【3月3日(木)】
駅を出ると雨が降っている。春の雨だ。この頃の雨は春なのに冷たくて大嫌いだ。今日は3月3日のひな祭りだ。もう20日もするとお彼岸で段々昼の時間が長くなってくる。今週は忙しくて帰り時間が遅かったが、今日も遅くなった。もう9時をまわっている。
駅前に濡れた小柄な女の子が立っている。寂しそうな表情。どうしたのかなと思いながら、コンビニへ。晩御飯の弁当とビールのつまみなどを買って店を出るとまだ相変わらずの冷たい雨。より激しくなっている。
この雨の中を帰らなければならないと思うと憂鬱になる。傘をさしていても、スーツやズボンがずぶ濡れになる。待っても、雨脚が弱まらないとみて、家へ向かうことにする。
ふと見るとさっきの女の子がまだ寒そうに立っている。おどおどしているようにも見える。気になったので、思い切って「どうしたの」と声をかけた。女の子はおどおどしていたが、小さな声で「助けて下さい」といった。
「分かった。助けるけど、警察に連絡しようか」
「それはしないでください。助けて下さい」
「じゃあ、どう助ければいいの」
「家へ連れて行ってもらえますか」
「いいけど、君のうちはどこ?」
「いいえ、あなたの家です」
「ええ…」
「お願いします。助けて下さい」
「分かった。それならとりあえず家で話を聞かせて」
「ありがとうございます」
ちょっと待ってと再びコンビニへ。お弁当とパンと牛乳、お菓子などを買い足した。
女の子はサンダル履きで足が冷たそう。女の子は傘も持っていない。ひどい雨の中を相合傘でずぶ濡れになりながら家へ歩いた。
家は駅から10分ほど歩いたところにある1LDKの賃貸マンション。家賃の1/3を会社が補助してくれるので、この辺りでもなんとか借りられている。オートロックの玄関を入ってエレベーターで3階の自室へ。
「どうぞ、入って」
「すみません」
「独身者の部屋だけど、大丈夫?」
「大丈夫です」
春先はまだ寒い。部屋の暖房をつける。しばらくすると暖かくなってきた。女の子は震えている。毛布を持ってきて羽織らせる。お湯を沸かして、飲み物の準備をする。
「とりあえず、ご飯を食べよう。お腹が空いてぺこぺこだから。君の分もかってきたから食べなさい」
「ありがとうございます。いただきます」
女の子はお腹が空いているのか、すっかり平らげた。そして、温かいお茶をおいしそうに飲んだ。
「事情を聞かせてくれるかな」
「・・・・」
「話せないようなこと」
「お願いします。ここに置いて下さい。なんでもしますから」
「それは困る。君は未成年だろう。親の許可もなくここに置くことはできない。捜索願でも出ていたら、僕は誘拐・監禁で警察に捕まってしまうよ」
「親はいません。捜索願も出ていないと思います」
「だから訳を聞かせて」
「何も聞かないでここにおいてもらう訳にはいきませんか。なんでもします。独身の一人住まいならお願いできませんか」
「僕も男だから君に襲いかかるかもしれないし、心配にならないの?」
「もしお望みなら、好きなようにしてもらっていいです。ですからここにおいてください」
「まあ、そこまでいうのなら。今日は雨の日でこれから君の家へ送って行くのも大変だから今日はここに泊まっていきなさい。ところで君は何歳?」
「ありがとうございます。17歳です」
行き掛かりとは言え大変なものを持ち帰ってしまった。何か事情があると思うが何も言わない。困った。狭い家に女の子を泊めることになった。
「お風呂を沸かすから入りなさい。女の子の着替えはないから、僕の男物でよかったらこれを着て」とトレーナーの上下と下着を置いた。
「ありがとうございます。しばらく着替えてなくて、使わせて下さい」
「先に入って、バスタオルはここにおいておくから。心配しないで、覗いたりしないから」
「すみません。入ります」
女の子が僕のトレーナーを着てお風呂から出てきた。お風呂上がりの女の子はよく見ると目がクリッとして結構可愛い。駅前は暗かったし、家についてからもほとんど下を向いていたので、顔がよく見えなかった。
その後に風呂に入った。これからどうなる? まあ、警察が来ることもないだろうし、しばらく様子を見るか。とりあえず名前くらいは聞いておこう。女の子が気になって暖まるとすぐに風呂を上がる。
「君、名前は?」
「山田やまだ美香みかといいます」
「事情は話したくなってからでいいよ」
「じゃあ、寝るとするか」
「君は寝室で僕の布団で寝てください。僕はこのソファーで寝るから」
「私がソファーで寝ます」
「いいから、布団で寝て、風邪をひくといけないから」
「じゃあ、そうします。お休みなさい」
女の子は寝室へ入った。静かになったので、眠ったみたい。疲れていたんだな。ソファーに寝転んで、毛布に包まり、これからどうすると考えていたら、こちらも仕事の疲れもあって眠ってしまった。
【3月4日(金)】
朝6時、起きる時間だ。洗面所で顔を洗う。女の子はまだ寝ているみたいで静かだ。今日は金曜日、まだ雨が降っている。天気予報では午前中には上がるようだ。春の冷たい雨は気が滅入る。
朝食の準備。トースト、ヨーグルト、フルーツ、ココアの簡単なもの。でも、朝食は必ず食べることにしている。食べていかないと、10時ごろにはお腹が減ってきて疲れてくる。準備を済ませて、寝室の女の子に声をかける。
「おはよう。起きて。僕は会社に出かけるから」
「ごめんなさい。気が付かなくて」
「疲れていたみたいだね。簡単だけど朝食を作ったから食べる?」
「ありがとうございます。いただきます」
「その前に、歯磨きをして顔を洗って。歯ブラシと櫛とタオルを置いてあるから」
「すみません」
女の子は急いで洗面所へ行って、身支度を整えてきた。髪を後ろに束ねてポニーテイルにしている。真白い襟足に自然と目が行く。
「事情を話してくれる気になった?」
「・・・・・」
「これから、出勤だから、あまり時間が取れないけど」
「このまま、ここにおいてもらえませんか?」
「事情を聴かないとできないよ。年頃の娘さんと同居なんて」
「少し考えさせてください。もう一日置いて下さい」
「分かった。もう一日くらいなら。明日から土曜、日曜と休みになるからゆっくり話を聞こう」
「ありがとうございます」
「もう少したったら出かけるけど、昼食は冷蔵庫のストッカーに冷凍食品があるから、適当に電子レンジで温めて食べたらいい。それから、夕食はまたお弁当を買ってくるから。それと部屋から外へ出ないでくれないか。今、他の人に見られると何かとまずいと思うので、テレビでも見ていて。でも自分の家へ帰りたくなったら帰っていいから。ここに予備キーを置いておくから、鍵を掛けて、玄関の郵便箱に入れといて。部屋は309号だから間違えないで」
