悪役令嬢の私ですが、メインヒロインの妹を溺愛します

 あれから、何度かアレックスと疑似デートを繰り返した。

 アレックスの残念なところは、やや修正されて……
 ついでに、私も妙なことで動揺することはなくなった。

 そして、肝心の恋人らしさだけど……
 これはもう無理だ、という判断に。

 私は失敗していない。
 それなりにうまく彼女を演じることができたと思う。
 恋愛経験は少ないが、公爵令嬢として生まれている以上、度胸はある。

 ただ、アレックスがダメだ。
 彼はウソを嫌う。
 常にまっすぐであろうとする。

 その性格が影響しているせいで、恋人らしいフリをマスターすることができなかった。

 まあ、仕方ない。
 それはそれで、アレックスの魅力と言える。
 無理に矯正しようとして、変に性格が歪んでしまったら大変だ。

 恋人らしい、という点は諦めることにした。
 なに。
 彼氏彼女に見えなくても、私をアレックスの婚約者にしたい、と思わせることは可能だ。

 そして……
 アレックスの父親の屋敷を訪ねる日がやってきた。



――――――――――



 ヒュージ・ランベルト。
 アレックスの父親で、それなりの力を持つ貴族だ。

 ただ、その力は彼の手腕で築き上げられたものではない。
 裏取引に賄賂に癒着に……そんな汚い手段で手に入れられたものだ。

 そんな主人の性格を表しているかのように、屋敷内は金銀財宝があふれていた。
 これだけの財宝を持っているぞ、すごいだろう……と、言いたいのだろう。
 自己顕示欲の強い小物だ。

「これはこれは、よくぞ当家にいらっしゃいました。歓迎いたします、クラウゼン嬢」

 アレックスと一緒に屋敷を訪ねると、最初は、なんだこの小娘は? という目を向けられたのだけど……
 そこは、腐っても大貴族。
 名乗らなくても私の正体に気づいたらしく、ころりと態度を一転。
 必要以上に明るい笑顔を浮かべて、猫なで声で接してきた。

「突然の訪問、失礼いたします」
「いえいえいえ、お気になさらず。クラウゼン嬢ならば、たとえ真夜中であれ歓迎いたしましょう」

 ヒュージはにこやかな笑顔を浮かべているものの、その奥に、わずかな戸惑いが見えた。

 なぜ、クラウゼン家の令嬢が我が家に?
 そう不思議に思っているみたいだ。

「今日はどうされましたか?」
「実は、ランベルトさまのご子息……アレックスのことでお話が」
「……そこの愚息がなにか?」

 ヒュージが眉を寄せる。
 私の前だからかろうじて我慢しているみたいだけど、私がいなければ、アレックスを怒鳴りつけていただろう。
 そんな雰囲気だ。

「勘違いなさらないでください。アレックスが問題を起こしたというわけではありません」
「そ、そうですか……」

 ほっとするヒュージ。
 ただ、ならばなぜ? と再びの疑問顔に。

「実は、とある噂を小耳に挟んだのですが……今度、アレックスがお見合いをするらしいですね?}
「ええ、そうですね。恥ずかしながら、アレックスはそういう方面には疎い男。私が手助けをしなければと思い、席を設けさせていただきました」
「そうですよね、本当に疎いですよね」
「おい」

 素直に同意すると、隣のアレックスがジト目を向けてきた。

 だって、仕方ないではないか。
 フィーというかわいいかわいいメインヒロインがいるのに、彼女に一向に恋に落ちる様子がないのだもの。

 まあ、恋におちたらおちたらで、全力で邪魔をしてみせるが。
 フィーにまだ恋人は早い!
 せめて、ボーイフレンドだ。

 おっと、話が逸れた。

「そのお見合いなのですが、止めていただくわけにはいきませんでしょうか?」
「ふむ……それは、なぜですかな?」

 ヒュージの瞳に剣呑な光が宿る。

 公爵令嬢という立場故、私の話に耳を傾けている。
 紳士な態度も貫いている。

 しかし、余計なことをするなら話は別。
 アレックスの見合いを取り消す……金儲けのチャンスを潰されるのならば、全力で叩き潰す。

 彼は、そういうかのようにこちらを睨んできた。

 それに対して私は……

「恥ずかしい話ですが、すごく個人的な理由なのです」

 ヒュージの牽制に気づかないフリをして、微笑む。
 あなたと敵対するつもりはない。
 むしろ、私はあなたの味方だ。

 笑顔を浮かべることで、そう伝える。

「ふむ。個人的な理由ですか……それは、なんですかな?」
「私達、実はお付き合いをしているんです」
「……は?」

 たっぷり一分ほど沈黙して、それからヒュージは間の抜けた声をこぼした。

 目を丸くして、ポカーンとしている。
 大貴族とは思えない間抜けっぷりだけど、それくらいに驚いたのだろう。

「ですから、私とアレックスは恋人同士なのです」
「こい……びと?」

 ヒュージの視線がアレックスに向けられた。
 本当か? と目で尋ねている。

「あ、ああ……ホントウ、だよ」

 ぎこちないながらも、肯定するアレックス。

 演技がポンコツすぎる。
 なにがなんでもウソをつくことができない体質なのだろうか?

