私とフィーは公爵令嬢なのだけど……
放課後の帰り道は歩きを選択することが多い。
毎日馬車で送り迎えをしてもらっていたら、かなり目立つ。
普通の生徒から反感を買うかもしれないし……
なにより、そんな無駄遣いをさせるわけにはいかない。
最初の頃は治安に対する疑問もあったため、馬車を利用していたけど、今はほぼほぼ徒歩だ。
基本的に王都は平和で、夜ならばともかく、昼から事件が起きることはない。
そんなわけで、私とフィーとニルヴァレンさんは、並んで帰路を歩いていた。
「えっと……ニルヴァレンさまは、新しいクラスメイトということですが……」
「うん、そうだよ。今日、転入してきたんだ」
「そうなんですね。学院には慣れましたか?」
「さすがに、それはちょっと早いかな?」
「そ、そうでした……すみません」
「ううん、気にしないで。でも、アリーシャさんのおかげで、わりと早く慣れることができそう」
「私ですか?」
突然、私の名前が挙げられて驚いてしまう。
「さっきはありがとうね、助かっちゃった」
「アリーシャ姉さまがなにかしたんですか?」
「クラスメイトの質問攻めにあっていたんだけど、アリーシャさんに助けてもらったんだ」
「なるほど、さすがアリーシャ姉さまです!」
特に深い考えはなかったのだけど……
うん。
フィーから尊敬の眼差しを向けられることは、すごくうれしい。
「質問されるのがイヤだったわけじゃないんだけど、一度にたくさんの質問が飛んできて、それがずっと続くからどうしていいかわからなくて」
「なるほど……それは大変そうですね」
「申しわけありません。クラスメイトの皆も、悪気があるわけではないのですが……」
「あ、ううん! アリーシャさんが謝ることじゃないよ。それに、質問をするっていうことは、私に興味を持ってくれている、ってことだよね。それは、素直にうれしいから」
にっこりと笑うニルヴァレンさん。
うーん。
さすが、主人公の親友ポジション。
まっすぐな性格をしていて、それと、とても元気で……うん。
素直に好ましいと思える。
とはいえ、フィーの親友を任せられるか、それは話が別だ。
せっかくの機会だ。
フィーの親友としてやっていけるか、私が見定めることにしよう。
「ところで、仮定の質問なのですが……」
「うん? なに?」
「ニルヴァレンさんの友達が危機に陥っていたとしたら、どうされますか?」
「え? どうしたの、いきなり」
「ただの日常会話です」
「日常、かなあ……? でも、友達が困っているのなら、もちろん助けるよ」
即答だった。
考える間もない。
予想外の返答に、ついつい目を丸くしてしまう。
「即答なのですね」
「え? なにかおかしいかな?」
普通は、少しためらったり迷ったりすると思う。
友達の力になりたいと思うことは当たり前のこと。
でも、そこに危険が伴うとしたら、迷いを抱いてしまうことも当たり前のこと。
しかし、ニルヴァレンさんはまったく迷わない。
そうすることが当たり前のように、即答してみせた。
そして、彼女の様子を見る限り、それが普通だと信じている。
(さすが、主人公の親友というべきですか)
主人公に負けず劣らず、性格が良い。
人気投票が開催されたことがあるのだけど……
サブキャラクターでは一位だった。
それだけの人気があるのも納得だ。
「では、友達を助けることで、自らに大きな害を受けるとしたら?」
でも、私はまだ納得しない。
事は、大事な妹に関すること。
本当に妹の親友ポジションを任せても大丈夫か?
しっかりときちんとはっきりと見極めないといけない。
「害っていうと……痛いこととか?」
「まあ、そのような感じで」
「痛いのは困るなあ……でも、やっぱり力になりたいかな」
今度も即答だった。
「怪我をするようなことがあっても、構わないと?」
「うん、そうかな」
「普通、イヤだと思いませんか?」
「友達が傷つく方がイヤだから」
「……」
彼女は聖女だろうか?
ついついそんなことを思ってしまう。
「なるほど……これならば」
フィーの親友を任せてみてもいいかもしれない。
なんて、上から目線のことを考えていると、
「だから、アリーシャさんが困っていたら、私は全力で力になるつもりだよ」
「どうして、私の話になるのですか?」
「え?」
「え?」
共に小首を傾げて、
「だって、アリーシャさんは友達だから」
ニルヴァレンさんは、さらりとそう言った。
なるほど……なるほど?
私はいつ、ニルヴァレンさんと友達に?
