帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~


 侵入者の処理をヒナに託して、ユウキは自宅に戻った。
 マイとの約束を果たすために準備をしなければならなかった。

 準備は、そんなに難しい事ではなかったが、場所の選定に困っていた。
 アインスたちが私有地に入り込む侵入者を防いでくれるようになった。それでも、まだ侵入を行う者は出てくるのだが、以前よりは少なくなっている。家の中には、ウミとソラがいる。

 家から浜に繋がる場所も、家の一部なのだが、アインスたちのおかげと、立地から人目がない。

 ユウキは、マイの依頼を達成するための準備を、この場所で行うことにした。

 まずは、近くにあるベイドリームで材料を買い集めた。
 学校に通っている。部活はしていないが、放課後をバイトに充てている。それでも、ユウキは時間を持て余していた。拠点に行けば、何かしらの作業を行うのだが、”あまり頻繁に拠点に顔を出すな”とヒナに言われてしまっている。ユウキが顔を出せば、皆がユウキに頼ってしまう。
 同じ理由で、レナートにもあまり顔を出していない。

 レナートに残った者たちで、ユウキのスキルである”転移”スキルが付与された道具を作り出した。

 利用には、いろいろな制限がある。
 一つ目の制限は、スキルが利用可能になる間隔だ。ゲームを嗜むものが”クールタイム”と呼んだことから、クールタイムと呼び続けているが、厳密にはチャージのための時間で、24時間程度が必要になり、地球に行った場合には、36時間のチャージが必要になった。
 クールタイムは、道具を増やす事で対応が可能なのだが、二つ目の制限として、道具を作る素材がレア度の高い物が必要になってしまっている。レナートに残ったメンバーでも、多くを揃えるのは難しい。現状では、5組を作るのが精一杯だった。
 三つ目の制限は、一方通行になってしまっている。送信と受信という組み合わせで設置しなければならない。制限ではあるが、大きな問題ではないと考えている。道具の大きさが四畳程度の大きさで、スキルの発動時に道具の上に乗っている()が転移する。運用で対処を行うことになった。
 四つ目の制限は、受信側の設置を行ってから出ないと、送信側の設定ができない事だ。その時に、ユウキが受信側の設置を行って転移で送信側の設置を行う場所に戻らなければならない。手間ではあるが、ある意味でしょうがない制限だと思える。転移は、空間を越えるスキルだが、ユウキの転移は時間も越えているのではないかと思われている。
 スキルの解析が終わっていない状況なので、設置には慎重論も出たのだが、それ以上に便利になると、実験的な設置が検討された。

 レナートの王城とユウキたちの地球での拠点が結ばれた。
 半月の範囲内での実験だったが、事故などの発生もなく、転移がしっかりと行われた。生き物も大丈夫だと判断された。最終的には、7往復の人の転移を行い問題が無いと判断された。

 5組ある転移道具の2組は、王城と地球の拠点を結んだ。
 残った3組の二つをユウキの家と王城を結ぶ計画が立ち上がった。ユウキが頻繁に何かを送る事はないが、何かあった時に、レナートからユウキの所に素早く駈けつける為だ。
 そして、残った一組は、拠点からユウキの家に一方通行だが向かう為に設置する。

 ユウキが浜に向かう通路の途中に、場所を確保して作っているのは、転移道具を設置する小屋を作る為だ。
 最終的には、スキルでの補強を行うのだが、見た目だけでも小屋にしておこうと考えた。

 小屋を設置して、レナートと繋がる転移道具の設置を行う事が、マイから依頼された事だ。

 最初は、家の中に設置しようと考えたが、レナートから送られてくる物が安全とは限らないために、ユウキは小屋を建てることにした。家全体の結界を張り続けるよりは、楽にできることや、ウミとソラがユウキの居ない時に、送られてきた物を触って怪我をしない為の配慮だ。アインスたちにも同じ事が言えるが、基本は外で過ごしているアインスたちは安全だと考えた。

 入学して、問題らしい問題が発生していないのが気持ち悪いと感じながら、ユウキは学校とバイトをこなしながら、小屋の建築を行っていた。

 小屋が完成したのは、初夏を感じる頃だ。
 転移道具の設置を行うために、レナートと拠点を行き来する必要がある。

 ユウキは、設置にそれほど拘ってはいない。マイとヒナとサトシが、設置を切望していた。ユウキも、”あれば便利”くらいには考えていた。

 転移道具の設置を終わらせたユウキは、マイに報告するために、レナートに戻った。

「ユウキ!」

 後ろから、大きな声で話しかけられたユウキは、振り向く。

「なんだ?それにしても、久しぶりだな」

「そうだな。いつも行き違いになっていたからな。今日はどうした?」

 サトシが嬉しそうな表情で、ユウキに駆け寄る。
 実際には、1か月くらい前に話をしたのだが、以前は一緒に居るのが当たり前だったので、少しでも離れていると、”久しぶり”という感覚が強く出てしまう。

「マイに報告だ」

「お!転移ゲートが出来たのだな?」

「転移ゲート?」

「しっくりくる名称がないから、俺が考えた!」

「はい。はい。それじゃ、転移ゲートで決定なのだな?」

「そうだ!」

 サトシが、転移道具の設置時に拘ったのが、名称がない事だ。
 スキルを付与した道具は、召喚者たちは”魔道具”と呼んでいたが、フィファーナでは、そのまま”道具”と呼んでいた。スキルの付与で、呼び名が変わらない。転移道具という呼び名がサトシには許せなかったらしく、文句を言っていた。
 ユウキもマイも他の者たちも、名称に文句があるのなら、”自分で考えろ”と突き放したので、サトシはレナートの大臣たちを巻き込んで名称を考え始めた。盛大に、大臣たちだけではなく国王を交えて会議を行った。

 それで出てきた名称が”転移ゲート”だ。
 門ではないのに、ゲートと呼ぶのに抵抗感があるユウキだったが、ここで名称に文句を付けても面倒になるだけと、名称を受け入れた。

「それで、マイは?」

「この時間だと、セシリアと一緒だと思う」

「ん?セシリア?あぁ王妃教育か?」

「そう」

 ユウキの目には、サトシこそ国王になるための教育を行う必要があると思っているのだが、それをセシリアとマイが否定した。
 特に反対したのが、現国王の妃だ。セシリアの母になるのだが、マイがサトシとの婚姻に戸惑っていた時に、後押しをした人物だ。その現在の王妃が、サトシには国王の為の教育は必要ないと明言した。

 国王の言葉は、全てが正しく、態度やマナーなど国王には必要ないということだ。
 それで、国難に襲われても、それは国王の選択だというのだ。

 国王がどんな事をしても、王妃がサポートをすれば問題にはならないと譲らなかった。

「・・・。終わるまで待つか・・・」

「それなら!俺と、模擬戦でもどうだ?腕が鈍ったら大変だ。確認をしてやる」

 ユウキは、少しだけ考えてから、サトシの提案を受け入れた。
 スキル無しの刃引きした武器で行うことになった。

「そうだな」

 マイとセシリアの王妃教育が終わるまで、たっぷりと3時間。
 ユウキはサトシの相手をしていた。

 ユウキも修練を行っていた。鈍ったつもりは無かったのだが、実践を行っていた時よりも確実に動きが悪くなっていた。

「ユウキ。鈍ったな」

「確かに・・・。ふぅ・・・。少し・・・。スキルを使うぞ」

「いいぞ!」

「辞めなさい!ユウキ!サトシ!」

 マイが、訓練場に入って来て、怒鳴った。
 二人は、発動の途中までのスキルを強制終了して、力を解放する。

「二人が、スキルを使ったら、刃引きした武器でも、訓練場が壊れるでしょ!特に、サトシ!手加減が出来ないのに!」

 ユウキは、冷静になって、マイに謝罪した。
 家に帰ってからも、アインスたちと訓練をすることを決意した。

 夏休みの2週間前になって、やっと問題が発生した。

 ユウキが学校に通っている時間は、アインスとツヴァイとドライは、敷地内で自由に生活をしている。
 そして、アインスとツヴァイとドライは、シルバーフェンリルだ。犬とは違う。そして、毒物への耐性も取得している。

 ユウキがバイトから帰ってきて、バイクを駐車場に止めた。
 駐車場には、アインスが待っていた。

「アインス?」

 いつもなら、転移ゲートの近くに居る事が多いアインスがユウキを出迎えた。
 アインスは、シルバーフェンリルたちのリーダー格なので、転移ゲートを守る事を仕事と捉えていた。

 そして、ユウキの足下に形が崩れたクッキーの様な物を転がした。

「これがどうした?犬用のおやつみたいだけど・・・」

 ユウキは不思議に思いながらも、アインスから”鑑定をしろ”と言われたので、鑑定を発動して、犬用のクッキーを見た。

「毒物か?」

 ユウキの鑑定では、毒物と表示されるが、実際には農薬が仕込まれたお菓子だ。

”ワフ!”

