ルーザー=デッド・スワロゥ


第1話 東風(こち)()かば

 第1話 登場人物

【名無し】の剣士
ディスコルディア
キリ
ミスラ
メリュジーヌ
ペルセポネ
イシス
アスタルテ
ヴェルダンディ
ナレーター



〇【異世界】の森 (昼)

 シュヴァルツバルトみたいなうっそうとした森が広がっている。
(※第2話で明らかになりますが、【異世界】の森です)
 そこを、キリが必死に走っている。
 背後から「待て!」という声が複数追いかけてくる。
 キリのワンピースドレスのポケット(の中身)が、淡い光を発しているが、キリは気付かない。

キリ
「助けて、誰か……嫌、死にたくない……!」

 キリの声に反応するよう、光が強まる。


〇現世 どこかの島 (昼)

 砂浜で、二人の剣士がにらみ合っている。
 さながら、巌流島の決闘である。

(※実際、このシーンは巌流島の決闘をモチーフにしています)

 激突、剣戟の音――激しい斬り結びの果て、片方が額から血を噴き上げて倒れる。
 倒れた方が、本作の主人公、【名無し】の剣士。

ナレーター
「決闘に勝率などありえない。勝者(ウィナー)敗者(ルーザー)が生まれるだけ、ただそれだけ」

 砂浜に仰向けに倒れ、目を薄く開いている【名無し】の剣士。
 目にほとんど光がない。もう間もなく死ぬだろう。
 額は無残に割れ、そこから既に大量の血が流れ出ている。

ナレーター
「だが、これは物語の序章に過ぎない」

 空を、沢山のツバメが飛び交っている。
 しかしそれは、【名無し】の剣士が今際の際に見ている幻影である。

(※以降、【名無し】の剣士の心の声を、【名無し】の剣士・Mと表記します)。

(※【名無し】の剣士の回想)

〇現世 どこかの山の中 

 一心不乱に剣を振るい、修練に励む【名無し】の剣士。
 素振り、滝行、洞窟での瞑想なども行う。
【名無し】の剣士、ある時、飛んできたツバメを斬り捨てる。

【名無し】の剣士・M
「だが、俺は敗れたのだ」

(※【名無し】の剣士の回想 終了)


〇現世 どこかの島 (夕方)

 夕陽が沈もうとしている。それは、【名無し】の剣士の命が尽きようとしていることの比喩。
 数多のツバメの幻影が飛び交う中、【名無し】の剣士は逝こうとしている。

【名無し】の剣士・M
「ツバメたちよ、さぞかし俺が憎かろう。俺は神速の領域の剣技を手にすべく、お前たちを斬った。斬って斬って斬って斬って、斬った。結果はどうあれ、俺はお前たちの屍を踏み台にした。そして、この敗北は、お前たちへの冒涜だ。……俺を地獄に連れていくなり、なんなり好きに」

ディスコルディア
「なんなり好きに、なんだ?」

 ディスコルディア登場。
【名無し】の剣士を覗き込むようにして、ディスコルディアが立っている。
 ディスコルディア、死にかけの【名無し】の剣士を見て、「……悪くない。お前で良さそうだ」と言う。
 怪訝そうな表情を浮かべる【名無し】の剣士。

ディスコルディア
「このまま戦いに身を置き、武を極めん者として、無様に敗れ、ただ死んでいくなど、つまらぬと思わぬか? つまらぬ、と()うのならば……雛僧(こぞう)、わたしを受け入れろ。ここで散ることを、無様に終わることを拒むのなら、死の境界を踏み越えた先、安寧など許されぬ戦場(いくさば)に臆さぬというのなら、至高(たかみ)渇望する(のぞむ)というのなら……雛僧(こぞう)、わたしと契約し(ちぎり)騎士(ドラウグル)となれ。わたしは【魔神】ディスコルディア。【英雄】たる資質を持つ人間を、騎士(ドラウグル)へと昇華させる者」

 わけが分からず戸惑いの表情を浮かべる【名無し】の剣士にディスコルディア「お前を打ち破った、あの剣士以上になりたくないのか?」と言う。

【名無し】の剣士の脳裏に、映像が断片的に浮かぶ。

【名無し】の剣士のそれまで生き様が映像となり、断片的に浮かぶ。
 修行時代から、先程の決闘、そして負けるまで。
 最後に浮かんだ映像は、自分を打ち負かした相手の剣士の後ろ姿。

ディスコルディア
「迷うな。時間はあまりない。貴様の魂は、既に燃え尽きかけの蝋燭だ。間もなく、死神の腕に抱かれよう。さあ、どうする?」

 ディスコルディアの背後に、黒い霧が発生する。
 そこから、大鎌を携え、黒いローブを羽織ったガイコツ(※死神)が這い出てくる。

【名無し】の剣士、「契約を渇望する(のぞむ)!」と言い放つ。
 対し、ディスコルディア「契約、成立だ!」と叫ぶ。
 その際浮かべた「してやったり!」って笑顔は、どこか、奸智に長けた悪魔の笑みを思わせる。

 瞬間、ディスコルディアの身体が光に包まれる。
【名無し】の剣士の視界、光に遮られる。
【名無し】の剣士に迫っていた死神、吹き飛ばされる。

 光が収まった時、そこにいるのは巨大な神々しい純白の鳥。
 それは、ディスコルディアが変身した姿。
(※不死鳥とか朱雀みたいなのをイメージしてください)。
 既にそこに、【名無し】の剣士の姿はない。

ディスコルディア
「今しばらく微睡め(ねむれ)雛僧(こぞう)……いや、我が騎士(ドラウグル)よ。いざ、行かん!」

 変身したディスコルディア、翼を広げ、大空へと飛び立つ。
 死神、追いすがろうとするが、振り振りきられる。

 ディスコルディア、そのまま成層圏を突き抜け、宇宙へ。
 星々の間を抜けてどこかへと消えていく。

ナレーター
「その世界の歴史の記録によれば、一人の名を持たない剣士が決闘に敗れ、無念の死を遂げたという。だが、これは物語の序章に過ぎない。何故なら、時代と場所は異なるが、同じようなことが世界各地で起こっていたからだ」


〇世界各地のあらゆる時代で

ミスラ
「竜の名を持ちし誇り高き名君にして暴君よ、我が名は【魔神】ミスラ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】ミスラから勧誘を受けたのは、15世紀のワラキア公君主、ヴラド3世。

テロップ
『1476年 ルーマニア』


メリュジーヌ
「絶対無敗の銃の勇士よ、我が名は【魔神】メリュジーヌ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】メリュジーヌから勧誘を受けたのは、フィンランドの狙撃手シモ・ヘイへ。

テロップ
『2002年 ロシア』


ペルセポネ
「剣鬼と恐れられし武士(もののふ)よ、我が名は【魔神】ペルセポネ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】ペルセポネから勧誘を受けたのは、新選組副長、土方歳三。

テロップ
『1869年 日本』


アスタロト
「昇ることなく命を終えた心優しき者よ、我が名は【魔神】アスタロト。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】アスタロトから勧誘を受けたのは、新選組六番隊組長、井上源三郎。

テロップ
『1868年 日本』


イシス
「無念の果てに潰えし法に繋がれざる者(アウトロー)よ。我が名は【魔神】イシス。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】イシスから勧誘を受けたのは、アメリカ西部開拓時代のガンマン、ビリー・ザ・キッド。

テロップ
『1881年 アメリカ』


ヴェルダンディ
「可憐な騎士にして勇猛な聖女よ。我が名は【魔神】ヴェルダンディ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】ヴェルダンディから勧誘を受けたのは、フランスの聖女ジャンヌ・ダルク。

テロップ
『1431年 フランス』


【魔神】ヴェルダンディがジャンヌ・ダルクを勧誘した時、丁度火刑の最中。
火刑台を囲む民衆たちから「なんということだ!」「見ろ、ジャンヌ様のご遺体から純白
の鳩が!」「なんてことだ! 俺たちは、俺たちは……本物の聖女を焼き殺してしまったんだ!」「神よ、お赦しを!」という声が上がる
実際は奇跡でもなんでもなく、【魔神】ヴェルダンディが巨大な純白の鳥に変身し、空へ舞い上がっただけ。
しかし、民衆はそれを知らないので、大パニックになっている。


ナレーター
「もしかすれば、ありえたかもしれないことだ。されど、これはこの世界の歴史の一端であり、もう終ってしまったことだ。そして、騎士(ドラウグル)となった者たちにしてみれば、最早関係ないことなのだ」


〈ルーザー=デッド・スワロゥ 第1話 了〉

第2話 登場人物

【名無し】の剣士
 ディスコルディア
 キリ
 モル
 ロロ
 ラロ
 ロナー
 ガーネット
 トルシュ村の村人たち
【黒竜帝国】の兵士たち
 ナレーター



〇【異世界】の森 (昼)