 呆れ、内心でため息をこぼす。
 でも、私は笑顔を崩さない。
 それどころか、ちょっと照れた様子で話を続ける。

「本当に……アレックスとクラウゼン嬢、が?」
「はい、私の自慢の恋人です」

 アレックスの腕を取る。

 公爵令嬢として厳しくしつけられてきた私が、気軽に男性に触れるわけがない。
 ましてや、抱きつくなんてありえない。

 そう判断したらしく、ヒュージは私の言葉を信じたみたいだ。
 動揺は残っているものの、私とアレックスが恋人同士という前提で話を進めていく。

「驚きましたな……まさか、アレックスがクラウゼン嬢とお付き合いをされているなんて」
「知らないのも無理はありません。気軽に話せるようなことではないため、ふさわしい時が来るまでは秘密にしていましたから」
「なるほど……公爵令嬢であるあなたなら、そうせざるを得ないでしょうな」
「理解していただき、ありがとうございます」

 ヒュージは、だいぶ落ち着きを取り戻したみたいだ。

 さきほどまでの笑顔が戻り……
 そして、その笑顔の下で金勘定を始めているのも見てとれた。

 なんて不快な男。
 息子の恋路を祝福するのではなく、利用することしか考えていないなんて。
 本来なら、即叩き潰してやりたいところだけど、準備が整っていないので保留。

 まあ……
 彼の単純で下賤な思考は、私達にとってはとてもやりやすい。

「……お願いがあります、おや……父上」

 アレックスが頭を下げた。

 彼の話によると、ヒュージはまともに話を聞いてくれず、怒鳴りつけるのみだったそうだけど……
 さすがに、私の前でそんなことはしない。

 それに、今はアレックスの話にそれなりの興味を抱いているだろう。
 一蹴することはせず、「話してみろ」と威厳のある声で言う。

「俺は……いてっ」

 ヒュージの見えないところで、私に脇をつねられてアレックスが悲鳴をあげる。

 そうではないだろう。
 演技はできなくても、事前に暗記した台詞くらいは、ちゃんと口にしてほしい。

「わ、私は……」

 そう、それでいい。
 ヒュージのような偏見たっぷりの貴族ともなると、些細な言葉遣いで不機嫌になることも多い。
 嫌っているアレックスの言葉なら、なおさらだ。

 そこで話を止めたくないので、きちんとした言葉を使ってほしい。

「こちらの、す、素敵な令嬢と……くく」

 最後、アレックスが小さく笑う。

 おい。
 素敵な令嬢のところで笑ったな?
 後で覚えておきなさい。

「アリーシャさまと交際させていただいています」
「ふむ」
「彼女のことを真剣に愛しています。公の場ではなく、二人の話の中によるものですが、将来の誓いも交わしました」
「……それで?」
「現在、進められているお見合いをなかったことにしていただけませんか? そして、アリーシャさまとの交際を認めていただきたい」
「……」

 アレックスが最後まで言い終えると、ヒュージは難しい顔に。

 反対しようとしているわけではないだろう。
 公爵令嬢と繋がりができると、内心では喜んでいるはず。

 しかし、アレックスの前で能天気に喜ぶことはできない。
 そんなプライドがあるため、感情を押し隠し、あえてつかめっ面を作っているのだと思う。

 なぜ、そんなことがわかるのか?

 悪役令嬢ではあるが、公爵令嬢だ。
 社交界には幼い頃から出席していたし、たくさんの人を見てきた。
 だから、それなりの観察眼を身につけることができた。

「そうか、クラウゼン嬢と……ふふ」

 ほんの一瞬ではあったが、ヒュージはニヤリと笑った。

 狙い通り。
 私と……というか、公爵家と繋がりができることを喜んでいるようだ。

 よほどうれしいのだろう。
 いつもの冷静を保つことができず、一瞬ではあるが、笑みがこぼれていた。

 うんうん、実にわかりやすい人だ。
 だからこそ、御しやすい。

 ほら。
 私の思惑通りに……

「そうか……そういうことならば、私は親として、アレックスを応援しなければなりませんな」

 いい感じに、こちらが望む台詞を自分から口にしてくれた。
 無事、私とアレックスの関係はヒュージに認められた。

 ヒュージは、アレックスのお見合いを撤回してくれるという。
 口約束ではあるが、信じられるだろう。
 彼は欲望に忠実だから、公爵家との繋がりを優先するはず。

 これで時間稼ぎは完了。

 あとはこちらの準備を進めて……
 ヒュージが正式にお見合いを撤回したタイミングで動くとしよう。

 どこに目や耳があるかわからない。
 私とアレックスは、しばらくの間、恋人のフリを続けて……
 水面下で色々と準備をして……

 そして、全ての準備が完了した。
 さあ、行動に移ろう。



――――――――――



「みなさん、今日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」

 ランベルト家の屋敷で盛大なパーティーが開かれた。

 私とアレックスの婚約発表が目的なのだろうけど、まだ内容は伏せられている。
 アレックス曰く、ヒュージはサプライズが好きで、ギリギリまで秘密にしておくつもりなのだろう……とのこと。

