〈ニース〉は大きく分けて2種類存在する。

骨格から肉体を変化させる〈パフォーマー〉と、
肉体の性能をそのままに他人や
動物などの頭に差し替える〈デザイナー〉。

もちろん両方を混ぜている〈ハイブリッド〉も、
〈ニース〉の許される名桜(めいおう)市では少なくはない。

16歳以上ならば〈3S〉でお金を払えば
いくらでも風体を整えることが可能となる。

しかし〈ニース〉にも当然ながら制約はある。

イヌの鼻やネコの目に変えたところで、
嗅覚は倍にはならず、夜目に優れはしない。

どんな〈ニース〉であっても
人間の能力は超えられない。

〈パフォーマー〉も〈デザイナー〉も、
あくまで人類が生存するために作られた
〈NYS〉の技術の副産物に過ぎず、当然ながら
その技術の氾濫を防ぐ仕組みが存在する。

そのために街の至るところで
個体の走査(スキャン)〉が行われ、
誰にでも〈個人端末(フリップ)〉が備わっている。

人間が人間らしくあることが、
〈ニース〉の大前提である。

テスト範囲であり、教則に収載されている。

しかしマオは普通の〈ニース〉とは異なった。

額に貼られた絆創膏の隙間から
第3の目をあらわにすると、
まぶたを上げて眼球を動かして
横に立つイサムと目が合った。

額の目を意図して動かした。

濃いまつげから流し見られ、心臓が強く脈打つ。

マオは〈サーディ(Third eye)〉の持ち主だ。

「これ、しておかないとみんな驚くでしょ?」

絆創膏を指で抑えて第3の目を再び覆う。

イサムは返事に(きゅう)し両の唇を軽く噛んだ。

普通の人間に、目はふたつしかない。

たとえば複数の単眼を持つクモの〈デザイナー〉
であっても、ふたつの目の原則は変えられない。

〈3S〉でいくら目を『増設』したところで、
筋肉や神経があったとしても脳が処理できず、
増設された目はただの装飾にしかならない。

それは手足であっても同じだ。

イサムも引っ越しの後に
暇を持て余して調べてみたが、
〈ニース〉の制約は明確だった。

『ヒトの形の範疇(カテゴリ)であること。』

人とは、形とは、
どこから、どこまでがカテゴリなのか。

あいまいな制約は、受け取り方次第で
いくらでも解釈が可能であった。

〈NYS〉の技術であっても人間は
イヌやネコに成り代わりはできない。

それこそが制約との本質となる。

〈ニース〉による人間は、人間の形の上で
イヌネコの被り物をしているに過ぎない。

この制約は、制限と呼んで変わりはない。

だが、〈サーディ〉は異なった。

第3の目(サーディ)を持つマオは
その目を自在に操れる。

目が合ったイサムは、
その違和感を瞬時に飲み込めずにいた。

イサムでなくとも普通の人も〈ニース〉でも、
〈サーディ〉という特殊な事例を目の当たりにして
驚かない人はまずいないに違いない。

そんなことを考えて黙ったまま
イサムは先を歩いて通学路を外れ、
いつもの集合場所へと向かっていた。

公園の入り口には車両の侵入を防ぐために、
黒色に塗られたボラードと呼ばれる杭がある。

その先でイサムが来るのを待っていたのは、
イサムと同じく詰め襟の制服を着た
ふたりの男子生徒だった。

遠目に見てもはっきりとわかる
丸い男と長い男。

「はよう、モジャ。」

「おせーぞ、チビっこ。連休で
 引き篭もってるのかと思ったわ。」

「おはよう。ノッポとデブ。
 月曜だからいつもどおりだよ。」

遅いと言われたが授業開始まで、
いつもの通りまだ30分は時間があった。

「今日はアレだろ、パンの日だ。」

「あぁ、タダ食い。」

「タダ食いじゃないよ。」

イサムが月曜日の朝には決まって、
近所のカフェで安いトーストと無料の水で
糊口(ここう)をしのいでいる事情をふたりは知っている。

ゴム製の玉でキャッチボールをして
イサムが来るのを待っていた。

学校ではない場所についてきてしまった
マオの気配を感じて、
イサムは振り向かないように努めた。

手前には横に広くて大きな男、
遠くに背の高い男がいると遠近感が狂う。

デブと呼んだひとりが持ったボールを、
振り向きざまにイサムに投げ渡そうとした。

だがボールは小さなイサムの背を超えて、
あらぬところへと飛んでいった。

デブが慌てて声を上げる前に、
イサムは身を翻して後ろに走った。

ボールがイサムの背を超えるよりも早く、
右手を大きく伸ばしてタイミングよく掴んだ。

走ったイサムの体は勢いが止まず、
後方にいたマオにぶつかった。

強く目を閉じたイサムだが、
目を見開くと片耳がマオの豊満な胸に沈んでいた。

両肩を彼女に捕まれ、
つむじに鼻を付けられている状況に
目を皿にして唖然とさせられた。

すぐに飛び退いたものの、
足をもつれさせて尻もちをついて
背中ごと倒れた。本日2度目。

「すまんすまん。」

「デブぅー。」

恨みがましく叫んだものの、
片耳が燃えそうなほど熱を感じ、
耳を抑えながらボールを投げ返した。

デブと呼ばれた丸い男には
亜光(あこう)百花(ひゃっか)という名前がある。

短く刈り取られた頭を
前から後ろへひと撫でして謝った。

