「EDENの楽曲提供狙ってるんだって?」
「そ、それが何か?」
「一週間以内に歌詞製作して」
「え、何で?」
「でなきゃ応募させない。毎日邪魔しに来るから」
「わ、わわわかった!」
しまった。ついわかったなんて言っちゃった。エディの圧がすごすぎて。
「言ったね?」
「……言いました」
「はい、じゃあ決定。一週間後に取りに来るから」
「ちょ、ちょっと。あたし今回の応募にかけてて。中途半端なのは出したくないからせめて締め切りまではじっくり熟考したくて……」
「プロなら期限は厳守。できていなくても時間が来たら問答無用で回収しにくるから。そのつもりでね」
じゃ、とエディは颯爽とあたしの病室を後にした。
「ちょっと、待って! ねえ!」
いない。
「うう……」
やられた。
エディが帰ってほどなくして、あたしは製作途中だった歌詞のノートを開く。
「一週間……」
鬼だ。エディは神じゃなくて鬼だった。
「でも、言ったからにはもう、やるしか……ないよね」
ノートを眺める。
「……」
それにしても、字が汚い。
「…………」
読めない。
情けない。
恥ずかしい。
こんなことなら、硬筆の通信講座でも受講しておくんだった。
もういい。こうなったら、
「キーワードを書き出そう」
連想法だ。
まずは、
「夢!」
その夢を、
「叶える!」
叶えることを
「実現!」
叶うことを、
「奇跡」
「神様」
「おめでたい」
「ありがとう」
続々出てきた。
他にないかな。今はまだ漠然としすぎていて、輪郭がはっきりしない。
ストーリー性のある内容にした方がいいのかな。でも、あたし創造力そんなにないし。日常のしょうもないネタを歌にしてきたから、まったくゼロスタートはあたしにはハードルが高すぎる。
身近な人。たとえば友達とか、恋人とか。これなら書けるかも。
そうだ。若葉といえば……
「花!」
花は花でも……
「薔薇!」
真っ赤な薔薇は定番の情熱的なイメージ。だけど、落ち着いた雰囲気の薔薇もいい感じ。パステルカラーとか、淡い色のもの。特に真っ白なのは、清純可憐な若葉のイメージにぴったりだ。薔薇にしかたとえられなくてごめん、若葉。
「ん?」
あれ? あたし、結局何をテーマに書きたいんだっけ?
連想で膨らむアイデアもいいけど、本来の目的を忘れたら元も子もない。
「誰に向けて、何を伝えたいか……もう一度整理しよう」
あたしにしか書けないもの。あたしだから書けるもの。
「うーん……早くも挫折……?」
ダメだ、一週間後にまたあの鬼がやってくる。それまでに完成させないと。
「思いつきで薔薇って言っちゃったけど、それ以上の展開が見えないよ~」
失敗か。
でも、迷っている暇はない。今はただ、思いつくまま書き出そう。絞り出そう。
「薔薇、薔薇……見たことない不思議な薔薇、とか」
そういえば、若葉。
いつだったか忘れたけど、青の薔薇の話していたな。
確か、薔薇には青い色素がなくって「不可能」って意味があったんだけど、だんだんその研究が進んでついに青の色素を持った薔薇の開発に成功して。長年の人々の夢が叶ったことで、「不可能を可能に」って意味の新しい花言葉が生まれた――
「こ、これだ!」
作詞の神、降臨! あたし、今からすっごいの書けそうな気がして。
「見てなさいよ、エディ。あたし、絶対書き上げてやるわ!」
一週間といわず、3日で書き上げてやる。
モチベーションが上がった今、一気に書き上げる作戦だ。
集中力が切れると、次はいつ稼働するか保証できないから。
「青い薔薇、青い薔薇。種類がいっぱいあるな。中でも若葉が一番好きだって言ってたのが……何だっけ?」
ブルームーン?
ブルーバユー?
ブルーチーズ?
違う違う。ブルー何とかって名前だった。ブルーシャトー?
ブルーコメッツ?
