「……」
「……」

 短剣を手にするネコと視線を交わす。

 にらみ合う、というわけじゃない。
 いつものように、のんびりと話をするように、友達として見る。

「怖くないの?」
「もちろん、怖いに決まっているじゃないですか」

 前世でも短剣を突きつけられる経験なんてない。
 あとひと押しで私は死んでしまう。
 そう考えると、すごく怖い。

 だけど……

「ここで退いたら、ネコがいなくなってしまうような気がします。私には、その方が怖いです」
「なに、を……」

 ネコの瞳に迷いが生まれる。

 いや。
 最初から迷いはあったのだろう。
 それを巧妙に隠していただけ。

 私が予想外の反応をするものだから驚いて、ついつい隠していたものがあふれきた……というところかな?
 ネコはけっこうわかりやすいのだ。

 そんなネコだからこそ、私は好きになった。
 ゲームとか前世の記憶とか、そういうのは関係なく……
 友達になりたいと思った。

 だから、ここで退くわけにはいかない。

「私を殺すか。それとも、諦めて私の味方になるか。決めてくれませんか?」
「え? いや……え? 後者の選択肢はどういうこと……?」
「私の味方になるのならば、ネコを保護することを、クラウゼン家の名において約束しましょう」
「……」
「ネコは、好き好んで暗殺者をしているわけではないのでしょう? 今回のことも私怨などではなくて、命令されて仕方なく、という感じでしょうか」
「そんなこと……ないし」
「わかりますよ。こういう時のネコは、とてもわかりやすいのですから」

 短い付き合いだけど……
 でも、彼女のことはよく知っているつもりだ。

 前世の知識がある。
 それだけじゃなくて、一緒に過ごすことで色々な顔を見てきた。

 時間は関係ない。
 どれだけ密度の高い付き合いができたか、というところに問題は集約される。

「でも、私は……」

 ネコは、迷うように視線を揺らした。
 あとひと押し、というところかな?

 なんだかんだで、ネコは真面目な人なのだ。
 暗殺者なんて務まらない。
 人を殺すなんて無理。

 なら、私が守ってあげないと。

「ネコ」
「っ!?」

 私はネコを抱きしめた。

 そんなことをしたら短剣が突き刺さるのだけど……
 私の行動をいち早く察知したネコが短剣を引いて、難を逃れる。

 うん。
 ネコなら絶対にそうすると思っていた。

「な、なんて危ないことを……!」
「ふふ、どうしてネコが怒るのですか? 私を殺すのでは?」
「そ、それは……」
「ほら、ネコはそういう人です」
「……」

 反論できないという様子で、ネコは体の力を抜いた。
 その手から短剣が落ちて、カランという音が響く。

 それが彼女の意思だ。

「もうやめましょう?」
「でも……」
「私がなんとかしてみせます。いざとなれば、ジークさまも巻き込んでみせます。だから、暗殺者ではなくて、私の友達に戻ってください」
「……いいの、かな?」
「問題ありません」
「まだ仕事を成し遂げたことはないけど、でも、暗殺者であることは変わりないし……私が一緒にいたら、アリーシャに迷惑をかけちゃうかも……」
「そうですね。でも、友達なら問題ありません。友達のためなら、がんばることができますから。苦労もうれしいものですよ?」
「……アリーシャ……」

 そっと、ネコは私を抱き返してきた。
 そして小さくささやく。

「……ありがとう……」

 ネコの瞳から一粒の涙がこぼれた。

 たぶん、彼女は今まで泣くことを許されなかったのだろう。
 我慢して我慢して、耐えて耐えて……
 そして今、ようやく泣くことができた。

 これからたくさん、彼女の心につけられた枷を解いていきたいと思う。

「えっと……」

 ややあって、ネコは私から離れた。
 ちょっと気まずそうな顔をしている。

「私のために、っていうのはうれしいんだけど……ただ、一つ問題があって」
「問題ですか? 裏の組織のことなら……」
「あ、ううん。組織は関係ないの。私のことで秘密があって……」
「なんでしょう?」
「あー……」

 ものすごく迷い、時間を貯めて……

「実は私」
「はい」
「……男なんだよね」
「はい?」

 衝撃の事実を告げられた。