将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「それにしても、こんなところにケルベロスがいるなんて……しかも、何匹も。どうなっているんだろう?」
「偶然なわけがありませんね。まあ、自然発生することは絶対にない、とは言い切れませんが……そうだとしても、盗賊が無事な理由がありません。おそらく、モンスターテイマーがいるのでしょう」
「なによ、それ? 魔物をゲットするの?」

 なんか、リコリスの知識は偏っていないだろうか?
 ゲットとか、どういうこと?

「名前の通り、魔物を操る人のことだよ」
「へー、魔物を? そんなことできるの?」
「一部の人だけで、才能がないとダメだけどね。モンスターテイマーの家系に産まれるとか、幼い頃から師事するとか……それくらいの努力は必要で、難しい職業なんだ。ただ、魔物を操ることができるから、かなり強力だよ」
「ってことは……」

 リコリスは考える仕草をして、そのまま固まること数十秒。
 ややあって、ピコーンと閃いた様子で、目を輝かせて言う。

「敵にモンスターテイマーがいる、っていうことね!?」
「え……あ、うん。そうだと思う」
「ふふんっ、やっぱり? やっぱりそう思うわよね? あたしの推理力、めっちゃ恐ろしいわー。こんなにも早く、真実に辿り着いちゃうなんて、すごすぎるわー。自分で自分が怖いわ」
「……」

 あ、ソフィアがイラッとした顔に。

 それに気づいた様子もなく、リコリスはドヤ顔で続ける。

「そのモンスターテイマーとやら、大したことはないわね」
「え、なんで?」
「ふっふっふ……この超絶天才美少女リコリスちゃんに、とっておきの秘策があるわ!」
「そうなの? どんな?」
「あたしのような妖精は、色々と魔法が使えるのよ。ほら。この前、ダンジョンでフェイトの傷を癒やしたでしょう?」
「うん、そうだね。あの時はありがとう」
「とんでもなく強力な魔法は使えないけど、あんな感じで、ちょっとした魔法はたくさん習得しているの。その中に、テイマーの天敵と呼べる魔法があるわ」
「それはどんな?」
「『ディスペル』っていうヤツよ。対象にかけられている魔法を解除することができるの。今聞いた感じだと、モンスターテイマーって、魔力を使って魔物を使役しているんでしょ? なら、あたしの魔法で契約を解除して、元に戻すことができるわ。まあ、魔物だから味方になることはないだろうけど、それでも、盗賊に牙を剥くかもしれないし、いい感じになると思うんだけど」
「なるほど」

 そんな魔法があるのなら、確かに便利だ。
 リコリスが言うように、契約解除された魔物が暴れ回る可能性はあるけれど……

 でも、敵の味方が減るのはうれしい。
 敵も、突然コントロールが効かなくなって混乱するだろう。

「それ、本当に大丈夫ですか?」

 ソフィアが疑わしそうな視線をリコリスに向ける。

「なによ、あたしの力を疑うつもり? あたしは天下無敵の美少女超絶かわいい妖精よ」
「ですが、実際に契約解除を試したわけではないのでしょう? うまくいくかどうか、確実なことは言えないと思うのですが」
「大丈夫よ」
「その根拠は?」
「だって、あたしだもの!」

 ふふん、と胸を張るリコリス。
 対するソフィアは、コレはダメだ、というような顔をしていた。

「えっと……でも、効いても効かなくても、どっちでもいいんじゃないか?」
「フェイト、それはどういうことですか?」
「効いたら、僕らにとってうれしい展開だよね? 効かなかったとしても、僕らのやることは変わらない。敵が多いのは誤算だけど……でも、僕とソフィアならなんとかなると思うんだ」
「……そうですね。はい、私とフェイトなら、できないことなんてありません!」

 ソフィアは、どこか感動したような感じで僕の手を握る。
 柔らかくて温かい。

 そんな彼女の手を、僕も握り返して……

「あんたら、いつでもどこでもイチャイチャしてないと気が済まないの……?」

 ジト目のリコリスに、そんなことを言われてしまうのだった。



――――――――――



「ディスペル!」

 リコリスの魔法が発動した。
 光の波が洞窟内を駆け抜けて、番人として配置されていたキメラを飲み込む。

 無機質だったキメラの瞳の色が変わり……
 己の意思を取り戻す。

「ガァッ!!!」
「な、なんだ!?」
「コイツ、急に味方を……ぎゃあああああ!?」

 操られていた恨みを晴らすかのように、キメラは盗賊達に襲いかかった。
 悲鳴が上がり、盗賊達が次々とキメラの豪腕の前に倒れていく。

「神王竜剣術・壱之太刀……破山っ!!!」

 キメラは盗賊達を第一目標としているから、隙だらけだ。
 その背中に向けて、とびっきりの一撃を叩きつける。

 雪水晶の剣がキメラの巨大な体を断ち切る。
 大きな悲鳴を上げて……
 そして、そのまま倒れて、キメラは絶命した。

「よし」

 リコリスのおかげで、攻略はかなり順調だ。
 盗賊達が使役する魔物を解放して、その混乱に乗じて攻める。
 こちらは怪我一つすることなく、すでに半分近くを制圧することができた。

「ところで、フェイト」
「うん?」

 傷を負い、動けない盗賊達を捕縛しつつ、ソフィアが尋ねてくる。

「どうして、キメラをもう少しそのままにしておかなかったのですか? キメラに倒してもらった方が簡単だと思いますが」
「うーん……それはそうなんだけどね。この人達は盗賊で、たぶん、とてもひどいことをしてて……それでも、私刑みたいな真似はしたくないんだ。どうしようもない時は仕方ないと思うけど、今は、なんとかなるよね? きちんと捕まえて、きちんとした裁きを受けさせたい」
「なるほど、そのために、こうして捕まえているのですね」
「後で連絡して、大人数で運ばないといけないけどね。でも、できることなら無駄な殺しはしたくないんだ。って、僕にその度胸がないだけかもしれないけど」
「いいえ、そんなことはありません。フェイトのそれは、優しさですよ」
「そうかな?」
「はい、私が保証します。悪人に情けをかけることは、なかなかできることではありません。その優しさは、ずっとずっと持ち続けてほしいです」
「うん……ありがとう。ソフィアにそう言ってもらえると、僕はこれでいいんだ、っていう自信が湧いてくるよ」

 色々なことがあって、人間を憎みかけていた。
 でも、ソフィアを想うことで、僕は人の心を捨てずに済んだ。

 だから、これからも心を大事にしていきたいと思う。
 そうすることが、また、ソフィアのためになると信じて。

「ところで、ソフィア」
「はい?」
「リコリスは、どこへ行ったのかな?」
「そういえば……」

 キメラを解放した後、奥に飛んでいくのは見えたんだけど……
 でも、なぜか戻ってくる気配がない。
 どうしたのだろう?

