安全確認のため、広い室内をくまなく調べ終えると、『黄金の獅子』のメンバーたちが立て籠もった小部屋を一つずつ解放していく。
「ああ、ロルフか……助かった。やたらと強くて変な魔物が暴れまわってたんで生きた心地がしなかったぜ。しかも小部屋の扉を締めたらこっちからは開かなくなったし、このまま閉じ込められるかと思った」
小部屋にいた冒険者が、広い空間に飛び出してくると大きく息を吸って身体を伸ばした。
小部屋は空気孔こそ整備されているものの、大人が三人入ると身動きがとれないほど狭い部屋になっている。
「魔法は使うわ、毒の息は吐くわ、炎を身体にまとうわで、オレらは全く歯が立たなかった」
「幸い逃げ込める場所があったから助かったがな」
「ところで、あの化け物をロルフがやったのか?」
助けた冒険者は、以前『黄金の獅子』に所属していた時の顔見知りの冒険者たちだった。
「そんなわけないじゃないですか。僕じゃなくて、ベルンハルトさんとヴァネッサさんがいたから倒せたんですよ。僕はお手伝いしただけです」
「だ、だよな。さすが『冒険商人』ベルンハルトと『青の大魔術師』ヴァネッサだけのことはある」
「うちのガトーさんやアリアさんも強いけど、ベルンハルトさんたちの強さは別格だよな」
「最強生物である竜を狩るし、未探索のダンジョンでも余裕で帰還してくる猛者だしな」
「ロルフがなんで『冒険商人』に加入させてもらってるのか分からんが、上手くやったな」
「はい、ベルンハルトさんたちには拾ってもらった恩があるので頑張ろうと思います」
「おう、そうだな。うちから追放された時みたいなことにならないようにしないと」
冒険者たちは僕がスキルを発動させられず、能力的にも身体的にも劣っていると思っているため、こちらの言葉に納得をした。
それからも、次々と小部屋に立て籠もった『黄金の獅子』のメンバーを解放していったが、先ほどと同じようなやりとりが繰り返されることとなった。
隣で黙って話を聞いているエルサさんは不満そうだったが、能力の件は命に関わるため秘密にするようベルンハルトさんたちからも言われているためしょうがない。
「最後、ここが一番激しくひっかき傷が残ってる小部屋ですね」
「他の者たちから聞いた話だと、現れた魔物がしつようにフィガロ殿をつけ狙い攻撃を続けたそうだ。ガトー殿もアリア殿も護衛をしながらでは実力の半分も出せなかったのだろう」
「なんで、魔物はフィガロを狙ったのかしらね?」
「助けた人が言ってたんですが、とっても目立つ彼の金色の鎧に反応したんじゃないかって話です」
「ああ、光り物が好きだったのね。でも、これであの坊ちゃんも舐めた装備をすると命取りだって分かったかも。竜の前でピカピカ光ってたら命がいくらあっても足りないわよ」
そう言えばフィガロさんは依頼を遂行する時、目立つ金色の鎧を着ているのをガトーさんが陰で色々と言っていたな。
装備の色一つで魔物から狙われてる危険度が変わるというのは、覚えておかないと。
「まぁ、それは彼が一番分かったことだと思う。早く救出してやろう」
ベルンハルトさんに促され、傷だらけの小部屋に通じる扉を引く。
中には金色の鎧をきたフィガロさんと、ガトーさん、アリアさんが身を寄せ合っていた。
「やだぁ、もう帰るぅ! 二度とダンジョンになんか入るものかー!」
涙と鼻水で顔がべしょべしょになったフィガロさんが、狭い小部屋から飛び出してくると子供のように地面に転がって喚いた。
閉じ込められた緊張感と魔物に襲われ命の危険を感じたことで、子供に戻ってしまっているようだ。
