「や、やまなかくん……?」
「……もしかして井浦さん? マジで!? そうだよ、山中だよ!」

 (やま)(なか)(たい)(せい)――根っからのアニメ好きで、三度のメシよりアニメをこよなく愛している。私が初めて袴田くんと対面した際、高校生に絡まれていた男子生徒でもある。
 あの頃に比べて体格もしっかりして、身長も倍近く伸びている。何より顔つきが全く違う。最初見たときはわからなったけど、両手で抱きかかえるようにして持っている、身を呈して守っていたアニメの画集を見て思い出した。
 山中くんはお座敷に上がってこちらに来ると、近江先輩の隣に座った。

「久しぶり! いきなり遼太郎くんから来いって言われた時は何事かと思ったけど……まさか井浦さんだったなんて!」
「う、うん……」

 おかしい。彼はこんなに笑顔で話す人だっただろうか。

「おい大晴、なんかいいことでもあったのか? やけに機嫌が良いな」
「そうなんだよ! 実はゲームのガチャで推しのSランクが三つも出てさ! 今日はハッピーだよ!」
「おし……? この間勧めてきたアプリか。そういやまだインストールしてなかったな」
「ええっ!? 今すぐしようよ! フレンド申請するからさぁ。あ、井浦さんもどう?」
「……大丈夫です」
「大晴、お前のノリについていけなくて井浦チャンが固まっちまったぞ」
「ああっ! ご、ごめん、嬉しくてつい……」
「ううん、大丈夫。……ちょっとビックリして」

 中学の時、といってもクラスが一緒だったわけではないし、話したこともなかったけど、隅で一人でいるような暗いイメージだった気がする。それは彼にも自覚があるようで、少し躊躇いながらも教えてくれた。

「実は中学三年間で身長がすごく伸びて、高校でバスケ部に勧誘されて入部したんだよ。そこでアニメ好きの子がいて盛り上がってさ、掛け持ちでアニメ同好会を立ち上げたんだ。好きなアニメを語り、おすすめのアニメの鑑賞会をする、趣味の集まりみたいなモンだったけど、気づいたら部員の人数が増えすぎて、一気に大所帯になった。もう卒業して後輩に部長の座を渡したけど、今でも連絡がくる。それが楽しくってさぁ」

「コイツ、部員が増えるたびにここに来て俺と長話すんの。俺はアニメとかよくわかんねーけど、楽しんでいる奴がいることはよくわかった」

 でもわからん、と頬杖を付きながら近江先輩が言う。茶々入れさえも嬉しいのか、山中くんは先程から笑みが絶えない。

「井浦さんはどう? その制服だと……北峰だよね? 袴田には会えた?」
「え?」
「あ! えっとその……袴田が昨年亡くなったのは知ってるよ。でも北峰の不良をまとめてたことは俺の高校でも有名だったからさ。アイツ、井浦さんと話したがってたからどうなったかなーって思って」
「……話したがってた?」

 先程、私と山中くんは同じ中学出身と大きく括ったが、実際は入学して半年後に、私は諸事情で県外に転校している。高校の進学先を北峰に選んだのは、今住んでいる場所からでも充分通える距離だったからだ。

「俺が高校生に絡まれた頃、俺は袴田と同じクラスだった。井浦さんは……何組だったっけ。でも教室はすごく遠かったから、関わりはほとんどなかったよね」
「うん……それは覚えてる」

 ちゃぶ台の下に置いた手が小刻みに震えている。

「俺が今もアニメを好きでいられるのは、袴田のお陰なんだ。高校生に絡まれた時期、丁度周りとうまくいかなくてアニメ好きを公言するの止めようと思ってた。でもあの時、袴田にすごく救われた。だから中学で省かれたこともあったけど言い続けたし、高校に入って同じアニメが好きな人と出会って毎日が楽しくなった!」
「……それって」

 話を聞いてすぐ、私の頭の中である場面が再生されていた。
 中学時代に私が初めて、袴田玲仁という存在と対面したあの瞬間。高校生を相手に怯まず、ボロボロの山中くんを庇いながら全員をなぎ倒した光景。

 ――「お前、すげぇ強いよ。ちゃんと好きなモン守れるヤツってかっこいいよな」

 恐ろしい存在だと思っていた彼が、優しい目ではにかみながら告げた言葉。

「その後の井浦さんもすごかったよね。警察に通報してくれて……袴田が巻き込まれそうになったところを引き留めてくれたのも、井浦さんのおかげだ」

 山中くんが思い出に花を咲かせながら、笑みを浮かべている。
 やめて、そこから先は言わないで――。

「俺を――ううん、俺と袴田を助けてくれてありがとう。井浦さん」

 彼はそういって頭を下げた。