将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 エリンとクリフとの話を終えて、宿に戻る。
 すると、宿の前にレナとゼノアスがいた。

 レナは普段着でなにも持っていないけど、ゼノアスはフル装備で大きな荷物を背中に抱えていた。

「あれ? どうしたんですか?」
「そろそろ王都を発とうと思ってな」
「え」

 思わぬ返事に驚いて……
 でも、よくよく考えてみれば当たり前の流れかもしれない。

 ゼノアスは、黎明の同盟の幹部だ。
 ジャガーノート戦では協力してもらったものの、それで今までに犯した罪が帳消しになるわけじゃない。
 騎士団や冒険者に見つかれば捕らえられるかもしれない。

「俺は、俺の生きる目的を叶えた。最強の相手と最高の戦いをする。フェイト・スティアート……お前のおかげだ」

 好敵手と呼ばれ、嬉しい。
 でも、できるのならもっと別のことで競いたかった。
 穏やかで、笑えるような内容がいい。

「本来なら、このまま捕まっても構わないのだが……」
「だーかーらー、それはダメって言ってるじゃん」

 レナが膨れっ面で言う。

「やりたいことやったから満足。あとはなんでもいいや、とかさ、無責任すぎるでしょ? 周りのこと、ちゃんと見て。まったくもう……これだから男は」
「すまん」

 要するに……

 ゼノアスは今後のことはどうなろうと気にしていない。
 罪を受け止めなければいけないのなら、きちんと受け止めるつもりでいた。

 ただ、レナがそれをよしとしない。
 ゼノアスにはちゃんと生きていてほしいと願ったみたいだ。

 そして、それにゼノアスが負けた。
 こんな感じかな?

「なるほど……お兄ちゃんは妹には勝てませんからね」
「ソフィア? それ、どういう意味?」
「後で話しますよ」

 にっこりと笑い、ごまかされてしまう。

「レナ……元気でやれ」
「大丈夫。ボクはいつもどんな時でも元気だからねー。ゼノアスもね?」
「ああ。また、どこかで会おう」
「うんうん。あ、その時はボクとフェイトの子供を見せてあげるね?」
「そんなものはできません!!!」

 ソフィアがものすごい目でレナを睨みつけた。
 殺気すら出ているけど、レナはまったく堪えた様子がない。

 お願いだから、いきなり切り合いを始めたりしないでね?
 戦いが終わったばかりなのに、別の戦いを止めるとか勘弁してね?

「なになに、ソフィアってば妬いているの? ボクにフェイトを取られそうだから?」
「そのような妄想は頭の中だけにとどめてくださいね? でないと、うっかり剣を抜いてしまいそうです」
「ふーん、ボクは構わないけどね。ティルフィングも暴れ足りないみたいだし」
「私のエクスカリバーも、泥棒猫の血を吸わせろ、って言っていますよ」

 それじゃあ魔剣みたいだからね?

「……ふっ」

 ゼノアスが小さく笑う。
 思えば、彼の穏やかな笑顔を見たのは初めてかもしれない。

「楽しい?」
「そうだな……楽しいと思っている」
「剣だけに生きてきたみたいだけど、でも、他にも楽しいことはいっぱいあるよ。これから先、そういうものをたくさん見つけられると思うんだ。僕がそうだったみたいに、運命の出会いとかあるかも」
「……俺に、そんなものがあるだろうか?」
「あるよ」