「ベルンハルト殿、すまん、助かったぞ。さすがに閉じ込められるとは思わなかった。フィガロさんは閉じ込められてすぐにあんな感じでずっと喚いていて、漏らされたしな。地獄の空間だった」
漏らした? ああ、恐怖で失禁したということか。
そういえばズボンの股間あたりが濡れて色が変ってる。
ガトーさんの言葉を聞いたエルサさんが必死で笑いを堪えていた。
「雇い主じゃなかったら半殺しにしてるところだけども、雇われの身としては文句は言えないからね」
アリアさんも地面に転がって喚いているフィガロさんを呆れた顔で眺めていた。
「三人とも無事でよかった。とりあえず、入口までの安全は確保してあるから、早々に彼を連れてこのダンジョンを退去したまえ。今回の救出に関しての報酬はこのダンジョンの探索依頼を達成した後で請求させてもらうつもりだ」
「ああ、ベルンハルト殿相手に料金を踏み倒す勇気はオレにはないさ。フィガロさんにも正気に戻ったらきちんと伝えておく。が、なるべく安めの報酬にしてくれると助かる。雇い主が金に渋い男なんでね」
「よかろう。彼の父とはこれからもいい商売をしたいのでね。格安料金で請求させてもらうとしよう」
「ありがたい。アリア、仲間に水中呼吸の魔法を頼む。フィガロさんはオレが担いでいく」
「了解、みんな引き上げるわよ」
地面で転がって喚いていたフィガロさんを、ガトーさんが担ぎ上げると、魔法をかけてもらった人から順番に広い部屋から退去していった。
「リズィー、それは食べ物じゃないわよ。ほら、干し肉をあげるから口から出して」
『黄金の獅子』のメンバーを見送っていたら、リズィーをたしなめるエルサさんの声が聞こえた。
見ると、リズィーが拳大の大きさの魔結晶を口の中に含んでいる。
「リズィー、だめだって。それは食べたら魔物化しちゃうから、早く吐き出して」
リズィーのパンパンに膨らんだ頬を見て、慌てた僕はすぐに口から吐き出させようとした。
闇の力を凝縮した魔結晶は、魔導具の電源として広く使われているが、反面生物にとって有害であり、摂取して身体に取り込んでしまえば魔物化を促進してしまう物質であった。
「リズィー、お願いだから吐き出してくれ」
リズィーは口の中に入れた魔結晶を出さないようイヤイヤと首を振る。
その魔結晶を口から取り出そうと奮闘していたら、リズィーの喉がゴクリと音を出した。
「飲んじゃった!?」
「ええ!? リズィーのお腹の中に魔結晶が入っちゃたの!?」
悲鳴のような声を上げたエルサさんに、僕はコクコクと頷くことしかできなかった。
次の瞬間、リズィーの身体が眩しく光り始めていた。
「リズィー!? まさか、魔物化? そんな!?」
「ロルフ君、落ち着きたまえ。魔結晶を取り込んだとはいえ、そんなに早く魔物化するなんて聞いたことがない」
「ベルちゃんの言いたいことは分かるけど、飲み込んだのがあの魔物からできた魔結晶だし、普通のと違うってことはない? 普通の魔物なら一体につき魔結晶一個だし、素材も一つなはずなのにそれぞれ三つ落としたから異常だと思う」
ベルンハルトさんたちも、リズィーの身に起こった変化で焦っている様子が見えた。
身体が光り始めたリズィー本人は、何が起きているのか理解してないようで、エルサさんの差し出していた干し肉を美味しそうに食べている。
「光がおさまった……。リズィー痛いところとかないの? 大丈夫?」
エルサさんに抱えられ、早々に干し肉を食べ終えたリズィーは、ポンポンに膨らんだお腹を見せてげっぷをした。
そのげっぷとともに、リズィーの口から小さな炎が吐き出される。
「ちょ!? リズィー? 炎が!?」
「炎の息? リズィーが魔物化しちゃったの?」
