まずは手頃なお店で整髪料を買い、それでアレックスの髪を整えた。

 服はどうしようもないのだけど、髪型を変えるだけで、かなり印象が変わった。
 あら不思議。
 近所の悪ガキから、ワイルドな匂いを漂わせる美少年に。

 まあ、元々、ゲームのヒーローなのだから美少年なのは当たり前だ。
 そして、そんな美少年であるアレックスと、意図があるとはいえデートをする。

 ……うん。
 ちょっと緊張してきた。

 前世の私は、毎日乙女ゲームで遊んで、少女漫画と少女文庫を読んで、恋愛映画やドラマを見ていた。
 そんな生活を送っていたせいか、彼氏ができたことはない。

 それどころか、恋愛経験ゼロ。
 創作の中の恋愛に満たされていたため、現実でも恋愛をしようなんて思っていなかったのだ。

 そんな私が美少年とデートをしている。
 やばい。
 冷静になって考えると、けっこう緊張してきたぞ。

「アリーシャ、どうしたんだ?」
「……いえ、なんでもありません」

 アレックスに弱味を見せるのはなんだか癪なので、努めて冷静に答えた。

 いいぞ、私
 いつも通りの私を演じられていたと思う。

「では、準備ができたのでデートにしましょうか。まずは……」
「そのことなんだけど、俺が行き先を選んでもいいか?」
「アレックスが?」
「まあ、身なりがあんなだったから信用はないかもしれないけどな。ただ、俺なりにデートコースを考えてきたんだよ」
「そうですか……なら、お任せしてもいいですか?」
「ああ、任せてくれ!」

 若干の不安はあるものの、ここは男性を立てるべき。
 そう判断した私は、アレックスのデートコースを受け入れることにした。

 さて、どこへ連れて行ってくれるのだろうか?
 アレックスに期待しよう。



――――――――――



 ……アレックスに期待した私がバカだった。

「ここのホットサンドは、めっちゃうまいんだぜ!」

 彼に案内されてやってきたのは、噴水のある大きな公園だ。
 その一角に出店されているホットサンドを購入したのだけど……

 まさか、これがお昼代わりなのだろうか?

 いや、ホットサンドをバカにしているつもりはない。
 露店もバカにしていない。

 ただ、今はデートをしているのだ。
 デートだ。

 高級店とは言わないが、落ち着いた店内で、ゆっくりと過ごすのが普通だろう。
 それなのに、まさか露店で昼を済ませてしまうなんて……

「はあ……」

 こんなヒーロー、見たことない。

 元々、ゲームでも野生児なところが強調されていて、周囲を混乱させることがあったのだけど……
 ゲーム以上に、私を困惑させている。

 ある意味ですごいな、彼は。

「では、食べましょうか」

 不満はあるものの、文句を言い、空気を悪くしたくない。
 私は笑顔の仮面を被り、そのままホットサンドを……

「あ、待ってくれ」
「え?」
「こっちだ、こっち」

 アレックスに手を引かれ、公園の奥へ。
 丘を登り、その先にあるベンチに案内された。

 アレックスは笑顔で、ぽんぽんとベンチを叩く。
 ここに座ってほしい、ということか。

 不思議に思いつつベンチに腰を下ろすと……

「わぁ」

 思わず感嘆の声をあげてしまう。
 丘の上なので、街が一望できたのだ。

 街は大きく、遠くまで広がっていて、人の力強さを感じさせる。
 その上に、澄んだ青い空が広がっていて……
 自然に優しく包み込まれているような気がした。

 その光景は、まさに芸術。
 一枚の絵画のように完成されていて、思わず見入ってしまうほどに綺麗だった。

「へへ、どうだ? ここの光景、俺のお気に入りなんだよ」
「はい……とても素晴らしいと思います」
「そっか、よかった。アリーシャが俺と同じものを好きになってくれて、うれしいぜ」

 アレックスは少年のように笑う。
 でも、それこそが彼の一番の魅力で……
 今度は、アレックスの笑顔に見惚れてしまう。

「……ぁ……」
「ん? どうしたんだ?」
「……いえ、なんでもありません」

 いけない、いけない。

 私は、顔が熱くならないように気合で我慢した。
 言葉に詰まることなく、なんでもないとさらりと流してみせる。

 悪役令嬢という存在は、大抵の場合において、ヒーローに恋をするものだ。
 そして、主人公のライバルになり……というか、ヒールになって、ありとあらゆる嫌がらせをするように。
 最後は、破滅。

 アレックスに気をとられていたら、そんな未来がやってくるかもしれない。
 そんな未来だけは絶対に避けないと。

 故に、彼に見惚れるなんてこと、あってはならない。

 ただ……

「本当に、この景色は素晴らしいですね」
「だろ?」

 景色が素晴らしいことは本当なので、そうつぶやいた。

 すると、アレックスは自分が褒められたかのように、にっこりと笑う。
 子供のようだ。
 でも、それが彼の魅力なのだろう。

 飾らず、驕らず。
 ありのままの自分を見せる。
 それは、なかなかできることじゃない。