 なるほど、悪くない。
 事前に発表してしまうと期待値は下がり、盛り上がりに欠けてしまう。

 でも、秘密にしておくことで期待値が上がる。
 秘密にされていた内容がつまらないものであれば、最高に盛り下がるだろうが……
 公爵家との婚約ならば問題はない。
 最高に盛り上がるだろう。

 まあ、そのままうまくいくわけがないのだけど。

「突然のこと、そして、内容がふせられたままであることを不思議に思っている方も多いでしょう。その点については、謝罪させていただきたい。申しわけありません」

 芝居めいた感じで、ヒュージが頭を下げる。
 謝罪という形をとっているものの、その口元から笑みはとれていない。
 これからのことを考えると、どうしても笑みがこぼれてしまうのだろう。

 バカな男。
 その笑みは、すぐに凍りつくとも知らず。

「とても大事な問題故、今まで秘密にさせていただきました。ご容赦願いたい。しかし、その内容を聞けば納得していただけるでしょう。そして、祝福していただけるでしょう」

 会場にいるのは、たくさんの貴族達。
 大きな力を持つ者ばかりだ。

 それと、ドレスなどで正装した私とフィー。
 アレックスにジーク。
 ネコもいる。

「……」

 ちらりと、ジークを見た。
 問題ないというように、彼は小さく頷いて見せる。

 それから、隣のアレックスを見る。

「……大丈夫だ」

 彼は緊張していた。
 それでも、気丈な表情を浮かべている。

 アレックスなら逃げるようなことは絶対にしないと信じているのだけど……
 でも、少し不安だ。
 この後の作戦は、彼がキーとなるのだから。

「アレックス」

 ふと、フィーが声をかけた。

「アレックスなら、大丈夫です。きっとうまくいくと思います」
「……シルフィーナ……」
「絶対に大丈夫です。絶対の絶対です」
「……ありがとう」
「はい」

 天使のようなフィーのおかげで、アレックスの緊張はほどよくとれたみたいだ。
 緊張の表情が力強いものに変化する。

 うん。
 さすが、フィー。
 ヒーローを励まして、その力になるというメインヒロインの役目をきっちりと果たしている。
 やっぱり、私の妹は天使そのものだ。

 でも、アレックス。
 そんなにうれしそうにしないで。
 友達ならいいけど、恋人はまだダメ。
 フィーはあげません!

「……では、そろそろ本題に移るとしましょう。これ以上、みなさまをお待たせしたら失礼ですからな」

 おっと、いけない。
 ヒュージの話は、そろそろクライマックスに差し掛かろうとしていた。

 こちらも動く番だ。

 みんなにアイコンタクトを送る。
 問題はない。
 準備はバッチリだ。
 そんな答えが返ってきた。

 うん。
 みんな、とても頼もしい。

 さあ……始めましょうか。

「本日、みなさま方に集まっていただいたのは、私の息子……アレックスに関することです。この度、アレックスは……」
「父上を追放して、ランベルト家の正当な後継者となることをここに宣言します!」

