《……君は誰? ……どこから来たの?》
僕を見ると向こうへ駆けて行く。
《……ちょっと待って……!》
《私のこと知りたいの? 》
その言葉を言い捨て突然現れたその子は遠ざかる――が、最後にこう言った。
《もうすぐ、始まってしまう。》
《……え? どういうこと? 詳しく教え……!》
その時にはもう、姿は見えなかった。
あの時は雪が降っていた。僕は寒い中、たまたま海岸線を散歩していてその子と遭遇したのだが、細かい日にちは覚えていない。僕は今日も、いつものように家を出て最寄り駅まで行き、電車に乗る。いつもの風景、変わらない人混み。あれから約ひと月が経っても、特に変わったことは起こっていないのが現実であった。
(もうすぐ……始まってしまう……)
あの出来事があってから、その言葉だけがいつも頭の中を過ぎる。自分には関係のない事なのかも知れないけれど……。
(いったい何が始まるっていうんだろう……)
そんなことを考えながら学校へ向かった。
***
「ゆげっちー! おはよう! そんな暗い顔してどうしたの?」
「お、茉弥か、おはよう。いや前に話した女の子の話だよ。 あれから結構時間が経ったけど何も始まっていないなーって」
「またそれー? あんまり気にしなくて良いんじゃないの? そんなに毎日考えてたら、ゆげっちハゲちゃうよ! ……夢だったんだよ、夢!」
そう、『ゆげっち』こと僕の名前は弓削響。
残念なことに特に他人に勝るものもない、ただの凡人高校生だ。あれから毎日あの少女の言葉を考えて、今日も冴えない表情でいたが為に声を掛けられたという訳である。
それから、朝からテンションマックスのこの女子だが、名前は坂上茉弥。僕と同じ高校に通う中学の時からの――友達ということにしておこう。
まあ、なんだかんだ言って割と話がしやすいのだけど。
「それはそうと、今日から新学期だよね! 宿題やってきた? その子のこと考えすぎて何もやってないんじゃないのー?」
「残念ながらちゃんと終わらせてますよ。茉弥みたいに休みの最終日に詰め込んでやるようなタイプじゃないんでね!」
「わ、わたしだって今回はちゃんと計画的にやったんだからね! ……でもさー、なんかいつも時間が足りないというか詰め込んじゃうんだよね。1日がもっと長かったら焦ることもないんだけどなー」
「1日は24時間ってちゃんと決まってるんだよ。その中で効率的に生活していくことが勝ち組なのさ」
「彼女もいないくせに何が勝ち組だー! 効率的に生活出来ない人もいるんだからね私みたいに! ……1日30時間になったら喜ぶ人沢山いると思うけどな」
「まぁ、短くなるよりは長い方がいいか。色んなこと出来るし。……でもさ、そしたら学校にいる時間とか授業数とか増えそう。それなら逆に時間短くなった方が楽に生活出来るかもな」
「そ、その通りかもしれない! 学校は早く終わってほしい!」
「まあ、そんな魔法みたいなこと現実世界では無理なんだけどね……。学生の本業なんだから行かざるを得ないか」
(『その願い叶えてあげようか?』)
……その時だった、何処かで聞いたことのあるような透き通った可愛らしい声。確かに僕にはそう聞こえた。焦って茉弥に聞いてみたけれど、―あ〜あ、また始まった。ゆげっち君の妄想!―とか言われて信じてくれない。でも、辺りを見渡してもあの少女の姿はなかったから、僕も空耳かと思いその場では気にすることはなく茉弥との会話を楽しみながら学校に向かうのであった。
冬休み明けということもあり学校に行くのは久しぶりだけど、クラスメイトは茉弥も含めてそんなに変わっていない様子であった。
また学校が始まるのかと思うと少し気の毒だ。少しの時間が経つとに担任が入ってきて、だらだらと話を始めたが何やら転入生が1人、僕たちのクラスに入るらしい。
(転入生か。……アニメとかで良くあるのは、この転入生がひと月前に僕が見た謎の少女で……という話の流れだよな。まぁ、それはないかー。アニメの見過ぎだなこりゃ)
担任の話が終わると、始業式の前にその転入生の紹介をするとのことでその子が教室に入ってきた。背丈はとても小さく高校生とは思えない程、髪は肩くらいまであって少しパーマのかかった綺麗な金髪。みんなの視線の中その少女は自己紹介を始めていた。
(ほらやっぱり。そんなに上手くいく話は現実ではないよなー。髪色も長さも違うし、身長は……似たり寄ったりだけどあの子は高校生には見えなかったし)
透き通った可愛らしい声で、淡々とでも何処か可愛げに話を進めている。
彼女の名は「御園サリナ」と言った。小さい頃から海外にいたが、親の転勤でこっちに越してきたらしい。
それにしては日本語が上手だったので感心した。自己紹介が終わると空いている席に座り、また担任の話に戻る。周りの男子がヒソヒソと話しているが多分御園さんの件についてだろう。
今日は午前授業だったから学校もいつもより早く終わる。その間には特に御園さんと話すことはなかった。転入してきた初日に話す理由もなかったからだ。
***
「……あ、あの! 職員室って何処にありますか?」
帰りのホームルーム後に、教室から出ようとした時、後ろを振り向くと御園さんが立っていた。急に話しかけられその上可愛いときたら、ちょっと焦っている僕がいた。
「あ! 今日からうちの学校に来た御園さんですよね? 職員室ですか? よかったら案内しますよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
頭を深く下げ顔を上げると笑顔で礼を言われた。礼儀もしっかりしていて非の打ち所がないとはこういうことかと思う。
職員室までの間、いかにも業務的な会話が始まる。
「僕、弓削響っていいます。これからよろしくお願いします。といっても、あと2ヶ月くらいでクラス替えになってしまいますが……」
「ご親切にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。例えあと2ヶ月で違うクラスになってしまうかもですが、いきなり転入してきた私に親切にしていただいて……話しかけたのが弓削さんで良かったです」
……そんな2人の挨拶の後、廊下でいろいろな会話をしたが全てがぎこちない。会話が途絶えると、何か話をしなくちゃという気持ちになる。そんな中、職員室は目の前になっていた。
「御園さん。あの、もし、また何かわからないことあったら遠慮なく頼ってください!」
不慣れな会話ばかりだったけれど、これで会話が終わるのが嫌だった。今日初めて会ったのに、もっと御園さんと話がしたい、そう思った。
「弓削くん……ありがとうございます。こっちにはお友達がまだいなくて、心細かったんです。あの、良かったらお友達になってくれませんか?」
「え! ……ぼ、僕で良ければ是非!」
純粋に嬉しかった。まだ出会ったばかりだけれど、2人だけの秘密を約束したみたいに勝手舞い上がり喜んでいる自分がいた。それから別れを告げて彼女は職員室に入って行き、僕は家に帰った。
帰りの電車に乗ったのは、いつもよりも遅い時間だった。これから新学期が始まる、当たり前だけど今までとは何も変わらない日々だろう。――変わったとすれば、転入生が来たくらいだ。
(本当に彼女はあの少女ではないのだろうか……)
家に帰ってもこれを呪文かのように唱えていた。そんなに考えることでもないのかもしれないけれど、そんなのは自分の自由だ。……ふと気づくと時計は0時を回ろうとしている。
「明日も御園さんと話せますように!」
何かを祈願するように両手を合わせてから眠りついた。
――その時から既に始まっていたのはまだ誰も知らない。デジタル時計が[23:59:58]から[00:00:00]に切り替わっていた――
