恋愛ドラマの様な恋をした。
〝7日間のラブストーリー〟
その出会いは一杯のコーヒーだった。
その日僕は、明日からのG.Wの為に仕事を必死にこなしていた。お昼休憩の時、会社ビル下の植込みに座って缶コーヒーを飲んでいた。目の前にはキッチンカーがたくさんある。お弁当、スイーツ、ドリンクなど色々なキッチンカーが並び、人気の所はすぐ売り切れてしまう。
今日は忙しかったので、コンビニの鮭おにぎりで済ませた。缶コーヒーを飲もうとした時、ポケットのスマホが鳴ったので急いで出そうとしたら、肘で後ろの人のプラスチックカップを溢してしまった。
「きゃっ!」
「わっ!ごめんなさい!」
そのカップから飛び出した茶色の液体が、彼女のスカートを汚してしまった。
わ!やばい!急いで戻らないといけないのに!
「わ!ごめんなさい!弁償させて下さい!」
僕は頭を深く下げて謝った。
「え?いいです!いいです!これぐらい」
彼女は手のひらを振りながら言った。
「いくらですか?」
失礼な事を聞いてしまったが、この時は急いでいたから仕方ない。
「え?じゃ、じゃあ」
彼女は目を丸くした後、不思議な言葉を口にした。
「あの、あなたの一週間を私に下さい」
「え?」
意味が分からないまま、とりあえず連絡先を交換し仕事へ戻って行った。
缶コーヒーを握り締めた手のひらが震えている。笑顔が可愛い女の人だった。
明日からG.Wだ。
明日の朝、彼女からメールが届く。
それは、1日ごとのデートのシナリオだった。
朝、スマホのアラームが鳴ったが、今日から連休だったので停止ボタンを押すとまた布団を被った。もう少し寝たい、そう思った時ピロンとメール音が鳴る。
昨日出会った彼女からだった。
「おはようございます。1日目、〇〇駅に10時集合。水族館デート、〇〇カフェでディナー」
「え?何?」
急いでメールを返そうとしたが、次のメールがピロンと来る。
「必ず来て下さい。待ってます」
訳が分からないまま、とりあえず支度をした。昨日のお代の代わりにデートをして欲しい、という事だろうか。昨日のは僕が悪い。どうせ予定もないんだし、1日ぐらいいいか。僕は待ち合わせの場所へ向かった。
彼女はベージュのパーカーに薄ピンク色のプリーツスカートを履いていた。可愛くてドキドキしてしまった。
「あの、さっきのメール」
「来てくれてありがとうございます。さっきメールした通りにデートして欲しいんです」
「え?」
「とりあえず、行きましょう!」
彼女のペースに流されるまま、水族館を回った。その後、少しショッピングなどをしてメールに書いてあったカフェでディナー。彼女に振り回されていたが、正直、とても楽しかった。たくさん笑う、たくさん喋る、明るい子だった。今日で終わりだと思うと寂しかったが、彼女が帰り際に言った言葉。
「また、明日」
明日の朝、その意味が分かる。
「おはようございます。2日目、〇〇駅集合。ドライブデート。〇〇海岸を走る。海を眺めながら手を繋ぐ」
「へ?海?手を繋ぐ?」
またデートのシナリオ?急いで顔を洗い、支度をし車を掃除した。そして、〇〇駅目指して車を走らせた。
彼女を助手席に乗せて、〇〇海岸沿いを走り抜ける。窓を開けると潮風が鼻腔をくすぐった。彼女の髪が海風で揺れて、またドキドキしてしまう。気が合ったからか僕たちはすぐ仲良くなった気がした。
白い砂浜をギュッと踏むと、波が打ち寄せる音が聞こえた。彼女は色々な表情をする。今日は遠い目をしていて、深い青に吸い込まれそうだった。僕は思わず、彼女の手を握りしめていた。
〝あなたの一週間を私に下さい〟
その意味がようやく分かった。毎日シナリオ通りにデートをするという意味だ。一週間だけの限定だが、そんなドラマみたいな事も楽しいだろう。だから、彼女に付き合ってあげる事にした。その言葉の本当の意味が分からないまま、彼女とデートを重ね、6日目の朝を迎えようとしていた。
僕は彼女の事を好きになっていた。
6日目は遊園地デート。
手を繋いで歩きながら、何に乗ろうか話していると彼女が何か飲みたいと言い出した。キッチンカーに並びながら、僕はドキドキが止まらず手に汗が滲んでいた。今日のミッション。〝観覧車でのキス〟があるから。
「はい、キャラメルマキアート」
「ありがとう」