 盗賊達の捕縛を終えた後、不思議に思いつつ、奥へ。
 そこで僕達が見たものは……

「あ、リコリス」
「……」
「どうしたの? ここは盗賊のアジトだから、一人で行動すると危ないよ?」
「……侵入者、コロス!」
「えっ!?」

 いきなりリコリスが襲いかかってきた。
 その目は正気じゃなくて……

「もしかして……逆にリコリスが操られた!?」
 でたらめな軌道を描きつつ、リコリスが宙を飛び、こちらに迫る。
 時折、魔法を使い、攻撃をしかけてきた。

「敵を正気に戻すはずが、自分が操られて戻ってくるなんて!?」
「というか、リコリスがテイムされるなんて、彼女は魔物なのでしょうか……? 腹黒いところもあるから、そこで同じものと判定された……?」
「とにかく、なんとかしないと!」

 リコリスは洞窟内の高いところを飛んで、散発的に攻撃を繰り返している。

 さっき、彼女自身が言っていたことだけど、強力な魔法は使えないらしく、その攻撃はあまり脅威じゃない。
 ただ、こちらから手を出すことはできないし……
 下手に手を出しても、手加減できず、バッサリ……なんていうことになってしまうかもしれない。

 これは、どうしたら?

「キャキャキャ!」
「腹の立つ笑い声ですね……操られているとはいえ、モヤモヤします」
「リコリスに悪気はないから……」
「ええ、わかっています。なので、すぐに終わらせることにします」
「え?」

 ソファアが駆けた。
 ……地面ではなくて、壁を駆けた。

 そのままの勢いで、逆さになり、天井を駆けて……

「はい、終わりです」
「ピャ!?」

 リコリスをキャッチして、再び地面に戻る。

「ムキャー! キキャー!」
「暴れないでくださいね。下手に動いたら、うっかりと握りつぶしてしまいそうです」
「ピッ……!?」

 ソフィアが脅しをかけると、リコリスはおとなしくなる。
 操られていても、生存本能的なもので危機感は覚えるらしい。

「それにしても、冗談でも握りつぶすなんて言うと、ちょっとびっくりしちゃうよ」
「え?」
「え?」

 ……

「リコリスの洗脳、いつ解けるんだろう?」

 聞かなかった、見なかったことにして、話を先に進める。

「テイマーを倒せばてっとり早いのですが……おそらく、最深部にいるでしょうから、すぐにというわけにはいきませんね。時間経過でも元に戻るかもしれませんが、それなりの時間がかかると考えていいかと」
「うーん……安全を優先したいところだけど、あまり時間をかけると、もしかしたら逃げられちゃうかもしれないね」

 非常時の脱出通路が他にないとも限らない。
 盗賊団なんてもの、逃がすわけにはいかないし……
 そもそもの話、討伐に失敗したら、ドクトルに接触する機会を失ってしまう。

 二度と機会がないわけじゃないと思うけど、できることなら、敵に余裕を与えないためにも、あまり時間はかけたくない。

「このまま突き進もうか。ソフィアは、リコリスをお願い」
「はい、わかりました。私なら、片手が塞がっていても、大して問題はありませんから」
「頼もしいね」
「ふふっ、フェイトのために鍛えた力を褒められるのは、とてもうれしいです」
「そんなソフィアの期待に応えるために、僕も精一杯がんばるよ」

 雪水晶の剣をしっかりと構えて、いつでも動けるように警戒しつつ、僕が前衛に立つ。
 ソフィアは後衛だ。

 前衛を務める僕が失敗をすれば、ソフィアにも危害が及ぶかもしれない。
 そう思うと緊張するのだけど……
 でも同時に、がんばらないと、というやり甲斐も感じた。

 大好きな女の子のために、男を見せる時。
 そう考えると、絶対に奮闘しなければ、という気持ちになる。

「よし、行こうか!」
「はい」

 世界で一番頼りになるパートナーと共に、ダンジョンの最深部へ向かう。
 ダンジョン最深部は三つの区画に分かれていた。

 一つは、盗賊達の生活スペース。
 これが一番広く、ダンジョンの七割を占めている。

 二割が宝物庫。
 そして、残り一割が牢。

 運の悪いことに、牢に誰かが捕らえられているという。
 下手をしたら人質として使われるかもしれない。

 生活スペースに、二十人ほどの盗賊。
 他のメンバーよりも豪華な食事を食べているのが、盗賊団のボスであり、モンスターテイマーなのだろう。

 その他、ケルベロスが十匹。
 ワータイガーが五匹。
 フェンリルの亜種……ソードウルフが一匹。
 最深部だからなのか、さすがに守備が固い。

 ちなみに、なぜそんな情報がわかるのかというと……

「ってなわけで、情報はこんなところね」

 リコリスのおかげだ。
 妖精はテイムに対して抵抗力があったらしく、あれから少しして洗脳が解除された。

 自信満々な態度を見せた後、あっさりと洗脳されたことは、さすがのリコリスも気まずかったらしい。
 率先して偵察を申し出て、こっそりと情報を集めて……そして今に至る。

「ね? ね? あたし、役に立つでしょ? がんばったでしょ? だから、おしおきはやめてぇえええええ……」

 ソフィアに、泣いてすがりつくリコリス。
 洗脳が解けた後、ソフィアがなにかしら耳打ちをしていたのだけど、いったいなにを言ったのやら。

「大丈夫ですよ。リコリスにおしおきなんて、そんなことするわけありません」
「そ、そうなの……?」
「はい」

 にっこりと笑い、

「……またやらかさない限りは」
「ひぃ!?」

 時に恐ろしく、スパルタな幼馴染だった。

 僕に対しても、普段はとても優しいんだけど、剣の稽古をする時とかは厳しくなるんだよね。
 でも、それはソフィアなりの愛情表現だと思っている。
 大切に想うからこそ、時に厳しく接する。

 本当にどうでもいい相手なら、なにも言わないだろう。
 好きの反対は無関心、って言うからね。

「それじゃあ、どうやって攻めようか?」
「ここへ来るまでに、けっこうな数を削ったと思うのですが……まだあれほどの戦力が残っているのは予想外でしたね。乱戦になると、やや面倒ですね」
「ソフィアは問題ないと思うけど、僕は危ないかもね」
「フェイトも問題はないと思いますが……ただ、そうですね。やはり、少し心配になってしまいます」
「それよりも、やっぱり囚われている人のことが心配だよね。巻き込まれるかもしれないし、人質として利用されるかもしれない。絶対に、確実に助けないといけないから、ソフィアは牢の方を担当してもらえるかな?」
「構いませんが……そうなると、フェイトは、一人であれだけの敵を相手にすることになりますよ? 私の方にもある程度は流れてくるでしょうが、せいぜい、二割くらいではないかと」
「やっぱり危ないかな?」
「当たり前です。普通なら、そんなことはやめてほしいのですけど……」
「うーん……ごめん。ソフィアが心配してくれていることはわかるし、それはうれしいんだけど、やっぱり、今は囚われている人を優先しないと」

 困った様子でソフィアがため息をこぼす。

 ただ、呆れているとか、そういう感じじゃない。
 どちらかというと、うれしそうだった。

 その証拠というべきか、口元に小さな笑みが浮かんでいる。

「できることなら、フェイトは自分のことを最優先に考えてほしいのですが……しかし、誰かのためにがんばることができる。それもまた、フェイトの美徳でしたね。そうでなければフェイトでないというか……私も、そんなフェイトのまっすぐなところに助けられたことがありますし」
「あれ?」

 僕がソフィアを助けた?
 はて?
 そんなことあったかな……考えてみるのだけど、記憶にない。

 忘れているだけなのか、ソフィアの勘違いなのか。

「リコリス、フェイトのサポートをお願いします」
「任せてちょうだい! 汚名挽回してみせるわ!」
「それ、間違った使い方ですからね……?」

 頼りになるのかどうか、いまいち不安になる。
 でも、それもまた、リコリスらしいのかもしれない。

「それじゃあ……」

 僕は即興で考えた作戦を口にして……
 ソフィアとリコリスが納得してくれたところで、準備開始。

 五分ほどで作業を終えて、カウントダウンを始める。
 5……4……3……2……1……

 ゼロ!