「……でも」
一緒に帰って、お話をして。
それはもう友達なのかもしれない。
それに……
私は悪役令嬢だけど、でも、彼女と友達になりたいと思う。
そう願う。
だから……
「はい、そうですね……ネコ」
「うん!」
名前で呼ぶと、彼女はとてもうれしそうに笑った。
太陽のように明るく、元気な笑顔だ。
「ふふ」
私達を見て、フィーは幸せそうな感じで笑うのだった。
「よう」
「やあ」
朝。
いつものようにフィーと一緒に学院に向かっていると、アレックスとジークと出会う。
「おはようございます、アレックス、ジークさま」
「おはようございます」
私とフィーが挨拶をすると、二人も挨拶を返してくれた。
せっかくなので、このまま一緒に学院に向かう。
「ところで、お二人はこんなところでどうされたのですか?」
「え? あー……ぐ、偶然だよ」
「そうだね、偶然だね」
「はあ、偶然ですか」
ちょっと気になるところはあるものの……
でも、二人がそう言うのなら、そういうことなのだろう。
「僕も聞きたいことがあるのだけど」
「はい、なんですか?」
「昨日、見知らぬ女子生徒と一緒にいるところを見たのだけど……彼女は知り合いなのかい?」
「ああ、ネコのことですか」
「猫?」
「いえ、動物の猫ではなくて。彼女、ネコという名前なのです」
「ネコさんは、アリーシャ姉さまのクラスにやってきた転入生みたいです。それで、昨日、一緒に帰って私達と友達になりました」
フィーがそう補足してくれた。
しっかりと説明ができるフィーは、天才かもしれない。
さすが私の妹。
「なるほど、転入生……か」
「それがどうしたのですか?」
「……いや、なんでもないよ」
なんでもないという感じではないのだけど……
しかし、ジークはそれ以上を語らない。
本人が言うように大したことないのか。
それとも、私達に話すことができないようなことなのか。
彼がなにを考えているか、それはわからない。
――――――――――
「おはよう、アリーシャ」
「おはようございます、ネコ」
教室に入ると、ネコが太陽のような笑顔で迎えてくれた。
正直、癒やされる。
でも、妹の笑顔以外で癒やされてしまうなんて……
姉失格では?
違う、違うのですよ、フィー。
私はフィーが一番。
でも、ネコは友達なので……
「アリーシャ?」
「……いえ、なんでもありません」
怪訝そうな視線を向けられて我に返る。
フィーのことになると、たまに我を忘れてしまうことがあるのだけど……
うーん。
少し気をつけた方がいいかもしれない。
「ねえ、アリーシャ。週末の休日、時間あるかな?」
「週末ですか?」
特に予定はない。
フィーとイチャイチャして過ごそうと思っていたくらいだ。
「特には」
「なら、お願いがあるんだけど……この街を案内してくれないかな?」
「街を?」
「私、少し前に引っ越してきたばかりなんだ。だから、どこになにがあるのか、よくわからなくて……あと、できればアリーシャのオススメのお店とか教えてくれるとうれしいな」
なるほど。
そういえば、主人公の親友は別の街からやってきたという設定だった。
確か……
親が商売に成功して、その都合で王都に。
お金がなくて学院に通うことができなかった親友も、ようやく登校できるように。
そんな感じの設定だったと思う。
そんな中、親友はメインヒロインと出会う。
歳の差はありつつも、二人は仲良くなり……
街の案内をしたことがきっかけとなり、親友となる。
あれ?
なんで私が誘われているのだろう?
私は悪役令嬢なのだけど。
「ダメ、かな?」
「いえ、大丈夫ですよ」
疑問はある。
フィーとイチャイチャできないのは残念だ。
でも、ネコのことは、どうしてか放っておけなくて……
私は笑顔で承諾した。
「よかった! ありがとう、アリーシャ」
「いいえ。街の案内くらい、いつでも大丈夫ですよ」
こうして、週末はネコと一緒に過ごすことに。
この時は友達と過ごす時間を楽しみにしていたのだけど……
その夜、とんでもないことを思い出すのだった。
「……思い出しました」
ネコと過ごす前夜。
自室で明日の予定を考えていると、ふと、乙女ゲームの内容を思い出した。
メインヒロインと親友のイベント。
二人は仲良く街を歩くのだけど……
途中、ネコの悲しい寂しい過去が明らかになる。
メインヒロインはそれを受け止めて、親友になるる。
「でも、明日は私と一緒。フィーはいない。だとしたら……明日、ネコの悲しい過去が明らかになり、しかし、受け止める人がいなくて……そのまま進んだら、バッドエンドになる?」
よくよく考えてみると、破滅の未来があるのは私だけじゃない。
メインヒロインにも、バッドエンドという形で破滅が訪れる可能性がある。
フィーがバッドエンドを迎える?
