仲を深めるために、二人きりで話をしたいと申し出て、私とシルフィーナだけになる。
ゲームのアリーシャ・クラウゼンの、仲良くなりたいなんて言葉はウソ。
突然現れた妹を快く思わなくて、二人きりになったことをいいことに、あれこれと辛辣な言葉をぶつける。
なんてひどい姉なのだろうと、プレイヤーは憤ったものだ。
でも、私はそんなことをするつもりはない。
妹をいじめたりなんかすれば、ゲームの悪役令嬢……アリーシャ・クラウゼンとなにも変わらない。
そのままバッドエンドを迎えてしまうだろう。
破滅を避けるためには、どうすればいいか?
メインヒロインである妹をいじめることなく、むしろ、仲良くなればいいのではないか?
そんなことを最初に思いついたため、まずは、二人でゆっくりと話をしてみようと思った次第だ。
「ねえ、シルフィーナ」
「は、はい……えと、その……なんでしょうか?」
「うーん……ぎこちないわね」
「え?」
「私はただ、あなたとお話をしたいだけですよ。だから、そんなに緊張しないで」
「す、すみません」
「謝る必要もありませんよ。ほら、笑って」
「こ、こうですか……?」
「ぎこちないですね……やっぱり、緊張しています?」
シルフィーナのことを、なぜウチが引き取ることになったのか、その理由は知らない。
顔色を見る限り、たぶん、辛いことがあったのだろう。
だから今も暗い顔をしたままで、ここは本当に自分の居場所なのだろうか? と疑問を抱いていて、常にビクビクと怯えているのだろう。
うーん、なんかモヤモヤしてきた。
シルフィーナの事情は知らない。
知らないが……しかし、十五の女の子がこんな暗い顔をしていいわけがない。
笑顔になるべきだ。
だって、女の子は笑っている方がかわいいのだから。
「うーん」
「あ、あの……なにか?」
「えいっ」
「ひゃあ!?」
シルフィーナを抱きしめるようにして、それから脇をくすぐる。
「ひゃっ、はう!? や、やめっ、あは、あははは!?」
「ほらほら」
「あはははっ、あは、ははははは、あううう、くすぐったい……あはははっ」
「うーん……ちょっと違うかしら? 無理矢理に笑わせても、納得できませんね」
「な、なんですか……? はぁ、はぁ」
余計に警戒させてしまったらしく、シルフィーナは己の体を抱くようにして、私と距離を取る。
がっくり。
私はただ、仲良くなりたいだけなのに。
「あ、あの……アリーシャさまは、なんでこんなことを?」
「え? それはもちろん、シルフィーナと仲良くなりたいからに決まっているじゃないですか」
「私、と?」
「でも、少し強引だったかもしれませんね。ごめんなさい」
「あ、いえ……とんでもないです……」
ぽかんとした様子で、シルフィーナはこちらを見る。
私の言葉が、よほど意外だったのだろうか?
「でも、私なんかと仲良くしても、得になることなんてなにも……」
「あら? 得になることなら、ありますよ」
「え?」
「かわいい妹を愛でることができるじゃないですか。これは、十分な得ですよ」
「か、かわいい……」
シルフィーナが赤くなる。
こんなことで照れるなんて、本当にかわいい。
さすが、メインヒロイン。
その魅力は、同姓である私にも通用するみたいだ。
というか、かわいすぎる。
なんていうかもう、語彙力が崩壊して、とにかく、かわいいしか思い浮かばなくなる。
それくらいにかわいい。
私の心はイチコロだ。
こんなかわいい妹をいじめるなんて、ゲームのアリーシャ・クラウゼンはなにを考えていたのだろう?
ちょっとズレているのではないだろうか?
あるいは、美的センスが皆無なのではないか?
いや、待て。
ゲームのアリーシャ・クラウゼンも、ある意味で私。
自分で自分を貶すことはやめておこう。
なんか虚しい。
「あの……一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんですか」
「アリーシャさまは、迷惑じゃないんですか? その……突然、私なんかがやってきて、疎ましく思わないんですか?」
「え? なんで妹ができたことを、迷惑に思わないといけないんですか? 家族が増えることは、うれしいことじゃないですか」
「で、でも……」
「シルフィーナ」
「あっ」
怯える彼女の心に少しでも私の想いが届けばいいと、そっと抱きしめた。
驚くような声がこぼれるものの、抵抗はされない。
「よしよし」
「はう」
「私、妹が欲しいと思っていたんです。だから、シルフィーナが来てくれてうれしいですよ。喜んでいますよ。ほら、ぎゅー」
言葉だけではなくて、態度でも喜びを表現するように、シルフィーナを抱きしめた。
困惑しているものの、嫌がっている様子はない。
ということは、もっと抱きしめてもいいはず。
私はさらに抱きしめて、さらに頭をなでなでした。
はぁ、ホントかわいい。
「私……ここにいてもいいんですか?」
「もちろんです。あなたは、私の家族なのですから」
「……家族……」
即答すると、シルフィーナは少しうれしそうな顔をして……
そっと、私の服の端を掴んできた。
彼女なりに私に甘えようと思って、でも、その方法がよくわからなくて、ついでに恥ずかしくて……
その結果、服の端をちょこんと摘むという行動に出たらしい。
なに、このかわいい生き物?
魅了のスキルでも持っているのかな?
「ふふっ、本当にかわいいですね」
「あうあう……あ、アリーシャさま、少し苦しいです」
「あ、ごめんなさい。というか……それよ」
「え? それ?」
「アリーシャさま、っていう呼び方はなに? どうして、さまなんてつけるんですか?」
「それは、だって……」
「いいですか? 私達は姉妹なのですよ? だから、私のことは姉さまと呼んでください」
「そ、そんな恐れ多い……!?」
「ダメです。姉さまと呼ぶまでは、離しませんよ。これは、姉命令です。シルフィーナに拒否権はありません」
「うぅ……横暴です」
なんてことを言いながらも、シルフィーナに拒絶の色はない。
ちょっとずつだけど、私に心を許してくれているみたいだ。
「……ま……」
「聞こえませんよ」
「ね……さま……」
「リトライ」
「……アリーシャ姉さま……」
「っ!?」
恥ずかしそうに頬を染めて、瞳をうるうるさせて、こちらを見上げる。
なんていう破壊力。
私の妹、超かわいい。
「あーもうっ、本当にかわいいですね! シルフィーナはかわいすぎですよ」
「あわわわっ」
「あなたみたいな子が妹になるなんて、私は幸せものですね」
「幸せ……なんですか? 私なんかが妹になるのに……?」
「もちろん。私の妹は世界で一番かわいくて、そして、そんな妹を持つ私は世界で一番の幸せものですね」
ここに他の人がいたら、会ったばかりでなにを、と思われるかもしれない。
でも、これが嘘偽りのない本音だ。
シルフィーナという妹のことを、とても愛しく思う。
「……私も」
「今、なんて?」
「い、いえ……なんでもありません」
聞きそびれたものの、シルフィーナは甘えるように体を寄せてきた。
「そうだ」
「?」
「シルフィーナは、私のことを姉さまと呼んでいるけれど、私は普通に名前で。それはなんか寂しいので、シルフィーナのことを愛称で呼んでもいいですか?」
「……愛称……」
「んー、そうですね……フィー、なんてどうでしょうか? シルフィーナだから、フィー」
「……フィー……」
少しして、彼女の顔がぱあっと華やぐ。
「う、うれしいですっ」
「では、決まりですね。これからは、フィーって呼びますね」
「は、はい。アリーシャ姉さま」
少しはフィーと仲良くなれたかな?
でも、油断は禁物。
バッドエンドを迎えないように、メインヒロインであるフィーと、もっともっと仲良くならないと。
決して、妹がかわいすぎるから、というわけじゃない。
ただ単に、彼女を甘やかしてかわいがりたいだけ、というわけじゃない。
……ホントだよ?