 シュヴァルツバルトみたいなうっそうとした森が広がっている。
 そこを、キリが息を切らして必死に走っている。
 背後から「待て!」って感じの声が追いかけてくる。
 キリを追いかけているのは、中世の騎士が纏うような鎧を纏った兵士たち。
 彼らは【黒竜帝国】の兵士である。
 兵士たち「逃がすな! 皆殺しにしろとのお達しだ!」「亜人は見つけ次第、殺せ!」「逃がすな、亜人は殺せ!「殺せ! 殺せ! 殺せ!」「殺せ! 亜人は、殺せ!」

キリ
「ボゥラさん、ドゥーラさん、アジス爺ちゃん、メヒコおばちゃん、ミディーおじちゃん、モル、ロロ、ラロ、ロナー……ああ、どうして、どうして……どうして! あたしたち、一生懸命生きていただけなのに、どうして殺されなきゃいけないの!?」

ナレーター
「終わりはいつだって、理不尽に始まる」


(※キリの回想シーン)

〇【異世界】トルシュ村 酒場 (昼)

 シュヴァルツバルトみたいなうっそうとした森の中に、小さな村がある。村の名は、トルシュ村。
 小さいながらしっかりとした造りの木造の家屋が建ち並び、畑が、井戸がある。家畜が飼われていて、牛がのんびりと草を食み、鶏が走り回っている。
 野外に、村人の姿はない。村に一つしかない酒場に、村人たちが全員集まっている。
 村人たちは、オークやコボルトやダークエルフ等、この【異世界】では亜人と呼ばれ、忌み嫌われる者たち。
 今日は、村の若い男女の結婚式。なので、みんな精一杯おしゃれをしている。
 キリの姿、周囲から浮いている。キリだけ唯一、人間の姿に近い。ぱっと見て、キリは人間にしか見えず、村人たちの中で浮いた存在となっているが、誰も忌避していない。
 キリ、友達(モル、ラロ、ロロ、ロナー)と一緒に、紙吹雪が入ったバスケットを手に持
っている。
「練習通り行くよ」と真剣な顔で言うラロ。
「……ごめん、おしっこしたい」と、ロロ。

(※異世界のトイレは、一部を除いて野外トイレという設定です。)

「早く行ってこい!」と言われ、ロロ、バスケットを置いて酒場から出て行く。

「それでは、新郎新婦の入場です!」という声と共に、酒場の奥の扉が開いて、婚礼の衣装に身を包んだ若い亜人の男女が出てくる。
婚礼の衣装、決して豪華なものではないが、質素で美しい。
「ボゥラさん、ドゥーラさん、ご結婚おめでとうございます!」と、村人たち全員。
 キリとその友達、紙吹雪をまく。紙吹雪が、新郎新婦に降り注ぐ。

 キリと子供たち全員
「ボゥラさん、ドゥーラさん、どうか末永くお幸せに!」

 祝福を受け、幸せそうに微笑む新郎新婦。
 酒場には、二人の結婚を心から祝う亜人たちの幸せと笑顔が満ち溢れている。

〇異世界 トルシュ村 外 (昼)

 ロロ、「急がなくちゃ! 急がなくちゃ!」と言いながら、道を走っている。
 そんなロロの後ろ姿を、森の中からいくつもの目が見ている。【黒竜帝国】の兵士たちだ。
 兵士の一人、弓を構え、矢を番え、構える。走るロロに向けて、矢を放つ。
 放たれた矢は、ロロの首に命中する。ロロ、倒れる。
 死んだロロの周りに、隠れていた兵士たちが集まってくる。全員、剣や槍で武装している。
 指揮官である女兵士ガーネットが登場する。

ガーネット
「これより、亜人どもを殲滅する!」

【黒竜帝国】の旗が翻る。


〇異世界 トルシュ村 酒場 (昼)

 結婚式、盛り上がっている。
 亜人の大人たち、新郎新婦に祝福の言葉をかけている。
 キリたち、壁際にいる。「ロロの奴遅いな」と、ぶーたれている。
 ロナーとキリ、モルとラロから少し離れた場所で新郎新婦を見ている。
 二人を見るキリ、ちょっと涙ぐんでいる。
 心配するロナーに、キリ「大丈夫」と涙を拭う。


キリ
「死んだお父さんとお母さんも、あんな風にみんなにお祝いしてもらったのかなって思ってさ」

ロナー
「キリ……」

キリ
「わたしも、大人になったら……村の誰かのお嫁さんになれるのかな? わたし、純粋な亜人じゃなくて、半分人間だけど」

 そう言うキリに対し、ロナー、「そんなの……かまうかよ! キリはキリだ」と言う。

ロナー
「シヴァさん(※キリの父)と瞳美(ヒトミ)さん(※キリの母)の自慢の子供のキリだ。トルシュ村で一番かわいいキリだ。木苺のジャムを作るのが得意なキリだ。上着に刺繍をするのが下手くそなキリだ。おれのかあちゃんが作るシチューが大好きなくせに、にんじんが苦手でおれの皿にいつの間にか押し付けてくるキリだ。トルシュ村の一員のキリだ!」

 ロナー、顔を赤くしてそっぽを向いてもじもじしている。照れているのを隠している。
 ロナー、片手をズボンのポケットに突っ込んでいる。ポケットには、キリにプレゼントしようと思っていたペンダントが入っている。
 
ロナー
「だから、もしよかったら、俺と」

 ロナーの台詞、酒場の窓が派手に破られる音で遮られる。
 窓を破ったのは、先程射られたロロの死体。
 村人、悲鳴を上げる。
 直後、酒場の扉が蹴り破られ、武装した【黒竜帝国】の兵士たちがぞろぞろ踏み込んでくる。

兵士たち、「昼間からこんな所に集まってパーティーか、亜人ども!」と、手にした武器を村人たちに向ける。

(※キリの回想シーン 終了)


〇異世界の森 (昼)

 冒頭に戻る。
 シュヴァルツバルトみたいなうっそうとした森の中を、キリが息を切らし て逃げている。
 兵士たち、馬に騎乗してキリを追いかけている。下卑た笑みを浮かべ、キリを殺すのではなく、生け捕りにしようとする。
 兵士の一人がスリング(※遠心力の力で石を飛ばす事が出来る武器)を取り出す。石をセットして、馬に騎乗しながら頭上で振り回す。
 逃げるキリに向けて、石が放たれる。石、キリの背中にぶち当たる。

 キリ、悲鳴を上げて前のめりに倒れる。目の前には、鬱蒼と生い茂った茂み。
 不意に、木立が途切れる。キリの足、地面を踏んでいない。
 バシャーンッツ!! と派手な音。
 キリ、湖に落ちる。

(※以降、キリの心の声を、キリ・Mと表記します)。

キリ・M
「く、苦しいっ! 息がっ! 助けてっ、誰か助けてっ! ……おとう、さん。……おかあ、さん……」


(※キリの回想シーン)

〇異世界 トルシュ村 酒場 (昼)

 結婚式のために酒場に集っていた亜人たちを、【黒竜帝国】の兵士たちはなんの躊躇もなく殺していく。
 大人も子供も男も女もかまうことなく殺す。
 逃げ惑う亜人達、中には泣いて慈悲を、命乞いをする者もいるが、兵士たちは聞き留めない。最早、虐殺である。

ロナー
「キリ、逃げろ! お前だけは、逃げて!」

 モルとラロ、既に殺されている。
 ロナー、キリを庇って殺される。
 その際、手にポケットに入れていたペンダントを握らせる。

ロナー
「キリ、逃げて、生きて、俺の分も、お願い、みんなの分も……」

(※キリの回想シーン 終了)


〇 異世界の森 湖の中

キリ・M
「鍛冶師のアジス爺ちゃんは腕のいい鍛冶師で、みんなの農具を作ったり直したりしてくれました。パン屋のメヒコおばちゃんは、毎日早く起きてみんなのパンを焼いてくれました。ドゥーラさんは隣の家の素敵なおねえちゃんで、わたしが小さい頃、遊んでくれたり抱っこしてくれました。ボゥラさんはそんなドゥーラさんを好きになって、お嫁さんになってほしいってみんなの前でプロポーズした素敵なおにいさんで……。牛飼いのミディーおじちゃんは牛のお産を見せてくれてくれました、みんなに命の尊さを教えてくれました。ロロ、モル、ラロ……それに、ロナー。ひどいよ……こんなきれいな石でできたペンダントなんか、いらないのに。……みんなと一緒なら、わたしはそれだけで……よかったのに」

 湖の底に沈んでいくキリ。

キリ・M
「そんなすてきなみんなが、なんで……亜人ってだけで、昔、魔王の軍勢に加担したってだけで、転生者の勇者が勝っただけで、こんな残酷に殺されなきゃいけないの? わたしたちは、誰にも迷惑をかけず、静かに暮らしていたよ。なのに、ひどいよ……!」

 キリが持つペンダントが、眩い光を放つ。
 キリは目を閉じていて、それに気付いていない。

キリ・M
「助けて……誰か、怖いよ! ……死にたくない」

 ペンダントが放つ光に向かい、近づくシルエット。
 それは手を伸ばし、キリを掴む。
 キリの二の腕を、力強く掴む、男の手。
 そのままキリを抱きとめ、水面に向かっていく。