 ヒュージの言葉にかぶせるようにして、アレックスが力強く言い放った。
「……は?」

 先日、アレックスと二人で話をしに行った時と同じように、ヒュージは固まり、間の抜けた顔になった。

 それもそうだろう。
 私とアレックスの婚約が発表されると思っていたのに、自分が追放される話になるのだから。

「ど……どういうことだ、アレックス!!!?」

 ややあって、我に返ったヒュージはアレックスを怒鳴りつけた。
 上級貴族の品位を投げ捨てていて、怒り心頭といった様子だ。

「どうもこうもありません、父上。言葉のままです。あなたを追放して、私が新たな当主となります」
「な、な、な……なにをふざけたことを……!!!」

 怒りのあまり、言葉がうまく紡げないようだ。
 ヒュージの顔がどんどん赤くなる。
 まるで、茹でたタコだ。

 傍から見ていると滑稽なのだけど……
 ただ、彼と対峙しているアレックスは、強い恐怖を覚えているだろう。

 ヒュージによって、幼い頃から虐げられてきた。
 当然、恨みはある。
 ただ、それだけではなくて、虐げられてきたことに対する恐怖があるだろう。

 アレックスは毅然とした表情を浮かべているが……
 よく見ると、手がわずかに震えていた。

 何度も打ち合わせを重ねた。
 話し合いを続けて、策を練り、万全の準備を整えた。

 しかし。

 それでも恐怖は消えないのだろう。
 根源に刻まれた恐怖は、一朝一夕でどうにかなるものではない。

 ただ、これを乗り越えなければアレックスに未来はない。

「父上、あなたは……あなたは……!」

 ヒュージに睨みつけられて、アレックスは言葉に詰まる。
 その先を続けることができず、わずかに表情を歪めてしまう。

 とても辛いのだろう……でも、忘れないでほしい。
 あなたは今、一人ではない。

「アレックス」
「アリーシャ……?」

 彼の隣に立ち、そっと、その手を握った。

 私がいる。
 ここにいる。

 そう伝えるように、強く強く、アレックスの手を握る。

「……助かった」

 私にだけ聞こえる声で、アレックスは小さくささやいた。

 そんな彼の横顔は、とても凛々しい。
 さきほどまでの恐怖はなく、まっすぐにヒュージを睨みつけている。
 素直にかっこいい、と思う。

 うん。
 これならもう大丈夫だ。

「父上。あなたは為政者という立場でありながら、己の欲を満たすためだけに、ありとあらゆる不正に手を染めた。汚いことを続けてきた。それは決して許されることではありません」
「な、なんだと貴様!? ふざけたことをぬかすな!」
「証拠ならここにあります」

 アレックスは、近くのテーブルの上に資料を叩きつけるように置いた。

 時間を稼いだ間に、ジークなどに協力してもらい、ランベルト家が犯してきた……ヒュージの不正の数々が記されている。
 確かな証拠であり、これが表に出れば、ヒュージの破滅は免れない。

 ふむ。
 そういえば、破滅すべきはずの悪役令嬢である私が、他人の破滅に手を貸している。
 神様がいて、この場を見ているとしたら、笑っているかもしれない。

「なっ……!? こ、これは……そんなバカな、こんなことが……」

 資料を見たヒュージは、露骨に顔色を変えた。
 だらだらと嫌な汗を流す。

「本来ならば、このような場で話すことではありません。故に詳細は省きますが……癒着や賄賂がかわいらしく思えるほどの罪を犯してきた」
「ぐ、ぐうううぅ……!?」
「もう一度、言う。あなたに為政者の資格はない!!!」

 雷鳴のような声で、アレックスはヒュージを断罪してみせた。

 私達が用意した資料が表に出れば、ヒュージは間違いなく破滅する。
 取り返しはつかない。

 そのことを理解しているらしく、ヒュージはがくりと膝をついてうなだれた。
 どうしようもないと。
 完全にハメられていたと。
 そう理解して、自身の敗北を受け止めた。

 勝負はついた。
 アレックスは、ランベルト家の当主に。
 そして、ヒュージは投獄されるだろう。

 うん。
 予想していた通り、うまくいった。
 万事オッケー。
 ハッピーエンドだ。
 悪役令嬢である私だけど、そんな結果を引き寄せることができて満足……というよりは、ほっとしていた。

 私、悪役令嬢だからね。
 下手をしたら、アレックスを破滅させていたかもしれないわけで……
 そこは、少し怯えていたところだ。

 でも、そうならず一安心。
 さあ、後はパーティーを楽しもう。
 アレックスは新しい人脈を作らないといけないだろうから、その手伝いをしなければ。

 そんなことを考えていたのだけど……

「そしてもう一つ、発表しなければいけないことがあります」

 アレックスは、予定にないことを口にし始めた。

「この時をもって、ランベルト家はその位を王家に返上したいと思います」
 アレックスが、父親であるヒュージの罪を告白して、追放して……
 そして、ランベルト家がなくなり、一週間が経った。

「よう、アリーシャじゃないか。どうしたんだ?」

 アレックスの様子を見るために街の教会へ行くと、元気そうな笑顔に迎えられた。
 実家がなくなったとは思えないくらい明るい顔をしている。

「アレックスの様子が気になったのですが……」
「なんだ、俺の心配をしてくれたのか?」
「当たり前です。まさか、父親を追放するだけではなくて、家を潰してしまうなんて」

 あの日……

 ヒュージは罪を犯したため、当主にふさわしくない。
 しかし、ランベルト家に目を向けることなく、逃げてきた自分もまた、当主にふさわしくない。

 アレックスは、最後にそういう方向に話をまとめた。
 そして、そのままランベルト家を潰してしまった。

 貴族に戻れるはずだったのに、その機会を自分で潰して……
 そして、今まで通り、教会を家とすることに。

 アレックスの人生はアレックスのものだ。
 彼がそう決めたのだから、それに対して文句をつけるつもりはないし、不満をぶつけるつもりもない。

 ただ……

「事前に相談していただけなかったのは、怒っているのですよ?」
「あー……悪い。確かに、相談はすべきだったな」
「なぜ、あんなことを?」
「いやさ。みんなにあれこれしてもらっておいてなんだけど、俺、貴族に戻りたいわけじゃないんだよ」
「そうなのですか?」

 驚いて……
 でも、ほどなくして納得した。

 そういえば、アレックスはその出自のせいで貴族を快く思っていない。
 その貴族になれると言われても、乗り気にはならないだろう。

「あのクソオヤジの言いなりにはなりたくなかった、それだけなんだよな」
「なるほど」
「貴族なんて、始めからどうでもよかったんだ」

 アレックスらしいといえば、とてもらしい。

「でも、家を取り潰したのはやりすぎでは?」

 ヒュージの子供はアレックスだけ。
 他にランベルト家を継ぐ者はいない。

 だとしても、家を潰さなくてもよかったのではないか、と思う。
 ランベルト家の当主が腐っていたとしても、それでも、色々な役割があったはずだ。
 それがなくなると、多少なりとも混乱が起きる。

