「井浦、今その席……動かなかったか?」
「わ……私が足で蹴りました! 足元に虫がいたので驚いて!」
「そ、そっか……お、驚いた時は声出していいからな、物は大切にしてくれないと……」
「はい、すみません……!」
『くははっ! 誤魔化し方が上手くなってきてんじゃねぇの!』

 誰のせいだ、と睨みつけるも、隣の彼は笑い転げるだけ。周りのクラスメイトには白い目で見られ、先生には心配される。ああ、デジャヴ。嫌でも慣れたと思っていたのに!
 ぎこちない空気の中で再開したホームルームの話は、いよいよ夏休みの話に入った。
 補習授業の日程の他に、お盆に行われる夏祭りの関係でグラウンドが使えないこと、さらに最近絶えない不良同士の喧嘩について話が出た。

「先生たちが学校から駅近辺まで、ほぼ毎日見回りをしているが、未だ学生同士の喧嘩は減らない。それどころか、大学生や大人にまで手を出している生徒も少なくはない。北峰は今年に入って改善されてきたとはいえ、根本的な解決には程遠いのが現状だ。特に皆は三年生だし、進学や就職に向けて本格的に動いている人が巻き込まれないとは限らない。危ないことはしないでくれ。これは担任の教師として、そして……一人の人間としてお願いしたい」

 先生が真剣な眼差しで訴える。一瞬だけ、後ろの窓側の席を見て悲しそうな顔をしたが、すぐ目線を戻して話を続けた。クラスメイトは重く受け止めているのか、誰も先生を茶化すようなことは口にしなかった。