(さて、警察に連絡をする前に・・・)

 ユウキは、監視カメラの確認を始めた。
 すぐに対象の者たちは判明した。ユウキの予想とは違った者たちが映っていたが、想定の範囲内だ。

「アインス。元の場所に戻しておいて欲しい。え?形が崩れていない物もある?」

 ドライが、おかしを食べて、体調を崩したフリをして、証拠の動画に収めてあるとユウキに報告をした。
 ユウキが、動画を早送りして確認すると、ドライがおやつを食べて、泡を吹いて倒れる様子が撮影されていた。

 ユウキの指示を聞いて、アインスは器用にスキルを使って、毒入りのお菓子を、元の場所に戻した。

 ユウキは、スマホを起動して、馬込に繋いだ。
 馬込から、警察に連絡を入れてもらうことにしたのだ。

 元々、馬込や森下からお願いされていた。

 連絡を入れて、事情を説明した。20分くらいしてから、3名の私服の警官がユウキを訪ねてきた。

 馬込にしたのと同じ説明をして、現場と証拠になる農薬入りのお菓子を渡した。

 簡単な事情聴取と農薬だとなぜ気が付いたのかを質問されたが、匂いと飼っている犬が苦しんでいたので、農薬なのではないかと思った。などと、馬込からアドバイスを貰ったストーリーで答えた。
 現場の撮影と、証拠のお菓子と、監視カメラの動画を、警察が預かっていくことになった。

 普段は、学校とバイトに言っていると説明をして、何か連絡すつような事が生じた場合には、窓口にしている弁護士に連絡をしてもらうことにした。

(週明けの学校が荒れているといいな。楽しみだ)

 ユウキの希望通りにならなかった。
 学校は、普段通りに授業が進んだ。

 昼休みに、警察が学校に訪れたが、ユウキへの接触だけではなく、生徒への接触もなかった。

 放課後になって事態は、動き始める。
 数名の生徒が呼び出された。

 ユウキは、これ以上は学校での動きが無いと見て、家に帰ってから経典に移動して話を聞こうと考えていた。

「新城君!」

 ユウキが帰ろうと駐車場に向かおうとしている時に、吉田教諭が声をかけてきた。

「吉田先生?何かありましたか?」

 ユウキは、大凡は把握している。内容は噂話で小耳に挟んだ程度だが、映像を提供したのはユウキだ。
 警察と一緒に確認をしているので、顔を見れば解る。

「噂は聞いていないのか?今日は、バイトか?」

 ユウキは、スマホを取り出して確認する。
 今日は、夕方からのバイトがあるだけだ。学校にも届け出をしているので、吉田が知っていても不思議ではない。

「バイトは、18時からです。それまで、図書館にでも行こうかと思っていました」

 ユウキは、本当は拠点に移動して、馬込から状況の説明をお願いしようと考えていた。

「それなら時間まで、話がしたい」

「わかりました」

 ユウキは、吉田教諭から話を聞いてみる事にした。
 状況が、どこまでわかるのかは不明だが、噂話よりも詳しい話が聞ける可能性がある。

 最低でも、警察に連れていかれた人数は知っておきたい。
 映像には、3人が映っていた。ユウキは、3人が警察に連れていかれていればいいと考えていた。

 馬込から、森下にも情報が伝わっていて、ユウキの考えは伝わっている。

”示談には応じない”

 既に、弁護士に依頼していることも警察には伝えている。
 森下の名前を聞いた時に、警官が嫌な顔をしたのを、ユウキは覚えている。

 吉田教諭が使っている準備室に向かった。
 途中で、自動販売機で飲み物を調達した。もちろん、吉田教諭のおごりだ。

「新城君。どこまで知っていますか?」

「え?」

「警察が来ました。犬のお菓子に農薬を仕込んで、飼い犬に食べさせようとした生徒が居たようです」

「そうなのですね」

「はぁ・・・。何が望みですか?」

「望みですか・・・。そうですね。連れていかれた生徒の素性を教えてください。あと、仲がいい人たちがわかると嬉しいです」

「やはり、君が始まりなのですね」

「先生。それは違います。彼らが、俺の飼い犬に、農薬入りの食べ物を食べさせようとしたのが問題です。はき違えないでください。俺は被害者です。犬の治療費だってかなりの金額になってしまったのですよ?」

 実際には、アインスたちは農薬入りのお菓子を食べていない。
 そもそも、ユウキ以外から渡された物は食べない。そして、農薬ではダメージを受けない。スキルで無効に出来てしまう。

「そうですね。君が被害者なのは認識しています。私の言い方が悪かったですね」

「いえ。大丈夫です。それで?」

「私も、全員は解りません」

「え?そんなに多いのですか?」

「知らないのですか?関係する者だけで、7名です」

「そうなのですね。実行したのは、3名なので・・・」

「3名?名前は解りますか?」

「すみません。顔を見れば解る可能性もありますが、断言は出来ません」

「知らないのですか?」

「はい。この学校の生徒だというのも、先生の話で知りました」

「・・・。本当ですか?」

「はい」

「それでは、呼び出された7人が、あいつらに関係する家の子供だというのも・・・」

「もちろん、知りません。そうなのですか?」

「そうだ。だから、新城君から話を聞けば、状況がわかるかと思ったのだが・・・」

「俺が知っている情報は、3人が農薬入りのお菓子を、ペットの犬に食わせる為に、家の敷地内に入って、投げ入れた事だけです。あっ。犬が苦しんでいたので、かかりつけの動物病院の医師に連絡して応急処置をしてから、入院させました。その時に、獣医師から”農薬”の可能性があると言われて、警察に連絡して事情を説明しただけです」

「そうか・・・。君の言っている内容は、私が警察から聞いた話と殆ど同じだ」

「違う所があるのですか?」

「被害者・・・。この場合は、新城君だけど・・・。君が、警察との連絡は、自分ではなく、弁護士にお願いしたと聞いている。それから、弁護士からは、”示談には応じない”と言われていることだ」

「そうですね。普段は、学校に居ますし、学校が終わればバイトです。バイト先に警察が来るのは、体裁が悪いです。弁護士は、以前にお世話になった先生が担当してくれると言ってくれたので、甘えた結果です」

「本当に、一つ一つは聞けば理由があり、納得ができる。しかし、示談に応じないのは?」

「え?大事なペットを殺されかけたのですよ?謝罪の言葉も何もない段階から、示談は考えないでしょ?」

「しっかりと謝罪すれば、示談にも応じるのかね?」

「納得のできる誠意の感じられる謝罪と、示談の条件が提示してからじゃないと、示談は考えられないですよ?」

「それは・・・。新城君の話はよくわかる。よくわかるが、やりすぎないように・・・」

「はい。先生がお聞きになりたい内容は?」

「十分だ」

 吉田教諭は、ユウキが主導して、警察を動かしたのかと考えていた。

 しかし、ユウキの話を聞いた限りでは、ユウキが被害者なのだ。

 ユウキは、吉田教諭から7人の素性を聞いた。
 ユウキが想像していたよりも、大物が釣れた可能性がある。

 7人全員は、ユウキが狙っている者に連なる連中で、親もユウキがターゲットにしている者に連なっている。

 バイトが終わって家に帰ってきたら、今川さんからの着信に気が付いた。

 今川さんには、俺の家に侵入した愚か者たちの身元を含めて家族やターゲットとの関係を調べてもらった。

 7人は、警察に連れていかれたが、謝罪文とか訳の分からない物を学校に提出するだけで、退学にもならなかった。休学だけだ。

 学校が与えた罰は、”休学10日”だ。笑いも出なかった。

 吉田教諭たちも抵抗したようだが、子供が学校外で行った事で、”学校の罰が重いのはおかしい”という頭が悪い話が通ってしまった。教育委員会も再発防止を学校にいうだけで、おとがめなしだ。
 もちろん、俺は何も聞かれもしない。謝罪文とかいう作文も見せてもらえていない。
 吉田教諭がいうには、謝罪文は7人が殆ど同じ内容だったらしい。

 警察で自分たちの非を認めなかったことや、未だに俺への謝罪がないことから、俺は被害届を取り下げていない。
 警察からも何度もスマホに電話が入った。何度かタイミングが悪くて出てしまったが、弁護士の森下さんに連絡するように伝えてから電話を切った。警察が家に来た事もあったが、録音をするというと、勢いが弱まって、意味が解らない事を言って帰っていった。
 そもそも、警官が一人で俺の家に来るのがおかしい。防犯カメラに映った警官の写真を、森下さんに頼んで問い合わせをしてもらった。