冗談じゃない。
そんなことは断じて許せない。
ならば、フィーとネコの親友イベントは大事だ。
今からでもフィーと交代するべきだ。
そしてイベントを発生させて、二人の仲を進展させるべきだ。
……させるべきなのだけど。
「今更、予定の変更は……」
とても難しい。
かといって、約束をなしにするわけにもいかない。
なら、やるべきことは一つ。
「私が、どうにかしてネコの過去を受け止めるしか」
そして、後でフィーにバトンタッチ。
それが一番だろう。
――――――――――
運命の日が訪れた。
これからのことを考えると、私は緊張せざるをえないのだけど……
そんなことは関係ないとばかりに、空では太陽が輝いている。
憎らしいほどの快晴だ。
「絶対に、メインヒロインの代役をやり遂げてみせます!」
私は決意を新たにした。
そして、待つこと少し……
ネコが姿を見せた。
「ごめん、待った?」
走ってきたらしく、少し息が切れている。
そんなネコはパンツスタイルだ。
明るく元気な彼女にはよく似合う。
対する私は大きめのスカート。
シンプルな格好なのだけど、フィーからはよく似合うと言われていた。
「いいえ、大して待っていませんよ」
「ごめんね。ちょっと服に迷っちゃって」
「服に迷ったのですか?」
デートをするわけじゃないのに、どうして?
「アリーシャに恥をかかせるわけにはいかないからね」
「え?」
「アリーシャ、すごく綺麗でしょ? その隣を歩いている子がダメダメな格好をしていたら、恥をかかせちゃうじゃない。だから、私なりにオシャレをしてきたの」
「そんなことを考えていたのですか……」
私は、彼女が言うほど綺麗ではないし……
恥をかかせるとか、そんなつまらないことを気にする必要はない。
でも、そこまで考えてくれていたことは素直にうれしい。
うん。
ネコを助けないと、という気持ちがますます強くなってきた。
絶対にやり遂げてみせる。
「でも、ちょっとラフすぎたかな? 学生だし、なにかの行事でもないから、こんな格好にしてみたんだけど……」
「とてもよく似合っていると思いますよ」
「そ、そうかな?」
「はい。かわいいとかっこいいが良い感じに同居していて、男性の視線を奪ってしまうのではないかと」
「も、もう。アリーシャってば、言い過ぎだよ」
照れていた。
こういうところはかわいい。
「今日は、なにかリクエストはありますか? 一応、私の方でコースは考えてきましたが」
「アリーシャにお任せしてもいいかな?」
「大丈夫ですが、見たいところはないのですか?」
「アリーシャにお任せした方が、きっと楽しくなると思うんだ。まあ、全部任せちゃうのは悪いと思うんだけど……」
「いえ、そのようなこと、気にしないでください」
つまり、私のセンスなどを信頼してくれているということ。
私達は出会って間もないのだけど……
どうして、そこまで私のことを信じられるのだろう?
不思議に思うのだけど、それを尋ねることはしない。
変な答えが返ってきても困るし……
そこまで気にするほどのことじゃないだろう。
気にとどめておく程度でいい。
「では……」
行きましょうか。
そう言おうとしたところで、ふと視線を感じて振り返る。
「アリーシャ?」
「……いえ、なんでもありません」
誰もいない。
たぶん、気のせいなのだろう。
それに悪意は感じられない。
そう判断して、私はネコと一緒に歩き始めた。
アリーシャとネコが肩を並べて歩く。
その後方に、彼女達をそっと監視する影が三つあった。
「動き出したな」
「どうやら、情報通りに街の案内をするみたいだね」
アレックスとジークだ。
建物の影に隠れて、そっと顔を出して様子を窺っている。
そして、もう一人。
「……こんなこと、いいかな……?」
シルフィーナだった。
どこか難しい顔をして、二人の様子を見ている。
「なんだよ、シルフィーナは気にならないのか」
「アリーシャ姉さまは、ネコさんに街の案内をするだけなので……」
「それだけで終わらないかもしれないだろ」
「そうだね」
意見を対立させることが多いアレックスとジークだけど、この日はピタリと考えを一致させていた。
「街を案内するといっても、言い換えれば、遊ぶのとなにも変わらないからね」
「それなのに、わざわざ二人だけで向かう。気になるだろ?」
「それは……」
シルフィーナは、少し言葉に詰まってしまう。
街を案内すると聞いていた。
ただ、自分は誘われなかった。
もしかして、なにか他の目的があるのでは?
