「まずは……ごめんなさい」

 ギルドマスターは席を立ち、その場で腰を深く折り曲げて、頭を下げる。
 突然の行動に、僕とソフィアは目を丸くした。

「前任者がとんでもないことをしていたみたいで、同じギルドの関係者として、深く謝罪するよ。すみませんでした」
「えっと……」
「特定の冒険者を贔屓するだけじゃなくて、スティアートくんに対する不当な扱いや、その他、諸々の犯罪……とても許されることじゃない。改めて、謝罪をさせてください」

 ストレートに謝罪をされるとは思っていなかったらしく、ソフィアが戸惑うような顔に。

 僕も驚いていた。
 ギルドって、けっこう面子を重視するところがある。
 荒くれ者が多い冒険者をまとめなければいけないから、舐められたら終わり、みたいな考えがあったりする。

 なので、面子が潰れるようなことは、できる限り避ける傾向にあるのだけど……
 でも、クリフは素直に頭を下げた。
 なかなかできることじゃないと思う。

「もちろん、言葉だけの謝罪で納得できないと思うからね。色々と補填をさせてもらうつもりだよ。例えば、馬車を手配したみたいだけど、半分はギルドで負担させてもらうよ」
「いいんですか?」
「もちろん。金で謝罪が成立するとは思っていないけど、ただ、それでも誠意は示さないといけないからね。できる限りのことはしていくつもりだよ。二人からなにか要求があるのなら、できる限り応えていきたいと思う」
「では、シグルドの仲間達を死刑にしてくれませんか?」
「ちょ」

 いきなりの要求に、思わず僕が慌ててしまう。
 ただ、クリフはこうなることを予想していたのか、落ち着いている。

「うーん、ごめん。それは難しいかも。冒険者達は、すでに裁判にかけられて刑が確定しているからね。それを覆すのは難しいかな」
「シグルドは死刑ですが、確か、残りは強制労働奴隷でしたよね?」
「うん。でも、強制労働奴隷なんて長生きしないし苦しいだけだから、ある意味で、死刑よりも辛いかな。だから、それで満足してくれないかな?」
「まあ……いいでしょう」
「ごめんね、いきなり要求に応えられなくて。でも、できる限りの謝罪はしたいと思っているのは本当のこと。だから、いつでもなんでも言ってほしい」

 ちょんちょん、と隣に座るソフィアを肘で軽く突いて、小声で尋ねる。

「……いい人かな?」
「……まだ断定はできませんが、少しは評価してもいいかもしれませんね」

 クリフがウソをついているようには見えないし、演技というわけでもなさそう。
 これで心に黒い感情を秘めているとしたら、相当な役者だ。

 ソフィアが言うように、信頼を寄せることは危険なのかもしれないけど……
 ひとまず、多少は信じてもよさそうだ。

「謝罪については、ひとまず了解。なにかあれば、ギルドマスターを頼りにさせてもらうね」
「クリフでいいよ」
「うん、クリフ。それで……依頼っていうのは?」
「実は、ちょっと困ったことが起きているんだ」
「どんなこと?」
「いやー、実は、スタンピードが発生しそうなんだよね」
「「ごほっ」」

 気楽に言うクリフだけど、とんでもなく重要なことを口にしているわけで……
 僕とソフィアは、思わずむせてしまう。

「スタンピードって……なにかの要因で魔物が大量発生して、一気に押し寄せてくるヤツだよね?」
「ええ……もしも本当ならば、街一つ、簡単に滅びますね。そのように呑気にしている場合ではないと思うのですが」
「でもさ、慌てても仕方ないでしょ? それよりも、落ち着いて対策を考えた方がいいと思うんだよね」
「それはそうだけど……」
「落ち着きすぎでは……?」

 この人、小物なのか大物なのか、とても判断に困る。
 あるいは、とんでもないバカなのか。

 うーん。
 新しいギルドマスターは、どうにもわからない人だ。

「今、ありったけの冒険者を集めているところなんだ。もちろん、憲兵隊とも連携をとっているよ。そんなわけで、できればでいいんだけど、二人にも協力してくれたらなあ……っていう話なんだよね」
「ただの協力要請なのですか? ギルドマスターならば、強制すればいいのでは?」
「スタンピードの対処なんて、下手すれば死んじゃうからねー。さすがに、そこまで強制はできないよ」
「ふむ?」

