「ほう」
ソフィアの言葉を聞いて、用心棒は唇の端を吊り上げた。
歪な笑み。
その表情からは、自分が絶対的有利に立っているという自信が見えた。
不可視の斬撃。
今のところ、ソフィアは致命傷を受けていないが、それも時間の問題。
この攻撃を避け続けることはできないし、見切ることなんて、もっと不可能。
いずれ、不可視の斬撃の前に倒れる。
そう信じる用心棒は、改めて攻撃に移る。
「お前の番は永遠に訪れない。ずっと、俺が主導権を握る」
用心棒は自信たっぷりに言い、剣を斜めに振る。
速度もキレも大したことはない。
ソフィアは半身にして斬撃を回避。
直後、頭の中で警報が鳴る。
空気の流れに異常。
左右からなにかが迫る。
素早く視線を走らせるものの、やはり、なにも見えない。
これもまた、用心棒の不可視の斬撃なのだろう。
ただし、
「どうということはありませんね」
手品の種を見抜いた今、なにも問題はない。
体をひねり、右からの不可視の斬撃を回避。
続けて、一歩後ろに下がることで、左からの不可視の斬撃を回避した。
「ば、バカな!? 貴様、今のどうやって……」
必殺の攻撃を完全に見切られたことで、用心棒が動揺した。
その様子がおかしくてたまらないというように、ソフィアが笑う。
「不可視の斬撃の正体は、じっと見つめないとわからないほどの極細のワイヤーですね?」
「くっ……」
「あなたは剣士ではなくて、糸使い。剣の攻撃は全てフェイクで、糸を操ることこそが本命。なかなかに手の込んだ仕掛けでしたが、種が割れてしまえば大したことはありませんね。所詮は、ただの手品です」
「バカを言うな……俺のワイヤーは、種が割れたからといって、簡単に避けられるようなものじゃない! この技術をみにつけるために、どれだけの年月と努力を費やしたことか……!!!」
「それは、おあいにくさまでした。ですが……私は、これでも剣聖を名乗っていますので。これくらいの手品にやられてしまうほど、脆くはありません」
「くっ、ううう……ぐあああああっ!!!」
いつの間にか立場が逆転して、追いつめられていた。
その事実を認めたくないというように、用心棒が獣のように叫ぶ。
そして、やぶれかぶれの突撃。
ワイヤーを巧みに操り、全面攻撃をしかける。
前後左右、上からもワイヤーが迫る、避けることのできない多面攻撃。
用心棒が持つ最大の必殺技だ。
これを使い、仕留めてきた敵は数しれず。
しかし、
「その手品はもう見切りました」
「なぁっ!?」
避けようのない、多面攻撃。
逃げるスペースは欠片もないはず。
それなのに……
魔法でも使ったかのように、ソフィアは全ての攻撃をかすり傷一つ負うことなく避けてみせた。
ありえない、と用心棒が目を剥くが、これは紛れもない現実。
障害をあっさりと乗り越えたソフィアは、用心棒に迫り、剣の腹を痛烈に叩きつける。
ゴキィッ、と骨を数本まとめて砕く感触。
その激痛に耐えられるわけがなく、用心棒は意識を手放した。
「ば、バカな……」
大金を払い、雇った用心棒。
その力は、自身が知る限り最強。
それをあっさりと倒されてしまい、ファルツは愕然とした。
こんなはずじゃなかった。
邪魔者を排除して、ドクトルに対する覚えを良くする。
そして、さらに上へ登り、いずれ、冒険者協会の全てを掌握する。
そんな野望を思い描いていたのだけど……
ガラガラと夢が崩れていく音が聞こえた。
「さて」
ソフィアは剣を抜いたまま、ファルツに向き直る。
「ひぃ」
ファルツは震えた。
猛禽類と相対しているかのような恐怖。
いや。
猛禽類では収まらない。
竜に睨まれているかのような、そんな圧倒的な絶望感。
ソフィアはにっこりと笑う。
ただし、目はまったく笑っていない。
「安心してください、殺しはしません。ただ、フェイトを巻き込み、傷つけようとしたことは許せませ。そしてなによりも……アイシャをひどい目に遭わせようとしたことは許せません。私、あの子のことをもっと知りたいと思っているみたいなので。そんなわけで……聞きたいことや証言してほしいこと、たくさんあるので、殺しはしません。ただ……命以外のものは、色々と諦めてくださいね?」
……その後、屋敷中にファルツの悲鳴が響いたとか。
「よし、一階に出た!」
どこからともなくドクトルの私兵が湧いてきて、なかなか面倒だったのだけど……
なんとか、一階まで戻ることに成功した。
そこで、気がついた。
「この音は……」
この屋敷を中心にして、戦争が繰り広げられていた。
雄叫びや悲鳴。
剣と剣がぶつかる音。
魔法が炸裂する音。
地下にいたから気づかなかったけど、地上はひどい有様だ。
魔物の大群に飲み込まれたかのように、屋敷は荒れ果てている。
それだけの激戦が繰り広げられているのだろう。
「クリフの援軍だよね? よかった、ちゃんと派遣してくれたんだ」
今までの経験のせいか、もしかしたら……と疑うところがなかったわけじゃない。
なので、クリフがきちんと約束を守り、ドクトルの不正を暴くために行動してくれたことをうれしく思う。
できれば、ドクトルも捕まえて貢献したいのだけど……
でも、ごめん。
今はアイシャの安全を優先させてもらうよ。
「アイシャ、しっかり僕に掴まっていてね?」
「ん」
ぎゅっと、小さな手が僕の背中を掴む。
この手を、もう二度と離したりしない。
そう誓い、僕達は、戦場と化した屋敷を駆ける。
廊下をまっすぐに進み、いくらかの角を曲がる。
ほどなくして玄関ホールに出た。
あとは、正面ドアから外に出ればいいのだけど……
「やあ、待っていましたよ」
最後の難関として、ドクトル・ブラスバンドが待ち構えていた。
その手に持つのは、漆黒の剣。
その身にまとうは、漆黒の鎧。
完全武装で僕達の前に立ちはだかる。
「いやはや、やられてしまいましたよ。キミは、これほど大胆な決断はできないと見ていたのですが……やれやれ、私の人を見る目も衰えてしまいましたかな」
「僕が、あなたのような悪人に本気で協力するとでも?」
「私が悪人ならば、キミは協力しなかったでしょう。しかし、私はそこらの盗賊のような悪人ではない」
「……どういう意味?」
一連の悪事には、ドクトルなりの信念がある、ということだろうか?
