「いけっ!」

 ボスの合図で、ケルベロスが二匹、同時に突撃してきた。
 さすがに、全部をまとめて突撃させるほど馬鹿じゃないらしい。

 一匹目の突撃を体を捻り避けて、二匹目は雪水晶の剣を盾にして防いだ。

「死ねぇっ!」

 ケルベロスの相手をすることで、どうしてもこちらに隙が生まれてしまう。
 それを見逃すことなく、ボスが剣を振る。

 魔物だけに戦わせるんじゃなくて、しっかりとした連携をとる。
 なかなかに厄介な相手だ。

「くっ……この!」

 ボスの一撃を同じく雪水晶の剣で防いで、反撃を叩き込むのだけど……

「グルルル!」

 控えていた三匹目のケルベロスが間に割り込み、剣の軌道を逸らしてしまう。
 そして、ソードウルフが真正面から突撃をして……

「うわっ!?」

 ゾクリとした悪寒を覚えて、回避に専念して、大きく後ろへ跳んだ。

 直後……
 ゴォッ!!!
 という轟音と共に、ソードウルフが突っ込んできた。
 頭部に生えた角を突き刺すような突撃は、まるで馬車が突っ込んでくるかのようで、もしも直撃していたらひとたまりもないだろう。

「ちょっと、フェイト! 大丈夫!?」
「なんとか! でも、これは厳しいかも……!」
「あたしがなんとかしてあげようか!?」
「できるの?」
「えっと、えっと、その……ごめんっ、やっぱできないかも!?」
「えぇ!?」

 リコリスに期待したらいけないのかな……?
 ついつい、そんな失礼なことを考えてしまうのだけど、仕方ないよね。

「このっ!」

 再びケルベロス二匹が突撃してきた。
 今度は一撃離脱というわけではないらしく、執拗なまでに食らいついてくる。

 時折、三匹目とソードウルフが攻撃に参加して……
 死角からボスが攻撃を繰り出してくる。

 五対一。
 圧倒的不利の状況で、防御に徹することしかできない。
 なんとか反撃に出て、形成を逆転したいんだけど……今のところ、タイミングが見つからない。

「くっ、なんだお前は!? この俺の攻撃を、ここまで防ぐなんて……くそっ、苛つかせてくれる!」
「え?」
「魔物を使ったコンビネーションで倒せなかったヤツはいない! 全員、瞬殺してきたというのに……!」

 そんなつもりはないのだけど、ボスのプライドを傷つけていたみたいだ。
 僕は、ただ単に、防御に徹しているだけなんだけどなあ……
 劣勢なのはこちらで、それを悪いことを思う必要はないのだけど。

 って、待てよ?
 この状況をうまく利用すれば……

「……リコリス」

 相手に聞こえないように、そっとささやく。

「……なに?」
「……アイツを、おもいきり挑発してくれる?」
「……それ、やばいんじゃないの? 激怒されて攻撃が今以上に激しくなったら、どうするのよ」
「……たぶん大丈夫」
「……まあ、いいわ。フェイトのこと、信じてあげる」

 リコリスが僕の頭の上ですたりと立ち上がる感触。
 視界の端で、ビシッと指を突きつけるのが見えた。

「ちょっと、そこの三下!」
「な、なんだと!?」
「あらぁ、あたしの言葉に反応するなんて、三下っていう自覚があるのね? まあ、三下は三下以外になれないから、自覚があって当然かしら。あんたの戦い方を見てたけど、魔物に頼るばかりで、自分じゃなにもできないからね。三下が当然ね」
「てめぇ……」
「あらあらあら、図星を刺されて怒っちゃった? ごめんねー、でも、本当のことだから。悔しいなら三下から脱却しなさい……って、無理ね。それができないからこそ、三下なんだもの」
「こ、この妖精……!」
「あたしらが直々に盗賊団をぶっ潰してあげようと思ってたんだけど……ま、その必要はないかもね。だって、こんな三下がボスなんだもの。なにもしなくても、そのうち自然崩壊するわ」
「……」
「あ、そうそう。三下とか言ってたけど、これ、失礼ね。三下、っていう言葉に対して失礼よね。あんた、三下以下なんだもの。えっと……四下? 雑魚? 有象無象? ま、これからはそう名乗るといいわ、あはははっ!」
「コロス!!!」

 リコリスの徹底的な挑発に、ボスは完全に激怒した。

 っていうか、そこまで言うの……?
 頼んでおいてなんだけど、リコリスの口の悪さに、僕も引いてしまうのだった。

「死ねぇえええええっ!!!」

 ボスは、怒りに任せた突撃をしてきた。
 魔物達も同時に突っ込んでくる。

 ただ、怒りのせいで集中力が乱れているらしく、コントロールが甘い。
 それに、全員で一度に突撃してしまうというミスをやらかしている。

 挑発して集中力を見出そうと思ったのだけど、想像していた以上にうまくいったらしい。

「悪いけど、死ぬつもりはないよ!」

 集中力が乱れてしまえば、こちらのもの。
 単調な攻撃を避けることは難しくない。

 ケルベロスが三匹同時に襲いかかってくるが、地面を滑るようにして避けた。
 それと同時に剣を振り、三匹まとめて斬り伏せる。

「なっ!?」
「もう一つ、おまけ!」

 ソードウルフも無防備に突っ込んできたため、やはり、同じようにカウンターで斬り捨てる。

「馬鹿なっ!? 一瞬で、俺の魔物を全部倒してしまうだと!?」
「集中力が乱れて、コントロールが甘くなっていたからね」
「ぐっ……そ、それはあるかもしれないが、しかし、それでもまとめて叩き伏せるなんてことは普通は不可能だ。わずかな隙を見逃すことなく、そして、流れを自分のものにした? なんだ、コイツは……その力、その観察力、本当に人間なのか……?」

 ボスは、化け物を見るような目をこちらに向けた。

 失礼なことを言うな。
 僕は普通の人間だ。

「よし、ここまできたら、後はもう簡単だ」
「てめえ……」
「降参してくれないかな? もう勝負は決したと思うけど」
「ぐっ……ぐぐぐ」
「僕くらいでも、あなたを倒すことはできる。魔物がいないと、そこまでの脅威じゃないからね。だから、このまま降参してくれるとうれしいんだけど」
「ふ、ふざけるなっ! 降参なんてするわけがねえだろうが!!!」

 あれ?

「……あたしが言うのもなんだけど、フェイトも、煽りスキルは相当なものね」

 そんなつもりはないんだけど……

「こうなれば、俺の最強奥義を……!!!」
「悪いけど」

 駆けて……
 即座にボスの懐に踏み込む。

「なっ!? はや……」
「ここで終わりにさせてもらうよ」

 剣を横にして、ボスの脇腹に叩きつけた。
 ビキィ、と骨を砕く感触。
 ボスは声にならない悲鳴をあげて、そのまま倒れる。

「よし!」
「勝利のVよ!」

 僕はリコリスと一緒になって、勝利を喜んだのだった。