もしかして、ネコと二人きりになりたいという、特別な感情があるのでは?
だとしたら自分は……
そんなことを思ったシルフィーナは、二人の後をつけてみよう、というアレックスとジークの言葉に逆らえず、同行することにしてしまった。
実際のところ……
アリーシャがシルフィーナを誘わなかったのは、危険に巻き込むかもしれないからだ。
それ一択であり、他の理由は欠片もない。
ただ、それを知らないシルフィーナはモヤモヤしてしまう。
まだまだ自分だけの姉でいてほしいと、わがままを考えてしまう。
「……本当は、気になります」
「だろ?」
「なら、後をつけるしかないね」
三人の間で、妙な方向に利害が一致した。
「ところで……」
シルフィーナは不思議に思ったことを、そのまま口にする。
「二人もアリーシャ姉さまのことを気にしているんですか?」
「「うっ」」
アレックスとジークはぴたりと足を止めた。
そして、顔を赤くする。
「それは……」
「なんていうか……」
沈黙。
ややあって、二人は困り顔で言う。
「正直、俺もよくわからないんだよ。ただ、なんか気になるっていうか、アリーシャのことをもっと知りたいというか……」
「そう、だね。僕も同じような気持ちだ。とにかく、彼女のことを今以上に知りたくなるんだ」
よくわからないのだけど、アリーシャのことが気になる。
声を聞きたいと思うし、笑顔を見たい。
隣にいて、たくさんの時間を過ごしたい。
そうした感情が積み重なり……
とある想いに変化しようとしている。
それを自覚していないわけではない。
そこまで鈍くはない。
ただ、これが本物なのかどうか。
それを確かめたい。
だから、今以上にアリーシャと接したい。
それが、アレックスとジークが胸に抱えている想いだ。
「アレックスもジークさまも、私と同じなんですね」
そんな二人の想いに気づかないシルフィーナは、にっこりと笑う。
ただ単に、ラブではなくてライクという形で、アリーシャのことが好きだと思っているのだろう。
絶妙なすれ違いだった。
「アリーシャ姉さまの後をつけるのは、なんだか悪いことをしているみたいで気が引けるんですけど……」
でも、気になる。
だから、ついつい後をつけてしまう。
ごめんなさい、と心の中で謝罪しつつ……
行動をやめられない。
「アレックス、ジークさま。がんばりましょう」
「ああ」
「うん」
「でも……ちょっとドキドキしますね」
いたずらっぽい顔で笑い、シルフィーナは舌をぺろっと出すのだった。
その仕草はとても愛らしい。
アリーシャがこの場にいたら悶絶していただろう。
「……」
ふと足を止めて、後ろを見る。
なにもない。
「どうしたの、アリーシャ」
「いえ……なにやら視線を感じたような気がするのですが」
「えっと……誰か知り合いでもいた?」
「いいえ」
道行く人がそこそこいるものの、それだけ。
その中に知り合いの顔はない。
「気のせいでしょうか?」
「気のせい、気のせい。それよりも案内よろしく!」
「まったく」
苦笑しつつ、最初の目的地へ向かう。
五分ほど歩いたところで、商店街に到着した。
飲食、衣服、雑貨……色々な店が並んでいる。
「見ての通り、ここが商店街です。他にもいくつかの商店街がありますが、私のオススメはここですね。たくさんのお店があって、お値段もそこそこです」
「おー、確かに色々とあるね」
感心したように頷いて、
「あれ? でも、なんでアリーシャが商店街の情報なんて持っているの? 公爵令嬢……だよね?」
不思議そうに小首を傾げた。
まあ、それも当然の疑問。
普通に考えて、公爵令嬢が商店街に足を運ぶことはない。
商店街で手に入るようなものは、誰かに任せるのが一般的だ。
衣服や化粧品は自分の目で見たいから、足を運ぶことはあるものの……
それは例外ということで。
「フィーが料理好きなので、よく商店街に足を運んでいるんです」
フィーも公爵令嬢なので、自分で料理をするなんて普通はありえないのだけど……
でも、彼女にとって料理は趣味のようなもの。
最初は、公爵令嬢がキッチンに入ることを良しとされなかった。
でも、フィーが料理をしたいというのなら、私はなんでもしよう。
というわけで、ゴリ押しをしてフィーが料理をすることを認めさせて……
ついでに商店街で買い物することも許可させた。
父さまと母さまを始め、大多数の人が疲れたような顔をしていたのだけど、気にしない。
全てはフィーのため。
「なるほど。言われてみると、シルフィーナちゃんって料理が得意そうだよね」
「はい。フィーの料理は、それはもうおいしいですよ。そこらのお店に負けないほどで……いえ、むしろ勝っていますね。圧勝ですね」
「ふふ」
突然、ネコが笑う。
「どうしたんですか?」
「ううん。本当に仲が良い姉妹なんだなあ、って」
「当然です。あのようなかわいい妹がいたら、仲良くならないと損ですよ」
最初は、破滅回避のために仲良くしようとか考えていたのだけど……
最近はわりと気にしていない。
フィーはかわいい。
かわいいから愛でる、仲良くなりたい。
それだけだ。
「私も……」
「ネコ?」
「なに?」
一瞬、憂鬱な表情を見せたような気がしたのだけど……でも、今はにっこり笑顔だ。
気のせいだったのだろうか?
