最強の不良と謳われた袴田くんと岸谷くんが揃ってしまったのが、最大の不幸だっただろう。
彼らには何をしても及ばず、兎の彼が降参すると、田中くんも抵抗を止めた。そこへ現れたパトカーから降りてきた警察官が、岸谷くんではなく私を見て「また君か」と呆れた顔をした。知らぬ間にブラックリスト入りしていたらしい。今年だけで三件は事情聴取を受けているし、仕方がないと諦めるしかない。 田中くん達を引き渡すと、別の警察官が私達を品定めするように訝しげに問う。
「君たちが起こしたんじゃないよね? ……いや、バスジャックと聞いているけど、本当は君たちの喧嘩が大事になっただけじゃないかと思って」
「はぁ!? そんなこと――」
「ただの喧嘩だったら、それこそ君たちも罪になる。正直に言ってくれ」
「正直も何も、俺が通報した時に話した通りですって!」
「捕まりたくないからそう言っているんじゃないのか?」
岸谷くんが何度説明をしても、警察官は疑い続ける。証拠として残りそうな写真や動画は撮っていないし、電話で聞こえてきた会話だけじゃ成立しないかもしれない。警察に目をつけられた時点で、信用は勝ち取れない。軽くあしらわれてしまう。今回ばかりは私も共犯にされているから、何を言っても無駄かもしれない。
隣にいた袴田くんにいたっては最初からわかっていたかのように、冷静に話を聞いていた。頭ごなしに決めつけられることに何の疑問を持っていないわけではないだろうが、何度も同じ局面を経験していることから半分諦めているのかもしれない。
「あのね、君達は何度も警察の世話になっているんだから、そろそろ大人の言うことを――ん?」
すると、さっきまで泣いていた男の子が鼻をすすりながら、警察官のズボンをぐいぐいと引っ張った。やけにムスッとした顔を可愛らしく思ったのか、警察官が屈み込んで聞く。
「どうしたんだい? 今大事なお話してるから……」
「ヒーローなんだよ!」
「ひ、ヒーロー?」
「ぼくはこわくてずっと泣いてたのに、おにいちゃんとおねえちゃんだけが悪いやつらと戦ってくれて、おかあさんを守ってくれたんだ! だからヒーローなんだぞ!」
「うちの子がすみません! でも本当なんです。彼らがいなかったらどうなっていたことか……」
「信じてください、彼らが何をしたかは知らないけど、助けてくれたのは本当なんだ!」
男の子が不器用にファイティングポーズを取りながら、懸命に教えてくれる。それに寄り添うように母親と、彼女を支えてやってきたサラリーマンが口添えをしてくれた。
「わ、我々だって決めつけているわけじゃないんですよ。不良の喧嘩である可能性も……」
「じゃあどうしておじさんは来てくれなかったの? ぼく、ずっとけいさつのおじさんにはやくきてってお願いしてたのに! おじさんは悪いやつから守ってくれる正義のヒーローじゃないの?」
「うっ……」
子供にここまで言われると、さすがの警察官も苦い笑みを浮かべるしかなかった。さすがに全てに答えられるわけではないことはわかっているつもりだ。それでも純真に助けを求めていた男の言い分に、嘘をつくことしかできない警察官にはむしろ同情してしまいそうになる。
「彼らが正当防衛だったことを、証明できればいいんですよね?」
困り果てた警察官に、バスの運転手が歩み寄る。
「バスの車内に取り付けたドライブレコーダーがあります。これなら文句ないでしょう」
「レコーダー……そっか!」
自分で動画の撮影をしておけばよかったと悔やんでいたけど、その手があったか。
これなら証明できるかもしれない!
