限られた時間〜愛する気持ちを伝えたい、でも……

琴葉は俺に振られたと思い込んでいる。

確かに霊感は他の人間より感じるんだろう。

しかし、まさか俺とは思っていない。

また、中村の身体を借りるとするか。

霊体が俺だと言うことは伝えられない。

でも、振られたんじゃないと言う事実は伝えたい。

俺は仮の姿の元に戻った。

琴葉が泣いている様子が感じられた。

俺は矢も盾もたまらず霊体で琴葉の元に飛んだ。

琴葉!

泣いていた琴葉は俺を感じたのだろう。

顔を上げて、涙を拭い、辺りを見回した。

「霊体さん?」

琴葉はキョロキョロして、俺がいる方向に視線を向けた。

まるで俺の姿が見えるみたいに、俺を見つめて来た。

「琴葉」

俺は思わず琴葉を抱き上げた。

一瞬びっくりしたようだが、でも確実に俺が、いや、正確に言えば琴葉を助けた霊体がその場に存在する事を確信したようだった。

「ごめんなさい、一人でいると寂しくて、涙が溢れてくるんです、あっ、もう下ろしてもらっていいですか」

俺は琴葉を下ろした。
「ちょっとだけ、気持ちが楽になりました、でも、なんでいつも私の危険を察知して助けてくれたり、落ち込んで泣いてる様子を察知出来るんですか?」

琴葉の様子は全て俺の脳裏に浮かんでくる、自分でも不思議だよ。

俺の声は聞こえない、琴葉は一生懸命答えを感じ取ろうとしてくれていた。

「多分霊体さんは感じるんでしょうね、でもあなたは誰なんですか」

俺は驍だよ。

「驍?」

えっ?俺の声聞こえたの?

「そんなわけないですよね」

だよな、びっくりした。

琴葉とのこんなやりとりが新鮮で、心地良かった。

「霊体さん、私ね、驍って思いたいのかもしれません、だって連絡取れない理由が嫌われて連絡取れないのと、霊体になって連絡取れないのとって考えたら、私以外の女性と何処かで一緒より、霊体でも私を好きでいてくれた方がいいから」

琴葉!
「ごめんなさい、ご迷惑ですよね」

そんな事ないよ、俺は琴葉が俺を、いや、霊体を感じてくれる事に感激してる。

琴葉は俺がいるであろう方向をじっと見つめた。

俺は琴葉の頬を両手で触れてみた。

琴葉が俺を感じてくれたような表情を見せた。

俺はそっと琴葉の唇にキスをしようと試みる、二人の距離が縮まる。

一瞬、琴葉が目を閉じたように思えた。

俺は琴葉にキスをした。

触れている感触が全く感じなかったが、不思議と気持ちが高揚した。

琴葉はゆっくりと目を開いた。

俺はその場を離れた。

これ以上琴葉の側にいることは、俺の理性がもたないからだ。

琴葉は俺の気配が消えた事を感じ取った。

そして、何度も何度も俺の名前を呼んだ、俺に届かない声で……

この時、琴葉が霊体を俺だと思い込んだことなど知る由もなかった。
俺は琴葉に真実を伝えなくてはと焦っていた。

琴葉を嫌いになったんじゃないと……

次の日中村の身体を借りるべく、中村が降り立つ改札付近で待ち構えていた。

中村、悪いな、また、身体を借りるぞ。

俺は中村に入り込んだ。

そして、琴葉の働いているコンビニに向かった。

缶コーヒーを手に取り、レジに並んだ。

「いらっしゃいませ」

琴葉は缶コーヒーと俺いや、中村を交互に見ていた。

一瞬、琴葉と見つめ合った。

周りの音が消え、俺と琴葉の鼓動だけが、ドキッ、ドキッと響いた。

お互いに我に返って、現実に引き戻された。

俺は琴葉と仕事終わりに話をする約束を取り付けた。

よし、中村が仕事終わったら、また身体を借りるか。

そして、中村から離れた。

「あれ、何でコンビニに来てるんだ、そういえばこのコンビニ、海斗の彼女の働いているコンビニだよな、まずい、遅刻だ」

中村は急いで会社に向かった。

中村、悪いな、また後で身体を借りるな。

中村は仕事が終わり、会社から出てきた。

そして、俺は中村の身体に入り込んだ。

琴葉と約束した喫茶店に向かった。
琴葉は先に来て席に座っていた。

「お待たせしました」

琴葉は俺をじっと見つめて「お話しってどんな事でしょうか」と、落ち着いた様子だった。

「海斗と連絡つかない理由ですが、海斗は事故で亡くなりました」

俺は淡々と事の事情を琴葉に伝えた。

琴葉は大きく深呼吸をしてから口を開いた。

「そう言ってくれと頼まれたのですか」

「えっ?」

「私は海斗さんに振られたんですよね」

「違う、ふったんじゃないよ、今でも愛してる」

俺は中村だと言う事をすっかり忘れていた。

琴葉は不思議そうな表情で俺を見つめていた。

しまった、俺は中村だった。

「あ、いや、その、海斗が今でも琴葉さんを愛しているって事」

「もう、結構です、お話はそれだけでしょうか」

えっ?、信じてないのかよ、結構ですって、どう言う事?