「次、案内してくれる?」
「はい」
ネコに促されるまま、次の場所へ向かう。
――――――――――
「普通に案内をしているな」
「けっこう楽しそうにしているね」
そっと様子を見るアレックスとジークは、そんな感想をこぼす。
「「むう」」
二人の男は微妙な顔になる。
ネコといるアリーシャは、とても楽しそうな顔をしていた。
自分といる時は、そんな顔を見せていない。
相手は女性。
でも、モヤモヤする。
ついつい軽く嫉妬してしまうアレックスとジーク。
そして、ここにも一人。
「アリーシャ姉さま……うぅ、すごく楽しそう」
シルフィーナはジト目になり、子供っぽく頬を膨らませていた。
とても素敵な姉なのだから、アリーシャに友達がいることは当たり前。
一緒に出かけることも当たり前。
でも、どこかモヤモヤしてしまう。
自分だけに笑顔を向けてほしいと、子供っぽい嫉妬を覚えてしまう。
親を独占したいという、兄弟がいる子供のような感情だ。
ただ、シルフィーナはそのことを自覚していない。
そして、今まで受け身ばかりだったのだけど、ここに来てアリーシャに強い感情を寄せていることも気づいていない。
「むぅー……」
シルフィーナは唇をへの字にしつつ、二人の様子をこっそりと観察するのだった。
商店街の次は、おいしいパン屋さんを案内した。
タイミングが良いと、焼きたてのふかふかパンを味わうことができる。
絶品だ。
その次は、様々な衣服を扱う店に移動した。
店のオーナーがデザインした衣服もあり、値段もお手頃だ。
それから……
色々な場所を案内して、ちょうどいい感じにお腹が空いてきたので、カフェに入る。
「えっと……私は、ランチセットで。飲み物はオレンジジュースね」
「私もランチセットでお願いします。飲み物はアイスティーで……あと、こちらのハムサンドとフルーツパフェもお願いします」
注文が終わり、店員さんがカウンターの奥の厨房に消える。
「アリーシャって、けっこう食べるんだね」
「そうでしょうか?」
よくフィーが作る料理の試食をしていたので、いつしか胃袋が大きくなったのかもしれない。
ふと、じーっとネコがジト目を向けてきた。
その視線の先は、私の胸や腰だ。
「それだけ食べて、その体型って……反則でしょ。ねね、なにか太らないコツとかあるの? 私、ちょっと油断したら、すぐお肉がついちゃうから」
「そう言われても……私、特になにもしていないのですが」
「くう……そういう体質、っていうわけ? なにそれ、ずるい。神さまは不公平だわ」
本気で悔しそうにするものだから……
「ふふ」
おかしくて、ついつい笑ってしまう。
ネコは少しふてくされた顔をするものの……
ほどなくして、私と同じように、おかしそうに笑う。
ややあって注文した料理が運ばれてきて、おいしいごはんを堪能した。
私もネコも料理には大満足。
また来ようね、と約束もする。
それから飲み物で口を潤しつつ、雑談に興じる。
うん。
ネコと一緒にいると、不思議と心が和らいでいく。
落ち着くというか、安心できるというか……
ずっとこうしていたいとさえ思う。
これも、彼女の人柄がなせるものなのか?
「……ふう」
しばらくおしゃべりをしたところで、ふと、ネコが遠くを見た。
その横顔は、どこか憂いを帯びている。
「どうしたのですか?」
「……楽しいなあ、って」
「?」
なにが言いたいのだろう?
疑問に思うものの、でも、急かすようなことはしない。
彼女の方から話してほしいと、私は待つことにした。
「……昔、さ」
ややあって、ネコは口を開いた。
「あまり周囲とうまくいかなかったというか、いじめられてたことがあったんだ」
「そうなのですか?」
信じられない。
彼女なら、友達は百人はいると思っていた。
でも、ふと思う。
これが過去の話をするというイベントか?
