悪役令嬢の私ですが、メインヒロインの妹を溺愛します

 私とフィーは公爵令嬢なのだけど……
 放課後の帰り道は歩きを選択することが多い。

 毎日馬車で送り迎えをしてもらっていたら、かなり目立つ。
 普通の生徒から反感を買うかもしれないし……
 なにより、そんな無駄遣いをさせるわけにはいかない。

 最初の頃は治安に対する疑問もあったため、馬車を利用していたけど、今はほぼほぼ徒歩だ。
 基本的に王都は平和で、夜ならばともかく、昼から事件が起きることはない。

 そんなわけで、私とフィーとニルヴァレンさんは、並んで帰路を歩いていた。

「えっと……ニルヴァレンさまは、新しいクラスメイトということですが……」
「うん、そうだよ。今日、転入してきたんだ」
「そうなんですね。学院には慣れましたか?」
「さすがに、それはちょっと早いかな?」
「そ、そうでした……すみません」
「ううん、気にしないで。でも、アリーシャさんのおかげで、わりと早く慣れることができそう」
「私ですか?」

 突然、私の名前が挙げられて驚いてしまう。

「さっきはありがとうね、助かっちゃった」
「アリーシャ姉さまがなにかしたんですか?」
「クラスメイトの質問攻めにあっていたんだけど、アリーシャさんに助けてもらったんだ」
「なるほど、さすがアリーシャ姉さまです!」

 特に深い考えはなかったのだけど……
 うん。
 フィーから尊敬の眼差しを向けられることは、すごくうれしい。

「質問されるのがイヤだったわけじゃないんだけど、一度にたくさんの質問が飛んできて、それがずっと続くからどうしていいかわからなくて」
「なるほど……それは大変そうですね」
「申しわけありません。クラスメイトの皆も、悪気があるわけではないのですが……」
「あ、ううん! アリーシャさんが謝ることじゃないよ。それに、質問をするっていうことは、私に興味を持ってくれている、ってことだよね。それは、素直にうれしいから」

 にっこりと笑うニルヴァレンさん。

 うーん。
 さすが、主人公の親友ポジション。
 まっすぐな性格をしていて、それと、とても元気で……うん。
 素直に好ましいと思える。

 とはいえ、フィーの親友を任せられるか、それは話が別だ。
 せっかくの機会だ。
 フィーの親友としてやっていけるか、私が見定めることにしよう。

「ところで、仮定の質問なのですが……」
「うん? なに?」
「ニルヴァレンさんの友達が危機に陥っていたとしたら、どうされますか?」
「え? どうしたの、いきなり」
「ただの日常会話です」
「日常、かなあ……? でも、友達が困っているのなら、もちろん助けるよ」

 即答だった。
 考える間もない。

 予想外の返答に、ついつい目を丸くしてしまう。

「即答なのですね」
「え? なにかおかしいかな?」

 普通は、少しためらったり迷ったりすると思う。

 友達の力になりたいと思うことは当たり前のこと。
 でも、そこに危険が伴うとしたら、迷いを抱いてしまうことも当たり前のこと。

 しかし、ニルヴァレンさんはまったく迷わない。
 そうすることが当たり前のように、即答してみせた。
 そして、彼女の様子を見る限り、それが普通だと信じている。

(さすが、主人公の親友というべきですか)

 主人公に負けず劣らず、性格が良い。

 人気投票が開催されたことがあるのだけど……
 サブキャラクターでは一位だった。
 それだけの人気があるのも納得だ。

「では、友達を助けることで、自らに大きな害を受けるとしたら?」

 でも、私はまだ納得しない。

 事は、大事な妹に関すること。
 本当に妹の親友ポジションを任せても大丈夫か?
 しっかりときちんとはっきりと見極めないといけない。

「害っていうと……痛いこととか?」
「まあ、そのような感じで」
「痛いのは困るなあ……でも、やっぱり力になりたいかな」

 今度も即答だった。

「怪我をするようなことがあっても、構わないと?」
「うん、そうかな」
「普通、イヤだと思いませんか?」
「友達が傷つく方がイヤだから」
「……」

 彼女は聖女だろうか?
 ついついそんなことを思ってしまう。

「なるほど……これならば」

 フィーの親友を任せてみてもいいかもしれない。

 なんて、上から目線のことを考えていると、

「だから、アリーシャさんが困っていたら、私は全力で力になるつもりだよ」
「どうして、私の話になるのですか?」
「え?」
「え?」

 共に小首を傾げて、

「だって、アリーシャさんは友達だから」

 ニルヴァレンさんは、さらりとそう言った。

 なるほど……なるほど?
 私はいつ、ニルヴァレンさんと友達に?