僕はアイスコーヒー。プラスチックカップを持つ手が震える。ミッションが失敗したら、明日のデートはキャンセルになるのだろうか。彼女がカップに口を付けて飲む。その光景を見るだけで鼓動がまた踊り出す。キスのミッションの影響だけじゃない、僕は君の事が……。
僕たちは絶叫系が苦手だったので、メリーゴーランドや汽車、クルクル回る飛行機などに乗った。やがて乗らなきゃいけない観覧車を避けていたのかもしれない。僕は彼女の名前すら知らなかった。お互いがお互いを君と呼び合う。その方が秘密の恋みたいで楽しい、と彼女は笑った。
空がだいぶ影を落とし、遊園地に明かりが灯り始めたころ「観覧車に乗りたい」と彼女が言い出した。ついに来た。2人で観覧車に足を踏み入れる。隣り合って座ると、いつもはたくさん喋る彼女が何故か黙り込んでいる。その瞳はいつも遥か遠くを見ている気がするのはどうしてだろう。聞きたいけど聞けないでいる。
「ありがとう。私に夢をくれて」
「え?どういう事?」
「君に会えてよかった」
「え?どういう……」
僕の言葉を遮る様に、彼女の唇が優しく触れた。悲しいキスだった。離れた彼女の目から流れ出した一粒の涙星。僕は彼女を抱き締めた。ずっと一緒に居たい、そう思う。明日までの限定の恋。観覧車が地上に着くと、僕たちはまた手を繋いで歩き出した。
〝君に会えてよかった〟
その意味が分からないが、僕は星空を見上げながらある決意をしていた。
明日、最後の日に、気持ちを伝えたい——。
7日目の朝、
彼女から届いたのは、デートのシナリオではなかった。
僕は急いで病院へと駆け出した。
「おはよう。話したい事がある。〇〇病院に来て欲しい」
彼女から来たメール。鼓動が早くなる。何となく、別れが近いんじゃないかと思っていた。毎日飲んでいた白い錠剤。いつも悲しみに満ちた表情で、それでも太陽みたいな笑顔で明るく振る舞っていて。僕は頭をフル回転させ、今日のシナリオを考えながら走っていた。最後のシナリオは僕が作る。彼女は喜んでくれるだろうか。
病室の扉を開ける。
四角いベッドには彼女が寝ていた。今日の顔色は青白い。彼女の為に僕は何が出来ただろうか。
「ごめんね、真山くん……」
「僕の名前?」
「うん。あなたの事、知ってたんだよ。あの会社で働いていて、休憩中にはあそこで座って。私もね、一緒のビルで働いていたの。あの日、わざとコーヒーを倒れる位置に置いてたんだ。あなたと話したかったから……」
「え?知らなかった」
「余命があと一週間だったあの日、わざとあなたと知り合った振りをして、7日間だけの恋人になってもらった。毎日憧れていたデートのシナリオなんか送ってね。ごめんね、付き合わせちゃって」
彼女がそんな仕掛けをしていたなんて。余命が今日まで?そんなの信じられるわけない。
「僕は幸せだったよ。君と過ごした7日間。だって……」
僕は背中に隠していた、真っ赤な薔薇の花束を差し出した。
「ベタかもしれないけど、僕は君の事が好きだ。付き合って下さい!」
僕の目からも、彼女の目からも同じ雫が絶え間なく溢れ落ちている。彼女は細い腕を伸ばし、花束を胸に抱き締めた。昨日よりも消えそうな細い声で、彼女は呟く。
「ありがとう、真山くん。私もね、ずっとあなたが好きだったよ……ありがとう」
その笑顔はやっぱり太陽みたいにキラキラしている。僕は彼女を包み込む様に抱き締めた。
「ごめんね、ごめんね……付き合えないよ」
「うん、いいよ……僕も君に会えてよかった」
両想いだって分かった途端、お別れなんて酷すぎないか?こんなに大好きになったのに。
「私の名前、最後に教えてあげる。花乃(かの)って言うの」
「そっか、可愛い名前だ。花乃、好きだよ」
青白い唇にキスを落とした。最後のキスは、優しくて甘い薔薇の香りがした。
僕たちのラブストーリーは、悲しい結末を迎えたのだった。
僕は花乃と出逢った植込みに座っていた。彼女が好きなコーヒーを片手に持ちながら。君が早く仕掛けをしていたら、僕たちはもっと幸せな時間を過ごす事が出来ただろうか。
キャラメルマキアートから始まった恋。
7日間だけのラブストーリー。
僕はその物語を一生忘れない。
彼女の事を絶対忘れない。
彼女は、僕の記憶の中でずっと生き続ける。
end