「あの……アリーシャ姉さま?」
「なんですか、フィー」
「恥ずかしいので、そろそろ離していただけると……」
「残念」
心底残念に思いつつ、フィーを離した。
「あっ」
ふと、フィーは時計を見て小さな声をあげた。
「どうしたんですか?」
「えっと、その……人と会う約束をしてて」
「あら、そうなんですか? ごめんなさい、引き止めてしまって」
「い、いえ! 用事が終わったら会いに行くと約束をしていただけで、時間は決めていないので……それに、私も、アリーシャ姉さまとお話できてうれしかったです」
かわいすぎか。
「約束というのは、誰と?」
プライベートに踏み込んでいる自覚はあるものの、気になる。
フィーは私の妹になったのだから、心配をしてもいいはずだ。
「幼馴染です」
「幼馴染?」
「は、はい。幼馴染に、アレックス、っていう男の子がいるんです」
その名前を来て、すぐにピンと来た。
その男の子というのは、おそらく、攻略対象のヒーローだろう。
アレックス・ランベルト。
フィーの幼馴染で、攻略対象のヒーローの一人。
やや口が悪く、礼儀作法もなっていない。
しかし、まっすぐな心を持つ好青年だ。
フィーに対してとても優しく、自覚はしていないが、彼女のことを大事に思っている。
「ふむ」
ゲームの公式設定を思い返した私は、今後のことを考える。
アレックスルートはプレイして、きちんとクリアーした。
ぶっきらぼうな男の子ではあるが、時折見せる優しさがたまらなくいい。
名場面は、なんといっても告白シーンだ。
アリーシャ・クラウゼンにいじめられているところを助けに入る。
公爵令嬢であるアリーシャ・クラウゼンに対して怯むことなく、むしろ、圧倒する勢いで怒り、フィーを窮地から救う。
そして、嫉妬に狂ったアリーシャ・クラウゼンを殴り飛ばして、さらに数々の罪状を告発して、一気にざまぁ展開へと叩き込む。
アレックスが自分の心を自覚するだけではなくて、スカッとするざまぁ展開を味わうことができるという、ゲーム屈指の名場面だ。
あれはいい。
直前のセーブデータを作成して、何度プレイし直したことか。
って、それはどうでもいいの。
今は、アレックスのことを考えないと。
ゲームの内容を思い返す限り、アレックスは『告発』の役割を担っている。
アリーシャ・クラウゼンの悪行を暴いて、公のものとする。
それにより、アリーシャ・クラウゼンは一気に転落していくのだ。
いわば、ざまぁ展開の始まり。
そのトリガーを握るキーマン。
全てのルートにおいて、アレックスが告発をして、そして転落人生が始まるのだ。
「うーん」
アレックスに告発されないためには、どうすればいいか?
普通に考えれば、仲良くすればいいと思う。
でも……どうやって?
ゲームの中で、アリーシャ・クラウゼンとアレックスの接点は少ない。
唯一、顔を合わせる機会といえば、悪役令嬢らしい悪行を繰り返している時だ。
「えっ、どうやって仲良くなればいいの?」
ゲームの知識があるから、なんとかなるかもしれない!
……なんてことを思っていたのだけど、全て役に立つわけじゃないみたいだ。
どうしたら、アレックスと仲良くなれるのかしら?
どうしたら、告発を止めさせることができるのかしら?
「アリーシャ姉さま?」
「あ……ごめんなさい、少し考え事をしていたの」
「えっと、それで、アレックスに会いに行く約束をしてて……」
「そのことなんだけど、私も一緒していいですか?」
「え、アリーシャ姉さまも?」
「その子が気になるというか、いえ、フィーを一人にすることが心配というか、告発を止めさせないといけなくて……」
ウソ下手か、私。
「えっと……よくわかりませんが、いいですよ」
「ありがとう、フィー」
――――――――――
その後、フィーと一緒に外に出た。
この街は平和なので、夜でもない限り、女の子だけで歩いていても危険はない。
もしも危険なことがあったとしても、フィーは必ず守る。
だって、かわいいんだもの。
「アリーシャ姉さま、ここです」
「ここは……教会?」
フィーに案内されたところは、街の教会だった。
世界を作ったと言われている女神さまを信仰する場所だ。
熱心な信者も多く、毎日、たくさんの人が足を運んでいる。
「アレックスは、教会の信者なのですか? それとも、教会で働いているのかしら?」
「えっと……どちらかというと、後者です」
フィーが少し気まずそうに。
そんな妹を見て、アレックスの設定を思い返す。
確か、彼は……
「シルフィーナ!」
教会の裏の方から声が飛んできた。
振り返ると、ゲームに登場するままの、アレックス・ランベルトの姿が。
歳は私達と同じ十五。
この世界では珍しく、黒髪と黒い瞳。
日本人のような外見をしている。
綺麗な顔をしているのだけど、どことなく、獣のような力強さを感じさせる顔つきだ。
ただ、その力強い顔が彼の魅力。
そのワイルドな表情に、何度、私の心は射抜かれたか。
まあ、他のヒーローにも心を奪われているのだけど、それはそれ、これはこれ。
乙女ゲームは多数のヒーローを攻略するものだから、複数人に心を奪われてもなにも問題はないのだ。
うん、私無罪。
「よかった、無事だったんだな! おかしなことはされなかったか? いじめられたりしなかったか?」
「だ、大丈夫だよ、アレックス。私なら、見ての通り……ほら、元気だから」
「でも、シルフィーナが貴族をやれるなんて思ってなかったからさ。なにかしら失敗して、怒られたりしたんじゃないか、って心配で」
「もう、なにそれ。すごく失礼なんだけど」
フィーは頬を膨らませるものの、本当に怒っているという様子ではない。
どちらかというと、いつもと変わらないであろうアレックスの態度に安堵している感じだ。
「悪い悪い、バカにしてるつもりはなかったんだよ。気を悪くしたら謝る、すまない」
「あ、ううん。怒っているなんてことはないから」
ちょっと気遣いに欠けるところはあるものの、その心はとても素直。
公式の設定にあったように、アレックスは好感の持てる男の人みたいだ。
「それで、どうだったんだ? 貴族の家に引き取られることになったって聞いているが、大丈夫なのか?」
「あ、うん。お父さまもお母さまもよくしてくれて……それに、アリーシャ姉さまはとても優しい人で、なにも問題ないよ」
「……アリーシャ姉さま?」
そこでようやく私に気がついたらしく、アレックスの視線がこちらに向いた。
怪訝そうな顔をして……
次いで、うさんくさいものを見るような目に。
アレックスは、私から守るような感じで、フィーを背中にやる。
「あんたが、シルフィーナの言う、アリーシャ姉さまとやらか?」
「はい、そうですよ。フィーがウチに引き取られたことで、彼女は私の妹になりました」
「……フィー? なにを言っているんだ、あんたは。彼女は、シルフィーナだ」
「そんなこと、わかっていますよ。フィーは、私が決めた妹の愛称です」
「愛称……くっ!」
なぜか、アレックスが睨みつけてきた。
え? なんで?
私、怒らせることはしていないよね?
「貴族なんかが、シルフィーナのことを気安く呼ぶな!」
「えっと……?」
なぜ敵意を向けられるのか?