〇 異世界の森 湖 (夜)

 日は沈んでおり、複数の兵士たちが、松明をもって湖周辺をうろうろしてキリを捜している。
 スリングを投げた兵士に、「獲物を水ん中に落としちまいやがって」的な罵声が浴びせられている。
 風が吹いてもいないのに、湖にさざ波が起こっているのに気付いていない。
 
 次の瞬間、湖から大きな水柱がド派手に上がる。
 それと共に、湖から意識を失ったキリを抱えた【名無し】の剣士が、飛び出し兵士たちの前に降り立つ。

 兵士達、「なんだ、こいつ?」と叫び、帯びていた剣を抜き放つ。
 兵士たちにとって、【名無し】の恰好は変てこりんもいいところだろう。

(※【名無し】の剣士の衣装、江戸時代の浪人みたいな感じの和装をイメージしています)

【名無し】の剣士、キリを腕に抱いたまま、兵士たちを見る。

 キリ、ぼんやりとした目で、【名無し】の剣士見る。
【名無し】の剣士の周辺に、ツバメ(※の幻影)が飛び交っているのが見える。

キリ
「……ツバメ、死んでいる(デッド・スワロゥ)?」

 呟いた瞬間、意識を失う。

ナレーター
「始まりも、また然り」


〈ルーザー=デッド・スワロゥ 第2話 了〉

第3話 血風(かぜ)立ちぬ

 第3話 登場人物

【名無し】の剣士
ディスコルディア
キリ
ガーネット
オルカ
【黒竜帝国】の兵士たち
ビリー・ザ・キッド
イシス
レッサードラゴン


※【名無し】の剣士は契約の代償で一切喋ることができなくなっています。
 なので、【名無し】の剣士の後に続く「」の中の言葉は、彼が心の中で喋っているものであると思ってください。

※喋ることができない【名無し】の剣士がディスコルディアとどうして意思疎通できるかなのですが、契約関係にある以上、二人は運命共同体、文字通り一心同体みたいな感じのものなので、そういうわけだから通じ合えているって思ってください。



〇【異世界】の森 崖の上 (夜)

【異世界】の森を見下ろせる崖、その上の茂みの中、双眼鏡を覗いている人物がいる。
 ビリー・ザ・キッド登場。
 双眼鏡の先、【黒竜帝国】兵たちが大慌てで湖へと向かっている。
「なんか面倒くせぇことになってきやがったな」と、呟く。

ナレーター
「出会いは、いつだって偶然から生まれる。偶然は、いつだって必然である」


〇異世界の森 湖 (夜)

【名無し】の剣士
騎士(どらうぐる)になる契約はともかく、いのう(・・・)なんていうわけのわかわからんものと引き換えに、声を奪う(ぬすむ)とは。てめぇは可憐な乙女のナリをした魑魅(もうりょう)だな」

ディスコルディア
「フーフフフ♪ 大いなる力には、代価が必要なのだよ」

【名無し】の剣士
「で、これはその代価とやらのオマケか?」

 ディスコルディアと問答中の【名無し】の剣士を、武器を構えた兵士たちが取り囲んでいる。

(※兵士たちには、【名無し】の剣士がただ突っ立っているようにしか見えていません)

 兵士たち、「貴様、何者だ?」とか言うが、【名無し】の剣士は既に契約の代償で声を失っているため、答えることができない。

【名無し】の剣士
「つーか、どうすんだよ。相手(ひと)意思の疎通(やりとり)ができねぇぞ。洒落になんねぇよ。やべーよ、
マジでやべーよ」

ディスコルディア
「案ずるな。減らず口など、あって百害だ。声などなくとも、この私が楽しませてくれる。この、楽しい楽しい【異世界】を楽しく導いてやる。お前は私の契約者、【魔神】ディスコルディアに選ばれし騎士(ドラウグル)。余計な不自由だけはさせぬ」

 と、その時「なにをしている!」という声。
 指揮官の女兵士ガーネットが、兵士たちの囲みを割って登場。
 ガーネット登場。
 兵士たち、「妙なやつが現れまして」ことの成り行きをガーネットに説明。
 ガーネット、【名無し】の剣士に武器(※レイピア)を向け、「何者か知らないが、同行を願おう」と言い放つ。
 答えない(※答えられない)【名無し】の剣士の態度に苛立つガーネットの背後から、巨漢の兵士が現れる。
 オルカが登場。
「言って分からないなら、少し痛い目みせてやるといい」と、オルカ。武器の鎖付き鉄球を取り出し、頭上で振り回し始める。サディスティックな笑みを浮かべ、「おらぁ!」と鉄球を放つ。
 だが、鎖が途中で切れ、鉄球は明後日の方向に飛んでいく。呆気にとられるオルカだが、次の瞬間、他の兵士たちを巻き込んで吹っ飛ばされる。
 その前に、何事もなかったかのように立つ【名無し】の剣士。

※この間に起こったこと※
【名無し】の剣士、ほぼ止まっているようにしか見えなかった鉄球が放たれる瞬間、踏み込んで片手で抜刀、鎖を切断、そのままの勢いに乗ってオルカの顔面に膝蹴りを叩きこんだ。
 これを、片腕にキリを抱えたままやっています。

 兵士たちの間から、ざわめきが起こる。彼らには、【名無し】の剣士の動きが速すぎてなにが起こったか分かっていない。
 兵士の何人かが顔面を無残に潰されて仰向けに倒れているオルカを見た時、「コノヤロウ、やりやがったな!」「かかれ! 殺せ!」ってなって、無防備に立っている【名無し】の剣士に一斉に襲い掛かる。
【名無し】の剣士、【異世界】の未知の武器相手に向ってくる兵士たちに喜び、「面白ぇ! かかってこいよ!」と刀を再び抜き放ち、襲い掛かってきた兵士たちを全員返り討ちにする。兵士たち、鎧を着ているのだが、【名無し】の剣士はお構いなし。鎧ごと、まるで豆腐のように叩き斬る。
 瞬く間に、兵士たちは全滅。生き残りは、ガーネットだけになる。
 その戦いぶりを見たガーネット「まさか、貴様はあのお方たちと同じ存在なのか?」と呟く。

(※このセリフで、既に【黒竜帝国】に騎士たちがいることが読み手に提示されます)

【名無し】の剣士、ガーネットの方を見る。死を覚悟するガーネット。
 だが、二人の間にゴルフボール大の球体(※煙幕)が数個飛んで来る。球体、破裂し、煙をもうもうと噴き上げる。
 そこに馬に騎乗した兵士が現れ、煙に紛れてガーネットを抱えて逃げ去る。
 煙が晴れた時、既にそこにガーネットはいない。

【名無し】の剣士、咳き込みながら「ちっ!」と舌打ちし、「逃げたか……」
追いかけようとして、そして、思い出したように腕の中のキリを見る。「なんとなく助けてちまったが、さて、どーすっかなー?」と、気まずそうに頭をかく。
 そんな【名無し】の剣士を、ディスコルディアは恍惚とした表情で見ている。

ディスコルディア
「なりたてにしては、素晴らしくよく殺ってくれる! フーフフ……この程度、前菜(オードブル)にもならならぬというか! 嗚呼……お前はこの先、この世界で、どれほどの血を流させ、どれだけの命を刈り取り、どれだけ以上の魂を吹き飛ばすというのだ!? フフ、楽しみだ……フフフ、フーフフフフ!! わたしは、とてもとても楽しみで仕方ない!」


〇【異世界】の森 (夜)

 ドイツのシュヴァルツバルトみたいなうっそうとした森の中。
 後ろにガーネットを乗せ、馬を走らせる兵士。
 駆けつけるのが遅くなったことを詫びる兵士に、ガーネットは「お前一人か、なにかあったのか?」と聞く。兵士が答えようとした瞬間、矢が飛んできて馬に刺さる。
 馬が悲鳴を上げて倒れる、落馬する二人。
 隠れていた盗賊たちが現れ、二人を取り囲む。


〇【異世界】の森 崖の下(夜)

【名無し】の剣士
「せめて、ここが一体どこなのか聞いてから殺るんだった」

ディスコルディア
「気にするな。結果オーライだ。貴様の性能はあらかた理解できた。あとは早いところ、食い散らかし甲斐のあるメインディッシュを見つけなければ!」

【名無し】の剣士
「めいんでぃっしゅ? なんだそりゃあ?」

ディスコルディア
「知らないのか? ご馳走のことだ。そしてそれは、例えでもある。我が契約者たるお前への戦いへの欲求を満足させてくれる唯一。……で、我が契約者よ。いい加減、あれをどうにかしたらどうだ?」

 わけわかんねぇといった面持ちでいる【名無し】の剣士に、ディスコルディア、背後を指差す。そこには、キリがいる。
 キリ、ある程度距離をとって、【名無し】の剣士の後を付いて来ている。

