その後、アレックスと別れて……
エストと一緒に店を出て……
それからエストとも別れて、家に帰る。
思わぬところでアレックスの好感度を上げることができたのは、良い収穫だった。
本来なら笑顔で喜ぶところなのだけど……
「フィーは大丈夫でしょうか……?」
今の私の頭は、風邪を引いたフィーのことでいっぱいだった。
一刻も早く薬を届けよう。
そして、寝るまで看病をしよう。
屋敷の廊下をスタスタと歩いて、一直線に妹の部屋へ。
「フィー、具合はどう……です、か……?」
「む?」
ベッドの上で体を起こしているフィー。
そんな妹と話をしているのは、ジーク・レストハイムだった。
「レストハイムさま……? どうして、こちらに……」
「君は……そうか。君は、シルフィーナの姉だったか」
そう言うジークの顔には、私に対する嫌悪感がハッキリと刻まれていた。
アレックスと同じように、デレてくれていたら楽だったのだけど……
そうそう、簡単に行くことはないようだ。
「レストハイムさまは、どうされたのですか?」
私は笑顔で問いかける。
向こうが私を嫌っていても、あくまでも、仲良くしましょう? というスタンスを貫かないと。
でないと、本当に手遅れになってしまう。
「アリー姉さま、ジークさまは私のお見舞いに来てくれたんです……こほ、こほ」
「シルフィーナ、無理をして喋ることはない。寝ていた方がいいよ」
「大丈夫です。咳はちょっと出ますけど、今は気分がとてもいいので」
「そっか。それならいいけど、あまり僕に心配をかけないでくれ」
「はい、すみません」
……なんだろう、この甘い空気は?
フィーは、いつからジークのことを名前で呼ぶように?
ジークも、いつからフィーのことを名前で呼ぶように?
そして、この二人の間に流れる甘い空気。
もしかして、二人はすでにそういう関係に……!?
ヒーローとヒロインなのだから、そうなっていてもおかしくないのだけど……
いやいやいや。
でも、やっぱりダメ!
フィーは、私の妹。
世界で一番愛している妹。
姉の許可なく付き合うなんて許しません!
「いつもありがとうございます、ジークさま」
「いいさ。友達の心配をするのは当たり前のことだろう?」
「えへへ」
友達、という単語に反応して、フィーがうれしそうな顔に。
そこに恋慕の念は見られない。
ふむ。
まだ恋人関係に発展しているわけではなさそうだ。
友達のちょい上、親友の手前の手前、というくらいかな?
どこでイベントをこなしたのかわからないが……
二人は順調に仲を深めているらしい。
フィーに恋人ができるなんて、とても気に入らないのだけど……
でも、それで妹が幸せになるのなら、涙を飲んで我慢しなければいけないのだろう。
「フィーは、いつの間にレスとハイムさまと仲良くなっていたのですか?」
「えっと、実は……」
フィー曰く……
街で暴漢に襲われそうになったところをジークに助けられたらしい。
そこから交流が始まり、友達になって……
今に至る。
どうやら、私の知らないところでジークと出会うイベントが発生していたみたいだ。
ゲーム本来の流れになっている。
「そうだったのですか……妹を助けてくださり、誠にありがとうございます。深く感謝いたします」
「いや、それは構わないのだけど……」
なぜかジークが驚いた顔に。
「どうされたのですか?」
「いや……まさか、君に頭を下げられるなんて思ってもいなかったからね。噂では、頭を下げることはできず、人を顎で使ってばかりとのことだったから」
「そんなことはありませんっ!!!」