「分かりました」
現金はほとんど財布の中で、家にはおいていない。念のため、貯金通帳をカバンに入れた。7時を過ぎたので、出勤。会社は虎の門にある。ここから池上線で五反田へ出て、山の手線に乗り換えて新橋で下車。徒歩10分で到着。
新橋はサラリーマンの街で何でもある。飲み食いにも事欠かない。上京して新橋に来た時はこの街の匂いが嫌だった。都会の匂いが街に満ちている。
どちらかというと不快な匂いだが、今は慣れて気にはならなくなっているが、やはりなじめない。人を緊張させる匂いで、住んでいる長原とも別な匂いだ。
帰宅して、缶ビールか缶酎ハイを1本飲むとその緊張が解けてくる。だから、帰宅しての晩酌は欠かせない。
会社が入っているビルは、すべてIDカードでゲートを通過する。セキュリティが段々厳しくなっている。丁度8時に職場に到着。勤務時間は9時からだけど、通勤での混雑が嫌いなので早めに出勤している。大体、この部で一番早く出勤している。早いと誰もいないので挨拶もいらない。
大学の理系の学部を卒業後に入社して10年になる。役職は主任だが、部下はまだいないので気楽だ。給料は同年代としてはもらっている方かもしれない。独身者には十分な額だ。
仕事はうまくこなせている方で特段のストレスも感じない。学生時代はいろいろあったから、今はお金に困ることもなく、天国のような気ままな生活だ。でもその時の苦労が身に染みて、無駄遣いをしないようにして貯金もしている。
「おはようございます」と2年後輩の山本君が到着。彼は既婚者だが朝は早い。
「チョット教えてくれる。青少年とみだらな行為をした場合に罰せられると聞いたことがあるけど、青少年は何歳以下か知っている?」
「石原さん、何か後ろめたいことでもあるんですか?」
「いや、チョット気になって」
「18歳未満だと思いますよ。ネットで調べたらどうですか」
「そうかネットと言う手があったか。18歳未満と交際する場合は、気を付けなければいけないな」
「昨日、五反田駅で女の子に声をかけられたが、年を聞くと18歳と言うが、とても18歳には見えなかったから」
「18歳以上だったら、話に乗りました?」
「とんでもない。君子危うきに近寄らず」
ネットで調べると、やはり18歳未満の青少年とみだらな行為をした場合、淫行条例で罰せられるとある。真摯な交際なら認められるが、あいまいとある。また、親権者に告発されると真摯な交際でも逮捕されることもありそうだ。困ったことになった。まあ、みだらな行為をしなければ問題ないか。
今日帰ると居なくなっていたら良いけど。でもよく見ると、チョット可愛いい女の子だった。好きなタイプかもしれない。でも気を付けないと淫行で逮捕される。
今週は忙しかったが、週末の今日は定時に帰れそうだ。「お先に」と声をかけて帰宅。仕事は手早くこなして、同僚の仕事も手伝ってあげることもあるので、こんな時は周りに気がねはいらない。
家に帰ると居ないかもしれないが、居なければ、明日もう一人分を食べれば良いからと、新橋駅で少し高価な弁当を二人分購入。ついでにケーキも。少し浮かれているのに気が付いた。本当は可愛い女の子に居てほしい?
マンションの前に来ると、部屋に明かりが点いている。帰ってはいなかった。少しホットしたのが自分でも不思議だった。
部屋に入ると「お帰りなさい」と玄関まで出てきた。少し落ち着いてきたのか下を向いていないので顔が良く見えた。顔はすぐに覚えられない方で、思っていたより可愛い。
部屋が整っている。洗濯物も畳んで棚の上においてある。すでに洗濯した昨日の自分の服に着替えている。
「部屋のお掃除とお洗濯しておきました」
「ありがとう」
「お世話になっているので当たり前です」
「まあ、夕ご飯食べよう。新橋でおいしそうな弁当を買ってきた。同じ弁当だと飽きるからね。それにケーキも」
「いただきます。お昼は冷蔵庫の冷凍ピラフをいただきました。すみません」
「まあ、弁当を食べてから、話があればゆっくり聞こう。明日は土曜日で休みだし。晩酌に缶ビールを飲ませてもらうよ。晩酌しないとなかなか緊張が解けないから」
「お酌します」と冷蔵庫から缶ビールとコップを持ってきてくれる。意外と気が利く。
テレビをつけて、それを見ながら無言で食事。テレビを見ていると間が持つ。食事を終えると手早く片付けてくれる。
「せっかくだから、ケーキを食べよう。女の子はケーキが好きだからと思って買ってきた」
「ありがとうございます。優しいんですね。お湯を沸かします」といって、カップと紅茶、コーヒーの準備もしてくれる。
食器棚には一人分しか食器がない。コーヒーカップも一つしかないので、お茶碗で代用。僕はコーヒーにして、女の子は紅茶を飲んだ。
「事情を話してくれる気になった?」
「ここにおいてくれると約束してもらえますか?」
「できないけど、事情にもよるかな」
女の子の可愛い顔を見ているとだんだんその気になってくる。おれも男だなあと思いながら、下心が沸いてくるのも抑えきれない。しばらくして「では聞いて下さい」と女の子が話始めた。
中学3年の時に両親が交通事故で他界した。一人残された美香は子供のいない叔母夫婦に身を寄せることになった。幸い保険金もいくらかはあった。叔母夫婦は共働きであり、アパート住まいで生活も楽ではなかったようだが、保険金もあったのでしぶしぶ美香を引き取ったらしい。叔母夫婦は共働きなので、高校までは行かせてくれるとの約束で、家事を美香がやることになったという。
叔母の夫は酒好きで、酔って帰って叔母や美香に暴力をふるうこともあったとのこと。高校2年の夏に、叔母がパートで外出していた夜に、叔父が布団に入ってきて力づくで美香を奪ったという。それから、叔母がいないと美香の身体を求めてきたという。抵抗すると殴るけるの乱暴を受けた。
一昨日、叔母が偶然帰って来たので、叔父との関係が叔母に分かって、叔母から出ていけと言われたとのこと。それで着の身着のままで家を出てきて、行く当てもなく、2日目に長原までたどり着いたとのことであった。
「事情は分かった。僕も中学1年生の時に両親と妹を交通事故でなくしたから、立場と気持ちは良く分かる」
「あなたもそうですか」