ディスコルディア
「責任をとれぬというのなら、無責任に助けるんじゃない。……殺せ」

 その一言に、キリ、びくっ! ってなる。


〇【異世界】の森 崖の上 (夜)

 ビリー、「あーあ、やべぇな、こりゃあ」と呟き、双眼鏡を脇に置く。
 立ち上がり、「来たれ……」と呟く。
 風がないのに髪がふわりと揺れ、足元から生まれた光が顔と、背後のイシスを照らす。
 光はほんの数瞬で収まる。ビリー、肩にRPG-7(※ロシア製対戦車ロケット擲弾発射器)を担ぎ、崖下に向け、構える。
 照準の先には、【名無し】の剣士。


〇【異世界】の森 崖の下 (夜)

【名無し】の剣士、キリに見せつけるように刀を抜く。
 それを見たキリ、へたり込む。その表情は、絶望の色が濃い。助けられたと思った瞬間、裏切られたのだから。

【名無し】の剣士、そのままキリに向って突っ込む。

キリ
「い、嫌……助」

 しかし、【名無し】の剣士はキリを殺さない。
 擦れ違い様にキリを片腕に抱え、そのまま突っ走る。 
「え? え?」とキョドるキリ。
「グォォ!」みたいな咆哮が上がり、横手から、それまで二人がいた場所目掛けてレッサードラゴンが突っ込んでくる。

※レッサードラゴンとは?
 頭に二本、鼻先に一本、長くて大きい角を持つドラゴン型の魔物。体長は大体7メートルくらい。
 トリケラトプスっていう恐竜みたいな外見をしています。

レッサードラゴン、【名無し】の剣士たちを追おうと首を巡らせる。
走り出そうとした瞬間、爆発音と共に頭が吹き飛ぶ。
(※ビリーが放ったRPG-7が直撃したためです)


〇【異世界】の森 崖の上

 バックブラスト(※RPG-7を発射する際、砲身の後方から発生する高熱・高速の気流)が上がる中、立ち上がるビリー。「殺ったか?」と言うのに対し、「前を見るのです、このバカチン!」とイシスが怒る。
 ビリーの目が、「はぁっ!?」と驚愕に見開かれる。
 その目には、夜空に昇る満月をバックに宙を舞う【名無し】の剣士の姿。
 お互い、眼が合う。【名無し】の剣士の顔に、攻撃的な笑みが浮かぶ。
 次の瞬間、【名無し】の剣士、刀をビリーに向け、投げる。

 ビリー、「ギャアアアアア!?」って悲鳴を上げる。直後、轟音。

ナレーター
「その必然は、いつだって宿命(さだめ)邂逅(であい)を呼ぶ。運命に()かれた者同士、強さに()かれ合う者同士」


〈ルーザー=デッド・スワロゥ 第3話 了〉
第4話 ヨルムンガンド

 第4話 登場人物

ベラドンナ
ジャンヌ・ダルク
土方歳三
ヴラド3世
ペルセポネ
ヴェルダンディ
ミスラ
【名無し】の剣士
ディスコルディア
ビリー・ザ・キッド
イシス
キリ
ブライアン将軍
イカズチ
【黒竜帝国】の兵士たち
【鉄火の王国】の兵士たち
【風神】
【雷神】
【鉄火の王国】の暗殺者たち
姫巫女(ひめみこ)ソルカダニ


ナレーター
「その昔、あまりにも大きな竜がいた。竜の名は、ヨルムンガンドといった。古き神々はこの竜を畏れ、海底に縛り付け、終焉の刻まで動けなくなる呪いをかけた」

〇【赤龍王国】 王城 王座の間

 王座に座す人物がいる。ドラゴンを意匠化した全身鎧を纏う巨漢だ。その傍らに控えるのは、軍服姿の少女。
 ヴラド3世、魔神ミスラ登場。
 二人の前に置かれているのは、大きな水晶玉。
 水晶玉には、【黒竜帝国】の兵たちが進軍していく映像が映っている。

ヴラド3世
「…………」

ミスラ
「おっ始まるぜ!」


〇【鉄火の王国】 国境 ミョルミル要塞 (夜)

 ミョルミル要塞内外で、激しい戦闘が起こっている。侵攻してきた【黒竜帝国】の兵士と、それを阻もうとする【鉄火の王国】の兵士たちによる、戦いだ。
 剣や槍を振るう、魔法で攻撃する等、両国の兵士たちの戦い方は様々。
【鉄火の王国】の兵士たち「なんとしても護り抜け!」「俺たちは壁だ!」「一分、一秒、一瞬でもいい、時間を稼げ!」「ソルカダニ様、万歳!」等、叫びながら戦う。
【鉄火の王国】の兵士の一人「ソルカダニ様、必ずや勝利を!」と叫んだところで、敵兵が放った炎の魔法に倒れる。「【黒竜帝国】の毒婦(ベラドンナ)に、必ずや死を……!」と叫び、息絶える。
 魔法を放った【黒竜帝国】の兵士、【鉄火の王国】の兵士に槍で背後から突かれる。再び炎の魔法を放とうとするも、当たる瞬間霧散する。息絶える瞬間、「魔法妨害、だと!? 父上……! ベラドンナ様……!」と呟く。


〇【黒竜帝国】 天幕内

【黒竜帝国】軍の将校たちが集っている。
 彼ら全員の視線の先に立つのは、彼らの主君、【黒竜帝国】の女帝ベラドンナ。
 ベラドンナ登場。
 ベラドンナ、将校の一人から戦況の報告を受ける。その主な内容は「敵国の兵士たちの士気が思ったより高い」ということ。交わされる会話の中、「姫巫女ソルカダニ」という単語が頻繁に出てくる。
 兵士が一人、天幕の中に駆け込んでくる。「魔法無効化の結界がミョルミル要塞内に敷かれました!」「通信魔法が遮断され、内部との連絡がつかなくなっています!」
 それを聞いた一人の将校、ブライアン将軍が、固く目を閉じる。「功を焦るなと言ったはずだ! 馬鹿息子!」と呟く。
 他の将校が「心中、お察しします。しかし、ご子息の無念は」と言うのを遮り、「ベラドンナ陛下! ご命令を! 我が第七魔法兵軍に出撃のご許可を!」
 ベラドンナ、ブライアンに目をやる。

ベラドンナ
「ならぬ」

ブライアン
「陛下!」

ベラドンナ
「そなたは父親である前に、第七魔法兵軍の将であるはずではないのか?」

 尚も言い募ろうとするブライアンに、ベラドンナ「痴れ者め! 血肉を分けた我が子だけでなく、教えを授け、忠義を捧げるそなたの兵士(こども)たちを無駄死にさせるつもりか!」と、怒鳴りつける。
 言い返すことができないブライアンにから、ベラドンナは視線を外す。
 視線が向く先には、黒塗りの棺が立てかけられている。
(※中には、ジャンヌ・ダルクが控えています)

ベラドンナ
「ジャンヌ・ダルク」

ジャンヌ
「ここにおります」

ベラドンナ
「出撃だ。【ラ・ピュセル・ドルレアン】を動かせ」

ジャンヌ
「御意!」

ブライアン
「陛下!」

 ベラドンナ、ブライアンを見る。ブライアンの顔は、憤怒に染まっている。

ブライアン
「陛下はあのお方々を信頼しすぎです! あのお方々は、人間でもエルフでも獣人でも、ましてや亜人でも魔物でも……あれは」

 ブライアン、そこまで言いかけて黙る。ベラドンナ、冷たい目でブライアンを睨んでいる。

ベラドンナ
「私は、差別というものが大嫌いだ。人間だから? エルフだから? 獣人だから? 亜人だから? 魔物だから? だからなんだ? 実力を持つ者、示す者、努力をする者、成果を出そうとする者、抗い戦い生きようとする者……果たしてそれらに、種族の違いなどあるのか?」

「し、しかし……!」と言いよどむブライアン。

ベラドンナ
「【騎士(ドラウグル)】たちは、その価値を世界に体現する(しめす)者だ。あれらは腐敗と堕落を灼く稲妻だ。或いは、勇者が敷いた悪法を吹き飛ばす、風だ」

 そこまで言い終えたベラドンナ、天幕を出る。続こうとする将校たちに、天幕が貼られた場所からなるべく離れるよう、兵士たちをこの場から全員撤退させるよう言う。

〇【鉄火の王国】 国境 ミョルミル要塞 内部

 窓のない一室。
 床に魔法陣が描かれ、その周囲をローブを纏った魔術師の老人たちが囲み、一心不乱に呪文を唱えている。

 魔法陣の中心に座るのは、姫巫女ソルカダニ。
 ソルカダニ、目を閉じている。

(※姫巫女っていうのは、高位の魔術師に与えられる称号です。要は、ソルカダニは【鉄火の王国】のすげー魔法使いってことです)