 未来はなにも決まっていない。
 真っ白だ。
 そこをどんな色に染めるか、その人次第なのだから。

「だから、がんばって生きていこう」

 手を差し出した。

 ゼノアスは少し驚いた様子でこちらを見て……
 ややあって、苦笑して僕の手を取る。

「そうだな、一生懸命に生きていこう」
「うん」

 僕とゼノアスはしっかりと握手を交わした。
 それは、あるいは約束だったのかもしれない。

 また会おう。
 ただ、剣を交わすためじゃなくて、笑顔で話をするために。
 楽しい、って思える時間を過ごすために。
 ゼノアスと別れた後、僕達は宿に戻った。

「おとーさん! おかーさん!」

 部屋に戻ると、留守番をしていたアイシャが駆けて、抱きついてきた。
 しっかりと受け止めて頭を撫でると、尻尾がぶんぶんと振られる。

「オンッ!」

 スノウも駆け寄ってきて、ソフィアに頭を擦りつける。
 同じく尻尾が激しく振られていた。

「おかえりー。挨拶は終わったの?」

 リコリスもふわふわと飛んできた。

「うん、終わったよ」
「挨拶だけ?」
「あはは……お礼はまた今度、だって」
「ちぇ」

 ジャガーノートを倒して、黎明の同盟を壊滅させることができた。
 その件で、騎士団と冒険者ギルド、両方から報酬がもらえるらしい。

 そんなものはいらない。
 そもそも、みんなで成し遂げたこと。

 そう断ろうとしたんだけど、

「あなた達がいなければ王都は壊滅していたかもしれない。それを防ぐことができたのは、間違いなくあなた達のおかげです。それだけのことを成し遂げたのですから、どうか、受け取ってください」

「ここで断られたりしたら、冒険者ギルドの面子が……ねえ。ほら、依頼にはきちんと報酬を支払っているだろう? それがなしとなると、色々と困るんだよ。正式な依頼じゃなくても、あれだけの偉業を成し遂げたんだから」

 ……と言われ、断りきることができなかった。
 後日、落ち着いた時に報酬をもらうことになっている。

「なら、おめでとうパーティーはまた今度かしら? ちぇ、今夜のつもりだったのに」
「リコリスは元気だね」
「そう、あたしが元気になることで、みんなも元気にしているの! さしずめ、ミラクルワンダー妖精リコリスちゃんね!」

 意味がわからない。
 この子、ちょくちょく勢いで喋るからなあ……

「ところで」

 ソフィアがレナに視線を向ける。

「どうして、あなたが一緒にいるんですか?」
「ん? なにが?」
「今更、あなたを捕まえようとは思いませんが……ほら。ゼノアスと同じように、好きなところへ行っていいんですよ。しっしっ」
「猫みたいな扱い!?」

 レナが、ガーンというような顔に。

「ボクも一緒にいるよ? パーティーに入れてよ、ねえねえ」
「却下です」
「即答!?」
「泥棒猫を懐に招き入れる人なんていません。さあ、出口はあちらですよ」
「ひど!? ジャガーノートを相手に、一緒に死闘を繰り広げた仲なのに!」
「そんなことありましたっけ?」
「忘れるの早!?」
「また会いましょうね」
「良いこと言っている風でごまかすなー!? ってか、ボクはフェイトと一緒にいるんだー、これからボクも一緒に旅をするんだー、やーだー!」

 レナは床の上に転がり、ジタバタとわがままを言う。

 子供か。

「えっと……ソフィア? あまり意地悪をしなくても……」
「フェイトは賛成なのですか? もしかして、この泥棒猫の誘惑に屈したとか」
「な、ないから。僕は、ソフィアのことが好きなんだから」
「そ、そうですか」
「あのー……ボクの前でイチャつかないで? 泣くよ?」

 レナがジト目を向けてくるけど、気にしない。

「どうして、フェイトはそこまでレナに甘いんですか? やっぱり、好意を持たれているから……」
「そこはあまり関係ないよ。どちらかというと、親近感があるから……かな」
「親近感?」

 昔、僕は奴隷だった。
 未来に希望が持てず、なにもすることができない。

 一方で、レナは黎明の同盟に縛られていた。
 黎明の同盟の命令を聞くことしかできず、他にはなにも持っていない。

 そういう意味で親近感を覚えたのだ。
 これから、彼女はどうするのか?
 完全な自由を得て、なにをするのか?