「僕は幸い父方の両親が健在だったので、引き取って育ててくれた。ただ、祖父は定年退職後での年金生活だったので、事故の保険金があったとはいえ、僕を育てるのは大変だったと思う。頼りにしていた一人息子が突然なくなったので、その悲しみは大変なものだったに違いない。ただ一人生き残った孫なので大切にしてくれて、再就職までして育ててくれた。祖父は大学1年の夏に他界した。幸い住む家があったので、祖母と二人で生活して、僕はアルバイトをしながら何とか卒業して就職することができた。就職が決まるのとほぼ同時に祖母は安心したのか他界した。だからいまは天涯孤独の身だよ」
「それなら、なおのことここにおいてください。なんでもしますから。帰るところがないんです。私を自由にしてもらってもいいんです。お願いします」
「分かった。力を貸そう。ここは狭いけど二人で住めないことはないから、しばらくはここにいてもいいよ。その間にいろいろな問題を解決していこう」
「ありがとうございます。おいていただけるだけでいいんです。家事でもなんでもします」
「これからの問題として、叔母夫婦に了解を得ておかないといけない。それに高校をどうするか。あと健康保険などをどうするかとか、お金だけで解決できないこともいろいろあるけど、まかせてくれるかな。事情が分かったから悪いようにはしない。力になるから」
「ありがとうございます。駅で目が合った時に直感的に良い人と思いました。お願いしてよかった」
「ただ、今の話は本当だね」
「本当です」
「じゃあ、今日はここまで、お風呂に入って寝よう。すこし方策を考えてみる。仕事で弁護士さんともつきあいがあるから、それとなく相談してみるよ」
それからお風呂を沸かして僕が先に入り、あとから女の子が入った。上がると貸してあげたトレーナーを着ている。
「トレーナーでは可哀そうだから、明日、近くの店へ着替えを買いに行こう。ここには女の子の着るものがないから。それと布団をもう一組買おう。食器ももう一組必要だ」
「本当においてもらえるのですね、ありがとうございます。それからなんと呼べばいいですか」
「まだ、名前を言っていなかったかな。僕は、石原いしはら 圭けい、32歳、会社員。圭さんとでも呼んでくれればいい」
「君は山田美香だったね。美香ちゃんでいいね」
それから、昨晩と同じように、二人は寝室とソファーに分かれて就寝した。
【3月5日(土)】
朝、キッチンの音で目が覚めた。まだ、7時だけど、今日は休みなのでゆっくり寝ていたい。
「ごめんなさい。目が覚めました?」
「どうしたの」
「朝ごはんを作っています」
「ありがとう、でも今日は休日だから遅くまで寝ていて良いのに」
「冷蔵庫にあった材料で作りました。よかったら食べて下さい」
机の上にトースト、サラダ、ハムエッグ、ホットミルク、食器は一組しかないのでバラバラな食器に朝食が並んでいる。
せっかく作ってくれたので、食べないと悪いと思って、身支度してから、美香ちゃんと向かい合って座って、朝食をごちそうになる。新婚さんの朝食ってこんな感じかな、悪くはないなと思いながら無言で食べる。
10時になったのでとりあえず近所の総合スーパーに買い物に出かけることにした。マンションの玄関で管理人さんに美香ちゃんを紹介する。姪の山田美香が田舎から遊びに来ているのでしばらく滞在しますと告げた。これで不審に思われることはないだろう。
美香ちゃんがぎこちなく手をつないでくる。悪くはないが17歳の高校生と手をつなぐのは少し照れるなあと思いながら歩く。
まず、ユニクロで、とりあえず美香ちゃんの気に入った部屋着と下着を数枚ずつ購入。これから暖かくなるので春物が中心だ。
それから布団屋さんで布団一式を購入して、夕刻に届けてくれるように依頼。これで、ゆっくり自分の布団で寝られる。あと食器を少し購入して、背負ってきたリュックに入れる。
昼はバーガーショップで二人ハンバーガーセットを食べてから、スーパーで野菜、果物、肉類、牛乳、パンなどを美香ちゃんが品定めして購入。
自炊用の1週間分の食料とのことで、かなりの量になったが、二人で分担してなんとか運んだ。年の離れた新婚夫婦に見えるかなと思いながら歩いて帰った。
悪い気持ちはしないし、浮き浮きしているのが自分でも分かる。荷物を運ぶ美香ちゃんもどことなく嬉しそうで安心した。
外食は高くつくので、これからは自分が料理するといっていたが、5時ごろから料理を始めた。丁度、5時に布団が届いた。
6時から夕食。食卓にはシチュウ、卵焼き、ホウレン草のお浸し、豆腐の味噌汁、ごはん。簡単だけど夕食らしい献立。
味付けもなかなか良い。料理を誉めると嬉しそうにほほ笑んだ。美香ちゃんが笑ったのをこの時に初めてみた。美香ちゃんはこのとき改めて同居させてもらうことのお礼を言った。
布団が届いたのでリビングのソファーの後ろに場所を作って、そこに布団を敷くことにした。美香ちゃんは、私がここに寝るから圭さんはこの家のご主人なのだから寝室で寝てくれといって聞かない。それほどまで言われては、相手の立場も考えて寝室で寝ることにした。
ひと風呂浴びて、布団に入ってテレビを見ていると、ドアをノックする音。どうぞというと美香ちゃんが入ってきて、布団の中にまで入ってくる。
「抱いて下さい。お願いします。もう、これくらいしかお返しできません」
「ばかなことを言わないでくれ、そんなつもりで同居させるわけではないから。事故で無くなったけど、僕にも妹がいて、もし僕が死んで妹が生き残っていたら、今の君と同じ境遇にいたかもしれないと思ったら、力を貸さずにはいられなくなっただけだ」
「抱いて下さい。叔父に汚された身体ではいやですか」
「今、美香ちゃんを抱いたら、それこそ叔父さんと同じことをしていることになる。同居させてもらうと言う君の弱みに付け込んでいるのと同じだから」
「私が嫌いですか」
「いや、なかなか可愛い良い子だと思っている。料理も上手だし。でも今は絶対に抱けない」
「お願いします」
「それなら美香ちゃんが18歳になったら考えてみよう。18歳になって、その時、僕のことが好きになっていたら」
「今でも好きです」
「いや、違うと思う。お礼のためと言ったじゃないか」
「分かりました。18歳まで待ちます。それで私のことが好きになったら抱いて下さい」
「約束しよう」
「ありがとうございます。それから今日は朝までここに一緒に居させてください。抱かなくてもいいですから」
「まあ、それで気が済むならいいよ。おやすみ」
美香ちゃんは安心したのか、そばで寝ていたがすぐに眠ったみたい。顔を覗くと寝顔が可愛い。身体の温かさが伝わってくる。寝息が聞こえる。
それにしてもこちらは、若い娘の湯上りの良い匂いがして興奮して眠れなくなった。なんかムラムラする。ますます目が冴えてくる。せっかくだから、抱かせてもらえばよかったかな。いやいや絶対だめ!
