ゼノスを攻略するに辺り、必要なものは彼女の情報だ。
どんな食べ物が好きなのか?
犬派なのか猫派なのか?
嫌いなものは?
そういった好みを把握することが大事だ。
仮に、ゼノスが野菜嫌いだったとして……
野菜がメインの料理店に連れて行ったらマイナスになってしまう。
そういう事態を避けるために、彼女の趣味趣向を知っておきたいのだけど……
「ところで、ゼノスはなにか趣味はありますか?」
「ふふ、どうかしら」
散歩の途中、何気なく尋ねてみるものの、笑顔であしらわれてしまう。
彼女は私の意図を察しているのだろう。
その上で、簡単には攻略させてやらないと、とぼけているのだろう。
なんて嫌な性格。
少しくらいヒントをあげてもいいのに。
さすが邪神。
「そうですね……では、釣りをしましょうか」
「は?」
「釣りですよ、釣り。もしかして、ご存知ありません?」
「いえ、知っているけど……普通、公爵令嬢が釣りをする?」
「趣味は人それぞれなので」
そんな話をしつつ、公園の奥にある釣り堀へ。
竿と餌をレンタル。
その際、いくらかの店員がざわついていた。
たぶん、私の素性を知っている人がいたのだろう。
でも気にしない。
今は、ゼノスを攻略することだけを考える。
ゼノスと一緒に釣り堀へ移動して、並んで竿を振る。
「……」
「……」
じっと前を見ているせいか、自然と無言になってしまう。
でも、これでよし。
ゼノスと仲良くおしゃべりするところなんで、今はまだ、まったく想像できない。
だから、まずは肩を並べることに慣れることにした。
多少、強引な方法ではあるものの、こうすれば無言で一緒にいても問題はない。
のんびり、ゆっくりと長い時間を過ごすことができる、というわけだ。
「……ねえ」
釣りを始めて五分。
ふと、ゼノスが口を開いた。
「なんですか?」
「ぜんぜん釣れないんだけど?」
「まだ始めて五分じゃないですか。そんなにすぐには釣れませんよ」
「つまらないわ」
そう言って、ゼノスが釣りを投げ出そうとするのだけど……
「あら。神様とあろうものが、もう降参するのですか?」
「……なんですって?」
「神様なのに釣りもできないのですね……くす」
思い切り挑発してやると、
「誰もやめたなんて言ってないでしょう。釣りなんて簡単よ、すぐに釣ってみせるわ。みせるとも、ええ」
再び竿を持つゼノス。
ちょろい。
「今、笑った?」
「いえ、気の所為では」
さすが神様。
勘は鋭い。
「……ヒマね」
「私は、そうでもありませんよ」
「なんでよ? あなたも釣れてないじゃない」
「ゼノスと一緒ですからね。一緒に同じことをしている……それだけでも、けっこう楽しいものですよ」
「……そ」
呆れられたかな?
でも、再び投げ出そうとしないところを見ると、なんだかんだで楽しんでくれているのかもしれない。
まあ……
色々と打算が働いているのだけど、これはこれで楽しい時間だ。
のんびり釣りを楽しむことにしよう。
「……ところで、どうして釣りなのかしら?」
「そうですね……」
計算しての行動なのだけど、それは口にしない方がいいような気がした。
あと、他にも一応理由はある。
「単純に、好きなんですよ」
釣りは好きだ。
今世ではあまりする機会がないのだけど……
前世では、よく釣りをしていた。
釣り堀や川。
時に海まで行って、釣り糸を垂らしていたものだ。
魚を釣る楽しみもあるのだけど……
それ以上に、のんびり過ごすことができたのが、良かったのだと思う。
のんびり過ごすことができる、っていうのは、なかなか貴重な時間だと思う。
贅沢な趣味だと思う。
だから好きなのだ。
「好きなものを好きに楽しむ……ただ、それだけのことですね」
「ふーん」
「できれば、好きな趣味を共有したい、っていう思いはありますけどね。でも、無理強いはしませんよ」
押しつけられた趣味なんて、まったく楽しめないからね。
やっぱり趣味は好きであるべきだ。
「あいにく、私は釣りは好きになれそうにないわ」
「それは残念ですね」
「ま……あなたと一緒にいると、色々とあって面白いから、そこはいいけどね」
「ありがとうございます」
一歩前進、かな?
――――――――――
その後も、一緒に昼を食べて。
午後は店を見て回り。
ゼノスと楽しい? デートをして過ごした。
なんだかんだで、律儀に付き合ってくれるゼノスは、実は良い人なのではないか?