いやいや、こんなレトロな響きじゃなくて、ええっと……。
ブルー、ブルー、ブルーハーツじゃなくて。
ブルーノート。ライブハウスでもなくて。
ブルータス。雑誌でもなくて。
「へっくしッ!」
ああ。今頃、鬼があたしの噂しているんだ。
「……あ」
ヘヴンリー。
そうそう。
今ので思い出した。
”ブルーヘヴン”だ!
「別名、セントレア・スカイローズ。中部国際空港の開港記念にちなんで、ねぇ」
あ、この花。岐阜県産って……。
「涼ちゃんの、故郷じゃん」
何たる偶然。いや、ここまで来れば必然か?
ここに行けば、青い薔薇がいっぱいあるのかな。若葉、喜ぶかな。
今度のローズフェス、すごく楽しみ。あたしはどっちかっていうと、EDENが開園記念ライブで素顔初公開するって話の方が楽しみなんだけど。
開催地……まさかの、岐阜じゃん。場所までちゃんと見てなかったわ、あたし。
「ああ。それより詩、詩」
あたしの渾身の傑作を……。
「う……」
瞼が重い。
だめだ、今日はもう眠くなってきちゃった。
せめて、タイトルだけでも。
ブルーヘヴン……
「ブルーヘヴン、の……」
この詩の先に、あたしの夢の答えがあるなら。
きっと書き上げるから。
今は。
「おや、す……み」
*
一週間後。
鬼、もといエディが予定通り来た。
「梨歩」
あ。
「わ、若葉……」
どうしよう。気まずい。
何て言ったらいいの?
やだ、どうしよう。
若葉、こっち来ないで。
心臓に悪――
「あ……」
若葉?
どうして?
何で?
ぎゅって、してくれるの?
「……お帰り」
「ッ!!」
若葉の、バカ。
あたし、もう泣かないって決めたばっかなのに。
「頑張ったわね」
「わ、若葉……あ、あたし……」
「うん」
「若葉にひどいこと言った……ごめん」
「もう、いいの」
若葉、本当にごめんね。
「……涼ちゃんが、亡くなったの……」
「え……!」
「涼ちゃんのお姉さんから、涼ちゃんの電話で聞いて……あたし、悲しくて……ショックで、発作起こして倒れて、戻ってきたら若葉とエディが一緒にいて、わけわかんなくて。八つ当たりしちゃったの」
「そう、だったの。それは辛かったわね」
もう、涼ちゃんはいない。
「ううん。悲しかったけど、ちゃんとお別れも言えたし。大丈夫。夢の中だったんだけどね」
「そっか」
若葉、ホントに優しい。悔しいけど、この二人には敵わないや、あたし。
そうだ。
「エディ」
「ん?」
「これ、あたしの書いた詩」
ちゃんと約束通り書いたんだから。
「よくできました。合格」
「え?」
どゆこと?
何故か二人は含みのある笑みを浮かべてた。
何かを企んでいるような。気のせいだろうか。でも、気になる。
「え、何? どういうこと? 何でエディが……」
「ああ、代わりに出しといてあげようと思って。まだ外出られないでしょ。僕今日は暇だから投函してくるよ。だから住所だけここに書いて」
エディは無地の封筒をあたしに差し出してきた。
「え、でも……そんな、悪いし」
「気を遣うのは梨歩らしくないよ」
「はあ? どういう意味よ」
「そのままだけど」
「キイッ!」
あたしは書き殴るように封筒に自宅の住所を記した。
「はい、じゃあこれでお願いします」
「梨歩」
「何?」
「これ、難読過ぎて読めない」
「え? どこが?」
「全部」
何だと? それはつまり、こういうことか。
「……悪かったわね、字が汚くて」
「あ、わかった?」
エディはすぐあたしをからかいたがる。
あたしの知っている昔のエディは、もういない。
「冗談だよ。ギリ読めるから安心して」
いちいち嫌味なやつだ。絶対わざとだ。
「エディさん、もうそのくらいにして」
若葉がエディを諌めてくれた。
「わかったよ、」
*
エディが帰った後、あたしは若葉と二人きりになった。
ちょっと気まずかったけど、もう以前の蟠りは氷解したし、積もる話もあるからとあたしから話を切り出した。
「そういえば朝日兄ちゃん、3日前に桃ちゃんと久々に来てくれたんだけどさあ。赤ちゃん授かったんだって。戌の日っていうの? 安産祈願してきたみたいなの。ああ、あたしもいよいよおばちゃんかぁ」
「へえ、ダブルでおめでたい話ね。でも、梨歩が叔母さんになるって不思議な感じがするわ」
「でしょ? あたしも年とるわけだわ」
「いや、まだ10代じゃないの」
「ああ、そっか。いくら成人してるとはいえ、あたしまだ10代じゃん。叔母さんじゃなくて、名前呼びさせよっかな? 梨歩姉ちゃんとか。あたし下にきょうだいいないし」
「私はきょうだい自体いないから甥っ子や姪っ子は難しいけど。あ、パパの再婚相手の子が子ども生まれたら私も叔母さんになるのか」
「え、何? 若葉のお父さん、再婚したの?