女性経験がないわけではなかったが、すべてプロの女性。本来真面目な性格で、普通の女の子と付き合ったら結婚まで責任を持たないといけないと考えていたので、安易に付き合うことは避けていた。
そのため、女の子とは2、3度会うと自然に離れるようにしていた。気に入った子と巡り合わなかったのかもしれないが、つい今までのことを思い出していた。
それよりこれからどうして、この娘の力になればよいかを考えよう。まずは、叔母夫婦に同居を認めさせなければならない。それから住民票を移して、高校を転校して・・・と考えていたら眠ってしまった。
夜中に美香ちゃんがしがみついてくるので目が覚めた。顔が引きつっている。悪い夢でも見ているようだ。しばらくすると静かになったので、こちらもまた眠りに落ちた。
【3月6日(日)】
朝、目覚めると、美香ちゃんは布団の中に居なかった。今日は日曜日、時計を見るともう8時。今日も天気が良い。
リビングに行くと朝食が準備されている。美香ちゃんは昨日買った部屋着に着替えている。着こなしが良いし可愛い。僕を見るとおはようございますと言ってはにかんで笑った。やはり、笑顔は見ていて良いものだ。
朝食を食べながら、美香ちゃんに、今日は日曜日なので、叔母さんのところへ行って美香ちゃんとの同居の話を付けてくるのはどうかと話した。
美香ちゃんは叔母夫婦の顔を見るのはいやだと言った。でも、同居の承諾はどうしても必要だと言うと、もしお願いできるのなら、話をつけてきてほしい、そして、少しだけど自分の荷物を持ってきてほしいという。
「それなら、今日行ってこよう。まず在宅か確認しよう」と電話する。美香さんのことでお訪ねしたいというと、1時に二人でいるから来てくれと言う。
住まいは西新井、ここから随分遠い。ここからは自由が丘に出て日比谷線経由が楽なので、11時には出発した。
美香ちゃんは、4階建てアパートの手前で、来た道にあった公園へ引き返した。そこで待っているという。古いアパートだ。2階の203号室をノックして中に入る。中で叔母さん夫婦が待っていた。
「こんにちは。美香さんのことでお訪ねしました。私、石原と言います」といって菓子箱を差し出した。
「美香はどこに居るんですか」
「美香さんは、お二人にお会いしたくないといって、僕の家にいます。先週の木曜日に家出されていたところを保護しています。家に帰りたくないと言いますので、当面、私の家に同居させたいと思い、ご承諾をいただきに参りました」
「どうせ、美香に言い含められてきたんだろう。私の亭主を寝取ったんだから」
「そんなことはありません。私も両親を事故で亡くしたので、話を聞いて同情したのです」
「当面というけど、ずっと面倒をみてくれるのですか」
「本人の希望次第ですが、自立できるまでと考えています」
「じゃあ、同居を認めますよ。こちらも生活が楽でないので」
「それでは、美香さんは未成年ですので、お二人に承諾書を書いて署名、捺印していただきたいのですが」
「いいよ、なんて書けばいいの」
「紙を用意してきました。姪の山田美香と石原圭との同居を承諾します。2016年3月6日、お二人の署名と捺印です」
二人は言ったとおりに承諾書を書いてくれた。それから、美香さんの荷物を引き取りたいというと、奥の小部屋に案内してくれて、小さな机とプラケースを指さして、みんな持って行ってくれと言った。
それで、今度の日曜日に引越し屋を手配するから、荷物を送りだすように依頼した。
「それから、今後は美香さんに直接会ったり連絡したりすることはやめて下さい。特に叔父さまにお願いしたい。言うまでのことはありませんが、美香さんにこれ以上のことがあるとこちらも対抗措置をとります」
「分かった。美香にはもう会わない。約束する」
「何かありましたら、こちらに連絡をください」と会社の名刺を差し出した。
「一流会社じゃないですか。美香をよろしくお願いします」
ここまで念を押したので、大丈夫だろうと丁寧に挨拶して引き上げた。また連絡することがあるかもしれないので、叔母さんの勤務先の電話番号を聞いておいた。
公園で美香ちゃんが待っていた。一部始終を話して、承諾書を見せると安心したようで、何度も礼をいった。美香ちゃんはこのあたりには長く居たくないというので、すぐに駅まで戻って、電車で帰った。
家に着くと4時近くになっていた。美香ちゃんは、さすがに疲れたと見えて、しばらく座り込んでいた。それを見ながら引越し屋に今度の日曜日の荷物の引取を電話で依頼した。引越し屋には先方に引越し先を教えないように何度も念を押した。
美香ちゃんは若いだけあって、お菓子を食べて一時間も休むと元気になって、夕飯を作り始めた。表情が少し明るくなっている。ソファーでそれを横目で見ながら、今後のことを考えた。
夕食はカレーライスだった。
「ごめんなさい。昨日はシチュウで今日はカレー、同じようなものでばかりで。今日は少し疲れたので、チョット手を抜かせていただきました」
「いや、おいしい。毎回ありがとう。でも無理しないで。たまには冷食でもいいんだよ」
「こんなことしかできなくて、すみません。できるだけ作ります」
「今週の半ばに、一日休暇をとるので、住民票を移動するのと、高校に行ってみようと思うけど、どうかな。転校ができるかどうかも確認しなければならない」
「高校へ通わせてくれるんですか?お金かかりますよ」
「それくらいのゆとりはあるから気にしないで。叔母さんに啖呵を切ってきた手前もあるから」
「何といって良いのか分かりません」
「そんなに気にするのなら、家事一切をお願いしたい。その代りとして、学費と生活費を僕が負担することでいいんじゃないか」
「何も言うことありません。本当にそれだけでよいのですか。私を自由にしてくれてもよいのですよ」
「もうその話はしないでほしい。昨晩も言ったとおり、美香ちゃんが18歳になったら考える。そういうことでいいんじゃないか」
「分かりました。家事一切をやるということでお願いします」
なんとか納得したみたい。家事一切と言うと通学しながらでは負担が重いと思うけど、これで良かったのだと思う。
【3月7日(月)】
月曜日に出勤して総務部へ扶養家族について相談の電話を入れる。
「知人が交通事故で死亡したが、その子供を引き取って世話する場合、扶養家族にできるかを知りたいのですが」
「その知人と言うのは親族ですか姻族ですか」
「いえ、血縁関係はありませんし、私は独身ですので姻族でもありません」
「扶養家族は、親族か姻族に限られますのでできませんね」
「それなら、健康保険もダメですね」
「そうです」
「ありがとうございます」
隣の席の山本君がどうしたんですかと聞いてくるので、知人の娘を預かることになりそうなので、その当たりのことを調査していると答える。
「先週、18歳以下とか、聞いていましたが、そのことと関係があるのですか」
「総務部との電話のとおりだけど、その子とは何もないが、行き掛かり上、面倒を見ることになりそうで、どうしたものかと考えているところなんだ」
「結婚すれば、配偶者として扶養家族にできますよ。結婚していなくても内縁関係でもよいことになっているはずです」
「17歳の高校生と結婚するわけにはいかないだろう。まして内縁関係などと申請すると淫行条例で逮捕されてしまうよ」
「16歳以上なら、親の承諾があれば結婚できますよ」
「そんなに簡単にはいかないのであれこれ調べているんだ」
山本君は2年後輩だが、入社した時からいろいろ面倒を見てやっており、仲が良く、時々飲みにも行っている。信頼のおける人物だが、このことは厳重に口留めしておいた。結論からいうと、結婚しない限り、扶養家族にはできないことが分かった。