また私の悪評か……と諦めていたら、フィーが大きな声をあげた。
風邪を引いていて辛いはずなのに、必死な顔をして言う。
「アリー姉さまがそんなことをするはずありません! 全部、根も葉もない噂です! アリー姉さまは優しくて頼りになって、いつも甘えさせてくれてなでなでしてくれて、優しくて、大好きなお姉さまです!!!」
「「……」」
突然の告白に、私とジークはぽかんとしてしまう。
「フィー?」
「……あっ」
考えてしたことではないらしく、フィーは恥ずかしそうに顔を赤くした。
でも、だからこそ……
今の台詞は心の底から出てきたものなのだろう。
つまり、まごうことなき本音。
フィーは、私のことが大好き。
大好き……大好き……大好き……愛している……
「フィー!」
「ふやっ!?」
感極まり、ついついフィーを思い切り抱きしめてしまう。
それから頭をなでて、頬をすりすりして、もう一度頭を撫でた。
「あ、アリー姉さま!?」
「……こほん」
我に返り、フィーから離れた。
「私も、フィーのことが大好きですよ?」
「あ……はい! アリー姉さま」
フィーがにっこりと、花が咲いたような笑顔を見せる。
かわいい。
本当にかわいい。
私の妹、天使すぎる。
「……ぷっ」
ふと、耐えられないという感じでジークが笑う。
「あはははっ」
「どうされたのですか?」
「いや……まさか、あの悪名高いアリーシャ・クラウゼンが、このようなシスコンだったなんて」
「当たり前です! このようなかわいい妹がいるのだから、その虜になるのは当然でしょう」
「くはっ、あははは! まさか、開き直るなんて……ははは、ダメだ、本当におかしい」
涙すら浮かべて、ジークが笑う。
はて?
そんなにおかしいことを言っただろうか?
ジークはひとしきり笑い……
ややあって落ち着きを取り戻すと、私に視線を移動する。
「すまなかった」
「え?」
突然、頭を下げられてしまう。
「噂なんかに踊らされて、アリーシャ・クラウゼンという人物を見誤っていた。今まで不快な思いをさせたと思う……本当にすまない」
「えっと……」
思いもよらない謝罪に、ついついキョトンとしてしまう。
だって、ねえ……
ジーク攻略は完全に諦めていた。
攻略を狙うよりは、断罪イベントをいかに回避するべきか考えた方がいい、って思っていたほどだ。
それなのに、ここに来て態度を急転させるなんて。
いや。
この展開はうれしいことなんだけどね?
ただ、あまりにも都合が良すぎるから、何者かの関与を疑ってしまう。
例えば、あの性根がねじ曲がった邪神とか。
持ち上げて……
そして、ここぞというタイミングで叩き落とす、みたいな。
そんな罠を警戒してしまう。
でも、そんなことはなかった。
「失礼ですが、どうして今になってそのような考えに?」
「そうだな……以前から、そういう噂が流れていたんだ」
「噂?」
「君は何者かにハメられた、とね。本来なら噂で流すところなんだけど、色々と小さな証拠が出てきて……それで、気になって自分でも色々と調べた。そして……今のやりとりを見て確信したよ」
「なるほど……そうですか」
うん。
あれは、うまくいったみたいだ。
「どうだろう? 謝罪を兼ねて、今度、一緒に食事でも……」
「え? 私ですか?」
「ああ」
「フィーではなくて?」
「君だね」
「えっと……」
やっぱり、これはなにかの罠なのでは?
すっかり疑り深くなってしまう私だった。
「むう。ジークさま、アリー姉さまを独り占めするのはよくないと思います」
フィーの頬が膨らむ。
もしかして、私を取られると思い、ジークに嫉妬?