「私って、マイペースというか強引というか……ほら、けっこうグイグイと行くところがあるでしょ?」
「ありますね」
「アリーシャは気にしないでくれるけど、でも、気にする子もけっこういるわけで……で、昔の私は、ちょっと人との距離のとり方を間違えていたというか……まあ、そんな感じだ」
なるほど。
だいたいのことは察した。
私は、ネコのような積極性あふれる人は好ましいと思うのだけど……
でも、誰もがそう思うわけじゃない。
中には、そっとしておいてほしいと思う人もいるはずだ。
「で、ちょっとやらかしちゃったことがあって……それで、いじめられるようになったんだ」
「そうだったんですか……」
「ごめんね、こんな話をして」
「いえ」
「なんか、アリーシャには知っておいてほしかったというか……そんな気持ちになったんだ。だから、気がついたら口にしてた」
たはは、とネコが笑い……
それから頭を抱える。
「って……私、なにやってるんだろ。勝手に一人で話をして、反応に困る話題を持ち出して……はあああ、こんなだから昔、失敗したっていうのに……ダメだ。ぜんぜん成長してないし」
自分でトラウマのスイッチを踏んでしまったみたいだ。
ものすごく落ち込んでいる様子で、ネコは肩を落とす。
でも私は……
「いいんじゃないですか?」
「え?」
「失敗してもいいんじゃないですか? 同じ失敗は繰り返さない、という話はよく聞きますが、実際には難しいものだと思います。何度も何度も失敗するのが当たり前ではないでしょうか?」
「それは……」
「取り返しのつかない失敗もありますが……でも、ネコのそれは違うでしょう? 何度失敗しても、何度でもやり直すことができる。そう思いますが」
「でも……それじゃあ、迷惑をかけてばかりじゃない」
「私は問題ありませんよ」
「……」
なぜか、ネコが目を丸くした。
「グイグイと来るところが失敗なんて、私は思っていないので。むしろ、楽しいくらいです。だから、私は何度でも付き合いますし、一緒にいますよ」
「そう……なの?」
「はい。だって私達、友達じゃないですか」
「……」
フィーのために仲良くしておかないと、という打算もあるのだけど……
でも、それ以上に、私はネコのことを好ましく思う。
友達であり続けたいと思う。
だって、楽しいから。
一緒にいると自然と笑顔になるから。
「友達だから……?」
「はい、そんな単純な理由です」
「単純かな……?」
「単純ですよ」
「……くは」
ややあって、堪えられないという感じでネコが笑う。
「ダメ、ツボに入ったかも、あはは……こんなことを言うなんて、しかも公爵令嬢が……くふ、あははは」
「むう? なにがおかしいのでしょうか?」
「あははは」
よくわからない。
そんな私を気にすることなく、ネコは、しばらくの間、楽しそうに笑うのだった。
「ふう」
アリーシャと別れたネコは、そのまま家に帰った。
家族と軽い挨拶を交わしてから、自室へ。
そのままベッドに仰向けに寝る。
「……」
なにをするわけでもなく天井を見る。
天井に向けて手を伸ばす。
なにかを掴むように指を閉じて……
それから、手の力を抜いた。
そして、苦笑。
「困ったなあ」
ベッドから降りて、机に向かう。
引き出しを開けると、とある書類が。
その書類に書かれている内容は……
『アリーシャ・クラウゼンを事故に見せかけて殺害しろ』
そんな恐ろしい内容だった。
「ターゲットと仲良くなって、どうするんだろ、私」
はあ、とため息がこぼれる。
ネコ・ニルヴァレンは、普通の学生ではない。
その正体は、暗殺者だ。
ネコは孤児だ。
物心ついた時には親はおらず、裏路地でゴミをあさり生きてきた。
その後、妙な貴族に拾われた。
ネコの境遇を哀れに思ったわけではない。
自分に都合の良い殺人人形を作るために、ネコは貴族に拾われたのだ。
以来、ネコは裏の技術を叩き込まれて……
そして、初めて仕事を任されることになった。
その仕事が、アリーシャの暗殺だ。
初仕事だ。
ここで失敗したら次はない。
事実、任務をこなすことができなかった同じ境遇の子供は、以後、二度と姿を見ることはなかった。
役立たずとして処分されたのだろう。
ネコは、アリーシャを暗殺しなければならない。
でなければ、殺されるのは自分だ。
それなのに……
「……イヤ、だな」
アリーシャの笑顔を思い返す。
自分がしようとしているのは、その笑顔を消すということ。
そう考えると迷いが生じてしまう。
「……迷い? 私が?」
自身の変化に、ネコは驚いた。
人を殺す技術だけではなくて、心も鍛えられてきた。
きちんと人を殺せるように。
迷うことがないように。
氷のように冷たい心に作り変えられてきた。
それなのに、なぜ、今更迷うのか?