いや。
人じゃなくて神か。
そして、日が暮れ始め……
空の彼方に太陽が沈んでいき、赤い夕焼けが頭上を覆う。
「今日はこの辺にしておきましょうか」
「まったく……今日一日、たっぷり連れ回してくれたわね」
「ですが、イヤではなかったのでしょう?」
「……どうして、そういう結論になるのかしら?」
「だって、イヤならイヤと言って、すぐに消えたでしょう?」
「……」
「あなたはそういう性格です。短い付き合いですが、それくらいは理解しているつもりですよ」
「むぐ」
「で……それをしなかったということは、大なり小なり楽しんでいた、ということ。私の回答になにか間違いは?」
「……知らないわよ」
ツンデレかな?
「あなた今、失礼なことを考えなかった?」
「いいえ」
にっこりと否定する。
そんな私の笑顔に見惚れたらしい。
ゼノスはじっとこちらを見て、頬を染める。
その瞳には甘い感情が浮かんでいて……
「勝手な妄想を繰り広げないでくれる?」
「失礼しました」
ジト目を向けられたので、適当な妄想は終わりにしておいた。
まあ。
妄想というか、こうなってほしいという期待なのだけど。
あんな状態になれば、ゼノスを攻略したも同然。
晴れて私は破滅を回避できるというわけだ。
「……とはいえ」
自分のために誰かを攻略する。
そこにあるのは打算のみ。
なんていうか……
「今の私、とても悪役令嬢らしいですね」
やれやれと自嘲のため息をこぼすのだった。
「アリーシャさま、おはようございます」
「おはようございます、エスト」
朝。
登校中にエストと出会い、笑顔で挨拶を交わす。
他のヒーロー達とは、マイナス状態になっているのだけど……
エストとは良い感じの関係を築くことができていた。
彼を攻略するのもありかもしれない、なんて思うのだけど……
ただ、打算で恋愛をするというのは、どうにもこうにも向いていない。
打算で恋愛をしても長続きせず、途中で冷めてしまいそうだ。
そうなったら、待っているのは愛のない恋愛生活。
辛い。
それ以前に、エストに失礼すぎる。
だから、ゼノスを攻略することにしたのだけど……
「……逃げられましたね」
あの日以来、ゼノスは私の前に姿を見せていない。
私に攻略されそうなので逃げているのか。
私を追い込むために姿を消しているのか。
どちらかなのかわからないが、まずい状況だ。
どうにかしてあの邪神を引っ張り出して、攻略しないといけない。
さて、どうしたものか?
「アリーシャさま?」
気がつけば、エストがこちらの顔をじっと見ていた。
「あ……すみません。少し考え事をしていました」
「難しい顔をされていましたが、なにか悩みごとですか?」
「いえ、そういうわけではありませんよ」
エストは優しい。
私が悩んでいると知れば、協力を申し出てくれるだろう。
それは、正直すごく助かるのだけど……
今はエストとどう向き合えばいいのかわからないので、ひとまずは保留だ。
「ところで、シルフィーナさまは?」
「フィーですか……」
最愛の妹のことを思い返して、声が沈んでしまう。
「風邪を引いてしまったみたいで……」
「そうだったんですか……早く良くなるといいですね」
「ありがとうございます」
早くゼノスを攻略しないといけないのだけど……
妹が風邪を引いたとなれば、話は別だ。
一分一秒でも早くフィーの風邪を治すために、姉としてできることをしないと。
「少し聞きたいのですが……エストは、風邪に効くものを知っていませんか?」
「そうですね……いくらか薬草は知っていますが、それはたぶん、すでに使っていると思うので……ハーブティーとお菓子などはどうでしょうか?」
「ハーブティーとお菓子?」
「どちらも、体の免疫力を上げる薬草が使われているものなんです。薬ではないので、すぐに風邪が治るわけではないのですが、失った体力を補充できると思います。あと、飲みやすくて食べやすいので、風邪を引いた時にはぴったりかと」
「それはいいですね。どちらで売っているのか、教えていただけませんか?」
「そ、それなら、今日の放課後、案内します!」
「いいのですか?」
「はい、もちろん!」
食い気味に了承された。
はて?
店の場所を教えてもらうだけで十分なのに、わざわざ案内してくれるなんて……
なるほど。
さては……先日のお礼をしたい、というわけだな?