「いや、魔物化したら体躯ももっと巨大になるだろうし、攻撃性もあがるはずだ。だが、リズィーはそんな変化を起こしていない」
そう言えば、二人にはリズィーが狼じゃなくて、魔狼っていう生物だと言いそびれてた。
炎の息が操れるようになったのは、リズィーが魔狼の影響なのかもしれない。
「すみません、ベルンハルトさんたちには言いそびれてたんですが、リズィーはただの狼じゃなくて魔狼という種族らしくって。でも、魔狼なんてのは聞いたことありませんよね?」
「リズィーは魔狼? 狼とは違うということかね?」
「ええ、たぶん」
「でもまぁ、炎の息を吐き出せるようになっただけで、大人しいし、食い意地以外は人の言うことも聞いてるし問題はないんじゃない? 見た目はただの子犬に見えるし」
ヴァネッサさんが、エルサさんに抱えられていたリズィーの頭を撫でた。
ヴァネッサさんの言う通り、リズィーの見た目は、狼というよりも子犬に近い。
それに人の言葉を理解するし、こちらに敵意を向ける者以外には吠えない賢さも持ってる。
きちんと面倒を見ていれば、問題を起こすことはないと思われた。
「ヴァネッサの言う通りか。リズィーも大事なうちのメンバーではあるしな。魔物とも言い切れないし、私たちがきちんと気を付けておけば、外部の者に迷惑をかけることもなかろう」
「リズィーちゃんのことも秘密ねー。リズィーちゃん、わたしたち以外の人の前で炎を吐いたらダメよ。分かった?」
リズィーはヴァネッサさんの言葉を理解したのか、『分かった』と言いたげに吠えた。
「さて、食いしん坊なリズィーのお腹は満たされたようなので、素材と魔結晶を回収したら、邪魔者が消えたダンジョンの探索を続けさせてもらうか」
「はい、了解です。リズィーも腹ごなしにちゃんと自分で歩いてくれよ」
エルサさんに抱えられていたリズィーは、こちらの言葉を理解したようで、地面に降りると鼻を鳴らして本当の入口に繋がる扉の方へ進んでいった。
「リズィーに遅れるわけにはいかない。さぁ、探索再開だ。気を引き締め直してくれ」
ベルンハルトさんに促され、先行したリズィーに遅れないよう、ダンジョンの探索を再開することにした。
鼻を鳴らして通路を先行していたリズィーが分かれ道の前で止まった。
「リズィーどうした?」
止まったリズィーを抱き上げ、左右に分かれた通路の奥をそれぞれ覗き込む。
右側の通路は石造りのしっかりとした通路だが、水に浸かっており、膝の部分までの深さがあった。
左側は上に向かって緩やかな傾斜をしており、通路がしっかりと見えている。
「右側の道は水が入ってるな。なんらかの理由で水かさが増した時、より低い位置にあった奥の水没区画の方へ水が流れ込んだって感じか」
「たどってきた地形を考えると、そういった水の流れになるだろう。足元が見えなくなる分、罠にはより一層気を付けないと」
「まぁ、水上歩行の魔法をかけておけば問題ないでしょ」
ヴァネッサさんの詠唱が終わると、足元が淡い光に包まれる。
「リズィーちゃんもこれなら濡れないし、水があれば下に落ちないから大丈夫よ。ロルフちゃん、下ろしてあげて」
ヴァネッサさんに促され、抱き抱えていたリズィーを地面に下ろしてあげると、嬉しそうな鳴き声をあげて、そのまま分かれた通路の右側に向かって水面の上を駆け出していた。
「リズィー、待って」
またも駆け出したリズィーの後を追い、右側の通路を進んでいく。
しばらく一本道の通路が続いたかと思うと、通路の壁が天然の岩盤に変化していた。
「光が……」
エルサさんが指差した先から、外の明かりが見えた。
ここが正規の入口だった場所かな? どこに繋がっているんだろうか?
水があるってことは、川か池の近く?