「……でも」

 一緒に帰って、お話をして。
 それはもう友達なのかもしれない。

 それに……

 私は悪役令嬢だけど、でも、彼女と友達になりたいと思う。
 そう願う。
 だから……

「はい、そうですね……ネコ」
「うん!」

 名前で呼ぶと、彼女はとてもうれしそうに笑った。
 太陽のように明るく、元気な笑顔だ。

「ふふ」

 私達を見て、フィーは幸せそうな感じで笑うのだった。
「よう」
「やあ」

 朝。
 いつものようにフィーと一緒に学院に向かっていると、アレックスとジークと出会う。

「おはようございます、アレックス、ジークさま」
「おはようございます」

 私とフィーが挨拶をすると、二人も挨拶を返してくれた。
 せっかくなので、このまま一緒に学院に向かう。

「ところで、お二人はこんなところでどうされたのですか?」
「え? あー……ぐ、偶然だよ」
「そうだね、偶然だね」
「はあ、偶然ですか」

 ちょっと気になるところはあるものの……
 でも、二人がそう言うのなら、そういうことなのだろう。

「僕も聞きたいことがあるのだけど」
「はい、なんですか?」
「昨日、見知らぬ女子生徒と一緒にいるところを見たのだけど……彼女は知り合いなのかい?」
「ああ、ネコのことですか」
「猫?」
「いえ、動物の猫ではなくて。彼女、ネコという名前なのです」
「ネコさんは、アリーシャ姉さまのクラスにやってきた転入生みたいです。それで、昨日、一緒に帰って私達と友達になりました」

 フィーがそう補足してくれた。
 しっかりと説明ができるフィーは、天才かもしれない。
 さすが私の妹。

「なるほど、転入生……か」
「それがどうしたのですか?」
「……いや、なんでもないよ」

 なんでもないという感じではないのだけど……
 しかし、ジークはそれ以上を語らない。

 本人が言うように大したことないのか。
 それとも、私達に話すことができないようなことなのか。

 彼がなにを考えているか、それはわからない。



――――――――――



「おはよう、アリーシャ」
「おはようございます、ネコ」

 教室に入ると、ネコが太陽のような笑顔で迎えてくれた。
 正直、癒やされる。

 でも、妹の笑顔以外で癒やされてしまうなんて……
 姉失格では?

 違う、違うのですよ、フィー。
 私はフィーが一番。
 でも、ネコは友達なので……

「アリーシャ?」
「……いえ、なんでもありません」

 怪訝そうな視線を向けられて我に返る。

 フィーのことになると、たまに我を忘れてしまうことがあるのだけど……
 うーん。
 少し気をつけた方がいいかもしれない。

「ねえ、アリーシャ。週末の休日、時間あるかな?」
「週末ですか?」

 特に予定はない。
 フィーとイチャイチャして過ごそうと思っていたくらいだ。

「特には」
「なら、お願いがあるんだけど……この街を案内してくれないかな?」
「街を?」
「私、少し前に引っ越してきたばかりなんだ。だから、どこになにがあるのか、よくわからなくて……あと、できればアリーシャのオススメのお店とか教えてくれるとうれしいな」

 なるほど。
 そういえば、主人公の親友は別の街からやってきたという設定だった。

 確か……
 親が商売に成功して、その都合で王都に。
 お金がなくて学院に通うことができなかった親友も、ようやく登校できるように。

 そんな感じの設定だったと思う。

 そんな中、親友はメインヒロインと出会う。
 歳の差はありつつも、二人は仲良くなり……
 街の案内をしたことがきっかけとなり、親友となる。

 あれ?
 なんで私が誘われているのだろう?
 私は悪役令嬢なのだけど。

「ダメ、かな?」
「いえ、大丈夫ですよ」

 疑問はある。
 フィーとイチャイチャできないのは残念だ。

 でも、ネコのことは、どうしてか放っておけなくて……
 私は笑顔で承諾した。

「よかった! ありがとう、アリーシャ」
「いいえ。街の案内くらい、いつでも大丈夫ですよ」

 こうして、週末はネコと一緒に過ごすことに。

 この時は友達と過ごす時間を楽しみにしていたのだけど……
 その夜、とんでもないことを思い出すのだった。
「……思い出しました」

 ネコと過ごす前夜。
 自室で明日の予定を考えていると、ふと、乙女ゲームの内容を思い出した。

 メインヒロインと親友のイベント。
 二人は仲良く街を歩くのだけど……
 途中、ネコの悲しい寂しい過去が明らかになる。

 メインヒロインはそれを受け止めて、親友になるる。

「でも、明日は私と一緒。フィーはいない。だとしたら……明日、ネコの悲しい過去が明らかになり、しかし、受け止める人がいなくて……そのまま進んだら、バッドエンドになる?」