あらやだ。
かわいすぎる。
この子、やっぱり天使。
「というか……」
「いたっ」
こつん、とフィーにげんこつを落とす。
愛する妹に手を上げたくなんてないけれど……
しかし、これは愛のムチなのだ。
「風邪を引いているのですから、おとなしく寝ていないとダメでしょう」
「で、ですが、もうだいぶ良くなってきて……いたっ」
もう一回、げんこつ。
「風邪は治りかけが大事なのですよ? 無理はしないで、おとなしく寝てください」
「……すみません」
しょんぼりとした様子で、フィーは寝ようとする。
「フィー」
「はい……?」
「少し強く言い過ぎたかもしれません。ごめんなさい」
「あ……い、いいえ! 私が悪いだけで、アリー姉さまはなにも悪くありません!」
「ほら、だからそのように興奮しない」
「す、すみません……」
フィーは恥ずかしそうにしつつも、まだまだ元気はある様子。
風邪はだいたい治っているのだろう。
とはいえ、さっき言ったように治りかけが大事なので、気をつけてもらわないといけないが。
「薬を買ってきました。後で飲んでくださいね」
「ありがとうございます」
「それと……申し訳ないのですが、レスとハイムさまは……」
「ああ、わかっているよ。無理をさせるわけにはいかないし、この辺りで失礼しよう」
「申しわけありません」
「いや、気にすることはないさ」
追い出されたのではないかと、そう思われたら厄介だったのだけど……
そんなことはなくて、こちらに理解を示してくれた。
さすがヒーローだ。
……なんて思っていたら。
「……後で話をしたい」
部屋を出る前。
ジークは、そっと耳打ちしてきた。
「話というのはなんでしょうか?」
フィーのお見舞いを終えて……
ジークを客間に案内した。
念のため、人払いも済ませている。
二人だけ、ということは、それなりに大事な話なのだろう。
「今更なにを、と思うかもしれないけど……君の名誉を回復する手伝いをさせてくれないか?」
「……え?」
突然の話に、思わず間の抜けた声が出てしまう。
本気なのだろうか?
「……」
ジークは真剣な顔で、まっすぐにこちらを見ている。
嘘や冗談を言っているようには見えない。
本気で私のことを考えてくれているのだろう。
でも……
彼の話通り、今更どうして?
「……信じてもらえるかわからないが、反省したんだ」
「反省……ですか?」
「自分の目で確かめることなく、噂に流されて……君のことを傷つけてしまった。追い込んでしまった。王子としてあるまじき失態だ」
「……」
「その償いになるか、わからない。今更と言われても仕方ない。ただ……このままではいけないって、みんなでそう決めたんだ」
私は悪役令嬢なのに、断罪されるどころか謝罪されている。
いや、これは……
どういう状況?
まったく先を読むことができず、混乱してしまう。
「……今、みんなで、とおっしゃいました?」
「ああ。他にも、いくらか賛同者がいてね。シルフィーナの幼馴染のアレックスも賛同しているよ」
「そうだったのですね……」
アレックスも賛同していたのか。
それで、薬を買いに行った時、あんなにも素直だったのか。
……まあ、ツンデレ気質だから、最初はツンツンしていたけれど。
あの時、話をしなかったのは素直になれなかったのもあるのだろう。
「どう……かな? 我ながら身勝手な話ではあるが、それでも、君に協力させてくれるとうれしい」
「……」
私は少し考えて……
にっこりと笑いつつ、言う。
「アリーシャ、でお願いします」
「え?」
「アリーシャと名前で呼んでくださるとうれしいです。私達、これからはお友達になるのでしょう?」
「……ありがとう、アリーシャ」
握手をして仲直り。
そして、私は内心で……
ニヤリと笑っていた。
私の汚名返上作戦。
どうやらうまくいったみたいだ。
ヒーローの攻略を諦めるにしても、悪感情を持たれたまま放置しておくわけにはいかない。
そんなことをしたら、そのうち断罪イベントが発生してしまうからだ。
なので、最低限、私に関する悪評を消して、悪印象を払拭する必要があった。
そのために、コツコツと裏で仕込みを行ってきた。
悪評を無理に消そうとしたり、否定したりしない。
ただ、誰かが意図的にやっているものと、思考を誘導する。
そのための証拠もあちらこちらに小さくたくさんばらまいておく。
賢いヒーロー達のことだ。
こうしておけば、後は勝手に気づいて事を進めてくれるだろう。
こうした作業をするにあたり、役に立ったのがスマートフォンだ。
ネットに繋がらない、通話はできない、メールを送れない。