 それを手伝い、見届けたいという気持ちがある。

「……はぁ」

 自分の気持ちを伝えると、ソフィアはやれやれとため息をこぼす。

「まったく、本当にフェイトは甘いんですから」
「ご、ごめん……」
「でも、だからこそフェイトなんですね。そういうフェイトは好きですよ」
「あ、ありがとう」

 今度は照れた。

 ソフィアはレナに向き直る。

「……いいですか? 妙な真似をしたら、すぐに叩き出しますよ」
「ってことは……」
「仕方なく、本当に仕方なくですけど、ついてきてもいいですよ」
「やったー! ありがとう、フェイト♪」
「うわっ」
「そこで、どうしてフェイトに抱きつくんですか!? お礼を言うなら私でしょう! 斬る、やっぱり斬ります!!!」

 その後、どたばた騒ぎがしばらく続いたけど……
 なんやかんやあって、レナがパーティーに加わるのだった。
 レナがパーティーに加わり。
 それからしばらくして、騎士団と冒険者ギルドから報酬を受け取り、エリンとクリフと改めて挨拶と少しの話をして。

 後始末は全て終えた。
 さあ、これからはなにをしよう?

 ……というところで問題が起きた。

「これから、なにをしようか?」

 宿の一室で今後についてを話し合う。

 ここしばらくの行動の目的は、黎明の同盟の野望を阻止するというところにあった。
 そのためにあちらこちらを旅して。
 黎明の同盟の手がかりを追い。
 そして、王都にまでやってきて、決着をつけた。

 でも、その目的は達成することができた。
 これ以上ない形で決着をつけることができた。

 それは喜ばしいことなんだけど……
 今後の目的が綺麗さっぱり消えてしまい、予定が白紙になってしまった。

「はいはーい!」
「なに?」
「美味しいもの食べ歩きツアーなんでどうかしら?」

 実にリコリスらしい案だった。

「でも……悪くないかもね」
「え。フェイト、本気ですか?」
「ずっと、っていうわけにはいかないけどね。でも、たまには、そんな気軽な目的で旅をしてもいいんじゃないかな? 冒険者らしくない?」
「そう言われると、そうかもしれませんね……」

 大義のために旅をして、目的を果たす。
 それは悪くないけど……

 でも、たまにはのんびりとした旅をしたい。
 笑顔でゆっくりと散歩をするような感じで、気楽に旅を楽しみたい。
 今までが今までだったから、尚更そう思う。

「おいしいもの……じゅるり」
「オフゥ」

 アイシャとスノウがよだれを垂らしていた。
 どうしよう。
 いつの間にか娘達が食いしん坊になっていた。

「んー……美味しいものっていえば、王都に色々あるよ」
「レナは詳しいの?」
「ボクはグルメだからねー。それに、黎明の同盟の本拠地は王都にあったから、ちょくちょく滞在していたんだ」

 なるほど。
 そんなレナなら王都の美味しい店に詳しいだろう。

 でも、王都なら旅をする必要がないか。

「旅にこだわらなくてもいいんじゃないですか? しばらくは王都の観光を楽しむ、という感じで」
「うんうん、ソフィアもたまには良いこと言うじゃん。王都の観光ならボクが案内できるよ」
「えっと……うん、それもいいかもしれないね」

 王都の観光をして。
 美味しいものを食べて。
 時々、冒険をする。

 しばらくはそんな感じで問題ないような気がしてきた。

 のんびり、ゆっくり。
 そして、楽しく過ごしていきたい。

 アイシャとスノウに……ソフィアに。
 それと、レナと一緒に良い思い出を作りたい。
 これから先を笑顔でいっぱいにしていきたい。

 みんなで笑って。
 楽しく過ごして。
 幸せを作り、そして……その優しい思い出をどこかで眠っているジャガーノートに届けたい。
 それが一番の供養になると思うから。

「じゃあ、しばらくは王都に滞在して、思い切り観光を楽しもうか」
「意義なーし!」
「なし!」
「オンッ!」

 リコリスが笑顔で言って、アイシャとスノウもそれに続いた。
 王都でも評判の高い料理屋『ブルースカイ』を訪ねた。

 常に店内は満席。
 行列は当たり前のようにできていて、2時間待ちが普通。

 そんなすごい店だけど、今回は事件のお礼ということでクリフが予約を取っておいてくれた。
 おかげですんなりと店に入ることができて、美味しいご飯を食べることができた。