そのために、どうしても案内をしたいのだろう。
うんうん。
エストはとても律儀な子だ。
こんな子に好かれる女性は幸せものだろうな。
「では、放課後、お願いします」
「はい!」
――――――――――
「あ、アリーシャさま!」
教室を出たところで、エストの姿が。
あれ?
彼は学年が違うから、こんなところにいるわけがないのに。
「エスト、どうしてここに?」
「えっと、早くアリーシャさまに……い、いえ! お待たせするわけにはいかないと
思い」
「そうですか。気遣い、ありがとうございます」
「いえ! で、では行きましょう」
「はい」
妙に緊張しているみたいだけど、なんでだろう?
「……」
違う学年の教室が並ぶ階に来ているから、緊張しているのだろうか?
なるほど。うんうん。
エストは飛び級をするほど頭が良くて、大人っぽいところがあるのだけど……
子供らしいところもあるじゃないか。
「このお店です」
エストに案内されて、端の方にある小さな店にやってきた。
店の広さは、一般的な家と変わらない。
その中に棚などを設置しているから、狭く感じてしまう。
棚にはたくさんの薬品とポーションが並んでいた。
目薬、鼻薬、頭痛薬……よりどりみどりだ。
店は小さいけれど、品揃えはとても豊富なようだった。
風邪薬らしくものも発見したのだけど……
どれが良い薬なのか、私には判断がつかない。
「エスト、これらの中で、一番良い風邪薬はどれでしょう?」
「その前に、シルフィーナさまの風邪の症状はどのようなものですか?」
「えっと……」
まずは、発熱。
それと、咳と喉の痛み。
他に異常はなかったはず。
それらのことを伝えると、エストは少し考えて、一つの風邪薬を手に取る。
「でしたら、これとこれが良いと思います。前者は、主に熱をおさえる効果があります。熱が高い時は、こちらを処方するといいはず。咳や喉の痛みが酷い場合は、後者を飲むといいと思います」
「なるほど、症状によって使い分けるのですね。その発想はありませんでした。ありがとうございます、エスト」
「い、いえ!」
感謝の意味を込めてにっこりと笑うと、なぜかエストが赤くなる。
はて?
もしかして……
「エスト、そのままじっとしていてくださいね」
「えっ!?」
そっと顔を近づけて……
そのまま額と額を合わせる。
「っっっ!!!?!?!?!?」
「じっとしててください」
ちょっと熱いかな?
風邪かどうかわからないけど、エストは無理をしていたのかもしれない。
それなのに私の買い物に付き合ってくれるなんて……
この子、天使か?
「あわわわっ」
「あら? さらに熱く……エスト、やっぱり風邪を引いているのでは?」
「い、いいい、いえっ! だ、大丈夫です!!!」
ものすごい勢いでエストが離れてしまう。
「ですが、熱っぽい感じがして……」
「本当に大丈夫です! 本当に!」
「そう、ですか?」
確かに、とても元気だ。
風邪を引いているようには見えない。
でも、それだとしたら、なぜ顔を赤くしていたのだろう?
うーん、謎だ。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
「そうですか……そこまで言うのなら」
様子がおかしいのだけど、ひとまず納得することにした。
あまり追求しても、うざがられてしまうかもしれないし……
様子見にしよう。
どう見ても体調が悪化したのなら、その時は強引にいく、ということで。
「少し待っていてくださいね。今、会計をしてくるので」
「は、はい」
まだ顔が赤いエストを置いて、ぐるりと大きな棚を回り、奥のカウンターへ。
そこで会計を済ませようとするのだけど……
「あ」
「え?」
アレックスがいた。
こちらを見て呆けた表情になり……
すぐ我に返った様子で、キッと睨んでくる。
「なんで、お前がこんなところにいるんだ?」
「薬を買いに来ただけですよ」
「本当か? なにか悪いことを企んでいるんじゃないだろうな?」
「薬屋に来て、どのような悪巧みをしろと……?」
「そ、それは……」
私を敵視するのは仕方ないと思うが、手当たり次第に噛みつかないでほしい。
はぁ……
前回の人生で仲良くしていた頃が懐かしい。
またああしたいものの、今回は難しそうだ。
ふと、アレックスが私の手元……薬を見て怪訝そうな顔に。
「なんだよ? お前も風邪を引いたのか?」
「いいえ、私は風邪なんて引いていませんよ。これは、フィーのために買ったものです」
「シルフィーナの?」
「はい。処方されているものだけではなかなか良くならないので、こうして」
「……そっか」
アレックスは早とちりを自覚したらしい。
バツの悪そうな顔になって……
「……悪かった」
視線をそらしつつも、そう言った。
「え?」
思わぬ謝罪を受けて、ついつい呆けてしまう。
私、なぜ謝罪をされているのだろう?