「私のしてきたことは、確かに悪事でしょう。しかし、私腹を肥やすために悪事をしてきたわけではないのです」
「なら、なんのために?」
「もちろん、人々の幸せを守るために、です」
そう言うドクトルは、本気で言っているかのようだった。
「なんの力を持たない人々が幸せになるには、優れた統治者が導いてやらなければなりません。私には、その統治者たる資格がある! 優れた素質がある! 故に、人々の上に立ち、導いていく義務があるのです」
「……まさか、そのために必要なものを手に入れるために、悪事に手を染めた?」
「その通りです。世の中、綺麗事ばかりではやっていけませんからね。上に登るためには、金が必要なのですよ」
「そんな無茶苦茶な……人を幸せにするために、人を苦しめるなんて……」
なんて矛盾。
しかし、ドクトルは己のしていることになにも疑いを抱いていないようだ。
絶対的に自分が正しいと、信じ込んでいる。
この人は……ダメだ。
価値観が独善すぎる。
魔物と同じで話がまったく通じない。
「今回のことで、けっこうな痛手を受けましたが……しかし、まだ挽回は可能。目障りな動きをするクリフを含めて、反逆者を根絶やしにすればいい。そうすれば、私に逆らう愚か者は消える。おや? そう考えると、これはこれで良い機会なのかもしれませんね」
「……」
「そこで、改めて提案するのですが……今からでも遅くはありません。私の元につきませんか?」
「そんな提案、受け入れるとでも?」
「キミには才能がある。あの剣聖を超えるような、とてつもない才能が。殺してしまうには惜しい」
「……」
「そして、その娘を利用すれば、さらなる力を手に入れることができる」
「アイシャを?」
「強くなりたくありませんか? 誰にも負けることのない、絶対の力を手に入れたくありませんか? ならば、私の手を取るのです。さあ、一緒に……」
「断るよ」
楽しそうにペラペラと喋るドクトルの言葉を遮り、即答した。
片手で剣を構えて、片手でアイシャをしっかりと支える。
「あなたは、なにか勘違いしているみたいだけど……僕が欲しいのは力なんかじゃないよ」
「ふむ? ならば、なにが欲しいのですか? 金ですか? 女ですか? 名声ですか?」
「あなたには絶対にわからないものだよ。だから、あなたの仲間になるなんていうことは、絶対にない」
言い放ち、剣の切っ先をドクトルに向けた。
ドクトルは、無言でそれを見て……
ややあって、ため息をこぼす。
「やれやれ……私に敵対するとは、なんて愚かな。見どころがあると思いましたが、それは力だけ。心は、とことん未熟のようですね」
「これで未熟って言われるのなら、未熟でいいよ。あなたのような、卑怯で汚い大人になんてならない」
「交渉決裂ですね」
ドクトルの顔から笑みが消えた。
「存分に殺し合いをしよう……と言いたいところですが、その前に、その娘は背中から下ろした方がいいのでは?」
「その間に、アイシャをまたさらうつもり?」
「そうしたいところですが、あいにく、私の部下は外の相手で手一杯でしてね。ここにはいませんから、安心してください。ただ単に、巻き込んでしまうと私が困るのですよ」
どうして、ドクトルはアイシャのことを気にかけるのだろう?
純粋に心配している、なんてことは絶対にないだろう。
奴隷として扱われていない。
やけに待遇が良いなど、気になるところはある。
ただ、それらの謎の解明は後回し。
今はドクトルという壁を乗り越えることを考えよう。
「アイシャ、部屋の端に机が見えるよね? あそこに隠れてくれないかな?」
「うぅ……で、でも」
「大丈夫、怖がることはないよ。ちょっとだけ待ってて。そうしたら、僕が外に連れ出してあげるから」
「……うん」
涙目になりながらも、アイシャは僕の背中から降りた。
何度も振り返りつつも、部屋の端にある机の影に隠れる。
ひょっこりと顔を出して、こちらを見る。
すごく心配しているみたいだけど、でも、僕の言いつけを守り、動く様子はない。
これなら、思う存分に戦える。
「さあ、覚悟してもらうよ!」
「……くっ、ははは、あはははははっ!!!」
ドクトルが笑う。嗤う。嘲笑う。
おかしくて仕方ないというかのように、表情を歪ませる。
その顔は……
さながら、悪魔のようだった。
「才能があるとはいえ、まだ雛鳥も同然。そのような小僧が、吠えてくれますね」
ドクトルが剣を構えた。
瞬間、強烈な圧が吹き荒れる。
「愚かにも私に逆らったこと……煉獄にて後悔するがいいっ!!!」
ドクトルが力強く吠えた。
同時に床を蹴り、突撃。
速い!?
視認できないというほどじゃないけど、気を抜けば見失ってしまいそうなほどだ。
ソフィアに稽古をつけてもらっていなかったら、危なかったかもしれない。
「くっ!」
避けることは難しい。
雪水晶の剣を盾代わりにして、ドクトルの攻撃を受け止める。
ギィンッ!!!
耳に残るような高い音が響いた。
それと同時に、手が痺れ、吹き飛ばされる。
なんていう馬鹿力!