『ユウキ。調べたぞ!』

「ありがとうございます」

『お前の鍵で暗号化して送っておいた』

「わかりました」

 スマホを確認すると、添付が大きくてダウンロード出来ていないメールがあった。
 すぐにダウンロードを開始した。

『そうだ。ユウキ。来週に載るぞ』

「え?どの話ですか?」

『学校と警察と教育委員会が、”生徒の犯罪を隠蔽している”という感じの内容だ』

「それは、面白そうな内容ですね」

『だろう。学校名や地域は・・・。地元なら解るような内容だ。それに、学校の不祥事ではなく、警察の不祥事を論うような記事になっている』

「今川さんの力作ですか?」

『俺は、ネタを提供しただけだ。証拠を固めたのは、週刊誌の連中だ』

「へぇ。まだ、そんなマスコミが残っていたのですね」

『ははは。違う。違う。サポートする派閥が違うだけの話だ』

「敵対している組織に情報が渡ったのですね」

『そうだ。騒がしくなるかもしれないぞ?』

「大丈夫ですよ。それこそ、望む所です」

『そっちは大丈夫なのか?』

「大丈夫ですよ。夜襲でもくるのかと思ったのですが・・・」

『夜襲はないだろう。一応、資料には書いたけど、一人、大物が混じっているぞ?』

「へぇ?大物?」

『村井という奴だ』

「村井?」

『そうだ。議員先生のブレーンをやっている。簡単に言えば、ブローカーだ。それも、どちらかというと、裏と渡りを付けている奴だ』

「いきなり、釣れましたね。小物界の大物?大物界の小物?」

『小物界の大物だな。地方限定の力だ。あぁ表では、蕎麦屋をやっていることになっている』

「”やっている”こと?実際には、運営はしていないのですか?」

『人を雇ってやらせている』

「そうなのですね。それで、あの議員先生の会合では、蕎麦屋が使われるのですね」

『そういうことだ』

「ははは。ありがとうございます。今度、蕎麦を食べに行ってきますよ」

『味は悪くないという話だ。高いらしいけどな』

「わかりました。味のレポートでもだしますか?」

『必要ない。俺は、蕎麦屋は、”かんだやぶそば”と決めている』

「今度、東京に行った時におごってください」

『おい。ユウキ。俺よりも、お前の方が、金を持っているのだぞ?』

「今回の件が片付いたら、食べに行きましょう」

『そうだな。ユウキ』

「はい?」

『無茶はするなよ?』

「大丈夫です」

 そこで、電話が切れた。
 今川さんや森田さんや馬込先生が、俺の心配をしてくれている。

 ありがたい。
 そして、心配が心地よい。俺がやりたいことを、正義や悪で判断をしない。間違っていると思えば指摘してくれる。その時に、俺の考えを優先してくれる。レナートの国王夫妻を思い出す。

『自分たちでは手伝えないが、手伝えることなら言って欲しい』

 俺たちが、国王に謁見した後で移動した別室で言われた言葉だ。
 もちろん、条件も提示された。俺たちのメリットやデメリットもしっかりと説明してくれた。それでも良ければ、王国として”俺たちを受け入れる”と言ってくれた。俺たちのことも考えたうえで、話なのが解って嬉しかったのを覚えている。

 今川さんから送られてきた資料は、スマホでは読みにくかった。
 復号をスマホで行って、ネットワークから切断しているパソコンにスマホを繋げて、パソコンで資料を広げる。

 7人の身元が書かれている。今川さんたちが使う身上書のような物だ。
 サイン(指紋の捺印)された調書もある。警察の調書なんてどうやって入手したのか知らないけど・・・。俺が、口を滑らさなければ大丈夫だろう。口を滑らしても、尋問に来た警察に聞いたことにしてしまえばいい。

 それにしても、本当に、ふざけた奴らなのは間違いなさそうだ。犯罪の揉み消しも今回が初めてではないようだ。特に、侵入してきた3名は酷い。
 警察での調書ももともと決められていたことをしゃべっているようにしか思えない。
 7人の証言がぴったりと一致しているのが気持ち悪い。

 それだけの記憶力があれば、学校の成績はもっといいだろう?

 『犬を殺すつもりはなかった』?アインスたち(シルバーフェンリル)でなければ、致死量だ。大型犬でも十分に殺せる(農薬)が仕込まれていた。

 どうやら、警察の内部も割れているのだろう。
 呼び出したのが3人ではなく、7人なのは捜査をしっかりとしてくれている派閥がある。しかし、買収されている組織もあるのだろう。

 しかし、偶然なのか?
 主犯格の3名は、商店や飲食店の子息で、後ろに居る4人は公務員の子息だ。

 時計を見ると、22時を回っている。
 夜襲をしてきてくれるように、夜は電気を消している。帰ってきて、電気を少しだけ付けてから、消して過ごすようにしている。灯りが無くても、スキルで暗闇でも見えるようになっている。

 玄関のベルが鳴らされた。
 10人近い大人が、腕を組んだり、辺りを見たり、話をしている様子が監視カメラを通して見る事ができる。

 今日は帰ってもらおう。
 どう考えても、歓迎できるような人たちではない。

 無視を決め込んでいると、ドアベルを連打してくる。
 ドアを叩いて、怒鳴り始める。どう考えても、まともな人たちではない。

 全部を録画している。
 歓迎できるような訪問者ではない。このまま、騒がしくされても、俺は困らない。近所に民家はないので、誰かが警察を呼ぶこともないだろう。

 詫びるような雰囲気でもない。
 そもそも、謝るつもりなら、犯罪者である子供たちを連れてこなければ意味がない。

 ウミとソラが起きだして、準備運動を始める。
 眠りを妨げられて機嫌が悪いのだろう。

 アインスたちが”撃退するか”と聞いてきたが、無視するように伝えた。
 匂いを覚えておくように伝えた。俺が居ない解きに来ても、アインスたちが無理に対応することはない。

 徐々に声が大きくなってくる。
 ドアベルを鳴らす間隔が短くなってくる。実際には、外に大きな音がするだけで、家の中には音は響かないようになっている。

 次に、ドアを叩いたら、森田さん謹製のアラームが流れるだろう。

 叩きやがった。

”不法侵入と器物破損の疑いがあり、10分前からの監視カメラの映像を保存しました”

 本当に、面倒だ。

 今度は、”動画を消せ”とか言い出している。

 面白い動画の撮影が出来た。
 今川さんに送っておこう。

 さて、遮音結界を展開して、玄関以外には入らないように、結界で守って・・・。

 寝よう。
 さすがに、朝には帰っているだろう。

 怒らせるだけ怒らせた方が、強硬手段に出てくるだろう。

 今川さんの予想では、拉致まではないだろうと言っていた。
 大人数で囲んで説得(恫喝)してくるのが限界だろうと予測されていた。

 それでは、この件が終わってしまう。
 それでは困る。せっかくの事件だ。次に繋がるような種は残したい。

 大人たちが無様に怒鳴っている動画は警察に提出した。内容から、”先日の件に繋がる可能性があると思えた”という言い訳をつけ足した。
 もちろん、森田謹製のメッセージ部分も入っている状態だ。

 朝になって、学校が休みだと連絡が入った。
 なにやら、学校が保護者を集めて(説明会)をするようだ。

 俺には”保護者”は居ない。
 保護者に名前を借りているのは、今川さんと弁護士の森下さんだ。そして、保護者の連絡先として、森下さんが使っているスマホを登録してある。本当に、”あの大人”たちは、複数の連絡先を使い分けて混乱しないのだろうか?
 俺が知っている森下さんの連絡先とは違う連絡先を学校には伝えてある。旦那さんと共有している連絡先だと笑いながら言っていた。

 俺のスマホが鳴った。
 モニタには、”今川”と表示されている。

『ユウキ!』

 送った動画の件だろうか?

「はい」

『大丈夫か!』

 いきなり、耳を遠ざけたくなるくらいの大きな声が聞こえてきた。

「へ?」

 予想していなかった問いかけで、びっくりしてしまった。
 間抜けな声を出してしまった。

『動画を見た。襲撃が行われたのだろう?怪我は無いか?何か、破壊されたのか?』

 焦っている。夜半に動画を送って、確認したのは朝だったのだろうか?

 襲撃?
 誰も襲われていないし、危害も加えられていない。

 ドアを蹴られた程度だ。あと、門扉を蹴られたけど、強化を施してあるので、オーガの上位種でなければ破壊は不可能だ。花壇とか作って、踏み荒らされたら器物破損で訴えられたのに残念だ。ドアや門扉を確認したけど、壊されていない。傷さえも付いていない。

「大丈夫です。”襲撃”ではないと思います。ただ、玄関先で騒がれただけですよ?」

 今川さんが落ち着くように、何事もなかったように返事を返した。

『そうか・・・。でもな・・・。ユウキ。日本では、それを”襲撃”と表現するぞ?』

 そうか・・・。あれが襲撃?
 そういわれれば、ドアを蹴っているから、攻撃はされている。反撃をしないようにしていたけど・・・。

「そうなのですか?玄関で騒いでいた迷惑な奴らという印象ですよ?」

『ははは。そうか、迷惑な奴らか?』

 何が面白いのか、今川さんは、笑い声を上げている。
 本当に、楽しそうな声に変わった。よくわからないが、良かったと思っておこう。深刻な声のままでは、会話も楽しくない。

「そうですね」

『ユウキ』

 今川さんの声のトーンが変わる。
 真面目な話をする時の雰囲気が電話からも伝わってくる。

 せっかく、場が和んだと思ったのだが、本題はこれからなのだろう。

「なんでしょうか?」

『送られてきた動画をすぐに確認した。森田に解析を頼んだ』

 解析?
 解析が必要な動画だとは思えない。

「え?解析?」

『顔がしっかりと解る状況にした』

 そうか、俺の家に訪ねてきて”示談”を強要しようとしたのは、印象が悪い。

「雑誌に差し込むのですか?」

『いや、これは警察から漏れたような感じで、不自然なカットにして、ネットに流す。いいよな?』

 ネットに流す?
 大きな問題には・・・。

 警察から情報が漏れたようにするのか?
 そんなことが可能なのか?

 今川さんが言っているので、簡単ではないのだが出来るのだろう。

 警察の内部に居る奴らの協力者をあぶりだす目的に使うのか?