光の差す方へ歩いて行くと、壊れた扉の先に水によって浸食された洞窟のような場所に出た。
洞窟にまで出ると、視界の先には多くの水をたたえた水面が見えた。
「湖、湖か!? 郊外の森の奥って位置からすると、ここはヴァン湖ってことか」
「ヴァン湖とは?」
「ええ、アグドラファンの街へ飲み水を引いてる水源の湖です。僕たちが入ってきた出入り口の森を抜けた先にあるけっこう大きめの湖ですよ。こんな場所に入口があったとは」
「ロルフ君、ここに何か刻まれてるけど、あたしじゃ読めない」
エルサさんが差し出した金属の板には、見たことのない文字が刻まれていた。
「それは神語で書かれてるわね。ドワイリス様と関係がある人のお墓ってことかしら。ベルちゃんなら読めるでしょ?」
「どれ見せたまえ。神語はそう得意というわけでもないが……『わが……盟友……であり、共に世界を創りし者、ここに葬らん』と書かれているな。あとの文字は擦り切れてて読めないが」
「ドワイリス様の眷属だった人のお墓でしょうか?」
「いや、私が見てきたドワイリス様の眷属の墓に、『盟友』の文字は使われてなかった。唯一『盟友』の文字を書いた碑文が残されたのは、大いなる獣を討ち取った地に残された戦勝碑文だけのはず」
「となると、ここに葬られたのはドワイリス様と同格に近い人ということですか?」
「分からない。ただ、ドワイリス様が『盟友』と碑文に刻むくらいに親しい人物であったことには間違いない。名前までは分からないようだが」
「それにしても、こんな場所にひっそりと埋葬されたとなると、誰も訪れる人なんていなかったでしょうね」
墓所が作られた場所は、舟がなければ来られない場所にあり、その入り口もかなり狭い崖の亀裂の奥に作られている。
ヴァネッサさんが言った通り、こんな場所に埋葬されていたら、訪れる者はほとんどいなかったと思われた。
「まぁ、本来の入口が発見されたことは喜ばしいことだ。あとは、中の探索と魔物の生態調査を終えれば、依頼を達成となる。昨日、ロスした分の挽回はしておきたいところだ」
地図を書き込み終えたベルンハルトさんに促され、先ほどの分かれ道のところまで戻ると、今度は反対側に進んでいく。
進んだ先には、先ほど倒した複数の特徴を持つ魔物の姿が描かれた金属製の扉があったが、すでに開け放たれていた。
「門には『守護者を倒した者のみが拝謁を可能とする』と書かれているな。あの広い部屋にいた魔物が墓所を守る守護者だということか?」
「魔物が守護者ですか? でも、ドワイリス様に近い人の墓所ですよね? 闇の眷属である魔物が守護者なんておかしくないですか?」
「長い年月で守護者が魔物化してたってことじゃない? 誰も来なかっただろうし、闇が溜まり過ぎてたということもあるかもよ」
開け放たれた扉の先には、もう一枚金属の扉があり、そこにはリズィーが出てきた少女像と同じ図柄の絵が装飾されていた。
「ロルフ君、あの扉の女の子って、例の像の人だよね?」
奥の扉を見たエルサさんも、自分と同じようなことを思ったようだ。
「たぶん、あの人がこの墓所に葬られたドワイリス様に近しい人ってことだと思う」
慎重に罠を探っていたベルンハルトさんが、閉じられた扉に手をかけて開けると、何もない部屋の床が扉に連動して開き、下に降りる階段が姿を現していた。
「階段か。下は広い空間になっているようだが」
ベルンハルトさんたちと一緒に階段を降りていくと、見覚えのある場所に出ていた。
「ここは、少女の像があった場所ですね」
「正規のルートで来るとなると、あの広い部屋で守護者を倒したあと、こっちに戻ってくるという道順になるということか――」
喋りながら階段を降りていると、上の部屋で何かが動く音がした。
「ベルンハルトさん、何か動く音がしました」
「たぶん、上の扉が閉まったのだと思う。仕掛けは見つけていたが、応急の処置では止められなかったようだ。本当だと、水没区画の奥にあったという祭壇まで行って赤い石を手に入れてなければ、ここで閉じ込められて外に出られないようになっていたのだと思う」
「手順を間違えると永遠に出られない墓所だったというわけね。でも、エルサちゃんの力とロルフちゃんの力の前には、その仕掛けも用をなさなかったというわけか」