なんとか防ぐことに成功したけれど、完全には無理。
吹き飛ばされて、体勢も崩してしまう。
剣を手放さなかったことは不幸中の幸いと見るべきか。
「もう終わりか!」
「そんなことっ!」
即座に追撃に移るドクトルは、再び、超速の突撃を見せた。
ただ、それは二度目。
同じ動きを即座に繰り返すものだから、ある程度、予測することができた。
横へ転がるようにして回避。
続けて絨毯を掴み、おもいきりまくり上げる。
「むぅ!?」
これは予想外だったらしく、絨毯の上に乗っていたドクトルがわずかにバランスを崩す。
その隙に立ち上がり、剣を構え直す。
「ちょっとちょっと、フェイトってば劣勢じゃない。大丈夫?」
今まで様子を見守っていたリコリスが、ようやく我に返った様子で、慌てて問いかけてきた。
「正食、あまり余裕はないかな……」
「あたしも、なにかしましょうか?」
「ううん。それよりも、リコリスはアイシャの近くにいてあげて。心細いだろうし……それに、いざという時はなんとかしてほしい」
「……ホントに大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「……信じたわよ。アイシャのことはあたしに任せて、フェイトは、さっさとアイツを倒しちゃいなさい!」
ふわりと飛んで、リコリスはアイシャのところへ。
そのタイミングで、ドクトルも体勢を立て直した。
「やりますねえ……高い身体能力だけではなくて、とっさの機転もすばらしい。頭の回転も早く、度胸もあり、応用力も高い。ははは、本当に惜しい。ここで殺してしまうのが、とても惜しいですよ」
「あなたの方こそ、そんなに強いなんて驚きだ」
「言っていませんでしたが、これでも、元Sランクの冒険者ですからね。あの剣聖ほどではありませんが、私もそれなりに活躍していたのですよ?」
「だからこそ、最後は自分で戦う……か」
厄介な相手だ。
ソフィアは、僕はSランク相当の実力があると言った。
そして、ドクトルも元Sランク。
実力は同じ……じゃない。
僕は身体能力が優れているだけで、剣の技術、戦闘技術はまだまだ拙い。
対するドクトルは、どちらの技術もかなり鍛えられている。
条件次第では、ソフィアに匹敵するかもしれないほどの強者だ。
身体能力は互角。
技術は相手の方が上。
冷静に状況を分析するのなら、ピンチかもしれない。
それでも。
「今ならまだ、考え直す機会を与えてもいいですが……」
「何度でも言うよ。お断りだね!!!」
今度はこちらから踏み込んだ。
全体重を乗せるようにして、右足を前へ。
そのまま体を傾けるようにして、深く低く駆ける。
傾けた剣を、下から上へ。
半円を描くように振り上げた。
「ほう、これはなかなか」
ドクトルは感心したような声を漏らしつつ、僕の剣を冷静に受け止めてみせた。
そのままカウンターに移ろうとするが、
「させない!」
さらに連続で剣を叩き込む。
技術なんてない、力任せのデタラメな剣技だ。
それでも、威力だけはある。
ドクトルは防御に専念せざるをえなくて、カウンターに移ることができない。
体力はあるから、このまま攻撃を続けることは可能だ。
この勢いで押し切り、勝つとまではいかないものの、ある程度のダメージを与えない。
そんなことを思うのだけど……しかし、思い通りにならないのが現実というものだ。
「……はははっ」
ドクトルが楽しそうに笑い、
「っ!?」
瞬間、ものすごく嫌な予感がして、僕は攻撃を中断して大きく後ろへ跳んだ。
なんだろう、今のは……?
あのまま攻撃をしていたら、なにもわからないままやられてしまうかのような……
そんな死の予感を覚えた。
「キミは、本当に素晴らしい力を持っているのですね。この私を相手に、持ちこたえるだけではなくて優位に立つとは」
「……負けを認めるのなら、おとなしく投降してくれないかな?」
「まさか。いつ私が負けを認めたと? 負けを認めるべきは、キミの方だ。さあ……最後の警告です。私に下りなさい。でなければ……殺す」
「くっ……」
思わず背中が震えてしまうほどの濃厚な殺気が叩きつけられた。
こんな殺気をまとうことができるなんて、コイツ、本当に人間か?
でも、折れてやるわけにはいかない。
僕だけじゃなくて、アイシャの運命がかかっているんだ。
絶対に負けてやるものか。
言葉を返さずに、代わりに剣を構えてみせた。
「やはり、そうなりますか……惜しいですが、仕方ありませんね。味方になるのなら心強いが、敵になるというのなら、キミはとても厄介な人間だ。ここで確実に殺しておくとしよう」
「できるとでも?」
「ええ、できますとも……この魔剣があればね」
ドクトルは冷たく笑い、今までずっと腰に下げていた、もう一本の剣を抜いた。
その刀身は、闇を凝縮させたかのように黒く。
柄に埋め込まれた宝玉は、血のように赤い。
そして、まとうオーラは死の匂いを濃厚に漂わせていた。
「魔剣ティルフィング……その力、その身を持って味わうがいい!!!」
魔剣?
ティルフィング?
そんなもの聞いたことがない。
名前からして、聖剣と似たようなものなのだろうか?
よくわからないけど、警戒するに越したことはない。
僕は剣をしっかりと構え直して、ドクトルの動きを注視する。
注視していたのだけど……
「さあ、死になさい!」
「……え?」
気がつけば、ドクトルが目の前に迫っていた。
速いなんてものじゃない。
時間を止められたかのように、気がつけば目の前にいて……
彼の動きを目で追うことができない。
ゴォッ! と斬撃が迫る。
受け止め……ダメだ!