「無理だ……」
安堵した矢先、袴田くんがぼそっと呟いた。隣にいなかったら気付けないほど小さな声だった。苦虫を潰したような顔で小声で私に言う。
「俺がちゃんと映っているか、わからない」
「でも実体化してるし……」
「俺はもう死んでいるんだぞ。警察が調べればすぐにバレる。むしろ心霊現象として証拠にならねぇ可能性もある」
「ど、どうにかならないの?」
「できたらとっくにやってるって」
悔しそうに唇を噛む。体力を消耗している今、実体化を維持するのも精一杯なのかもしれない。すると、誰かが袴田くんと岸谷くんの肩をがしっと、覆いかぶさるようにして掴んだ。
「――分かりました。では後日、そのドライブレコーダーを提出してください」
紺色のスーツを着た、優しい顔立ちをしている男性だった。提出するように言ったことから、きっと警察関係者なのだろう。袴田くんと岸谷くんは驚いた顔をして固まっている。
「し、しかし! 彼らはここらで有名な不良で……」
「先程、引き取った二人が自供しました。二人はある事件の被害者で、復讐の為にバスジャックした乗客を人質にしようと考えていました。彼らとは面識はあるもの、たまたま居合わせただけだと言っています」
「そう……言ったんですか?」
「ええ。私には庇っているようには見えませんでした。今までのことを踏まえて捜査するのも構いませんが、もう少し冷静に、視野を広げてみるべきだと思います」
スーツ姿の男性が微笑みながら言うと、警察官が萎縮して動揺の声を漏らした。
「それでは、彼らからは私が話を聞きましょう。あなたは乗っていた客の話を聞いてください。……さぁ、行こうか」
男性にされるがまま、少し離れた場所まで移動する。終始無言だった二人の様子が気になっておろそろしていると、ようやく二人を解放して向き合った。
「久しぶりだね、二人とも」
「え?」
「……か、片桐さん?」
岸谷くんが懐かしそうに頬が緩んだ。袴田くんは未だに驚いた顔をしている。
「覚えていてくれて嬉しいよ、隼人。玲仁は……忘れてるかな?」
「わっ……忘れてねぇよ!」
「本当か? あの時は肉まんにし眼中になかっただろー?」
「うるせぇ! さすがに覚えてるっつーの。ただ……また会えるとは思わなかったからさ」
肉まん、と聞いて思い出した。
袴田くんが生前、肉まん一つで暴走したとか。確かその後内緒で警察官に肉まんを奢って貰ったって言っていた気がする。
「井浦は初めてだったな。片桐さんは、俺と袴田が荒れてた頃によく世話になっていたんだ。今年から別の交番に異動したって聞いてたんだけど……」
「たまたま元居た交番に寄ったんだ。通報を受けて北峰の生徒って聞いたから付いてきたんだけど、まさかここで再会するとはな」
世間は狭いな、と、片桐と呼ばれた男性は嬉しそうに笑う。岸谷くんがいつもの調子に戻ってきている。きっと心から信用しているのだろう。
「さて、詳しい話を聞きたいんだけど、まず隼人から教えてくれ。その後に井浦さん。玲仁はゆっくりしていなさい。どういう訳が知らないけど、玲仁の存在が公に出るとややこしくなるだろう。だから、二人に聞くよ」
この人も袴田くんのことを覚えている――ということは、彼が事故に遭って死んでいることもわかっているのだ。だから人気のない場所まで連れてきてくれたのだろうか。
片桐さんは袴田くんのほうを向いて言う。
「来てくれてありがとう、玲仁。また一緒に肉まんを食べたかったよ」
「…………」
袴田くんは口を閉ざしたまま答えなかった。
きっと彼も食べたかったと思う。他愛もない話をしたかったと思う。――それがもう叶わないことを分かったうえで何も言えなかった。
片桐さんと岸谷くんが離れると、袴田くんと私だけになった。姿をくらませるには今しかない。
「じゃあ俺はこれで――」