しかも子どもって……」
え、何それ。聞いてないし。あたしが死にかけてた間に何が起こったの?
「あ、うん。何かややこしいんだけど、私も最近知ったのよ。パパ、10年前に再婚したらしくて。今の奥さんの連れ子と、パパとその奥さんの間に生まれた子がいるんだって。ママとしてはパパとやり直したかったみたいなんだけど、私の高校卒業と同時に養育費の支払いを終えるタイミングで大事な話があるってパパからその話を切り出されたみたいでね。私、パパのことすごく好きだったけど、このときばかりは私もびっくりして……嫌いになりそうだったわ」
「そうだったんだ。何か、ごめん。あたしばっか浮かれちゃって」
「いいの。もう済んだことだし、今は寧ろスッキリしてるから」
「そっか」
5月9日、今日は彼女の19歳の誕生日だ。
「やっと僕と同い年になったね」
「うん。でも、4カ月もすれば今度はエディさんが一足先に大人になるじゃない」
期間限定の同い年の時間。こういう些細な日常すら特別だと思えるのは、リア充の特権なのだと身をもって知った。
例のダブルデート作戦は一旦白紙になったが、梨歩の回復が思いの外早く、先日漸く実現し、作戦通り山本(もう敬う気持ちにもならないため呼び捨て)に一泡も二泡も吹かせてやった。特に武蔵君の変貌ぶりが相当堪えたようで、悔しかったのか謎の経験値マウントをとり始めたところで、武蔵君の彼女の玲美ちゃんに「何を自慢したいのかわからない。超絶ダサいからやめたほうがいいよ」と言われてかなりショックを受けていた。で、今度は若葉ちゃんに狙いを定めてにじり寄りながら鼻の下伸ばして胸元覗こうとしてたから、マネキン入りのボストンバッグで弾き飛ばしてやった。何か言っていたが、聞こえないふりをして残りの時間は目一杯楽しんだ。誰も傷つけない、思いやりに満ちた時間は究極の幸せだ。
ああ。恋って不思議なもので、大切なものを守るためには恐怖心や不安すら正義や勇気に変わる。清々しい気分で迎えた彼女の誕生日。
「今日は、若葉ちゃんに見せたいものがあって」
彼女の誕生日に何をプレゼントするか考えた。
考えたけど、結局よくわからなくなって。
考えるのをやめて、僕がしたいことをすることにした。
「見せたいもの?」
「うん。ついてきて」
ここは僕のバイト先。今日は定休日だから店は閉まっている。
「あ~らぁ、相変わらずお熱いわねえ」
この人は、いつだって神出鬼没だ。
「え、ロゼさん? こんにちは……」
休日も店にいるなんて、この人は何て仕事熱心なんだと思うだろうか。
いや、そんなことはない。
「相変わらず暇そうだね」
「オ~ッホホホ。姐さまをなめんじゃないわよ、エディ。ほら、こっちよ」
「サンキュー」
ロゼさんはカフェの裏口を開け、バックヤード直通の通路に僕たちを招き入れた。
「ささ、今日は思う存分暴れてきなさい。見張っててあげるから」
「え、暴れるって?」
「いいから、若葉ちゃん。とりあえずこっち」
彼女の手を引き、地下に続く階段を下りていく。
「もう少しで着くからね」
「う、うん……」
説明も何もなしにここまで連れて来られちゃあ、彼女も不安に思うだろう。
彼女の表情が強張っている。
「ここまで来れば大丈夫かな」
「あ、あの。エディさん」
「何?」
「えっと……私、心の、準備が……」
「ああ、緊張してるの? それなら大丈夫だよ。もうすぐ着くから」
「えっと、そうじゃなくて……」
何か言いたげな彼女。
「ほら、着いたよ」
「えぇっ!!」
何故かいつにも増してオーバーリアクションだ。まぁ、面白いからこれはこれでいいんだけど。
僕ががドアノブに手をかけた瞬間。