そんなことをしたら死んでしまう。
「くぅっ!!!」
僕は、咄嗟に予備の剣を抜いて、デタラメに、しかし全力で迎撃する。
予想通りというか、持ちこたえられたのは一瞬だけ。
予備の剣は負荷に耐えることができず、半ばからへし折れた。
ただ、ドクトルの斬撃を一瞬ではあるけれど、遅らせることに成功。
その一瞬で、僕は体を安全地帯に逃がした。
「このっ!」
逃げに回っていたら、ドクトルを倒すことができない。
それ以前に、ヤツの攻撃を止めないと。
このまま一気にたたみかけられれば、そのまま押し切られてしまう。
そう判断して、最後の予備の剣で斬りかかる。
「神王竜剣術・壱之太刀……」
ありったけの力を込めて。
今の自分にできる最大の技を叩き込む。
「破山っ!!!」
殺してしまうかも、ということを考えている余裕はない。
全力で挑まなければ、逆こちらが喰われてしまう。
そんな死の予感があった。
だから、全力を出したのだけど……
ギィンッ!
再び刀身が根本から折れて……
それだけに終わらず、長年雨ざらしにしたかのように、ボロボロと崩れていく。
いったい、なにが!?
理解するよりも先に、ドクトルが動いた。
口元に冷たい笑みを貼りつけつつ、魔剣と呼ぶ漆黒の剣を振る。
一撃目は上体を逸らすことで回避。
続く二撃目は、そのまま体を横に傾けて、倒れるようにして避ける。
しかし、三撃目。
こちらは体勢を完全に崩しているため、これ以上、体を逃がすことはできない。
この剣でもダメだとしたら……!
半ば祈るような思いで、雪水晶の剣を抜いて、ドクトルの魔剣を受け止めた。
まるで巨岩を受け止めたかのよう。
予想以上の圧に押し切られて、潰されてしまいそうだ。
それでも踏みとどまり、全身の力を振り絞り対抗する。
「こっ……のぉおおおおお!!!」
両足でおもいきり地面を蹴る。
さらに上半身を前に倒すようにして、ドクトルの剣を押し返した。
多大な負荷がかかっているはずなのに、雪水晶の剣はなんとか耐えてくれて……
かろうじて、ドクトルの剣を弾き返すことに成功する。
「へぇ、なかなかやりますねえ。まさか、魔剣の力を弾き返すとは」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……その剣は、いったい?」
「ふふっ、おもしろいでしょう? 単に切れ味が鋭いだけではない。持ち主に絶大な力を与えてくれる、最強の剣なのですよ。そう、これこそが魔剣!」
「そんなものが……」
なるほど、と納得する。
ドクトルは元凄腕の冒険者というが、引退してそれなりの時間が経っているはず。
日々、稽古をしていたとしても、これだけ戦えるのはおかしい。
その魔剣が力を与えているのだとしたら、納得だ。
とはいえ、そんなものがあるなんて、聞いたことがないんだけど……
ソフィアが持つ聖剣でさえ、持ち主の能力を強化するなんてことはない。
「惜しむべきは、これでもまだ、本来の力を発揮していないところでしょうか」
「それだけの力がありながら、まだ不完全だって……?」
恐ろしい。
思わず体が震えてしまう。
でも、それだけじゃなくて……
なんとしても、ここでドクトルを止めないと、という気持ちが湧き上がる。
「フェイト、そんなヤツ、さっさとやっつけちゃえー!」
リコリスの声援が飛んできた。
不思議なもので、一人じゃないと思い、まだまだがんばろうという気持ちになる。
「ストレングス!」
体が淡い光に包まれた。
若干、体が軽くなったというか、力が湧いてくるというか……
これはいったい?
「身体能力を強化する魔法をかけたわ! 大幅なパワーアップとはいえないんだけど、でも、ないよりはマシでしょ?」
「うん。ありがとう、リコリス」
これならなんとかなるかもしれない。
雪水晶の剣をしっかりと構える。
「準備は終わりましたか?」
ドクトルは、万全の状態の僕を叩きのめしたいのだろう。
わざわざこちらの体勢が整うのを待っていた。
ニヤニヤとした笑みは、悪意に満ちている。
負けてたまるものか。
こんな男を野放しにしておけないし……
なによりも、アイシャのために。
彼女を自由にするため、今ここで、ドクトルの野望を打ち砕く!
「いくぞっ!」
僕は気合を入れ直して、床を蹴る。
さきほどよりも早く、鋭く踏み込む。
二倍……いや、三倍くらいだろうか?
それくらいの速度でドクトルに迫る。
「はぁっ!!!」
剣を縦に振り下ろす。
自分でも、これはかなりものだ、と思えるくらいの一撃。
しかし、ドクトルには届かない。
体を軽く動かすだけで、絶妙なタイミング、間合いで回避されてしまう。
反撃は……ない。
ドクトルはニヤニヤと笑うだけで、回避に専念していた。
たぶん、バカにしているのだろう。
お前の力なんてたいしたことはない、その剣が届くことはない。
だから、諦めてしまえ。
そんなところだと思う。
でも、絶対に諦めてやるものか。
その余裕、慢心が失敗だって教えてやる。
「ほらほら、どうしたのですか? 私を倒すのでは?」
「倒してみせるよ!」
何度も何度も剣を振る。
縦に。
横に。
斜めに。
真正面に。
ありとあらゆる角度から斬撃……時に、突きや薙ぎを織り交ぜて叩き込む。
剣筋はデタラメなのだけど、手数は相当なものだと思う。
これを防ぐことができる人物は、身近ではソフィアしか思い浮かばない。
それなのに……届かない。
ドクトルは全ての攻撃を防いでみせる。
「ふむ、悪くない」
「くっ」
「ただ、まだまだですね。その身体能力は恐ろしいとさえ思うが、しかし、技術がまるで伴っていない。なればこそ、この私と魔剣の力に届くことはない」
「……それはどうかな?」
「なに?」
確かに、僕の技術は拙い。
ソフィアは身体能力を褒めてくれたけど、剣技については、まだ合格をもらったことがない。
だから、手数で攻めるしかない。
がむしゃらに剣を振るうしかない。
ただ、それだけで勝てるなんて勘違いはしていない。
手数を増やしても足りないことはわかりきっていたことなので、一つ、罠にハメてやることにした。
その罠というのは……
「なっ!?」
ドクトルの驚きの声。
壁面に設置された巨大な灯りが、ドクトルに向けて倒れてきた。
僕は、ただ単にがむしゃらに剣を振っていたわけじゃない。
数撃に一度の割合で、こっそりと壁面に設置された灯りを支える台を傷つけていた。
そして、ドクトルをそちらへ誘導。
タイミングを見計らい、台を破壊して奇襲へ導いた……というわけだ。
「この!」
無論、こんなことで倒せるなんて思っていない。
ドクトルは魔剣を振り、自分の体ほどもある巨大な灯りを粉々に砕いてみせた。
なんていう威力。
なんていう技量。
素直に恐ろしいと思う。
ただ……今は隙だらけだ!