「ダメ」
そそくさとこの場を去ろうとする袴田くんの腕を力いっぱい掴む。実体化した身体でもやはり冷たかった。突然のことで驚いた彼は、私を見て苦い顔をする。
「ちょっ……お前、こんなに握力あったっけ? リンゴ潰せるぞ」
「誤魔化さないで。今回ばかりは逃がさないから」
じっと見つめると、珍しく袴田くんの口元が引きつった。心当たりがあるのだろう。
「袴田くん、本当は心残りが何かわかっているんだよね?」
夏祭りの最後に叩きつけられた挑戦状――袴田くんの心残りを見つけることは、正直今でも分からない。でもよく考えてみたら、良い意味で大のお人好しの彼だ。
過去を特に悔いていたが関係しているとすれば、同じ過ちを起こさないようにすることだったのではないか。私と最初に出会ったのは偶然だったと思うけど、誰も傷つけないために、見知った顔の私を利用したのも納得がいく。
「心残りを探せっていうのも建前で、自分の身体を維持するために私の身体に長期間取り憑くための準備だったんじゃないの?」
「え、えーっと……いや、まぁ……」
「ビー玉に魂を閉じ込めたのも、結局は吉川さんを守るためでしょう?」
これは私の勝手な仮説だ。
彼は立てこもり事件に偶然居合わせてしまい、吉川さんが倒れたのを目の前で目撃したことで焦っていたのではないだろうか。意識を無理に保とうとする彼女を見て、咄嗟に魂だけを閉じ込めることを思いついた。彼が私に取り憑いて動くことや、実体化できる異質な力ならそれが可能だと思い、賭けることにした。結果的には成功したが、随分割の合わない博打を打ったものだ。後は頃合いを見計らって身体に戻す算段だった。
しかし、相手は重症の怪我を負っているとはいえ、自分を陥れた人物だ。躊躇っているうちに身体の維持が保てなくなっていった。
「……ちがう?」
かなり勝手かつ強引な仮説だと自分でも思う。袴田くんは呆れたように小さく溜息をついた。
「半分ハズレ。……本当はすぐに戻すつもりだった。でも自分の身体を維持するのに精一杯で、ビー玉を壊すほどの力が無かった。それだけだ」
「……随分素直だね、大丈夫?」
「お前こそ、随分失礼になったな」
お互い様だな、と袴田くんはポケットから黒い靄がかかったビー玉を取り出した。
「でも、ようやく返すことができる」
手のひらの中心にビー玉を置くとぎゅっと握る。薄いガラスが割れた音がして、指の隙間から小さな光が漏れる。袴田くんは病院の方を向いて手のひらを開くと、光を帯びた球体が宙に浮いてスッと消えてしまった。
「じきに目が覚めるはずだ。一年も寝たきりだったから、起きるのに一苦労だろうけどな」
「……ありがとう」
「別に、約束を守っただけだ」
照れているのか、袴田くんはそっぽを向いた。
喧噪から離れた場所で二人で並ぶ。駅のホームで話した時とは違う、ぎこちない空気が漂っていた。問いただしたいことが山ほどあるのに、聞いたら最後になってしまうんじゃないかと、急に不安に煽られて言い出せない。
「……悪かった」
沈黙のなか、先に口を開いたのは袴田くんだった。
「仕方がなかったとはいえ、勝手に井浦の身体に取り憑いた。中学のトラウマだってわかってたのに、お前を田中に引き合わせちまった」
「……私は、大丈――」
「大丈夫なわけがねぇんだよ」
袴田くんが真っ直ぐ私を見て言う。今まで見たことのない、申し訳なさそうな顔に胸が締め付けられる。
「怖かっただろ。……怖くないわけがない。病院で田中とすれ違ったときから怯えてたのも知ってる。お前が我慢強いことだって、隣の席になる前から知ってんだよ」
この人はいつもそうだった。
素直になれないから遠回しに助けようとして、「もっと早く助けられていたら」と悔やむ。