 心の中で叫ぶと同時に、僕とソフィアは物陰から飛び出した。

「な、なんだコイツら!?」
「報告にあった侵入者か!?」
「くそっ、いつの間にここまで……おい、野郎共! 叩き潰せ!」

 敵もさるものながら、ボスの掛け声で盗賊達が一斉に迎撃体制をとる。
 素早い動きで、動揺もあまり残っていない様子だ。
 盗賊にしておくのが惜しいくらい、練度が高い。

「邪魔ですっ!」
「ぐあ!?」
「ぎゃあああ!?」

 ソフィアは剣の一振りで数人を打ち倒していた。

 さすがというべきか、この状況でもきっちりと手加減をしていて、斬らず、刃の腹を叩きつけている。
 あんな器用な真似、とてもじゃないけれど僕にはできない。

「僕もがんばらないと!」
「フェイト、右から二人! 続けて、左斜め前から一人と魔物が二匹よ!」
「了解!」

 リコリスのナビゲートのおかげで、敵の行動を予測することができた。

 僕の考えた作戦は、ものすごく単純なもの。
 狭い場所を戦場とすることで、一度に相手をする人数を限定するというもの。

 いまいち実感はないのだけど……
 ソフィアは、僕のことを強いと言う。
 なら、その言葉を信じてみたい。

 大人数に囲まれたら、さすがにどうすることもできないと思うけど……
 三~四人くらいまでなら、なんとかなると思う。
 そのために、あえて狭い場所を選んだ、というわけだ。

 その結果……

「くそっ、コイツ、ちょこまかと……くらえっ!」
「馬鹿!? 俺に当たるところだっただろうが!」
「ぎゃっ……!? 押すんじゃねえ」

 乱戦が起きて、敵が同士討ちするという事態に。
 こんな狭いところで戦えれば、当たり前のことだ。
 それを予想できないところ、わりと頭は悪いのかもしれない。

 敵が混乱する中、僕は一人一人、きっちりと倒していく。

「ちっ、役立たずの馬鹿共が!」

 怒りに顔を歪ませつつ、ボスがやってきた。
 ケルベロスを三匹とソードウルフを従えている。

「どこのどいつか知らないが、俺にケンカを売ったこと、後悔させてやる!」
「それなら僕は……盗賊なんてしていたこと、後悔させてあげるよ!」
「いけっ!」

 ボスの合図で、ケルベロスが二匹、同時に突撃してきた。
 さすがに、全部をまとめて突撃させるほど馬鹿じゃないらしい。

 一匹目の突撃を体を捻り避けて、二匹目は雪水晶の剣を盾にして防いだ。

「死ねぇっ!」

 ケルベロスの相手をすることで、どうしてもこちらに隙が生まれてしまう。
 それを見逃すことなく、ボスが剣を振る。

 魔物だけに戦わせるんじゃなくて、しっかりとした連携をとる。
 なかなかに厄介な相手だ。

「くっ……この!」

 ボスの一撃を同じく雪水晶の剣で防いで、反撃を叩き込むのだけど……

「グルルル!」

 控えていた三匹目のケルベロスが間に割り込み、剣の軌道を逸らしてしまう。
 そして、ソードウルフが真正面から突撃をして……

「うわっ!?」

 ゾクリとした悪寒を覚えて、回避に専念して、大きく後ろへ跳んだ。

 直後……
 ゴォッ!!!
 という轟音と共に、ソードウルフが突っ込んできた。
 頭部に生えた角を突き刺すような突撃は、まるで馬車が突っ込んでくるかのようで、もしも直撃していたらひとたまりもないだろう。

「ちょっと、フェイト! 大丈夫!?」
「なんとか! でも、これは厳しいかも……!」
「あたしがなんとかしてあげようか!?」
「できるの?」
「えっと、えっと、その……ごめんっ、やっぱできないかも!?」
「えぇ!?」

 リコリスに期待したらいけないのかな……?
 ついつい、そんな失礼なことを考えてしまうのだけど、仕方ないよね。

「このっ!」

 再びケルベロス二匹が突撃してきた。
 今度は一撃離脱というわけではないらしく、執拗なまでに食らいついてくる。

 時折、三匹目とソードウルフが攻撃に参加して……
 死角からボスが攻撃を繰り出してくる。

 五対一。
 圧倒的不利の状況で、防御に徹することしかできない。
 なんとか反撃に出て、形成を逆転したいんだけど……今のところ、タイミングが見つからない。

「くっ、なんだお前は!? この俺の攻撃を、ここまで防ぐなんて……くそっ、苛つかせてくれる!」
「え?」
「魔物を使ったコンビネーションで倒せなかったヤツはいない! 全員、瞬殺してきたというのに……!」

 そんなつもりはないのだけど、ボスのプライドを傷つけていたみたいだ。
 僕は、ただ単に、防御に徹しているだけなんだけどなあ……
 劣勢なのはこちらで、それを悪いことを思う必要はないのだけど。

 って、待てよ?
 この状況をうまく利用すれば……

「……リコリス」

 相手に聞こえないように、そっとささやく。

「……なに?」
「……アイツを、おもいきり挑発してくれる?」
「……それ、やばいんじゃないの? 激怒されて攻撃が今以上に激しくなったら、どうするのよ」
「……たぶん大丈夫」
「……まあ、いいわ。フェイトのこと、信じてあげる」

 リコリスが僕の頭の上ですたりと立ち上がる感触。
 視界の端で、ビシッと指を突きつけるのが見えた。

「ちょっと、そこの三下!」
「な、なんだと!?」
「あらぁ、あたしの言葉に反応するなんて、三下っていう自覚があるのね? まあ、三下は三下以外になれないから、自覚があって当然かしら。あんたの戦い方を見てたけど、魔物に頼るばかりで、自分じゃなにもできないからね。三下が当然ね」
「てめぇ……」
「あらあらあら、図星を刺されて怒っちゃった? ごめんねー、でも、本当のことだから。悔しいなら三下から脱却しなさい……って、無理ね。それができないからこそ、三下なんだもの」
「こ、この妖精……!」
「あたしらが直々に盗賊団をぶっ潰してあげようと思ってたんだけど……ま、その必要はないかもね。だって、こんな三下がボスなんだもの。なにもしなくても、そのうち自然崩壊するわ」
「……」
「あ、そうそう。三下とか言ってたけど、これ、失礼ね。三下、っていう言葉に対して失礼よね。あんた、三下以下なんだもの。えっと……四下? 雑魚? 有象無象? ま、これからはそう名乗るといいわ、あはははっ!」
「コロス!!!」