 ソルカダニ、おもむろに目を見開く。
 瞬間、魔法陣が光り輝く。

ソルカダニ
「皆、お願いします。どうか……どうか、【黒竜帝国】の悪しき竜(ベラドンナ)を、討ち取ってください!」


〇【黒竜帝国】 天幕外

 それまで【黒竜帝国】の天幕が建っていたのは、広大な草原。
 ベラドンナ、椅子に腰掛け、お茶を嗜んでいる。側のテーブルの上には、ティーポットと茶菓子が盛られた皿。

 不意に、ドォン! と轟音が上がる。衝撃で、テーブルが吹っ飛ぶ。
 ベラドンナの前に立つのは、二体の機甲歩兵(メルカバ)(※巨大な二足歩行のロボット)、【風神】と【雷神】。
【風神】【雷神】(に搭乗した【鉄火の王国】の兵士たち)、名乗りを上げ、ベラドンナに投降を促す。
 ベラドンナ、椅子に座ったまましっしっ! と手を振り「その手の言葉は聞き飽きた、とっとと無い尻尾を巻いて帰れ、デカブツども」と言い放つ。
 逆上した【雷神】、手を伸ばす。ベラドンナを叩き潰そうとする。

ベラドンナ
「ジャンヌ・ダルク! 我が【騎士(ドラウグル)】!!」

 瞬間、轟音と共に【雷神】が押し潰される。
【雷神】が立っていた場所に、別の機甲歩兵が立っている。
 ジャンヌ・ダルク、機甲歩兵(メルカバ)【ラ・ピュセル・ドルレアン】に搭乗(※この時点で、容姿は明らかになっていません)、【魔神】ヴェルダンディはその頭上を浮遊している。
 ジャンヌ・ダルク&ヴェルダンディ登場。
 悠然と見守るベラドンナ。その背後に、複数の影が忍び寄る。
 影たち、黒装束で全身を覆っている。その正体は、【鉄火の王国】が放った暗殺者たちだ。

(※彼らは、ベラドンナ抹殺のため、姫巫女ソルカダニと魔法士たちによる転移魔法で送られた刺客です。【風神】【雷神】はあくまで囮役です)

 暗殺者たち、「覚悟!」と言い放ち、ベラドンナ目掛けて殺到する。

ベラドンナ
「土方歳三! 我が【騎士(ドラウグル)】!!」

 瞬間、暗殺者たちが両断される。
 予兆もなく現れたのは、黒塗りの棺を背負った漆黒の軍服の美丈夫。
 その背後に控えるのは、【魔神】ペルセポネ。
 土方歳三&ペルセポネ登場。

ベラドンナ
「我が忠実なる臣下にして、超戦士たる【騎士(ドラウグル)】たちよ! 我が敵どもを殲滅しろ!」

 ジャンヌと土方による戦闘が始まる。

ナレーター
「終末の刻が訪れた時、ヨルムンガンドは呪縛を打ち破り、陸に這い出た。その怒りは凄まじく、古き神々を滅ぼすことになった」


〇【異世界】の森 (朝)

ビリー
「えーと、あのー、つまり……だからさ、いきなりぶっ放したのは悪かったよ。でも、あれはあのデカブツ(※レッサードラゴン)からアンタたちを助けるためだったんだって、マジで! ってか、アンタが同じ【騎士(ドラウグル)】だったなんて知らなかったんだよ、マジで! つーか、助かったからいいだろ、だから……もう許してぇぇぇぇぇ!!」

 ビリー、まくしたて、泣きだす。お仕置きとして地面に直に正座させられており、頭にはでっかいタンコブがある。【名無し】の剣士にぶん殴られてできたものだ。
 隣には、【魔神】イシス。彼女もまた、正座させられている。「なんでワタクシまでこんな目にッ……!」と怒っている。
 ディスコルディア、その光景を指差して「ぎゃーっはははは!」と大爆笑している。
【名無し】の剣士はその様を無視し、焚き火で焼いた串に刺した肉(※レッサードラゴン)を食べている。
 そんな様を、少し離れた個所から見るキリ。

キリ
「【騎士(ドラウグル)】……って? この人たちが?」


〈ルーザー=デッド・スワロゥ 第4話 了〉

第5話 いざ()きめやも

 第5話 登場人物

【名無し】の剣士
 ディスコルディア
 キリ
 イシス
 ビリー・ザ・キッド
 イカズチ
 ガーネット
 イカズチの部下たち
 ナレーター



※第2話同様、【名無し】の剣士は契約の代償で一切喋ることができなくなっています。なので、「」の中の言葉は、彼が心の中で喋っているものであると思ってください。

※今回の主な舞台はトルシュ村になります。
その際主要人物たちがほぼ同じ場所にいるので、場面が転換する時は 〇トルシュ村 の後にSIDEと付きます。SIDEの後にある名前の人物メインのストーリーになります。


ナレーター
「死ぬためには、まず生きなければいけない」

○異世界の森 盗賊たちのアジト内部

 洞窟の中に、盗賊たちのアジトがある。そこに、ガーネットは囚われている。鎧をはぎ取られ、荒縄で縛られている。
 ガーネット、恐怖に目を見開いて震えている。自分を捕らえた盗賊ではなく、自分を救けに来た男の強さに。
 男の正体は、黒竜帝国が誇る最強無比の戦士団【六竜将】の一人、イカズチ。
 イカズチ、登場。
 イカズチ、蛇腹剣【スコルピオン・デス・ロック】を振るう。刃が斬撃の奔流となって洞窟内を荒れ狂い、盗賊たちを一方的に斬り裂き殺していく。


※蛇腹剣
刃の部分がワイヤーで繋がれつつ等間隔に分裂し、鞭のように変化するギミックを持つ剣。


 イカズチ、盗賊たちを殺し尽くした男、蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)から血を滴らせながら立ち去る。震えるガーネットに駆け寄り、「ご無事ですか!?」と荒縄を切るイカズチの部下。
「何故、六竜将がここに!?」と問うガーネット。イカズチの部下は、ベラドンナの命を受け、トルシュ村の亜人討伐に向かった生き残りを回収するために自分たちを向かわせたと答える。
 まるで、部隊の壊滅が想定内であったことに困惑するガーネット。
 対し、イカズチの部下は「騎士(ドラウグル)に対し、我らのような一般兵が敵うとでも?」と答える。
 ガーネット、騎士(ドラウグル)という言葉に驚く。

(※一応、ガーネットは帝国の兵士なので、騎士(ドラウグル)がジャンヌと土方みたいな凄まじい戦いぶりを見せる戦士であることを知っています)

○異世界の森 盗賊のアジト 入口 (明け方)

 洞窟の入口(※盗賊のアジトの入口)付近に集う、【黒竜帝国】の兵士たち。イカズチが現れると、全員敬礼。彼らは全員、イカズチの部下である。
 彼らは全員、人間である。悪として忌まれ虐げられているはずの亜人の下に善の側であるはずの人間がつく……彼らは、ベラドンナのやり方に全面的に賛同しているのだ。

 イカズチ、「血の臭が、濃いな」と背の翅を震わせ、宙を飛ぶ。
 そして、「全員、ここで待機だ。俺はちと、死合(たたか)ってくる」と、そのまま飛んでいく。

「おいおい、イカズチ様、また一人で勝手に出撃され(いっ)たぜ」「案ずるな、いつものことだ。イカズチ様は【六竜将】。我が【黒竜帝国】最強無比の戦士の一人。ベラドンナ陛下も笑ってお許しになる」みたいな感じでイカズチの部下たちが談笑している中、ガーネットが肩を支えられて洞窟から出てくる。
 その顔には、深い疑念がある。
 ベラドンナにとってトルシュ村の亜人討伐で自分の部隊が壊滅するのは決定事項ではなかったのか? そうでなければ、【六竜将】の一人(イカズチ)なんて来ないだろう、しかもこんなに早く、まさか自分たちは捨て駒だったのか? という。


○トルシュ村 全体 (朝)

 第2話で登場したトルシュ村、激変した光景で再登場。
【黒竜帝国】の兵士たちに徹底的に荒らされ、人の営みが死に絶えた廃墟になっている。第2話では放し飼いにされていた家畜がいたのだが、みんないなくなっている。
 家は壊されたり燃やされたりし、略奪があったのか屋内の家具は壊されたり持っていかれたりしている。

○トルシュ村 SIDE:キリ

 広場みたいなところに、無数の盛り土がされ、その数だけ木の板が立っている。それらは墓標であり、黒い塗料で文字が書かれている。死んだ村人たちの名だ。
 その一つ、ロナーの墓の前に、キリが立っている。

○トルシュ村 SIDE:ディスコルディア&イシス

 その様を、少し離れた場所から見ているディスコルディア。その傍らにはイシス。
 ディスコルディアとイシス、「人間のすることは今も昔も分からない(※死者を悼んだり埋葬したりする行為など)」みたいな会話をする。

〇トルシュ村 (※ディスコルディア&イシスの回想)

 無理だと分かりながら、トルシュ村を走り回り、生き残りを捜すキリ。
 最後に、酒場に辿り着く。意を決し、ドアを開けるキリ。
 村人たちが折り重なるようにして倒れ、死んでいる。
 しばらく茫然と、キリは立つ。