「ちょ、ちょっと、、、ま、待って……!」
彼女が必死に僕の腕を制止する。
「ちょ、若葉ちゃん。 どうしたの?」
「ここ、密室……だったり、する?」
「あ、うん。まあ、防音になってるからね。音は外に漏れない作りになっているから」
「!! あ、あの。私、やっぱり――」
僕はガチャッとドアを開いた。
「キャッ!!」
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ、ほら」
僕は彼女の背中を押すように室内に押し入れた。
「ちょっと、やめ――」
「あ、お疲れー」
「あ、キリト。遅くなってごめん」
ドア付近には、長髪を後ろで束ねた少年、キリトがいた。
「あ、エディさんのガールフレンドですか?」
キリトはかなり人懐っこい性格だ。初対面にもかかわらず、ずいぶん親しげに若葉ちゃんに話しかけている。
「若葉ちゃん、紹介するね」
僕は、彼女をさらに部屋の奥に招き入れた。
「え? ここは……」
ここは、僕ら専用の秘密の音楽スタジオだ。この店の地下にこんな場所があるとは、彼女はおろか、他の誰にも知られていない。
「初めまして、俺は深海キリトっていいます。あっちの赤髪の目つきの悪い奴は俺の双子の弟で、ミナトっていいます。あ、それで――」
「そのぐらいにしとこうか」
「あ、アサ兄」
「まったく、キリトは本当におしゃべり好きだな」
一際長身の白銀色の短髪の青年・アサトもといアサくん。その手にはヴァイオリンが。
「俺はガーディナー亞紗斗ステファンだ。アサトって呼んでくれればいい」
「こ、こんにちは。私は山口若葉、です」
続々と登場する人物に戸惑いながらも丁寧な挨拶をする彼女。
「アサ君は現役の音大3回生なんだ」
「え、音大? すごい」
「ちなみに、キリトとミナトとは従兄弟同士だ」
家系図書くとすごいことになるんだよね、ここの一族は。
「え、どういうこと?」
僕は彼女に順番に説明する。
「アサ君のお母さんとキリトとミナトのお父さんが姉弟で、それぞれが国際結婚。大まかにいうと、アサ君はアメリカ、キリトとミナトはロシアの血が流れているってとこかな。ちなみに僕らの出会いは親同士のコミュニティで繋がって以来、家族ぐるみの付き合いになっていてね。なかなか濃いでしょ」
「う、うん。そんなこともあるのね」
国際色豊かなメンツだと思うだろう。でも、ここにいる全員が日本生まれの日本育ち。アサ君を除くメンツは、もう一方の国の言葉はおろか、英語すら満足に話せない。だから「見かけ倒しもいいところだ」なんて揶揄されたり、ハーフ故の悩みで一番多いのが実はこれだったりする。
「ねえ、そこの女。あんた誰?」
しまった、もう一人いたんだった。
「……エリサ、いたなら挨拶しろよ」
エリサは僕を俄然無視、そして若葉ちゃんの方に向かって歩いていく。
「こ、こんにちは」
彼女がエリサに挨拶する。
「ねぇ、あんた。兄貴の女?」
「はい?」
唐突なエリサの言動に、声が上ずる彼女。
「へえ。……いいの持ってるじゃん」
「キャッ!」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「兄貴、いいの捕まえたね」
「エリサ。今、彼女に何をした?」
「挨拶」
「ウソつけ」
胸元を隠すように押さえている彼女の様子を見れば、何が起きたか一目瞭然だ。
「ごめん、若葉ちゃん。エリサは僕の妹で……ちょっと性格が歪曲していて……」
「何さ、ウチ褒めてやってんだよ。ねぇ、若葉。兄貴ひどくない?」
「は、は?」
あまりの不躾なエリサの態度に、彼女はあっけにとられている様子。