「神王竜剣術・壱之太刀……破山っ!!!」
今の僕が持つ、最大最強の技を叩き込む。
ゴガァッ!!!
強烈な破壊音。
衝撃波が撒き散らされて、土煙が舞う。
これならば……と思うのだけど、すぐにその考えを捨てた。
ドクトルは、元凄腕冒険者。
おまけに、魔剣という得体のしれない力を手に入れている。
これで終わってくれるような簡単な相手じゃないだろう。
僕は後ろへ跳んで距離を取る。
剣を構えて、いつでも動けるように、ドクトルがいた場所を睨みつける。
「……」
ほどなくして土煙が晴れて……
無傷のドクトルが姿を見せた。
「うそぉ……」
あれで終わりとは思っていなかったけど、それでも、多少のダメージは与えたはずと思っていた。
思っていたんだけど……
まさか、まったくの無傷だなんて。
これは……やばい。
ゾクリと背中が震える。
「……やってくれましたね」
ドクトルの声には怒りが満ちていた。
ダメージこそないものの、僕にしてやられたことで、プライドがひどく傷ついたらしい。
こちらを睨みつけてくる。
その瞳は殺気が乗せられていて、気の弱い人ならそれだけで失神してしまいそうだ。
「今のは危ないところでした。魔剣の力がなければ、私はキミにやられていたでしょう」
「……できれば、そのままやられてほしかったんだけど」
「それはできない相談ですねえ。しかし……惜しい、実に惜しい」
ドクトルの怒気がさらに強くなる。
「キミならば、私の片腕となれたかもしれないのに……そんなキミを殺さないといけないなんて」
「くっ……!」
「この私に、一瞬でも恐怖を与えた罪は重いっ!!!」
僕は勘違いしていた。
ドクトルは……まだ本気を出していなかった。
犬や猫を相手にするように、遊んでいただけだった。
ドクトルの姿が消える。
あまりの速さで、僕では視認することができない。
なにもできないまま、なにもわからないまま、僕はドクトルの凶刃を受けて……
ギィンッ!
「大丈夫ですか!?」
死角外からの攻撃を、咄嗟に割り込んできたソフィアが受け止めた。
「ソフィア!」
いつの間にかソフィアの姿が。
いつ、どのタイミングで乱入してきたのか、まったくわからない。
ただ一つ言えることは、彼女のおかげで命拾いしたということだ。
「ありがとう、助かったよ」
「いいえ。これくらい、なんてことはありません。それよりも……」
ソフィアは剣を構えて、ドクトルを睨みつける。
「アイシャをひどい目に遭わせるだけではなくて、フェイトまで手にかけようとするなんて……許せませんね」
ソフィアが駆けた。
風よりも……いや、音よりも速い。
その姿は幻のように消えて……
次の瞬間、ドクトルの真横に移動していた。
そして、剣聖による全力の一撃。
しかし、敵もやる。
ドクトルは魔剣を盾にして、ソフィアの一撃を受け止めた。
やや反応が遅れていたが、それでも、直撃は避けられた。
ゴ……ガァアアアッ!!!
轟音と共にドクトルが吹き飛び、奥の壁に激突。
クモの巣のように壁にヒビが入る。
「すご……」
後ろでリコリスが小さくつぶやくのが聞こえた。
ソフィアは、ちょっと自慢そうに胸を張る。
「もう大丈夫ですよ。あのような不届き者は、私が退治して……」
「いや……ソフィア、ダメだよ。まだ終わっていない」
「え?」
ドクトルは体を起こして、軽く頭を横に振る。
そして、小さな吐息。
「さすが剣聖ですね。今の一撃、なかなかに堪えましたよ」
「私の攻撃に耐えた……?」
「ソフィア、気をつけて。ドクトルは凄腕の冒険者っていうだけじゃなくて、魔剣っていう、恐ろしい力を手に入れている。その正体はよくわからないけど……ソフィアが持つ聖剣に匹敵する力がある、って言っていたよ」
「……なるほど。魔剣というのは初耳ですが、厄介な相手というのは理解しました」
そう言うと、ソフィアは剣を収める。
代わりに、聖剣エクスカリバーを抜いた。
それは、剣聖ソフィア・アスカルトが本当の意味で本気を出すということ。
「フェイトは……」
「もちろん、僕も一緒に戦うよ」
ソフィアの隣に並び、改めて雪水晶の剣を構える。
「ですが……」
「足手まといにならないように気をつけるから」
「……」
「一緒に戦おう?」
「……はい、わかりました。私の方こそ、お願いします」
「うん」
僕は弱いかもしれない。
ソフィアに比べたら、その力は取るに足らないのかもしれない。
でも。
一緒にいることで、サポートはできるはずだ。
それは、現実的な力の問題だけじゃなくて……
精神的な、心の問題のサポート。
思い上がりでもなんでもない。
あえて断言する。
僕と一緒に戦うことで、ソフィアは、さらにパフォーマンスを上昇させることができるはずだ。
それが、僕とソフィアの絆だ。
「二人でいきましょう」
「うん」
ソフィアと一緒に床を蹴る。
僕は右から
ソフィアは左から。
ドクトルを挟み込むようにして、突撃した。
「ふんっ、甘いですねぇ! 甘い甘い甘い!!!」
ドクトルは魔剣を真横に構えて、僕とソフィアの同時攻撃を受け止めてみせた。