扶養家族にできないとすると、健康保険は国民健康保険に加入させればよい。そのためには、今、健康保険はどうなっているのかを、叔母の会社に電話して直接叔母さんに聞くことにした。
会社に電話すると、迷惑そうに電話に出てきたが、美香の健康保険について尋ねると叔母の扶養家族として健康保険に入っていることが分かったので、申請を取り下げてもらい、関係書類を会社の自分宛てに送ってくれるように依頼した。書類が届けば、国民健康保険を申請できる。
帰宅すると、美香ちゃんが玄関まで「お帰りなさい」と跳んでくる。いままで誰もいない部屋に帰るのが、日常だったから、なんとなく嬉しい。それも、可愛い女の子が迎えてくれて。
「食事の用意できていますけど」
「ありがとう。お腹がすいたので、すぐに食べたい」
寝室で部屋着に着替えてリビングへ
「今日は炊き込みごはんにしてみました。私も食べたかったので」
「いろいろ作れるんだ」
「お金がかからない献立です。余り物でできますから」
「おいしい。お代わりある」
「あります。おいしいと言ってもらえて嬉しいです」
それから、美香ちゃんの叔母さんに電話して保険のことを聞いたことなどを話した。関係書類が届いたら、一日休暇を取るから、一緒に区役所に行って、住民票の移動や健康保険の手続きをすることを提案した。
それから、通っていた高校について聞くと足立区にある都立高校と言うので、高校へ行って転校ができるか相談することも提案した。美香ちゃんは同意した。
健康保険の関係書類は週末に会社に届いた。書類に目をとおしたが、生年月日は、1999年6月18日になっている。今、17歳だから、今年の6月には18歳になる。18歳になったら考えるとか言っていたが、あと3か月しかないことが分かった。
来週の火曜日に休暇を取ることにして、区役所への手続きと学校の訪問を実行することにした。
【3月13日(日)】
日曜日の午後3時に美香ちゃんの荷物が届いた。勉強机に椅子、小さな書棚、あと段ボール箱5個、プラケース1個に布団。
「叔母さんは、持ち物全部を送ってくれたみたい。よかった」
「身の回りのものが届いてよかったね」
「私はやっかいものだったから」
「交通事故の保険金があったんじゃないの」
「数百万円はあったはずだけど、叔母夫婦が使ってしまったみたい」
「それはひどい話だ」
「高校の授業料や教材費などは出してくれたけど、お小遣いなどはくれなかった」
「諦めるしかないか」
「諦めています」
【3月14日(月)】
月曜日に、美香ちゃんから聞いた高校へ電話して、担任の山崎先生と明日の11時に会う約束ができた。女の先生で、美香ちゃんのことをとても心配していていろいろ聞かれたが、重要な話なので、その時にお話しすることにした。
【3月15日(火)】
火曜日の朝、美香ちゃんは二人分の弁当を作った。美香ちゃんは送られてきた高校の制服に着替えていた。9時に出発。
足立区役所で転出の手続きを済ませる。生徒手帳と印鑑が必要だったが、持ってきていた。転出証明書の内容を見ると、本籍も記載されていたが、本籍は両親と以前住んでいた住所とのこと。本籍は当面このままで問題ないはず。叔母の養女にもなっていなかった。そのあと高校へ移動。
11時少し前に学校に到着した。今日が3月15日だから3月1日以来、2週間ぶりの学校で美香ちゃんはなつかしそうに入っていった。職員室で担任の山崎先生に声をかけると、先生は、二人を応接室へ案内してくれた。
それからしばらくするともう一人年配の男の先生が入ってきた。副校長で二人で話を聞くとのことだった。名刺交換をしてから、美香ちゃんにこれまでのことを話すように促した。
美香ちゃんは、両親が事故で無くなってから、叔母さん夫婦に引き取られたこと、叔母さんお家での生活のこと、叔父さんとのこと、それがもとで叔母さんの家から家出したことなどを順序を追って淡々と話した。話をしているとき、美香ちゃんは涙ぐんでいたが、最後まで泣かなかった。
山崎先生は、突然に学校を休んだので叔母さんへ電話したが、大喧嘩して家出したけれども、そのうちに戻ってくると聞かされていた。いつまでも登校しないので、とても心配していたと言った。
それからのことは、僕から駅で出会って家へ連れ帰ったこと、叔母さん夫婦に同居の許可を貰ったこと、転出届をしてきたことなどを、同居の承諾書や転出証明書を見せながら説明した。
山崎先生は、自分もかつて同じ境遇だったと話した。ただ、私は幸い子供のいない叔母夫婦に、大切に育ててもらったと話した。
「私は、美香さんとは全くの他人です。雨の日に偶然、家に泊めてあげただけです。ただ、私も美香さんや山埼先生と同じ境遇で祖父母に育てられました。妹がいたのですが、両親とともに亡くなっています。それで、美香さんの話を聞いて、他人事ではないような気がしまして、差し出がましくこのようなことになりました」
「事情は良く分かりました。でも、山田さんは17歳の未成年です。独身男性と同居されるのはいかがなものでしょうか?」
「副校長の心配はごもっともです。淫行条例も知っています。自分は保護者として美香さんを同居させるつもりです。みだらなことは一切していませんし、今後もそのようなことはないとお約束できます」
「これは私の方からお願いしたことです。最初は断られましたが、家に帰れない事情を話して受け入れてもらいました」
「私は担任として、山田さんの希望どおりにしたら、良いと思います」
「叔母さんから承諾を受けていますし、叔父さんとのこともあるので、同居は認めるにしても、山田さんの学業は、これからどうしますか」
「そのことをご相談に伺った次第です。学費は私で負担しますが、今住んでいるところが、大田区の長原というところで、ここまで通学するのはかなり大変です。転校などは可能ですか」
「試験の成績にもよりますが、事情があれば、不可能ではないです」
「手続きを調べてみますが、山田さんはここ2週間欠席していて、3学期の期末試験を受けていませんので、追試験を受けてもらわなければなりませんが、できますか」
「大丈夫です。追試験を受けさせてください」
「今週の木曜、金曜の2日間でできるように各課目の先生にお願いしてみます。後で試験の時間割を電話でお知らせします」
「ありがとうございます。それではよろしくお願いします。それから、今回の件は美香さんのために、内密にしておいていただけますか」
「分かっています。山田さんに迷惑のかからないように配慮します」
学校の帰り、近くの公園で美香ちゃんが作ってくれたお弁当を食べながら、2人で話をした。
「学校に二人で説明にきてよかったね。なんとか事情を分かってくれて同居も認めてくれたみたいだ。転校もできるかもしれない」
「山崎先生でよかった。同じ境遇とは知らなかったわ」
「追試験は大丈夫?」
「教科書が届いたので、帰ってから復習します」
「転校できるといいけど、できなければ通学時間が長くなるけど、今の学校で良いじゃないか。話の分かる先生方がいるから」
「近くの方が、家事が十分できるから良いけど」
「その心配は無用だ。近くだと、クラブ活動もできるし、転校できるといいね」
「できれば心機一転新しい学校へ行きたいです」
それから、電車に乗って、長原の近くの大田区役所の出張所へ転入の届出をして、叔母さんから送られてきた保険組合の書類を添えて、美香ちゃんの国民健康保険加入の手続きをした。これで病気になっても大丈夫と安心した。
それから、家に帰ると美香ちゃんは、ノートを出して追試験の勉強を始めた。がんばれ!