「「「はぐはぐはぐっ!!!」」」

 アイシャとリコリス。
 それとレナは目をキラキラと輝かせて、テーブルの上にどんどん空になった皿を積み重ねていく。

「あうー! 美味しい、美味しい♪」
「なにこれ、めっちゃヤバイわね!? ヤバイわね!?」
「うんうん、やっぱりここは美味しいなー! 前に一度食べたことがあるけど、ずっと忘れられなかったんだよね」
「あはは……料理は逃げないから、もっと落ち着いて食べよう? 喉に詰まっちゃうよ」
「ふふーん、この美少女天才ロジカル妖精リコリスちゃんが、そんな無様な姿を見せるわけがむぐぅ!?」

 言った傍からリコリスが喉を詰まらせていた。
 慌てて水を渡して、指先でとんとんと背中を叩く。

「ぷはーっ……し、死ぬかと思ったわ」
「あははっ、リコリスはあわてんぼうだねえ。淑女らしいボクを見習わないと」
「レナのどこが淑女なのよ。あたしと同じく、ガツガツ食べていたじゃない」
「ボクはちゃんと鍛えているから、これくらいなんともむぐぅ!?」

 今度はレナが喉を詰まらせた。
 二人でお笑いをやっているのかな?

 レナは慌てて水を飲んで、ぜーはーぜーはー言う。

「し、死ぬかと思ったよ……」
「まったく……二人共、食事はもっと静かにしてくださいね」
「ぶーぶー、あたしだけ怒られるのは納得いかないわ。アイシャも同じように食べているじゃない」
「あぅ……ごめんなさい」
「アイシャちゃんはいいんですよ。子供だから、たくさん食べないとですからね」
「贔屓!?」

 楽しいな。
 こんな風に、レナも含めて、みんなで笑ってご飯を食べられるなんて思ってもいなかった。

 もちろん、スノウも一緒だ。
 ペットも同伴できる店なのだ。

 スノウは足元でぱくぱくとご飯を食べている。
 一見すると落ち着いているものの、しかし、尻尾はぶんぶんと振られていた。
 顔はクールでも尻尾は隠せない、という感じ?

「でも、本当に美味しいですね」
「うん。店を予約してくれたクリフには感謝しないと」
「感謝なんていらないですよ。あの人、私達をわりと都合よく利用していますからね」
「あはは……ソフィアはクリフにちょっと厳しいね」
「ああいう人は油断ならないので」

 冒険者ギルドをあまり信用していないみたいだけど……
 うーん、ソフィアの過去になにがあったんだろう?

「まあ……今は美味しいご飯に集中しましょうか。すみません、これとこれを追加でお願いします」

 ソフィアは気持ちを切り替えた様子で、新しく注文をしていた。
 リコリスとレナも追加注文をする。

「はふっ、はふっ」
「オンッ!」

 アイシャとスノウは、今ある料理を一心不乱に食べていた。
 目をキラキラ。
 尻尾をぶんぶん。
 とても満足していることは間違いない。

「……」

 みんなが笑顔で。
 楽しい時間が流れていて。
 幸せっているのはこういうことなんだろうな、と思った。

 黎明の同盟との戦いを経て、この光景を掴み取ることができた。
 途中、かなり危ういところもあったけど、なんとか乗り切ることができた。

 運が良かった?