「大丈夫ですよ。俺の名前や、場所の特定は、映っている連中以外は不可能でしょう?」

 それに、今川さんの目的を聞いておく必要がある。勝手に動くとは思えないが、”ちぐはぐ”になってしまうのは、面倒な状況になってしまう。日本では、今川さんの手の方が長い。いろいろな事に、アタッチできる。

『あぁ。後ろに居た奴が問題だ』

「え?」

 あの動画のどこかに問題があった?
 チンピラにしか見えない奴らは居なかったと思う。家が金持ちなのだろうと思えるような人たちだけで、本人は空っぽなのだろうと思える人たちだった。問題になりそうな人が居てくれれば、俺は嬉しい。

『森下さんに確認してもらった。後ろに居た奴は、警察だ』

 森下さん?
 今川さんの口ぶりからすると、旦那さんなのだろう。警官だったはずだ。

 警官が”警官だと認めた”のなら真実味があるのだが、確か、旦那さんは警察で異端だと言われていて、なんか変な部署だと聞いた。

 でも、警官が居たのなら止めなければならない行為を見逃していたことになる。
 俺は、別に問題にはしないが、問題だと考える人が多いだろう。

「警官?でも・・・。あぁ奴らに繋がる者ですか?」

『確認を急いでいる。ユウキ。今日の学校は休め』

「え?あっ!」

 深刻な声の理由が解った。
 俺に、学校を休ませるつもりだったようだ。確かに、動画に映っていた親たちが次に行動を起こすとしたら・・・。

 俺の行動で確定なのは、学校だろう。
 バイト先に来て、同じような事を行ったら、”犯罪行為”に直結する。学校でも、犯罪行為なのだが、学校は保護者に弱い。矮小化した表現でゆるされてしまう可能性が高い。

 暴力行為や恐喝などの凶悪な犯罪行為を、”いじめ”などと矮小化された言葉でまとめる傾向がある。

『なんだ』

 少しだけ苛立った声だ。
 心配をしてくれるのはありがたい。レナートに居る時には感じられなかったことだ。子供だった頃とは違う。一人の人間として心配されている。まだ子供と言われる年齢だけど、今川さんや森田さん。他にも・・・。俺を、俺たちを”一人の人間”として接してくれる。対等な人間として・・・。

「今川さん。今日、学校は休みです」

『どうして?平日だぞ?』

 今川さんには説明をしておいた方がスムーズに進むことが多い。

「学校に保護者を集めて説明会が行われるようです。詳しい内容は、解らないのですが、森下さんの所に連絡が入っていると思います」

『そうか、わかった。弁護士のほうの森下さんだよな?』

「そうです」

『わかった。森下さんには、お前が問い合わせるか?』

 俺が知らなくていい事が多いだろう。
 敵がはっきりとわかればやりやすいのだろうけど、どうせ騒ぐのは下っ端の役目だろう。

「いえ、面倒なので、今川さん。お願いできますか?」

『わかった。でも、学校の事だろう?聞かなくて平気か?』

「大丈夫だと思いますよ。どうせ、言い訳のオンパレードでしょう」

『そうだな』

 俺の言い方が面白かったのか、少しだけ笑い声の状態で了承してくれた。

 昨晩の事で、警察が動いたとは思えない。時間的にも無理がある。証拠は提出しているが、解析を行わなければならない上に、証拠能力としては弱い可能性が高い。

「今川さん。記事にはなりそうですか?」

『無理だな』

 無理だと思って聞いた話だ。
 失望はしていない。

『今、記事にすると、尻尾が切られて終わりだ』

「え?」

 思っていたのと違った。
 ”記事にはできない”のは同じだけど、記事にした場合の影響があるようだ。

 今川さんの説明を聞いて納得した。

 今、記事にしてしまうと、奴らは蜥蜴の尻尾のように、問題を起こした奴らを切り捨てて終わりにする。
 俺に対する行動を慎むように言い出すかもしれない。だから、俺が狙っている者たちに片手でも、指先でも届いていない時には、記事にするのは控えた方がいい。

『ユウキ。スマン。森下さんから連絡が入った』

「わかりました」

 どうやら、今川さんの方にも連絡が入ったようだ。

 今日は、バイトも休みだし、レナートに行こうか?
 アインスたちの訓練も必要だろう。日本では、敵が居るとは思えないが、それでもスキルを取得して使い方を覚えるのは必要だろう。

 準備を整えて、レナートに向かおうと思ったら、森下さんから電話が入った。

『ユウキ君。今日は、家に居て』

「はい?」

『君の学校からの通達と保護者会に関しての報告をする』

「わかりました」

『今川さんと森田さんを呼んでいるから、夕方になると思う』

「え?はい。わかりました。場所は?」

『誰も居ない場所がいいとは思うけど・・・』

「わかりました。ひとまず、俺の家に来てください」

 森下さんの到着は、2時間後だと言われた。

 バイト先には、連絡を入れておいた。
 家が近くて、融通が効く人間だと思われているのか、休みの日でも連絡が入る事がある。人が少ないときや、団体の予約が入った時など呼び出されることが多い。

 2時間という時間は、何かをやろうと思うと、”帯に短し襷に長し”になる。レナートに行ったら、間違いなく夕方になるまで帰って来られない。

 どこかに買い物に行こうにも、1時間程度で行ける場所は、ベイドリームだけど・・・。ジャンボエンチョーがある。あの店舗は、いろいろな意味で”やばい”時空が歪んでいるのか、知らない間に二時間とか経っている時がある。

 しょうがないので、ウミとソラの毛づくろいを手伝おうと思う。
 猫用のブラシは、それこそジャンボエンチョーで購入してきた。猫砂の好みが違って面倒だったが、それぞれが気に入る猫砂の準備が出来た。

 ウミとソラを撫でていると、時間になったようだ。
 家の前に車が停まる気配がした。

 カメラの位置まで移動して確認をするのが面倒なので・・・。

(スキル遠視)

 森下さんと今川さん?
 二人で来るのは珍しい。

 玄関を念動で開ける。

「ユウキ!」

「上がってきてください。上がってすぐの部屋が応接室です」

「わかった!」

 今川さんだと話が早くて助かる。
 それにしても、拠点に居るはずなのに、今川さんもフットワークが軽い。フェリーで来たのか?
 このくらいの時間なら、車でも2時間くらいかな?森下さんが2時間後と言ったのは今川さんを待っていたから?

「ユウキ!飲み物は、必要ないぞ!摘まむ物も買ってきた。どうせ、何も食べていないのだろう?」

 ありがたい。
 確かに、何も食べていなかった。

「わかりました」

 応接室に行くと、どこで買ってきたのかはっきりと解る。Mのマークのファーストフードだ。そういえば、”M”が最初の店は、二つだな。清水の袖師にあるジャンボエンチョーに入っている”M”の店だ。そういえば、ヒナが”ここ(モス)”のライスバーガー系が好きだったな。マイは、シェイクなら”ここ(モス)”のストロベリーが好きだったはずだ。今度、レナートに行くときに買って帰るか・・・。

「適当に買ってきた。テリヤキチキンバーガーが好きだったよな?」

「ありがとうございます」

 あと、店舗の名前が付いたトマトが入っているバーガーを確保する。飲み物は、シェイクを買ってきてくれている。同時に、炭酸飲料も買ってきてある。人数分だ。

「ユウキ。食べながら聞いてくれ」

 テリヤキチキンを頬張った所で、今川さんが話を始める。

 咀嚼して飲み込んでから、今川さんに答える。
 小さな子供だった時に、母親に言われた事だ。食べながらしゃべるな。肘をついて食べるな。まずそうに食べるのなら食べるな。他にもいろいろ・・・。

「はい」

 森下さんが、学校での説明(言い訳)会での話を教えてくれた。
 呆れたが、想定していたよりも焦っている印象がある。学校が焦る理由は、ある程度は想像ができるし、納得もできる。

「森下さん。理事たちが出てきたのですか?」

「はい。ユウキ君が想像したよりも、事態が早く進んでいるのかもしれません」

 理事・・・。
 アイツらの息がかかった者なのか?