 リコリスの徹底的な挑発に、ボスは完全に激怒した。

 っていうか、そこまで言うの……?
 頼んでおいてなんだけど、リコリスの口の悪さに、僕も引いてしまうのだった。

「死ねぇえええええっ!!!」

 ボスは、怒りに任せた突撃をしてきた。
 魔物達も同時に突っ込んでくる。

 ただ、怒りのせいで集中力が乱れているらしく、コントロールが甘い。
 それに、全員で一度に突撃してしまうというミスをやらかしている。

 挑発して集中力を見出そうと思ったのだけど、想像していた以上にうまくいったらしい。

「悪いけど、死ぬつもりはないよ!」

 集中力が乱れてしまえば、こちらのもの。
 単調な攻撃を避けることは難しくない。

 ケルベロスが三匹同時に襲いかかってくるが、地面を滑るようにして避けた。
 それと同時に剣を振り、三匹まとめて斬り伏せる。

「なっ!?」
「もう一つ、おまけ!」

 ソードウルフも無防備に突っ込んできたため、やはり、同じようにカウンターで斬り捨てる。

「馬鹿なっ!? 一瞬で、俺の魔物を全部倒してしまうだと!?」
「集中力が乱れて、コントロールが甘くなっていたからね」
「ぐっ……そ、それはあるかもしれないが、しかし、それでもまとめて叩き伏せるなんてことは普通は不可能だ。わずかな隙を見逃すことなく、そして、流れを自分のものにした? なんだ、コイツは……その力、その観察力、本当に人間なのか……?」

 ボスは、化け物を見るような目をこちらに向けた。

 失礼なことを言うな。
 僕は普通の人間だ。

「よし、ここまできたら、後はもう簡単だ」
「てめえ……」
「降参してくれないかな? もう勝負は決したと思うけど」
「ぐっ……ぐぐぐ」
「僕くらいでも、あなたを倒すことはできる。魔物がいないと、そこまでの脅威じゃないからね。だから、このまま降参してくれるとうれしいんだけど」
「ふ、ふざけるなっ! 降参なんてするわけがねえだろうが!!!」

 あれ?

「……あたしが言うのもなんだけど、フェイトも、煽りスキルは相当なものね」

 そんなつもりはないんだけど……

「こうなれば、俺の最強奥義を……!!!」
「悪いけど」

 駆けて……
 即座にボスの懐に踏み込む。

「なっ!? はや……」
「ここで終わりにさせてもらうよ」

 剣を横にして、ボスの脇腹に叩きつけた。
 ビキィ、と骨を砕く感触。
 ボスは声にならない悲鳴をあげて、そのまま倒れる。

「よし!」
「勝利のVよ!」

 僕はリコリスと一緒になって、勝利を喜んだのだった。
 ボスを倒せば、後は大したことはない。
 リコリスと協力して、残りを倒して……
 そして、身動きができないように捕縛する。

 斬り捨てた方が早いのかもしれないけど……
 でも、できれば殺しは避けたい。
 甘いと言われるかもしれないけど、盗賊も一人の人間だ。
 もしかしたら、更生する人がいるかもしれない。

 戦闘時など、どうしようもない時はためらうつもりはないのだけど……
 動けない相手、投降した相手をわざわざ斬り捨てたくはない。

「よし、これで全員かな」

 捕縛完了。
 全員を連れて行くことはできないから、一度ギルドに戻り、応援を要請しよう。

「ソフィア、そっちはどう?」
「えっと……」

 大きな声を飛ばしてみると、戸惑うような声が返ってきた。

 なんだろう?
 リコリスと顔を見合わせる。

「フェイト」

 ほどなくしてソフィアがやってきた。

「そちらは……片付いたようですね。これだけの人数を相手にして、問題なく解決してしまうなんて、さすがフェイトです」
「リコリスに助けられたおかげだよ」
「ふふーん、その通り! この天才無敵美少女妖精リコリスちゃんに感謝なさい!」
「フェイトのおかげですよね?」
「え?」
「フェイトのおかげですよね?」
「いや、あの……」
「フェイトのおかげ……で・す・よ・ね?」
「ハイ」

 なにやらとてつもないプレッシャーを受けた様子で、リコリスがカタカタと震えつつ、小さく頷いた。
 よくわからないけど、リコリスを脅すのはやめてほしい。

「ソフィアの方はどうだった? 捕まっていた人達は?」
「基本的に問題ありません。怪我を負っている人もいましたが、重傷ではないので、応急処置でなんとかなりました。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと来てくれますか? どう対応していいか、わからないところがありまして……」

 ソフィアが対処に困るなんて、どういうことだろう?
 緊張しつつ、牢へ向かう。

 途中、救助した人達からお礼を言われつつ、さらに奥へ。

「こちらの牢です」

 最奥に小さな牢があった。
 扉はすでに斬られていて、牢としての機能はなくしている。

 ソフィアがやったのだろう。
 鍵じゃなくて、扉ごと斬り飛ばしてしまうのは、さすがというかなんというか。

 牢の隅に人影があった。
 膝を立てて床に座り、くるっと体を丸めている。
 見た感じ、子供だろう。

「この子は?」
「わかりません。何度も声をかけたのですが、反応はなくて……ただ、気絶しているとかそういうわけでもなくて……どうしたらいいか、わからなくて対処に困っていたのです」
「なるほど」

 盗賊は全員、捕縛した。
 牢も壊した。

 この子を傷つけるものはないはずなのに、なぜか、まだ怯えているように見える。

「って……あ、そういうことか」

 この子からしてみれば、僕達が冒険者なのか盗賊なのか見分けがつかない。
 大丈夫だよ、と声をかけられても、それを信じることができない環境にいる。

 そのせいで、未だに怯えて、こうして縮こまっているのだろう。

 僕達が敵じゃないということを、どうやって証明しよう?
 少し考えてから、僕は、うずくまる子供の頭をそっと撫でる。

「大丈夫だよ」
「っ……!」
「大丈夫、僕達は盗賊じゃないよ。盗賊を捕らえて、あと、キミ達を助けに来たんだ」

 敵じゃないと、できる限り優しい声で語りかけた。
 そんな想いが伝わったのか、子供が恐る恐る顔を上げる。

「あなた達は……誰なの?」

 女の子だ。
 普通の子供じゃなくて、犬耳がついていた。
 よくよく見てみると、尻尾も見えた。

 獣人族だ。
 人間の知恵と獣の力を持つ種族で、個体数は少ない。

 というか、かなり珍しい存在だ。
 一緒に一度、出会えるか出会えないか。
 それくらいに希少で、人前に姿を見せることがほとんどない。

 獣人族は長寿故に繁殖能力が低く、子供はさらに珍しい。
 そのせいで盗賊に目をつけられて、囚われの身になったのだろう。

「僕は、フェイト。彼女はソフィアで、こっちは妖精のリコリス。キミは?」
「……アイシャ……」
「そっか、アイシャっていうんだ。かわいい名前だね」
「……」

 にっこりと笑いかけると、少しだけアイシャの警戒心が解けたような気がした。
 でも、僕の言葉を全部信じた様子はない。

 たぶん、こうして囚われるまでに、色々とひどい目に遭ったのだろう。
 だから人間不信に陥っていて……

 なんとなくアイシャの境遇を想像することができて、どうにしかして助けないと、という使命感のようなものが湧き上がる。

「僕達は、ここにいる盗賊達を退治するためにやってきたんだ」
「……本当に?」
「うん、もちろん。嘘なんてつかないよ」
「……」

 疑いの目を向けられる。
 でも、それには気づかないフリをして、笑顔を続ける。

「もちろん、アイシャのことも助けるよ」
「……どうして? わたしのことは、赤の他人なのに……」
「そうだけど……でも、他人事とは思えないんだ。実は、昔、僕も似たような境遇だったんだ」
「え?」
「悪い連中に騙されて奴隷にされて……まあ、今は自由だけど、色々とあったんだ。だから、アイシャのことが他人事とは思えなくて」
「……」

