ここに来て初めて衝撃を受けた。
こんな展開、誰が想像していただろうか。
だけど…。
「少しの時間をあげよう。ただし、早めに決断してね。嫌なら嫌と断ってくれて構わないよ。でもね、よく考えて?僕が誰なのか」
その先の言葉は十分に理解している。
彼は桐生卓人なのだ。殺人鬼だということを忘れてはいけない。
私は再度、彼を見つめる。また彼も困ったように顔を歪めた。
分かった気がするのだ。こうなることを。誘拐した人間を簡単に解放してくれる犯人なんて居るわけないからだ。
それに、彼…危ういのだ。
普段の行動とかではない。
精神に何か重いものを抱えていそうで危うい…しっかり私が彼を見てあげなくては…。彼の精神を私が支えてあげたい。
早い段階で考えがまとまっていた。どうして殺人鬼である彼のそばにいたいなんて思うのだろう。
私はこの短時間ですでに桐生卓人という人間に魅了させられていたのだ。
鬱屈とした代わり映えのない毎日を送ってきて、親も研究ばかりで子供に関心を向ける両親ではなかった。そんな中、私は思ったことがあるのだ。
誰でもいいから私を連れ去って欲しい…と。
「分かった。私あなたといる」
「本当にそれでいいの?」
優しいのね。
「考えを変えるつもりはないわ。あなたが引き込んだんだから責任をとりなさい」
「へぇ…いいね。分かった。じゃあ、僕と一緒に地獄に堕ちてよ。…ここなら誰もこないよ。部屋はあっちを使って。家から持ってきたい物があるなら車で送るよ。別に僕は顔までバレてる訳じゃないからね」
「…私を犯罪まで巻き込ませたりしないよね?」
「…ふっ…素人にさせるわけないじゃない。分かってるよ。きみに何かあれば僕が守るから。あぁだけど…まさか、僕の口から人を守るなんて言葉が出てくるなんてね…。大丈夫、間宮さんは死なせたりしない」
自嘲気味に笑う彼が気になった。
彼はどんな生き方をしてきたんだろう。いまの自分が出来るまで何かなければ、犯罪者なんてならないはず。彼にはサイコパス思考があるようには見えなかったのだ。これまでの積み重ねで作り上げたものだろう。
私で変えられるかな。いや、変えてみたい。彼の隠す闇を和らげてあげたい。
「ありがとう。私も自分のことは自分で守れるようになるよ」
微笑んで答える。
殺人鬼に微笑む私は変なのかな。
卓人はそんな私に顔を歪めて目をそらしていた──