「弓削くん、おはようございます!」
次の日、普段通りに学校へ行くと教室で御園さんから声をかけてくれた。
「御園さん、おはようございます。あれ? そういえば席隣だったんですね! 昨日は気づきませんでした」
「そうなんです! だから昨日、声をかけやすかったんですよ!」
他愛ない話をしてからホームルームが始まる。今日から普通に授業が始まることを考えると憂鬱になるが、隣に御園さんがいると考えてるとプラマイゼロ……いや、寧ろプラスだ。御園さんがいれば頑張れる気がする。とは言ったものの、授業中はやっぱり暇だ。板書して眠たくなる教科担任の話を聞くだけで辛すぎる。ふと左を見ると御園さんが必死にノートを書いていて感心する。
(きっと勉強も出来るんだろうな……)
と思いながら、右を見ると茉弥が寝ている。
(きっと何も出来ないんだろうな……)
消しゴムを千切って投げるがビクともしない、流石だ。僕の前の席には高校から友達になった築山要があくびをしながらいかにも寝そうにしている。要は数少ない僕の友達(ぼっちとは言っていない)であるが、いま考えると、この席が過ごしやすいことに気づく。
「あーぁ、今の授業かなり詰まらなかった。なぁ響、お前もそう思っただろ?」
授業が終わった途端に要は口火を切った。
「まぁね、授業なんてそんなもんでしょ。……あっ、でも御園さんは真剣に受けてたし……今の時間はどうでしたか? こっちに来て初めての授業だったと思いますけど」
「すごく充実した時間でした! もちろん知らないことばかりですけど、自分が知らない事を覚えるっていうのが、何というか好きなんですよね」
「へぇー。御園さんは真面目なんだね。オレと響はこんな感じで堕落系男子だけどな!」
「堕落系男子ってなんだよ。要と一緒にしないでもらいたいね!」
「ふふっ。お二人とも仲が良いんですね。羨ましいです……」
「み、御園さんとだって、もうお友達ですよ! ……昨日、約束したじゃないですか!」
「弓削くん……ありがとうございます」
「おい! 響! 何知らない間に御園さんと仲良くなってるんだよ! 約束ってなんだ、約束って!」
御園さんの頬が赤くなっていたのを見て、僕はなんともいえない気持ちになった。昨日あった出来事を改めて実感して嬉しくなった。
「話戻るけどよー、こんな詰まんない授業あと5回も受けなきゃいけないんだぜ。それをかける4回……死んでしまうー!」
「僕と要には残酷な現実かもしれないけど、こればっかりは仕方ないよ。超能力でも使えない限りね」
「詰まんねー世界だな。……目瞑って開いたら授業終わってるってならねーかなー」
そんなくだらない話をしながら授業が着々と進んでいく。時折御園さんを一瞥する。いつ見ても彼女は真剣な眼差しで先生の話を聞いていた。――今日も放課後に話が出来たらな、と思いながら。
***
(……ゆげっち! ……ゆげっちってば!)
「えっ! ……茉弥? あれ、僕寝てたの?」
「ち、違うの……。ねぇ、時計見てよ」
「……え!? 嘘だろ、どういうことだ?」
記憶を辿れば、僕が御園さんをチラチラ見ていたのは覚えているがそれは2時間目の授業であった。
時計を気にして見てはいなかったが10時前後であったのは確かだ。今教室の時計を見ると短針が[12]を指している。
(……2時間も寝てたってことか? それはないだろ、だって授業の間の休みだったりチャイムでいつも起きてるはず)
「そうだ! 御園さんは!」
すかさず隣を見るが御園さんの姿はなかった。
「茉弥も……茉弥も、寝てたのか?」
「失礼ね! 私だっていつも授業寝てる訳じゃないんだからね! ……たまたまよ。たまたまその授業の時は寝てただけ!」
「そんな事はどうでもいいんだよ! 寝た時が何時くらいだったか覚えてないか?」
「……確か、9時半くらいだったような。あれ? 私、そこから気づいた時にはもう12時前になってて……」
「おかしい。 絶対におかしい……どういうことなんだろう」
そのあと要とも同じ話をした。要も授業中は寝ていたらしく詳しい事はわからないと言っている。けれど、ある生徒は一瞬にして時間が12時前になったと言った。みんなが騒然としている中、その時御園さんが教室へ戻ってきた。
「御園さん! 時間が……」
「……授業があっという間に終わった感想はいかがですか?」
「……どういうこと?」
「弓削くん……放課後にお話があります。屋上に来てもらっても良いですか? 」
御園さんの目は笑っていなかった。
「……は、はい、わかりました。放課後ですね」
(御園さん、一体どうしたんだろう……)
昼ごはんを食べて昼休みが終わる。午後の授業はいつも通りに過ぎていく。その間、御園さんは特に変わった様子もなく真剣な眼差しで教科担任の話を聞いているが、僕はさっきの出来事が信じられなく何回か時計を見直す。
授業が終わると御園さんはすぐに教室を出た。多分屋上に行ったのだろう。僕もその後を追うように階段を上がり、屋上へ向かうと、屋上には既に御園さんがいた。
「弓削くん、来てくれてありがとうございます」
「御園さん……さっきのはいったいどういうことなんですか?」
「起きた現象の通りです。時間を2時間ばかり進めました」
「……どういうこと? 何を言っているのか理解が……」
「そうですよね。……実は私、刻を進めることができるんです。私はこと力のことを―フェルツェ―と呼んでいます。生まれながら持っていた能力ですので、詳細についてはわからないのですが……」
彼女は暗い表情をしている。僕は一瞬理解に苦しんだ。だけど瞬時に、自分の為にそのフェルツェという力を使ってくれたのだと思えた。
「……御園さん! すごいじゃないですか! そんな力を持っているなんて、まるでアニメの世界です! そしてありがとうございます。僕が授業嫌だとか言っているから授業ごと吹っ飛ばしてくれたんですよね?」
僕の返事が意外だったのか、御園さんの頬が少し赤く染まっている。
「そ、そんな、ありがとうだなんて……私、この力のことがあまり好きではなくて。……例えば楽しい時間をもっともっと延ばしたり、楽しかった出来事へ時間を巻き戻すことができたり……そんな力なら良かったのに、時間を進めることしかできないんです。そのせいで、転入する前のところでは不幸な力だと言われイジメに……。でも、この力は使い方によっては人を幸せに出来るのかなって考えを変えてみたんです。そこで、このタイミングならもしかしたらって」
「僕はスゴイなと思いますよ! それに、僕の為に力を使ってくれてとても嬉しいです。……贅沢を言うなら放課後まで進めてほしかったですけどね」
「ふふっ。弓削くん、それは贅沢過ぎますね」
お互いの表情が綻びた。2人の距離が少し縮まった気がしてまた嬉しくなる。
「フェルツェは、最大で進められる時間間隔が決まっているんです。私の経験では最長でも2〜3時間が限界かと思っています。なので、今回進めた時間くらいが限界なんです」
「なるほど、その力には何かしらの制約があるんですね。他にも、その力を使うことで起こる事象とかはあるんですか?」
「結局、時間を進めているというのは、私の感覚上での考えなんです。時間軸上では『時間の経過』ではなく『時間の切削』と考えるのが妥当かと思っています。私が今見つけることのできているのは、先ほども言ったように、その時間軸上での切削時間に限りがあるということだけです。というのも、この力あまり使ったことがないんです。以前はフェルツェを好きにはなれていなかったので……」
「あ、すみません。嫌な過去を思い出させてしまって。……なんだか難しい話ですね」