 アイシャの瞳から、少しずつ疑念の色が消えていく。
 似た境遇だったという話は、思っていた以上に彼女の心を解きほぐしてくれたみたいだ。

「本当に……助けてくれるの?」
「うん」
「わたし……もう、痛い思いをしなくていいの……?」
「もちろん」
「……ふぇ」

 気が緩んだのだろう。
 みるみるうちに、アイシャの瞳に涙が溜まり……

「うぇ、えええええっ……! うあぁ、ひっく、えぐ、うあああああっ!!!」

 僕に抱きついて、アイシャは思いきり泣いた。

 今は、とにかく泣いて、暗い感情を吐き出してしまった方がいい。
 そして、少しでも安らいでほしい。
 そう願いつつ、僕はアイシャをしっかりと抱きしめ返して、その頭を撫でた。
 盗賊団を壊滅させることに成功して、囚えられていた人達の救出も無事に完了した。
 依頼は完璧に達成したと言っても過言じゃない。

 ただ、これで終わりじゃない。
 むしろ、ここからが本番だ。

 クリフの話によると、盗賊団が溜め込んだ財宝を横取りするために、ドクトルが接触してくるだろうとのこと。
 まずは要求を受け入れて、彼に気に入られなければいけない。

 不正に手を貸すなんて、正直、イヤな気分になってしまうのだけど……
 クリフが言うように、他にうまい道がないため、仕方ないと納得することはできる。

 ただ、ここで一つ、問題が浮上した。
 それは……

「フェイト、アイシャはどうするのですか?」

 リコリスにギルドへの応援を頼んで……
 それまでの間、今後の方針をソフィアと話し合う。

 問題になったのは、アイシャの扱いだ。
 言い方は悪いのだけど、アイシャも盗賊団の財宝の一部。
 ドクトルに目をつけられたら、再び囚われの身になってしまうかもしれない。

「もちろん、助けるよ。引き渡すなんてことはしない」

 腕の中で眠るアイシャを見る。
 あれから泣きつかれて、僕の腕の中で眠ってしまったのだ。
 起こすのはしのびなくて、そのまま抱きかかえている。

「そうですね、それについては私も賛成です。ただ、そのためには、他の人質に口止めをお願いしなければなりません。はたして、全員が協力してくれるかどうか……」

 ソフィアの懸念はもっともだ。
 口止めを頼んだとしても、ドクトルに好意的な人もいるかもしれないから、そこからアイシャのことが漏れてしまうかもしれない。
 あるいは、ちょっとしたミスから、ついつい口を滑らせてしまうということもあるかもしれない。

 百パーセント、絶対にアイシャのことを隠し通すことはできない。
 バレる時はバレると考えた方がいいだろう。

 そして、クリフから聞いているドクトルの人物像からすると、ほぼ間違いなく、アイシャの身柄の引き渡しを要求してくるだろう。

「それでも、僕はアイシャを引き渡すようなことはしないよ」
「その場合、クリフが思い描く作戦と異なる展開になりますよ? それどころか、ドクトルと対立することになり、彼の不正を暴くことは、ほぼほぼ不可能になることも」
「だとしても」

 この子を悪人に引き渡すなんて、絶対にありえない。

 先のことを考えれば、アイシャのことは小事と割り切り、気にしない方がいいのかもしれない。
 下手に同情をしないで、より多くの人のためになる選択を取るべきなのかもしれない。

 でも、僕にはそんなことはできない。
 先のことよりも、今の方が大事だ。
 この腕の中で眠る小さな女の子を守りたい。
 僕と似た境遇だからというのもあるけど……

 それ以上に、目的を達成するために、小さな女の子を犠牲にするような男になんてなりたくない。

「ふふっ」
「どうしたの、ソフィア?」
「安心しました。それでこそ、私の大好きなフェイトです。私も、アイシャちゃんを引き渡さないことに賛成ですよ。その結果、ドクトルと対立することになったとしても、私は、フェイトを全面的に指示します」
「ありがとう、ソフィア。ソフィアならそう言ってくれると思っていたよ」
「もちろんです。私を誰だと思っているのですか? フェイトの幼馴染で、一番の理解者を自負しているのですからね」

 そう言って、ソフィアは、少しいたずらっぽく笑うのだった。



――――――――――



 他の人質にアイシャのことを口外しないように頼んで……
 ソフィアにお願いをして、アイシャは別のところに連れていってもらい、ドクトルに見つからないようにしてもらった。

 そうしたところで、リコリスが応援の冒険者と共に戻ってきた。
 捕縛した盗賊が連行されて……
 囚われていた人質が保護されて、馬車で街へ運ばれていく。

 僕はアジトに残り、状況説明を行っていた。
 そして……

「こんにちは、キミが今回の依頼を達成してくれた冒険者ですか?」

 ドクトル・ブラスバンドと出会う。

 不正に手を染めるギルド幹部と聞いていたため、よくあるような、豪華に着飾っている姿を想像していたのだけど……
 実物を見ると、真逆の姿をしていた。

 歳は三十代だろうか?
 メガネをかけていて、理知的な顔をしている。
 スマートな体型でありながら、服の上からでもしっかりと鍛えられているのがわかる。

「はい。フェイト・スティアートといいます」
「私は、ドクトル・ブラスバンド。冒険者協会の幹部をしていて、今回の依頼人でもあります。今回は依頼を引き受けてくれて……そして、きちんと達成してもらい、ありがとうございます。あなた達のおかげで、人々を苦しめる盗賊団をまた一つ、壊滅させることができました。これは、とても喜ばしいことです」

 穏やかな笑みを浮かべていて、とてもじゃないけれど悪人には見えない。

 って、いけないいけない。
 シグルド達に騙されるなど、僕の目はわりと節穴だから、簡単に信じないようにしないと。
 気を引き締めて、ドクトルが求めてきた握手に応じる。

「役に立つことができたのなら、良かったです。盗賊なんかは、僕も許せませんから」
「とても正義感が強いのですね。さすが、剣聖のパートナーというところでしょうか」
「僕達のことを?」
「失礼かもしれませんが、少し調べさせていただきました。とはいっても、あの剣聖のパートナーということで、自然と話が耳に入ってくる部分もありましたが」

 僕がソフィアのパートナーということは、それなりの人に知られているみたいだ。
 認められたような気がして、こんな時だけど、うれしく思ってしまう。

「スティアートくんは、この後、時間はありますか? せっかくの機会なので、色々とお話をさせていただきたいのですが……おや? そういえば、剣聖殿はどちらへ?」
「念の為に、周囲の警戒に出ています。応援が来てくれたので、もうすぐ戻ってくるんじゃないかと」
「なるほど。決して油断することのない慎重な姿勢……すばらしいですね。私も見習いたいと思います」

 本心を言っているとしか思えないような、とてもさわやかな笑顔だ。
 うーん、本当に悪人なんだろうか?