「ユウキ。出席した理事は、ターゲットではない」

「それは・・・。まぁそうでしょう。こんなに、早く姿を出すとは思っていませんよ」

「そうか・・・。でも、学校関連のトップが出てきたのは大きいぞ」

「え?トップ?」

「あぁ理事の一人だけど、学校をまとめている奴だ。奴らの組織では下部組織だが、下部の上層だな」

 今川さんの言葉を聞いて、焦って森下さんを見ると、苦笑しているだけで、何も言わない。
 法的にグレーな部分はある状況で、さらに推し進めようとしている状況なのに・・・。

「ユウキ君。法律は、二面性があるのよ?」

「え?」

 森下さんが、いろいろ例をあげて説明をしてくれた。
 難しい話だけど、活動にも影響してくる。

 問題は、俺がやろうとしていることが、現法では既定がされていないことが多い。

「わかりました。なるべく、”事”を興す前に相談します」

「そうして・・・。無駄だろうけど・・・。ユウキ君を見ていると、旦那の若い時を思い出すのよね・・・」

「旦那さん?」

「桜か?確かに・・・。幼馴染を虐めて殺した奴を捕まえるために警官になったのだよな」

「そうね。訂正するとしたら、幼馴染ではなく、旦那の初恋の相手ね」

「え?初恋?」

「そうね。今度、ゆっくりと聞かせてあげる。ユウキ君にも関係が、全くない・・・。話ではないから・・・」

「わかりました。ありがとうございます」

 馬込先生から簡単に話を聞いている。
 森下さんたちが、俺の計画に協力してくれている理由も・・・。

「ユウキ。それで、ここを襲撃してきた連中は?」

 今川さんが、話を本筋に戻してきた。

「おとなしいですよ。接触は何もありません」

 正直に答える。
 本当に接触が何もなかった。電話くらいなら調べられるだろうと思っていたが、電話さえもなかった。バイト先にも、今のところは何も接触がないようだ。何か、接触があったら、連絡がもらえる事になっている。

「そうか・・・。雑誌の差し止めならできるぞ?どうする?」

「え?いいですよ。何も、動きがない方が面倒な気がしますし、今回の様な動きの方が、対応が楽です」

 今川さんが”襲撃”と言っていたが、玄関先で騒がしかっただけで、”襲撃”とは思えない。
 それに、声を出して脅してくるような連中なら対応は簡単だ。暴力には、暴力で対応すればいい。

「ユウキ。襲撃には、できるだけ、”力”で対応するな」

「え?」

「奴らに、ユウキを避難できる武器を与えるな。”力”を見せつけるのなら、抵抗する気持ちを折れ」

「今川さん。ユウキ君。襲撃を受けたら、防御と反撃は許される事だけど、解らないようにしなさい」

「え?え?解らないように?」

 止めるべき二人の大人が率先しているように聞こえる。

「そう、ユウキ君ならできるでしょ?こちらの世界では発見が難しい・・・。または、不可能な方法とか・・・。ね」

「えぇ・・・。でも・・・」

「何か、条件が必要?それとも、難しいの?」

「いえ、違います。それって、俺が犯人だと・・・。そういう事ですか!」

 二人が、何を狙っているのか解った。

 あの愚かな人たちが、俺を襲撃してきたら、俺は”フィファーナ式”のお礼を行う。
 フェリアに頼んで夢魔を借りてきてもいいかもしれない。いろいろ楽しい報復が考えられる。

 そのうえで、あの愚かな人たちが、俺に文句を言ってきたら・・・。”襲撃”を認めたことになる。ならなくても、そういう噂を流すことができる。

 今川さん手配の雑誌も発売される。
 警察が流出させた動画も拡散されるだろう。

「そうか、理事を失脚させるのですね?」

「ほぉ・・・」「・・・」

 どうやら、二人の表情から、読み取れることは、理事を失脚させて、今川さんではなくて、多分・・・。馬込先生が送り込む者が理事になって、学校法人を奪い取るのか?そこまで出来なくても、乗っ取りを仕掛けるという事実が必要なのだろう。
 学校法人やそのうえの組織への攻撃だと考えてくれれば、俺がターゲットを狙いやすくなる。

 メリットは、他にも何かありそうだけど、俺の経験では、この程度しか考えられない。

 今回の説明(言い訳)会が、丁度いい機会になってしまった。
 これで、警察が流出させた動画がネットで話題になる。話題にならなくても、関係者の目に止まれば十分だ。

 対企業体の戦いは、大人に任せて、俺は復讐と報復の方法を考えよう。

 フィファーナでは有効ではなかった方法でも、地球の日本では有効な場合がある。
 今回は、その実験に使ってみよう。

 何ができるのか、考えてみよう。

 ネットに警察署から流出したと思われる動画が拡散されている。
 原因は、触れられていないが、学校の上層部では揉めに揉めたらしい。今川さん経由で吉田教諭の情報として伝えられた。
 また、学校での授業が当面の間は、オンライン授業になると通達があった。環境がない者は、学校に来て、オンライン授業を受ける必要がある。俺は、安全な環境があるうえに家から出られないために、家でオンライン授業を受けている。バイトも休みを貰っている。

 マスコミという暴力が押し寄せて来た。家の敷地内に入った場合には、無条件で動画を公開すると警告を行った。マスコミは、自分たちが報道する側だと思っているようだ。取材される側の人権を完全に無視しているのに気が付いていない様だ。数件の侵入者の動画が公開されると、敷地内には入って来なくなったが、家を取り囲むようになっている。海岸側からのアタックはない。流石に、無理だと悟っているのだろう。

 敷地内には解りやすい監視カメラと、スキルで隠蔽している監視カメラがある。
 マスコミの皆さんは、解りやすい監視カメラの死角から撮影を行っているが、全ての様子が撮影されている。

 そして、敷地内に無断で入ったマスコミは、全て警察に通報している。
 警察も、俺からなぜ動画が流出しているのか問い詰められて神経質になっている。酷いマッチポンプだが、警察が協力的なのはありがたい。集まっているマスコミ対策には十分な効果が発揮されている。

 それでも、マスコミは諦めない。
 今日も、門の前でカメラを構えて待っている。

『ユウキ!』

 今川さんからの着信に出ると、いつものようにいきなり名前を呼ばれる。今川さんだと解っているので、戸惑ったりしないが、先に名前を名乗って欲しい。

「今川さん。どうしました?」

 今川さんには、撮影された動画を”ほぼ”リアルタイムで流している。仕組みを作ったのは森田さんだが、恩恵を受けているのは、俺を除けば、今川さんが一番だろう。
 俺の代理人は森下さんがやってくれているが、マスコミの窓口は今川さんがかげながら担当している。知っている人は、少ないと言っていた。

『どうやら、お前が異世界帰りだとマスコミに知られたようだ』

 それで、マスコミが執拗に俺を付け狙っているわけだ。
 何か、情報を引き出そうとしているのか?
 それとも・・・。現代の魔女狩りを行おうとしているのか?

「へぇ遅かったですね」

『確かに、前に話をしていた想定よりも遅い。主な理由は、お前が未成年だということで、マスコミ側でも対応が難しい案件になっている。情報を漁って、お前から何か言質を取ろうとしている段階だな』

 俺たちが、想定していたのは、学校で最初に問題が発生した直後だと考えていた。
 抜け駆けを行うマスコミが居ないのは想定していたが、ここまで囲まれるとは想定していなかった。

 未成年であることが武器になるとは思っていなかったが、俺が犯罪者でもない限りは、実名での報道は難しいだろう。
 俺の立場は、被害者だ。家の犬が殺されかけた。俺は事件として、警察に通報した。捕まった犯人が未成年だったが、未成年の親たちが俺を襲撃してきた。俺は、警察に通報した。しかし、警察に提出した襲撃された時の動画が、なぜかネットに公開されていた。既に、公開したアカウントは削除されているが、アカウントは元警察官だという話だ。

「そうなのですか?」

『人違いだったとしても、”間違えました。ごめんなさい”を現場が行えば、”済む”と甘く考えていたようだけど、お前が警察を動かしたから、対応が難しくなっているようだ。それに、業界では有名な”森下女史”まで後ろについている』

 マスコミが腐っている証拠だ。
 警察が居ても気にしないで取材をしてくるのなら、何か話をしても良いとは思っていたのだけど、権力には抵抗しないで、権力があるとは思えない俺の様な人間が相手なら、上から話をして来る。取材という建前を使った暴力行為だ。
 弱い立場だと思っている俺が、権力に繋がったので、気持ちが悪い対応に変わった。舐めた態度は変わらない。撮影はしているが、ネットには公開していない。

「へぇ。それなら安心ですね」

『他人事だな』

「そうですね。実際に、他人事の様に考えないと、スキルを使って一掃したくなりますよ」

『ははは。そうだな。奴らは、自分たちは・・・。おっと、話がそれた。それで、ユウキ』

 一掃するだけなら簡単だ。
 そのあとは、レナートに逃げ込んで、復讐を考えなければ、スローライフを楽しむことができる。

「はい。なんでしょうか?」

『拠点に置かれているポーションは使っていいのか?』

 ポーション?
 研究用は、提供している。
 販売用も今川さんではないが提供している。今川さんが、俺に断りを入れるほどの事があるとは思えない。

「構いませんよ?ヒナかロレッタかアリスに確認をしてください」

『わかった。キー局の重鎮に渡す』

 重鎮?
 キー局は、TV居だよな?

