それから数日が経つ。私は苦戦しながら演技の練習を重ねていた。

「お姉さま、一夜限りの舞踏会です。どうか楽しんできてください」

 数日間で頭の中に叩き込んだセリフを、今度は必死に引っ張り出す。

 無理やり引っ張り出されたセリフはぎこちなく、棒読みだった。

 私、演技向いてないな。

 琴乃の演技の自然さを思い出しては、自分の無力を痛感する。

「桜、ちょっと硬いかな?もうちょっとリラックスして」

 もう何度目か分からない笑美の励ましが教室の隅から飛んでくる。

「う、うん」

 もっと自然に、リラックス、リラックス。自分で自分に言い聞かせる。

「じゃあ次はシーン3の後半から。よーい、カット」

「え、えっと……」

 私の台詞からだということはわかったものの、すぐさまセリフが出てこない。

「桜、『そんな、私なんかがパーティーになんていけません』だよ」

 彩夏が、セリフの出てこない私に助け船をだしてくれた。

「そんな、私なんかがパーティーになんていけません。それに皆さんに披露できるような素敵な洋服だって一着たりとも持ってません。……え、えっと」

 ダメだ。すぐに詰まってしまう。

「ご、ごめん」

 私は消え入りそうな声で謝る。やっぱり私なんかに琴乃を越えることなんてできないんだろうか。これじゃ、代役の域にも達していない。

「落ち着いて、桜。最初から完璧には出来ないよ。ちょっとずつ上達すればいいから」

「そうそう、むしろたった数日でここまでセリフ覚えられてすごいよ」

 BGMのミスをした時にはひどく怒られたのに、お姫様役の練習では責められたことがない。責めるどころかホローしてくれる。

 人って立場が変わるとこんなに扱いが変わるものか。

 友情というものの儚さを思い知った。

「もう一回同じところやったら休憩挟もう。もうひと踏ん張りだよ、桜」

 そうだ、落ち込んでる場合じゃない。今やるべき役割をしっかりと果たさないと。

「よーい、カット!」

「そんな、私なんかがパーティーになんていけません。それに皆さんに披露できるような素敵な洋服だって一着たりとも持ってません。いいんです、お姉さんたちが楽しんできてくだされば、私はおとなしくお掃除でもして待っていますから」

「洋服の心配をしているんですか?それなら心配はございません。私、西の魔女めが一国の女王さえも腰を抜かすような美しいドレスを魔法で作って差し上げましょう」

 魔女役の笑美が淀みなくセリフを読み上げる。

「魔法?そんな、おとぎ話でもないんですから、そんなことできるはずもないでしょう」

「嘘だと思うのならよーくご覧なさい。えいっ!」

 笑美が広告を丸めて作った棒を振る。

 これは魔法のステッキの代わりだ。本番では折り紙やスパンコールで彩られた小道具を使うが、練習の段階で壊してしまってはいけないので代わりのものを使っている。

「うわぁ!ほんとに綺麗なドレスが出来上がっちゃった!すごい、これで私もパーティーに参加できます!魔女さん、ありがとう」

「楽しんできてね。ただし、一つ気を付けなければならないことがあります」

「それは一体?」

「十二時になるとそのドレスは消えてしまいます。必ず、十二時までに会場から帰ってきてください」

「はーい、カット!」

 光咲のカットがかかると同時に、私の全身の力が抜けていく。今回は何とかつまずかずにやり切れた。

「よーし、三十分まで休憩!」

 光咲がメガホンをとって一時的な解散をかけると演劇チームのメンバーは四方八方に散らばって行った。

「お疲れ、桜」

 緊張が解けてその場に座り込んでしまった私に彩夏がねぎらいの声をかけてくれる。

「私、全然うまくやれなくて。たくさん迷惑かけちゃってごめんね」

「頑張ってるのは伝わるから、あせらず、一歩一歩だよ」

「うん」

「そうだ!一緒に衣装チーム見に行こう!衣装、琴乃のサイズで作ってもらっちゃってるから少し心配。試着してみてぶかぶかだったら直してもらわないといけないし」

 琴乃の名前が出るとやっぱり胸が痛む。私、最低なことしてるなって思う。

 琴乃とは微妙な関係が続いていた。

 私がお姫様役の候補になったって話はすぐに琴乃に伝わった。

 琴乃はあまりよく思っていないだろう。

 私は私で琴乃に対する劣等感と対抗心で素直になれなかった。

 仲直りしたいという気持ちはありつつも、もし琴乃に話しかけたらまた私が一人ぼっちになるんじゃないかという恐怖が私を縛っていた。

 琴乃だって散々三人と一緒に私を仲間外れにしたじゃないか、私はそう言いわけして罪悪感を紛らわせた。


 琴乃のことを除くならここ最近の私の友好関係は良好だ。

 自分の周りに人が寄って来るのも話しかけても無視されないのも、久々で心地よかった。

 クラスの女子のボス的存在であった光咲や彩夏が態度を変えると、他のクラスメイトも掌を返すように私に優しくなった。

 だからこそ、近づくだけで私の周りから人がいなくなってしまうことに傷つく生活には戻りたくなかった。

 友達と並んで歩く生徒で埋め尽くされている廊下を、そのうちの一人として当たり前のように歩けることも嬉しかった。

 自分だけ独りぼっちで歩いていることを引け目に感じる苦しみから解放された。

「ちょっと、桜、どこまで行く気?ここだよ、衣装室」

 笑美が廊下を真っ直ぐに行こうとする私を引き留めて、パソコン室を指さした。

「え、家庭家室じゃないの?」

 裁縫するんだからてっきり家庭科室かと思っていた。

「あー、桜まだ一回も来たことないもんね。全クラスが家庭科室を使ったら人で溢れちゃうから、家庭科室を使うクラスとパソコン室を使うクラスに分けてあるの」

 そう言えば、去年までの家庭科室は混みすぎて作業スペースの確保のことでもめていた気もする。

「五組から十組は全学年パソコン室を使うことになってるの。でも、ミシンも裁縫道具も一式そろえられてて、家庭科室を使ってるクラスと同じように不便なく作業できるよ」

 三年七組はパソコン室のど真ん中に布を広げて作業していた。

 隣の一年生のクラスが窮屈そうにしていたので少し申し訳ない。