「いえ、いいんですよ。今はこうして、人のために使おうと決めて、実際に喜んでくれる人が近くにいるんですから。……そうですね。でも、現実では時間が進んだと考えて大丈夫です。切削したと言っても、削ってしまった時間が戻ってこないわけではないので」
「ということは、明日も普段通りに授業があるってことですね……」
「弓削くん、それは頑張ってください」
2人で顔を合わせて笑った。御園さんの事は昨日初めて出会って、確かに可愛いなとは思ったけれど。――今日の出来事でまた、彼女をもっと知りたいという気持ちになっている自分がいた。
その後は特に話の進展はなく屋上で別れ、僕は要と一緒に下校した。
その夜、家で今日の出来事を考えてしまう。
(あれは本当に御園さんの力なのか……)
彼女の力を疑っているわけではない。屋上で話した時、御園さんはふざけている様子はなく真面目に話してくれた。
もちろん僕もその話を真剣に聞いていたけれど、正直半信半疑であった。自分が本当に2時間ばかり授業中に寝ていただけなのかもしれない、その時偶然にも茉弥が同じタイミングで寝ていたんだ、とフェルツェを否定しようとする思考が頭を回っていた。
茉弥や要に相談しようと思い携帯を持つが、御園さんがわざわざ屋上で僕だけに話してくれた事であったため、彼女の気持ちも考えこの日に連絡する事はしなかった。小言を言いながら部屋で考えていると時間を忘れ、気づくと日付が変わりそうだったので眠りに就いた。
――響の机上にあるデジタル時計は[23:59:39]から[00:00:00]に切り替わった――
次の日、いつも通り電車の中で茉弥と遭遇し、一緒に学校へ行く。
教室では要が既に席に座り焦って宿題をやっていた。唯一違う事は――御園さんが昨日より可愛く見える事だ。
昨日の出来事以来、あのことを考えているのは確かなのだが、それは間接的に御園さんの事を考えていると言っても過言ではない。それもあって、つい意識してしまう。
「おはようございます、弓削くん」
「御園さん、おはようございます。今日も早いんですね!」
こんな何気ない会話だけでも、御園さんと話せるというだけで嬉しくなる。……表面上ではこの気持ちは隠しているつもりだけれども。
(彼女はどんな気持ちなのかな……)
そんなことを思いながら、隣に座りホームルームが始まる。担任の先生からはいつも通りの特に変化もない話がされて、今日も平穏な日だな――授業は嫌いだけど――と思いながら頬杖をついて聞く。
「ゆげっちさ、昨日御園さんに屋上でなんだかーって言われてたけど、結局なんの話だったの?」
ホームルームが終わった途端、茉弥が話しかけてきた。隣を見ると御園さんの姿はない。
「いや、特に大したことじゃないよ」
「ホントにー? だって呼び出しだよ? 絶対になんかあったでしょー! ねっ? ねっ?」
「あー、もうわかったよ! そしたら、今日の放課後に……」
「……屋上に来いって?」
「……はぁ、帰る方向一緒なんだからその時に話すってことだよ! 全く…… 」
「はーい。了解しました! でも私、掃除当番だからちょっと待っててね!」
「はいはい。わかりましたよ」
「あ、あと! 私、今日17時からバイトだから! よろしく!」
「……そんな長くはならないから大丈夫」
御園さんには悪いけど、茉弥はしつこいから話しておくことにした。特に口が軽いわけでもないし、1人で悩むより良いと思ったからだ。
授業が始まる前に御園さんも教室に戻ってきていて、学校らしい時間が始まる。
「御園さん!」
「弓削くん、午前中の授業お疲れ様でした」
「いやー、今日も眠たかったです。……それはそうと、ちょっとお願いがあるんですが……」
「いいですけど、なんでしょうか?」
「実は……今日の5、6時間目の授業をフェルツェで進めてほしいんです! 昨日も進めてもらったんですけど、小テストの勉強が出来てなくて……だらしないですね」
「……そんなことは思いませんよ。ですが、今日は出来ません」
「えっ……そ、そうですよね。すみませんなんか、その……」
「いえ、私は弓削くんのことをだらしないなんて思ったことないですよ。ただ、今日は朝方に力を使ってしまって」
「あっ、そうだったんですね! ……でも、御園さんの力に頼らないでちゃんと生活しないと」
「そ、そういうことではないんです! 私を頼ってくれるのは……」
【チャイムの音】
「……なんでもないです。……とにかく今日は使えませんので」
彼女はまた机に向かって勉強を始める。この会話で、御園さんが笑顔を見せることはなかった。どちらかと言うと何かを考えている、そんな感じの表情であった。その時は特に御園さんを疑うことなく、朝方に力を使ってしまったんだと思いながら机に向かった。
案の定、午後の小テストは爆死。教科担の先生から授業中に呼び出されるほどの始末であったが、そんな苦痛の時間が終わり茉弥の掃除を待つために玄関ホールへと向かう。
しかし、茉弥のことを待って少し経った時、外が一瞬にして暗くなった。
(……ちょっと待て、どういうことだ)
時計を見ると17時を示している。茉弥が慌ててこっちへ向かってくる。
「……はぁ、はぁ、ゆげっち……これ、どういうこと?」
「僕もわからない……でも急に」
「……あ! もうバイト始まってるじゃん! ゆげっちごめん! また今度話聞かせてね!」
といい、茉弥はそのまま走ってでバイト先へ向かっていった。僕も靴を履き替えて学校を出た。
(何故だ……御園さんは今朝に力を使っているはず。でも、今回は寝てる訳ではなかったし……夜にでも御園さんに連絡してみるとするか)
そう考えながら違和感のある夜の中、自宅へ帰った。
「……はい。御園です」
「あ、弓削です! 突然電話してしまってすみません。今お時間大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。今ちょうどお風呂から上がったところだったので」
「あ、ありがとうございます。……単刀直入に聞きますね、今日放課後にフェルツェを使いましたか?」
「……ええ。使いましたよ」
「御園さん、今朝に使ったって言いましたよね? 確か、1日に1度しか使えなかったはずです。……何かあったのですか?」
数秒、空白の時間が流れる。
「……ごめんなさい。私、弓削くんに嘘をついてしまいました」
「どういうことですか?」
「今朝、この力を使ったというのは嘘なんです。最初に説明したように、フェルツェは1日に1回限りです。弓削くんの頼みを断ってまでも、あの時に使いたかったんです……」
「そうだったんですね。でも、どうしてあの場面に?」
「……朝のホームルームが終わった後、坂上さんとお話してましたよね……。話の内容は聞いてないのですが、話の最後に『掃除当番だからちょっと待っててね』って言葉と『17時からバイト』って坂上さんの声が聞こえたので……。大切な用事だったのかもしれないのにごめんなさい! ……私も、なんで使ったのかわからなくて、でもあの時なんだか気持ちがモヤモヤしてて……」
「御園さん」
「……弓削くんが、坂上さんと一緒に帰ることに、ヤキモチを妬いていたのかもしれません。自分勝手に能力を使ってしまいました」
「自分勝手って……そんなに自分を責めないでよ!」
「弓削くん?」
「そうやって思ってくれるのすごい嬉しいよ! ……ヤキモチ妬いてくれたのも嬉しい!」
「私、弓削くんと初めて話した時に、とても親切で話しやすくて……この力の事も受け入れてくれて……だから、弓削くんともっと一緒にいたいって思っちゃダメですか?」
電話越しだったけど、御園さんの気持ちは確かに僕に伝わっていた。