 よくよく考えてみると、破滅の未来があるのは私だけじゃない。
 メインヒロインにも、バッドエンドという形で破滅が訪れる可能性がある。

 フィーがバッドエンドを迎える?
 冗談じゃない。
 そんなことは断じて許せない。

 ならば、フィーとネコの親友イベントは大事だ。
 今からでもフィーと交代するべきだ。
 そしてイベントを発生させて、二人の仲を進展させるべきだ。

 ……させるべきなのだけど。

「今更、予定の変更は……」

 とても難しい。
 かといって、約束をなしにするわけにもいかない。

 なら、やるべきことは一つ。

「私が、どうにかしてネコの過去を受け止めるしか」

 そして、後でフィーにバトンタッチ。
 それが一番だろう。



――――――――――



 運命の日が訪れた。

 これからのことを考えると、私は緊張せざるをえないのだけど……
 そんなことは関係ないとばかりに、空では太陽が輝いている。
 憎らしいほどの快晴だ。

「絶対に、メインヒロインの代役をやり遂げてみせます!」

 私は決意を新たにした。

 そして、待つこと少し……
 ネコが姿を見せた。

「ごめん、待った?」

 走ってきたらしく、少し息が切れている。

 そんなネコはパンツスタイルだ。
 明るく元気な彼女にはよく似合う。

 対する私は大きめのスカート。
 シンプルな格好なのだけど、フィーからはよく似合うと言われていた。

「いいえ、大して待っていませんよ」
「ごめんね。ちょっと服に迷っちゃって」
「服に迷ったのですか?」

 デートをするわけじゃないのに、どうして?

「アリーシャに恥をかかせるわけにはいかないからね」
「え?」
「アリーシャ、すごく綺麗でしょ? その隣を歩いている子がダメダメな格好をしていたら、恥をかかせちゃうじゃない。だから、私なりにオシャレをしてきたの」
「そんなことを考えていたのですか……」

 私は、彼女が言うほど綺麗ではないし……
 恥をかかせるとか、そんなつまらないことを気にする必要はない。

 でも、そこまで考えてくれていたことは素直にうれしい。

 うん。
 ネコを助けないと、という気持ちがますます強くなってきた。
 絶対にやり遂げてみせる。

「でも、ちょっとラフすぎたかな? 学生だし、なにかの行事でもないから、こんな格好にしてみたんだけど……」
「とてもよく似合っていると思いますよ」
「そ、そうかな?」
「はい。かわいいとかっこいいが良い感じに同居していて、男性の視線を奪ってしまうのではないかと」
「も、もう。アリーシャってば、言い過ぎだよ」

 照れていた。
 こういうところはかわいい。

「今日は、なにかリクエストはありますか? 一応、私の方でコースは考えてきましたが」
「アリーシャにお任せしてもいいかな?」
「大丈夫ですが、見たいところはないのですか?」
「アリーシャにお任せした方が、きっと楽しくなると思うんだ。まあ、全部任せちゃうのは悪いと思うんだけど……」
「いえ、そのようなこと、気にしないでください」

 つまり、私のセンスなどを信頼してくれているということ。

 私達は出会って間もないのだけど……
 どうして、そこまで私のことを信じられるのだろう?

 不思議に思うのだけど、それを尋ねることはしない。

 変な答えが返ってきても困るし……
 そこまで気にするほどのことじゃないだろう。
 気にとどめておく程度でいい。

「では……」

 行きましょうか。
 そう言おうとしたところで、ふと視線を感じて振り返る。

「アリーシャ?」
「……いえ、なんでもありません」

 誰もいない。
 たぶん、気のせいなのだろう。
 それに悪意は感じられない。

 そう判断して、私はネコと一緒に歩き始めた。
 アリーシャとネコが肩を並べて歩く。
 その後方に、彼女達をそっと監視する影が三つあった。

「動き出したな」
「どうやら、情報通りに街の案内をするみたいだね」

 アレックスとジークだ。
 建物の影に隠れて、そっと顔を出して様子を窺っている。

 そして、もう一人。

「……こんなこと、いいかな……?」

 シルフィーナだった。
 どこか難しい顔をして、二人の様子を見ている。

「なんだよ、シルフィーナは気にならないのか」
「アリーシャ姉さまは、ネコさんに街の案内をするだけなので……」
「それだけで終わらないかもしれないだろ」
「そうだね」

 意見を対立させることが多いアレックスとジークだけど、この日はピタリと考えを一致させていた。

「街を案内するといっても、言い換えれば、遊ぶのとなにも変わらないからね」
「それなのに、わざわざ二人だけで向かう。気になるだろ?」
「それは……」

 シルフィーナは、少し言葉に詰まってしまう。

 街を案内すると聞いていた。
 ただ、自分は誘われなかった。

 もしかして、なにか他の目的があるのでは?
 もしかして、ネコと二人きりになりたいという、特別な感情があるのでは?