そのきっかけは私だったかもしれない。でも彼が悔やむ必要はどこにもない。頭でわかっていても、彼の正義が許せなかった。全員を救えるヒーローなりたくても自分はなれないと叩きつけられた現実に、彼は何度も立ち上がった。何度も諦めず、掴み取ったはずだった。
「中学の時、お前は助けてくれたのに俺は何も出来なかった。……これじゃあ、また同じことを繰り返しただけだ」
袴田くんが目を伏せて謝る。いつもの彼なら在り得ない行動だと思った。こんな弱音を吐く彼は初めてで、私は不本意ながらも「らしくない」と呟いた。
「袴田くん、ちょっとごめんね」
「え……」
「額、貸してくれる?」
返答を待たずに私は彼の制服の胸倉を掴むと、彼の顔を真っ直ぐ見据えた。
「井浦……まさか……!」
何をしようとしているか察したようで、袴田くんの顔色がサーッと青くなる。身長差を考えてしっかり掴んで固定すると、私は思い切り頭を後ろに逸らした。
「は、早まるなって、お前だって無事じゃ――」
「袴田くんの――バカ!」
勢いをつけ、袴田くんの額をめがけて自分の額を叩きこむ。鈍い音が響いて、お互いの脳をぐわんぐわんと揺らした。
視界が左右に振られ、うまく立っていられない私はそのまま前に倒れる。袴田くんにもよく効いていたようで、ふらつきながらも倒れかかってきた私を支えて、一緒になって後ろに倒れ込んだ。
当たった場所がすでに赤くなっている額をおさえながら、脳の揺れが落ち着くのを待つ。乗り物酔いのような気持ち悪さを飲み込んで顔を上げると、若干涙目になっている袴田くんが私を睨んでいた。
「なにしやがる……お前も無事じゃねぇって忠告はしたぞ!」
「ふ、船瀬くん直伝の頭突きを味あわせようと……」
「んなモン、タカドーにぶつけた分だけで充分だっての!」
「痛かったでしょ?」
「痛ぇよ! あのな、いくら俺が死んでるからって痛みを感じないわけじゃ――」
「そうだよ。痛いものは痛いんだよ」
彼の腕を掴んで、ゆっくりと上半身を起こす。立ったままだと高すぎた目線も、この状態ならば同じくらいになる。それでも逃げないように、私は彼の制服を掴んだまま、目を逸らさなかった。
「痛いのを全部、袴田くんが受ける必要なんてない」
私が田中くんと対峙することは、中学の時のトラウマを克服することに等しい。全てに無反応だったわけじゃない。誰もいないところで、破かれた教科書や長時間水に浸かってゴムが緩んでしまった上履きを抱きしめて泣いた。名前ではなく「置物」と言われながらも、されてきたこと全部を無関心でいられるほど、私は強くない。
全員が知っていても見て見ぬふりしていたことはすごく悲しかったけど、誰かに言ったら次の標的にされてしまうことの方が怖かった。自分が我慢すれば、次の標的はできない。こんな思いを誰にもさせたくないと、勝手に使命感を背負っていた。
それとは裏腹に、誰かに助けてほしかった。どんな拳や鉄パイプよりも、言葉が怖かった。周りの人の視線が恐ろしかった。
――そんな時、袴田くんが私の前に現れた。
「今でも教室が怖いことがある。それでも通えているのは、今の教室に、袴田くんや皆が来てくれるから。……だから、田中くんと対峙したときも、なんとかなるって思った。自分で決めたことで、自分から首を突っ込んだの。だから袴田くんが後悔することはない。……でもそれが、袴田くんを苦しめていたとしたら、ごめん」
袴田くんはただ、自分の周りにいた人たちを守りたかっただけだ。
死んだ後も成仏できず、死神のような存在になっても、偏見で悪者にされた自分を快く受け入れてくれた友人を、居場所である学校を守るために、異質な力を受け入れ、他人に使っていた。
たとえ身体の維持が不安定になり、袴田玲仁という存在がこの世から消えたとしても、それで良いと捨て身でいた。
そんな彼を、一体誰が守ってくれるのだろう?
