僕は外にいたさっき僕らを中に入れてくれた人達に謝った。
「いいんだよ。後夜祭の準備はもうほとんど終わってるし。麗音さんが聞かせてくれたあの綺麗なピアノと歌声のほんの少しのお礼だよ」
優しい人で良かった。僕は再び頭を下げてから智にLINEをした。
『本当にごめん。すぐそっち行く』
とだけLINEしてすぐに智と合流して僕らは歩いて河川敷に向かった。
「茜ー。後夜祭行かなくていいの?」
そう聞いたのは智だった。
「平気!私去年参加したけどちょっとあのノリ苦手というか。麗音も同じこと言ってた。」
あれは麗音が気を遣ったわけではなかったのて少しだけ安心した。
「そういえば麗音は?」
「今片付けしてるって。ずくに河川敷に向かうって言ってたよ」
「やっぱり麗音に会ってたのか!」
智には珍しくカマをかけられた。でも、嘘をつくつもりはサラサラない。
「ああ。麗音に会ってた。」
「そっか!」
河川敷に着いて3人で腰を下ろし、僕は覚悟を決めた。麗音に初めて話しかけた時より比べ物にならない位の覚悟を。
「あのさぁ。ちょっと前にさ。話すって言ってたこと話すね。」
「随分と急だな。もう平気なのか?」
「うん。どうせこの文化祭が終わったら話そうと思ってたし。」
「そっか…。別に無理して話す必要ないからな?」
智なりの優しさなのだろうけど、智と茜はあの僕を哀れんだ奴らとは違うことは随分昔に気づいていたが話す機会がなかった。でも今なら話せる。麗音と同じようにこの河川敷なら話せると思った。
「僕の家庭。実は母子家庭なんだ。要は超貧乏でさ。原因は父親の浮気。笑えるよな。でも、普通の幸せな家庭を装って今まで生きてきたんだ。小学生の頃、友達だと思ってたやつがこのことを知ったら急に疎遠になってさ。だから、怖かったんだ。もし智や茜にこのことを話したとして嫌われたらどうしようとか。バカにされたらどうしようとか。別に智達がそんなことをするやつだとは思ってないけど、どうせなら隠し遠そうと思ってたんだ。」
智と茜は静かに僕の過去の話を頷きながら聞いてくれた。やっぱり小学生の時の奴らとは違った。
「そっか……。話してくれてありがとう。これで本当の友達になれた気がするわ。」
言ってる意味が少し分からなかったから間抜けな声が出てしまった。
「え?」
そしたら智は「いや、」と話始めた。
「なんか。壁があったというか。別になんでも話せる仲が友達だとは思ってないけど、どこかに俺には知りえない壁がずっとあってさ。それが今壊された気がする。」
「私も同じ。智と出会わせてくれた湊には感謝してるけど、私もどこかなんかしらの壁を感じてた。そういえば麗音にはこのこと話したの?」
話したと答えると麗音のことも話さなきゃいけないしそれは僕から話してしまっていけないし、あの今は僕しか知らないことを話さなきゃいけない羽目になる。それだけはごめんだ。
「うん、話したよ。というかさっきそれを話してた」
ということにしておこう。すると智の隣に座っていた茜が顔をひょっこり出して、
「んで?告ったの?」
「は!?」
茜がいきなり変なことを聞くから変な声が出てしまった。
「そーだよ!告ったの!?」
智が畳み掛けるようにそう言ってきた。僕は平常心を取り戻し質問に答えた。
「……告白はしてないよ」
「え!?してないの?うわぁー意気地無しー!」
いつも2人をからかってる仕返しなのだろうか。今日は一段とうるさい2人だ。
「意気地無しって……。こっちにもタイミングってものがあるんだよ」
もう少しで『今日の太陽』とのお別れの時間が来る時に茜が「智!私トイレ行きたい!早く行こ!」と言って智の手を引きどこかへ行ってしまった。
「なんで智をトイレに連れてくんだよ……」
数秒してから隣でカサっと物音が聞こえた。
恐る恐る横を見ると隣には麗音が座っていた。初めて麗音と話した、僕の人生の歯車が動き出したあの日と全く同じように隣に静かに座っていた。でも、あの日と決定的に違うことがある。それは麗音がこちらに気づいていて今、目が合ってる事だ。
すると麗音はさっき僕が麗音と麗音のお父さんに渡した紙とペンを取りだし。あの日と同じように文字を書き始めた。
『初心にかえってみたくて。あと、お父さんと仲直り出来ました。わざわざありがとうね。』
紙とペンを受け取り僕も返事を書いた。
『いや、麗音が招待状送ったんでしょ?』
僕は送ってないということにしておいた。
『チケット送ったってなんで知ってるの?お父さんと私しか知らないはずなのに。お父さんに会いに行ったんでしょ?わざわざ。お父さんから聞いた。本当にありがとう。感謝してもしきれないよ』
『そっか。知ってたのか。でも、麗音送ったから来たのは事実だよ?僕は何もしてない。』
『ううん、本当にありがとう。』
その麗音からの感謝を素直に受け取ることにした。僕は本当に何もしてないけど。