キリ
「皆さん、お願い、です。手伝ってください。みんなを埋めてあげたいんです。せめて……人らしく」

 振り向くことなく、ついて来た【名無し】の剣士とその他の面々に言う。

(※ディスコルディア&イシスの回想 終了)


○トルシュ村 SIDE:ディスコルディア&イシス

「どうした、我が同胞たる魔神(イシス)よ?」とディスコルディア、問いかける。
 問われたイシス、鋭い目つきでキリを見ている。

イシス
我が同胞たる魔神(ディスコルディア)、お気づきになってますの?」

 イシス、キリを指差し、「あの少女、どうやら我々が見えているようですの」。
対し、「何だと!?」と驚くディスコルディア。「魔神(われわれ)は、魔神(われわれ)を除けば契約者たる騎士(ドラウグル)とその同族以外には見えぬはずではないのか!?」

イシス
「どうやら、何事にも例外はあるようですの」

ディスコルディア
「まあ、それはそれで面倒なような、そうでもないような……それより我が同胞たる魔神(イシス)、なかなか面白い契約者を見つけたな」

イシス
「その言葉、そっくりそのまま返すの、我が同胞たる魔神(ディスコルディア)

○トルシュ村 SIDE:【名無し】の剣士&ビリー・ザ・キッド

 一方、ディスコルディアとイシスが話題にしている【名無し】の剣士とビリー、そこから少し離れた場所にいる。
 村人の墓穴を掘り、埋葬を行っていたが、一旦シャベルを置いて休憩中。
 ビリー、被っている帽子を脱いで「暑い」とあおぐ。
【名無し】の剣士、自分たちが立てた墓標の群れを眺めている。

〇現世 どこかの村 (※【名無し】の剣士の回想)

 野盗の襲撃に遭った村(※イメージとしては、江戸時代の日本の農村)。
 建つ家々から煙が上がっている。道端には死体が転がる。それに縋って泣く子供がいる。
 身長に不釣り合いな長さの刀を背負った一人の子供(※少年時代の名無し)、村から離れた場所からそれを見ている。

(※【名無し】の剣士の回想 終了)

【名無し】の剣士
「どこに行こうが、どこに逃げようとしようが、世界ってのは結局どこもみな同じなんだな」

ビリー
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はビリー・ザ・キッド。ビリーって気軽に呼んでいいぜ。なあ、あんた、名前は? 来たのはどこの時代? 間違ってたらゴメンだけど、その髪色から察するに、アイルランド系か? あー、でも肌がそれっぽくないから、ひょっとして中国人(チャイニーズ)だったりするか?」

【名無し】の剣士、ただビリーを見ている。答えようにも答えられないのもあるが、それ以前に格好が珍しいからだ。

【名無し】の剣士
「……コイツ、いくらなんでもやけに着込んでないか? それに、黒じゃなくて緑の目っつーのは、なんか不気味だな。それにこのヘンテコな髪の色……まさか、親父と同じ異人か?」

(※登場人物紹介のページに書きましたが、【名無し】の剣士は異人の血を引いています。父親が異人でした)。

ビリー
「なんだよ、無視すんなよ……って、うわ! あんた、顔、ひっでぇことになってんぞ! つーか、その傷大丈夫か?」

 ビリーに指差された【名無し】の剣士、指で額をなぞる。今さらだがズキッ! ときて、顔を歪める。


(※この時点までの【名無し】の剣士、大体こんな感じのビジュアル。
https://twitter.com/gZKA6KE0snDvYJb/status/1413753818110521346?s=20 )


「気休めにしかならんだろうけど、これ巻いてやるよ」と、ビリー、首に巻いていたバンダナをほどき、【名無し】の剣士の額に巻く。


(※巻くと、こんな感じになります。
https://twitter.com/gZKA6KE0snDvYJb/status/1413695805328748545?s=20 )


(※巻いてない時と巻いた時を比べると、こんな感じになります。
https://twitter.com/gZKA6KE0snDvYJb/status/1416221401673986050?s=20 )


 体格差もあり、この時2人、密着状態になる。
【名無し】の剣士、「!!?」ってなる。

 ビリー、「これでよし!」と言った直後、「!!?」ってなる。
【名無し】の剣士の片手が、ビリーの胸を掴む(※揉む)様になっている。『むにゅっ』という効果音が入る。
 掴んだ側の【名無し】の剣士「やっぱそうか、やっぱりな」って顔になっている。
 ビリー、赤面し「ぎゃああああ!!」ってなる。

ビリー
「てめぇ、なにすんだ! 師匠にも揉ませたことないんだぞ!! バカ! スケベ! 変態! 野良犬にでも食われちまえ! 地獄に落ちろ!!」

○トルシュ村 SIDE:ディスコルディア&イシス

 その光景を見ているディスコルディアとイシス。

イシス
「余談だけど、恰好はああなのだけど、中身は割とお年頃なの」

ディスコルディア
「姿形、性別、体格差、生まれた場所、育った環境、一切合切、騎士(ドラウグル)たる者には関係ないはずだが?」

イシス
「そうだったの。だからきっと、我が契約者は沢山殺してくれるはずなの」

ディスコルディア
「されど、これだけは言っておくぞ、我が同胞たる魔神(イシス)。悪いが、お前の契約者は我が契約者には敵うまいよ。あれは、このディスコルディアが見つけた逸材だ。故に血が……たくさんたくさん、たくさん流れるだろう……!」

○トルシュ村 SIDE:キリ

 キリ、ロナーの墓の前にずっと立っている。
 目を閉じ、墓を掘って泥だらけになった手で、形見のペンダントをぎゅっと握りしめる。

キリ
「ロナー。ねぇ、ロナー。わたし、これからどうしたらいいのかな……」

 その後、なにか言おうとするが、体をびくっ! と強張らせる。

○トルシュ村 SIDE:ディスコルディア&イシス

 ディスコルディア&イシス「来たな」「ええ、来たの」と、どこか邪な笑みを浮かべる。

○トルシュ村 SIDE:【名無し】の剣士&ビリー

【名無し】の剣士とビリーの表情に緊張が走る。

〇トルシュ村 SIDE:全員

 なにかを感じ取ったキリ、振り返りながら「デッド・スワロゥ!」と叫ぶ。
 鞭のようにしなるなにかが、大蛇みたくうねり、『ギャリリリリッリリッッィ!!』と軋るような音を立てながら【名無し】の剣士とビリーに向けて振り下ろされる。
【名無し】の剣士、ビリーを庇うように立ち、振り下ろされたそれを鞘に収まったままの刀を振るって打ち払う。
 振り下ろされた時と同様、『ギャリリリリッリリッッィ!!』という派手な音を立てて戻っていく。そして、『ガシィン!』と音を立てて、元の形状に戻る。
 刃の正体は、イカズチの蛇腹剣【スコルピオン・デス・ロック】。

 振り下ろした張本人であるイカズチ、トルシュ村を見下ろせる宙に翅を忙しなく振るわせ、ホバリングしている。

「どいつが騎士(ドラウグル)だ?」と聞いてくるイカヅチに、「剣? いや、飛び道具使い? どっちだ?」と、ビリー。
 振るわれた未知の武器の存在、相手がその使い手であること、相手が只者じゃないこと(※現世では名の知れたアウトローで、そういう相手とばっかり戦っていたので、本能的に理解している)に冷や汗をかきながら、光の中から銃(※今度は、コルトM1877という銃)を出す。両手に構え、イカヅチに向けて撃とうとする。
 しかし、【名無し】の剣士に阻止される。腕をばっ! ってやって「撃つな!」という意志表示を受けて。
 ビリー「邪魔すんのかよ!」と文句を言うビリーに、【名無し】の剣士は目で「行け!」と指示する。

ビリー
「分かった……ここはお前に任せる! 絶対に死ぬんじゃねぇぞ! 俺の胸を揉んでくれやがったお礼、まだ済んでないんだからな!!」

 頷き、走るビリー。その先に、キリがいる。
 キリ、怯えてロナーの墓標を背にへたりこんでいる。
 彼女にしてみれば、わざわざやって来て武器を振るう【黒竜帝国】の一員のイカズチは、生き残りの自分を殺しに現れたようなものだ。
 キリ、歯の根を振るわせて「怖い、助けて、ロナー」とうわごとのように繰り返す。
 ビリー、そんなキリの前に立ち、手を差し伸べる。
「立てる?」と問うビリーに、頭を横に振るキリ。対し、「立てよ! 立つんだよ! 立たなくちゃダメだ!」とビリーは返す。

キリ
「で、でも……」

ビリー
「その下に埋まっている奴が、きみを生かしてくれたんだろ? それを無駄にすんのか!? それだけじゃねぇよ、見ろ!」

 ビリー、イカヅチに相対する【名無し】の剣士を指差す。

ビリー
「アイツ、俺たちを逃がすために戦ってくれようとしているんだぞ! 応えないでどうすんだよ!」

 はっ! となるキリ。
 そこに現れるイシスに「お前、犬死にしたいの? 別に止めはしないの」と言われ、意を決した面持ちで立ち上がるキリ。
 その手を引いて走り出すビリー。それに並行するよう、飛ぶイシス。
 そのまま、森に飛び込む。