【3月17日(木)18日(金)】
美香ちゃんは、木曜と金曜にお弁当を作って、学校に追試験を受けに行った。学校で友達に会えていろいろな話をして楽しかったけれど、休んだ理由や同居のことなどは、一切話さなかったとのこと。
山崎先生は、気が付かないで、つらいときに相談に乗って上げられずに、ごめんねと謝っていたという。そして、転校はできるだけ頑張ってみると言ってくれたそうだ。転校がだめだったら、ちょっと時間がかかるけど、通学したら良いといったら、美香ちゃんはその時はお願いしますと安心したようだった。
【3月19日(土)、20日(月)春分の日、21日(火)代休】
期末試験の追試験が終わって、諸手続きも一段落したので、3連休は、これからの二人の生活に必要なもののショッピングに出かけた。調理に必要な器具を2~3点、食器も買い足した。
それから、もっと年頃の女の子のような服装にさせたいので、渋谷の若い子向けのショップへ連れていって、気に入った服などを数点買った。
美香ちゃんは遠慮していたが、同居するとこれから一緒に出掛けることもあるので、それ相応の服を着てもらわないと恥ずかしいというと、買うことを承諾したが、本当に嬉しそうだった。喜んでくれると買ったかいがある。
それから、表参道の有名なヘアサロンを予約して、女子高生だけど可愛い髪形にしてほしいと頼んだところ、さすがに有名店、ショートカットで知性的な美少女に仕上げた。化粧をしていないが、素顔でも十分にきれいだ。こんなにきれいな子だったのかと見直した。
本人も、自分の変身に驚いたみたいだ。ヘヤサロンが一番嬉しかったと見えて、上機嫌だった。そして、ありがとうと何度も何度も言っていた。喜ぶのを見るとこちらも本当にうれしい、これが生きがいになりそうだと言ったらあきれていた。
【3月24日(木)25日(金)】
夜中、布団の中に美香ちゃんが入ってきたので、目が覚めた。時計を見ると1時半だ。
「どうしたの」
「いやな夢を見たので、ここに朝まで居させてください」
「どんな夢?よかったら聞かせて。美香ちゃんが家へ来たころだったけど、僕の布団に入ってきたときに夜中に僕にしがみついてきたことがあったけど、その時は怖い夢を見ているようだった」
「そのうち、話します。お願いします。抱いてくれとは、いいませんが、抱きしめてもらえませんか?」
「うーん。抱き締めるくらいはいいか。それで、悪い夢をみないで眠られるのなら。じゃあ、背中を向けて、後ろからなら抱きしめてあげる」
背を向けた美香ちゃんを後ろから抱きしめる。抱き締めるだけなら、みだらな行為にはならないだろう、それも安眠のためと、自分に言い聞かせているのに笑ってしまう。本当は抱きたくてしょうがないのに、俺も男だなあ。
抱き締めた美香ちゃんの身体は柔らかくて、温かい。美香ちゃんは廻した腕にしがみついている。美香ちゃんの甘いような匂いがして、これは悪くないなあと思っているうちに寝入ってしまった。
翌朝、目が覚めた時には、美香ちゃんは布団にいなかった。もう起きて、キッチンで朝食を作っていた。
「昨晩はありがとうございました。おかげでよく眠れました。邪魔で眠れなかったのではないですか、すみませんでした」
「いや、柔らかい湯たんぽを抱いているみたいで、温かくてよく眠れたよ」
「じゃ、毎晩いいですか」
「だめ、眠りながら無意識的に美香ちゃんを抱いてしまうかもしれないから、絶対にだめ。昨晩は特別でこれで最後」
「無意識でそうなったらうれしいけど、残念ですが、圭さんは絶対そんなことないと思います」
「大体想像がつくけど、嫌な夢、早く見なくなるといいね」
「・・・・」
それから、4~5日たった夜中に、また、美香ちゃんが布団に入ってきて、目が覚めた。
「どうしたの、前回が最後のはずだけど」
「いやな夢を見たので、今晩もお願いします。昨晩もその前の晩も毎晩、夢をみるので、我慢できなくなって、お願いします」
「ずっと、見ていたのか、かわいそうに、いいよ、ここにいて」
「僕と一緒に寝ると悪い夢を見ないの」
「安心するみたいで、悪い夢は見ないみたい。それより、買い物に行った楽しい夢をみます」
「それなら、一緒に寝ることを考えてみてもいいけど」
「話を聞いて下さい。話をしたものかどうか、この話をすると圭さんが私を嫌いになると心配して、しばらく考えていました。でも大好きな圭さんに聞いてもらうと気が楽になるかもしれないと思って」
「聞かせてくれる」
美香ちゃんは、覚悟を決めたように、叔父さんとのことを淡々と話し始めた。叔父は見た目はが良いが、どちらかというとぐうたらな男で、会社勤めはしていたが、働くのは嫌いで、給料はほとんど自分で使っていた。生活は叔母に頼っていたこともあり、叔母にはとても優しかったとのこと。ただ、酒癖が悪く2人に暴力をふるうこともあった。叔母は生活のために週に2回は夜のパートにも出ていたとのこと。
高校2年の8月、叔母さんがパートで外出した晩に、お風呂から上がって布団に入ったときに、無理やり奪われたこと。それからは叔母がいないときに身体を求められて、いやがって抵抗すると暴力を振るわれた。叔母に話すというと、そうすればお前もここに居られなくなると、脅されたという。そのうちにいやなこともさせられて段々抵抗する気力もなくなって家を出る前はなすがままになっていたとのこと。
それで、叔母にそれが見つかって、私が叔父を誘惑したみたいに思われて、出ていけと言われた時、ずっとそんなことから逃れたいと思っていたので、思い切って出てきたと言った。
美香ちゃんは、最初はしっかり話していたが、その時を思い出したのか、段々泣き声になり、最後まで話し終えると、わんわんと大声で泣いた。こちらも、あまりにもひどい話なのでつられて泣いてしまった。そして、泣きじゃくる美香ちゃんを抱きしめていた。
「話して、気が楽になった?」
「本当は話したくなかった。私を嫌いになると思ったから」
「いや、話を聞いて美香ちゃんが愛おしくなった」
「ここにおいてもらってから、早く忘れたいと思っているけど、夢に見るの」
「僕のそばで寝ていると、楽しい夢をみるのなら、これからはそばで寝ていてもいいよ」
「うれしい。きっといい夢が見られそう。でもやっぱり抱いてはくれないんですね」
「18歳になるまではね」
「私は、大好きな圭さんに抱かれると、悪いことが忘れられるような気がして、抱いて下さいと何度もお願いしていたのです。好きな圭さんなら叔父さんにさせられたことでもなんでもします。圭さんにさせてもらうときっと悪い思い出が忘れられると思います」
「美香ちゃんの気持ちは良く分かった。だけど、今は、そばで寝るだけ、抱きしめるだけにしてほしい」
美香ちゃんを抱きしめた時、このままと一瞬思ったけど、踏み留まった。弱みに付け込むなんて叔父さんと同じではないか。美香ちゃんの今の気持ちは痛いほど分かる。でも、今は自分の気持ちの整理がつかない。お互いに時間が必要なのかもしれない。