 それに、ランベルト家に仕えていた人も行き場を失ってしまう。

「多少はな。でも、あんな家に頼らない方がマシだろ。色々と腐りきっていたからな。無理に再生しようとしないで、一度、潰した方が早いさ。下手に残しておくと、どこかのバカが適当な後継者を連れ出して、また騒動が起きるかもしれないからな」
「そう言われると……」
「ランベルト家に雇われていた人達も、半分以上が腐っていたからな。クソオヤジと一緒で、甘い汁をすすることしか考えてない連中がほとんどだ。そんな連中を気にすることはないさ」
「そうだったのですか……」
「あんな家、なくなった方が世の中のためってわけだ」

 アレックスは晴れやかな顔でそう言った。

 その顔は、とてもさわやかで、清々しくて……
 不思議な魅力があり、ついつい見惚れてしまう。

「どうしたんだ、アリーシャ?」
「アレックスに見惚れていました」
「そっか、みほれ……はっ!?」

 アレックスが慌てた。
 それはもう、おもしろいくらいに慌てた。

「おまっ、なにを……!?」
「今のアレックスは、とてもかっこいいと思いました」
「ふ、ふざけんな! か、からかっているのか!?」
「そんなことはしませんよ。本心ですよ?」
「んなっ……?!」

 アレックスは顔を赤くして、口をパクパクと開け閉めした。

 どうして、そんなに慌てているのだろう?
 彼ほどの美形なら、こういう台詞は女性から言われ慣れていると思うのだけど。

 しばらくの間、アレックスは慌てて、うろたえて……
 ややあって、落ち着きを取り戻した。

「はぁあああああ……」

 そして、なぜか深いため息。
 とても疲れているようだけど、どうしたのだろう?

「素知らぬ顔をして人の心をかき乱すというか、ちょくちょく天然で大胆な行動をとるし……そうだよな。アリーシャは、そういうヤツだったよな」
「むう?」

 なにやら、悪口を言われているような気がする。
 考えすぎだろうか?

「まあ、気にするな。俺の問題だ」
「なら、気にしないことにします」
「割り切りがいいな、おい」
「本当は気になりますが、アレックスは絶対に話さないぞ、という目をしていますので」
「……正解だ。なんでわかるんだよ?」
「アレックスのことなら、なんでもわかりますよ」

 友達なので。

「また、お前はそういう……まあ、今のも別の意味なんだろうけどさ……」
「?」

 なぜか、再びアレックスは顔を赤くしていた。

「まあ……」

 気持ちを切り替えるように、アレックスは咳払いをした。
 それから、笑顔をこちらに向けてくる。

「なにはともあれ、今回の件は助かったよ。本当にありがとう」
「どういたしまして」

 これにて一件落着……かな?
 学院に登校して、授業を受けて、昼食を妹と友達と一緒に食べる。

 なんてことのない日常。
 でも、それはとても大事なもので……

 穏やかな幸せに浸りつつ、私はいつも通りの日々を過ごしていた。

「アリーシャ」

 放課後。
 教室の外に出たところで、アレックスに声をかけられた。

「こんにちは、アレックス」
「おう。その、なんだ……偶然だな!」

 一年と二年では教室が違う階にある。
 偶然、顔を合わせるということはないと思うのだけど……
 ふむ、どういうことだろう?

「だから、えっと……偶然だな!」
「はい?」
「いや、そうじゃなくて……」

 アレックスは、なぜか落ち着かない様子だ。
 なにか言いたそうにしているのだけど、なかなか本題に入らない。

「つまりだな」
「はい」
「今日は、その、俺と一緒にかえ……」
「アリーシャ姉さま」

 フィーがやってきた。

 アレックスがなにか言いかけていたのだけど、気にしない。
 全ての物事において、妹が最優先される。
 これは、世界共通の認識だ。

 だよね?

「どうしたのですか、フィー? もしかして、私に会いに?」
「はい」
「あら、冗談だったのですが」
「えへへ、アリーシャ姉さまとは、いつも一緒にいたいですから」

 フィーは、ちょっと照れた様子で笑う。

 妹、かわいい。
 天使を超えて、もはや女神だろう。

「それで、その……一緒に帰りませんか?」
「ええ、もちろん」

 二つ返事で了承した。
 妹の誘いを断る姉なんていない。
 いるわけがない。

 大事なことなので二度言いました。

「あ、アレックスもいたんだね」
「お、おう……」

 今、アレックスの存在に気がついたらしく、フィーが小さく驚いていた。

 うーん?
 この二人、メインヒロインとヒーローのはずなのに、そういう気配がまったくない。

 まあ、かわいいかわいい妹に恋人なんてまだ早いので、良いことなのだけど……
 だからといって、ヒーローと恋仲になれずバッドエンド、というのは困りものだ。
 多少は仲良くなってほしいのだけど、関係が進展する様子はない。
 なぜだろう?