こんな気持ちになった事がなかったからか、なんだか不思議な感じがしたけれど、とてつもなく嬉しかったのは本当だった。
「……僕だって、もっと御園さんと沢山喋りたい! もっと仲良くなりたい! だから、嬉しかった。……今回の事は気にしないでほしい」
「弓削くん……ありがとうございます。私、心配性で弓削くんが私のこと嫌っているんじゃないかって不安だったんです、すみません。それもあってあんな行動を……なので、もう大丈夫です! 弓削くんの気持ちも知れたので。ふふっ」
「そんな事思ってる訳ないよ! 僕の気持ちはさっき言ったとおりで……」
「弓削くん、熱くなって敬語が外れてますね」
「あ、そう言えば……。御園さんも、これから良かったらこうやって普通に話さない? 敬語使うと、どこか堅苦しくって距離感があるというか」
「確かにそうですね……。……わかりました、少し恥ずかしいけど頑張ってみます。……これからもよろしく……ね、弓削くん」
「あ、ありがとう、御園さん。なんかこっちまで恥ずかしくなるね。でも、時期に慣れてくると思う!」
「私も変に意識しないようにするね」
「うん。そしたら、今日はいきなり電話してごめんね、そしてありがとう! また明日、学校で」
「こちらこそ、色々とありがとう! うん、また学校でね。おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
僅か10分くらいの通話時間だったけれど、また少し距離が近づいた気がした。電話の後は身支度をしてすぐに眠りに就いた。
***
次の日、偶然にも登校中に電車で茉弥と会ったため昨日話せなかった話をする事に決めた。
「茉弥、昨日話したかった事についてなんだけど……」
「そうだよ、ゆげっち! 昨日バイト遅刻しちゃってさー、もう大変だったんだから!」
「あれはもうどうしようもないよね、それはそうと御園さんとの話について……」
「そうそう! 結局何の話だったわけ?」
「笑わないで聞いてほしい。……実はさ、最近起こってるあの現象あるだろ? あれ……御園さんの力なんだ」
「……ん? ゆげっち、それどういうこと?」
「えっと……つまり、御園さんが操作して時間を進めてるってことだよ」
「えー! ってことは、御園さんは魔法使いかなんかってことだよね! すごーい!」
「声が大きい! しかも、魔法使いって例えはスケール大きすぎるでしょ……」
「あ、ごめんごめん。つい興奮しちゃって……」
その後も続けて、御園さんから聞いたことを話した。
「……でもね、それってちょっと怖いかも」
「どうして?」
「だってさ、時間を進めることができるってことは、その進んじゃった間に起きる予定だった出来事がなくなっちゃうってことだよね?」
「そうかもしれないけど、その予定していたという記憶は残存しているわけだから、今日出来なかったから明日というような考え方をすれば良いと思う。確かに、時間は経過してるのに経験値として蓄積はされないけれど……」
「……でも! さっきの話からすれば、時間がなくなったままになることはないんだよね?」
「うん。御園さんからその話は聞いてないよ。彼女が言うには時間を削ったことに過ぎないみたい。現に、午前中の授業がフェルツェによってなくなった次の日にフルで学校あったからね……それはないんだと思う」
「そっかー、それならまだ良かったよ……」
「でも、彼女自身あの力を使ったことがあんまりなかったみたいだから、詳しいことはまだ判らないんだって。だから、茉弥も出来ればこの事はみんなに伝えないでもらいたいんだ」
「うん、わかったよ! 私もちょっと気にして生活してみる事にするね! 何か変化があったらゆげっちに教える!」
「茉弥に話して良かった。……ありがとな」
「えー、なになに? そんなに改まっちゃってー。あ! ゆげっちくんもしかして私のこと……?」
「あー、はいはい。そうですね」
「もー! ちょっとくらい話付き合ってくれてもいいじゃーん!」
「ははは、ごめんごめん」
学校に着くまでこの話で持ちきりだった。茉弥も僕の話を信じてくれているし、協力してくれる事はかなり心強い。御園さんとも学校ではいつもの通りに接することができて、昨日の件のことは気にしていない様子であった。
***
それからは僕と要、茉弥と御園さんの4人で学校生活を過ごすことが多くなった。1月の末にある定期試験の勉強は、御園さんに助けてもらいながらなんとか乗り切ることができ、茉弥の家でお疲れ様会をするまでに仲良くなった。
「定期試験、お疲れ様ー!」
「いやー、ほんとに、御園さんのおかげでオレと響は追試の常連から抜け出せたよ! ほんと、ありがとうな!」
「僕からも、本当にありがとう!」
「……そんなことないよ! みんなが頑張ってくれたから……私も、みんなと勉強できてすごく嬉しかった」
「……ほらほら! みんな、せっかくだから写真撮ろうよ!」
「よし! じゃあ撮るよ! ……ハイチーズ!」
「ゆげっちありがとう! ……なんかいいね! 仲間って感じで!」
「……仲間……」
「そうだよ! 御園さんも、僕たちの大切な友達だからね!」
「そうそう! 何かわからないこととか、悩み事とかあったら私に相談してね!」
「……茉弥に相談して、解決できるかどうからわからないけどな!」
「ちょっと、ゆげっち! 絶対解決してみせるからね!」
「……みんな、本当にありがとう! 私、この学校に来てみんなと出逢えて良かった!」
御園さんがクラスメイトと仲良くなってくれてすごく嬉しかった。これからも、この4人で一緒に居たい、そう思った。
それから御園さんが転入してきてから少しが経過したが、その後も特に大きな問題はなく学校生活が過ぎていった。
――このまま何もない日々が続くと思っていたが、それは突然訪れた。
定期試験のお疲れ様会をしてから約2週間が過ぎた。
この日もいつものように学校生活を送っていた。2月に入り寒さは先月よりも増して僕たちに襲いかかってくる。それも今年はあまり雪が積もっていないことが関係しているだろうか。雪が少ない方が寒く感じるとも言われるし……。
学校では、御園さんが転入して以来ずっと、4人でいることが当たり前かのように「いつもの4人」で話をしたり遊びに行ったりしている。彼女も大分学校に慣れて来ているようで安心だ。
僕は、あの電話の件から御園さんとの距離が近くなってきていて、放課後一緒に帰ったり、2人で本屋に寄ったりいかにも彼氏と彼女の関係に見えるような立ち振る舞いをしていた。――付き合ってはいない。
付き合いたいとは……思っていないといえば嘘になるのかもしれないけれど、要に相談した時に「付き合った後よりも、付き合う前のあのなんとも言えない感じが良いんだよなー、ま、人によるけど!」と言われた。
まぁ僕は、彼女いない歴=年齢だから付き合った後のことなんて知らない。でもなんだろう、この気持ちは大切にしたいとは思っている。……それ以前に、御園さんが僕のことをどう思っているかなんてわからないし。
「……弓削くん! 今日の放課後時間ある?」
そんなことを考えてる時に御園さんから話しかけられたから変にびっくりした顔をとってしまった。
「……あ! も、もちろん大丈夫だよ!」
「私、何か変なことでも言ってた?」
「ううん! そうじゃないんだ、気にしないで」
「それなら良かった。ちょっと付き合ってほしいところがあって……」
「わかったよ! あ、でも1つだけお願いがあるんだけれど……」
「弓削くんまさか」
「……お願い! 今日の6時間目だけでいいから!」
「もしかして、……宿題やってない? それならまだ時間があるから私の見せてあげようか?」