でも、それらを除いたとしても、写真や動画を撮ったり、便利なアプリを起動したり、音声を合成したり……色々なことができる。
小型パソコンのようなもので、この世界では完全なオーバーテクノロジー。
それをうまく駆使すれば、信憑のある話をばらまくことができる、というわけだ。
そんな地味な努力が実ったらしい。
よかった、無駄な作業にならなくて。
「同じく、ジークと名前で呼んでほしい」
「よろしいのですか……?」
「ああ、問題ないさ。立場的に問題はないし……アリーシャとは、仲良くやっていきたいと思う」
「ありがとうございます、ジークさま」
うまい具合に友好を結ぶことができたと思う。
うまくいきすぎてちょっと怖いのだけど……
まあ、よしよし。
失敗するよりも、うまくいった方がいい。
まあ……
背後であの邪神が動いている可能性もあるため、気をつけるに越したことはないが。
――――――――――
これからについて、ジークといくらか話し合いを重ねて……
そして夕方。
「じゃあ、また」
「はい、また」
家を出るジークを見送る。
あれこれと話し合っていたら、こんな時間になってしまった。
でも、とても有意義な時間を送ることができたと思う。
これなら、私の悪評を取り除くことができるかもしれない。
「とはいえ……」
アレックス、ジークの好感度は、ほぼほぼプラスマイナスゼロになった。
二人を攻略するつもりはないので、これ以上、無理に上げる必要はない。
「うーん」
ふと、迷う。
私は悪役令嬢。
この世界で生き延びるには、誰かと結ばれなければいけない。
ただ、ユーリのように、誰かの恋路を邪魔したくはないし……
生き延びるため、という打算的な理由では、恋をすることはできそうにない。
これでも意外と純情なのだ。
自分で言うな、ということになるが。
それはさておき。
「私、どうするのが最善なんでしょうね……?」
「別に、あんたのためじゃねえからな。シルフィーナを悲しませたくないだけだ、勘違いするなよ?」
と、アレックスがツンデレたっぷりに。
「自分の間違いをそのままにしておくことはできない、それだけだよ」
と、ジークは誠実な態度で。
「困っている生徒がいるのなら力になる、それが教師というものだ」
と、ユーリが教師らしく正しいことを口にして。
「アリーシャ様のために、僕もできることをさせてください」
と、エストが健気なことを言ってくれて。
そのような感じで……
みんながあれこれと動いてくれたおかげで、私の悪評は少しずつ消えていった。
色々とあったものの、これでプラスマイナスゼロのスタート地点に戻ることができた。
時間は消費されてしまったものの、誰からも恨みを買っておらず、破滅イベントも発生していない。
そのことを考えると、かなりの成果だと言える。
「……さて」
これからどうしよう?
家の自室で一人になった私は、今後のことを考える。
もちろん、破滅回避は必須だ。
新しく拾った命。
悪役令嬢であろうと捨てたくなんてない。
みっともなくても。
情けなくても。
必死にしがみついて、生き抜いていきたい。
ただ……
「そのためにヒーローを攻略する……ゼノスを篭絡する……なんていうか、違う気がするんですよね」
好きでもないのに、好かれてもらう。
下心ありで好きになってもらう。
こんなことを言うと、私は甘いのかもしれない。
子供なのかもしれない。
それでも……
そういう、人の心を思い切り利用してはいけない気がするのだ。
今更ながら、そう思う。
「一時は、それが最善と考えていましたが……はぁ。我ながら、なにをしているのやら。そんなことをしたら、それこそまさに悪役令嬢ではありませんか。そんな生き方をして、なにが楽しいのやら」
生きるのは最優先ではあるが……
なりふり構わない、というのは綺麗じゃない。
甘いと言われようが、最低限のプライドは維持したい。
でなければ、ただの畜生ではないか。
「そうなると、ヒーローを攻略することもゼノスを篭絡することも、私のやりたいことではないんですよね」
長い時間、ヒーローと接していれば、彼らに惹かれるかもしれない。
ゼノスと一緒に過ごせば、もっと、と思う時が来るかもしれない。
ただ、今はそんなつもりはないわけで……
かもしれない、という理由で一緒にしても仕方ないわけで……
そんなことをしたら、やっぱり打算が根本にあるわけで……
「……やりたいことをやりたいですね」
それでいて、世界の強制力に逆らい、悪役令嬢だとしても生き延びる道を見つけたい。
「ふむ」
私のやりたいこと。
それは、いったいなんだろう?