 クリフの真偽を見定めるかのように、ソフィアがじっと見つめた。
 かなり鋭い視線で、ウソをついていたり悪いことを考えていたら、冷や汗を流してしまいそうなものだけど……
 クリフは変わらず、のほほんとしたままだ。

 本当によくわからない人だ。

「私達が断れば?」
「困っちゃうかな。アスカルトさんの力はすごく頼りにしているから、作戦が大幅に狂っちゃいそう」
「私は、フェイトを危険な目に遭わせることには反対なのですが……」

 ソフィアがちらりとこちらを見た。
 判断は任せます、という感じだ。

「やるよ」

 この際、クリフがなにか企んでいるかも? という懸念は無視する。

 スタンピードが現実のもので……
 この街に被害が出ようとしているのなら、それを放っておくことはできない。

 ここは故郷というわけじゃないし、特に思い入れがあるわけでもない。
 それでも、見捨てることはできない。
 できることがあるのなら、やれるだけのことをやりたい。

「冒険者は人のためになることが義務というか使命というか、その在り方だと思うから」
「なら、私も参加しますね」
「うん。二人でがんばろうね」

 スタンピードなんて経験したことがないし、冒険者初心者にしては無茶苦茶な難易度だと思うけど……
 でも、ソフィアが一緒なら、なんでもできるような気がした。

「いやー、よかったよかった。もしも断られたら、どうしようかと思っていたよ」
「……その時は、フェイトを人質にして、私に言うことを無理矢理聞かせていましたか?」
「まさか、そんなことはしないって。っていうか、そんな発想が出てくるっていうことは、前任者はけっこう無茶苦茶なことを?」
「けっこう、どころではありませんよ」

 前任者が退陣させられて、それから少し後に聞いたのだけど……
 シグルド達をいいように使い、自分を正義と信じて疑わず、手段を選ばない。
 なかなか無茶をやっていたらしい。

 そんな前任者に強い敵意を持っているらしく、ソフィアの声は尖ったものだ。

「あー……これは、僕とキミ達との間に情報の差があるかな? 一通りのことは全部教えてくれ、って言ったんだけど……まったく、ギルドの隠蔽体質にも困ったものだね」
「っ」

 瞬間、わずかにではあるものの、クリフから怒気がこぼれた。
 思わず緊張してしまうほど鋭いもので……
 この人、見た目通りのヘラヘラした人じゃないのかもしれない。

「ごめんね、スティアートくん。アスカルトさん。前任者については、改めて話をした方がよさそうだ。情けない話だけど情報が揃っていないみたいで……さっき話した賠償じゃあ、たぶん、ぜんぜん足りないよね。僕としては本当に申しわけないと思っていて、できれば、謝罪の機会を与えてほしい。だから、今度、改めて話をしたいんだけど、どうかな?」
「えっと……うん。それは別にいいけど」
「よかった、ありがとう。スティアートくんは優しいね。って、その優しさに付け入るような真似をしちゃダメか。うん、大丈夫。謝罪と賠償はしっかりとさせてもらうから。あと、今後、こんなことは起こさせないと誓うよ」

 そう言うクリフは、ちょっとした迫力があった。
 もしかして、この人、ギルドではけっこう偉いのだろうか?

「話が逸れているよ?」
「あ、すまないね。でも、こっちの話も大事だったから。えっと……それじゃあ話を戻すけど、スタンピードについての話だ。改めて確認になるけど、スティアートくんもアスカルトさんも、参加してくれるってことでいいのかな?」
「うん」
「はい」
「よかった、助かるよ。これでなんとかなりそうだ」

 僕はともかく、剣聖であるソフィアのことはとても頼りにしていたのだろう。
 安心した様子で、クリフは小さな笑みを浮かべる。

 僕も頼りにされるように、がんばらないといけないな。

「ところで、魔物の襲来はいつ頃なんですか?」
「あ、そうそう。大事なところを言い忘れるところだった。魔物の襲来は、明日かな」
「「明日っ!?」」