「……フェイト、フェイト」

 ポーチでのんびりしていたリコリスが、こっそりと、僕にだけ聞こえる声で語りかけてくる。

「……どうしたの?」
「……気を許すんじゃないわよ。コイツの笑顔、すっごいうさんくさいわ」
「……そうなの? そんな風には見えないんだけど」
「……あたしにはわかるわ。コイツ、表と裏の顔があって、それを巧妙に使い分けている、嘘つきよ。お人好しのフェイトは騙されるかもしれないけど、でも、天才美少女軍師妖精のリコリスちゃんの目をごまかすことはできないわ」

 リコリスと、今出会ったばかりのドクトルのどちらを信じるか?
 答えは言うまでもない。

 騙されないように注意しようと、僕は改めて気を引き締めた。

「このようなところで立ち話もなんですし、私の屋敷へ招待したいのですが、どうでしょうか? 部下を待機させておきますので、剣聖殿は後で合流してもらう、ということで」
「……そうですね、わかりました」

 たぶん、僕とソフィアを引き離すのが目的なのだろう。
 僕一人の方が御しやすい、と思ったはず。

 事実、その通りなので気をつけなければいけない。

「では、いきましょうか」

 緊張しつつ、僕とリコリスはドクトルの招待に応じることにした。
 ドクトルの屋敷は、街の中心……高級住宅街が並ぶ場所にあった。

 とはいえ、これは不思議なことじゃない。
 むしろ、当たり前のことだろう。
 冒険者協会の幹部なのだから、それなりの家に住んでいて当然だ。
 逆にボロ屋に住んでいたら、それはそれでどうなのだろうか? という疑問を抱いてしまうだろう。

 その後、客間に案内された。
 僕はソファーに座り、リコリスは、そんな僕の頭の上に座る。

 客間をキョロキョロと見つつ、リコリスが言う。

「ふーん。悪人の家って聞いてたけど、けっこう良い部屋じゃない。趣味も悪くないわ」
「そうだね。調度品はあるけど、派手じゃなくて品があるし、部屋に合っていて落ち着いているね。雰囲気も良いと思う」

 物語に出てくる悪人は、家の趣味も悪いのだけど……
 でも、ドクトルの屋敷は、そんなことはない。

 とても品があって、落ち着いた感じの家だ。
 家は持ち主の心を表すと言うことがあるけれど……うーん?
 本当に悪人なのかどうなのか、しっかりと見極めないと。

「おまたせしました」

 着替えを終えたドクトルが姿を見せた。
 傍らにメイドさんが控えていて、僕とリコリスの分の紅茶を出してくれる。

「さあ、どうぞ。自慢になりますが、おいしいと思いますよ。それなりの茶葉を使っていますからね」
「いただきます」

 口をつけようとして、

「……ちょっと、フェイト。そんな簡単に、敵の出した飲み物を口にしていいの? 毒が入っているかもしれないじゃない。ドクトルだけに」

 小声で……それと、ドヤ顔をしつつ、リコリスがそう警告してきた。
 うまいことを言ったつもりなのだろうか?

「……大丈夫。僕は毒に対する耐性はあるから」
「……え、なんでよ?」
「……食べるものがない時、手当たり次第にものを食べていて、その時に毒も一緒で……そのうち、体が慣れてきて抵抗力ができたんだ」
「……恐ろしいことを笑顔で言わないでよ」
「……毒が入っているかどうか、それくらいならわかるから、リコリスは僕の後に飲むといいよ」

 そうやって話を切り上げて、紅茶を飲む。

 ……うん。
 深く澄んだ味で、香りも良い。
 毒が入っているなんてことは、まずないだろう。

「おいしいです」
「そうですか、それはよかった。ささ、そちらの妖精殿もどうぞ」
「んー……いただくわ」

 リコリスは警戒しつつも、紅茶を飲む。
 一口飲んで気に入ったらしく、ガブガブといく。

「ところで、話というのは?」
「ああ、大したことではありませんよ。私は……」
「邪魔するぞ」

 ドクトルの話を遮るように、思わぬ乱入者が現れた。
 それは……ファルツ・ルッツベインだ。

 相変わらず、趣味の悪い成金全開という服装をして……
 肥満気味の体型を揺らしつつ、部屋に入ってくる。

「ファルツ、今は来客中なのですが」
「ふんっ、一冒険者なんて適当にあしらえばいいだろう。それよりも、例の件だが……」
「ファルツ」

 ファルツがなにか言いかけたところで、ドクトルが強い口調で言う。
 笑顔のままなのだけど、目は笑っていない。

「私は今、来客中なのですよ。二度も言わせないでいただけますか?」
「わ、わかった……出直してくる」
「そう、それでいいのですよ」
「……ちっ」

 ファルツは、最後に僕達を睨みつけると、忌々しいという感じで部屋を出ていった。

「今の人は……」
「私と同じ、冒険者協会の幹部なのですが……すみません。とんだ失礼を。彼は仕事に熱心で、それ故に、周りが見えなくなってしまうことがありまして……」
「いえ、大丈夫です。気にしていませんから」

 今のは、どう見ても仕事に熱心という感じじゃなかったけど……
 そこは深く触れないことにして、さらりと流しておいた。

 本当なら、見逃してはいけないところなのだろうけど……
 ドクトルに気に入られなければいけないから、今は我慢だ。

「そう言っていただけると、助かります」
「いえ」
「さて……話を戻しますが、こうしてスティアート殿を招いたのには、二つ理由がありまして。一つは、若き英雄の卵と呼ばれている、スティアート殿の話を聞いてみたいと思いまして」
「若き英雄の卵?」
「フェンリルを倒して、スタンピードの女王も討伐してみせた。英雄のごとき活躍。故に、スティアート殿はそう呼ばれているのですよ」
「ちょっと恐れ多いですね……」
「謙遜なさらず。私はすでに一線から退いていますが、これでも、昔は冒険者として名をはせていましてね。冒険譚などを聞くと、わくわくするのです」
「それで僕を?」
「はい。差し支えなければ、色々と聞かせていただければ。剣聖殿のお話も聞きたいのですが……実を言うと、スティアート殿の方が興味ありまして」

 そう言われると悪い気分はしない。
 しないのだけど……

 しっかりとしたソフィアよりも、騙しやすい僕の機嫌を取ろうとしている、って見えなくもないんだよね。

 ファルツのようにわかりやすい態度をしているのなら簡単なのかもしれないけど、ドクトルは違う。
 常に笑顔を貼り付けていて、真の感情が読みづらい。

 ソフィアがいれば、彼の真意を図ることもできたかもしれないけど……
 アイシャのことを放っておくわけにはいかないから、この場合、仕方ない。

「えっと……」

 とりあえず、当たり障りのない範囲で僕の話をした。
 あまり手の内を晒すのもどうかと思うので、ちょっと調べれば簡単にわかるような話を並べていく。

 それでも、ドクトルは興味深いという感じで、僕の話に相槌を打つ。
 本当に楽しんでいるのか、それとも演技なのか。

 うーん……じっと観察してみるのだけど、どちらなのかわからない。

「……アイツ、なんか怪しい感じね」

 僕にだけ聞こえる声で、リコリスがぽつりと言う。

 なるほど。
 彼女の見立てでは、ドクトルはなにか裏を抱えているらしい。

「ところで、もう一つの理由っていうのは?」
「ああ、そうでしたな。スティアート殿の話が楽しく、ついつい忘れてしまいました」

 ドクトルは笑うものの、これはウソだとわかった。
 あまりにわざとらしい。
 たぶん、こちらが本命で、今までの話は前フリなのだろう。

「実は、折り入ってお願いがあるのですが……」
「はい、なんですか?」
「私の専任となってくれませんか?」
 専任というのは、特定の人のお抱えとなる冒険者のことだ。
 雇い主の許可がない限り、他の依頼を受けることができなくなる。