濃い眉毛に小さくあごひげを生やしており、
恰幅(かっぷく)はイサムの倍近くあって
同じ15歳とは思えない貫禄をみせる。

貴桜(きお)大介(だいすけ)という本名をもつノッポは
あだ名の通りの長身で、さらに
整髪剤で重力に逆らった髪型をしている。

髪型分で身長を水増ししているのだと、
小柄なイサムは嫉妬心を抱いていた。

ふたりは同じ地元中学校の出ではあるが、
文系と体育会系で元々それほど親しくはない。

「んで。
 なんで御令嬢様と一緒してんだ?」

イサムの後ろにマオと、さらに後方には
メイド服の機械人形〈キュベレー〉がたたずむ。

貴桜の当然の疑問に
心の中で同意し眉間にシワ寄せる。

「学校は行かないの? 不良の集まり?」

「オレらなんだと思ってんすか…。」

マオの質問は貴桜の見た目が基準となった。

イサムはメイドを小振りに手招きし、
マオを指差してから手で払う仕草をした。

メイドはうなずいたが、
イサムの意志を理解した上で身動きを取らない。

「モジャ。これやる。
 動物園のおみやげ。」

ふくよかと呼ぶには真新しい制服が
窮屈(きゅうくつ)そうな亜光が、
紙袋を持ってイサムに手渡した。

「おっ、ありがとう。動物園行ったのか。」

「妹とな。」

「妹好き過ぎんだろ。」

ノッポも鞄を持ってやってきた。

「なにそれ。」

「肉みそ…ですかね。なんで?」

紙袋の中には瓶がふたつ。
ひとつを取り出して首をかしげた。

「動物見てたら肉が食べたくなってなぁ。
 帰りに焼き肉食べたんだが、そういえば
 お土産買ってないなって。」

「貴方ってどういう思考してるの。」

彼女の突っ込みは辛辣(しんらつ)だ。

「白米によく合うんだ。」

「まあありがたくいただくよ。
 ノッポは? デブ肉。」

「不味そうな言い方するな。」

「自分で不味いって言うのね。」

「オレは遠慮しとくよ。
 動物園じゃなくても普通に買えるやつだし。」

「お土産ってなんだろうな…。」

お土産の概念を考えさせられる行為だった。

「それで3人は蔑称で呼び合ってるの?」

マオに言われて3人は顔を見合わせた。
貴桜が鼻で笑う。

「同じクラスなら、最低でも1年間は
 一緒に過ごすことになるから、お互いの許容を
 探り合ってこうなったんですよ。
 最初から名前で呼び合うと余所余所しいし。」

「亜光くん、あなたがデブで、
 貴桜くんがノッポ。それで八種くんが…」

「チビモジャ。」

貴桜がそう言って(こら)えきれずに笑う。

「チビじゃない! 貴桜がノッポなだけだ。」

「仲がいいのか、悪いのか。
 チビもノッポも、あとモジャ? も…、
 生まれ持ったものだからケチを付けても、
 自分の欠点が満たされるわけじゃないのよ。」

まったくもって正論をいわれると、
チビモジャのイサムもノッポの貴桜も
取っ組み合った状態からなにも言えなくなった。

「俺は?」

デブと呼ばれた亜光の問いに
マオは黙って答えなかった。

「デブは〈3S〉で痩身(そうしん)したら
 いいんじゃねえかな。」

「俺はまだ15だぜ。
 この魅惑のぽっちゃりボディを
 〈3S〉なんかで損なう気はない。」

メガネをかけ直して胸を張る。

「あー海神宮(わたつみのみや)の御令嬢様の前で。
 『なんか』って下げるなんて。」

海神宮(わたつみのみや)家ってそんなに凄いの?」

「モジャは転府出身だから知らんか。」

「〈ALM〉って転府にもあるだろ?
 〈NYS〉を作ったのも〈ALM〉。
 〈更生局〉や〈キュベレー〉も。全部な。」

「それは知ってる。」

「説明なげえんだよ。デブは。」

「簡潔に言うと、この名府での
 社会システムを統括してんのが海神宮(わたつみのみや)家だ。
 主に〈個人端末(フリップ)〉に〈3S〉だな。
 つまり海神宮(わたつみのみや)家は〈ALM〉に並ぶ御家
 っつーことになる。」

勉強の記憶を頼りに呆然(ぼうぜん)と聞いている
イサムの額に指差して熱弁した後で、
亜光はひざまずき、両手の指先を揃えて
自らの額を地面に押し付けた。

「そして。
 軽率な発言して、すんませんでしたー!
 まだウチには幼い妹がいるのでなにとぞ!」

貴桜がまた笑っている。

マオが反応に困ったのかこちらの顔を見てきたが、
イサムは愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「で?」

「…で?」

「モジャ…もとい八種よ。
 君たちぃふたりはその…付き合ってるのかね?
 俺に相談もなく。」

「そう、オレもそれ聞きたかった。
 転府に残した幼馴染とかいんだろ。」

「そんなわけない。」

「私にどんなメリットが?」

マオの主張は正しかった。

巻き込まれたことに申し訳なく思うも、
彼女の言葉は疑問を突き抜けて正論の矛と化す。

海神宮(わたつみのみや)家の御令嬢とイサムでは
交友関係を築くほどの価値はない。

それから誰ひとり口を開かず、
亜光と貴桜はイサムの肩に優しく手を置き
(いた)んでもいない当人を無言で(なぐさ)めた。

その行為が一番傷ついた。