「井浦……」
困惑した声が聞こえる。袴田くんが覗き込むようにして私の顔を見る。
眩しい金髪も、真っ直ぐな瞳も、薄っすらと残ってしまった喧嘩の傷痕も、全部私が知っている袴田くんだった。
「本当は、怖かったよ。でも……っ、袴田くんが勝手に居なくなる方が、怖かった……!」
ボロボロと涙が零れる。あの袴田くんの前で泣くなんて最悪だと思った。
でも彼がすぐ近くにいることが分かって気が抜けたのか、ずっとせき止めていたものが零れてしまった。こんな情けない顔なんて見せられないし、ましてや彼の顔なんて見たくない。余計なことまで口にしてしまいそうだった。勝手に人の身体使って、勝手に巻き込んで、感謝も謝罪もない奴と離れたら、清々すると思ったのに。
すると、袴田くんの右手が私の頭に触れて自分の方にそっと引き寄せる。
「……え?」
「やっと泣いた」
自分の胸に押し付けたまま手を離そうとはしない。むしろ力を加えて顔を上げさせないようにしている。反発しようとするとさらに力が加わった。
「お前、あの時も泣かなかったから。よかった」
優しい声で耳元に囁かれる。
そうだった。中学の時での嫌がらせも、屋上からフェンスと一緒に落下しそうになった時も、自分よりも大きくて狂暴な不良たちを前にしても、私は虚勢を張ってやりすごしてきた。今思えば、最後に泣いたのはいつだっけ。
すると、袴田くんは「あーあ」と気怠そうに空を仰いだ。
「――もっと、生きたかったなぁ」
呟くように零れた言葉とともに、雫が目の前を通り過ぎていく。震えたその声は、きっと私にしか届いていない。
私は彼の背中に手をまわした。「いてぇ」と言われたけど、聞こえないふりをして抱きしめる。
これから先、何年経っても忘れない。どれだけ耳をすましても心音が聴こえないことも、頬に触れた指先が冷たいことも、怖くて震えていた声も全部、私だけが知っている。
一緒に過ごした時間が、この痛みが、彼が彼で在り続ける理由になってくれるのであれば、恨まれたって構わない。
ずっと私を救ってくれたように、私もあなたを助けたかった。
第五章 最後の復讐 〈了〉
年に一度行われる大イベント、北峰高校の文化祭が始まった。
夏休みからずっと準備してきたこともあって、楽しんでどんどんと売上を稼いでいるクラスもあれば、数時間に行われる演劇発表会に出場するために緊張で固まった笑顔のまま売り子をしている生徒もいる。
そんな中、中庭では有志の文化部によるストリートライブが始まっていた。
後夜祭でライブ予定である軽音楽部は、日中はソロやギター演奏をメインで披露するらしい。運が良ければ、ダンス同好会とのコラボが見られるという。文化祭中でも先生の手伝いから解放された私が中庭に着いた頃には、すでに多くの見物客で賑わっていた。
「楓ー! こっちこっち!」
人混みをかき分けながら呼ばれた方へ向かうと、佐野さんと船瀬くんが手を挙げて一人分の空間を空けてくれていた。最前列の特等席だ。
「ごめんね、ありがとう」
「大丈夫ですよ! 井浦先輩、間に合ってよかったです」
「こういうのは前で楽しまなくちゃね! ほら、始まるよ」
ギターのかき鳴らした音が中庭に響き渡ると、わあっと歓声が大きくなった。観客がずっと待ちわびていたのがよく伝わってくる。ギターを構える男子生徒の隣で、マイクを持った美玖ちゃんがニッコリと笑う。
「――おまたせしました、歌いますっ!」
美玖ちゃんの一言で始まると、待ってましたと言わんばかりに大いに盛り上がった。最近流行りの曲からついうっとりと聴き入ってしまうバラードまで、なんでも歌いこなす彼女に全員が魅了される。ペンライトまで準備していた佐野さんも人一倍声を上げて楽しそうだ。
「これはもう……ミスコンでのアピール効果ですね! 後夜祭もきっと盛り上がりますよ!」
「ああ……それでこんなに人が多いんだね……」
興奮気味に言う船瀬くんの言葉をすんなりと納得した。
ミスコンの出場者のアピールは昨日の前夜祭で行われた。今は校内に入ってすぐの一角にコーナーが設置され、アピールタイムの動画が流しっぱなしにされている。中庭に集まっているほとんどの人が動画を見て来てくれたようだ。