹だと思っています」
「そんな……でも……」
「本当ですよ?」
「どうして……私、なんて……」
「こら。そういう台詞は禁止です。あなたが自分のことを卑下してしまうのは、私が止められるものではありませんが……しかし、私の想いまで否定するようなことを口にしてはいけません。それは、失礼というものですよ」
「ご、ごめんなさい……」
「はい、謝罪を受け取りました」
「……」
「……」
ちょっとした間。
「怒らないのですか……?」
「どうして?」
「私、失敗したのに……してはいけないことをしたのに……」
「そんなこと気にしませんよ。失敗なんて、誰もがすること。それに、何度でも言いますが、私はシルフィーナのことが好きですから。かわいいと思っていますから。多少のことくらいは、許してしまいます」
「私は……」
フィーは悩むように、考えるように視線を落とした。
少しだけ待ち、それから優しく声をかける。
「なので、あなたを一人になんてしません。これからずっと、傍にいます」
「ずっと……ですか?」
「はい、ずっとです」
「それは……本当に?」
「もちろんです。約束します」
「……」
フィーは泣きそうな顔になって……
それを隠すかのように、こちらに抱きついてきた。
「わっ」
「うぅ……」
小さな肩が震えている。
どれだけの寂しさを抱えてきたのか?
どれだけの孤独に傷ついてきたのか?
そのことを思うと、とても胸が痛い。
だからこそ、今できることとして、これ以上の孤独は与えてなんかやらない。
幸せな記憶で埋め尽くしてやりたいと思う。
「……お願いをしてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「……このまま、ぎゅってしてほしいです」
「こうですか?」
フィーが望むまま、ぎゅうっと抱きしめた。
そうすると、彼女もさらに強く私に抱きついてきた。
「……アリーシャさま」
「はい」
「……うれしいです」
「はい」
「ぐす……私、これまでもこれからも、ずっと一人だと思っていて……でも、それは違っていて……本当に、うれしいです……」
「はい」
フィーは涙混じりに、心の内を語り……
私は、そんな妹の頭を何度も何度も撫でていた。
「ご、ごめんなさい……」
三十分ほどして、フィーが落ち着いて……
冷静になると同時に顔を赤くして、ぺこりと頭を下げた。
妙な罪悪感は完全に消えていないみたいだけど……
それだけじゃなくて、羞恥の感情が伺える。
この歳で思い切り甘えたことを恥ずかしく思っているのだろう。
でも、そんなこと気にしないでほしい。
妹は姉に甘えるもの。
どんどん、もっともっと、とことん、究極的に甘えてほしい。
……私、欲望満載だな。
「ところで、私からもお願いがあるのですが」
「な、なんですか?」
「私はシルフィーナのことが好きですが、できるならシルフィーナも私のことを好きになってほしいです」
「ふぇ」
フィーの顔が赤くなる。
照れているのだろう。
かわいいやつめ。
「姉妹として家族として、仲良くなりたくて……そのための一歩として、愛称で呼んでもいいですか?」
「愛称……ですか」
「シルフィーナだから、フィー……なんてどうですか?」
「……フィー……」
考えるような顔になって……
次いで、花のように愛らしく笑う。
「その、あの……急にこんなことになって驚いていますけど、でも、うれしいです。その……フィーでお願いします」
「はい。これからもよろしくお願いしますね、フィー」
「は、はい」
ようやく、前回と同じ立場に戻ることができたけど……
それは、わりとどうでもいいことだった。
それよりも、大事な大事な妹に笑顔が戻った。
場に合わせるための仮初の笑顔ではなくて、心からの本物の笑顔。
そのことが一番うれしい。
「あ、あの」
どこか迷いを秘めた様子で、フィーがこちらを見た。
「はい?」
「えっと、その……」
「どうしたんですか?」
「……私も、アリーシャさまのことを愛称で呼んでも……い、いいですか?」
「え?」
フィーが、私のことを愛称で?
前回はなかったイベントだ。
そのせいで、ついつい驚いてしまったけど……
「ええ、もちろんですよ」
反対なんてするわけがない。
大賛成。
フィーに愛称で呼んでもらえる……あぁ、なんて素敵なことなのだろう。
うれしさのあまり、昇天してしまいそうになった。
わりと本気で。
「フィーは、私にどんな愛称をつけてくれるのですか?」
「あ……許可をもらうことだけを考えていて、愛称のことは忘れていました……」
「ふふ、ドジですね」
「うぅ……アリーシャさま、ちょっと意地悪です」
「かわいいから、ついつい、いじめたくなってしまうのです」
子供のような気分だ。
なだめるために、フィーをもう一度、抱きしめる。
「んー……」
真面目な妹は、どんな愛称がいいか考え始めた。
口元に指先をやり、視線をさまよわせつつ、考える。
「アリー姉さま……なんて、ど、どうでしょうか?」
「……」
「だ、ダメですか……?」
「はっ」
最愛の妹に愛称で呼ばれる。
素敵すぎることに、一瞬、意識が飛んでいた。
何事もないフリをして、フィーに笑いかける。
「とても素敵だと思います」
「本当ですか?」
「もちろんです、フィー」
「えっと、それじゃあ……これからは、アリー姉さまで……」
恥ずかしそうにしながらも、フィーはしっかりと言う。
いや、もうね……
天使か!