考える。
考える。
考える。
「……思い浮かびませんね」
考えすぎて、頭が痛くなってしまいそうだ。
元々、考えるのは苦手だ。
無理に思い浮かべようとするのではなくて、自然に思い浮かぶものが必要なのだろう。
「……」
軽く深呼吸をして、体の力を抜いた。
目を閉じてリラックス。
そうやって自然体になって、思い浮かぶことは……
「アリー姉さま?」
コンコンと扉がノックされて、フィーの声が聞こえてきた。
「私です、シルフィーナです。今、少しいいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
扉が開いて、フィーが姿を見せた。
トレーを持っていて、そこにクッキーと紅茶が並べられている。
「フィー、それは……?」
「アリー姉さまと一緒にお茶をしたくて、自分で全部用意をしてみたんですけど……」
「フィーが全部?」
「は、はい。クッキーを作って、紅茶も自分で淹れてみました。あの、その……お口に合うかわかりませんが、どうでしょうか……?」
ちょっと不安そうなフィー。
上目使いでこちらを見る。
その仕草は、あざといの一言。
でも、かわいいから許す。
かわいいは、絶対的な正義。
うん。
私の妹は、本当に天使。
「……あれ?」
胸に広がる甘い感情。
これは、もしかして……
「……ああ、なるほど」
これが、私が本当にしたいことか。
いつものように朝がやってきた。
ベッドから降りて、学院の制服に着替えて。
家族みんなで朝食を食べて。
それから、フィーと一緒に登校する。
そんな、なんてことのない普通の朝。
でも、とても大事な時間だ。
「えっと……」
学院に向かう途中、フィーがちらちらとこちらを見る。
その顔は赤い。
「どうしたのですか、フィー」
「その……どうして、手を繋いでいるんですか?」
私は、離してたまるものかとフィーと手を繋いでいた。
手を離したらフィーがどこかへ行ってしまうような気がする……とか、そんなセンチメンタルな理由ではない。
他に問題があるわけでもない。
ただ単純に、かわいい妹と手を繋ぎたいだけだ。
私達は女同士。
そして姉妹。
うん、なんの問題もない。
セーフ。
「フィーはイヤですか?」
「い、いえ! そんなことないです! むしろうれしいです!」
その言葉が本物であることを示すかのように、フィーは優しくはにかむ。
かわいい。
私の妹、マジ天使。
「よう、シルフィーナ」
「おはよう」
アレックスとジークの姿が。
たぶん、フィーと一緒に登校するため、待っていたのだろう。
「……なんか、仲が良いな。二人共」
「……本当に」
アレックスとジークは、手を繋ぐ私達を見て、なんともいえない微妙な態度に。
メインヒロインを独占しているから、ヒーローとしてはおもしろくないのだろう。
あわよくば自分が……とか思っていたかもしれない。
でも残念。
フィーと手を繋ぐ権利は、姉の私にしかありません!