「アリーシャの影響……なのかな」
アリーシャの笑顔は太陽のようだ。
温かくて、優しい。
そんな彼女の近くにいると、ネコも笑顔になってしまう。
アリーシャの温かい笑顔で心が溶かされて……
殺人人形であることを忘れ、人間であることを思い出してしまう。
「ダメだ」
ネコは迷いを振り切るように、頭を振る。
迷うことは許されない。
確実に仕事をこなさなければいけない。
アリーシャを殺すことができなければ、逆に自分が殺されてしまう。
役立たずの人形は捨てられてしまう。
そんなことにはなりたくない。
だから、アリーシャを殺すしかない。
「でも……私は、どうすればいいんだろう?」
どうしても迷いを振り切ることができず……
ネコは頭を悩ませ続けた。
「あら?」
いつものようにフィーと一緒に家を出ると、アレックスの姿があった。
登校途中、一緒になることは多いのだけど……
でも、家の前で待っているのは初めてだ。
「おはようございます」
「おはよう、アレックス」
「ああ」
挨拶をすると、彼はぶっきらぼうに頷いてみせた。
私は別にいいのだけど……
かわいいフィーが天使の笑顔で挨拶をしたらのだから、照れるなり動揺するなりしなさいよ。
あなた、それでもヒーローか。
私だったら悶えるほどに喜び、今日一日の幸せを確信するのに。
フィーが不思議そうに問いかける。
「アレックス、どうしたの?」
「あー……その、なんだ。ちょっとしたことがあって、一緒に行こうかな、って」
「ちょっとしたこと?」
「シルフィーナ達の親父さんに頼まれて……いや、なんでもない」
「?」
詳細を説明されず、フィーは小首を傾げた。
私も首を傾げる。
どうやら、父さまになにか頼まれたらしいが……
でも、アレックスは詳細を説明するつもりはないようだ。
隠し事をする時は、だいたい、やましいことを抱えているか説明しづらい状況のニパターンだ。
アレックスはバカがつくような正直者なので、前者はないだろう。
そうなると後者か。
説明しづらい状況……
なにか不安になるようなことがあり。
私達に配慮して、口を閉ざしている……という可能性が高そうだ。
ただ、詳細まで想像することはできない。
私達を不安にさせてしまうようなこと……いったい、なんだろう?
私の破滅の未来が関わっているのかもしれないが……
しかし、それはまだ先のはず。
うーん?
「ほら、学院に行こうぜ。のんびりしてたら遅刻する」
「うん、そうだね。アリーシャ姉さま」
「……そうですね」
考えても今は答えが出そうにない。
頭の片隅に留めておくことにして、私達は学院に向かう。
――――――――――
「おはよう、アリーシャ」
「おはようございます、ネコ」
教室に入ると、ネコが笑顔で迎えてくれた。
挨拶を交わして自分の席へ。
すると、ネコが後を追いかけてくる。
「ねえねえ、アリーシャ。ちょっといい?」
「はい、なんですか?」
「今日の放課後、予定はある?」
「今日ですか?」
突然だな?
怪訝に思いつつ、予定を思い返す。
フィーを誘い、イチャイチャしようと思っていたのだけど……
まだ本人に話はしていない。
「ないといえば、ないですが」
「よかった。なら、ちょっと時間をくれない? 大事な話があるんだ」
「はあ……」
大事な話とはなんだろう?
考えてみるものの、うまく思いつかない。
「平気?」
「はい、大丈夫ですよ」
大事な話の内容は気になるものの、教室で問いかけるわけにはいかない。
放課後、ちゃんと確認することにしよう。
「っと、先生が来ちゃった。また後でね」
「はい。あ、ネコ」
「うん?」
「今日のお昼、一緒に食べませんか?」
「え?」
いつもフィーと一緒に食べているのだけど……
今日は、アレックスとジークと一緒するらしい。
彼らは、私のフィーを狙っているのだろうか?