「さあ、帰りましょう。アリーシャ姉さま」

 フィーに手を引かれ、細かいことは後で考えることにした。
 今は、愛しい妹との時間を大事にしよう。

「あ……そういえば。アレックス、さきほどなにか言いかけていましたが、なんですか?」
「……いや、なんでもねえよ」

 なぜか、アレックスは意気消沈した様子だった。
 そのまま、力ない足取りで立ち去ってしまう。

「アリーシャ姉さま、アレックスはどうしたんですか?」
「よくわかりません」

 私達姉妹は、揃って小首を傾げるのだった。

 その後、気を取り直してフィーと一緒に下校する。
 帰路は長くない。
 それに、家に帰っても一緒に過ごすことが多い。

 でも、こうして一緒に帰る時間は、それはそれで趣があるような気がした。
 家では侍女や執事がいて、二人きりになれる機会は少ない。

 でも、今はフィーと二人きりだ。
 静かな時間を過ごすことができて、とても落ち着くことができた。

(……思えば、私は)

 こういう安らぎを求めていたのかもしれない。

 私は悪役令嬢。
 いずれ断罪されて、破滅の未来がやってくるだろう。

(破滅……悪役令嬢……)

 今はうまくやっているような気がする。
 でも、この先どうなるかわからない。
 急転直下で転落していく可能性もある。

 正直に言おう。
 破滅を迎えることがとても怖い。
 死にたくなんてない。

 痛い思いはイヤ苦しい思いはイヤ辛い思いはイヤ。
 イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ……
 死にたくなんてない!!!

 私は……
「アリーシャ姉さま?」
「っ!?」

 フィーに声をかけられて、我に返った。

「今のは……」

 いったい、なんなのだろう?

 突然、どうしようもない恐怖に襲われた。
 狂ってしまいそうなほどの孤独感に飲み込まれた。

 フィーに声をかけてもらわなかったら、そのまま帰ってこられなかったような……
 そんな恐怖を覚えた。

「アリーシャ姉さま、大丈夫ですか? 顔色が悪いですが……」
「……大丈夫ですよ。ちょっと嫌なことを考えてしまっただけですから」
「嫌なこと?」
「些細なことです」

 ウソをついた。

 この先、もしもゲーム通りに進むのだとしたら……
 私はフィーに断罪されることになる。
 そんなのは絶対にイヤだ。

 それに、姉を断罪する妹、なんてことをフィーにさせるわけにはいかない。
 フィーはとても優しい子だから、きっと心が傷ついてしまう。

「……よし」

 小さな声で呟いた。

 私は、改めて破滅の未来に抗う決意をした。

 それは、私自身のためではあるのだけど……
 でも、フィーのためでもある。

 妹に余計な使命を与えないように。
 負担をかけないように。
 破滅イベントなんてもの、回避……いや。
 真正面から叩き潰してみせる!

「アリーシャ姉さま? なにやら意気込んでいるみたいですが、どうしたんですか?」
「いえ、なんでもありません」
「はぁ……」

 フィーはよくわからない様子だけど……うん、それでいい。
 妹に負担をかけることなく、この問題を解決してみせる。

「ところで、アリーシャ姉さま」
「はい、なんですか」
「その……お体は大丈夫ですか?」
「え?」

 それはどういう意味だろう?
 怪我も病気もしていないはずなのだけど……

 こちらの戸惑いを察した様子で、フィーは難しい顔に。

「えっと、その、なんていうか……うーん」

 フィーはあわあわとした感じの顔になり、次いで、小首を傾げる。

 うん、かわいい。
 慌てるフィーも小首を傾げるフィーも、どちらも天使だ。

 ……いや、待てよ?

 最近の私は、フィーのかわいらしさを例える言葉に天使ばかりを使っているような気がする。
 それはダメだ。

 言葉が偏っていたら、フィーのかわいらしさが正確に伝わらないかもしれない。
 もっともっと言葉を覚えて、妹の素晴らしさをより正確に伝えなければ。

 ……なんてことを考えている間に、フィーが私の顔を覗き込んできた。

「んー……」
「ふぃ、フィー?」

 妹の顔が間近でドキドキ。
 かわいいから仕方ないよね?

「やっぱり、アリーシャ姉さま、体調が優れないのでは?
「え?」
「耳が赤いですし、いつもの凛とした表情は隠れていて……ほら、おでこも熱いです」

 フィーの小さな手が私のおでこに伸びる。

 こんなことをされたら、普段の私なら喜び、フィーを抱きしめていたのだけど……
 なぜか、今はそうする気になれない。

 体が重いというか、怠いというか……
 妙に億劫だ。

「そう、ですね……言われてみると、体調に不安があるのかもしれません」
「やっぱり!」

 あわあわとフィーが慌てた。

「ど、どうしましょう? 急いで家に連絡をして、誰かに迎えに来てもらって……あ、でもどうやって連絡をとれば?」
「ふふ。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
「でも……」
「確かに体調が優れないみたいですが、今すぐどうこうなるわけではなさそうなので」