僕はともかく、本気のソフィアの攻撃を受け止めるなんて……
これは、思っていた以上の強敵かもしれない。
厄介な相手という認識はあったけれど、まだまだ足りず……
もっと上方修正した方がよさそうだ。
一度、ソフィアと揃って距離をとる。
「ソフィア。ドクトルは、自分より上と考えた方がいいかもしれない」
「それほどの相手なのですか?」
「少なくとも、僕よりは圧倒的に上。あの魔剣がものすごく厄介で、とんでもない力をドクトルに与えているんだ」
「……わかりました。手加減抜き、本気でいきます」
「うん、がんばろう」
作戦会議といえば、それくらい。
細かい打ち合わせをしても、ドクトルほどの強者だとあまり意味がない。
予想外の攻撃が飛んでくるだろうし、とっておきの切り札を隠しているはず。
臨機応変に対応するしかないのだ。
「はぁあああ!!!」
最初にソフィアが斬りかかる。
剣聖の力を乗せて、さらに、聖剣エクスカリバーの痛烈な一撃だ。
さすがに、これを避ける術はない。
ドクトルは魔剣を横に構えて、ソフィアの攻撃を受け止めた。
そのタイミングで僕はドクトルの横に回り込み、脚を斬りつける。
ガッ!
手が軽く痺れる。
剣は鎧に弾かれてしまうが……
それでも、ある程度の傷をつけることができた。
致命傷でもないし深手でもない。
軽傷。
それでも、小さな痛みが動きを阻害することもある。
「フェイト、一緒に!」
「うん!」
ソフィアがドクトルを吹き飛ばす。
ソフィアは駆けて、追撃をしかける。
僕もそれに合わせる。
「神王竜剣術……」
「壱之太刀……」
同時に剣を繰り出す。
「「破山っ!!!」」
この技は、さきほどは通用しなかったのだけど……
でも、今回は違う。
ソフィアがいる。
それに、完璧なタイミングで攻撃を重ねてみせた。
威力は数倍に引き上げられているはず。
これでダメとなると、正食、お手上げだ。
「……やってくれましたね」
ドクトルは左肩の辺りを血に染めて、少し体をふらつかせていた。
よし。
決定的なダメージじゃないけど、それでも、絶対無敵と思われていた防御を突破することができた。
これは、かなりの希望だと思う。
「この私に、これだけの屈辱を与えるなんて……! 絶対に許せませんねえ。まずはその手足を切り落として、それから、泣いて殺してくださいと懇願するまで……」
「うるさいですよ」
戯言を聞く必要はない。
そう告げるかのように、ドクトルがあれこれと喋る中、ソフィアが動いた。
その動きは超速。
目に止まらぬ速さで、縦横無尽に戦場を駆ける。
「くっ、ちょこまかと……!」
ソフィアは自由自在に駆け抜けて、前後左右と、ありとあらゆる角度からドクトルを斬りつける。
僕もタイミングを見計らい、彼女の援護に回る。
未だ、ドクトルに決定的な一撃を与えることはできていない。
それでも、戦況は僕達に傾いてきた。
この場を支配しているのは、僕でもドクトルでもない。
ソフィアだ。
さすが、剣聖。
さすが、世界で一番信頼している幼馴染。
彼女がいれば、なんでもできるような気がした。
「フェイト、このまま一気に押し込みますよ!」
「了解!」
僕達は勢いづくが……
「このっ……舐めるなクソガキ共がぁあああああああっ!!!!!」
ドクトルは目を血走らせながら、喉を震わせるようにして叫んだ。
その雄叫びに呼応するように、魔剣に異変が生じる。
刀身から黒い霧のようなものがあふれ出した。
それは己の意思を持つかのように、ドクトルの体にまとわりついていく。
まるで、主を守護する獣のようだ。
「これは……!?」
「フェイト、気をつけてください……すごく嫌な予感がします」
「うん、了解」
僕でもわかる。
ドクトルから放たれる圧が数倍に増して……
それだけじゃなくて、彼がまとう気配は人のものではなくて、もはや魔物のそれに近い。
殺気を何倍にも凝縮したかのような、ひたすらに黒い感情。
そして、鋭く鋭く寒気がするほどの闘気。
「コロスッ!!!」
魔剣の影響なのか、ドクトルは瞳を赤く輝かせながら突撃してきた。
その速度はかなりのものだけど、ソフィアに比べると遅い。
幸い、僕でも対応できるレベルだ。
ただ……
「くっ!?」
背中がゾクリと震えた。
死の予感。
僕はドクトルの魔剣を受け止めず、大きく距離をとって回避する。
ドクトルは魔剣を振り抜いた。
刃はなにもない空間を断つのだけど……
近くにあった石の柱が両断された。
まるでバターを切るかのように、あっさりと、なにも抵抗なく両断される。
「威力が上がっている!?」
「フェイト、絶対に受け止めないでください! その雪水晶の剣でも……いえ。私の聖剣でも、今のドクトルの魔剣を受け止められるかどうか」
刃を交わしたら最後。
そのまま、刃ごと斬られてしまうだろう。
なんて厄介な。
防御をすることができず、ひたすら回避に徹するしかないなんて。
いや……それだけじゃない!?
「オオオオオォッ!!!」
ドクトルの雄叫びに呼応するかのように、黒い霧が嵐のようにうごめいた。
黒い霧は、刃と同じ性質を持つのだろうか?
