魔剣?
 ティルフィング?

 そんなもの聞いたことがない。
 名前からして、聖剣と似たようなものなのだろうか?

 よくわからないけど、警戒するに越したことはない。
 僕は剣をしっかりと構え直して、ドクトルの動きを注視する。

 注視していたのだけど……

「さあ、死になさい!」
「……え?」

 気がつけば、ドクトルが目の前に迫っていた。

 速いなんてものじゃない。
 時間を止められたかのように、気がつけば目の前にいて……
 彼の動きを目で追うことができない。

 ゴォッ! と斬撃が迫る。

 受け止め……ダメだ!
 そんなことをしたら死んでしまう。

「くぅっ!!!」

 僕は、咄嗟に予備の剣を抜いて、デタラメに、しかし全力で迎撃する。

 予想通りというか、持ちこたえられたのは一瞬だけ。
 予備の剣は負荷に耐えることができず、半ばからへし折れた。

 ただ、ドクトルの斬撃を一瞬ではあるけれど、遅らせることに成功。
 その一瞬で、僕は体を安全地帯に逃がした。

「このっ!」

 逃げに回っていたら、ドクトルを倒すことができない。
 それ以前に、ヤツの攻撃を止めないと。
 このまま一気にたたみかけられれば、そのまま押し切られてしまう。

 そう判断して、最後の予備の剣で斬りかかる。

「神王竜剣術・壱之太刀……」

 ありったけの力を込めて。
 今の自分にできる最大の技を叩き込む。

「破山っ!!!」

 殺してしまうかも、ということを考えている余裕はない。
 全力で挑まなければ、逆こちらが喰われてしまう。

 そんな死の予感があった。

 だから、全力を出したのだけど……

 ギィンッ!

 再び刀身が根本から折れて……
 それだけに終わらず、長年雨ざらしにしたかのように、ボロボロと崩れていく。

 いったい、なにが!?

 理解するよりも先に、ドクトルが動いた。
 口元に冷たい笑みを貼りつけつつ、魔剣と呼ぶ漆黒の剣を振る。

 一撃目は上体を逸らすことで回避。
 続く二撃目は、そのまま体を横に傾けて、倒れるようにして避ける。

 しかし、三撃目。
 こちらは体勢を完全に崩しているため、これ以上、体を逃がすことはできない。

 この剣でもダメだとしたら……!

 半ば祈るような思いで、雪水晶の剣を抜いて、ドクトルの魔剣を受け止めた。

 まるで巨岩を受け止めたかのよう。
 予想以上の圧に押し切られて、潰されてしまいそうだ。
 それでも踏みとどまり、全身の力を振り絞り対抗する。

「こっ……のぉおおおおお!!!」

 両足でおもいきり地面を蹴る。
 さらに上半身を前に倒すようにして、ドクトルの剣を押し返した。

 多大な負荷がかかっているはずなのに、雪水晶の剣はなんとか耐えてくれて……
 かろうじて、ドクトルの剣を弾き返すことに成功する。

「へぇ、なかなかやりますねえ。まさか、魔剣の力を弾き返すとは」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……その剣は、いったい?」
「ふふっ、おもしろいでしょう? 単に切れ味が鋭いだけではない。持ち主に絶大な力を与えてくれる、最強の剣なのですよ。そう、これこそが魔剣!」
「そんなものが……」

 なるほど、と納得する。
 ドクトルは元凄腕の冒険者というが、引退してそれなりの時間が経っているはず。
 日々、稽古をしていたとしても、これだけ戦えるのはおかしい。

 その魔剣が力を与えているのだとしたら、納得だ。

 とはいえ、そんなものがあるなんて、聞いたことがないんだけど……
 ソフィアが持つ聖剣でさえ、持ち主の能力を強化するなんてことはない。

「惜しむべきは、これでもまだ、本来の力を発揮していないところでしょうか」
「それだけの力がありながら、まだ不完全だって……?」

 恐ろしい。
 思わず体が震えてしまう。

 でも、それだけじゃなくて……
 なんとしても、ここでドクトルを止めないと、という気持ちが湧き上がる。

「フェイト、そんなヤツ、さっさとやっつけちゃえー!」

 リコリスの声援が飛んできた。
 不思議なもので、一人じゃないと思い、まだまだがんばろうという気持ちになる。

「ストレングス!」

 体が淡い光に包まれた。
 若干、体が軽くなったというか、力が湧いてくるというか……
 これはいったい?

「身体能力を強化する魔法をかけたわ! 大幅なパワーアップとはいえないんだけど、でも、ないよりはマシでしょ?」
「うん。ありがとう、リコリス」

 これならなんとかなるかもしれない。
 雪水晶の剣をしっかりと構える。

「準備は終わりましたか?」

 ドクトルは、万全の状態の僕を叩きのめしたいのだろう。
 わざわざこちらの体勢が整うのを待っていた。

 ニヤニヤとした笑みは、悪意に満ちている。

 負けてたまるものか。
 こんな男を野放しにしておけないし……
 なによりも、アイシャのために。

 彼女を自由にするため、今ここで、ドクトルの野望を打ち砕く!

「いくぞっ!」

 僕は気合を入れ直して、床を蹴る。