そのことがわからなくて、理解できなくて……
とにかくもなだめようと、彼に手を伸ばす。
パチンッ。
触るなとばかりに、手をはたかれてしまう。
「アリーシャ姉さま!? アレックス、やめて。アリーシャ姉さまは、他の貴族と違って……」
「シルフィーナは騙されているんだ! 貴族なんかが優しいわけがないだろう。あいつらみんな、俺達、平民のことをゴミとしか思っていない。そんな貴族こそがゴミだっていうのにな!」
「……あら、イヤですね。私をゴミと言うのならば、あなたはなんなのでしょうか? いきなり女の子の手を叩く、愚か者でしょうか?」
「な、なんだと!?」
「貴族とか平民とか、まるで関係ありません。あなたの今の行為は、一人の人間として、正しいと言えるのですか? 間違ったことはしていないと、胸を張って言えるのですか?」
「うっ、そ、それは……」
「言えませんよね。そこで言えるというのならば、私はあなたの心がおかしいと断言できるでしょう」
「……」
「それで……女の子に手を上げる、アレックスさま。貴族を嫌っているようですね? そうですね、確かに私は貴族です。ならば……どうしますか? 再び手をあげますか? 今、感情に任せて行動したように、手を振り上げますか?」
「ぐっ、うううぅ……!?」
「どうするのですか!?」
「……お、覚えていろよ!」
三流の悪役のような捨て台詞を口にして、アレックスは教会の中へ戻った。
その背中を見送り、私は小さく笑う。
「まったく……同い年だというのに、中身は子供のような方ですね。情けない」
口論の勝者である私は、胸を張り、笑う。
その姿は、まさに悪役令嬢。
ただまあ、生意気な男性を叩きのめしたのだから、多少は誇ってもいいだろう。
「あ、あの……」
フィーがものすごく気まずそうに声をかけてきた。
「どうしたのですか、フィー?」
「今のは、その、確かにアレックスが悪いと思いますが……ただ、少し言い過ぎたような気もして……」
「……」
フィーにそう指摘されて、そこで、はたと冷静になる。
かわいい妹の言葉は、全てをリセットする力があるのだ。
アレックスは、ゲームの攻略対象のヒーローであり、悪役令嬢の断罪者。
一連のざまぁ展開のトリガーを握るキーマン。
だから、仲良くしておかないといけないのに……
「仲良くなるどころか、ケンカをしてどうするんですか、私は!!!?」
私がケンカをしてしまったものの、ひとまず、アレックスの様子を確認するという目的は達成できた。
家に帰り、メイドに紅茶を淹れてもらう。
香りのいい紅茶を一口飲んで、
「……はぁ」
ため息をこぼす私。
アレックスと仲良くしないといけないのに、その場の勢いに任せて、ケンカをしてしまうなんて。
しかも、口論とはいえ、おもいきり叩きのめしてしまうなんて。
なにをしているのだろうか、私は?
これじゃあ、バッドエンドを回避できない。
「アリーシャ姉さま、元気を出してください。繰り返しになりますが、あれは、アレックスが悪いと思いますから」
「……ありがとう、慰めてくれて。でも、彼が一方的に悪いということもなくて、私にも悪いところがあったと思います」
貴族は人々の手本にならないといけないというのに、怒りに任せて行動してしまうなんて。
公爵令嬢失格だ。
前世の記憶を思い出したせいか、時々、感情に歯止めが効かなくなる。
もっとらしく振る舞わないと。
このまま感情に振り回されていたら、悪役令嬢らしくなって、バッドエンドを迎えてしまう。
心を落ち着けて、いついかなる時も冷静に。
そう自分に言い聞かせた後、フィーに尋ねる。
「ねえ、フィー。できる範囲でいいから、アレックスのことを教えてくれませんか?」
「アレックスの? えっと……それは、どうしてですか?」
「アレックスと仲直りをしたいんです。そのために、まずは彼のことを知りたくて」
「あ、はい! そういうことなら、お手伝いさせていただきますっ」
私に任せてとばかりに、フィーは意気込み、目をキラキラと輝かせた。
健気なところが本当にかわいい。
どうして、アリーシャ・クラウゼンは、こんなにもかわいい妹をいじめようとしたのだろう?
皆に愛されて妬ましかったから?
それならば、自分もその輪に加わればよかったのだ。
変に嫉妬をして勘違いするなんて、ダメダメすぎる。
まあ、それが悪役令嬢というものなのだけど。
「えっと……」
フィーは迷うように視線を揺らす。
どこまで話すべきか、判断に迷っているのだろう。
「フィー。無理をして、全部を話す必要はありませんからね? あくまでも、話せる範囲で構いませんよ」
「でも、そうなると、アレックスがなにに対して怒っていたのか理解できないと思うので……うん。アリーシャ姉さまになら、全部話したいと思います。勝手に話したらアレックスに怒られるかもしれないけど、それは、私が全部受け止めます」
「そう……ありがとう、フィー。でも、もしも怒られるような時は、私も一緒に怒られますからね。妹だけに負担を負わせるなんてこと、しませんから。一緒に背負わせてください」
「アリーシャ姉さま……はいっ、ありがとうございます!」
ふと、思う。
この子はとても純粋でまっすぐで……でも、とても危うい。
顔を合わせて一日も経っていない私のことを、幼馴染の秘密を話してしまうほどに信頼している。
してしまっている。
悪人に騙されないか、とても心配だ。
いや、私は騙さないけどね?
悪役令嬢だけど、でも、そんなことはしない。
なぜならば、この子の姉なのだから!
そしてなによりも、かわいすぎるのだから!
話が逸れた。
これほどまでに、他人を信じてしまうのには、理由があるのだろう。
たぶん、父さまと母さまが語ってくれない、クラウゼン家に引き取られた理由が関わっているのだろう。
これからも、この子と仲良くしたいと思う。
一緒に笑いたいと思う。
だから……合間を見て、この子のことを調べてみよう。
「それで、ですね」
「はい」
フィーが覚悟を決めて、口を開く。
思考は中断して、話を聞くことに専念する。
「アレックスは、貴族を恨んでいます。嫌っています。その理由は、その……貴族に家族を奪われたからです」
「奪われた? 穏やかな話ではありませんね」
「は、はい。貴族としての在り方を知っているアリーシャ姉さまにとって、かなり不快な話になるかもしれませんが……」
「聞かせてください」
「わかりました」
間髪入れずに答えると、私の覚悟を悟ったらしく、フィーはアレックスに関する話をする。
……話をまとめると、こうだ。
アレックスの母親は、とある貴族の屋敷で働くメイドで……そして、愛人だ。
何度か抱かれ、そして、アレックスが生まれることに。
その時点で、とある貴族は、子供を持つ母親を抱くことに飽きたらしい。
母子を屋敷から追い出して、火遊びはおしまい……ということにはならなかった。
夫の不貞に怒る貴族の妻は、その矛先をアレックスの母親に向けた。
屋敷を追い出して……
路頭に迷い……
そして、アレックスの母親は不慮の事故で亡くなることに。
当時はアレックスも幼く、記憶も曖昧。
証拠も不十分で、悪意ある者の仕業と断定はされていない。
ただ、同時に不自然な状況が多く……
アレックスは、貴族の妻が手を回したに違いないと思っているらしい。
その推理は正しい。
ゲーム後半で事件の真実が明らかになり、とある貴族とその妻は制裁を受けることになる。
その際、色々とあるのだけど……それはまた今度。
今は、アレックスの貴族嫌いの原因の方が重要だ。
「なるほど」
フィーの話を聞いて、ゲームと設定が相違ないことを確認できた。
もしかしたらズレが生じているかもしれない、なんて可能性を考えたのだけど、それはないらしい。
ゲームではこうだったから、この世界でもこうだろう……なんて、決めつけてかかるのは危険だ。
結果、情報を間違えてとんでもないミスをやらかしたら、目もあてられない。
ゲームのようにセーブ&ロードはできないのだから、石橋を叩いて渡るくらいに慎重にならないと。
あと、話を聞いていないのに話を知っていたら、どこでその情報を? という疑問を抱かれるだろう。
独自に調査したと言って納得してくれるのならいいのだけど、最悪、フィーのせいにされるかもしれない。
それは避けないといけないので、わざわざ話してもらった、というわけ。
「ありがとう、フィー。話しづらいことなのに、教えてくれて」
「いえ、アリーシャ姉さまのためですから」
「さて……どうしましょうか?」
アレックスと仲直りして、そのまま友達になる方法を考える。
ゲームの知識が参考になればいいのだけど……