 だとしたら自分は……

 そんなことを思ったシルフィーナは、二人の後をつけてみよう、というアレックスとジークの言葉に逆らえず、同行することにしてしまった。

 実際のところ……
 アリーシャがシルフィーナを誘わなかったのは、危険に巻き込むかもしれないからだ。
 それ一択であり、他の理由は欠片もない。

 ただ、それを知らないシルフィーナはモヤモヤしてしまう。
 まだまだ自分だけの姉でいてほしいと、わがままを考えてしまう。

「……本当は、気になります」
「だろ?」
「なら、後をつけるしかないね」

 三人の間で、妙な方向に利害が一致した。

「ところで……」

 シルフィーナは不思議に思ったことを、そのまま口にする。

「二人もアリーシャ姉さまのことを気にしているんですか?」
「「うっ」」

 アレックスとジークはぴたりと足を止めた。

 そして、顔を赤くする。

「それは……」
「なんていうか……」

 沈黙。

 ややあって、二人は困り顔で言う。

「正直、俺もよくわからないんだよ。ただ、なんか気になるっていうか、アリーシャのことをもっと知りたいというか……」
「そう、だね。僕も同じような気持ちだ。とにかく、彼女のことを今以上に知りたくなるんだ」

 よくわからないのだけど、アリーシャのことが気になる。
 声を聞きたいと思うし、笑顔を見たい。
 隣にいて、たくさんの時間を過ごしたい。

 そうした感情が積み重なり……
 とある想いに変化しようとしている。

 それを自覚していないわけではない。
 そこまで鈍くはない。

 ただ、これが本物なのかどうか。
 それを確かめたい。
 だから、今以上にアリーシャと接したい。

 それが、アレックスとジークが胸に抱えている想いだ。

「アレックスもジークさまも、私と同じなんですね」

 そんな二人の想いに気づかないシルフィーナは、にっこりと笑う。
 ただ単に、ラブではなくてライクという形で、アリーシャのことが好きだと思っているのだろう。

 絶妙なすれ違いだった。

「アリーシャ姉さまの後をつけるのは、なんだか悪いことをしているみたいで気が引けるんですけど……」

 でも、気になる。
 だから、ついつい後をつけてしまう。

 ごめんなさい、と心の中で謝罪しつつ……
 行動をやめられない。

「アレックス、ジークさま。がんばりましょう」
「ああ」
「うん」
「でも……ちょっとドキドキしますね」

 いたずらっぽい顔で笑い、シルフィーナは舌をぺろっと出すのだった。

 その仕草はとても愛らしい。
 アリーシャがこの場にいたら悶絶していただろう。
「……」

 ふと足を止めて、後ろを見る。

 なにもない。

「どうしたの、アリーシャ」
「いえ……なにやら視線を感じたような気がするのですが」
「えっと……誰か知り合いでもいた?」
「いいえ」

 道行く人がそこそこいるものの、それだけ。
 その中に知り合いの顔はない。

「気のせいでしょうか?」
「気のせい、気のせい。それよりも案内よろしく!」
「まったく」

 苦笑しつつ、最初の目的地へ向かう。

 五分ほど歩いたところで、商店街に到着した。
 飲食、衣服、雑貨……色々な店が並んでいる。

「見ての通り、ここが商店街です。他にもいくつかの商店街がありますが、私のオススメはここですね。たくさんのお店があって、お値段もそこそこです」
「おー、確かに色々とあるね」

 感心したように頷いて、

「あれ? でも、なんでアリーシャが商店街の情報なんて持っているの? 公爵令嬢……だよね?」

 不思議そうに小首を傾げた。

 まあ、それも当然の疑問。
 普通に考えて、公爵令嬢が商店街に足を運ぶことはない。
 商店街で手に入るようなものは、誰かに任せるのが一般的だ。

 衣服や化粧品は自分の目で見たいから、足を運ぶことはあるものの……
 それは例外ということで。

「フィーが料理好きなので、よく商店街に足を運んでいるんです」

 フィーも公爵令嬢なので、自分で料理をするなんて普通はありえないのだけど……
 でも、彼女にとって料理は趣味のようなもの。

 最初は、公爵令嬢がキッチンに入ることを良しとされなかった。
 でも、フィーが料理をしたいというのなら、私はなんでもしよう。

 というわけで、ゴリ押しをしてフィーが料理をすることを認めさせて……
 ついでに商店街で買い物することも許可させた。

 父さまと母さまを始め、大多数の人が疲れたような顔をしていたのだけど、気にしない。
 全てはフィーのため。

「なるほど。言われてみると、シルフィーナちゃんって料理が得意そうだよね」
「はい。フィーの料理は、それはもうおいしいですよ。そこらのお店に負けないほどで……いえ、むしろ勝っていますね。圧勝ですね」
「ふふ」