そう考えると、ムッとしてしまうものの……
とはいえ、フィーがもしも彼らのことを気にしていたら、それを邪魔するわけにはいかない。
非常に……ひじょうううううに不本意だけど、食事くらいなら邪魔をしてはいけない、と考えるようになった。
それに……
「ネコと一緒にごはんを食べたいんです」
「そう、なの?」
「はい。友達ではありませんか」
妹ばかりを優先して、友達をないがしろにしてはいけない。
それに、ネコと一緒にいると楽しい。
一緒にごはんを食べると、きっと笑顔で過ごすことができるはずだ。
「……」
ネコはキョトンとして……
「うん、そうだね」
なぜか、泣きそうな顔をするのだった。
放課後。
フィーに先に帰るように言った後、私は屋上へ。
待ち合わせ場所として、ネコが屋上を指定してきたのだ。
「ネコは……まだ来ていないみたいね」
学院の屋上は広い。
その空間を活かして、小さな公園が作られている。
池とベンチもあり、憩いの場として学生に利用されている。
ただ、今は誰もいない。
普段は、放課後でも人が多いのだけど……?
「なにかしら?」
屋上に繋がる扉を潜る時、妙な感覚を覚えた。
一瞬、平衡感覚が曖昧になるというか……
水の中を潜ったというか……
そんな不思議な感覚。
「アリーシャ」
振り返ると、ネコがいた。
いったい、いつからそこにいたのか?
さっき見た時は、誰もいなかったように思えたのだけど……
まあいいか。
細かいことは気にせず、友達を笑顔で迎える。
「待っていましたよ、ネコ」
「……ありがと、来てくれて」
やはりというか、ネコの表情は暗い。
あいにくの曇り模様だ。
朝から様子がおかしく……
昼を一緒した時も、半分くらい残していて……
いったい、どうしたのだろう?
心配だ。
この後の大事な話で、悩み事を打ち明けてくれるのだろうか?
打ち明けてくれたとして……
力になれることはあるだろうか?
無理難題だったりしないだろうか?
彼女の力になれないことがあったとしたら、それが怖い。
「それで、ネコ。大事な話というのは?」
「うん。そのことなんだけど……」
ネコは一歩、前に出た。
そして……
どこからともなく短剣を取り出して、その刃を私に向ける。
「死んでくれないかな?」
「え?」
突然の展開についていけず、思考が停止してしまう。
その間にネコは一気に距離を詰めてきた。
速い。
私は反応することができず、喉元に短剣を突きつけられてしまう。
「ネコ、あなたは……」
「ごめんね。これが私の正体なんだ」
「もしかして……暗殺者?」
「正解」
ネコは冷たく笑う。
なんてことだ。
まさか、彼女が暗殺者だったなんて。
そんな衝撃的な事実……
いや、待てよ?
そういえば、そんな設定があったような気がする。
主人公の親友は、一見すると優しい少女。
しかし、二つの秘密がある。
一つは隠しルートで判明するらしく、それをプレイしていない私はわからない。
ただもう一つはわかる。
彼女は暗殺者だ。
悪役令嬢から依頼をされて、主人公を殺そうとする親友。
でも、主人公の優しさに救われて裏稼業から手を洗い、本当の親友となる。
……そんなイベントがあったことを思い出した。
そういうイベントを無視して、何度もバッドエンドを迎えていたため、思い出すのが遅れてしまった。
でも、一つ謎がある。
「ネコは……どうして、私を?」
ゲームでは、ネコに依頼をしたのは悪役令嬢。
つまり、私だ。
でも、私はそんなことはしていない。
自分で自分を狙うとか滑稽な話だ。
いったい、誰が私を狙っているのだろう?
「教えると思う?」
「冥土の土産に、というのがお決まりのパターンではありませんか?」
「……意外と余裕あるね」
「なんででしょうね。自分でも不思議です」
「実感が湧いていないのかな? もしかして、夢だとか思っている?」
「いいえ、そのようなことはありませんよ。ただ……」
「ただ?」
「ネコは私を殺さない、そう思っているので」
「……」
人を殺せないだろう?
そう言われたと感じたらしく、ネコが険しい顔に。
でも、そんな意味で言ったつもりはない。
「ネコは優しい子ですからね。人を殺すことなんてできませんし、ましてや、虫を殺すのもためらってしまうほどです」
「そんなことはない」
「なら、どうして私をすぐに殺さないんですか? 話をする意味はないと思いますが? その短剣を少し、前に突き出すだけですよ」
「そ、それは……」
この展開は予想外だけど……
でも、私は落ち着いていた。
ゲームの知識があるからじゃない。
それ以上に、ネコ・ニルヴァレンという友達を信じているのだ。
「さあ、殺さないのですか?」