 ただ、メリットはもちろんある。
 依頼がないとしても、毎月、特定の契約料が支払われることになる。
 それにプラスして、雇い主からの依頼が発生した場合、そちらの料金も上乗せされる。

 さらに、雇い主にもよるが、色々なサポートを受けられたり保険が用意されたり……
 普通に考えるのならば、大抵の冒険者が飛びつくような、好条件の話だ。

「僕を、ブラスバンドさまの専任に……? それは、冗談とかではなくて?」
「もちろんですよ。ぜひ、私の専任になっていただきたいのです。そして、長く良い関係を築いていくことができれば、と思っています」

 ドクトルは笑顔で言う。
 特に裏はないように見える、優しい笑顔だ。

 でも、油断はできない。
 裏でなにか企んでいるかもしれないし……
 騙されたりハメられたりしないように、しっかりと注意していかないと。

「でも、普通に考えるのなら、僕よりもソフィアに頼んだ方がいいのでは?」
「そうですね。スティアート殿には失礼な話ですが、実力は、彼女の方が圧倒的に上でしょう。しかし、アスカルト殿は、今までそういう話がたくさんあったはずなのに、一つも受けていません。おそらく、その気がないのでしょう」
「そこで僕に?」
「はい。スティアート殿は、まだ若い。才能もあります。これからに期待をして、先行投資、という形になるでしょうか?」
「なるほど……」
「専任となれば報酬が増えるだけではなくて、色々なサポートを受けられるようになります。私個人としても、最大限のサポートをしていきたいと思っております。物資、知識、情報……ありとあらゆる面で最大限の援助をすると約束いたしましょう。どうでしょうか? 自分で言うのもなんですが、悪い話ではないと思うのですが」

 ドクトルの話を聞いて、ある程度だけど、彼のやり方を把握した。

 彼は冒険者協会をおもちゃのように扱い、自らの私腹を肥やしているのだろうけど……
 しかし、味方となる者に対しては甘い蜜を吸わせているのだろう。

 そうすることで、より深い関係となり離反を防ぐ。
 さらに、鞭ではなくて飴を与えることで、被害者ではなくて共犯者という意識を植えつけて、裏切りを防ぐ。
 たぶん、そんなところだと思う。
 なかなかの策士だ。

 そうなると、ここで僕が取るべき選択肢は……

「……すみません」

 頭を下げた。

「とても魅力的な話だと思いますが、僕のパートナーはソフィアなので、一人で勝手に決めるわけにもいかなくて……少し考える時間をもらえませんか? ソフィアと……あと、ここのリコリスと、みんなで相談したいと思うので」
「なるほど……それもそうですね。相談は必要ですね。申しわけない、どうも焦っていたようです」
「いえ、僕のことを高く評価していることは、とてもうれしいです。もしも僕一人だったら、迷わずに受けていたと思います」

 ドクトルの懐に潜り込むだけじゃなくて、信頼も得た方がいいはず。
 ならば、おいしい話にすぐに飛びつくわけにはいかない。
 扱いやすい駒と判断されて、軽く見られてしまうかもしれないからだ。

 それよりも、一旦間を置くことで焦らす。
 その上で契約に応じれば、彼は、より僕達のことを必要とするだろう。

「……フェイト。あんた、そんな駆け引き、どこで覚えたの?」
「……困った時はこうしたらいいですよ、ってソフィアが事前に教えておいてくれたんだ」
「……あの子、こうなることを見通していた、ってことかしら? 恐ろしいわね」

 確かに、この展開を予想していたのなら、その知恵は恐ろしいのかもしれない。
 でも僕は、とても誇らしいと思う。
 僕の幼馴染はすごいんだぞ、と周囲に自慢したくなる。

 まあ、僕がどうこうというわけじゃないから、意味ないんだけどね。

「では、このまま歓待をさせていただけませんか?」
「え? でも……」
「あの盗賊にはほとほと手を焼かされていまして……それを討伐していただいたスティアート殿と剣聖殿は、私にとっては英雄に等しいです。このまま返すなんて、とんでもない話でして。もちろん、剣聖殿も用事が終わり次第当家に招きたいと思います」
「えっと……」

 たぶんこれは……

 僕とソフィアを手元に置いておきたいのだろう。
 それだけじゃなくて、盗賊団が溜め込んだ財を接収する際、余計な干渉をされたくないのだろう。
 僕らは当事者でもあるから、確認したいと言えば、確認できるからね。

「……どうするのよ、フェイト?」

 同じく、リコリスがこっそりと問いかけてきた。

 このままだと、盗賊団の宝はドクトルに接収されてしまう。
 本来なら、見逃すことはできないのだけど……

 でも、クリフからは、ドクトルの懐に入るように頼まれている。
 信頼を得られないと、不正の証拠を手に入れることはできないから。

 それは僕も同じ考えだ。
 だから、悔しくはあるのだけど、今はなにも気づかないフリをしよう。

 アイシャのことが気になるけど……
 でも、ソフィアならうまくやってくれるはず。

「わかりました。それじゃあ、お言葉に甘えたいと思います」
「おおっ、そうですか。ありがたい。では、さっそく宴の準備をしましょう」
「えっと……楽しみです」

 僕の笑顔、引きつっていないかな?

「ところで、剣聖殿はいつ頃戻ってくるのでしょうか?」
「それは……うーん、僕も詳しいことはわからないんですよね。ちょっとした用事があるとしか聞いていなくて……ただ、今日中には戻ってくると思いますよ」
「わかりました。では、いつ戻ってこられても対応できるようにしておきましょう」

 こうして、僕はドクトルの屋敷に滞在することになった。
 少しは信頼を得られた、と考えてもいいのかな?

 あるいは、操りやすい駒と思われているかもしれないけど……
 それはそれで、動きやすいから好都合。
 最後には、駒のままで終わらないことを示そう。



――――――――――



 夜。

 宴が開かれた。
 広い庭が会場に。
 あちらこちらに料理と酒が並び、ドクトルが招いた人達が笑顔で話をしている。

「ふう」

 僕は休憩用の椅子に座りつつ、吐息をこぼす。

 色々な人と挨拶をして、簡単な話をして……
 正直なところ、ちょっと疲れた。
 体力的な問題じゃなくて、精神的な問題だ。
 相手の顔色を伺いながらの会話って、僕には向いてないよなあ……たぶん、ソフィアなら、その辺りもうまくやってしまうのだろう。

 でも、まだソフィアは戻ってきていない。
 ソフィアなら余計な心配はいらないと思うのだけど……
 うーん、ちょっと心配になってきた。

「ちょっと、そんな暗い顔をはぐはぐ、しないであぐあぐ、料理を楽しみなさいよはむはむ」

 僕の頭の上で、リコリスがあちらこちらから取ってきた料理を食べていた。
 食べかすが落ちてくるから、ちょっと勘弁してほしい。

「ソフィア、どうしたのかな?」
「大丈夫でしょ。あの子、強いだけじゃなくて、フェイトが思っている以上に賢くてしたたかよ。心配しなくてもいいわ」
「それでも、気になっちゃうよ」