 突然、ネコが笑う。

「どうしたんですか?」
「ううん。本当に仲が良い姉妹なんだなあ、って」
「当然です。あのようなかわいい妹がいたら、仲良くならないと損ですよ」

 最初は、破滅回避のために仲良くしようとか考えていたのだけど……
 最近はわりと気にしていない。

 フィーはかわいい。
 かわいいから愛でる、仲良くなりたい。
 それだけだ。

「私も……」
「ネコ?」
「なに?」

 一瞬、憂鬱な表情を見せたような気がしたのだけど……でも、今はにっこり笑顔だ。
 気のせいだったのだろうか?

「次、案内してくれる?」
「はい」

 ネコに促されるまま、次の場所へ向かう。



――――――――――



「普通に案内をしているな」
「けっこう楽しそうにしているね」

 そっと様子を見るアレックスとジークは、そんな感想をこぼす。

「「むう」」

 二人の男は微妙な顔になる。

 ネコといるアリーシャは、とても楽しそうな顔をしていた。
 自分といる時は、そんな顔を見せていない。

 相手は女性。
 でも、モヤモヤする。
 ついつい軽く嫉妬してしまうアレックスとジーク。

 そして、ここにも一人。

「アリーシャ姉さま……うぅ、すごく楽しそう」

 シルフィーナはジト目になり、子供っぽく頬を膨らませていた。

 とても素敵な姉なのだから、アリーシャに友達がいることは当たり前。
 一緒に出かけることも当たり前。

 でも、どこかモヤモヤしてしまう。
 自分だけに笑顔を向けてほしいと、子供っぽい嫉妬を覚えてしまう。
 親を独占したいという、兄弟がいる子供のような感情だ。

 ただ、シルフィーナはそのことを自覚していない。
 そして、今まで受け身ばかりだったのだけど、ここに来てアリーシャに強い感情を寄せていることも気づいていない。

「むぅー……」

 シルフィーナは唇をへの字にしつつ、二人の様子をこっそりと観察するのだった。
 商店街の次は、おいしいパン屋さんを案内した。
 タイミングが良いと、焼きたてのふかふかパンを味わうことができる。
 絶品だ。

 その次は、様々な衣服を扱う店に移動した。
 店のオーナーがデザインした衣服もあり、値段もお手頃だ。

 それから……
 色々な場所を案内して、ちょうどいい感じにお腹が空いてきたので、カフェに入る。

「えっと……私は、ランチセットで。飲み物はオレンジジュースね」
「私もランチセットでお願いします。飲み物はアイスティーで……あと、こちらのハムサンドとフルーツパフェもお願いします」

 注文が終わり、店員さんがカウンターの奥の厨房に消える。

「アリーシャって、けっこう食べるんだね」
「そうでしょうか?」

 よくフィーが作る料理の試食をしていたので、いつしか胃袋が大きくなったのかもしれない。

 ふと、じーっとネコがジト目を向けてきた。
 その視線の先は、私の胸や腰だ。

「それだけ食べて、その体型って……反則でしょ。ねね、なにか太らないコツとかあるの? 私、ちょっと油断したら、すぐお肉がついちゃうから」
「そう言われても……私、特になにもしていないのですが」
「くう……そういう体質、っていうわけ? なにそれ、ずるい。神さまは不公平だわ」

 本気で悔しそうにするものだから……

「ふふ」

 おかしくて、ついつい笑ってしまう。

 ネコは少しふてくされた顔をするものの……
 ほどなくして、私と同じように、おかしそうに笑う。

 ややあって注文した料理が運ばれてきて、おいしいごはんを堪能した。
 私もネコも料理には大満足。
 また来ようね、と約束もする。

 それから飲み物で口を潤しつつ、雑談に興じる。

 うん。
 ネコと一緒にいると、不思議と心が和らいでいく。

 落ち着くというか、安心できるというか……
 ずっとこうしていたいとさえ思う。
 これも、彼女の人柄がなせるものなのか?

「……ふう」

 しばらくおしゃべりをしたところで、ふと、ネコが遠くを見た。
 その横顔は、どこか憂いを帯びている。

「どうしたのですか?」
「……楽しいなあ、って」
「?」

 なにが言いたいのだろう?

 疑問に思うものの、でも、急かすようなことはしない。
 彼女の方から話してほしいと、私は待つことにした。

「……昔、さ」

 ややあって、ネコは口を開いた。

「あまり周囲とうまくいかなかったというか、いじめられてたことがあったんだ」
「そうなのですか?」

 信じられない。
 彼女なら、友達は百人はいると思っていた。

 でも、ふと思う。
 これが過去の話をするというイベントか?