そんな私を気にすることなく、アレックスは言葉を続ける。
「その薬……シルフィーナのために買ったんだろ? それなのに、悪巧みをしてるとか邪推して……悪かったよ」
あらまあ。
なんて素直。
できることなら、普段からこうして素直であってほしい。
というか、素直すぎないか?
「失礼ですが……いつもならそのように謝罪はしないと思うのですが、どうして、今日に限って私のやろうとしていることを信じて、認めてくれたのですか?」
「あー、それは……」
疑問を重ねてみると、アレックスは更に気まずそうな顔に。
その表情に、以前まであった、私への悪感情はない。
「……よ」
「え?」
「……そっちも悪かったよ」
重ねて謝罪をされた。
はて?
なんのことだろう。
私の疑問を察した様子で、アレックスは気まずそうにしつつ、説明をする。
「あんたが嫌なヤツっていう噂がいっぱいで、俺、それに流されてて……でも、間違いだったよ。シルフィーナのことをちゃんと考えている、良い姉だったんだな。悪い噂も、なんか、適当なものばかりみたいだし……悪かった」
そう言って、アレックスは頭を下げた。
その行動は意外だけど……
ただ、どこかでこうなればいいな、とは思っていた。
それは楽観的な希望ではなくて……
とある作戦がうまくいけばいいな、というヤツ。
ゼノスを攻略しようと決めたものの、保険は必要だ。
節操なさすぎるのだけど……
やっぱりヒーローの方がうまくいきそうだ、ということもあるかもしれない。
……いや。
ほんとに節操ないな、私。
八方美人も良いところだ。
それについて悩まないではないのだけど……
まあ、悪役令嬢なのだから気にしないでおこう。
と、開き直ることにした。
話を戻そう。
保険のため、現時点でヒーローのマイナスの好感度をなんとかする必要があった。
そのためにスマホを利用することにした。
ネットに接続できないけれど……
写真や動画の撮影。
ボイスレコーダーに、様々なアプリ。
この世界にとって、完全なオーバーテクノロジー。
そんなスマホを駆使すれば、私にかけられたあらぬ疑いを晴らすことは簡単だ。
スマホを使った情報をあちらこちらに流して、私の黒い噂を払拭してやればいい。
まあ、即効性は期待できないから、以前から、コツコツと作業をしていたのだけど……
それがうまい具合に、今になって効果が出てきたようだ。
「いえ、私は気にしていないので」
「本当か……?」
「はい。本当に気にしていません」
「あー……でも、俺の気が済まない。本当に悪かった! だから、なんていうか……シルフィーナの姉ならちゃんと仲良くしておきたいし、あー……俺になにかできることはないか!?」
「え? それはどういう意味ですか?」
「なんかこう、謝罪っていうか、なにかあんたのためにしたいんだよ。それで、せめてもの罰としたいというか……そんな感じだ」
つまり、罰をくれ、ってことか。
そうでもしないとアレックスは、自分を許すことができないのだろう。
不器用な人だ。
でも、そんなところが愛しく思う。
「そうですね。それでは……」
「なんでも言ってくれ。なんでもする」
「では、私と友達になっていただけませんか?」
「は?」
アレックスの目が丸くなる。
なにを言っているんだ? という感じだ。
気にせず、笑顔で話を続ける。
「あなたとは仲良くなりたいと思っていたので……誤解が解けたのなら、仲良くしていただけるとうれしいです」
「それは、俺がシルフィーナの幼馴染だからか?」
「はい、そうですね」
「……正直な人だな、あんた」
アレックスが苦笑した。
よかった。
ここで、シルフィーナは関係ない、というようなことを言っていたら、彼の不信感を買っていただろう。
「ホント、噂ってアテにならないな……こうして話してみると、あんた、普通に良いヤツだし。はぁ……それなのに、今まで俺はなにをしていたのか」
「アリーシャ、でお願いします」
「うん?」
「できれば、私のことは、アリーシャと名前で呼んでください」
「いいのか?」
「はい、アレックス」
私から先に名前を呼んでみた。
すると、アレックスは目を丸くして、
「くっ、ははは!」
楽しそうに笑う。
「あんた、本当に面白いな……いや」
アレックスは、にかっと、気持ちのいい笑みを見せる。
「アリーシャは面白いな」
「ありがとうございます」
私達は握手を交わして……
そして、友達になった。
遅すぎるスタートだけど、ようやくアレックスの好感度をプラスマイナスゼロに戻すことができた。
やれやれ、先は長い。
その後、アレックスと別れて……
エストと一緒に店を出て……
それからエストとも別れて、家に帰る。
思わぬところでアレックスの好感度を上げることができたのは、良い収穫だった。
本来なら笑顔で喜ぶところなのだけど……
「フィーは大丈夫でしょうか……?」
今の私の頭は、風邪を引いたフィーのことでいっぱいだった。