それから、美香ちゃんを前と同じに後ろを向かせて、そっと抱きかかえて寝ることにした。美香ちゃんは泣き疲れたのか、すぐに寝入った。何とかしてやりたいが、今は、本当にここまでが精一杯だ。
【3月29日(火)】
学校から、転校について、田園調布にある高校の転入試験の書類が届いた。2人で山崎先生にお礼の電話を入れた。
山崎先生からは、4月4日(月)に願書出願、5日(火)に試験及び合格発表、合格した場合6日(水)正午までに入学手続きを終えることになっているので必要書類を準備することと、事前に高校を訪問し、その時には佐藤先生に連絡するように言われた。佐藤先生とは親交があるので事情を説明しておいたとのことだった。
【3月30日(水)】
翌日、会社から、佐藤先生に電話して、訪問について相談した。佐藤先生は男の先生だった。そして4月1日(金)の午前11時に二人で訪問することになった。会社には午前休暇を申請した。
【4月1日(金)】
池上線御嶽山駅から徒歩6分とかなり近い。10時30分に家を出て二人で向かう。入口で佐藤先生に会いに来た旨を伝えると先生は玄関まで迎えに来てくれた。案内されて応接室へ。やはり女性の副校長の二人との打合せとなった。まずは、名刺交換。
「山田美香と保護者の石原圭です。美香に転校試験を受けさせていただけるとのことありがとうございます。ご挨拶に参りました。よろしくお願いいたします。山崎先生から事情を説明していただいていると思いますが」
「山崎先生から話は聞いています。石原さんはしっかりした方だから、会って話されると良いと言われています。事情は副校長も理解しています。試験の結果から入学が許可されれば、山田さんは3年生になりますが、保護者として、進学についてはどのようにお考えですか」
「本人の希望にもよりますが、希望すればさせてやりたいと思っています」
「山田さんはどうですか?」
「経済的なこともありますので、石原さんと相談して決めたいと思っています」
「山田さんは学業が優れているので、できれば進学させてあげられるとよいのですが」
「保護者と言う立場になりましたので、できるだけのことはする覚悟です」
「それから、お二人の同居については、学校としても承知しておりますが、ほかの生徒への配慮から、内密にしておきますので、お二人からも口外されないようにしてください」
「分かりました」
「あの、学校の制服ですが、まだ、準備ができていないので、前の学校の制服を着ていても良いですか?」
「そうですね。かまいません。それから転校の試験は頑張って下さい」
打合せがすんだので、二人に挨拶して学校を出た。春休み中で校舎内に生徒はいないが、運動場でクラブ活動をしている。
「学校ではクラブ活動をしたらいい」
「私は帰宅部でよいのです。これまでもそうだったから」
「僕の帰りは遅くなるから、クラブ活動は十分できる。今しかできないことがあるからやっておいた方がいい」
「考えてみます」
「それから、ごめん、制服については忘れていた。すぐに新しい制服を注文しよう」
「あと1年だから、今のままでよいと思っています。制服って意外と高いんです。これをクリーニングに出せば十分です」
「でも、周りから変にみられていじめにでもあったら、大変だ。そっちの方が心配だ」
「今の私は、失うものはすべて失って、もう失うものがないから、怖いものなんかないんです。圭さん以外は」
「怖い? 僕はできるだけ君に優しくしているけど」
「圭さんに嫌われて追い出されるのが怖いんです」
「同居させると言ったけど男に二言はない。それに美香ちゃんが家にいると楽しいし、夕食もおいしいし、毎日帰宅するのが楽しみになった。追い出すわけがないだろう」
「嫌われないように頑張ります」
「進学のことだけど、まあ、よく考えてみて、できるだけのことはするから」
「ありがとう。気持ちだけでありがたいです」
駅から二人電車に乗って、美香ちゃんは長原で降りて、スーパーで買い物、僕はそのまま出勤した。
【4月2日(土)】
翌日の土曜日には、学用品などを一緒に買いに行った。通学定期は身分証明書がまだないので取りあえずSuicaを買った。体操着などは前の学校のがあるから良いという。
「必要なものがあったら遠慮しないで。保護者として美香ちゃんに恥ずかし思いや寂しい思いをさせたくない。あとからお小遣いをわたすから必要なものは自分で買って」
「それから美香ちゃんにスマホを買おうと思っているけど」
「今までなくてやってきたので必要ないです」
「学校で友達とLineをしたりしないと仲間外れになるよ」
「私はもう怖いものはありません。仲間に入れてほしいと思いませんし、仲間に外れも気にしませんから」
「一番の理由は僕が美香ちゃんに連絡するために持っていてほしいんだ」
「家に固定電話がないから、急な仕事などで遅くなるときなど連絡できないと困るから。それにいつでも連絡がとれると僕も安心だから」
「それなら買ってください」
買うなら、圭さんとの連絡だけだから、料金が一番安いもので良いと言って聞かないので、格安料金のものを探して契約した。
いらないと言っていたが、内心は嬉しかったと見えて、すぐに僕のスマホに試しに電話して、これで圭さんといつもつながっていられて安心ととても喜んだ。美香ちゃんの喜んで笑っている顔をみるのがいつのまにか楽しみになっている。
【4月4日(月)5日(火)6日(水)】
4月4日(月)に準備しておいた願書を出願、5日(火)に試験を受け合格を確認。6日の午前中の休暇を取って美香ちゃんの転校手続きを完了した。
【4月8日(水)】
今日から美香ちゃんの新しい学校での3年生の新学期の始まり。朝から美香ちゃんが張り切っている。始業式は6日で7日は入学式だったとのこと。今日8日からすぐに授業が始まるとのことだった。
帰宅すると、美香ちゃんが学校の様子を話してくれた。クラスは3年1組で、男女半々で担任は佐藤先生になったとのことで、急に家庭の事情で転校してきたこと、制服はしばらく前の学校のものを着ていることなどを教室の皆に話してくれたとのこと。また、佐藤先生から困ったことがあったら何でも相談するように言われたとのこと。学校関係はこれで一安心。
「担任が佐藤先生でよかった。事情を分かっていてくれるから」
「また学校に行けるとは思っていませんでした。ありがとうございました」
「勉強頑張ってね。進学のことも考えてみて、大丈夫だから」
「明日から、お弁当を作って行きますけど、圭さんのも作っていいですか」
「お弁当か。お願いします。楽しみだ」
「それから、僕が少し前まで使っていたパソコンがあるけど使ってみないか?この前、新しいのに買い替えたところなので、中古だけど最新のWindows10が入っている」
「使ってみたいと思っていたので使わせて下さい。でも使い方が分からないので教えてもらえますか」