 体が重い。
 頭がぼーっとする。

 たぶん、風邪の初期症状だろう。
 命の危険があるわけではないだろうし、家に帰り、おとなしくすれば治るだろう。

 そう考えていたのだけど……

「あ……れ?」

 どうやら、私は思っていたよりも重症だったらしい。

 急に体から力が抜けて、その場に膝をついてしまう。
 視界が暗くなり、意識も遠のいていく。

「アリーシャ姉さま!?」
「フィー……私……」

 最後に見えたのは、泣きそうなフィーの顔。

 ああ……
 やっぱり、私は悪役令嬢なのだろう。

 大事な妹を泣かせてしまうという、とんでもなく悪いことをしてしまったのだから。
「……ん……」

 ふと、目が覚めた。
 暗闇に沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。

「ここは……」

 そっと目を開けると、見慣れた天井が見えた。
 私の部屋だ。

 ベッドに寝ているみたいだけど……
 えっと、なんで私は寝ているのだろう?

「アリーシャ姉さま!!!」
「ひゃっ」

 よく見ると、すぐ傍にフィーがいた。
 とても心配そうな顔をしていて、抱きついてくる。

「ど、どうしたんですか……?」
「どうしたもこうしたも……うぅ、アリーシャ姉さまがちゃんと起きて、良かったです……!」
「えっと……」

 状況が理解できない。
 できれば説明してほしいのだけど、フィーは泣いたまま、私から離れてくれない。

「よかった、起きたみたいだね。今回は、さすがの僕もヒヤリとしたよ」
「ったく……突然倒れるとか、人を驚かせるなよ」
「ジークさま? アレックス?」

 なぜ、この二人が?

 混乱する私に、ジークがゆっくりと説明してくれる。

「アリーシャ、君は倒れたんだよ」
「私が……倒れた?」
「覚えていないのかい? シルフィーナの話によると、体調が悪そうで、それで突然倒れたらしいけど」
「……そういえば」

 うっすらとだけど思い出した。

 フィーと一緒に下校して、おしゃべりをして……
 でも、途中でフィーが私の顔色が悪いと言い出して、その言葉が現実になるかのように私は意識を失ったのだ。

「なんとなくですが、思い出しました」
「倒れるとか、あまり心配かけないでくれよ」

 アレックスがぶっきらぼうな様子で言う。
 怒っているのではなくて、素直に心配ができないのだろう。

「心配してくれたのですね」
「なっ……そ、それは、ほら……仕方なくだよ! シルフィーナが慌ててたから、そのせいで不安を煽られたというか」
「僕は心配したかな。アリーシャが倒れるなんて初めてのことだから、とても驚いて、心配したよ」
「む……俺だって心配したさ。わりとマジで焦った」
「そうなのかい? その割に、けっこう冷静だったように思えたけど」
「それはジークだろう。俺は、すごく慌てていたさ。心配していたからな!」
「僕も心配していたさ」
「くっ」
「ぐっ」

 妙なことで張り合う二人。
 なぜ、そんなことで競うのだろうか?
 どちらがより深く心配したかなんて、どうでもいいと思うのだけど。

 ただ、どちらにしても申しわけない話だ。

「心配をかけてしまい、申しわけありません」
「あ、いや……君が謝ることでは」
「そ、そうだよ。体調が悪い時なんて誰にでもあるんだから、気にするな」
「……ありがとうございます」

 二人共、とても優しい。
 さすがヒーローだ。
 普通なら、心惹かれていたかもしれない。

 まあ、私は悪役令嬢なので。
 彼らと結ばれるなんてことはありえないので、なんとも思うことはないが。

「アリーシャ姉さま、気分はどうですか? 気持ちわるくないですか? 頭痛や吐き気、熱を感じたりしますか?」
「えっと……」

 体を軽く動かして、不調がないか確認する。

 手足はちゃんと動く。
 指先が痺れるということもない。

 思考はクリアー。
 妙な不安や焦燥感もなし。

「大丈夫みたいですね」
「本当に?」
「本当ですよ。気持ち悪いということはなく、違和感があるということもありません」
「よかった……」

 フィーは、ほっとした様子で小さな吐息をこぼした。
 アレックスとジークも、同じく表情を柔らかくする。

 ずいぶんと心配をかけてしまったみたいだ。
 そのことが申しわけない。

 ……でも、心配するフィーはかわいい、と思う私はもうダメなのかもしれない。

「……」

 フィーは、まだ不安そうな顔をしていた。
 恐ろしいものを耳にしたような、そんな顔をしているのだけど、どうしたのだろう?