「違うんだ……。その……御園さんとの放課後の時間に早くなってほしいから……!」
「……」
急に御園さんは後ろを向いた。
「……き、今日だけ。特別だからね?」
顔を見ることはできなかったけれど、恥ずかしそうに言う御園さんがいた。それをみて僕も、自分が何を言ったのかを理解して突然顔が火照ってきた。
「……うん。 ありがとう」
その後、2人の間に沈黙が続いた。
「じゃあ私行くね! 放課後、玄関で待ってるから!」
そういうと、御園さんは教室を後にした。
約束してくれた通り、5時間目が終わると一瞬にして放課後に進んでいた。その後教室を出ると、彼女の方が先に待ち合わせ場所へ着いていた。
「御園さん! お待たせ。待った?」
「ううん。全然待ってないから大丈夫だよ!」
「それなら良かった。そしたら行こうか」
2人は学校を出て、街の方へ歩いて行く。
「ところで、行きたいところって何処なの?」
「今日は……弓削くんって甘い物とか好き? 駅前にクレープ屋さんあるでしょ? 私、そこの前を通る度に食べたいなと思うんだけど、1人だと勇気が出なくて……」
「あ! あそこのクレープ屋さん知ってる! 僕も食べてみたいなと思ったんだよねー。甘い物も良く食べるよ!」
「……良かった。 そしたら、今日はそのクレープを食べに行きたいんだけど……いいかな?」
「え! もちろんだよ! 楽しみだなぁ!」
「弓削くん、どうもありがとう。そんな楽しみにしてくれるなんて……」
「……当り前じゃない! だって……御園さんと一緒だから!」
「……あ、ありがとう」
「……うん」
そのあと、僕と御園さんは第3者から見れば完全にカップルのような、いわゆるデートを楽しんだ。初めて知り合った時、始めはぎこちない会話しかできなかったけれど……今となっては、お互いが特に無理もしないで自然に話せるようになっていた。それを実感してすごく嬉しかった。
「弓削くん。 今日は付き合ってくれて本当にありがとう! 念願のクレープも食べることができてすごい幸せ」
「こちらこそ、ありがとう! なんか……その、デートみたいだったね!」
「……うん。もしかしたら、他の人にはカップルに見られちゃったかもしれない……」
「ぼ、僕は嬉しいよ! 御園さんと、こうやって……デートできて!」
「弓削くん……あ、あのね、もしよかったら、また一緒に来てくれる?」
「もちろんだよ! 一緒に行きたい!」
まさか、彼女の方からまた誘ってくれるなんて思ってもいなかったし、またこうやって2人だけの時間を過ごせるのかと思ったらなんとも言えない気持ちになる。
御園さんの家は駅前から近いようで、僕たちはクレープ屋の前で別れた。
家に着くと要に連絡をする。
「今日、御園さんとクレープ食べに行ったさ」
「まじかよ! それもうカップルじゃんか!」
「それ、御園さんにも言われた」
「で? どうだった?」
「どうって……でも、また今度一緒に来てくれる? って誘ってくれた」
「それってもう……脈アリ以外なんでもねーぞ!」
「期待しちゃうこと言うなよー」
「いやでもそれな、好意なかったら次って思わねえって」
「まあ、確かにそうかもしれない……」
「まあでも、大切にしろよ!」
「ありがと」
「そしたら、また明日学校で!」
「うん、おやすみー!」
「おやすみ!」
(期待しちゃっていいのかな……でも、早まってもいい事ないと思うし)
要とのメールは要件を話して終わるって言うのがパターン化している。その方がダラダラしないから要とのメールのやり取りは意外と楽で好きだ。それに比べて茉弥は……。
風呂を出てから、明日の宿題をやっていないことに気づく。前回も宿題未提出の科目だから今回はヤバイと思っていつもより遅い時間まで机に向かっていた。
「……はい。もしもし、どうした要こんな遅くに。しかも電話って珍しいな」
「響、おまえ今何してた?」
「何って明日……いや、今日の宿題してた」
「……時計あるか?」
「そりゃ、机に座ってるからデジタル時計あるけど……どうした?そんな怖い声して」
「なぁ、おれ、見ちまったんだよ……」
「……だから、何を?」
「時間が……時間が、いきなり0時になったんだよ……」
「……いきなりってどういうこと」
「……もうこんな時間かって思いながら、何気なく時計見てたんだよ。そしたら、23時50分から一瞬で0時に……」
「…………」
「……響?」
(どういうことだ……昨日、御園さんはフェルツェを使ってる。つまり、御園さんの力ではない何かが起こってる……)
「あ、ごめんごめん……」
「最近頻繁にある時間が進む現象……またあれなのか?」
「……いいや、それではない」
「……なんでそんな断言できるんだよ」
僕はまだ御園さんの能力について、要には話していなかった。要自身も、謎の現象について体験しているから違和感は感じているに違いない。
僕はこのタイミングでフェルツェについて彼に伝えた。要はあんな性格だから、混乱するかなと思いきや意外と冷静だった。
「……なんか難しい話だったけどよ……要するに、最近起きてるやつが御園さんの力で、今日起きたのは違うってことだな?」
「うん、そうだと思う。御園さんもフェルツェをあまり使ったことなくて、受ける代償を詳しく知らないみたいなんだ」
「……なるほど。でも、とりあえず御園さんにこの事話した方がいいよな?」
「そうだね。 明日話してみることにするよ、もしかしたら何か知っているかもしれないし」
なんだか要がすごく頼もしかった。いつもは適当なのに、これについてはやけに冷静で真剣に話を聞いてくれた。
すぐに御園さんに連絡しようと思ったが、夜も遅いからそれはやめて、眠りに就いた。
***
「……御園さん!」
「あ、弓削くん、おはよう。どうしたのそんなに慌てて……」
「おはよう! いきなり飛んで来てごめんね!」
「ううん。それは全然いいんだけれど……何かあった?」
「……よく分からないんだけど、日付が変わる時に……時間が飛んだんだ」
「……どういうこと」
僕はこのタイミングで、昨日要から連絡がきて一瞬で10分が経過したこと、御園さんの力を要に教えたことを伝えた。要にフェルツェのことを教えてしまったことに対して、御園さんは特に何も言わなかった。
「……確かにそれ、私の力じゃないわ」
「何か心当たりはない?」
「そうね……現に私は、今日までそれに気付くことが出来なかったし、能力を使ったからって、時間の短縮が起こるなんて今までなかった……」
「ということは、御園さんも知らない何かが起こっているってことだよね」
「……そうかもしれない」
起きている現象が何なのか、御園さんも知らなかった。ただ、以前に使っていた(といっても頻繁には使っていなかったようだが)頃にはこんなことが無かったと言った。
(過去と今とで変化していることはなんだ……)
結局その日は、御園さんに出来事を伝えるだけで新しい情報を得ることは出来なかった。
――この晩さらに10分の時間切削が発生した――
「……次のニュースです。本日、深夜0時から始まったとされている不可解な現象について、オカルト業界を筆頭に積極的な討論が行われています。その討議の中で、この現象の事を『子夜の戯』と命名し話が進んでおり……」
今朝のニュースで流れていた。
(……昨日の出来事だぞ……早すぎる)
翌日から僕たちの身の回りで起きている現象が国内中に知れ渡り、報道局も取り上げるレベルでの騒ぎになっていた。時間の切削がいつ起きたのかわからないが、合わせて20分もの時間が削られてしまった今、気付かない人の方が少ないだろう。テレビでは超能力者や霊媒師などのいわゆるオカルト関係者がインタビューや議論を交わしているが、一向に話が進展していないという。