「え?」

『ははは。どの局なのかは・・・』

 興味がない。
 外に連中を見ると、約束したとしても、守られないと思っている。

「興味がありません。奴らに情報が渡るのですね?」

『そうだ。それと、ユウキの家の周りの連中をひかせる。そろそろ、目障りだろう?学校が始まる前には、静かにしておいた方がいいだろう?』

 それは、必要なことだ。
 外にマスコミが多いと、ターゲットが動きを見せないから困っていた。

「そうですね。お願いします。ちなみに、どんな状態なのですか?」

『状態?』

「ポーションを求めているのなら、怪我をしているのでしょう?」

『ただの骨折だ。年齢が年齢だから、治りが遅い。このままでは、車椅子生活だと言われている』

 高齢者だと、通常のポーションでは効き目がないだろう。中級ポーションでも治るとは思うけど、身体は治ったけど、死んでしまう可能性がある。

「あぁ・・・。ヒナに、ハイ・ポーションを用意するように伝えてください」

『上級か?いいのか?』

「高齢な方だと、中級や初級だと、骨折はなるのですが、骨折を治すために必要な体力を奪います。上級なら、体力の消耗が抑えられます」

『わかった。金額は?』

 正直なことを言えば、お金は必要がない。
 既に、研究から成果が出始めている。資金回収は、数年後だと思っていた。

「家の前からのマスコミの撤廃。ポーションの事を出来るかぎり口外しない。あとは金銭的なサポートを要求」

『少し・・・。安いな』

「それなら、金額を上げてください。どこのマスコミか解りませんが、イベントなどのチケットを望んだ時に、できる限り融通する。では、どうでしょうか?」

『そうだな。罠くさいが、いいラインだろう。それで交渉する。金はどうする?』

「税金が必要なければ、拠点で、税金が発生するのなら、俺の口座へ」

『わかった。手数料は貰うぞ?』

「はい」

 今川さんとの通話を切って、すぐにマイに確認の連絡を入れる。
 上級ポーションの在庫はあると思っているが、レナートに置いてきている可能性もある。マイなら把握しているだろうから、無ければレナートに戻って取ってくるか、作製しなければならない

 幸いなことに、拠点に上級ポーションの在庫があった。
 消費期限も近づいてきていたので、今川さんの話はタイミングが良かった側面がある。それでも、一度レナートで素材を集めた方がよさそうだ。各国に、ポーションを使って伝手を作っている最中だ。もっと、そっちは俺たちの手から離れているので、要求されるポーションを準備するだけの作業なので、それほど手間はかからない。気になるのは、日本の感覚で、1,000円程度のポーションが3,000万円とかで売り買いされている状況の方が怖い。

 今川さんが上級ポーションを拠点に取りに来たのが、電話があってから三日後だ。

 マスコミは潮が引くように居なくなったのは、5日後なので、効果があったのだろう。
 キー局の支社から正式な謝罪が送られてきた。その後、続々謝罪文と品物が送られてくる日々が続いた。

 そして、森下さんから学校での授業が再開されると連絡を受けたのは、今川さんから電話があってから1週間後だった。

 バイトも再開した。
 森下さんからの連絡で、学校の再開を知った。本来なら、教師が連絡をしてくるのが筋だが、どうやら俺には連絡をしたくないようだ。

 自主休校を決め込もうかとも考えたが、学校に行くことにした。
 学校側の妥協点を知りたいと思ったのも理由だが、別に同級生と仲良くなりたいとも思っていない為に、孤立しても問題だとは思えない。

 それに、実習系の授業も再開される。
 中止になっていた理由がなくなったという理由だが、中止になっていた理由の説明がない。

 夕方のバイトに出かけてから、拠点とレナートに報告を行っておこう。
 学校が休みだと思って、俺への依頼を考えている可能性がある。

---

「ユウキ」

 転移で拠点に戻ると、ゲートの近くでヒナが何かメモを見ながら作業をしていた。
 ヒナに誘われて、そのまま近くにある部屋に入った。

「レイヤは?」

「レイヤ?部屋に居ると思うわよ?呼んでくる?」

「いや、別にいい」

「そう?今日は、どうしたの?」

「学校が再開するから、状況を伝えに来た。何か、依頼があれば聞いておくぞ?」

 拠点には、今川さんからも連絡が入るが、俺からも告げておこうと考えていた。
 転移で移動するのだから、移動時間を考慮に入れなくてもいい。

「大丈夫・・・。だと、思う」

 ヒナは、少しだけ考えてから”大丈夫”だと、言葉を続けた。
 これが、サトシやレイヤなら他の人間にも確認をする所だけど、ヒナなら大丈夫だろう。それに、拠点で緊急な用事が出来た時なら、連絡はすぐにできる。

「わかった。週明けから、学校だから、依頼は行えない」

「わかった。レイヤにも伝えておく。レナートには?」

「この後に、行ってくる」

「そう・・・。丁度良かった。頼まれていた物を持っていって欲しい」

 作業をしていた物なのだろう。
 あの程度なら問題にはならない。拠点からなら、東京への移動も簡単ではないが、俺の家よりは近い。今川さんや協力者に頼めば車を出してもらえる。

 それに、メモを確認しながら・・・。と、いうことは、面倒な買い物を依頼されたのか?

「わかった。まとまっているのか?」

「もちろん。5分ほど待ってもらえる?」

「了解」

 ヒナが部屋から出て行って、部屋の時計で4分20秒後に戻ってきた時には、レイヤが大きめの箱を抱えていた。

 箱の大きさから、かなりの量の物資が入っているのだろう。
 ヒナが持ってくるのではなく、レイヤに持たせていることから、重量もあるのだろう。

「それか?」

「そう、各国の調味料の詰め合わせ」

 ん?
 調味料の”詰め合わせ”?

 何度か、マイやイェデアに頼まれて調味料を持っていった。
 特に、味噌や醤油は再現が難しい。あと、チョコレート・・・。本や機材ではなく、調味料?アイツら、何を”やる”つもりだ?

「調味料?」

「依頼されたのよ。ユウキ。忘れていない?レナートの建国祭が行われるでしょ?」

 建国祭?
 サトシが決めた奴か?

「あぁそんなイベントもあったな」

「そうなのよ。それで、サトシが・・・」

 やはり発案は、サトシか?

「何か、やったのか?」

「発表があるでしょ?」

 サトシとマイとセシリアの婚約発表と、サトシが次期国王になるという奴だな。
 俺も出席を依頼されている。

 まだ、半年ほど先だと思っていた。

 スマホを取り出して確認をするが、やはり半年以上先だ。

 文化祭とかと同じレベルではないから、準備に半年程度は必要なのだろう。

 国の威信は・・・。別に、気にしなくていいのか?
 レナートの場合は、友好国がないから、国内の有力者や国民向けのイベントになるだろう。

 それでも、列席者の数は1,000を越える。

「そうだったな。俺にも帰ってこいと・・・。サトシから、催促が来ている」

「帰るの?」

「帰るよ。せっかくの晴れ舞台だからな。父さんや母さんも連れて行く予定だ」

 サトシの晴れ舞台を見せたい人たちは多い。
 特に、父さんと母さんと弟や妹には見せてあげたい。

「そう・・・。あっ。それで、サトシが、建国祭で、地球の料理を皆に食べてもらいたいとか言い出して・・・」

「アイツ・・・。マイは止めなかったのか?」

「止めようとしたみたいだけど、セシリアが・・・」

 セシリアが乗り気になってしまったのなら、誰にも止められない。セシリアが絡んでいるのなら、ヒナとレイヤでは反対が難しい状況になってから依頼をしてきたのだろう。

「わかった。”各国”というのは、皆の郷土料理を出すのか?」

「うーん。とりあえずは、作ってみて、料理人たちに任せるらしいわよ」

「そうか。預かる」

 レイヤから箱を受け取る。
 かなりの重量がある。調味料と言っているけど、酒も入っているようだ。多国籍料理になってしまうけどいいのか?

 一回限りなら、東京で購入して、送り届ければいいけど、レナートの食文化を考えれば、向こうの食材で作るようにした方がいいのだろう。

 サトシの発案と言いながら、セシリアとマイがブラッシュアップを行っているのだろう。
 いい落としどころだ。

---

 早速レナートに転移した。
 荷物は、レイヤが持ってきた物だけではなかった。既に、ゲートの近くに置かれていた。

 確かに、建国際で使うのなら、必要な量が抱えられる程度で終わるはずがない。
 食材なら日持ちを考えなければならないが、調味料なら長期保存が可能な物も多い。

「ユウキ!」

 煩い奴に見つかってしまった。

「サトシか・・・。マイか、セシリアは?」

「執務室」

「ん?」

「まぁいい。調味料を持ってきた。倉庫に入れてあるから、後で確認してくれ」

「わかった。ユウキ。建国祭には来るよな?」

「あぁ父さんと母さんと弟や妹を連れて来る」

「え?大丈夫なのか?」

「ん?スキルか?」

「そう」

「大丈夫だ。抑える方法がある」

「そうか、ユウキが言うのだから大丈夫だ。マイとセシリアに会っていくか?」

「そのつもりだ。いつもの部屋か?」

「そう・・・。あっ。今日は、国王の執務室。解るよな?」

「あぁ」

 サトシが案内をすると言い出すかと思ったが、逃げるように俺から距離を取った。
 後ろを振り向いて手を振っていることから、逃げるのは俺からではなく、”執務”からだろう。今の国王に似なくていい所だけ似てしまっている。マイとセシリアの苦労が・・・。本人たちが楽しんでいるのならいいけど、地球に呼んで気分転換でもさせるか?

『ユウキ。いいわよ。入ってきて』

 ノックの前に、部屋の中から声がかけられる。
 セシリアのスキルだろう。常時発動型ではないので、多分俺が来るのを待っていたのだろう。

「セシリア。久しぶりだな。マイ。調味料を持ってきた。途中でサトシに会って、倉庫に入れてあると伝えておいた。後で、確認を頼む」

「わかった。ありがとう。それで・・・」

「建国祭だろう?空けておくよ」

「ありがとう!宰相には」

「それなら、来て、すぐに戻る」

「ダメ?」

「無理だ。レナートにも人材が居るだろう?」

「そうだけど、サトシの制御ができるのか・・・」

「それは、マイとセシリアの担当だ」

 突き放すのがいいだろう。
 俺が関わるのは、サトシが戴冠するまで、それ以降は表舞台に出ない。以前から決めていて、話していた内容だ。

「セシリア!無理よ。そうだ。ユウキ!」

「ん?」

「大陸の反対側の共和国を知っている?」

「あぁ俺たちに友好的な奴らが身を寄せた国だろう?それがどうした?」

「建国祭に来たいと連絡をしてきた」

「はぁ?どうやって?それに・・・」

 俺の転移は隠しておきたい。
 知られても、適当な言い訳は考えられるが・・・。そもそも、大陸の反対側からどうやって来るつもりだ?