「無視していいよ、若葉ちゃん」
ああ、妹の非礼を何と詫び倒していいものか。
「ねぇ。ウチのこと、見たことない?」
エリサはお構いなしに彼女に絡み続ける。
「え、ええっと……。CanDyのELLIEに似てるかなあ、って」
「本物じゃ、ボケ」
「エリサ! いい加減にしろ!」
僕は近くにあった楽譜でエリサの頭を小突いた。
「いった! 兄貴のくせに生意気な!」
CanDyの看板モデルの実態を知り、今、彼女はどんな思いでいるのだろう。きっと複雑な心境だろう。多分、もうニ度とあの雑誌を手に取ることはないだろう。
「お前だってまだ高1だろうが。俺らより年下のくせにいちいち生意気なんだよ。ちったぁ弁えろ、性格ブスが」
ギターの調弦をしていたミナトがイライラした様子でエリサに言い放つ。
嫌な予感。
「はあぁ? 何なのあんた。対して存在感もないのに頭だけ真っ赤にしてさ。そんなんだからモテないんだよ、このトマトヘッドが」
「ぁア? 何だ、やンのか?」
「ああ、もう! 喧嘩なら後にしてくれない? 今日はゲストが来てるんだからさぁ」
キリトが仲裁に入り、何とか場が収まった。
「ごめんね、若葉ちゃん。せっかくの誕生日なのに。あの二人、特に仲が悪くて。顔合わせるたびにいつも喧嘩になってさ」
「……へぇ、それでよく一緒にバンドやってるわね」
「やっぱりそう思う?」
「あ! ご、ごめんなさい、つい……」
「いいよ、本当のことだし。あ、あれでも演奏中は驚くほどみんなストイックだから」
期待してて、と笑顔を向けるエディさん。
「ところで、若葉ちゃん」
「え、何?」
「さっき僕がドア開ける前まで、何想像してたの?」
「……それ、今聞くの?」
「うん。ずっと引っかかってたからさ」
彼女は俯く。
「な、何って……エディさんが全然教えてくれないから、てっきり……」
「てっきり?」
「……襲われるのかと、思って……」
何と。
「ぷッ! くくく……」
やっぱり、面白い。
「わ、笑わないで! 本当に怖かったんだから!」
「ははは、ごめんごめん。僕はいつでもいいから」
「え……?」
「冗談だよ。いちいち素直に反応してくれるから、面白くてつい」
「ひ、ひどい……」
「ごめんね、もうしないから。それじゃあ本題に進むとするかな」
僕はドラムセットの陰から楽器入りの黒いハードケースを運び出した。
「あ、兄貴。本気だね」
「当たり前だ」
ハードケースを開け、楽器を肩にかける。
「よし。準備OKだ」
僕はマイクスタンドの前に立つ。
クリスタル仕様の小型のハープ。僕の相棒だ。
教会とかに置いてあるグランドハープとはまた違い、軽やかなのにどこか荘厳な雰囲気はある。
「それじゃ、まず音出しから」
僕が弦を爪弾くと、揺らめく独特の澄んだ音色が響き渡る。直後、歪んだ機械的な電子音が重なり、柔らかな音に重厚感が増す。
やがて各パートの音色が紡ぎ合う糸のように、様々な旋律が共鳴し合う。
「それじゃ、いくよ」
キリトがカウントを刻み、演奏がスタートした。
転がるような軽快なメロディーラインを弾きこなすのは、シンセサイザーを操るエリサ。グラスハープの音とストリングスが重なったところに、シンプルなピアノの音をかぶせて繊細かつ流麗な旋律を奏でていく。
雨滴を弾くような、潤いに満ちたサウンド――
銀糸を紡ぐような滑らかなタッチ。
驚くほど透き通った旋律に、僕の声を重ねていく。
そして、梨歩の生み出したフレーズ。
あの日から、すべてはこの瞬間に繋がっていたんだ。
梨歩が描いた世界。
その向こう側にある彼女の夢の答えを、僕も見つけたような気がした。