「ロルフ君たちが繋げてしまった穴は、脱出用の裏口として作られていたのかもしれないが、長年の風雨で倒壊して埋もれてしまったものか。もしかしたら、元々は墓所を作るための作業用の入口だった場所で完成と同時に埋められた場所だったのかもしれないな」
ベルンハルトさんたちは、上の部屋の扉が閉まる音を聞いても動じずに淡々と仕掛けについての考察を続けている。
出口が確保されていることを知っているとはいえ、罠が作動してるのを見ても動じないのはさすが経験が違い過ぎる人たちだった。
階段を下まで降りると、床が持ち上がってできていた階段は一段ずつ消えていき、僕たちが少女像を見つけた時のように何もない広い空間になった。
「完全に帰り道を断たれる仕様でしたね。水没区画を抜けて、祭壇で赤い石を手に入れてても、出口は埋められてましたし」
「ふむ、この墓所を作った者は、よほど埋葬した人を隠しておきたかったのかもしれんな。よし、これで一通りの調査は終わったので、あとは魔物の生態調査をして依頼完了とさせてもらおう」
「はい、そうしましょう」
地図を書き込み終えたベルンハルトさんに従い、探索から魔物の生態調査に変更した僕たちは、墓所の中をくまなく見て回り、スケルトンや正体不明の魔物以外に何か住み着いていないかを確認し終えると、アグドラファンの街に戻ることにした。
ダンジョンの調査を終え、街に戻った僕たちはすぐに冒険者ギルドに顔を出した。
「おい、ベルンハルトさんたちだぞ。あの『黄金の獅子』のメンバーたちが手も足も出なかった化け物をたった四人で退治したって話だぞ」
「フィガロさんは恐怖で幼児返りしたらしいし、ガトーさんやアリアさんでも対応できなかったやつらしいじゃねえか」
「帰ってきた『黄金の獅子』のメンバーに聞いたが、ロルフとあのお嬢ちゃんもベルンハルトさんたちに劣らず活躍してたらしいぞ」
「うっそだろっ! あのロルフだぜ? あ、あれか、ベルンハルトさんの金で装備を刷新したからか? 特殊な装備を使ったんだろ。じゃなかったら、ロルフが化け物級の魔物になんて挑めるわけねぇ」
冒険者ギルドに顔を出すと、中で休憩をしていた冒険者たちの視線に曝される。
すでに、先に帰っていた『黄金の獅子』のメンバーたちにより、奇怪な魔物との戦いの様子を伝えられていたらしく、興味の視線がこちらに向けられた。
そんな冒険者たちの視線を受けながら窓口に向かうと、ギルドマスターであるフランさんが、こちらを見つけ、窓口から出てきて頭を下げた。
「ベルンハルト殿、ご無事の帰還をされたようで……。途中、フィガロ殿が探索の途中で横槍を入れたそうですが、我がギルドとしては彼らには探索依頼を出していないことだけは理解して頂きたく……」
「フラン殿がフィガロ殿の横やりに関わっていないことは分かっております。それよりも、ご依頼の件が終わりましたので、確認のほどよろしくお願いしますぞ」
「承知しました。すぐに確認作業をさせてもらいます。二階の個室を用意してますのでこちらへどうぞ!」
申し訳なさそうに頭を下げ続けるギルドマスターのフランさんに勧められ、二階の個室へ移動することにした。
個室で対応してもらえるなんて、やっぱベルンハルトさんたちってすごいや。
僕とエルサさんだけだったら、窓口で対応されてただろうな。
案内をされた二階の個室は、特別室と呼ばれ、椅子一つとっても豪華の調度品が使われており、貴族、大商人からの依頼を受ける際に使われる場所だった。
「さて、調査報告をさせてもらうとしよう。フラン殿より依頼を受けたアグドラファンの街の近郊で発見されたダンジョンは、ドワイリス様に縁の深い人が葬られた墓所であることが判明した。名前までは確認できなかったが、ドワイリス様と同格の者である可能性が高い。つまり、創世戦争時代の古い遺跡かと思われる」
「創世戦争時代の古い遺跡ですか!? そんな古い時代の墓所が今まで誰にも見つからずにあったとは……」
「見つからなかったのは、正規の入口がヴァン湖の崖の下にある小さな亀裂の奥だったことが最大の理由かと。湖面からも崖の上からも入口は見えないと思われるので」
「ヴァン湖に正規の入口が……」