荒れ狂う黒い霧に触れた床や壁が、ガリガリと削られていく。
近づけば、防御不可能の魔剣。
距離をとれば、黒い霧で削られる。
なんてヤツだ。
こんなことができるなんて、完全に人間を辞めている。
これが魔剣の力なのか。
「くうっ……!?」
ソフィアは、ドクトルといくらかやりあい、戻ってきた。
魔剣は真正面から受け止めず、刃を横にして、滑らせるようにして軌道を逸らす。
そうすることで直撃を全て避けていたものの、しかし、その分動作が大きくなり、隙も多発してしまう。
いくらかカウンターは叩き込んだみたいだけど、それ以上は難しい様子で、ソフィアは一度退いていた。
「これは、本当に厄介ですね……」
そう言うソフィアの言葉からは、焦りが感じられた。
彼女が焦っているところなんて初めて見る。
「……フェイト」
「なに?」
「いざという時は私が盾になるので、アイシャとリコリスを連れて逃げてください」
「それは断るよ」
即答すると、ソフィアが怒るように言う。
「ドクトル……というよりは、あの魔剣は想像以上の怪物です。私でも、うまく対処できるかどうか……ですから、いざという時は」
「だから、それはダメ」
「どうして!?」
「僕は、もう二度とソフィアと離れたくないよ」
「そ、それは……」
「それに、諦めるなんてソフィアらしくないと思うな」
「ですが、相手は……」
「確かに、剣聖であるソフィアでも対処できないかもしれない。でも、二人ならなんとかなる」
「あ……」
「僕とソフィアが一緒になれば、できないことはないと思うんだ。それは、思い上がりとかじゃなくて……真実。僕は、そう思っているよ。大丈夫。僕とソフィアが力を合わせれば、倒せない敵はいない」
「……はい、そうですね。その通りですね。私としたことが、未知の敵を相手にしたことで弱気になっていたみたいです……ありがとうございます、フェイト」
「ううん、どういたしまして」
「では……
改めて、ソフィアが聖剣を構える。
僕も雪水晶の剣を構えた。
「二人で一緒に……」
「戦おう!」
ドクトル・ブラスバンドは己の勝利を疑っていなかった。
相手は、駆け出しの冒険者と剣聖。
フェイトの能力は驚くものがあるが、しかし、敵ではない。
むしろ、脅威は剣聖。
その力、その聖剣……一対一でやりあっていたら、もしかしたら条件次第では負けていたかもしれない。
それだけの力を持つ。
しかし、自分は魔剣を持つ。
聖剣と対なす存在。
特定の条件下において、聖剣以上の力を発揮する。
魔剣があれば、どのような相手でも負けることはない。
例え、剣聖を上回る存在……剣神であろうと。
そう思っていた。
そうでなければならないはずなのに……
「くっ……!?」
ソフィアが先行する形で、まずはドクトルと切り結ぶ。
何度も何度も斬撃を交わして……
時折、フェイトが援護の斬撃を放つ。
まるで、二人の意思が一つに統一されているかのような。
それほどまでに絶妙なタイミングだ。
念話を交わす魔道具でも所持しているのか?
ドクトルは、ついついそんなことを考えてしまうが、すぐに自分で否定した。
そのような貴重品を所持しているなんて情報、得ていない。
仮に所持していたとしても、このような激戦の中でいちいち念話を交わして、攻撃のタイミングを打ち合わせするなんてことは不可能だ。
そんなことをしても動きがうまく噛み合うことはないし、絶対にズレが生じる。
だとしたら……
二人は念話でやりとりすることなく。
事前に打ち合わせをすることもなく。
まったくのぶっつけ本番で、これだけの連携を見せているということになる。
フェイトとソフィアの絆の力と言うべきか。
予想外の力に、ドクトルは少しずつ少しずつ追いつめられていくが……
彼を本気で驚かせるのは、これからだった。
「はぁ!!!」
フェイトの斬撃を受け止めつつ、ドクトルは「なんだ?」と怪訝に思う。
フェイトの攻撃の回数が増えていた。
今までは、ソフィアが十回斬撃を繰り出す合間に、一度の攻撃だったのだけど……
それが二度、三度……と、時間が経つにつれて攻撃頻度が増している。
最初はソフィアがフェイトのために、攻撃の機会を譲っているのだと思っていた。
しかし、よくよく考えてみれば、そんなバカなことをするわけがない。
稽古ならいざしらず、今は真剣勝負。
殺し合いなのだ。
そんなことをする余裕があるとは思えないし、そこまでのバカでもないだろう。
ならば、なぜ?
ドクトルは二人と剣を交わしつつ、考えて……
そして、恐ろしい事実に思い至る。
(まさか……成長しているのか!?)
フェイトは戦いの中で成長している。
ただの成長ではない。
ソフィアやドクトルに迫るような勢いで、急速な勢いの成長。
(ばかなっ、ありえない!?)
戦いの中で成長するという話は聞いたことがある。
しかし、フェイトのそれは異常だ。
この短時間で、自分に迫るほどの力を身につけるなんて……
それを才能と評するのならば、とんでもないものになる。
数万人に一人の逸材。
いや。
数十、数百……
数千万人に一人の割合の逸材だろう。
世界で一人だけではないだろうか?
(くっ、私としたことが見誤るとは……!)
真に警戒するべきは、剣聖のソフィアではない。
驚くべき速度で成長するフェイトだったのだ。
そんなドクトルの考えを裏付けるかのように、フェイトは、ソフィアと同じ頻度で攻撃を繰り出していた。
最初は、合間を見て攻撃するしかなかったのに……
同じ頻度で攻撃するだけの力を身につけている。
先に殺すべきはフェイトだったのだ。
(まずいまずいまずいっ……!!!)