「私って、マイペースというか強引というか……ほら、けっこうグイグイと行くところがあるでしょ?」
「ありますね」
「アリーシャは気にしないでくれるけど、でも、気にする子もけっこういるわけで……で、昔の私は、ちょっと人との距離のとり方を間違えていたというか……まあ、そんな感じだ」

 なるほど。
 だいたいのことは察した。

 私は、ネコのような積極性あふれる人は好ましいと思うのだけど……
 でも、誰もがそう思うわけじゃない。
 中には、そっとしておいてほしいと思う人もいるはずだ。

「で、ちょっとやらかしちゃったことがあって……それで、いじめられるようになったんだ」
「そうだったんですか……」
「ごめんね、こんな話をして」
「いえ」
「なんか、アリーシャには知っておいてほしかったというか……そんな気持ちになったんだ。だから、気がついたら口にしてた」

 たはは、とネコが笑い……
 それから頭を抱える。

「って……私、なにやってるんだろ。勝手に一人で話をして、反応に困る話題を持ち出して……はあああ、こんなだから昔、失敗したっていうのに……ダメだ。ぜんぜん成長してないし」

 自分でトラウマのスイッチを踏んでしまったみたいだ。
 ものすごく落ち込んでいる様子で、ネコは肩を落とす。

 でも私は……

「いいんじゃないですか?」
「え?」
「失敗してもいいんじゃないですか? 同じ失敗は繰り返さない、という話はよく聞きますが、実際には難しいものだと思います。何度も何度も失敗するのが当たり前ではないでしょうか?」
「それは……」
「取り返しのつかない失敗もありますが……でも、ネコのそれは違うでしょう? 何度失敗しても、何度でもやり直すことができる。そう思いますが」
「でも……それじゃあ、迷惑をかけてばかりじゃない」
「私は問題ありませんよ」
「……」

 なぜか、ネコが目を丸くした。

「グイグイと来るところが失敗なんて、私は思っていないので。むしろ、楽しいくらいです。だから、私は何度でも付き合いますし、一緒にいますよ」
「そう……なの?」
「はい。だって私達、友達じゃないですか」
「……」

 フィーのために仲良くしておかないと、という打算もあるのだけど……
 でも、それ以上に、私はネコのことを好ましく思う。
 友達であり続けたいと思う。

 だって、楽しいから。
 一緒にいると自然と笑顔になるから。

「友達だから……?」
「はい、そんな単純な理由です」
「単純かな……?」
「単純ですよ」
「……くは」

 ややあって、堪えられないという感じでネコが笑う。

「ダメ、ツボに入ったかも、あはは……こんなことを言うなんて、しかも公爵令嬢が……くふ、あははは」
「むう? なにがおかしいのでしょうか?」
「あははは」

 よくわからない。

 そんな私を気にすることなく、ネコは、しばらくの間、楽しそうに笑うのだった。
「ふう」

 アリーシャと別れたネコは、そのまま家に帰った。

 家族と軽い挨拶を交わしてから、自室へ。
 そのままベッドに仰向けに寝る。

「……」

 なにをするわけでもなく天井を見る。

 天井に向けて手を伸ばす。
 なにかを掴むように指を閉じて……
 それから、手の力を抜いた。

 そして、苦笑。

「困ったなあ」

 ベッドから降りて、机に向かう。
 引き出しを開けると、とある書類が。

 その書類に書かれている内容は……

『アリーシャ・クラウゼンを事故に見せかけて殺害しろ』

 そんな恐ろしい内容だった。

「ターゲットと仲良くなって、どうするんだろ、私」

 はあ、とため息がこぼれる。

 ネコ・ニルヴァレンは、普通の学生ではない。
 その正体は、暗殺者だ。

 ネコは孤児だ。
 物心ついた時には親はおらず、裏路地でゴミをあさり生きてきた。

 その後、妙な貴族に拾われた。
 ネコの境遇を哀れに思ったわけではない。
 自分に都合の良い殺人人形を作るために、ネコは貴族に拾われたのだ。

 以来、ネコは裏の技術を叩き込まれて……
 そして、初めて仕事を任されることになった。

 その仕事が、アリーシャの暗殺だ。

 初仕事だ。
 ここで失敗したら次はない。
 事実、任務をこなすことができなかった同じ境遇の子供は、以後、二度と姿を見ることはなかった。
 役立たずとして処分されたのだろう。

 ネコは、アリーシャを暗殺しなければならない。
 でなければ、殺されるのは自分だ。

 それなのに……

「……イヤ、だな」

 アリーシャの笑顔を思い返す。

 自分がしようとしているのは、その笑顔を消すということ。
 そう考えると迷いが生じてしまう。

「……迷い? 私が?」

 自身の変化に、ネコは驚いた。

 人を殺す技術だけではなくて、心も鍛えられてきた。
 きちんと人を殺せるように。
 迷うことがないように。
 氷のように冷たい心に作り変えられてきた。

 それなのに、なぜ、今更迷うのか?

