霧は、私の足元を冷やす。

迫り来る白い霧の壁。

この霧の中に悪魔が居るだろう。

悪魔はまだかと期待が膨らむ。

思わず、にやりと笑みを作った。

鼓動は高鳴り、高揚感から息が上がる。

霧は私の足元を隠した。

見る見るうちに、膝、腰、腕を白く隠した。

手元が見えなくなった。

しかし、ここで、演奏を間違える事は出来ない。

指の腹の感覚に集中する。

不意に、曲の速さが増しているのを感じた。

慌てるな。

視界で捉えられない指を感覚で従わせる。

その時、ひとつ、押さえる弦を間違える。

再び演奏を始めようとしても、指がどの弦に置いているのかがわからなかった。

演奏を続けるのはもう難しかった。

私はギターをおろした。

私の周囲は真っ白に覆われていた。

何も見えない。

妻も娘も皆も霧に飲み込まれ、姿が見えない。

白を認識しているのか、それとも、視力を失ったのかすらわからない。

今、レストランに居ると認識しているのは、レストランに居た記憶があるだけ。

その記憶が無ければ、どこに居るのかさえ、わからない。

次第に自らの記憶を疑い始める。

そうだ。

このまま、レストランに来た記憶すら無くなれば、また、普段の生活戻るのではないか。

ならば、これは、夢だったと認識すれば良いのだ。

脳は脳のよりどころを探していた。

しかし、ふと思った。

私は生きているのか?

真っ白の中では、私の影すら映らない。

鏡も水溜りもガラスも無くて、自らを認識できない。

誰も居なければ、私は生きていると認識する手段がわからなかった。