ドクトルは内心で焦る。
ソフィア一人なら、どうにかする自信があった。
そこに未熟なフェイトが加わったとしても、なんとかできる自信があった。
しかし、だ。
フェイトが急成長するという事態は、まるで想定していない。
完全な誤算だ。
二人の猛攻に耐えられなくなり、ドクトルは次第に押され始めた。
敵の剣撃が重い。
特に、フェイトの剣が重い。
一撃一撃を交わす度に手が軽く痺れてしまうほどだ。
(このようなガキ共に、この私が……そんなこと認めん、認められるかっ!!!)
ドクトルは心の中で吠えた。
そして、全力のさらに全力……
限界を超えた力を引き出して、二人を迎え撃つ。
……それが失敗だった。
フェイトは相手の力を吸収するかのように、強敵を相手にすればするほど成長する。
ならば、ドクトルが全力を超えた全力を出せばどうなるか?
もちろん、その分成長する。
そして……
「バカなっ……バカなバカなバカなバカなぁあああああっ!!!?」
ドクトルが狂ったように叫び、魔剣をでたらめに振るう。
音を超えるような速度。
しかも、一撃でも喰らえば即死という威力。
かなりの脅威ではあるのだけど……
不思議と、僕は負けるイメージが思い浮かばない。
それはやはり、ソフィアと一緒だからだろうか?
「フェイト!」
ソフィアが僕の前に聖剣を割り込ませて、ドクトルの攻撃を防いでくれる。
かと思えば、
「ソフィア!」
僕がソフィアの肩を軽く押して、ドクトルの攻撃範囲から逃がす。
互いが互いのことをフォローする。
その上で攻撃のタイミングを重ねて、連撃を叩き込み、押し込んでいく。
一人でドクトルと対峙した時は、なんていう強敵だと、恐怖した。
もしかしたら負けるかもしれないと、諦めかけた。
でも、今は違う。
ソフィアがいれば、なんでもできるような気がした。
彼女と一緒なら、どこまでも手が届く。
ドクトルでさえ敵じゃない。
さあ……彼女と一緒にいこう!
「いいわよ、その調子よ! 二人共、やっちゃいなさい……ストレングス、その2!」
リコリスの声援と共に、再び身体能力強化魔法がかけられた。
再び体が軽くなる。
それは、ソフィアも同じ。
僕達は攻撃の手をさらに加速させて、ドクトルを追い込んでいく。
「ぐっ、うぅ……おおおおおぉっ!!!」
ドクトルも負けじと魔剣を振る。
さらに黒い霧を展開させて、多面攻撃をしかけてきた。
でも、それはもう何度も見た。
剣聖であるソフィアに、そんなずさんな攻撃、何度も通じるわけがないし……
その弟子のような立場である僕も、そんな攻撃にいつまでも引っかからない。
魔剣は受け止めて、黒い霧は避けて……
そして、カウンターを叩き込む。
ドクトルがぐらりとよろめいた。
その隙を逃すことなく、追撃を叩き込む。
ソフィアもまた、強烈な一撃を叩き込む。
なんていうか……
不思議な感覚だ。
言葉を交わしていないし、目も合わせていない。
それなのに、ソフィアが次になにをするか、なにを考えているか、手に取るようにわかる。
僕は、それに合わせて剣を振り……
そして、的確に攻撃が決まる。
幼馴染だからこそなせる技だろう。
僕はニヤリと笑う。
ソフィアもニヤリと笑う。
共に確信していた。
この戦い……僕達の勝ちだ。
「この私が、こんな、こんなところでぇえええええっ、ふざけるな、ふざけるなぁあああああっ!!!」
絶叫のような怒声と共に、ドクトルは魔剣を高く掲げた。
今までにない黒い霧があふれだして……
そして、それらが再び魔剣に戻る。
いや。
吸収しているのだろうか?
黒い霧が収束されて、魔剣が巨大化する。
数倍のサイズになり……
そして、それを一気に叩き落とす!
「フェイト!」
「了解!」
対する僕達は慌てることなく、冷静に行動した。
あれだけの攻撃を防ぐことは難しい。
かといって、回避したらリコリスとアイシャが巻き込まれてしまう。
ならば……力を合わせて迎撃するのみ!
「神王竜剣術……」
「壱之太刀……」
「「破山っ!!!」」
再びの合体攻撃。
しかし、今度はリコリスの魔法がかけられている状態なので、威力は桁違いだ。
二つの斬撃が、巨大な漆黒を打ち砕く!
さらに、
「そこからの……」
「もう一撃!」
「「神王竜剣術・壱之太刀、破山っ!!!!!」」
連撃。
タイミングは完璧。
そして、剣を失ったドクトルに防ぐ術はない。
「このようなことでぇえええええっ!!!!!」
ドクトルは諦めることなく、なおも悪あがきを続けようとするが、
「いいや、終わりだよ!」
「私とフェイトの大事なものに手を出した報いを受けてもらいます!」
ソフィアと一緒に剣を押し込んだ。
必死に防ごうとしていたドクトルだけど、完全に詰んでいた。
どうすることもできず、僕とソフィアの合体攻撃をまともに受けて……
その身にまとう鎧を粉々にしつつ吹き飛び、壁に叩きつけられた。
ビシリ! と、壁に蜘蛛の巣状のヒビが広がる。
「がっ!!!?」
肺の空気、全部を吐き出すかのような悲鳴。
ドクトルは白目を剥いて……
そのまま、ガクリと全身の力をなくし、床に倒れた。
「……」
もしかしたら、こちらを油断させるための演技かもしれない。
そう思い、剣を構えたまま様子を見るのだけど……
「大丈夫……かな?」
「はい、そうですね」
ソフィアが剣を収めるのを見て、僕も雪水晶の剣を鞘に収めた。
小さな吐息を一つこぼして、
「やったね、ソフィア」
「はい、私達の勝利です!」
ソフィアと笑顔でハイタッチを交わした。