〇トルシュ村 SIDE:【名無し】の剣士

 地面に降り立ったイカヅチと、墓標の群れを挟んで対峙する【名無し】の剣士。

イカヅチ
「お初にお目にかかる。俺はイカヅチ。【黒竜帝国】六竜将が一人。ベラドンナ陛下に忠義を誓う、臣下にして戦士」

【名無し】の剣士
「それより、コイツ? 人間、じゃねぇ? いや、人間、なのか?」

 名乗りを上げるイカヅチを、【名無し】の剣士は驚愕の表情で見ている。
 亜人なんて常識外の存在もいいところだからだ。

ディスコルディア
「奴は亜人だ」

 そんな【名無し】の剣士の傍らに現れる、ディスコルディア。

【名無し】の剣士
「あじん?」

ディスコルディア
「人間とエルフと獣人以外の、知性を持つ者。ゴブリン、オーク、オーガ、ドワーフ、ダークエルフ等者のことだ」

【名無し】の剣士
「ってことは、アイツはそのあじんの、ごぶりんやおぉくとやらなのか?」

ディスコルディア
「あれは蟲人(むしびと)だ。昆虫の力を持つ亜人だ」

イカヅチ
「俺の初撃をマトモに打ち払ったのは、陛下を除けばお前が初めてだ」

 二人の会話を遮るよう、イカヅチは言う。
 ディスコルディアの存在を認識できないイカヅチにしてみれば、【名無し】の剣士がぼーっと突っ立っているようにしか見えない。

イカヅチ
「そんな真似ができるということは、お前……あの連中と同じ騎士(ドラウグル)だろ? 聞いた話じゃ、あの小娘と組んで相応のことをやらかして、追われてこの辺に逃げてきたというが、あれはデマか?」

【名無し】の剣士の顔に、疑念が浮かぶ。見当違いもいいところだからだ。

イカヅチ
「まあ、デマだろうな。ソイツ、おっ死んだっていうからよ」


〇【異世界】の森

 ビリーに手を引かれて走るキリに、「一つ言っておくけど、我が契約者を当てにしすぎないことなの。騎士(ドラウグル)だって死ぬときは死ぬの。かつて、白い悪魔と呼ばれて恐れられたという我が契約者の師は、騎士(ドラウグル)だけれども死んだの」と言うイシス。
 それを、憎悪の眼で睨むビリー。


※ここから全て【名無し】の剣士の視点になります。
 
〇トルシュ村 外

イカヅチ
「答えなしってことは、「そうだ!」って受け取っていいんだな。まー、それはさて置いてだ……お前、【黒竜帝国】(うち)の兵を随分ブッ殺してくれたな。つまりそれは、【黒竜帝国】(うち)への宣戦布告ってことだよなあ?」

 イカヅチ、戦闘態勢をとる。
 蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)の柄を両手で握り、刃の部分を右肩に担ぐように乗せ、姿勢をやや下げる。

イカヅチ
「先に聞いておくぜ。お前、強いよな?」


【名無し】の剣士、右手を刀の柄に手を置き、抜刀の体勢。
 汗が一筋、伝い落ちる。

 その様を傍らで見ながら、「来るぞ!」とディスコルディア。

 イカヅチ、牙を剥く獣のような凶悪な笑みを浮かべ、「衝戟(しょうげき)に」

【名無し】の剣士「……来る!」

 イカヅチ、「備えろォォッ!!」と叫び、蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)を振るう。


 立てられた墓標の群を真ん中から破砕しながら、横薙ぎに振るわれた蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)の刃が『ギャリリリリッリリッッィ!!』という派手な音を立てながら【名無し】の剣士に迫る。

【名無し】の剣士
「斬撃が飛んだ!? いや、伸びた!?」

【名無し】の剣士、瞬間的に体の構えを全体的に低める。頭上を蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)の横薙ぎが通過していく。

【名無し】の剣士
「剣、だが……どっちかっつーと飛び道具に近いのか? 必要に応じて間合いを変え、相手を斬る」

 瞬間、目を見開き「!!」ってなる。
 次の瞬間、地を蹴り、垂直に大きく跳ぶ。その最中、宙返りの姿勢に。
【名無し】の剣士、身体を捻る体勢の最中、蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)の刃が下方を、先程まで自分がいた場所を猛烈な勢いで通過していくのを見る。咄嗟の判断で大きく跳ばなければ、軌道を変えて猛進してきた剣先に貫かれていただろう。
 だが、【名無し】の剣士の顔に浮かぶのは「うわ、やべぇ!」という表情。 
 動きの取れない空中へ移動するのは、圧倒的な不利を生み出すことになるからだ。
【名無し】の剣士を追い、イカズチは飛翔。
 追いついた瞬間、左方向から回し蹴りを側頭部に、右方向から蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)の一撃を放つ。逃げ場のない空中で、左右から挟み撃ちをかける。

イカヅチ
蜻蜓切り(ドラゴン・スープレックス)ッ!」

【名無し】の剣士、イカヅチの一撃必殺技ならぬ二撃必殺技をモロに受ける。『ドギャッ!』という派手な音が上がり、左方向に勢いよく吹っ飛ぶ。
 そのまま落下、家屋に突っ込む。


〇トルシュ村 屋内

【名無し】の剣士が落下した先は、家屋の一つ。
 兵士たちによって破壊された上に火をかけられ、全体的にすすけている。
 咳き込みながら、刀を杖に立ち上がる【名無し】の剣士。

【名無し】の剣士
「クソ、腕が折れ(イっ)た……!!」

ディスコルディア
「……流石だな!! そのようになろうとも(えもの)を手放さぬか!」

【名無し】の剣士の右腕、あさっての方向に曲がっている。正直、折れるの一言で済ませてはいけない状態。

〇トルシュ村 外 (※ディスコルディアの回想)

 ディスコルディア、愉悦の表情で【名無し】の剣士を上空から見下ろす形で見ている。
 蜻蜓切り(ドラゴン・スープレックス)が炸裂する直前、【名無し】の剣士、刀を左手に持ち替える。抜かずに蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)を打ち払う。
 右腕、盾にすることで回し蹴りをガードし、頭部への直撃を防ぐ。
 しかし、衝撃は防げない。衝突の瞬間、右腕の骨が「ばぎっ!」と折れ砕ける。
 そのまま吹っ飛び、落下。家屋に突っ込む羽目になる【名無し】の剣士。

(※ディスコルディアの回想 終了)

〇トルシュ村 屋内

ディスコルディア
「案ずるな、騎士(ドラウグル)の傷はすぐに癒える。その程度の痛みには耐えろ、慣れろ。死に至る一撃に比べれば、マシなはずだ」

【名無し】の剣士
「ンなものに、マシもクソもあるか! しかし、厄介だな。相応の厄介な武器を、相応の厄介な使い手が厄介にも使いこなしていやがる」

ディスコルディア
「強靭な肉体、再生能力、戦闘力、そして【異能】。騎士(ドラウグル)はどれにおいても最強無比の力を誇る。だが、決して絶対無敵の存在ではない。大抵の強者相手には勝つが、それ以上の強者相手には苦戦する。更にそれ以上の高みの強者相手には、敗北す(まけ)る。敗北(まけ)は文字通り、お前を死者(ルーザー)に戻す。お前は再び、敗者(ルーザー)に堕ちる。負け犬(ルーザー)として、お前は死に繋がれる」

 ふと、屋内で何かがきらりと光る。床に落ちた金属の入れ物から、きらきら光るものが落ちて転がっているのが見える。
 それを見た【名無し】の剣士、口端を持ち上げ笑う。
 ディスコルディア、それが一体なにを意味するのか分からず、「どうした?」ってなる。

〇トルシュ村 外

イカズチ
「あっさりしすぎてんな。まさか、この程度で死ぬわけねぇよな!? 仮にも騎士(ドラウグル)だろ、お前!」

 挑発の台詞を叫ぶも、油断はしないイカズチ。
 油断せず、いつでも蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)を振るえるよう、【名無し】の剣士が落ちた家屋を様子を窺がっている。
 唐突に、家屋の扉が開く。イカズチ、身構える。
 もうもうと上がる煤埃の向こうから、【名無し】の剣士が姿を現す。
 イカズチ、「そうこなくては!」と口端を上げて笑う。
【名無し】の剣士、ゆっくりとした動作で歩き、唐突に立ち止まる。「?」となるイカズチ。
【名無し】の剣士が左手に持っていた刀が、地面に落ちる。右腕も、だらりと垂れ下がったまま。若干前かがみになり、荒く息を吐く。
 戦意喪失を表すような態度をとった【名無し】の剣士に、複雑な表情を浮かべるイカズチ。
 あまりにも呆気ない戦いの終わりに興醒めしたイカズチの顔から、表情が消える。「……てめぇ……!!」と、歯を軋らせて叫ぶ。
 戦士としての怒りを表すよう、背中の翅が猛烈な勢いで震える。空気が激震し、土埃が舞い上がる。