今それについて分かっていることは1つだけで、この『子夜の戯』には御園さんが関係しているのかもしれないということだけだ。でも、僕たちの中でもそこからの進展がない。
その日の学校はこの話で持ちきりだった。今まで特に興味を持っていなかった生徒同士も、これについて意見を出し合っている。
これ以上大きな騒ぎにはしたくなかったから、御園さんが関係しているかもしれないということはいつもの4人だけの秘密にしようということになった。
「……弓削くん、私……」
御園さんは深刻そうな表情で僕を見つめた。
「御園さんが悪いわけじゃないよ。 それに、まだ御園さんの力が原因でなったかなんて解らない……」
「それは……そうなのかもしれないけれど……」
「とりあえず、一刻も早く原因を解くことが先決だと思う」
「……ありがとう」
「え?」
「私なんかのために……たくさん迷惑かけちゃった……」
「そんなことないよ。……僕は、御園さんが悲しんでいるのを放って置けない」
「…………」
「だから、僕にできることがあるなら、全力でやる」
「弓削くん……本当にありがとう」
「うん。一緒に色々考えてみよう」
とは言ったものの、今ある材料だけでは解決までには程遠いのが現実だ。
ふと、2ヶ月前ほどに会った海岸線の少女の事を思い出した。御園さんが転入してから、御園さんに夢中だったから忘れていたというのが本音だろうか。
(……確か、あの少女は『もうすぐ始まってしまう』って言っていたっけ……でもこれと関係はないだろうか……いや、もしかしたら……)
不確かで僕の考え過ぎかもしれないけれど、この子夜の戯とそれとが繋がるかもしれないという考えが浮かんだ。ただその少女が誰なのか、いまどこに居るのか何もわからなかった。
(でも、もし可能性があるとするなら……)
僕は口火を切った。
「あのさ……御園さんって……妹とかいる?」
「……妹?……どうして?」
御園さんの表情が変わった。
「実は……」
それから僕は、海岸線沿いで会った少女について御園さんに話すことを決めた。その子と出会った場所、容姿の特徴、話の内容、全てを話した。僕が話している間、彼女はずっと下を向いていた気がする。話が終わると顔を上げ僕を見つめた。
「…………ごめんなさい」
そう言うと、廊下を駆けていってしまった。
それから御園さんは教室に戻ることもなく、その日は顔を合わせることができなかった。
「御園さん、ゆげっちの話で何か嫌だったのかなー?」
学校が終わり一緒に校門を出た茉弥との帰り道では、御園さんの話で持ちきりだった。
「わからないけど、俯いてたから何かあるのかもしれない」
「仮にね、ゆげっちが会った少女の子が御園さんの妹さんだったらどうするつもりなの?」
「その少女が言ってきた言葉も気になってて……それも含めて、この現象について尋ねてみようと思ったのさ」
「そっか……でも、あの言葉だとその子が何か知っている可能性はありそうだよね」
「うん。 だからこそ、あの子と接触することが出来れば良いんだけれど……何も情報がなくて。 ……似てるから、もしかしたらって思った、……違うかもしれないけどね」
「今日の今日に話すのはダメージが大きかったかもね。今日はそっとしておいてあげようよ! これからどんどん時間が無くなっていくって決まったわけでもないんだしさ!」
「……そうだな。明日また改めて、今度は2人の時に話してみるよ」
「うん! またなんかあったらゆげっちに教えるからね! またねー!」
「ありがとうね、また」
そうして茉弥と別れた後も、僕は御園さんに連絡することはしなかった。
夜のテレビ番組でも、『子夜の戯』を取り上げているものがあったが、朝に比べると騒ぎは収まっているように感じた。そこでは、短縮したとはいえ20分という少ない時間であって、それはすべてがマイナスではないと考える者が出てきているようだ。
(確かに、深夜でバイトとかしてる人たちにとっては、20分時間短くて済むもんな……そう考えたら、そんなに深刻に悩むことでもないのか?)
でも、そうプラスに考えようとしても御園さんにかかる重圧は変わることはない。今は、彼女の事を支えなければならないと思いながら今日という日を過ごした。
――翌日、切削された時間は合わせて40分になった――
そのことは、朝起きてテレビをつけてから知った。昨晩は納まっていた情報網も他局に負けじと最新の情報を放送していた。
(『消えた40分』……あれ、10分感覚で切削していたはずだったのに、昨日は20分消えたってことなのか? というか、時間が止まるどころか削られていく一方だ……)
寝る前は、御園さんの事しか心配していなかったけれど、削られている時間が多くなるとなっては話は別だった。
自分1人で事を考えても何も進展しなかった。学校へ向かい御園さんとこれについての話をする決心をして家を出る。
学校へ着くと昨日と同じように、校内はこの話で持ちきりだった。御園さんも登校していたが周りは御園さんが関係しているかもしれないということをまだ知らないため、特に意識して話しかける人はいない様子であった。
「御園さん、おはよう」
「弓削くん……おはよう。どうかした?」
「いや……今日のニュース見た? ……時間が40分なくなったって」
「うん。見たよ」
そのあと少しの沈黙が続いた。
「……僕ね、御園さんのこと心配なんだ。だから……力になりたい」
「それは嬉しいけど……いきなりどうしたの?」
その表情は特に暗い様子もなく僕を見ていた。
「昨日話した件についてだったんだけど……放課後、時間ある? 嫌だったら無理にとは言わない」
「……ううん。大丈夫よ 私も、昨日の夜にしっかり自分の気持ちをまとめたところだったの。弓削くんも心配してくれてるし……何より、心配してくれてることが嬉しくて」
「御園さん、何言ってるの……当たり前じゃないか! 僕はいつだって御園さんの味方だよ」
「ありがとう、放課後にまたお話しましょう」
「うん。こちらこそ、ありがとう……そしたら、後ほど」
僕が放課後に御園さんと話をする時には、時間も16時を回っていて教室に誰もいなかった。
「早速なんだけどさ……」
2人きりの教室で僕が話を切り出そうとすると、彼女は自分から話を始めた。
「私には妹はいないよ」
「…………」
「でも……姉はいるの」
「……え?」
「小さい頃から家庭の事情で会ってないから、姉と呼べるのかわからないけれど……小さい頃は私ととてもよく似ていたし、この地域でこんな容姿の人そうそういないだろうし……だから、その浜辺で会った人もお姉ちゃんなんだと思う」
「そうだったんだね。 その、お姉さんの話詳しく聞いたらダメかな?」
「……私ね、今まで友達って言えるくらい仲がいい人っていなかったの。だから自分の事を話すことも……。 でもね、最近はすごく楽しい。それは弓削くんのおかげなのかなって思ったんだ……」
恥ずかしそうに話す御園さんを見ると僕も照れる。
「……うん」
「だから私ね、弓削くんに全部話したいって思った。今日はそれのいい機会かなって」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。御園さんが良ければ聞かせてほしい」
少しの沈黙が流れた。
「お姉ちゃんは……フェルツェのことを知っている唯一の人なの。もちろん、お父さんとお母さんは知ってるんだけど。 両親は、これがどういう力なのかってことは詳しく知らないの。 というのも、お姉ちゃんは私の能力について色々と調べている人でね……」
その話を聞いた時に、僕の脳裏にあの言葉が過った。
―もうすぐ始まってしまう―
(お姉さんはこうなることを既に知っていたのか?)