 大事な幼馴染だから、気にするなと言われても無理だ。

「うーん」
「よぉ」

 うーんうーんと悩んでいると、ふと、声をかけられた。
 振り返ると、熊のような大柄の男がいた。
「お前が盗賊団を討伐した冒険者か?」
「あ、はい。そうですけど、あなたは……?」
「ゼロス、同業者だ」
「僕は、フェイト・スティアートです。よろしくお願いします」

 立ち上がり、ペコリと頭を下げるのだけど、ゼロスはすでにこちらを見ていない。
 パーティー会場の庭をキョロキョロと見回していた。

「お前、剣聖のツレなんだろ? 剣聖はどこだ?」
「えっと……ソフィアなら、ちょっと用事があって、まだ戻ってきていませんけど」
「ちっ、タイミングが悪いな」

 どうにもこうにも、イヤな感じだ。
 シグルドと同じ匂いがする。

「ソフィアに用ですか?」
「俺は、ブラスバンドさまの専任でな。聞けば、剣聖も専任に誘われているらしいな」
「はぁ……」

 一応、僕も誘われているのだけど……
 それは口にしない方がいいような気がして、黙っておいた。

「ただ、剣聖といっても、所詮、女だろ? 大した力もないくせに、体を使って称号を得たに違いない」
「……」
「そんなヤツが専任になるなんて、俺は反対だな。無能がしゃしゃり出るなんて、許せねえ。だから、ちとおしおきしてやろうと思ってな」
「……」
「まあ、その必要はなかったかもしれねえな。まだ戻ってきてないってことは、俺がいると知って、ビビって逃げたんだろうさ。ははっ。所詮、女ごときに専任が務まるわけねえのさ」
「取り消して」
「ちょ、フェイト……?」

 気持ちよさそうにペラペラとしゃべっていた男を睨みつけた。
 そんな僕を見て、リコリスが慌てたような声をあげる。

「あん?」
「今の言葉、全部……最初から最後まで取り消して」
「なんだと? てめえ、俺にケンカ売ってるのか?」
「ケンカを売っているのは、あなたの方だ。僕じゃなくて、ソフィアに対してだけど……その侮辱を見逃すことはできない。全部、取り消して」
「はっ。事実を言ってなにが悪い?」
「あくまでも取り消さないと?」
「当たり前だろうが、俺は間違ってねーよ。どうしても撤回させたいのなら……」

 男は剣を抜いた。

「コイツで決着をつけようぜ?」

 男がニヤリと笑う。
 突然の蛮行なのだけど、周囲から悲鳴があがることはない。
 むしろ、「いいぞ、やれ!」「専任の力、また見せてくれよ」なんていう声援すら飛んできた。

 どうやら、これはよくあることらしい。
 男は粗暴で乱暴で考えなしで品のない性格をしているから、こんなことを何度も繰り返しているのだろう。

「……ちょっと、フェイト!」
「……なに? まさか、止めるの?」
「……ううん、それこそまさか、よ。あたしも、ソフィアのこと、けっこう好きだもの。だから……ケタンケタンのめっちゃめちゃのキッチャキチャのチェパチェパにやっちゃいなさいっ!!!」
「了解!」

 キッチャキチャとかチェパチェパっていうところは意味不明なのだけど……
 でも、ソフィアをバカにされたという怒りは共通するところ。
 俺とリコリスは怒りに燃えていた。

「そこそこ度胸があるのは認めてやるが、ま、それだけじゃどうしようもないことがあるってことを教えてやるよ。来い」

 男についていくと、パーティーの来場者に囲まれた決闘場が。
 わざわざこんなものが用意されているところを見ると、定期的に行われているらしい。

 もしかしたら、パーティーの来場者も、この決闘を楽しみにしているのかもしれない。

「まずは、俺の力を見せてやるよ。そらっ!」

 先に決闘場に上がった男は、拳大の石を素手で砕いてみせた。
 パーティーの来場者が歓声をあげて、頭の上もリコリスも苦しそうにうなる。

「む、むううう……あの男、なんてバカ力なのよ。技術はどうかしらないけど、身体能力は相当なものね」
「え?」
「え?」

 互いに間の抜けた声をこぼす。

「なによ、その反応? もしかしてと思うけど……あれ、フェイトはできるわけ?」
「うん。こんな感じで……ほら」

 僕も石を素手で砕いてみせると、パーティーの来場者がどよめいた。
 男は唖然とする。

「ソフィアに稽古をつけてもらったからね。力だけなら、そこそこ自信はあるよ」
「それ、稽古は関係ないんじゃない!? 一気にそこまで力が身につくわけないし、っていうか、そこそことかいうレベルじゃないわよ」
「ソフィアのおかげだよ」
「絶対違うし!」
「へ、へへ……多少はやるみたいだな」

 男が汗をたらしつつ、しかし、不敵に笑う。

「なら、コイツはどうだ? ハッ!」

 ぐぐっと足に力を込めて、男は垂直に跳ぶ。
 屋敷の二階に届きそうなほどのジャンプだ。

 ただ……

「それくらいでいいなら、僕も……よっ」

 こちらは屋敷の頂点……三階を超える部分まで跳んだ。

「ひあああ!?」

 頭の上のリコリスが悲鳴をあげる。
 しまった、彼女のことを忘れていた。

「ご、ごめん。大丈夫?」
「ら、らいじょーぶ、よぉ……はらふら」
「ぜんぜん大丈夫そうじゃないよね? ほんと、ごめんね。これでも、手加減したんだけど……」
「て、手加減して、アレだけ跳ぶの……?」
「そうだけど?」
「……ちょっと忘れてたけど、フェイトも、ソフィアと同じで色々とおかしいのよね。むしろ、フェイトの方がおかしさレベルは上なのかしら? うん。そのことを改めて認識したわ」
「ありがとう?」

 今、褒められたよね?

「くっ……な、なかなかやるじゃねえか。だが、勝負は身体能力で決まるわけじゃねえ。戦闘技術が大事なんだよ。そのことを教えてやるぜ」
「その意見は賛成だけど、先に力をひけらかしてきたのはあなたじゃないか」
「うぐっ」

 男が赤くなり、言葉に詰まり……
 そして、パーティーの来場者達も、それもそうね、という感じでクスクスと笑う。

 熟れたりんごのように、男が耳まで赤くなった。
 剣を抜いて、切っ先をこちらへ向ける。

「こいっ! どちらが上か、今すぐにハッキリと教えてやる!!!」
「それはいいんだけど……真剣でやるの?」
「おいおい、ビビったのかよ? 今更、やめるとか言っても遅いぜ」
「そんなことは言わないけど……うん、まあいいや。僕は、鞘に入れたままの剣を使うね」
「なっ……て、てめえ、それはつまり、俺を相手に手加減するってことか?」
「え? そんなつもりはないんだけど……」
「そんなつもりじゃないとしたら、どんなつもりなのよ。アイツの言う通りとしか思えない行動してるわよ、フェイトってば。まあ、その方が面白いからアリだけどね」

 頭の上で、リコリスがそんなことを言う。

 僕としては、雪水晶の剣は切れ味がすごいから、鞘をつけた方がいいと思っただけなんだけど……
 まあいいや。
 この人が怒ろうが怒るまいが、僕がやるべきことはただ一つ。

「ソフィアを侮辱したこと……後悔してもらうよ?」