イカズチ
「結構結構! その潔いクソ態度に免じて……ちゃんと死なせてやるよ!」

 イカズチ、蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)を構え……ようと……しかし、次の瞬間『ビシュッ!』という音。イカズチの右頬がぱっくりと裂け、血が流れ落ちる。
 何が起こったか驚く間もなく『ビシュッ!』。左肩が爆ぜて血が『パッ!』と飛ぶ。
「一体、何がッ! どうなっているっ!?」と言い放つイカズチを、『ビシュッ!』という音からの衝撃が次々と襲う。それらは、イカズチの身体のあちこちに命中する。命中箇所によっては、血が『パッ!』と飛ぶ。
 イカズチ、衝撃が命中した二の腕を見る。はっとなって、そこに指を突っ込んでめり込んだものを取って見る。

イカズチ
「なんだ、これは……石!? 投げた、のか? 呼び動作もなく、一体どうやって!?」


 ディスコルディア、「まさかそう来るとは!」と笑う。
【名無し】の剣士の右手から、血が滴り落ちている。
 正確に言えば、指。爪が砕け、無残な有様になっている。
 相応の硬度を持つ物質を、相応の力――それこそ、相手の身体にめり込む威力で撃ち込むことをやり続ければ、こうなる。
 ディスコルディア、感心したように「爪で弾き、標的に当てる……成程、指弾か!」
 イカズチの指に摘ままれたそれは、尖った小石の破片。陽の光を受けてきらきら光るそれは、ロナーがキリに遺したペンダントの石と同じ素材。
 実は先程の家屋、ロナーの家だったりする。

〇トルシュ村 屋内 (※ディスコルディアの回想)

【名無し】の剣士、右手を握ったり開いたりして、動くかどうか確認する。
 腕がマトモに動かなくても、指先がちゃんと動けばことをしでかすのに問題ないからだ。
 確認が終わると、例の石を拾い集め、指で着物の右袖口に穴を開け、そこに隠し入れる。

(※ディスコルディアの回想 終了)

〇トルシュ村 外

イカズチ
「てめぇェ! 謀りやがったなァ、それでも戦士か!!」と

 怒り狂い、蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)を振るおうとする。  
 しかし次の瞬間、「なんだ、こいつ……!?」とその表情が恐怖に凍り付く。
 イカズチ、【名無し】の剣士と目が合っている。顔を上げ、【名無し】の剣士は笑っている。浮かぶそれは、限りなく凶悪なそれは、騎士(ドラウグル)というより狂戦士(バーサーカー)である。

 イカズチ、恐怖を振り払うよう雄叫びを上げる。翅の震えに呼応するよう、土埃が舞い上がり、【名無し】の剣士の視界を遮る。

イカズチ
聚蝶(バタフライ)ッ、成雷(ロック)ッッ!!」

 蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)を直線に伸ばす形(※とはいうが、多少カーブする形になっている)で、【名無し】の剣士を斬ろうとする。

【名無し】の剣士は左足を落とした刀の下に入れ、真上に蹴り上げ、左手でキャッチ。

 その姿が、かき消える。

 次の瞬間、土埃が一瞬にして晴れる。
 身体を仰け反らせたイカズチの胸から、派手に噴き上がる血潮。
 その背の先に立つ、刀を振るい上げた姿勢で立つ【名無し】の剣士。


 屋外に出てからの【名無し】の剣士の行動は、全てを決めるこの一撃を放つため、決めるための囮の行動である。
 指弾はイカズチに動揺を与えるものであるが、騎士(ドラウグル)の回復力で右腕が治るまでの時間稼ぎ。
 同様に、刀を落とす、若干前かがみになるという戦意喪失的な行動も。


 イカズチの手から蛇腹剣(【スコルピオン・デス・ロック】)が落ち、転がる。

(※イカズチの回想)

 土埃を突破し、両手で刀を構え、イカズチ目掛けて真っ直ぐ突っ込んでくる【名無し】の男。
 斬撃が、右脇腹から左肩に抜けて走る。

(※イカズチの回想 終了)


 ディスコルディア、「見事! 見事!! お見事っ!!」と【名無し】の剣士をベタ褒め。
「よくぞ、打ち破った!! 素晴らしきかな、我が契約者、我が騎士(ドラウグル)よ!」と興奮の面持ちで言う。
 だが、【名無し】の剣士に「からくりが分かっちまえば、あんなの大した事はねぇよ」と返される。
【名無し】の剣士曰く、イカズチの得物はうねり狂う大蛇みたくトリッキーな動きで相手を翻弄するものだが、それを行うには手首の力(スナップ)を大きく利かせる必要があり、そしてそれは、真正面から直進してくる標的に対して効果――蛇腹剣が持つ本来の威力(※相手に与えるダメージ)が軽減されるはず、とのこと。

 それを満足げに聞くディスコルディアだったが、ふと真剣な表情に。

ディスコルディア
「一つだけ聞いておきたいのだが、我が契約者よ。お前は、あの者どもを逃がすために一人残ったのではないのだな」

 ディスコルディア曰く、ビリーに手を出させなかったのは一人戦うのに邪魔だったから、一人残ったのはあえて自身の退路を断ってイカズチという未知の相手に挑みたかったからではないのか? と。
 形はどうあれ、【名無し】の剣士が答えることはなかった。


 ビリーたちが飛び込んだ森に向かい、一歩踏み出す【名無し】の剣士。
 満足そうに笑うディスコルディア、その後に続く。
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 先が見えない場所へ向かって歩んでいくその姿は、死闘(たたかい)の悦びを胸に修羅の道に飛び込んでいく様にしか見えなかった。


〇【黒竜帝国】 王城内

 王城内の一室で土方、兵士からイカズチが殺された、実行犯は騎士(ドラウグル)らしいという報告を受ける。
 検死の結果、日本刀による刀傷が確認されたと聞いた土方は、イカズチを殺したのは時代は違うかもしれないが同郷(※日本)の者だと直感。

土方
「ゲンさん(※井上源三郎の愛称)……あんたを殺したこの世界は、想像を遥かに超える面白さ(クソ)だぜ」


ナレーター
血風(かぜ)が吹き荒ぶ限り、どんなことがあっても人は生きていこうとする。()くことを選ぶ者などいやしない」


〈ルーザー=デッド・スワロゥ 第5話 了〉

【名無し】の剣士たちの【異世界】の旅が始まります。

 ベラドンナは、【六竜将】の一人であるイカズチを倒した【名無し】の剣士に興味を持ち、可能であれば自身の陣営に加えようと、数々の手強い追っ手を差し向けてきます。
 様々な欲望や野望を抱える【異世界】の権力者たちからも、狙われるようになり、【名無し】の剣士たちはそれらと凄まじい戦いを繰り広げていくことになります。
 その戦いぶりは鬼神の如くと謳われ、同じ騎士である土方歳三とジャンヌ・ダルクも、いつしか【名無し】の剣士との戦いを望むようになります。

 旅は苦難を極めますが、その途中で【異世界】に生きる人々と出会い、旅の仲間が増えていきます。出会いや別れ等の出来事を通し、戦いと孤独しか知らなかった【名無し】の剣士の心境にも、変化が表れ始めます。
 ビリー・ザ・キッドとは、苦難の旅と激戦を通じて時代と仲間を越えた深い仲となっていきます。それに嫉妬するキリとディスコルディアとの間でラブコメ(?)が起こったりします。

 一行は最終的に【赤龍王国】へと辿り着きます。
 そこで出会うヴラド3世の口から、「人間・エルフ・獣人は善、亜人と魔物は悪」というのは転生者の勇者による偏見(※要は、前者は結構カワイイから許すけど、後者にあたるオークとかゴブリンは気持ち悪くて嫌だし、魔物は大体凶暴で厄介だから排他しよう的なこと)で定められたこと、ベラドンナが魔王の転生体であること、キリが今は亡き【赤龍帝国】の女王との間にもうけた娘(※今まで両親と思っていたのはヴラド3世の近衛兵。魔神の存在を認識できるのは騎士の血を引いているため)であることが語られます。

 ヴラド3世の庇護下に入り、【赤龍王国】で平和を謳歌する一行でしたが、【名無し】の剣士はそれを心から楽しめなくなっていることに気づきます。
 結局自分は戦いにしか生きられないと悟った【名無し】の剣士は、新たなる戦場を求めて一人【赤龍王国】を去ることを決めます。

 出奔しようとする【名無し】の剣士の前に、ビリー・ザ・キッドとキリが現われます。
 ビリー・ザ・キッドは同行を申し出、キリは騎士の力と戦い方を学ぶため、なによりずっと離れていた父親(ヴラド3世)と向き合うため、【赤龍王国】に残ることを告げます。
 そして、出会いを導いてくれたロナーのペンダントを【名無し】の剣士に渡し、再会を約束して別れます。

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