一刻も早く薬を届けよう。
そして、寝るまで看病をしよう。
屋敷の廊下をスタスタと歩いて、一直線に妹の部屋へ。
「フィー、具合はどう……です、か……?」
「む?」
ベッドの上で体を起こしているフィー。
そんな妹と話をしているのは、ジーク・レストハイムだった。
「レストハイムさま……? どうして、こちらに……」
「君は……そうか。君は、シルフィーナの姉だったか」
そう言うジークの顔には、私に対する嫌悪感がハッキリと刻まれていた。
アレックスと同じように、デレてくれていたら楽だったのだけど……
そうそう、簡単に行くことはないようだ。
「レストハイムさまは、どうされたのですか?」
私は笑顔で問いかける。
向こうが私を嫌っていても、あくまでも、仲良くしましょう? というスタンスを貫かないと。
でないと、本当に手遅れになってしまう。
「アリー姉さま、ジークさまは私のお見舞いに来てくれたんです……こほ、こほ」
「シルフィーナ、無理をして喋ることはない。寝ていた方がいいよ」
「大丈夫です。咳はちょっと出ますけど、今は気分がとてもいいので」
「そっか。それならいいけど、あまり僕に心配をかけないでくれ」
「はい、すみません」
……なんだろう、この甘い空気は?
フィーは、いつからジークのことを名前で呼ぶように?
ジークも、いつからフィーのことを名前で呼ぶように?
そして、この二人の間に流れる甘い空気。
もしかして、二人はすでにそういう関係に……!?
ヒーローとヒロインなのだから、そうなっていてもおかしくないのだけど……
いやいやいや。
でも、やっぱりダメ!
フィーは、私の妹。
世界で一番愛している妹。
姉の許可なく付き合うなんて許しません!
「いつもありがとうございます、ジークさま」
「いいさ。友達の心配をするのは当たり前のことだろう?」
「えへへ」
友達、という単語に反応して、フィーがうれしそうな顔に。
そこに恋慕の念は見られない。
ふむ。
まだ恋人関係に発展しているわけではなさそうだ。
友達のちょい上、親友の手前の手前、というくらいかな?
どこでイベントをこなしたのかわからないが……
二人は順調に仲を深めているらしい。
フィーに恋人ができるなんて、とても気に入らないのだけど……
でも、それで妹が幸せになるのなら、涙を飲んで我慢しなければいけないのだろう。
「フィーは、いつの間にレスとハイムさまと仲良くなっていたのですか?」
「えっと、実は……」
フィー曰く……
街で暴漢に襲われそうになったところをジークに助けられたらしい。
そこから交流が始まり、友達になって……
今に至る。
どうやら、私の知らないところでジークと出会うイベントが発生していたみたいだ。
ゲーム本来の流れになっている。
「そうだったのですか……妹を助けてくださり、誠にありがとうございます。深く感謝いたします」
「いや、それは構わないのだけど……」
なぜかジークが驚いた顔に。
「どうされたのですか?」
「いや……まさか、君に頭を下げられるなんて思ってもいなかったからね。噂では、頭を下げることはできず、人を顎で使ってばかりとのことだったから」
「そんなことはありませんっ!!!」
また私の悪評か……と諦めていたら、フィーが大きな声をあげた。
風邪を引いていて辛いはずなのに、必死な顔をして言う。
「アリー姉さまがそんなことをするはずありません! 全部、根も葉もない噂です! アリー姉さまは優しくて頼りになって、いつも甘えさせてくれてなでなでしてくれて、優しくて、大好きなお姉さまです!!!」
「「……」」
突然の告白に、私とジークはぽかんとしてしまう。
「フィー?」
「……あっ」
考えてしたことではないらしく、フィーは恥ずかしそうに顔を赤くした。
でも、だからこそ……
今の台詞は心の底から出てきたものなのだろう。
つまり、まごうことなき本音。
フィーは、私のことが大好き。
大好き……大好き……大好き……愛している……
「フィー!」
「ふやっ!?」
感極まり、ついついフィーを思い切り抱きしめてしまう。
それから頭をなでて、頬をすりすりして、もう一度頭を撫でた。
「あ、アリー姉さま!?」
「……こほん」
我に返り、フィーから離れた。
「私も、フィーのことが大好きですよ?」
「あ……はい! アリー姉さま」
フィーがにっこりと、花が咲いたような笑顔を見せる。
かわいい。
本当にかわいい。
私の妹、天使すぎる。
「……ぷっ」
ふと、耐えられないという感じでジークが笑う。
「あはははっ」
「どうされたのですか?」
「いや……まさか、あの悪名高いアリーシャ・クラウゼンが、このようなシスコンだったなんて」
「当たり前です! このようなかわいい妹がいるのだから、その虜になるのは当然でしょう」
「くはっ、あははは! まさか、開き直るなんて……ははは、ダメだ、本当におかしい」
涙すら浮かべて、ジークが笑う。
はて?