あいにく、それは無駄だ。
ゲームにおいて、フィーはアレックスの幼馴染なので、最初からある程度の関係を構築できている。
私のようにマイナススタートから仲良くなる展開、なんていうものは存在しないため、参考できる部分がまるでない。
「いえ……まるでない、ということはありませんね」
公式のファンブックのおかげで、アレックスの趣味や趣向、性格などは把握している。
それらをうまく突くようにして、彼の心に潜り込むことができれば。
ずるをしているようで、少し申し訳ないと思うのだけど……
でも、手段は選んでいられない。
私は悪役令嬢。
失敗したら、バッドエンドを迎えてしまうのだから。
「さて、どうしたものか……」
「……あの、アリーシャ姉さま」
「なんですか?」
「私も、お手伝いをしてもいいですか?」
シルフィーナ・クラウゼン。
彼女の心は孤独で満たされていた。
物心ついた時は、もう一人だった。
家族がいないわけではない。
兄弟はいないものの、父も母も存命だ。
しかし、両親は子供に興味を持っていなかった。
欠片の愛情すら抱いていなかった。
それも仕方ないといえば仕方ない。
両親は政略結婚で、そこに愛はない。
ただの気まぐれで体を交わして、その結果、シルフィーナが産まれた。
シルフィーナは望まれて産まれた子ではない。
故に、乳母を雇うなどの必要なことはしたものの、愛情を注ぐことはない。
それぞれに勝手に愛人を作り、勝手に遊び呆けて……家に帰ることは、月に一度あるかないか。
その時もシルフィーナと接することはなく、構ってほしいと口にしても、いないものとして扱われて無視されてしまう。
そんな環境で育ったシルフィーナは、優しい乳母のおかげでまっすぐ育つことはできたものの、心の中にどうしようもない孤独を抱えるようになった。
顔は笑って。
心は泣いて。
孤独に心を蝕まれて、愛情を求めるように。
家族を求めるようになっていた。
そんなある日のことだ。
突然、本家に引き取られることが決まる。
育児放棄に近いシルフィーナの環境を知ったアリーシャの父は、弟が子供をまるで省みていないことに激怒した。
説教をしても態度を改めず、己の子供に愛情を注ぐ気配は欠片もない。
貴族の仕事をきちんとしているのだから、それで問題ないだろう? という態度で、口を挟むなと言われさえもした。
アリーシャの父は妻と相談して、シルフィーナを引き取ることを決意した。
弟の元に置いていたら、大きく歪んでしまうだろう。
今からでは遅いかもしれないが、それでも、放っておくことはできなかった。
そして、手を回して交渉を重ねて……シルフィーナは、正式に引き取られることになった。
シルフィーナの両親は、この件に対して、なにも反対はしていない。
むしろ、厄介者を引き取ってくれてありがとうと、礼を言うほどだった。
そんな両親の考えていることを、シルフィーナは敏感に察していた。
小さい子供ならなにが起きたかわからないだろうが、もう十五歳なのだ。
詳しい話を聞かされていないとしても、自分は捨てられたのだろう、ということはなんとなく理解できた。
その事実が、彼女の心を押し潰していく。
傷つけていく。
幼馴染のアレックスは色々と良くしてくれて、彼のことは頼りにしている。
ただ、彼は友達であって家族ではないのだ。
シルフィーナが本当に欲しているものではなくて、残念ながら、アレックスでは心の隙間を埋めることはできない。
本家に引き取られる日……シルフィーナは、ただただ怯えていた。
新しいところでうまくやっていけるだろうか?
今までと同じように、いないものとして扱われないだろうか?
あんな経験はもうイヤだ。
挨拶をしても無視されて。
笑顔で話しかけても無視されて。
ミスをしても無視されて。
なにもないものとして扱われることは、これ以上ないほど辛く苦しい。
そうならないように、シルフィーナはなんとか笑顔を浮かべて、良い子であろうとした。
できる限りの愛想を振りまいて、気に入られようとした。
結果……アリーシャの父と母は、シルフィーナのことを笑顔で迎え入れた。
同情はあるものの、健気な雰囲気をまとう彼女のことを気に入ったのだ。
そんな二人の笑顔に、多少、心が安らいだ。
これなら、もしかしたらうまくやっていけるかもしれない。
そんな希望を抱いて……
その後、義理の姉となるアリーシャと顔を合わせることに。
とても綺麗な人で穏やかな人だ。
最初に見た時、思わず見惚れてしまったことは内緒。
この人が今日から姉になる。
うれしいやら、しかし、うまくやっていけるのだろうか? という不安が再び押し寄せてきてしまい、ぎこちない態度に。
そんな不安が表に出ていたらしく、笑顔がぎこちないと指摘されてしまった。
シルフィーナは焦った。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
失敗してしまった。
受け入れてもらえないかもしれない。
また居場所を失う。
焦り、さらに笑顔がぎこちなくなってしまう。
そんなシルフィーナを見たアリーシャは……
なにを考えたのか、いきなりシルフィーナをくすぐり始めた。
笑うにはこれが一番だと、真面目にくすぐり始めた。
ようやく解放されたシルフィーナは、まず最初に、アリーシャの頭の正気を疑った。
この人は、なにを考えているのだろう?
大丈夫だろうか?
本人が聞いたら凹みそうな台詞だが、そう思われても仕方ない。
ただ、おかしな行動をするアリーシャに興味が湧いたことも事実。
他人の顔色を伺ってばかりのシルフィーナだったが、この時、初めて純粋に他人に興味を覚えた。
この人は、どんな人なのだろう?
どういうことを好み、どんなことを嫌うのだろう?
そんなことを考えた時、アリーシャから、こんなことを言われた。
「あなたは、私の家族なのですから」
そう言われた時、シルフィーナは、一瞬なにを言われたのかわからないくらい驚いた。
自分が家族?
会ったばかりで、なにも知らないはずなのに……それなのに、家族と言えるのだろうか?
それは早計ではないか?
軽はずみな発言で、なにも考えていないのではないか?
そんなことを思い、アリーシャの発言を軽いものと疑うシルフィーナであったが……
しかし、すぐにそれが思い違いであることに気がついた。
アリーシャの瞳はとても優しい。
上辺だけの言葉ではなくて、シルフィーナのことを、本気で妹だと思っているのだ。
言葉通り、家族だと思っているのだ。
彼女の優しい瞳が、そのことを物語っていた。
ずっと欲していたものを、ようやく手に入れることができた。
そのことを理解したシルフィーナは、この時、泣いてしまいそうになった。
アリーシャからの親愛を確かに感じて、喜びでどうにかなってしまいそうだった。
ただ、いきなり泣いたりしたらおかしいと思われてしまうため……
なんとか我慢した。
その時から、シルフィーナにとってアリーシャは姉になった。
家族になった。
自分を受け入れてくれたアリーシャのために、なにかしたい。
そう考えたシルフィーナは、アレックスのことで力になると言い出した。
彼が抱えている事情も、アリーシャならばと話すことにした。
しかし。
その行為は、アリーシャの力になりたいというよりは、嫌われたくないという後ろ向きな感情によるものだ。
どうにかしてアリーシャの気持ちを繋ぎ止めておきたいという、歪んだ愛情によるものだ。
そのことに、シルフィーナは気がついていない。
アリーシャもまた、気がついていない。
翌日。
私とフィーは馬車に揺られていた。
目的地は学舎だ。
昨日は休みだったけれど、今日から、いつものように授業が始まる。
「……ふぅ」
休み明けの月曜日は憂鬱、なんていう言葉を前世で聞いたことがあるのだけど、それはこの世界でも適用される。
いや。
正確に言うと、この私だけに適用される、と言うべきか。
この国は知識を上流階級で独占するようなことはせず、幅広い教育に力を入れている。
学舎を建設して、貴族平民問わず、一定の年齢になれば自動的に入学して、勤勉に励むようなシステムを作り上げていた。
「あの……アリーシャ姉さま、どうしたのですか?」
対面に座るフィーが、ため息をこぼす私を見て、不安そうに言う。
「いえ。この先のことを考えると、少し憂鬱になってしまって」
「この先?」
貴族平民を問わないということは、当然、アレックスも学舎に通っているわけだ。
年齢が違うため、さすがにクラスは違うものの、フィーと一緒にいる以上、顔を合わせる機会は何度もあるだろう。
あれだけ派手にケンカをしたというのに、どんな顔をすればいいのか?