「それと、すでに遺跡の一部は、大雨による湖面上昇によって流入した水に浸かって水没していた」
「ロルフ君たちが報告を上げてくれた水没区画の水は、ヴァン湖から流れ込んだものということですね。それにしても、ここに書かれている仕掛けは本当ですか?」
ベルンハルトさんの報告を聞いていたフランさんが、例の魔物を倒さないと開かない扉の仕掛けと少女像があった部屋に下りる階段の仕掛けが描かれた地図を見て唸っていた。
「ああ、そうだと思う。ロルフ君たちが事前に見つけていた崩落部の入口と祭壇のある部屋へ繋がる壁の破壊箇所がなかったらと思うとゾッとする仕掛けだ。制作者は侵入者を逃がす気がないように思えた」
「ですが、ベルンハルト殿たちのおかげで罠に関してはほぼ無害化されたと見てよろしいでしょうか?」
「守護者と思われる魔物は排除したし、ロルフ君たちが見つけた裏口から脱出できるので、閉じ込められる可能性はほぼないと思う」
「承知しました。探索を依頼したダンジョンの詳細マップに関して問題はないと思います。続いて魔物のほうですが……」
「例の複数の特徴を持つ魔物の件は、もう噂になっている様子だが?」
「ええ、戦闘特化の『黄金の獅子』ですら歯が立たなかったとかいう魔物。すでに冒険者たちは複数の能力を持つという意味で『キマイラ』という名を付けたらしいです。冒険者ギルドとしても新種の魔物『キマイラ』として図鑑登録をしようかと思っていますので、情報を提供してもらえると……」
図鑑登録される新しい魔物か……。
たしか発見者は図鑑に名前が残るんだけど、この場合ベルンハルトさんになるんだろうな。
十数年に一度くらい新種の魔物が発見されることもあるため、図鑑に名前を残すことは冒険者の中でも誉と言われることであった。
「承知した。では、発見者のロルフ君がフラン殿にキマイラのことを詳細に説明してくれたまえ」
「え? 僕がですか?」
「ああ、そうだ。私は戦うので精いっぱいで詳しく見ている余裕はなかったのでね」
ベルンハルトさんが視線で『発見者の栄誉を君に譲る』と言っている気がした。
「わ、分かりました。謹んで報告させてもらいます。キマイラと呼ばれる魔物は獅子と山羊と大蛇の特徴を併せ持つ複合魔物でした。胴体は獅子のため俊敏であり爪は鋭く、尻尾として生えている大蛇は口から毒の息を周囲にまき散らし、山羊の頭は角から雷の魔法を打ち放ち、獅子の口からは高熱の火の塊が吐き出され着弾すると周囲に高熱の爆風をまき散らします。あと、近接攻撃をしようとすると身体に炎をまとったりもしますね」
戦った時、キマイラが使った攻撃を列挙していったが、言ってる自分ですら信じられないほど多彩な攻撃能力を持つ恐ろしい魔物だと思えた。
「そ、そんな強力な魔物が存在するとは……。ベルンハルト殿たちが一緒に戦っていなければ、ロルフ君の言葉は信じられなかった」
「フラン殿、その魔物は間違いなく存在していた。これがそのキマイラが変化した素材だ。三つの素材を落としている」
ベルンハルトさんが討伐の証拠としてテーブルの上に出したのは、キマイラの素材だった。
「素材が三つも……。分かりました。こちらは別途買い取らせてもらいます。それと、図鑑登録者は報告をしてくれたロルフ君という形で大丈夫ですか?」
「ああ、それで大丈夫。素材の買い取りに関してはフラン殿にお任せしよう」
「承知しました。では、すぐに素材の査定と報酬をお持ちしますので、ここでしばらく食事でもしてお待ちください」
フランさんが席を立つと、個室の扉が開き受付嬢の人たちが手に食事を持って並んでいた。
新種の魔物と認定された『キマイラ』を倒し、アグドラファンの街に戻って数日。
僕たちはベルンハルトさんとともに、フィガロさんの住む屋敷に招かれていた。
「ベルンハルト殿、こたびは不肖の息子の危機を救ってくれたそうで感謝の言葉もありません。フィガロ、お前からも皆さんにお礼を申し上げよ」
ハンカチで額を拭いベルンハルトさんに頭を下げているのは、フォルツェン家の現当主で、フィガロさんの父親であり、アグドラファンの街を含む近隣の土地を領有している大貴族であるロメロ・フォルツェン様であった。
「父上、わたしの『黄金の獅子』は、『キマイラ』に敗れたわけではありませんぞ!」