「護衛を雇って・・・。とか、言っているけど、敵国を横断しなければならない上に、レナートの国境は・・・」

「それなら、”歓迎する”とだけ返事を出しておけばいいと思うぞ、あとは、セシリアの仕事だ。外交的に問題が無いように体裁を整えれば十分だろう」

「え?いいの?」

「別に”いい”と思うぞ?」

 マイもセシリアも意外そうな表情をするが、別に転移が知られても問題にはならない。
 煩わしいけど、実害はないだろう。転移を俺たちが独占していると文句を言ってきたら、それこそ、そいつらが独占している事を提供しろと言えばいいだけだ。絶対に頷かないだろう。アドバンテージを失ってまで地球に帰りたいと思う者たちがどれほど居るのか?
 地球に戻っても、拠点や俺の家に近づかないような場所に放置すれば終わりだ。

 他にも建国祭で問題になりそうな事柄の相談を受けてから、俺は地球に戻った。
 レナートに来たついでに、ポーションの材料や、アインスたちの餌を大量に入手した。

 登校した。
 何も変わっていない。バイクを停めて、教室に移動する。

 生徒には、俺の情報が流れていないのか、変わった様子はない。視線は感じるが、以前と同じだ。バイクで通っている者への”やっかみ”のようだ。

 ホームルームが始まったが、教師の態度も変わっていない。

 淡々と進んでいるように思える。
 絡んでこないのは残念だ。

 誰かが絡んでくるのかと思ったのだが・・・。

 昼休みになって、吉田教諭から呼び出しが掛かった。

「吉田先生」

「ユウキ。ちょっと待ってくれ、この採点だけ終わらせる」

「わかりました。昼飯がまだなので、食べて待っています」

「お!飲み物が欲しければ、珈琲なら勝手に飲んでいいぞ」

「ありがとうございます」

 狭いと言っても、吉田教諭が一人で使うには広い部屋だ。
 テーブルの上には、乱雑に雑誌や書籍が置かれている。その場所を避けて、着席して持ってきたサンドウィッチを食べ始める。紙コップを使って、煮詰まる寸前の珈琲に砂糖を多めに入れて飲む。牛乳が冷蔵庫にあることは知っているので、ミルクの代わりに牛乳を入れる。

 食事をして待っている。
 5分くらいしたら、採点が終わったようだ。

「吉田先生も珈琲を飲みますか?」

「あぁ砂糖は無しで、牛乳を多めに頼む」

「わかりました」

 吉田教諭の要望通りに珈琲を準備して、自分用にもう一杯の珈琲を淹れる。

「すまん。呼び出しておいて、先に昼を食べていいか?」

「どうぞ」

 吉田教諭は、校内電話で誰かを呼び出してから、俺の前に座って食事を始める。
 コンビニで買ったようなおにぎりを食べるだけのようだ。

 おにぎりなら、お茶の方がいいのでは?
 関係ない事を考えながら、珈琲を口に含む。

 多少、煮詰まっているが、十分に飲める。
 そうだ、珈琲をレナートに持ち込んでみようか?マイは喜びそうだ。品種改良を行って・・・。

 珈琲の苗って買えるのかな?

 余計な事を考えていると、ドアが開けられて、一人の教師が入ってきた。

「お!早かったか?」

 たしか、体育教師だったはずだ。
 バスケ部の顧問だと思うけど、直接の繋がりがないから、よく知らない教師だ。

「はぁ・・・。前田先生。何度も言っていますが、ノックくらいしてください」

 粗暴な感じは、見た目通りなのかもしれない。
 年齢で考えれば、吉田教諭の後輩になるのか?

「先輩。細かいですよ」

 やはり、後輩になるのか?
 でも、教師としての先輩後輩以上の関係に見える。

「そうか?」

 前田教諭は、吉田教諭の隣の椅子に腰を降ろす。

「君が、新城君か?」

「はい。新城裕貴です。前田先生とは、初めましてですよね?」

「そうだな。俺は、2年生の体育が担当だ。それで、先輩。あの話は本当ですか?」

 あの話?
 吉田教諭を見ると、苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 いい話ではないようだ。

「あぁ」

 肯定するにしても・・・。

「新城。お前、”異世界帰り”というのは、本当か?」

 スキルの発動を考えた瞬間に、吉田教諭が前田教諭の頭を思いっきり叩いた。

「焦る気持ちは解るが、まずはしっかりと状況を説明しろ!学生時代から何度も、何度も、何度も、言ってきたよな。すまない。新城。まずは状況の説明をさせてくれ」

「わかりました。手短にお願いします」

 吉田教諭の説明は、教員と職員による会議の話だ。
 アインスたちに毒を食べさせようとした奴らの処分に関する事だ。

 しかし、会議では、加害者が警察に呼ばれた事や、既に罰を受けていることなどの理由で、学校は罰を与えない事に決まった。もちろん、多数決により、賛成多数で可決された。
 保護者に関しては、学校の品位を損なう行動を慎むように勧告を出す事に決まった。

 森下さん経由で聞いていた話と大きくは違っていない。

 その席上で、俺が”異世界帰りでは?”という話になったようだが、”呼び出して聞く”と主張した教諭も居たようだが、世間に流れている動画や学校に寄せられる世間の目が厳しい状況で、生徒を呼び出して尋問したと言われたら、マスコミの餌食だという意見が出て、尋問は却下された。その代わりに、俺に対する監視を強めることに決まったようだ。

「それは解りました。しかし、前田先生が俺を訪ねて来る理由は尋問ですか?それなら・・・」

 スマホを取り出して、目の前で森下弁護士の番号を表示する。

「違う。違う。弁護士を呼ぼうとするな」

「何が目的ですか?はっきり言ってください」

「新城。お前は、なんでも治せる薬を持っているのか?」

「え?」

 また、吉田教諭が前田教諭の頭を叩く。
 本当に、よくわからない人たちだ。

「新城。前田は、俺の高校の時の後輩で、こちら側の人間だ」

「はぁ」

 それは、そうだろうと思っていたけど・・・。二年生には奴らの関係者が居ないのか?

「こいつの妹が、奴らに・・・。死にそうに・・・。言葉を選ばなければ、殺されそうになった」

「え?」

「一命は取り留めたのだが・・・」

「吉田先輩。そこからは、俺が説明します」

 前田教諭は、さきほどまでの粗暴な雰囲気が消えて、俺をまっすぐに見ながら、説明を始めた。

 俺が考えている以上に、奴らの血縁者と取り巻きがクズだった。
 前田教諭の妹は、年齢が一回り以上は離れている。
 この学校の3年に在籍している。兄妹だとは教諭と親しい人間が知っている程度だ。

 前田教諭の妹は、3年生に上がって早々に就職を決めた。その企業が、血縁者が狙っていた企業だった。
 いろいろな嫌がらせを受けたが、就職を辞退しないでいた。最終的には暴行に及んだ。

 神社に呼び出して集団で暴行に及んだ。暴行も酷かったのだが、そのあとで神社の階段から突き落とした。

 警察は、事故で処理を行った。
 当時、神社を根城にしていたホームレスの証言が採用された形だ。暴行もない事になってしまった。呼び出した者たちは、学校に呼び出されて、注意を受けただけで終わった。

「わかりやすいクズですね。それで、ポーションが欲しいと?」

「そうだ」

「まず、お聞きしたいのですが、ポーションの価値はご存じですか?」

「調べた」

「そうですか・・・。多分、噂話で出ているのは、低級のポーションの価値です。前田先生のお話ですと、中級以上でないと対応が難しいと思います」

「中級?」

「はい。低級は骨折程度なら治せます。そうですね。身体の骨折や擦り傷は治せます。しかし、内臓や頭部のダメージには、効きません」

「・・・。新城。中級ポーションは?」

「あります。しかし、価値を考えると・・・」

「そうだろうな。金なら準備する。それでも足りないだろう・・・。だから・・・。俺の命を、お前に預けるではダメか?」

「先生の命ですか?魅力的なお話ですが、拒否させていただきます」

「・・・」「新城」

 吉田教諭が割り込んでくるのを、手を上げて制する。

「前田先生。三つの条件を飲んでください。その条件を対価とします」

「え?」

「完治した暁には、妹さんに記者からの取材を受けてもらいます。そこで、イジメや神社での暴行や突き落とされた事を話してもらいます。全部実名での告白を望みます」

「・・・」

「もう一つは、前田先生は学校を辞めてもらいます。知っていることを、記者に全てを話してください」

「わかった。妹は、本人の意思を確認してからでいいか?」

「構いません。しかし、先生が出来る限り説得を試みてください。しかし、さきほどの話から、泣き寝入りをするような人にも思えません」

「あぁ。もう一つは?」

「取材が終わったら、先生と妹さんには、スキルの実験台になってもらいます」

「え?スキル?」

「はい。俺の力ですね。こちらの人間に通用するのか解らないので、被験体となってもらいます。試すのは”記憶を封印する”スキルです」

「新城!それは、特定の記憶なのか?それとも・・・」

「そうですね。フィファーナ。あぁ異世界の名前ですが、フィファーナでは、例えば、”乱暴を受けた”という記憶を封印したり、”殺されそうになった”という記憶を封印したり、特定の出来事の封印に使われています。あとは、何日以降の記憶を封印するという使い方が出来ました」