そのことを考えると、今から憂鬱だ。
「なんでもありません。それよりも、フィーは、どうして落ち着かない顔を?」
「そ、そう見えますか……?」
「ものすごく」
「うぅ……アリーシャ姉さまには、隠しごとができません。その……今までは徒歩で通学をしていたため、馬車で通学するということに慣れず」
「なるほど……なるほど?」
前世で言うのならば、いきなり車で送り迎えされるようなものだ。
目立つだろうし、色々な意味で気まずいだろう。
ただ、フィーは平民ではなくて貴族のはず。
父さまの弟の娘と聞いているのだけど……
いったい、どのような生活を送ってきたのだろう?
「……あれ?」
少し待ってほしい。
今、違和感というか、おかしなことが……そう、フィーが貴族という点だ。
フィーとアレックスは幼馴染と聞いているのだけど、でも、フィーは貴族。
普通に考えて、アレックスは妹を嫌うのでは?
いくら幼馴染だとしても、仲良くなるきっかけが必要なのでは?
つまり……
フィーは、なにかしらのイベントを経由することで、アレックスと仲良くなった。
そのイベントの内容は、どんなものだったかしら?
ファンブックに書いてあったはずなのだけど、あまりに細かい情報だから、頭から飛んでいってしまいそうになっている。
「んぅ……」
思い出そうとするのだけど、そうすればそうするほど、イベントの記憶が遠ざかる。
思い出したい情報に限って、なかなか思い出すことができない。
記憶というものはとても厄介な構造をしている。
「ねえ、フィー」
「はい、なんですか?」
「昨日、力になってくれる、って言いましたよね? さっそく、力を……」
貸してください、と言おうとしたところで、馬車が学舎の前に到着した。
タイミングが悪い。
学舎前を占拠するわけにはいかないから、話はまた今度だ。
「アリーシャ姉さま?」
「ううん、なんでもありません。とりあえず、今は学舎に行きましょう」
馬車を降りて、学舎へ。
そんな私の後ろを、トテトテとフィーが追いかけてくる。
うーん、カルガモの子供みたい。
でも、そんなところもかわいい。
さすが、私の妹。
あーもう、また今度、ぎゅうって抱きしめたい。
――――――――――
「なんて、妹の行動にほんわかしている場合じゃないんですけどね……」
アレックスと仲良くならないといけないのに、妹に燃えている場合じゃないだろう、私。
もっと積極的に行動をしないと。
「とはいえ、情報が足りないんですよね」
貴族嫌いのアレックスが、どうして貴族であるフィーと仲良くなったのか?
その情報はとても大事だ。
朝は時間がなかったため、途中で話を切り上げたのだけど……
昼休みなら、落ち着いて話をすることができるだろう。
そう思い、フィーの教室を訪ねたのだけど……
「ねえ、クラウゼンさん。あなた、本家に引き取られたというのは本当なのかしら?」
「まさか。そのようなことが、あるわけがありませんわ。だって、クラウゼンさんに公爵令嬢が務まるわけがありませんもの」
「そうですわよね。貴族としての血は流れているものの、それにふさわしい能力はありませんわ。あら、ごめんなさい。ついつい、本当のことを言ってしまいましたわ」
「……」
フィーを囲むようにして、三人の女子生徒が嫌味を並べ立てていた。
教室の入り口で、こっそりと様子を見ていた私は、表情から色が消えていくのがわかる。
なに?
なんなの?
あの子達は、私のかわいい妹に、いったいなにをしているの?
「あっ……お、お前」
「え?」
聞き覚えのある声に振り返ると、アレックスの姿が。
先日のこともあり、ものすごく微妙な顔をしていた。
しかし、それは私も同じで、居心地の悪さを感じて、なんともいえない気持ちになる。
「……なんで、お前がここにいるんだよ。ここは下級生の教室だぞ」
「フィーと一緒にお昼を食べようと思いまして。そういうあなたは?」
「助けに来たんだよ」
「助けに?」
「シルフィーナのヤツ、いつもいけすかない貴族に絡まれているから……だから、昼はいつも、俺が一緒するようにしているんだ。でも、今日は前の授業の都合で遅れて……」
「あっ」
そういえば、メインヒロインであるフィーは、悪役令嬢のアリーシャ・クラウゼンだけではなくて、他の生徒からも嫌がらせを受けていた。
そこをアレックスや他のヒーロー達に助けられて、距離が近づいていく……という小さなイベントがあることを思い出した。
あまりにも小さなイベントで、テキスト数行で終わるようなものだから、今の今まで忘れていた。
「フィーは……嫌がらせを?」
「そうだよ。そんなことも知らないなんて、やっぱり、お前はシルフィーナの姉になる資格なんて……」
「……許せませんね」
「え?」
アレックスがキョトンとするものの、私は気にしていられない。
余計なトラブルを生みかねないという理由から、本来、上級生が下級生の教室に入ることは禁止されている。
でも、そんなことは知らない。
ルールよりも、フィーのことが大事なのだ。
「そこのあなた達っ!!!」
教室に入るなり、フィーを取り囲み、嫌味を並べ立てていた女子生徒達に雷のごとく大きな声をぶつけてやる。
突然のことに、女子生徒達はビクリと震えて、恐る恐るこちらを見る。
「お、おい!? お前、なにするつもりだよ」
「決まっています」
驚くアレックスをちらりと見て、それから、前を見る。
「姉の役目を果たすのです」
ツカツカと足音を鳴らしつつ、フィーと女子生徒達のところへ向かう。
今の私は、よほど恐ろしい顔をしているらしく、女子生徒達は恐怖に震えて、それぞれに体を寄せ合っていた。
ちなみに、フィーもぷるぷると震えていた。
私に怯えているわけじゃないわよね?
いじめられていたから、それで震えているのよね?
お姉ちゃん、信じているからね。
「あ、アリーシャさま……」
「どうして、この教室に……」
どうやら、公爵令嬢である私は、それなりに有名人らしい。
女子生徒達はさきほどまでの勢いがなくなり、怯えた様子で小さな声で言う。
「な、なにか用でしょうか?」
「ええ、もちろん。少し見ていたのですが……あなた達は、私の妹にずいぶんとひどい言葉をぶつけていたようで。なにを思い、なにを考えて、そのような行動をしていたのか。私に教えていただけませんか?」
「え……あ、その……」
「これは、なんていうか……」
「わたくし達は、なにも……えっと……」
鋭く睨みつけると、逃げるように、女子生徒達はすぐに私から目を逸らした。
まったく。
私は、内心で深いため息をこぼした。
彼女達の浅はかすぎる行動に、怒りを通し越して、哀れみさえ覚えてくる。
公爵令嬢である私に睨まれたら終わり。
逆らうことはできず、縮こまることしかできない、というのはわかるのだけど……
今や、フィーも立派な公爵令嬢なのだ。
そんな彼女をいじめていることが公になれば、どうなるか?
