「……は?」

 先日、アレックスと二人で話をしに行った時と同じように、ヒュージは固まり、間の抜けた顔になった。

 それもそうだろう。
 私とアレックスの婚約が発表されると思っていたのに、自分が追放される話になるのだから。

「ど……どういうことだ、アレックス!!!?」

 ややあって、我に返ったヒュージはアレックスを怒鳴りつけた。
 上級貴族の品位を投げ捨てていて、怒り心頭といった様子だ。

「どうもこうもありません、父上。言葉のままです。あなたを追放して、私が新たな当主となります」
「な、な、な……なにをふざけたことを……!!!」

 怒りのあまり、言葉がうまく紡げないようだ。
 ヒュージの顔がどんどん赤くなる。
 まるで、茹でたタコだ。

 傍から見ていると滑稽なのだけど……
 ただ、彼と対峙しているアレックスは、強い恐怖を覚えているだろう。

 ヒュージによって、幼い頃から虐げられてきた。
 当然、恨みはある。
 ただ、それだけではなくて、虐げられてきたことに対する恐怖があるだろう。

 アレックスは毅然とした表情を浮かべているが……
 よく見ると、手がわずかに震えていた。

 何度も打ち合わせを重ねた。
 話し合いを続けて、策を練り、万全の準備を整えた。

 しかし。

 それでも恐怖は消えないのだろう。
 根源に刻まれた恐怖は、一朝一夕でどうにかなるものではない。

 ただ、これを乗り越えなければアレックスに未来はない。

「父上、あなたは……あなたは……!」

 ヒュージに睨みつけられて、アレックスは言葉に詰まる。
 その先を続けることができず、わずかに表情を歪めてしまう。

 とても辛いのだろう……でも、忘れないでほしい。
 あなたは今、一人ではない。

「アレックス」
「アリーシャ……?」

 彼の隣に立ち、そっと、その手を握った。

 私がいる。
 ここにいる。

 そう伝えるように、強く強く、アレックスの手を握る。

「……助かった」

 私にだけ聞こえる声で、アレックスは小さくささやいた。

 そんな彼の横顔は、とても凛々しい。
 さきほどまでの恐怖はなく、まっすぐにヒュージを睨みつけている。
 素直にかっこいい、と思う。

 うん。
 これならもう大丈夫だ。

「父上。あなたは為政者という立場でありながら、己の欲を満たすためだけに、ありとあらゆる不正に手を染めた。汚いことを続けてきた。それは決して許されることではありません」
「な、なんだと貴様!? ふざけたことをぬかすな!」
「証拠ならここにあります」

 アレックスは、近くのテーブルの上に資料を叩きつけるように置いた。

 時間を稼いだ間に、ジークなどに協力してもらい、ランベルト家が犯してきた……ヒュージの不正の数々が記されている。
 確かな証拠であり、これが表に出れば、ヒュージの破滅は免れない。

 ふむ。
 そういえば、破滅すべきはずの悪役令嬢である私が、他人の破滅に手を貸している。
 神様がいて、この場を見ているとしたら、笑っているかもしれない。

「なっ……!? こ、これは……そんなバカな、こんなことが……」

 資料を見たヒュージは、露骨に顔色を変えた。
 だらだらと嫌な汗を流す。

「本来ならば、このような場で話すことではありません。故に詳細は省きますが……癒着や賄賂がかわいらしく思えるほどの罪を犯してきた」
「ぐ、ぐうううぅ……!?」
「もう一度、言う。あなたに為政者の資格はない!!!」

 雷鳴のような声で、アレックスはヒュージを断罪してみせた。

 私達が用意した資料が表に出れば、ヒュージは間違いなく破滅する。
 取り返しはつかない。

 そのことを理解しているらしく、ヒュージはがくりと膝をついてうなだれた。
 どうしようもないと。
 完全にハメられていたと。
 そう理解して、自身の敗北を受け止めた。

 勝負はついた。
 アレックスは、ランベルト家の当主に。
 そして、ヒュージは投獄されるだろう。

 うん。
 予想していた通り、うまくいった。
 万事オッケー。
 ハッピーエンドだ。
 悪役令嬢である私だけど、そんな結果を引き寄せることができて満足……というよりは、ほっとしていた。

 私、悪役令嬢だからね。
 下手をしたら、アレックスを破滅させていたかもしれないわけで……
 そこは、少し怯えていたところだ。

 でも、そうならず一安心。
 さあ、後はパーティーを楽しもう。
 アレックスは新しい人脈を作らないといけないだろうから、その手伝いをしなければ。

 そんなことを考えていたのだけど……

「そしてもう一つ、発表しなければいけないことがあります」

 アレックスは、予定にないことを口にし始めた。

「この時をもって、ランベルト家はその位を王家に返上したいと思います」