「・・・。ありがとう。対価は?」

「先ほどの話が対価です。妹さんは病院ですか?自宅ですか?」

「自宅だ。病院も信用ができない」

「わかりました。明日の夜に伺います」

「・・・。わかった」

 前田教諭は、大きな身体を小さく屈めて、深々と頭を下げた。

 前田教諭から、妹さんの詳しい状態を聞いた。
 確かに、ミドル・ポーションなら快癒も可能だろう。準備が出来るのなら、ハイ・ポーションを用意しよう。

 しかし、もう一つの可能性を考えて、該当するスキルを持っている者からの協力を取り付けたい。万全を期したい。
 治療などと大きなことを言うつもりはないが、頼まれて、承諾したからには、しっかりと対処を行うつもりだ。ポーションを渡して終わりにはしたくない。せっかくの駒になりそうな人物だ。しっかりと恩を売っておきたい。

 学校では、他に大きなイベントが起きなかった。
 憎しみが込められた視線は感じるが、脅威とは思えない。

 バイト先では違う視線を感じる。
 尾行しているのか?
 複数の気配がある。バイクで帰宅すると、家の近くに見慣れない車が停まっている。俺がカバンから、スマホを取り出すと、逃げるように動き出した所を見ると、後ろめたい職業の人か、身バレを気にしなければならない人なのだろう。
 警察だとは思えないから、マスコミが有力なのだろう。
 あとで、記憶を映像にして、今川さんに問い合わせを行おう。

 些細なイベントではなく、襲撃のようなイベントを期待しているのだけど、相手も慎重になっているのか?
 それとも、”俺”だと解って、手の出し方を考えているのか?

 尾行やらイベントやらも気になるが、今は頼まれているポーションと治療に専念しよう。
 アインスたちの様子を確認してからレナートに移動しよう。

「ユウキ!急にどうした?忘れ物か?」

 転移した場所に、サトシが居た。
 この場所は、サトシが来るような場所ではない。

 マイかセシリアを怒らせて逃げているのか?

「フェリアとニコレッタは?」

 廊下を気にしている様子なので、やはり”何か”をして、逃げているのだろう。
 少しだけ・・・。本当に、少しだけ、こいつに”王位”を渡して大丈夫なのか心配になってくる。

 しかし、サトシに”べたぼれ”しているマイとセシリアが居れば大丈夫だろう。

「さぁ」

 相変わらずだ。
 雰囲気からは、何かを知っているのは解る。

 嘘が苦手なのは、こいつの憎めない所だ。

「わかった。わかった。マイは?」

「マイなら、国王と話をしているはず」

 怒らせたのは、マイではないな。セシリアか?

 本来なら、”お前がしなければならない話をマイがしているだけだろう”とは言っても無駄だと解っている。

 レナートの王城にある執務室に入ると資料が山積みにされていた。
 俺が関係する資料ではないようだ。サトシが処理しなければならない書類のようだ。

 俺が部屋に入ったのを感じたのか、メイドが部屋にやってきて、何か用事がないか聞いてきた。

 マイの用事が終わったら、”俺が探していた”と伝えてもらった。
 同時に、俺の状況と新しい協力者が得られそうだと伝える。前田教諭に関する解っていることと、妹さんの状況をまとめた資料を持っていってもらう。

 メイドが部屋を出て行ったのを確認して、書類を眺めている。
 問題になりそうな書類はなさそうだ。マイとセシリアがサトシに重要な書類を回すとは思えない。無視されても問題にならない書類か、最終の処理が残されている書類だけだろう。

 書類を整理して待っていると、マイがフェリアとニコレッタを連れて部屋に入ってきた。

「話が早くて助かる」

 マイが連れてきたのは、妹さんを”治す”のに必要になるスキルを持っている二人だ。

「協力は大丈夫だよ」

 フェリアが大丈夫だと言えば、ニコレッタが頷いている。

「そうだ。ユウキ。ロレッタは、時間は大丈夫?」

「解らないけど、大丈夫だと思うぞ?今は、何も無かったと思う」

「それなら、ロレッタと一緒に行動をして」

「ん?あぁ」

 フェリアもニコレッタも、美女。美少女だ。日本に居れば目立ってしまうのは間違いない。
 ロレッタが居れば、認識をずらすことができる。
 俺のスキルに近い事ができるはずだ。

 それに、ロレッタとフェリアとニコレッタは仲が良かった。
 静岡の街中なら多少は目立つけど、散策を行って、買い物を楽しんでも大丈夫だろう。言葉の問題がないから、3人が帰るというまで放置でいいだろう。ロレッタはスマホを持っている。いろいろ大丈夫だろう。

「わかった。フェリアとニコレッタ。頼む。マイ。あと、ハイ・ポーションの材料が欲しい。在庫は大丈夫か?」

「大丈夫よ?ハイ・ポーションを持っていかないの?」

「そうだな。いいや。今回は、向こうで作ってみる。ダメだったら貰いに来る」

「わかった」

 マイが、材料を取りに部屋を出る。
 二人を残して、ロレッタの予定を確認する為に、拠点に戻る。

「レイヤ。ロレッタは?」

「買い物に行っている。もうすぐ帰ってくると思うぞ?」

「そうか・・・」

 レイヤに伝言を頼んで、ロレッタが大丈夫なら、メッセージを残してもらうことにして、レナートに戻った。

 タイミングよく、材料を持ったマイが戻ってきた。

「ユウキ。これで大丈夫?」

 材料は揃っている。

「機材は、向こうで買える物で作ってみる」

「わかった」

 材料を持って拠点に転移した。

 ロレッタが戻って来るまで、残留組との情報交換を行う。
 拠点でも、ポーションの作成を行っている。

 効力が、1割程度は落ちているように感じているようだ。

 ニコレッタのスキルで確認を行うと、ポーションとしては使えるようだが、飲む量を増やさなければならないようだ。
 俺たちは、フィファーナで慣れているので、1割でも多く飲むと考えると、少しだけ億劫になるが、地球で初めてポーションを飲む人間には関係ない。

 ただ、ポーションの種類によっては、拠点で作ったほうが、効力が高くなる物も存在している。

 地球で作ったデバフ系のポーションは効力が高くなる傾向にある。

 顕著だったのが、ヒナが試しに作った、”早世”のポーションだ。
 名前は、サトシが命名したのだが、それで固着してしまった。簡単に言えば、”通常の10倍から20倍の速度で老いる”ポーションだ。これが、地球だと100倍から200倍の速度で老いることになってしまった。
 作ったはいいが使いどころに困る。化粧水の様に使えば、肌の代謝が早まり、余計な老廃物が排出されて、怪我が治る効果がある。飲まなければ、問題にはならない。そんなポーションだ。そして、通常のヒール相当のポーションと色が全く同じなのだ。匂いが違うので、俺たちなら判断ができる。
 何かに使えるかと考えて、俺のアイテムボックスに入っている。死蔵一直線だ。

「お待たせ!」

 ロレッタが買い物から帰ってきた。

「おかえり。買い物は出来たのか?」

「うん。一応ね。でも、やっぱり、都会・・・。とは、言わないけど、街に行きたいかな?」

「わかった。わかった。話は聞いているよな?」

「大丈夫!」

「3人で静岡市内でも散策してくれ、問題がなければ、呼ばない。何処にいるのか解るようにしておいてくれれば、問題が発生したら迎えに行く」

 3人のテンションが上がる。
 やはり、買い物は楽しいようだ。

 レナート組の二人も、ヒナから日本円を貰っている。
 実際には、拠点での共有財産からの分配なので、二人にも受け取る権利がある現金だ。

「ユウキ!少しだけ待って!」

「いいぞ?」

「皆に、必要な物を聞いてくる!ニコレッタ!フェリア!行こう!」

 3人は、マイの肩を軽く叩いてから部屋を出て行った。

「マイ」

「こっちは大丈夫よ。お母さんとお父さんも元気」

「よかった。何か言っていたか?」

「うーん。そうね。”ユウキに辞めるように言っても無駄だろうから、自分の心に嘘はつかないようにしなさい”と伝えて欲しいそうよ」

「ははは。わかった。本丸に手を付ける前に、母さんと父さんには会いに行く、あと、アイツにも・・・」

「そうね。そうして貰えると助かる」

 マイは、そう言って部屋を出て行った。
 俺も、自分に割り当てられている部屋に移動して、3人が帰ってくるのを待つことにした。

 30分後に、3人が俺の部屋に来たので、そのまま移動を開始した。
 転移で移動しても良かったのだが、ニコレッタとフェリアの希望で、フェリーを使うことになった。

 3人はフェリーで移動して、そのまま清水と静岡を回るらしい。
 俺は、家に戻ってハイ・ポーションを作ってから、前田教諭に連絡する。

 お互いの予定を確認してから別れた。
 これなら、3人が話を聞きに行く前に、予定の確認をしてしまえばよかった。