「もちろん、教えてあげる。ここのマンションには光ケーブルが入っていて、各部屋には、ネット接続用の端子があるけど、僕はそれをどこで使っても無線でつながるようにしているから便利。ネットの料金は家賃に含まれているから、使い放題で心配しなくてもよい。寝室のプリンターにも無線でつながるから、プリンターも自由に使っていいよ」
「すごいですね。今まで知らなかった」
「じぁや、折角だから、夕食の後に使い方を教えてあげる。僕の書棚に定期購読しているパソコンの雑誌が1年分ある。初心者向けの使い方の記事もあるからそれを読むと勉強になるよ」
パソコンの使い方を教えたが、美香ちゃんは勉強熱心。一度教えると一回で覚える。頭がよい。大事なことはメモを取ってまとめる。分からないところは遠慮なく聞いてくる。こんなだときっと学校の成績も良い方だろうと思った。それから生活費として3万円が入った財布を渡した。
「これは、当面の二人の生活費として使って下さい。食べ物や洗剤などを買ってくれればよい。残りが1万円になったら補充するから、言ってほしい。万一の時のために、最低1万円はいつも財布に入れておくこと」
「慎重なんですね」
「万一の時はお金が一番頼りになる。その時は遠慮なくその1万円を使って。それから、これは当面の美香ちゃんのお小遣い2万円。足りなくなったら遠慮しないで言って」
「こんなに必要ないです」
「とりあえず持っていて、学校で必要になったものを自由に買っていいから。まず、通学定期3か月分を買って下さい。家事をしてもらうのだから、もっとお手当を払わなければいけないけど、もう少し様子を見させてくれる」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
【4月9日(木)】
9日の朝、美香ちゃんは張り切ってお弁当を作ってくれた。お昼に開けたら山本君にまるで愛妻弁当ですねとからかわれたが悪い気がしなかった。おいしかった。毎日こんな弁当が食べられるなんて、美香ちゃんと同居してよかった。
美香ちゃんは、それからしばらくは、帰宅するとスーパーに買い物に出かける以外は、家事の合間にパソコンを練習したとのことで、1週間もするとすっかり使いこなしていた。その集中力には驚いた。
新学期が始まって、美香ちゃんが通学を始めると、二人の生活にもリズムができてきた。朝は、美香ちゃんが5時30分に起床、朝食とお弁当を作る。同時に洗濯を開始。6時になると僕が起床して身支度を整えて、6時30分に二人で朝食を食べる。7時過ぎにお弁当を持って、僕が出勤。その後、美香ちゃんが食事の後片付けと洗濯物を干す。8時前に美香ちゃんが登校して8時30分から授業開始。
美香ちゃんは3時ごろに授業が終わり、帰り道にスーパーで買い物。4時前には帰宅するとのこと。クラブ活動はしない。それから、洗濯物の取り込み、掃除、夕食の準備、予習復習。
僕の帰宅は8時ごろ、帰ると二人で食事。遅い時は食べていてと言っても、一人じゃおいしくないといって、よっぽど遅くならないかぎり待っている。それで、自然と帰宅が早くなる。
食事が終わると後片付けと同時にお風呂の用意。僕が先に入り、その後、美香ちゃんが入る。お風呂から上がると、二人それぞれ適当に時間を過ごして、11時までには就寝。
始めのころは忙しそうに見えたので、手伝おうとしたが、私の仕事だからダメ、邪魔になるから休んでいて下さいといって、何もさせてくれなかった。
しばらくすると、要領が分かったと見えて、余裕をもってできるようになってきた。見ていても安心で、特に疲れている様子もない。
土曜日は原則、授業がなくお休み。それで土日は二人とも起床は7時か8時。朝食後は二人で部屋を整理・掃除して、それぞれ自由時間。二人の都合が合えば、外出・買い物といったところ。
生活にリズムができてくると、美香ちゃんが、夜、寝室へ入ってくることが少なくなった。学校や家事に気がとられて、悪い夢を見ることがなくなったという。入ってこないと何となく寂しいが、それはそれでよいことなのでしょうがない。
ただ、金曜日の夜は、悪い夢を見そうだからとかいって布団に入れてほしいと言ってくる。その時は、入れあげることにしているが、本当にやすらかな顔をして静かに眠っている。自分も何となく幸せな気分になる。
【4月17日(土)】
朝、横で寝ていた美香ちゃんの身体が熱いことに気が付いた。熱があるんじゃないかと、体温を計ったら38℃もある。とりあえず常備してある解熱薬を飲ませる。
そういえば、昨晩布団の中に入ってきたとき、いつもなら話しかけてくるのに、元気がなくて、すぐに眠って静かになった。新学期の疲れが出たのかもしれない。今日は土曜日で明日も休みだから、ゆっくり休ませてやりたい。
2日間は僕が家事するから寝ていなさいというと、いろいろなことがあって疲れが溜まっているのかもしれないので、そうさせてもらうと素直に聞き入れた。叔母さんの家では、体調が悪い時も家事をしなればならなかったので辛かったから、ありがたいと言った。
それから近くの内科へ連れて行って診てもらった。風邪の診断で風邪薬を処方してくれた。幸い2日間の休養で美香ちゃんは元気を取り戻した。土曜日の晩に再び37℃の熱が出て心配したが、日曜の夜には熱が出ることもなく、回復した。
【4月20日(火)】
朝、身体がだるくて熱っぽいので、体温を計ったら39℃の熱があった。急ぎの仕事もなかったので、今日は休暇を貰うことにした。
美香ちゃんにそういうと私が風邪を移したと申し訳なさそうに謝った。今日は学校を休んで看病するというが、大丈夫だからといって学校に行かせた。美香ちゃんはお昼のお弁当を作っておいてくれた。
9時少し前、会社に熱が出て体調が悪いので休ませてもらうと電話を入れた。それから近所の内科へ行って診てもらうと、やはり風邪の診断で風邪薬を処方してくれた。帰ってからひと眠り。
お昼にお弁当を食べて、またひと眠り。やはり、自分も疲れていたのかもしれない。この1カ月は美香ちゃんのことで忙しかったから。
3時過ぎに美香ちゃんが帰ってきたので目が覚めた。美香ちゃんの顔を見て安心してまた眠った。よくこれだけ寝て居られると思うくらい1日中寝ていた。
美香ちゃんのお陰で、昼のお弁当、夕食と、食べに行くことも買いに行く必要もないので安心して寝ていられる。美香ちゃんと同居してよかった。
夜になって、また発熱した。38℃ある。美香ちゃんは明日も休んだ方が良いという。翌朝、37℃の熱があったので、もう1日休むことにした。2日間の休養ですっかり元気を回復した。
【4月30日(土)】
月末に4月の収支をまとめたところ、ほとんど1人のときの生活費と出費は同じくらい。美香ちゃんがお弁当や夕食を作ってくれるので、外食が少なくなり、美香ちゃんが夕食を食べずに待っていると思うと、同僚と飲んで帰ることも少なくなった。
それに美香ちゃんはやりくり上手で、野菜などの食材を無駄なく使う。家事をまかせて安心。それを話すと、圭さんの荷物にならないなら良かったと安心していた。