「海斗が亡くなった事、信じてくれないのか」

「信じられるわけないじゃないですか、別れる理由に思いついたんじゃないですか」

「そんなわけないだろ、俺がどんなに琴葉を愛していたか、伝わってなかったのかよ」

「あなたは驍なの」

俺は興奮して、またしても自分の言葉として話してしまった。

「いや、違う、その、なんて言うか……」

もう、俺は支離滅裂になってしまった。

「海斗のうちに行けば信じて貰えるから、これから行こう」

俺は琴葉の腕を掴み、喫茶店を出た。
「ちょっと、待ってください、私は行きませんから離して」

「どうしてだよ、俺が琴葉を、じゃなくて、海斗が琴葉さんをふったんじゃないってはっきりするだろ?」

「でも、それって驍が亡くなったって、はっきり現実を突きつけられるって事ですよね」

えっ?そうか、俺は自分のことばかり考えていた。

琴葉がどんな思いでいるか、全く考えなかった。

琴葉は急に泣き出して、俺に訴えた。

「驍にはどこかで生きていて欲しいんです、亡くなったらもう絶対に会えない、でもどこかで生きていてくれてたら、会えるかもしれないじゃないですか、ほんのちょっと夢見ちゃいけませんか」

霊体でもいいから、振られたんじゃないって思いたいと言ったのは、あれは本心じゃなかったんだ。

俺は琴葉の腕を離して、自分の腕から力が抜けていくのを感じた。

琴葉はしばらく泣いていた。

「ごめん、あれは本心じゃなかったんだな、なのに俺は浮かれてた」

「何を言ってるのかわかりません」

「えっ?あっ、だからその、俺、何言ってるんだろうな」

しどろもどろになり、狼狽えてしまった。

「これだけは信じてあげてくれ、海斗は琴葉さんをふったんじゃないよ」

「失礼します」

琴葉は俺にいや、中村に背を向けてこの場を後にした。
俺は中村の身体から離れた。

「僕はどうしてこんなところにいるんだ」

中村は自分の行動を思い出せず困惑していた。

「お客様、これお忘れ物です」

喫茶店の従業員が中村に声をかけた。

「えっ?僕のじゃないですが」

「お連れの女性の方の物だと思います、店に入ってこられた時、身につけていらっしゃいましたから」

「あの、僕は女性とこの店に入ったのですか」

従業員の人は首を傾げて、「はい」と答えた。

中村にしてみれば、見覚えのない事だが、渡されたスカーフを受け取らないわけには行かなかった。

「僕は誰と一緒だったんだ、何で喫茶店に、入ったんだ?」

普通に考えれば、込み入った話があるから、わざわざ喫茶店を利用したんだろうが、中村は全く心当たりがない様子である。

それはそうだろう、喫茶店を利用して込み入った話をしたのは俺だからな。

また明日にでも中村の身体を借りて、琴葉にスカーフを届ける事にした。

俺は何のために霊体でいるんだ。

琴葉に真実を伝える為か。

俺がこの世にいない真実は、琴葉にしてみれば認めたくない真実だ。

琴葉への愛情は、琴葉にしてみれば信じられない真実だ。

それを霊体である俺がどうやって伝えるんだ。

この世にいないことは、あやふやなまま、どこかで生きていると思いたいのだろう。

琴葉への愛情は、急に連絡が取れなくなって俺への不信感が大きくなり、振られたと思いたいんだろう。

まだ俺が琴葉を愛しているのなら、連絡取れないのはおかしい。

連絡取れないイコールこの世にいないと結びついてしまうからだ。

俺は琴葉に愛している事を伝えたい。

それなのに、それが出来ないもどかしさ。

残りの時間で、琴葉を守ることしか出来ないのか。

そんな事を考えていると、琴葉の泣いている姿が脳裏に浮かんできた。

俺はすぐに琴葉に元へ飛んだ。
琴葉は一人で泣いていた。

もし、俺が霊体でなかったら、抱きしめる事が出来るのにと悔やまれる。

俺が琴葉に近づくと、琴葉は俺に気づいて「霊体さん?」と声をかけてくれた。

俺はそっと琴葉を抱き上げた。

琴葉は宙に浮いて俺の存在を確認した。

「私が泣いていたから、慰めに来てくれたんですか?」

そうだよ、放っておけるわけがないだろう。

「ありがとうございます」
えっ?俺の言葉がわかるのか。

「霊体さん、多分、そうだよって言ってくれましたよね」

琴葉はふふっと笑って俺がいるであろう方向へ手を伸ばした。

俺も琴葉の手を掴もうと伸ばしたが、二人の手は交わることはなかった。

「私、ちゃんと霊体さんの手に触れていますか?」

うん、琴葉の手をちゃんと感じてるよ。

次の瞬間、琴葉は予想を遥かに超えた言葉を発した。

「さっき、喫茶店で驍の会社の同僚の方とお話したんですが、あの方の中に霊体さんが入ってたのかなって、思ったんですけど、違いましたか?」

ギクっとして、俺は狼狽えた。
なんて琴葉は感が鋭いんだ。

もう、全てバレバレってことなのか。

俺が困っていると、琴葉は追い討ちをかけるように、次の言葉を放った。

「霊体さんは驍を知っていますか」

「驍は本当に亡くなったの?」

「驍はもう黄泉の国へ行ってしまったの?」

「私は黄泉の国へ行けないの?」

「お願い、教えて、どうしたら驍に会えるの?」

俺は琴葉に質問攻めにあい、どうしたらいいか途方にくれた。

でも、俺が驍だと言うことは勘づいていないみたいだ。

琴葉はうなだれて、すっかり気力が失われた状態だった。

何が真実で、何が嘘なのか、琴葉の願う気持ちが一つに定まらない様子がありありと感じられた。

俺はどうしてあげる事も出来ず途方にくれた。