妹の愛らしさに悶え、心の中で叫んだ。
ただ、表面上はなにも変わらず、にこにこと笑っている。
愛情表現を全力でしてもいいのだけど……
同時に姉の威厳というものが失われてしまいそうなので、ほどほどがいい。
「あ、あと、もう一つお願いが……」
「今日のフィーは、たくさんお願いがあるのですね」
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。妹に頼られることは、姉としてうれしいですから」
「えっと……お茶をしませんか、アリー姉さま」
「はい、喜んで」
「フィー、一緒に学院に行きませんか? たまには歩いて」
「は、はい! 喜んで」
朝。
一緒に登校しようとフィーを誘うと、妹は花が咲いたような笑顔を浮かべて了承してくれた。
朝から天使。
こんな澄んだ笑顔を見ていると、心が洗われていくかのようだ。
「えっと……」
肩を並べて歩くと、フィーは落ち着きのない様子を見せた。
ちらちらとこちらを見て、しかし、すぐに視線を戻してしまう。
「フィー?」
「ふぁっ」
「どうしたのですか? なにやら、落ち着きがないように見えますが」
「す、すみません!」
「別に怒ってなんていませんよ。ただ、どうしたのかな、と思いまして」
「いえ、その……」
もじもじして……
ややあって、恥ずかしそうにしつつ言う。
「アリー姉さまが隣りにいると、なんていうか、一人じゃないと実感できて……うまく言葉にできないですけど、うれしいです」
かわいい。
今すぐ抱きしめて頬ずりをして匂いをかいで、もう一度抱きしめたい。
とはいえ、外でそんなことはできない。
ぐっと自制心を働かせて、なんとか我慢する。
「これからは、ずっと一緒ですよ?」
「はい!」
フィーの笑顔からは曇りが見えない。
よく晴れた天気のように、とても気持ちのいいものだ。
たぶん、心の影を取り除くことができたのだろう。
よかった。
大事な妹が落ち込んでいるところなんて、欠片も見たくない。
うまくいっているようで何より……
いや、ちょっと待て?
なにか大事なことを忘れているような?
「よう、シルフィーナ」
考え込んでいると、第三者の声が。
見ると、アレックスがいた。
「アレックス、おはよう」
「おう。シルフィーナが徒歩通学なんて珍しいな。どうしたんだ?」
「それは……アリー姉さまに誘われて」
「……アリー姉さま?」
アレックスがキョトンとした顔をして……
次いで、不審者を見るような目をこちらに向けてきた。
「あんたは……」
「あ、えと……こちら、アリーシャさま。私の新しいお姉さまなの」
「ふーん……ってことは、貴族か」
敵意たっぷりの目を向けられてしまう。
前回の記憶を引き継いでいるのは私だけ。
なので、貴族嫌いのアレックスが私を敵視するのは当たり前なのだけど……
前回はきちんと仲良くなれていただけに、いざ、こういう対応をされてしまうと寂しい。
そして、悲しい。
心にぐさりと矢のようなものが刺さる。
でも、それは表に出さず、笑顔で対応する。
「おはようございます。それと、はじめまして。フィー……シルフィーナの姉の、アリーシャ・クラウゼンと申します」
「姉、ねえ……」
うさんくさいものを見る目を向けられてしまう。
というか、挨拶はどうした。
貴族を嫌っているとはいえ、こちらが挨拶をしたのだから、それに応えるのが最低限の礼儀というものだ。
それをこなせないと、自分だけではなくて周りの人にも迷惑がかかる。
なぜ、そのことがわからないのか?
笑顔を浮かべているものの、内心でイラッとしてしまう。
アレックスが尖った性格をしているのは、ヒーローの個性をつけるためのものなのだろうが……
それにしても、尖りすぎではないだろうか?
このままだと、フィーを巻き込んで事件を起こしてしまいそうだ。
実際、ゲームの中では、アレックスの浅慮な行動が原因で、主人公を巻き込んで事件を起こしていた。
それがきっかけとなり、二人の仲は恋人に進展するのだけど……
しかし、そんなもの、避けられるのなら避けるに越したことはない。
よし。
今回もアレックスの教育を……いや、待て。
違うだろう。
今まで綺麗さっぱり忘れていたけど、今回の私の目的はヒーローと結ばれることだ。
アレックスも対象の一人。
そうなると、あまり無茶なことはしない方が……?
「えっと……よかったら、アレックスも一緒にいきませんか?」
「やめとく。俺は一人でいくよ、じゃあな」
「あ、はい……」
あれこれと迷っている間に、アレックスは一人で行動して、先に行ってしまった。
その背中からは、私に対する拒絶の色がハッキリと出ていた。
うーん。
結ばれるのではなかったとしても、アレックスとは、また気軽に話ができる仲になりたいのだけど……
それは、なかなか難しそうだ。
前途多難。
そんな言葉がぴたりとハマる状況に、私は思わずため息をこぼしてしまうのだった。