「おや? 奇遇だね」
「おはようございます!」
ユーリとエストとも出会う。
こちらはただの偶然だろう。
下心を持つような性格をしていないからな。
ただ、私とフィーが手を繋いでいることに思うところはあるらしく、少し微妙な顔をしていた。
まあ、これも嫉妬というわけではないだろう。
ユーリは教師としての道徳観から。
エストは私に懐いているので、その点から気になるのだろう。
ふっふっふ。
皆の憧れのメインヒロインを独占する私。
本来の意味とはズレているものの、でも、悪役令嬢っぽい。
でも、やめない。
このままフィーを独占する。
それが私のやりたいことだ。
破滅する?
世界の強制力?
そんなものはどうでもいい。
というか、そういう余計なことを考えすぎたせいで、やりたいことを見失っていたのだ。
同じミスは繰り返さない。
悪役令嬢から脱却しないと断罪されてしまうとか、破滅してしまうとか。
それは確かなのかもしれないけど……
でも、必要以上に怯える、警戒するのはやめた。
悪役令嬢だろうとそうでなかろうと、人はいつか死ぬ。
破滅を避けられたとしても、その翌日、事故であっさりと死んでしまうかもしれない。
そう考えたら、あれこれと警戒して怯えるのがバカらしくなったのだ。
一度きりの人生。
やりたいようにやって、後悔のないように生きよう。
うん。
要するに、私は開き直ることにしたのだ。
「アリー姉さま」
「なんですか?」
「その……私の勘違いだったら申しわけないんですけど、なにかありましたか?」
「なにか、とは?」
「アリー姉さまの様子がちょっと違うような……? うまく言葉にできないんですけど」
「そうですね。なにかあったといえば、ありましたよ」
私の変化を察してくれている。
それはつまり、私のことをよく見てくれているということ。
……なんて。
そんな都合の良い解釈をして、にへら、と笑みを浮かべそうになってしまう。
でも、自制。
立派な姉という見栄を張りたいため、フィーの前ではしっかりしないと。
「なにがあったんですか?」
「そうですね……それは秘密です」
「えぇ、ずるいです。教えてほしいです」
ぷくー、と頬を膨らませるフィー。
ダメだ。
かわいすぎる。
私の心はノックアウト寸前。
考えていることだけではなくて、悪役令嬢のこととか、なんでもかんでも話してしまいそうになる。
でも、そんなことをしたら余計な心配をかけてしまうので、さすがに我慢した。
「教えてほしいですか?」
「はい!」
「なら、私の言うことをなんでも聞いてくれますか?」
「なんでも……ですか?」
「どうですか?」
「うー……んー……はい!!!」
フィーさん。
そんな気軽に頷かないで。
とんでもない要求をしたら、どうするの?
まあ……
天使のようなフィーだから、それでも頷いてしまいそうだけど。
……アリか?
って、ダメだダメだ。
悪魔に心を売り渡してはいけない。
「やはりダメです」
「うぅ、ずるいです」
「大したことはありません。ちょっとした価値観の修正というか、考え方を変えることにしただけです」
「考え方を?」
「ざっくりと言うと、前向きになろう、と決めたのですよ」
「???」
フィーは不思議そうな顔をしていた。
でも、話せるのはここまで。
後は、やはり秘密だ。
「フィー」
繋いだ手に少し力を込める。
……気がつけば、私は乙女ゲームの世界に転生していた。
しかも、悪役令嬢。
破滅を回避するために奔走して。
でも、一度は失敗して。
やり直すことができたけど、でも、問題だらけで。
正直に言うと、何度も心が折れかけた。
虚勢を張っているだけで、ダメになりかけたことは数え切れない。
でも……
その度に、フィーに助けられた。
何気ない言葉をかけられるだけでも、すごく元気になれた。
まだまだがんばろうって、気力があふれてきた。
全部、フィーのおかげ。
大事な大事な妹のおかげ。
そんな恩を除いても……
フィーはかわいくて、愛する妹だ。
だから私は……
「フィー」
「はい?」
「これからも、あなたを溺愛しますからね」