「馬鹿者! 急襲してきた魔物に慌て、ダンジョンの罠にかかり閉じ込められていたのは敗れたも同然だ! ベルンハルト殿たちが潜っていなかったら、お前は生きてこの場にはおらん!」
「わ、わたしは慌ててなど! ガトーやアリアたちが戦おうとせずに小部屋に――」
「そもそも、お前に大事なアグドラファンの街の統治を任せているのは、私の後継者として領民を導く立場であることを自覚させるためであり、冒険者ゴッコ遊びをさせるためではない! これまでは好きにさせてきたが、今後は我が手元にて後継者としての再教育をするつもりだ!」
冒険者ごっこをしている息子に甘いと言われ続けていたロメロ様も、命の危機に瀕した今回の出来事にはかなり激怒されているようで、フィガロさんに対し厳しく叱責をされていた。
「ロメロ殿、フィガロ殿も無事に帰還されたことですし、今回の件で多く学ぶことがあったと思いますので、それくらいにされた方がよろしいですぞ。お怒りになるとお身体にも触りますし」
激高しているロメロ様は、すでに荒い息をしていた。
「歳をとってからようやくできた男子で、大事な跡継ぎと思い、今まで甘やかしてきた。だが、このまま代替わりをしてしまえば、フィガロの代で我がフォルツェン家がお取り潰しにされかねぬ」
「父上、わたしはトップクラスの冒険者として認められた男ですぞ!」
「フィガロ、お前が得た冒険者としての名声は、大金を積んで雇っているガトーやアリア、それにパーティーに属する者たちの功績であろう」
魔物討伐の依頼も、大貴族の嫡男であるフィガロさんが戦わないで済むようガトーさんやアリアさんがメンバーたちに指示を出していたな。
僕が属していた期間も剣を抜いた姿は見たことがなかったし。
「将たる者が軽々しく剣を振るなと父上も申していたではありませんか。わたしは人を集め率いて指示を出すことに専念していたのです」
自分のことを良いように言い繕うフィガロさんに対し、ロメロ様の顔色が変わった。
「分かった。そのように申すなら、フィガロには我がフォルツェン家の私兵たちを率いてもらい、野外遠征の訓練をさせよう。私も若い頃に父親からやらされたものだ。食糧も水もなしで始まり、三日三晩歩き通しで目的地へ到着するだけの簡単なものだ」
父親の話を聞いた途端、フィガロさんの顔色が蒼く染まった。
「そのようなことは家臣に――」
「有事の際は、嫡男であるお前が率いるべき兵たちだ。冒険者として蓄積した経験があればうまく兵たちの指揮もできよう。すぐに支度をいたせ。当主である私の命を聞けぬとは言わぬな」
ロメロ様の厳しい視線に曝されたフィガロさんは、僕たちの方をキッと一瞥すると、唇を噛みしめる。
「承知しました。すぐに野外遠征の準備に入ります。ただ、ガトーやアリアは我が家臣として召し抱えるつもりですので、連れてまいりますことだけお許しください」
「よかろう。見事に訓練を成功させてみせよ」
父親に拝礼すると、フィガロさんは肩を怒らせて部屋から出ていった。
「お見苦しいところを見せた。フィガロには、もっとしっかりとフォルツェン家の後継者という自覚を持って欲しいところだが……」
「まだ歳も若いことですし、これからに期待をするしかありませんな。ロメロ殿が直に教育をされるとなれば、フィガロ殿もひとかどの人物になってくれるでしょう」
「人物の目利きもするベルンハルト殿に、そう言ってもらえるならば、老骨に鞭を打ってあの愚息を鍛え直さねば」
ロメロ様が当主を務めるフォルツェン家は、何名も近衛騎士団長を輩出してきた家柄であった。
そう言えば、ロメロ様も近衛騎士団長を務めて魔物討伐や辺境の盗賊団の討伐などで武勲を挙げた人だったはず。
「そうそう、忘れるところだった。アルマーニ、例の物を」
傍らに控えていたフォルツェン家の徴税官であるアルマーニさんが、紙をロメロ様に差し出していた。
「これはフィガロたちの救助依頼料と成功報酬である。冒険者ギルドには払い込んでおいたので証明書だけとなっておるが受け取ってくれたまえ」
ベルンハルトさんが受け取った紙には、一〇〇〇万ガルドの金額が書き込まれていた。
破格の成功報酬!? さすが大貴族なだけのことはある!