そのことがわからないほどのおバカさんなんて……ホント、頭が痛くなる。
「……あなた達」
「「「は、はいっ!?」」」
「妹はいますか? それとも、姉は? 弟は? 兄は?」
女子生徒は一度顔を見合わせてから、こちらの問いかけに答える。
「私は……妹が」
「兄と姉が、います」
「歳は離れていますが、産まれたばかりの妹が……」
「ならば恥を知りなさいっ!!!」
「「「っ!?」」」
女子生徒達がビクリと震えた。
それに構うことなく、私は鋭い声で、怒りに満ちた声で言う。
「大事に思う家族がいるのならば、わかるでしょう? 家族を傷つけられたのならば、どんな気持ちになるか。どれだけの怒りと悲しみを覚えるか」
「あ……」
「私とフィーは、つい先日、家族になったばかりです。しかし、時間は関係ありません。フィーは私の大事な妹です。その妹を傷つけようというのならば……容赦はしません」
サァっと、女子生徒達の顔色が青くなる。
ようやく、自分達がしでかした愚かさを理解した様子だ。
「「「も、申しわけありませんっ!」」」
顔を青くして、震えて……
そのまま大きな声で謝罪をして、必死な様子で頭を下げてきた。
その場しのぎではなくて、本心からの謝罪に見えた。
こちらの言いたいことを理解してくれたのだろう。
徹底的に叩く……ということは、やめておこう。
フィーを傷つけたことは許せないのだけど、でも、むやみに刃を振り下ろすことは好きじゃない。
反省してくれたのならば、それでよしとしよう。
かわいいフィーも、そこまでは望んでいないと思うし。
「わかりました。あなた達の謝罪を受け入れます」
「「「えっ?」」」
簡単に謝罪が受け入れられるとは思っていなかったらしく、女子生徒達がキョトンとした。
公爵令嬢にケンカを売るような真似をしたのだ。
最悪、家の取り潰し……そこまでの未来を想像していたに違いない。
ただ、そんなことをするつもりはない。
そこまでしたら、家の権力を振りかざしているだけであり、悪役令嬢そのものだ。
バッドエンドを避けたいというのに、悪役令嬢らしくしてどうするというのか。
あとは、なによりもフィーのためだ。
どうしようもないほどに断罪をして追いつめたら、逆上するかもしれない。
その場合、私だけではなくてフィーに危険が及ぶかもしれない。
それは絶対にダメ。
向こうも致命的と言えるほどにひどいことはしていないので……
この辺りで、互いに矛を収めよう、というわけだ。
「あなた達が家族を大事にするように、私も妹を大事に想っています。なので、さきほどのような真似はやめてください。私の言うことは、わかりますね?」
「「「はい……申しわけありませんでした」」」
ちゃんと反省しているらしく、女子生徒達は肩を落としていた。
それならば、これ以上言うことはない。
「今回はこのようなことになりましたが……ですが、次は何事もなく、笑顔で楽しい話ができるようになりたいですね」
「あ、あの……私達のことを許してくださるのですか?」
「はい」
「どうして……?」
「だって、嫌いな人を作るよりも、友達を作った方がいいじゃないですか」
にっこりと言うと、女子生徒達は目を丸くした。
次いで、なぜか見惚れたような感じで、頬を染める。
「「「……お姉さま……」」」
「え?」
「なんで慈悲深い……」
「まるで女神のようですわ……」
「私、お姉さまのファンになりました……あ、お姉さまと呼んでもよろしいですか?」
「え? あ、はあ……まあ、構いませんが」
「「「きゃーっ」」」
困りつつも笑顔を向けると、女子生徒達は黄色い声をあげた。
ついでに、周囲の生徒達も歓声をあげた。
え? なに?
これは、どういうこと?
私、なにもしていないよね?
それなのに、どうしてこんな反応に……うーん?
まあ……いいか。
なにはともあれ、フィーがいじめられるという事態は避けられた。
今後の心配もいらないと思う。
「それじゃあ、フィー。また後で」
「あ……アリーシャ姉さま!」
「はい?」
「あの、その……あ、ありがとうございます!」
「お礼なんて言わないで。妹が困っていたら、それを助けるのは姉の役目なのですから。私はただ、当たり前のことをしただけですよ」
なにか困っていることがあれば、いつでも頼るように。
そんなことを言うように、軽くフィーの頬を撫でて、教室を後にする。
「……」
廊下に出ると、なんともいえない顔をしたアレックスが。
「どうしたのですか?」
「……ありがとな」
「え?」
「俺じゃあ、なにもできなかった。割って入ることはできても、貴族を相手に戦うことはできなかった。だから……助かった」
思わず目を丸くしてしまう。
まさか、アレックスにお礼を言われるなんて……
しかも、こんなにも素直。
「な、なんだよ?」
「もしかして……あなた、アレックスの偽物ですか?」
「なんでだよ!」
当然だけど、怒られる私だった。
ああもう。
なんでこう、余計なことを言ってしまうのだろうか……
「……あっ」
「どうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません」
元々は、アレックスのことを聞くためにフィーを訪ねたのだけど、先ほどの騒動ですっかり忘れてしまった。
また訪ねるというのは……ちょっと間抜けよね。
うん、また今度でいいか。
話を聞くだけなら、家でもできる。
それよりも今は、アレックスと話をするチャンスだ。
「……くそっ」
声をかけようとするのだけど、アレックスは、なにやら複雑な顔をしていた。
怒りのような感情をにじませて、舌打ちをしている。
え? なんで?
私、なにかやらかした?
ついつい不安になってしまい、うまく声をかけることができない。
「えっと……」
「なあ」
「あ、はい。なんですか?」
「なんで、あんたは、あんなことができたんだ?」
「あんなこと?」
「今さっき、フィーを助けただろ」
「ああ、さきほどのことですか。ですが、わざわざ問いかけるほどのものですか? 姉が妹を助ける。当たり前のことではありませんか」
「でも、俺はできなかった」
「……」
「相手が貴族だから、平民の俺では太刀打ちできないと……余計にシルフィーナに迷惑をかけてしまうと、動くことはできなかった。怯えて、屈したんだよ……俺は」
アレックスは強く拳を握る。
血が出てしまいそうなほど、強く、強く……
「くそっ……本当に情けない。俺じゃなくて、あんたがシルフィーナを助けるなんて。俺は、なにもできなくて……」
「そんなことはありませんよ」
アレックスの拳を、そっと両手で包み込む。
驚いたような顔をされるが、構うことなく、その手に優しく触れる。
「な、なにを……」
「なにもできない。あなたはそう言うけれど、私はそうは思いません。フィーが私の妹になる前は、あなたがフィーを守っていたのでしょう?」
「そんなことは……ない。貴族が相手だと、どうしようもないんだよ……」
「そうだとしても」
私は、私の直感に従い言葉を紡ぐ。
アレックスは、とても良い人なのだ。
曲がったことを許せない、まっすぐな心の持ち主に違いない。
フィーでなかったとしても、困っている人がいたら見捨てることはないだろう。
そんな彼のことは、好ましいと思う。
私に突っかかってきたのだって、フィーのことを考えてのことだ。
「やはり、あなたはフィーの力になっていたのだと思います」
「どうして、そんなことが……」
「だって、あなたのことを話す時のフィーは、本当の顔を見せているから」
フィーの笑顔はどこかぎこちない。
私に対しては、最近はきちんと笑うようになってくれたのだけど……
父さまと母さまに対しては、まだまだ微妙だ。
笑っているようで、笑っていない。
どこかで他人の顔色を伺っているように見えた。
でも、アレックスに対しては違う。
同い年だからとか、幼馴染だからとか、そういうことは関係なくて……
彼に対しては、素の表情を見せている。
ありのままの心を見せている。
フィーは意識していないかもしれないけど、それはとても大事なことだ。
アレックスが傍にいることで、たくさんたくさん救われてきただろう。
心を許せる相手……自分の理解者というものは、それほどまでに重要なものだ。
「だから、役に立っていないなんてことはありません。あなたは、フィーの心を救っているのですよ? あなたは、十分にフィーの力になっています」
「……そんなこと、初めて言われたよ」
「少し格好つけすぎたでしょうか?」
「かもな」
「あ、ひどいです」
「でも……悪くない気分だ。ありがとな」
そう言って、アレックスは照れくさそうにしつつ、笑った。
「あ……」
とても綺麗な笑顔だ。
男性なのに、キラキラと宝石のように笑顔が輝いていて……
ついつい見惚れてしまうほど。
って、それも仕方ない。
なにしろ、彼は攻略対象の一人のヒーローなのだ。
フィーと結ばれるかもしれないうちの一人であり、その魅力は抜群。
「どうしたんだ?」
「すみません。あなたの笑顔に、少し見惚れていました」
「なっ、なにを言い出すんだ、お前は!?」
「お世辞などではなくて、本音ですよ?」
「信じられるわけないだろっ」
「冗談でもありませんよ?」
「あのな……俺なんかの笑顔に魅力があるわけないだろ。所詮、平民なんだぞ」
なんてことをアレックスは言うのだけど、その人が持つ魅力に、貴族も平民も関係ない。
そのことを証明するように、学内には、密かにアレックスのファンクラブが作られている。
基本的に優しく、時にワイルドな一面を見せる彼の魅力の虜になる子は多い。
ただ、バレたら怒られそうと勘違いしているため、秘密裏にされているが。
バレたとしても、怒られることはないだろう。
ただ、照れから解散しろと言われそうではあるが。
「十分に魅力的だと思いますよ」
「だから……」
「私、このようなことでウソはつきませんよ。アレックスの笑顔はとても魅力的で、それで、ついつい見惚れてしまいました。本心です」
「っ……!」
アレックスの顔が赤くなる。
照れたのだろう。
こうして直に接することで理解したのだけど、アレックスは、けっこう純粋みたいだ。
ゲームでは幼馴染という点が強調されていて、照れ屋ということはほとんど表に出てこなかった。
なるほど、興味深い。
実際にこの世界に入り込むことで、ゲームでは決して知ることのできなかった情報を得ることができる。
素直に楽しい。
「……ったく。今日一日で、あんたに対する印象が大きく変わったぜ」
「あら。どんな風にですか?」
「いけすかない貴族から、頭おかしい貴族になった」
「褒められているように聞こえませんね……」
「当たり前だ。けなしてんだよ」
そんなことを口にするものの、アレックスは笑っていた。
口は悪いままだけど、本気で嫌うことはなくなった……というところかな?