「アリーシャの影響……なのかな」

 アリーシャの笑顔は太陽のようだ。
 温かくて、優しい。

 そんな彼女の近くにいると、ネコも笑顔になってしまう。

 アリーシャの温かい笑顔で心が溶かされて……
 殺人人形であることを忘れ、人間であることを思い出してしまう。

「ダメだ」

 ネコは迷いを振り切るように、頭を振る。

 迷うことは許されない。
 確実に仕事をこなさなければいけない。

 アリーシャを殺すことができなければ、逆に自分が殺されてしまう。
 役立たずの人形は捨てられてしまう。

 そんなことにはなりたくない。
 だから、アリーシャを殺すしかない。

「でも……私は、どうすればいいんだろう?」

 どうしても迷いを振り切ることができず……
 ネコは頭を悩ませ続けた。
「あら?」

 いつものようにフィーと一緒に家を出ると、アレックスの姿があった。

 登校途中、一緒になることは多いのだけど……
 でも、家の前で待っているのは初めてだ。

「おはようございます」
「おはよう、アレックス」
「ああ」

 挨拶をすると、彼はぶっきらぼうに頷いてみせた。

 私は別にいいのだけど……
 かわいいフィーが天使の笑顔で挨拶をしたらのだから、照れるなり動揺するなりしなさいよ。
 あなた、それでもヒーローか。
 私だったら悶えるほどに喜び、今日一日の幸せを確信するのに。

 フィーが不思議そうに問いかける。

「アレックス、どうしたの?」
「あー……その、なんだ。ちょっとしたことがあって、一緒に行こうかな、って」
「ちょっとしたこと?」
「シルフィーナ達の親父さんに頼まれて……いや、なんでもない」
「?」

 詳細を説明されず、フィーは小首を傾げた。

 私も首を傾げる。
 どうやら、父さまになにか頼まれたらしいが……
 でも、アレックスは詳細を説明するつもりはないようだ。

 隠し事をする時は、だいたい、やましいことを抱えているか説明しづらい状況のニパターンだ。

 アレックスはバカがつくような正直者なので、前者はないだろう。
 そうなると後者か。

 説明しづらい状況……
 なにか不安になるようなことがあり。
 私達に配慮して、口を閉ざしている……という可能性が高そうだ。

 ただ、詳細まで想像することはできない。
 私達を不安にさせてしまうようなこと……いったい、なんだろう?
 私の破滅の未来が関わっているのかもしれないが……
 しかし、それはまだ先のはず。

 うーん?

「ほら、学院に行こうぜ。のんびりしてたら遅刻する」
「うん、そうだね。アリーシャ姉さま」
「……そうですね」

 考えても今は答えが出そうにない。
 頭の片隅に留めておくことにして、私達は学院に向かう。



――――――――――



「おはよう、アリーシャ」
「おはようございます、ネコ」

 教室に入ると、ネコが笑顔で迎えてくれた。

 挨拶を交わして自分の席へ。
 すると、ネコが後を追いかけてくる。

「ねえねえ、アリーシャ。ちょっといい?」
「はい、なんですか?」
「今日の放課後、予定はある?」
「今日ですか?」

 突然だな?
 怪訝に思いつつ、予定を思い返す。

 フィーを誘い、イチャイチャしようと思っていたのだけど……
 まだ本人に話はしていない。

「ないといえば、ないですが」
「よかった。なら、ちょっと時間をくれない? 大事な話があるんだ」
「はあ……」

 大事な話とはなんだろう?
 考えてみるものの、うまく思いつかない。

「平気?」
「はい、大丈夫ですよ」

 大事な話の内容は気になるものの、教室で問いかけるわけにはいかない。
 放課後、ちゃんと確認することにしよう。

「っと、先生が来ちゃった。また後でね」
「はい。あ、ネコ」
「うん?」
「今日のお昼、一緒に食べませんか?」
「え?」

 いつもフィーと一緒に食べているのだけど……
 今日は、アレックスとジークと一緒するらしい。

 彼らは、私のフィーを狙っているのだろうか?
 そう考えると、ムッとしてしまうものの……

 とはいえ、フィーがもしも彼らのことを気にしていたら、それを邪魔するわけにはいかない。
 非常に……ひじょうううううに不本意だけど、食事くらいなら邪魔をしてはいけない、と考えるようになった。