そんなにおかしいことを言っただろうか?
ジークはひとしきり笑い……
ややあって落ち着きを取り戻すと、私に視線を移動する。
「すまなかった」
「え?」
突然、頭を下げられてしまう。
「噂なんかに踊らされて、アリーシャ・クラウゼンという人物を見誤っていた。今まで不快な思いをさせたと思う……本当にすまない」
「えっと……」
思いもよらない謝罪に、ついついキョトンとしてしまう。
だって、ねえ……
ジーク攻略は完全に諦めていた。
攻略を狙うよりは、断罪イベントをいかに回避するべきか考えた方がいい、って思っていたほどだ。
それなのに、ここに来て態度を急転させるなんて。
いや。
この展開はうれしいことなんだけどね?
ただ、あまりにも都合が良すぎるから、何者かの関与を疑ってしまう。
例えば、あの性根がねじ曲がった邪神とか。
持ち上げて……
そして、ここぞというタイミングで叩き落とす、みたいな。
そんな罠を警戒してしまう。
でも、そんなことはなかった。
「失礼ですが、どうして今になってそのような考えに?」
「そうだな……以前から、そういう噂が流れていたんだ」
「噂?」
「君は何者かにハメられた、とね。本来なら噂で流すところなんだけど、色々と小さな証拠が出てきて……それで、気になって自分でも色々と調べた。そして……今のやりとりを見て確信したよ」
「なるほど……そうですか」
うん。
あれは、うまくいったみたいだ。
「どうだろう? 謝罪を兼ねて、今度、一緒に食事でも……」
「え? 私ですか?」
「ああ」
「フィーではなくて?」
「君だね」
「えっと……」
やっぱり、これはなにかの罠なのでは?
すっかり疑り深くなってしまう私だった。
「むう。ジークさま、アリー姉さまを独り占めするのはよくないと思います」
フィーの頬が膨らむ。
もしかして、私を取られると思い、ジークに嫉妬?
あらやだ。
かわいすぎる。
この子、やっぱり天使。
「というか……」
「いたっ」
こつん、とフィーにげんこつを落とす。
愛する妹に手を上げたくなんてないけれど……
しかし、これは愛のムチなのだ。
「風邪を引いているのですから、おとなしく寝ていないとダメでしょう」
「で、ですが、もうだいぶ良くなってきて……いたっ」
もう一回、げんこつ。
「風邪は治りかけが大事なのですよ? 無理はしないで、おとなしく寝てください」
「……すみません」
しょんぼりとした様子で、フィーは寝ようとする。
「フィー」
「はい……?」
「少し強く言い過ぎたかもしれません。ごめんなさい」
「あ……い、いいえ! 私が悪いだけで、アリー姉さまはなにも悪くありません!」
「ほら、だからそのように興奮しない」
「す、すみません……」
フィーは恥ずかしそうにしつつも、まだまだ元気はある様子。
風邪はだいたい治っているのだろう。
とはいえ、さっき言ったように治りかけが大事なので、気をつけてもらわないといけないが。
「薬を買ってきました。後で飲んでくださいね」
「ありがとうございます」
「それと……申し訳ないのですが、レスとハイムさまは……」
「ああ、わかっているよ。無理をさせるわけにはいかないし、この辺りで失礼しよう」
「申しわけありません」
「いや、気にすることはないさ」
追い出されたのではないかと、そう思われたら厄介だったのだけど……
そんなことはなくて、こちらに理解を示してくれた。
さすがヒーローだ。
……なんて思っていたら。
「……後で話をしたい」
部屋を出る前。
ジークは、そっと耳打ちしてきた。
「話というのはなんでしょうか?」
フィーのお見舞いを終えて……
ジークを客間に案内した。
念のため、人払いも済ませている。
二人だけ、ということは、それなりに大事な話なのだろう。
「今更なにを、と思うかもしれないけど……君の名誉を回復する手伝いをさせてくれないか?」
「……え?」
突然の話に、思わず間の抜けた声が出てしまう。
本気なのだろうか?
