肉まん、と聞いて思い出した。
袴田くんが生前、肉まん一つで暴走したとか。確かその後内緒で警察官に肉まんを奢って貰ったって言っていた気がする。
「井浦は初めてだったな。片桐さんは、俺と袴田が荒れてた頃によく世話になっていたんだ。今年から別の交番に異動したって聞いてたんだけど……」
「たまたま元居た交番に寄ったんだ。通報を受けて北峰の生徒って聞いたから付いてきたんだけど、まさかここで再会するとはな」
世間は狭いな、と、片桐と呼ばれた男性は嬉しそうに笑う。岸谷くんがいつもの調子に戻ってきている。きっと心から信用しているのだろう。
「さて、詳しい話を聞きたいんだけど、まず隼人から教えてくれ。その後に井浦さん。玲仁はゆっくりしていなさい。どういう訳が知らないけど、玲仁の存在が公に出るとややこしくなるだろう。だから、二人に聞くよ」
この人も袴田くんのことを覚えている――ということは、彼が事故に遭って死んでいることもわかっているのだ。だから人気のない場所まで連れてきてくれたのだろうか。
片桐さんは袴田くんのほうを向いて言う。
「来てくれてありがとう、玲仁。また一緒に肉まんを食べたかったよ」
「…………」
袴田くんは口を閉ざしたまま答えなかった。
きっと彼も食べたかったと思う。他愛もない話をしたかったと思う。――それがもう叶わないことを分かったうえで何も言えなかった。
片桐さんと岸谷くんが離れると、袴田くんと私だけになった。姿をくらませるには今しかない。
「じゃあ俺はこれで――」
「ダメ」
そそくさとこの場を去ろうとする袴田くんの腕を力いっぱい掴む。実体化した身体でもやはり冷たかった。突然のことで驚いた彼は、私を見て苦い顔をする。
「ちょっ……お前、こんなに握力あったっけ? リンゴ潰せるぞ」
「誤魔化さないで。今回ばかりは逃がさないから」
じっと見つめると、珍しく袴田くんの口元が引きつった。心当たりがあるのだろう。
「袴田くん、本当は心残りが何かわかっているんだよね?」
袴田くんが生前、肉まん一つで暴走したとか。確かその後内緒で警察官に肉まんを奢って貰ったって言っていた気がする。
「井浦は初めてだったな。片桐さんは、俺と袴田が荒れてた頃によく世話になっていたんだ。今年から別の交番に異動したって聞いてたんだけど……」
「たまたま元居た交番に寄ったんだ。通報を受けて北峰の生徒って聞いたから付いてきたんだけど、まさかここで再会するとはな」
世間は狭いな、と、片桐と呼ばれた男性は嬉しそうに笑う。岸谷くんがいつもの調子に戻ってきている。きっと心から信用しているのだろう。
「さて、詳しい話を聞きたいんだけど、まず隼人から教えてくれ。その後に井浦さん。玲仁はゆっくりしていなさい。どういう訳が知らないけど、玲仁の存在が公に出るとややこしくなるだろう。だから、二人に聞くよ」
この人も袴田くんのことを覚えている――ということは、彼が事故に遭って死んでいることもわかっているのだ。だから人気のない場所まで連れてきてくれたのだろうか。
片桐さんは袴田くんのほうを向いて言う。
「来てくれてありがとう、玲仁。また一緒に肉まんを食べたかったよ」
「…………」
袴田くんは口を閉ざしたまま答えなかった。
きっと彼も食べたかったと思う。他愛もない話をしたかったと思う。――それがもう叶わないことを分かったうえで何も言えなかった。
片桐さんと岸谷くんが離れると、袴田くんと私だけになった。姿をくらませるには今しかない。
「じゃあ俺はこれで――」
「ダメ」
そそくさとこの場を去ろうとする袴田くんの腕を力いっぱい掴む。実体化した身体でもやはり冷たかった。突然のことで驚いた彼は、私を見て苦い顔をする。
「ちょっ……お前、こんなに握力あったっけ? リンゴ潰せるぞ」
「誤魔化さないで。今回ばかりは逃がさないから」
じっと見つめると、珍しく袴田くんの口元が引きつった。心当たりがあるのだろう。
「袴田くん、本当は心残りが何かわかっているんだよね?」