「……だから、お姉ちゃんは私が知らないフェルツェを知ってるのだと思う」
彼女はそう話を続けた。
「お姉さんは今どこにいるの?」
「私も小さい時以来会ったことがなくて、どこにいるのかはちょっと分からないの。……でも、どうして私に姉妹がいるかを聞いてきたの?」
僕は、浜辺で会った少女が言っていた言葉を御園さんに伝えた。
「…………そんな。……お姉ちゃんはこうなることを知っていたのね」
「その人がお姉さんかどうかの証拠はまだない。でも、仮にお姉さんだったとしたら、御園さんの力のことを理解してるってことだから……何か解決策を知ってるかもしれない。……僕は、御園さんの力になりたい。 だから、お姉さんを探してみようと思う」
「弓削くん……。でも、お姉ちゃんの居場所はわからないわ」
「大丈夫。少し心当たりがあるんだ」
***
「……弓削くん、ここは?」
僕は御園さんをお姉さんであろう少女にあった海岸線へ連れて来ていた。
「僕が、御園さんのお姉さんかもしれない人に会った場所」
「キレイ」
海を眺める彼女の目は、一つの曇りもない鮮やかな目をしていた。
「でも……どうしてここに?」
「その前に……お姉さんって御園さんみたいに能力を持っていたりする?」
「……聞いたことないわ。 でも、私がフェルツェを持っているからお姉ちゃんに何か特別な力があってもおかしくない……と思う。 私がいた故郷では能力を持った子どもが次々に生まれているって話だし……」
「あのね、御園さん……」
「……なに?」
「実はあの日、その少女はもう一つの言葉を残して居なくなってしまったんだ。 【またここに来る】と」
「だから、これは推測でしかないんだけれど、またここに戻ってくるんじゃないか、そう思っているんだ」
「でも、いつ、どのタイミングでここに来るかなんてわからないじゃない。それと、まだ私のお姉ちゃんって決まったわけじゃ……」
「確かに御園さんの言う通り。 でも、このまま何もしないで御園さんの悲しい顔を見るのは嫌なんだ! 自分の……出来ることをしたい」
「……弓削くんは……どうしてそんなに私のことを考えてくれるの……」
「……それは…………」
「………………」
「それは……御園さんが好きだから!」
「…………」
言ってしまった。まだ伝えるつもりはなかったのに、自分の気持ちをまだ自分がわかっていなかったのに、気が付いたら言葉を口にしていた。
御園さんの顔を見たくなかったけれど、恐る恐る顔を上げる。彼女は泣いていた。
「…………ご、ごめんなさい。そんなこと言われたの初めてで……でも、すごく嬉しい」
彼女は言葉を続けた。
「前にも言ったけど私、今までお友達がいなかったの。だから、お友達が出来たことでも嬉しいのに、こんなこと言ってくれるなんて……」
泣きながら、でも確かにこう言っていた。
「そんな。……だからね、御園さん。僕は君のことを守りたいんだ」
「うん。本当にありがとう。…………こんな私をよろしくお願いします」
「……はい」
その後、御園さんを家まで送り少し遠回りをして帰宅した。
勢いで伝えてしまった事も結果的にはプラスになって、また2人の距離が近くなった気がする。と言っても今までの生活が変わるわけではなく、昨日までと同じ関わり方をするつもりだ。彼女もそれを望んでいた。
だからこれからも、この日常を送っていたいと思っていた。
――切削時間は大きくなる。消えた時間は合わせて2時間になった――
朝目覚めると、それはまた始まっていた。テレビでは即座に報道の嵐となっていた。
(…………ちょっと待て。……2時間だって!?)
この、拡大しつつある【子夜の戯】を何とかする為に、御園さんの姉を見つけなければいけない。僕は今日、彼女を探しに海岸線へと向かうことを自身に誓った。
「……ゆげっち。……おはよう」
学校に行く途中、茉弥と出会った。表情がいつもと違う。
「……茉弥。おはよう」
「……私ね、すごく怖い。朝起きたら2時間もなくなってるなんて……このまま、世界はなくなっちゃうの? ……すごく不安だよ」
出会っていきなり泣き始めてしまった。茉弥が泣くことなんて滅多(めった)にない。そうとう不安なのだろう。
確かに、茉弥の言っていることは正しかった。このままこの現象が続いてしまうと、御園さんだけではなく、みんなが悲しむ事態になり兼ねない。
「大丈夫。……僕がなんとかする」
「なんとかするって……なんとも出来ないじゃない!」
「………………」
僕は昨日、御園さんと話したことを全部話した。
「ゆげっちが会った子って、やっぱり御園さんと関係があったんだね。妹ちゃんではなくてお姉ちゃんだったけど」
「うん。だから、会いに行かなくちゃいけないんだ……。僕には、これしか出来ない」
「……わかった。今日、会いに行くの?」
「学校が終わってから行くつもりだよ。今日のその時間に彼女がいるかどうかは、わからないけれど……。でも、行ってみたい」
「……そっか。私も一緒に行きたいけど……でも、私は行かない方がいいと思うから……」
「うん」
「何かあったら連絡して!」
「……わかった。心配してくれてありがとう」
そう言葉を告げて、放課後僕はあの海岸線へと向かった。
――またここに来る。
この言葉を信じたかった。今日ではないのかもしれないけれど、僕の気持ちは毎日でも海岸線に行ってやろうという気持ちにまで熱いものになっていた。
海岸線に到着するが、御園さんの姉どころか人影すら見えない。静寂の中に波の音だけが聴こえるこの場所で、僕は辺りを見回すけれどやはり人は見つからない。
「…………ねぇ、そこの少年くん」
「……っ!」
突然後ろから声が聞こえてきた。
「ふふっ、やっぱり来たんだね」
「……あなたは…………」
御園さんに似た姿と透き通った声、彼女のお姉さんだった。
「こんにちは。私はサリナの姉のエリア。弓削響くんだったよね?」
「……やっぱり、御園さんのお姉さんだったんですね。でもどうして……僕の名を」
「サリナがお世話になっているみたいね。どう、彼女楽しそう?」
「…………」
「その表情はそうでもないみたいね」
「……エリアさん、やっと見つけました」
「やっとって言っても、探し始めたばかりじゃない。でも、良かったわねすぐ見つけられて」
「……そんなことはどうでもいいんです。御園さんについて……」
「フェルツェのことね?」
彼女は僕の言葉に言葉を重ねて返してきた。これから起こることを既知しているみたいに。
「…………」
「どうしてわかったんだ。そんな顔をしているね。まぁいいわ、フェルツェの事が知りたいんだよね。……君も知っている通り、フェルツェは時間を切削できる能力で間違いないよ。能力を使う時は……ね」
「……え? ということは、フェルツェを持っているだけで起こる現象もある……ということですか?」
「そう。第2の力といってもいいわ」
「じゃあ、それがこの……」
「その通り。 だからこの現象はサリナのフェルツェによって起きてることなの。……あの子の能力は、知られてない事がありすぎるのよ、まったく……」
子夜の戯に御園さんが関係しているのは、なんとなく予想はしていたけど、お姉さんの話で仮説が証明された。
「……あの」
「なに?」
「この現象は、どうしたら元に戻るんですか?」
「君はどうすれば良いと思う?」
「わからないから聞いてるんです! ……僕は御園さんを助けてあげたい。だから、何か知ってるなら教えてください」
「……時間がなくなったのはいつからだった?」
「えっ」
確かに、御園さんが転入してきたと同時に子夜の戯は始まっていない。
「確か、御園さんが転入してきて、少ししてからだったような……」
「うん。やっぱりそうだよね。あの子が転入してきたのと同時にこれは起こらないの」
「……どういうことですか」
「サリナの気持ち」
「……気持ち?」
「そう。……あの子の感情の変化によって、この現象が起きているの。 つまり、君と仲良くなってからこれが始まった。 切削する時間が徐々に増えていると思うけど、それはサリナの感情が大きくなっているからなんだ」
「ということは、感情の大きさと時間の切削は比例している……」
「そういうことになるね。転入したその日に会話をしていたり、仲良くなるきっかけがもしあったのなら、この切削は既に行われていたのかもしれない……ただし、気持ちが小さいから秒単位の時間しか削られない、そのため気付かなかった、という流れの可能性もあったわね」
「……だから」
僕は、この場で御園さんの気持ちを改めて知った。彼女の僕に対する感情が大きくなればなるほどどうなってしまうのかも同時に知ってしまった。
「……もし」
「もし?」
「……もしも、感情が大きくなり過ぎてしまったら……」
「……ふぅ、君も予想はついてると思うんだけどなー」
少し間を空けて、彼女は言った。
「……この世界、無くなるよ」