「……」
ジークは真剣な顔で、まっすぐにこちらを見ている。
嘘や冗談を言っているようには見えない。
本気で私のことを考えてくれているのだろう。
でも……
彼の話通り、今更どうして?
「……信じてもらえるかわからないが、反省したんだ」
「反省……ですか?」
「自分の目で確かめることなく、噂に流されて……君のことを傷つけてしまった。追い込んでしまった。王子としてあるまじき失態だ」
「……」
「その償いになるか、わからない。今更と言われても仕方ない。ただ……このままではいけないって、みんなでそう決めたんだ」
私は悪役令嬢なのに、断罪されるどころか謝罪されている。
いや、これは……
どういう状況?
まったく先を読むことができず、混乱してしまう。
「……今、みんなで、とおっしゃいました?」
「ああ。他にも、いくらか賛同者がいてね。シルフィーナの幼馴染のアレックスも賛同しているよ」
「そうだったのですね……」
アレックスも賛同していたのか。
それで、薬を買いに行った時、あんなにも素直だったのか。
……まあ、ツンデレ気質だから、最初はツンツンしていたけれど。
あの時、話をしなかったのは素直になれなかったのもあるのだろう。
「どう……かな? 我ながら身勝手な話ではあるが、それでも、君に協力させてくれるとうれしい」
「……」
私は少し考えて……
にっこりと笑いつつ、言う。
「アリーシャ、でお願いします」
「え?」
「アリーシャと名前で呼んでくださるとうれしいです。私達、これからはお友達になるのでしょう?」
「……ありがとう、アリーシャ」
握手をして仲直り。
そして、私は内心で……
ニヤリと笑っていた。
私の汚名返上作戦。
どうやらうまくいったみたいだ。
ヒーローの攻略を諦めるにしても、悪感情を持たれたまま放置しておくわけにはいかない。
そんなことをしたら、そのうち断罪イベントが発生してしまうからだ。
なので、最低限、私に関する悪評を消して、悪印象を払拭する必要があった。
そのために、コツコツと裏で仕込みを行ってきた。
悪評を無理に消そうとしたり、否定したりしない。
ただ、誰かが意図的にやっているものと、思考を誘導する。
そのための証拠もあちらこちらに小さくたくさんばらまいておく。
賢いヒーロー達のことだ。
こうしておけば、後は勝手に気づいて事を進めてくれるだろう。
こうした作業をするにあたり、役に立ったのがスマートフォンだ。
ネットに繋がらない、通話はできない、メールを送れない。
でも、それらを除いたとしても、写真や動画を撮ったり、便利なアプリを起動したり、音声を合成したり……色々なことができる。
小型パソコンのようなもので、この世界では完全なオーバーテクノロジー。
それをうまく駆使すれば、信憑のある話をばらまくことができる、というわけだ。
そんな地味な努力が実ったらしい。
よかった、無駄な作業にならなくて。
「同じく、ジークと名前で呼んでほしい」
「よろしいのですか……?」
「ああ、問題ないさ。立場的に問題はないし……アリーシャとは、仲良くやっていきたいと思う」
「ありがとうございます、ジークさま」
うまい具合に友好を結ぶことができたと思う。
うまくいきすぎてちょっと怖いのだけど……
まあ、よしよし。
失敗するよりも、うまくいった方がいい。
まあ……
背後であの邪神が動いている可能性もあるため、気をつけるに越したことはないが。
――――――――――
これからについて、ジークといくらか話し合いを重ねて……
そして夕方。
「じゃあ、また」
「はい、また」
家を出るジークを見送る。
あれこれと話し合っていたら、こんな時間になってしまった。
でも、とても有意義な時間を送ることができたと思う。
これなら、私の悪評を取り除くことができるかもしれない。
「とはいえ……」
アレックス、ジークの好感度は、ほぼほぼプラスマイナスゼロになった。
二人を攻略するつもりはないので、これ以上、無理に上げる必要はない。
「うーん」
ふと、迷う。
私は悪役令嬢。
この世界で生き延びるには、誰かと結ばれなければいけない。
ただ、ユーリのように、誰かの恋路を邪魔したくはないし……
生き延びるため、という打算的な理由では、恋をすることはできそうにない。