「フィー」
「……」
「フィー?」
「……あっ、は、はい!?」

 よかった、返事をしてくれた。
 かわいい妹に無視をされたら、それだけでショックで死んでしまえる。

「どうしたのですか、難しい顔をしていますが」
「それは……」
「……シルフィーナ。ここは、僕が話そう」

 バトンタッチ。
 ジークが神妙な顔をして、フィーの前に立つ。

 なぜ、そんな顔をしているのだろう?
 見れば、ジークも似たような顔をしていた。

 嫌な予感がする。

「君が倒れたと聞いて、僕はすぐに医者を手配した。シルフィーナの話を聞いたところ、最初は風邪だと思っていたのだけど……よくよく考えてみれば、風邪で倒れるなんてことはそうそうない。そこまで悪化しているのなら、そもそも、最初から歩けないだろうからね」
「それは……」

 確かに、その通りだ。
 私は放課後まで、特に問題なく過ごしていた。

 風邪気味だったとしても、倒れるほど急に悪化するとは考えにくい。
 それなら、私は……?

「結論から言うと……君は、原因不明の病に侵されている」
 原因不明の病。
 悲恋の物語などでよく出てくるものだ。

 ヒーロー、あるいはヒロインが病に倒れる。
 治療するために奮闘するものの、その努力虚しく愛する人は他界してしまう。
 そんな物語が多い。

 ただ、それはあくまでも物語の中の話だ。
 現実に原因不明の病が出てくることは、ほとんどない。

 なにしろ、この世界には魔法がある。
 私達はそれほどうまく扱えないのだけど……
 大人になれば、大半の人が習得することができて、奇跡を体現することができる。

 治癒魔法もあり、前世では致命傷という傷も治療することが可能だ。
 それは怪我だけではなくて、病気にも有効とされている。

 故に、この世界に不治の病は存在しない。
 原因不明の病も存在しない。

 まあ。
 絶対なんて言葉は実際は存在しないので、断定はできないのだけど。

「原因不明の病なんて、それは本当なのですか?」
「断定はできないのだけど……その可能性が高い」
「ジークのヤツ、わざわざ城から医者を呼び寄せてきたんだよ。しかも、王族専属の医者。そんな人がなにもわからない、って言うんだ。原因不明だろ?」
「アレックス、君はデリカシーというものにかけているね。確かにそれは事実だけど、もう少しいい方というものがあるだろう」
「アレックス!」
「うっ」

 ジークとフィーの二人に怒られて、アレックスは気まずそうな顔に。
 言葉のチョイスを間違えたと、反省している様子だ。

「……アリーシャ、悪い」
「いいえ、私は気にしていませんよ」

 本当に気にしていない。

 原因不明の病と言われても、正直、ピンと来ない。
 あまりにも現実感がないからだ。

「その方を疑うわけではないのですが、私は、本当に病に侵されているのですか? 過労などの可能性は?」
「それも、ないことはないのだけど、意識を失うほどのものは考えられないそうだ」
「三徹して働き続けてた、っていうなら話は別だけど、そういうわけじゃないだろ?」
「それもそうですね」

 過労で倒れるにしても、それ相応の原因がある。
 その原因にまったく心当たりがない以上、私は原因不明の病に侵されているのだろう。

「うーん」

 とはいえ、やはりピンと来ない。

 突然すぎるせいなのか。
 あるいは、体に不調がないからなのか。

 病と言われても、なかなか納得することができない。

「お医者さまは、なんて?」
「ひとまず、一週間は安静にするように……と。あと、毎日、診察をしたいらしい」
「一週間ですか」

 退屈な時間を過ごすことになりそうだ。
 原因不明の病に侵されたと聞いて抱いた感想は、そんなものだった。



――――――――――



 翌日の昼下がり。

「アリーシャ姉さま!」

 学院の制服姿のまま、フィーが私の部屋にやってきた。
 飛び込むような勢いで、いつものおとなしい様子はどこへやら。

「フィー? やけに早いですね」
「アリーシャ姉さまのことが心配で、走って帰ってきました!」

 小さな体を一生懸命に動かして、走るフィー。
 小動物みたいで、とてもかわいいだろう。
 想像してみたら鼻血が出そうになった。

 とはいえ、それは令嬢としてダメだろう。
 それに転んだら怪我をするかもしれない。

「フィー。私のことを心配してくれるのはうれしいですが、そういう無茶をしてはいけませんよ?」
「あぅ……す、すみません」

 たしなめられて、しょぼんとするフィー。
 反省できる子、偉い。

「アリーシャ姉さま、体の調子はどうですか? 大丈夫ですか?」
「はい、なんともありませんよ」
「本当に? 無理していませんか?」
「していませんよ」

 ずっとベッドの上にいて、おとなしくしている。
 そのおかげなのか、特に体調に変化はない。

「よかった……」

 フィーはとても安心した様子で、小さな吐息をこぼした。
 それから、両手をぐっとして、強く言う。

「アリーシャ姉さま、安心してくださいね! 絶対に、私が治療方法を見つけてみせますから!」
「ありがとう、フィー」

 かわいい妹が私のためにがんばってくれるのは、すごくうれしいのだけど……うーん、このままでいいのだろうか?
 みんなに心配をかけて、苦労をさせて、巻き込んでしまう。

 とはいえ、原因不明の病なんてものを相手にどうすればいいか、まったくわからない。
 難しい問題に、私は、フィーに気づかれないようにため息をこぼすのだった。