予想通りの答えだった。御園さんのお姉さんに出会うまでは、子夜の戯は原因がわからないにしてもいつかこの現象はなくなるだろう、と安易に考えていた。だけど彼女の話を聞いて、この結末になることは薄々予想がついてしまったのだ。
御園さんは子夜の戯の原因はまだわかっていない。今、切削時間が増えているということは、すなわちそういうことである。それは嬉しいことなのであるが、今は喜んでいる場合ではない。
「……ということは、今の関係を白紙に戻せばいいんですよね?」
(悔しい選択だけど、このまま世界が無くなってもう二度と会えなくなってしまうよりは、友達として隣に居れる方を選ぶのは当たり前のことだ。御園さんも話せばわかってくれそうだし…………)
「残念だけど、それでは解決しないよ」
「……えっ?」
「何言ってるんですか? やってみないとわからないですよ!」
「いいや、それじゃダメなんだ。関係の白紙に戻したとしても、子夜の戯が始まってしまった時点で時の経過と一緒に時間が自動的に切削されてしまう」
「……何なんですかさっきから! 全部を知っているような話し方して……最初から断言するのはやめて下さい! それで、解決出来るかもしれないのに」
「……だってね、私は……それで世界が無くなるのを見ているから……」
「…………見ている?」
彼女の言っている言葉の意味がわからなかった。
「そう。 私は無くなる寸前の世界を知っているの。 だから、それを止める為にここにいる」
「……ははは、何言ってるんですか? 未来からここに来た? そんなことあるわけ」
「サリナにも能力があるように、私にも能力があるの。私たちの一族は生まれつきそうなのよ。……それが私の力」
彼女の真剣な表情は、冗談を言っているようには見えず、その顔を見て未来から来たというのは本当なのだということを悟った。
「……わかりました。あなたはさっき、僕たちの関係が白紙になるだけじゃダメだと言いました。それが未来で起きたことだったんですね?」
「その通りよ。 私たちは何をすべきかわからなかった。 君が今考えてたようなことをみんなで考えてたわ。 ……でも、いくら時が経っても子夜の戯れが終わることはなかった。」
「……じゃあどうすれば。……そしたら、その未来を変えることは出来ないって事ですか!」
怒鳴ったような声が出てしまった。エリアさんは悪くない。むしろ、困っていた僕たちに対して光を与えてくれた。それなのに、彼女から伝えられた事実を受け止められない僕がそこにいた。
「……ご……ごめんなさい。つい」
黙り込んでいる彼女をみて咄嗟に謝った。
「君のその気持ちは……私もわかるわ。何度も何度も考えて行動してみたけれど……結局、未来が変わることはなかったのよ。残念なことにね」
少し間が空いたが、その後彼女から先に口を開いた。
「……でもね、何もできなかったという真実だけが本当なら、私はこうやって君の前に現れていなかったと思うの」
「ということは」
「……ひとつだけ可能性があるかもしれない」
「……それは一体何なんですか」
「……それは……」
彼女はそのまま黙り込んでしまった。
その暗い表情を見て僕は、その可能性を選ぶことが、どれだけ苦渋の選択なのかを、彼女の言葉を聞く前になんとなく予想する事が出来た。
でもそれは、予想に過ぎなかった。
しばらく沈黙が続いた。
波の音だけが僕たちの耳に入ってくるのがわかる。かれこれ数十分は、御園さんのお姉さんと初めて会ったこの海岸で、その本人と話をしている。
「これから私が話すことは、あくまでも予想」
「……予想? 過去では全部の手段を試してみたんじゃなかったんですか?」
「そうよ。 ……でもね、私が自分の能力を使う直前にひとつだけ……これならって思った事があったんだけど、それを試さないで過去に飛んだの」
「ということは、それを試した未来は知らないってことですよね。一体何なんですか?」
「……姉として最悪な考え方だと思っているわ。……さすがにこれは罰が当たるかもしれない」
「………サリナを……この世から抹消するの」
「……な、なに言ってるんですか?」
まさかこんな考えが口から出るとは思わなかったから、とぼけたような声と同時に頭が真っ白になった。しかし、怒りの感情はぽっかりと空いた気持ちの中に即座に入ってくる。
「ふ……ふざけて言ってるんですよね? あなたは、御園さんのお姉さんですよね? そんなこと……考えていいと思ってるんですか!」
「……ごめんね。……弓削くん」
「……そんな……」
何も考えられなかった。あまりにも衝撃過ぎて夢なのかとさえも思う。
でも、あの言葉を言ってから表情が1つも変わらないエリアさんを見て、彼女の言葉を信じざるを得なかった。
「私だって、こんな考え方はしたくなかった。 でも! ……仕方ないじゃない……それしかもう方法が残されていないのよ…………」
彼女は続けて口を開く。
「それに……もしそれで子夜の戯が終わらなかったとしたら、私はまた過去に戻る」
「……そんなに……人の命を粗末にしないでください! ……あなたは、過去に戻れるかもしれない。……でも! 僕にとっては御園さんは……御園さんは、1人しかいないんです!」
「じゃあ君は! ……このまま世界がなくなっても良いの?」
「それは……もちろん嫌ですよ! きっと御園さんも、世界がなくなるのを肯定はしません。 ただ、御園さんがいなくなった世界も嫌なんです」
「……わかったわ。 君の気持ちも、もちろんわかる。まだこの世界は、全てが消滅してしまうまで時間があるから、私も色々と調べてみることにする。……ただし、この話をしてわかっていると思うけれど、本当にこのままでは世界がなくなってしまうということを忘れないでほしい」
「わかりました」
「……それと、サリナにはこの事を話さないでいてもらえる? あの子、君のことが大好きなのよ。……だからこそ、この話を聞いたら自分が消滅する事を選択すると思うの。……約束してくれるわね」
「……はい。いろいろ、ありがとうございます。……僕も、何か方法がないか探してみます」
「いいえ。ただし、時間がたくさんあるわけではないから注意して。既にもう2時間がこの世からなくなっているわ。……さっきも話した通り、この現象が始まってしまった時点で自動的に時間切削が進んでいく。過去の経験からして、もってあと1週間ってところかな」
「1週間……ですか」
「さっきは、悪かったわね。……お互い最善の方法がないか、考えましょう。それじゃあ」
僕にそう伝えると、彼女は姿を消した。
気付けば辺りは暗くなっており、海岸に近い家々の明かりが輝いている。冷たくなった両手を上着のポケットに入れながら、その日は真っ直ぐ家へ帰った。
***
『ゆげっち、お姉さんとの話はどうだった?』
家に着き、ひと段落していると茉弥から連絡が入っていた。
『弓削くん、こんばんは。明日、一緒に学校行きたいなって思ったんだけど、もし良かったらどうかな?』
携帯を見ると、御園さんからも連絡が入っていた。昨日までなら、連絡を見た瞬間に返信をして喜んでいただろう。でも今日の事があって、今は複雑な感情に誘われていく。正直、なんて返していいのかわからなかった。
『御園さん、こんばんは! もちろんだよ! そしたら明日、迎えにいくね!』
数分間悩んだ挙句、結局自分の気持ちを素直に伝えていた。
これでまた、切削時間が大きくなるかもしれない。けれども、彼女に対する気持ちに嘘は付きたくなかった。
彼女から、ありがとうという返信が来て、僕はこれで正解だったのだと思った。
茉弥には、この事実を知る前から、今日のことは伝える予定であったので、電話をすることにした。
「……もしもし! どうだった?」
少し焦ったような声で、茉弥が電話に出てくれた。
「うん。ちゃんと話はできたよ。ただ……」
「話ができたなら良かったけど、何かあったの?」
不安そうに僕の話に耳を傾けている茉弥に、今日あったことを全部話した。
「……そんな。御園さんをこの世から消すしか方法がないなんて。嘘! 嘘だよね、ゆげっち!」
「……嘘じゃないんだよ。さっきも言っただろ、エリアさんは未来から来たんだ。色んな方法を試してるけど何も変わらなかった。これしか方法がないんだって……」
「でもさ! まだ何か方法があるかもしれないんだよね!」
「それは……わからない。ただ、僕もその方法には反対だったから、少しお互いで考える時間を作ったんだ。時間は限られてるけれど……」
「……ゆげっち」
急に茉弥が怯えているような声を出した。
「……茉弥? どうした!」
「……時間が」
「……まさか!」
振り返って時計を見てみると、日付が変わっていた。
「……そんな、いくらなんでも早すぎるだろ」
「……」
茉弥は黙り込んでしまった。その後も会話が途切れ途切れになってしまい、この日はこれで電話を切ることにした。
――合わせて4時間が1日から消えた――