『ところでさ3曲目に弾いてた曲何?』
さっきからずっと気になってることを聞いてみた。
『あれはね。お父さんとお母さんの作った曲なんだ。そしてその曲は私が初めて弾けるようになった思い出の曲』
そーだったのか。忘れてたが両親は音楽家だったな。
「え?『好きです』の手話が知りたい?そんなのいつ使うんだい?あ、もしかして麗音に伝えるのかい?」
節子先生はにやにやしながらそう言ったけど僕は至って真面目だ。
「あ、はい。いつか伝える時のために教えていただくて。」
自分で調べるのもいいと思ったが、僕は文化祭が始まる前の僕が通う最後の手話教室で節子先生にそう聞いた。これは人の手で教わりたいと思った。変なこだわりだが、そういうとはしっかりしたい。すると節子先生は、
「随分と素直だね。いいかい?こうやってこうだよそれを麗音にそのまま伝えなさい。」
そう言って左親指と右手小指を立てて、左右外側から内側に近づけて真ん中でつけた。
そして今、麗音に節子先生から教えてもらった『好きです』と伝えた。すると麗音は顔を赤面させてから、『それは早い』
と言われた。僕の頭には「?」が浮かんでいた。
すると麗音はそんな僕の顔を見て再び紙とペンを走らせた。
『それ結婚してくださいって意味だよ?』
と書いた。僕は急に恥ずかしくなって体温が急上昇した。節子先生……やってくれたな。だからあんなに無駄ににやにやしてたのか。
『でも…』
と書いてから麗音は僕に向かって両手の手の平を上向けにし、上下に水平並べて互い違いに回した。
「それって……」
それの意味が僕にはわからなかった。初めて見る手話だった。そんな僕を見かねて麗音が再びペンを走らせてくれた。
『私もあなたが好きです。付き合ってください』
紙で顔を覆っていたから僕は思わずその紙を無理やりどけて手を握っていた。
その手はとても小さく綺麗でそして暖かった。
そして、『今日の太陽』がいつもより輝いて見えた。
あれから数ヶ月が経って今や高校2年生ももうすぐ終わりかけとなった現在。
今は進路希望の紙を担任の高橋先生が配っている。
「よし。それ今度の金曜までにご両親と相談して書いてもって来るように!」
一学期とは生まれ変わったように高橋先生は真面目になった。僕らが来年から受験生というのもあるだろうけど。
家に帰宅しすぐに母に僕の夢のことを話した。
「あのさぁ。僕、音楽関係の仕事に着きたいんだけど…。いいかな?」
「具体的には?どんな仕事?」
母は笑顔で興味津々になって聞いてくれた。でも具体的なことはまだ決まってない。
「ごめん。それはまだ決まってない。」
それはおいおい考えようと思う。
「まあいいわ。湊がやりたいことが見つかって。最近できた彼女の影響かなー?」
母はニヤニヤしながらこっちを見ていた。やっぱり母には勝てない。
僕が音楽関係の仕事に付き合いことを伝えたかった。
紙には「音楽関係」とだけ書いてカバンにしまい、今日は麗音や智や茜といつものように河川敷で会う約束をしたのですぐに家を出た。
「いやーすごいな。本当に偶然だなー」
ある雑誌を見ながら智が呟いた。その雑誌には、
『ある高校の文化祭で発見!会場を優しい音で覆い尽くした謎の少女!』
と書いてあった。もちろんこれは麗音の事だ。
先月発売された雑誌に掲載された。
今だから言うが、僕が雑誌を作っている関係者…佐藤さんを文化祭に招待したのだ。撮るかどうかの判断は委ねたけど。もちろんみんなには内緒だ。
「そーだね!偶然だね!たまたま雑誌関係者が私たちの文化祭に来てたなんて!いやー!それにしても麗音すごいね!」
麗音は「そなことないよ」と手を横に振っているが、あれは評価されるべき音だ。耳が聞こえない人がピアノを弾いてるのがすごいのではなく麗音の音がすごいのだ。
雑誌も麗音の耳が聞こえないことは書いてなかった。これも僕が雑誌に記載するなら書かないで欲しいと頼んだ。
「にしても湊…。今思い出したけどあれはさすがに俺にも出来ないわー」
なんのことだかわからなかったが智が左親指と右手小指を立てて、左右外側から内側に近づけて真ん中でつけた。
「ちょっと待て、なんで知ってんだよ!」
「なんでって。見てたから?俺あの後気になって携帯で調べたんだよ。そしたら…あははははは」
「え?それどういう意味?」
智が笑っている理由を茜が聞いたがもうどうにでもなれと思って止めなかった。
「いや、湊がさ。文化祭の後俺は2人きりにしたじゃん、そしたら湊が麗音に向かって手話で『結婚してください』って。あははははは」
「まじ?やるね〜!」
「う、うるせーよ」
思い出しただけで穴があったら入りたい。でも、これもいい思い出だ。
こんなに仲良くなった今でもこいつらに話せてないことは沢山ある。それはいつかきちんと話そうと思った。
そして今日も『今日の太陽』は僕たちの世界を明るく照らし続けてくれる。