 それに……

「ネコと一緒にごはんを食べたいんです」
「そう、なの?」
「はい。友達ではありませんか」

 妹ばかりを優先して、友達をないがしろにしてはいけない。
 それに、ネコと一緒にいると楽しい。
 一緒にごはんを食べると、きっと笑顔で過ごすことができるはずだ。

「……」

 ネコはキョトンとして……

「うん、そうだね」

 なぜか、泣きそうな顔をするのだった。
 放課後。

 フィーに先に帰るように言った後、私は屋上へ。
 待ち合わせ場所として、ネコが屋上を指定してきたのだ。

「ネコは……まだ来ていないみたいね」

 学院の屋上は広い。
 その空間を活かして、小さな公園が作られている。
 池とベンチもあり、憩いの場として学生に利用されている。

 ただ、今は誰もいない。
 普段は、放課後でも人が多いのだけど……?

「なにかしら?」

 屋上に繋がる扉を潜る時、妙な感覚を覚えた。

 一瞬、平衡感覚が曖昧になるというか……
 水の中を潜ったというか……
 そんな不思議な感覚。

「アリーシャ」

 振り返ると、ネコがいた。

 いったい、いつからそこにいたのか?
 さっき見た時は、誰もいなかったように思えたのだけど……

 まあいいか。
 細かいことは気にせず、友達を笑顔で迎える。

「待っていましたよ、ネコ」
「……ありがと、来てくれて」

 やはりというか、ネコの表情は暗い。
 あいにくの曇り模様だ。

 朝から様子がおかしく……
 昼を一緒した時も、半分くらい残していて……

 いったい、どうしたのだろう?
 心配だ。

 この後の大事な話で、悩み事を打ち明けてくれるのだろうか?

 打ち明けてくれたとして……
 力になれることはあるだろうか?
 無理難題だったりしないだろうか?

 彼女の力になれないことがあったとしたら、それが怖い。

「それで、ネコ。大事な話というのは?」
「うん。そのことなんだけど……」

 ネコは一歩、前に出た。

 そして……
 どこからともなく短剣を取り出して、その刃を私に向ける。

「死んでくれないかな?」
「え?」

 突然の展開についていけず、思考が停止してしまう。

 その間にネコは一気に距離を詰めてきた。
 速い。
 私は反応することができず、喉元に短剣を突きつけられてしまう。

「ネコ、あなたは……」
「ごめんね。これが私の正体なんだ」
「もしかして……暗殺者?」
「正解」

 ネコは冷たく笑う。

 なんてことだ。
 まさか、彼女が暗殺者だったなんて。
 そんな衝撃的な事実……

 いや、待てよ?
 そういえば、そんな設定があったような気がする。

 主人公の親友は、一見すると優しい少女。
 しかし、二つの秘密がある。
 一つは隠しルートで判明するらしく、それをプレイしていない私はわからない。

 ただもう一つはわかる。
 彼女は暗殺者だ。

 悪役令嬢から依頼をされて、主人公を殺そうとする親友。
 でも、主人公の優しさに救われて裏稼業から手を洗い、本当の親友となる。

 ……そんなイベントがあったことを思い出した。
 そういうイベントを無視して、何度もバッドエンドを迎えていたため、思い出すのが遅れてしまった。

 でも、一つ謎がある。

「ネコは……どうして、私を?」

 ゲームでは、ネコに依頼をしたのは悪役令嬢。
 つまり、私だ。

 でも、私はそんなことはしていない。
 自分で自分を狙うとか滑稽な話だ。

 いったい、誰が私を狙っているのだろう?

「教えると思う?」
「冥土の土産に、というのがお決まりのパターンではありませんか?」
「……意外と余裕あるね」
「なんででしょうね。自分でも不思議です」
「実感が湧いていないのかな? もしかして、夢だとか思っている?」
「いいえ、そのようなことはありませんよ。ただ……」
「ただ?」
「ネコは私を殺さない、そう思っているので」
「……」

 人を殺せないだろう?
 そう言われたと感じたらしく、ネコが険しい顔に。

 でも、そんな意味で言ったつもりはない。

「ネコは優しい子ですからね。人を殺すことなんてできませんし、ましてや、虫を殺すのもためらってしまうほどです」
「そんなことはない」
「なら、どうして私をすぐに殺さないんですか? 話をする意味はないと思いますが? その短剣を少し、前に突き出すだけですよ」
「そ、それは……」

 この展開は予想外だけど……
 でも、私は落ち着いていた。

 ゲームの知識があるからじゃない。
 それ以上に、ネコ・ニルヴァレンという友達を信じているのだ。

「さあ、殺さないのですか?」