これでも意外と純情なのだ。
自分で言うな、ということになるが。
それはさておき。
「私、どうするのが最善なんでしょうね……?」
「別に、あんたのためじゃねえからな。シルフィーナを悲しませたくないだけだ、勘違いするなよ?」
と、アレックスがツンデレたっぷりに。
「自分の間違いをそのままにしておくことはできない、それだけだよ」
と、ジークは誠実な態度で。
「困っている生徒がいるのなら力になる、それが教師というものだ」
と、ユーリが教師らしく正しいことを口にして。
「アリーシャ様のために、僕もできることをさせてください」
と、エストが健気なことを言ってくれて。
そのような感じで……
みんながあれこれと動いてくれたおかげで、私の悪評は少しずつ消えていった。
色々とあったものの、これでプラスマイナスゼロのスタート地点に戻ることができた。
時間は消費されてしまったものの、誰からも恨みを買っておらず、破滅イベントも発生していない。
そのことを考えると、かなりの成果だと言える。
「……さて」
これからどうしよう?
家の自室で一人になった私は、今後のことを考える。
もちろん、破滅回避は必須だ。
新しく拾った命。
悪役令嬢であろうと捨てたくなんてない。
みっともなくても。
情けなくても。
必死にしがみついて、生き抜いていきたい。
ただ……
「そのためにヒーローを攻略する……ゼノスを篭絡する……なんていうか、違う気がするんですよね」
好きでもないのに、好かれてもらう。
下心ありで好きになってもらう。
こんなことを言うと、私は甘いのかもしれない。
子供なのかもしれない。
それでも……
そういう、人の心を思い切り利用してはいけない気がするのだ。
今更ながら、そう思う。
「一時は、それが最善と考えていましたが……はぁ。我ながら、なにをしているのやら。そんなことをしたら、それこそまさに悪役令嬢ではありませんか。そんな生き方をして、なにが楽しいのやら」
生きるのは最優先ではあるが……
なりふり構わない、というのは綺麗じゃない。
甘いと言われようが、最低限のプライドは維持したい。
でなければ、ただの畜生ではないか。
「そうなると、ヒーローを攻略することもゼノスを篭絡することも、私のやりたいことではないんですよね」
長い時間、ヒーローと接していれば、彼らに惹かれるかもしれない。
ゼノスと一緒に過ごせば、もっと、と思う時が来るかもしれない。
ただ、今はそんなつもりはないわけで……
かもしれない、という理由で一緒にしても仕方ないわけで……
そんなことをしたら、やっぱり打算が根本にあるわけで……
「……やりたいことをやりたいですね」
それでいて、世界の強制力に逆らい、悪役令嬢だとしても生き延びる道を見つけたい。
「ふむ」
私のやりたいこと。
それは、いったいなんだろう?
考える。
考える。
考える。
「……思い浮かびませんね」
考えすぎて、頭が痛くなってしまいそうだ。
元々、考えるのは苦手だ。
無理に思い浮かべようとするのではなくて、自然に思い浮かぶものが必要なのだろう。
「……」
軽く深呼吸をして、体の力を抜いた。
目を閉じてリラックス。
そうやって自然体になって、思い浮かぶことは……
「アリー姉さま?」
コンコンと扉がノックされて、フィーの声が聞こえてきた。
「私です、シルフィーナです。今、少しいいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
扉が開いて、フィーが姿を見せた。
トレーを持っていて、そこにクッキーと紅茶が並べられている。
「フィー、それは……?」
「アリー姉さまと一緒にお茶をしたくて、自分で全部用意をしてみたんですけど……」
「フィーが全部?」
「は、はい。クッキーを作って、紅茶も自分で淹れてみました。あの、その……お口に合うかわかりませんが、どうでしょうか……?」
ちょっと不安そうなフィー。
上目使いでこちらを見る。
その仕草は、あざといの一言。
でも、かわいいから許す。
かわいいは、絶対的な正義。
うん。
私の妹は、本当に天使。
「……あれ?」
胸に広がる甘い感情。
これは、もしかして……
「……ああ、なるほど」
これが、私が本当にしたいことか。