よくわからないけど、そうだとしたらうれしい。
バッドエンドを回避するのはもちろんのこと……
その事情を抜きにしても、彼のようなまっすぐな人とは仲良くしたい。
「それじゃあ、私はこの辺で。あなたとお話できて、よかったです」
「……あなた、じゃなくて、アレックスでいい」
「え?」
「俺の呼び方だよ。あなたとか、いつまでもそんな風に呼ばれていたら、ちと微妙な気分になる。だから、アレックスでいい」
「……わかりました、アレックス。では、私のこともアリーシャと」
「またな、アリーシャ」
「はい、またですね。アレックス」
私達は笑顔を交換して、その場を後にした。
アレックスと名前で呼び合うことになったのは、わりと大きな進展だと思う。
好かれたと能天気に言うことはできないのだけど、少なくとも、嫌われることはなくなったと思う。
ただ、安心はできない。
しっかりとした友達になって、いずれくるであろう断罪イベントを潰しておきたい。
あと、彼のような人は好ましいので、個人的にも仲良くなりたい。
そこで、帰宅後、フィーにアレックスと仲良くなったきっかけについての話を聞いた。
フィー曰く、アレックスは甘いものが好きらしい。
お菓子を作っておすそ分けしたことがきっかけとなり、今のように仲良くなったのだとか。
そのことを聞いた私は、さっそくお菓子を作ることにした。
エプロンを身に着けて、屋敷の厨房に立つ。
「よし。がんばりますよ」
「あの……アリーシャ姉さま? どうして、突然、お菓子作りなどを?」
「もちろん、アレックスと仲良くなるためよ」
「うーん……アリーシャ姉さまなら、お菓子をプレゼントしなくても、自然と仲良くなることができるような気が……」
なにやらつぶやいているものの、意味がよくわからない。
自然に仲良くなるわけがない。
というか、むしろ嫌われるのでは?
なにしろ、私は悪役令嬢なのだから。
スタート時は、すでにマイナス。
だから、がんばってがんばってがんばって……
好感度がカンストしてしまうくらいが、たぶん、ちょうどいいはずだ。
そのために、できることはなんでもやっておきたい。
「というわけで、フィー。お菓子作りを教えてもらえませんか? 私、お菓子作りどころか、料理もまともにしたことがなくて」
「は、はい。でも……私でいいんですか? コックさんとかに頼んだ方が、確実だと思うんですけど」
「アレックスの舌と胃袋はフィーにがっちりと掴まれているのだから、フィーに頼んだ方がいいと思わない?」
「掴んでいるのかな……?」
「父さまから聞いたのですが、フィーはお菓子作りは得意なんですよね?」
「……はい。甘いものが好きで、中でもクッキーが一番好きですから」
「そうなのですか?」
「小さい頃、作り方を教えてもらったことがあって。あの人にとっては、戯れでしょうけど……」
「フィー?」
そう言うフィーは、なぜか懐かしいような辛いような、不思議な顔をしていた。
「えっと……大丈夫ですか?」
「あっ、だ、大丈夫です。アリーシャ姉さまのために、がんばります。小さい頃は散々でしたけど、あれから練習を重ねて、今ではけっこう上手になりましたから」
懐疑的な顔をするものの、フィー意外に頼むことは考えられない。
そのまま強引に押し切り、お菓子作りを教えてもらうことに。
「さて、がんばりますよ」
器具の準備完了。
材料の準備完了。
必ずおいしいお菓子を作り、アレックスの心を掴んでみせよう。
――――――――――
「アリーシャ姉さま……その、包丁はお菓子作りに使いません」
「目分量ではなくて、最初はきちんと計ってください。そのためのレシピなんですよ。プロならともかく、お菓子作り初心者には無理です」
「アレンジはダメです。絶対ダメです。おいしくなりそうだから? そういう考えが、なにもかも台無しにするんです」
「わっ、わあああぁ!? バターを直火にかけるなんて、なんでそんなことをするんですか!? フライパンなどに入れて、間になにかを挟むに決まっているじゃないですか!」
「あっ、あっ、あああぁ……そんな適当にしたら……いえ、もう無理です。手遅れです……」
――――――――――
以上、現場からでした。
フィーの指導は、最初は優しいものの、途中からなぜかスパルタになり……
最後の方は、なぜか投げやりな感じになっていた。
投げやりというか、全てを諦めた?
なんで、そんなことになるのか。
さっぱりわからない。
「というわけで、完成ですね!」
「……はい、完成です」
ものすごく疲れた様子で、フィーが相槌を打つ。
どうしたのかしら?
久しぶりのお菓子作りらしいから、それで疲れたのかな?
でも、そんなところもかわいい。
「出来の方は……」
初心者ということで、誰にでも作れるクッキーをチョイス。
その成果がテーブルの上に並べられていた。
形はちょっと歪だけど、まあまあだと思う。
ところどころ焦げているけれど、むしろ、それが良いアクセントになるはず。
「うん、我ながらなかなかじゃないでしょうか? 八十点をあげていいですね」
「えっ!?」
「フィー?」
「い、いえっ、その……なんでもありません」
ものすごい甘い採点なのでは?
なんていう顔をしていたような気がするのだけど……
うん、気の所為よね。
「えっと……とりあえず、なんとか、ギリギリのところで、どうにかこうにか、本当にハラハラしましたけど完成したので、次はラッピングをしましょう」
なぜだろう?
言い方がものすごく引っかかる。
でも、そのことを問うよりも先に、別の疑問が出てくる。
「ラッピング? タッパーに入れて渡すのでは、ダメなのですか?」
「ダメです」
即答!?
