「別に、あんたのためじゃねえからな。シルフィーナを悲しませたくないだけだ、勘違いするなよ?」

 と、アレックスがツンデレたっぷりに。

「自分の間違いをそのままにしておくことはできない、それだけだよ」

 と、ジークは誠実な態度で。

「困っている生徒がいるのなら力になる、それが教師というものだ」

 と、ユーリが教師らしく正しいことを口にして。

「アリーシャ様のために、僕もできることをさせてください」

 と、エストが健気なことを言ってくれて。

 そのような感じで……
 みんながあれこれと動いてくれたおかげで、私の悪評は少しずつ消えていった。
 色々とあったものの、これでプラスマイナスゼロのスタート地点に戻ることができた。

 時間は消費されてしまったものの、誰からも恨みを買っておらず、破滅イベントも発生していない。
 そのことを考えると、かなりの成果だと言える。

「……さて」

 これからどうしよう?
 家の自室で一人になった私は、今後のことを考える。

 もちろん、破滅回避は必須だ。
 新しく拾った命。
 悪役令嬢であろうと捨てたくなんてない。

 みっともなくても。
 情けなくても。
 必死にしがみついて、生き抜いていきたい。

 ただ……

「そのためにヒーローを攻略する……ゼノスを篭絡する……なんていうか、違う気がするんですよね」

 好きでもないのに、好かれてもらう。
 下心ありで好きになってもらう。

 こんなことを言うと、私は甘いのかもしれない。
 子供なのかもしれない。

 それでも……
 そういう、人の心を思い切り利用してはいけない気がするのだ。
 今更ながら、そう思う。

「一時は、それが最善と考えていましたが……はぁ。我ながら、なにをしているのやら。そんなことをしたら、それこそまさに悪役令嬢ではありませんか。そんな生き方をして、なにが楽しいのやら」

 生きるのは最優先ではあるが……
 なりふり構わない、というのは綺麗じゃない。
 甘いと言われようが、最低限のプライドは維持したい。
 でなければ、ただの畜生ではないか。

「そうなると、ヒーローを攻略することもゼノスを篭絡することも、私のやりたいことではないんですよね」

 長い時間、ヒーローと接していれば、彼らに惹かれるかもしれない。
 ゼノスと一緒に過ごせば、もっと、と思う時が来るかもしれない。

 ただ、今はそんなつもりはないわけで……
 かもしれない、という理由で一緒にしても仕方ないわけで……
 そんなことをしたら、やっぱり打算が根本にあるわけで……

「……やりたいことをやりたいですね」

 それでいて、世界の強制力に逆らい、悪役令嬢だとしても生き延びる道を見つけたい。

「ふむ」

 私のやりたいこと。
 それは、いったいなんだろう?

 考える。
 考える。
 考える。

「……思い浮かびませんね」

 考えすぎて、頭が痛くなってしまいそうだ。

 元々、考えるのは苦手だ。
 無理に思い浮かべようとするのではなくて、自然に思い浮かぶものが必要なのだろう。

「……」

 軽く深呼吸をして、体の力を抜いた。
 目を閉じてリラックス。

 そうやって自然体になって、思い浮かぶことは……

「アリー姉さま?」

 コンコンと扉がノックされて、フィーの声が聞こえてきた。

「私です、シルフィーナです。今、少しいいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」

 扉が開いて、フィーが姿を見せた。
 トレーを持っていて、そこにクッキーと紅茶が並べられている。

「フィー、それは……?」
「アリー姉さまと一緒にお茶をしたくて、自分で全部用意をしてみたんですけど……」
「フィーが全部?」
「は、はい。クッキーを作って、紅茶も自分で淹れてみました。あの、その……お口に合うかわかりませんが、どうでしょうか……?」

 ちょっと不安そうなフィー。
 上目使いでこちらを見る。

 その仕草は、あざといの一言。
 でも、かわいいから許す。
 かわいいは、絶対的な正義。

 うん。
 私の妹は、本当に天使。

「……あれ?」

 胸に広がる甘い感情。
 これは、もしかして……

「……ああ、なるほど」

 これが、私が本当にしたいことか。