ベルンハルトさんは、報酬を均等割りでくれるって言ってたから、一人当たり二五〇万ガルドの報酬かぁ。
これでダンジョン探索の報酬や再生した装備を売り捌いていけば、自分の借金がなくなるはずだ。
「少しばかり請求した額よりも多めですが?」
「迷惑料も込みということで多めにしておる。それと、ベルンハルト殿のところに新しく入ったロルフ殿にも渡しておくものがある」
ベルンハルトさんの後ろに控えていた僕をロメロ様が手招きして呼んだ。
「ぼ、僕ですか?」
「ああ、アルマーニに調べさせていたが、どうやらフィガロが貴殿に難癖をつけて借金を負わせたらしいではないか。これはその証文だが、これは無効なものだ。差し押さえた家の権利も金銭も全額返金させてもらう」
ロメロ様は、そう言うと僕がフィガロさんにしていた違約金の借金を書いた証文を破り捨てた。
そして、アルマーニさんが差し出した革袋をこちらへ渡してくる。
一瞬、受け取っていいのか困ったので、ベルンハルトさんに視線を向けると『受け取っておけ』と頷かれた。
「あ、ありがとうございます」
「いや、我が息子が迷惑をかけて済まぬ。心より謝罪をさせてもらう」
「いえ、謝罪なんて。フィガロさんのおかげで、今の僕があるんで」
ソロの冒険者としてゴミ拾いとかしてなかったら、エルサさんと出会うこともなかっただろうし、ベルンハルトさんたちのパーティーに入ることもなかった。
なので、追放してくれたフィガロさんには、恨みもあるけど感謝の方が多く感じる。
その後、僕たちはキマイラ討伐の話を肴にして、ロメロ様から屋敷で盛大な歓待を受けることになった。
「ロルフ君、探し物は見つかったかね?」
「ベルちゃん、どうやら見つかったみたいよ。ほら、ロルフ君の指とエルサちゃんの首元を見て」
僕の指にはまった指輪と、エルサさんの首から下げられた形見の指輪を見つけたヴァネッサさんは、その意味を察したようでニコニコと笑っていた。
「あ、ああ。そういうことか。おめでとうと言うべきか」
ベルンハルトさんもヴァネッサさんの言葉で事態を察したようだ。
「ベルちゃんも、そろそろわたしに指輪をくれてもいいと思うんだけど?」
「指輪ならこの前、魔力の回復を促進させる魔石が付いたやつを買わされた気がするが?」
「そういう実用の指輪じゃなくてー」
ベルンハルトさんは、ヴァネッサさんのことを好きなんだろうけど、いざ関係を進める話になると途端に話をはぐらかしていた。
でも、どう見てももう二人は夫婦みたいな感じなんだよな。
「んんっ! まぁ、ロルフ君たちが婚約したことは喜ぶべき慶事として。そろそろ、アグドラファンの街での仕事を終えて、次の街へ行こうと思うのだが。ロルフ君たちの方の準備はいいだろうか?」
ヴァネッサさんに指輪をねだられたベルンハルトさんは、わざとらしく咳ばらいをすると、話を変えて街の移動をすることを告げていた。
ついにアグドラファンの街ともお別れか……。
形見の指輪も見つかったし、エルサさんに婚約指輪も渡せたし、実家は祖母の知り合いの人が管理してくれるって話だし、街で別れを告げておく人にはもう告げてある。
やるべきことはやってあるから、すぐにでも出発できる状態だった。
「準備はもう大丈夫です。形見の指輪も見つけられましたしね。次はどこの街に向かうんです?」
「アグドラファンの冒険者ギルドで依頼を受けた希少金属の輸送のため、鍛冶の街ミーンズに向かう。あの街ならロルフ君たちの作った品質の良い武具もよい値が付くだろうし」
「鍛冶の街ミーンズですか。名前は聞いたことあったけど一度も行ったことないや」
「あの街は年中煤が飛んでてすぐに汚れるのよねー。あまり長居はしたくないわ」
「リズィー、次はミーンズだって」
エルザさんに抱きあげられたリズィーは、ヴァネッサさんの汚れるという話を聞いてイヤイヤと首を振っていた。
「ミーンズでの滞在は短い予定なので問題はないはずだ。さて、ロルフ君たちも準備はできているようだし、そろそろ出発しよう」
「はい! 行きましょう!」
こうして僕はエルサさんと共に、ベルンハルトさんの『冒険商人』のパーティーに加入し、一人前の冒険者になるため、生まれた街を出て、さまざまな街を巡る旅に出ることになった。