「夕飯のおすそ分けをするんじゃないんですから……というか、アリーシャ姉さまは、どうしてそんな平民のことに詳しいんですか?」
「まあ、色々とありまして」
前世の知識とは言えない。
「アレックスと仲直りするためのものなんですよね? それなのにタッパーなんて、ちょっとないと思います」
「そういうものですか……」
前世での恋愛経験はゼロ。
乙女ゲームの攻略対象にすら、何度か失敗して、振られてしまう始末。
そんな私に、プレゼントする際の注意点なんてわかるわけがない。
なので、フィーの話はとても役に立つ。
さすが私の妹。
かわいいだけじゃなくて、頭も良い。
最高の妹ね。
略して、最妹。
「タッパーじゃなくて、バスケットなどがいいと思います。それに、ちょっとだけリボンなどの飾りを載せておくと、なお良いです」
「なるほど……ついでに、花も飾りますか?」
「それはやりすぎです」
なぜか却下されてしまう。
むう。
ナイスアイディアだと思ったのに。
なにがよくてなにがダメなのか、いまいち基準がわからない。
そう言うと、フィーがくすりと笑う。
「アリーシャ姉さまも、苦手なことがあるんですね。私、なんか少し安心しました」
「?」
なんのことだろう?
フィーの考えていることがよくわからず、私は首を傾げるのだった。
翌日。
私はフィーと一緒に、学舎の手前で馬車を降りた。
アレックスに手作りクッキーを渡すためだ。
「アレックスは、ちゃんと受け取ってくれるでしょうか……?」
お前の作ったクッキー?
そんなもの食べるわけないだろ!
……なんてことを言われて、拒絶されてしまいそうな気がした。
昨日は、少し仲良くなれたような気がしたけど……
でも、それは私の勘違いかもしれない。
そもそも私は悪役令嬢なのだから、その可能性が高い。
なので、フィーに仲介役をお願いして、ついてきてもらったというわけだ。
「大丈夫です。アリーシャ姉さまが一生懸命作ったものだから、味はともかく、きっと喜んでくれると思います」
「ありがとう、フィー。……あら? 味はともかく?」
「と、とにかく。アレックスなら、絶対に受け取ってくれます。アリーシャ姉さまはなにも心配しないで、もっと自信を持ってください」
「……そうですね。不安になっていても仕方ないですし……うん、フィーの言う通りですね。ありがとう、フィー。あなたが一緒でよかった」
「えへへ」
はにかむ妹、かわいい。
「ん?」
ほどなくして、アレックスが姿を見せた。
彼は徒歩通学なので、こうして門の前で待っていれば、必ず顔を合わせることができる。
「よう、シルフィーナ。それと……アリーシャも」
「はい。おはようございます、アレックス」
「おはよう、アレックス……って、あれ?」
片手を上げて、気軽な様子で挨拶をするアレックス。
そんな彼を見て、フィーが怪訝そうな顔に。
どうしたのだろうか?
「どうしたんだ、こんなところで」
「え、えっと……今、アリーシャ姉さまのことを名前で……?」
「ん? ああ、まあな。成り行きで、そういうことになった」
「な、成り行き……?」
「で、どうしたんだ?」
「あ、うん。えっとね……アリーシャ姉さまが、アレックスに渡したいものがある、って」
「渡したいもの? なんだよ、それ」
「コレですよ」
ふふんっ、とドヤ顔をしつつ、アレックスにクッキーをプレゼントする。
これをお前が?
すごいな、こんなにうまそうなクッキーは初めてだ。
やるじゃないか、見直したぜ。
……なんていう反応を期待していたのだけど。
「へー、クッキーか。サンキュー」
「あら?」
やけに淡白な反応だ。
もっとこう……喜んでくれてもいいのでは?
いや。
嫌な顔をされず、突き返されなかっただけマシと思うべきなのか?
「これ、アリーシャが?」
「あ、はい。フィーに教えてもらいながら作りました」
「だろうな。ところどころ焦げてるし、シルフィーナが作ったなら、こうはならないな」
「それは、私ならうまく作れるわけがないという、マイナスの信頼によるものですか? それとも、フィーならもっとうまく作れるだろうという、妹に対するプラスの信頼によるものですか?」
「その両方だな」
「むう。私へのイヤな信頼があることを怒るべきか、それとも、フィーと仲良くしていることを褒めてあげるべきか。悩みますね」
「まあ、せっかくもらったからな。ありがたくいただくさ」
そう言いながら、アレックスはクッキーをそっと鞄の中へ。
それなりに丁寧に扱っているところを見ると、言葉とおり、ちゃんと食べるつもりなのだろう。
どうしよう。
少しうれしい。
「できたら、感想を聞かせてくれるとうれしいです」
「俺は世辞は言わないぞ?」
「それでも構いません。お菓子作りはなかなか楽しかったので、機会があればまた作りたいので、その時の参考に」
「えっ!?」
なぜか、フィーがぎょっとした顔をしていた。
また作るの!? と、今にも悲鳴をあげそうだ。
はて?
なぜそんな顔をするのかしら?
「どうしたの、フィー?」
「あ、いえ、その……アリーシャ姉さま? またお菓子を作るということは、私もまた、あの混沌と惨状に……いえ、参加することに?」
「そうしてもらえると助かりますが、ですが、いつもフィーに頼ってばかりではいられませんね。それに、フィーの時間を奪ってしまうのも申しわけないから、今度は一人で挑戦してみようかしら?」
「それだけは絶対にやめてくださいっ!!!」
ものすごい勢いで反対された。
なんで?
「……お前、苦労してるんだな」
「うぅ、アレックスはわかってくれるんだね……」
なにかを察したらしく、アレックスはフィーを慰めるように、その小さな肩をぽんぽんと優しく叩いていた。
なぜだろう?
ものすごくバカにされているような気がする。
まあいいや。
それよりも、アレックスと仲良くならないと。
「ちょっと、フィーを借りますね」
内緒の話というように、フィーを抱き寄せる。
「なんですか、アリーシャ姉さま?」
「クッキーのおかげで、こうして話をすることができたのだけど……この後は、どうすればいいのかしら? フィーの時は、どうやってアレックスと仲良くなったのですか?」
「えっと……私の時は、アレックスが私の作ったクッキーを食べて、その感想やどうやって作ったのかを聞いてきたりして、そのまま話をして……という感じなんですけど」
「なるほど」
「あ……アリーシャ姉さま」
フィーがさらになにか言おうとしたものの、私はすでに行動に移っていた。
再びアレックスの前へ。
「ねえ、アレックス。せっかくだから、今、クッキーを食べてくれませんか?」
「うん? なんでだよ」
「感想が聞きたいんです」
「聞くまでもないんじゃないか?」
「それは、どういう意味ですか?」
「焦げてるし形は歪だし、まずいかそこそこまずいか、その二択くらいしかないだろ。あ、むちゃくちゃまずいって選択もあるから、三択か」
「……あなた、自分が今とてつもなく失礼なことを言っているという自覚はありますか?」
「さてな」
アレックスはいたずら小僧のように、ニヤリと笑う。
完全に確信犯だ。
こ、こいつ……!
告発イベントのトリガーを握っているから、仲良くしないといけないと思っていたのだけど……でも、ダメだ。
ものすごく生意気。
仲良くするなんて、できそうにない。
それでも、我慢をして良好な関係を……
「まあ、採点くらいはしてやるよ」
ダメ、やっぱ無理。
今、ハッキリとわかったのだけど、アレックスとはうまくやっていけないだろう。
告発イベントのことは、他でどうにかするとして……私は、言いたいことを言わせてもらう。
「まあ、そうですね。アレックスのような大雑把な方に、繊細な味がわかるとは思えないですし……申しわけありません。無茶を言ってしまいました」
「なんだと!?」
「なんです!?」
バチバチと火花を散らしてにらみ合う。
その傍らで、
「アリーシャ姉さまとアレックスは、特になにかする必要がないほど、仲良くなっていると思うのですが……」
ぽつりと、フィーがそんなことを言うのだった。