 ううん、そんなことはない。
 運だけの問題じゃない。

 エリン、クリフ、ゼノアス。
 レナ、アイシャ、スノウ、リコリス。
 そして、ソフィア。

 みんながいたからできたことだ。
 誰か一人でも欠けていたら絶対に無理だったと思う。

 でも、それを奇跡と言うつもりはない。
 必然だ。
 みんなの力を合わせた結果だ。

「どうしたんですか、フェイト? なにやら嬉しそうですけど」
「えっと……幸せだな、って思って」
「なんですか、いきなり。ちょっとおじいさんくさいですよ?」
「うっ……」
「ふふ。でも、私も同じ気持ちですよ。アイシャちゃんがいて、スノウがいて、リコリスがいて……まあ、一応、レナもいる。そして、なによりもフェイトがいる」
「……ソフィア……」
「これからも、この幸せは続いていきますよ。だから……ずっと一緒ですよ、フェイト?」
「うん、ずっと一緒だよ」

 僕達は優しく笑い合い、テーブルの下でそっと手を繋いだ。
 ぎゅっと、強く。
 互いの体温を確かめるように、指を絡ませて手を繋いだ。

 ずっと。
 のんびり王都の観光をして。
 美味しいものを食べて。

 楽しい時間を過ごしていたら、ふと、冒険者ギルドから呼ばれてしまう。
 何事かと警戒しつつ向かうと……

「結婚式の……宣伝?」

 そんな依頼をお願いされるのだった。

「えっと……それ、どんな依頼? 聞いたことがないんだけど」
「そうだよね。僕も聞いたことがない、あっはっは」

 依頼主はクリフだった。
 まだ王都にとどまっていたらしい。

「ほら、よくあるだろう? 結婚式の手配をする店が、店内に式の様子の絵画を飾るとか」
「ありますね」

 ソフィアがキラキラとした表情で頷いた。
 その隣にいるレナも、うんうんと笑顔で頷いている。

 やっぱり女の子は結婚式に憧れるものがあるのかな?

 アイシャはよくわかっていない様子で、スノウと一緒に遊んでいた。

 ……アイシャもいつか結婚しちゃうのかな?
 旅立つ時が来ちゃうのかな?

 あ、ダメだ。
 ただの想像なのに、なんか泣きそうになってしまう。

「親ばかねー」

 なんてリコリスに呆れられてしまう。

「先の事件で、いくつかの絵画消失してしまったみたいでね。新しいものを用意することになったんだけど、そのモデルをお願いしたいんだ」
「どうして、僕達なんですか?」
「君達だからこそ、だよ」

 クリフ曰く……

 王都はまだまだ復興の途中にある。
 だからこそ、未来に希望を抱かせるようなものが欲しい。

 僕とソフィアはジャガーノートを倒した功労者の一人だ。
 そんな二人がモデルになれば、多くの人の心に光を灯すことができるだろう……と。

「どうかな? 引き受けてくれないかな? もちろん、報酬は弾むよ」
「でも、モデルなんてできるかな……?」
「ただ、簡単なポーズをとっていれば問題ないよ。じっとしていないといけないけど、問題らしい問題はそれだけ」
「うーん」

 モデルなんてやったことがないから不安が残る。

 ソフィアはどう思っているんだろう?

「ねえ、ソフィアは……」
「それはつまり、私とフェイトが結婚式をする、というのを装うということですね!? フェイトと私が、そういう格好をするということですね!?」

 やたら食い気味に問いかけるソフィア。
 目がマジだ。

「う、うん。もちろん、そうなるよ。スティアート君はタキシード、アスカルト君はドレスだね」
「あらあらまあまあ♪」

 ソフィアがにっこりと笑う。
 とても大事なポイントだったらしい。

「フェイト」
「う、うん?」
「これは、絶対に引き受けなければいけない依頼ですよ!」
「え? 絶対、っていうほど大事かな?」
「大事です!!!」

 ぐぐぐっと詰め寄られ、思い切り断言されてしまう。

「私とフェイトの結婚式で人々に希望を抱いてもらう……素敵ですね!」
「ソフィアは結婚式をやりたいだけでしょ」

 リコリスがツッコミを入れるものの、彼女は聞いていない。
 ものすごく興奮した様子で、そして、目をキラキラと輝かせていた。

「というか、この際、本当に結婚式を挙げてしまってもいいかもしれませんね!」
「えぇ!?」
「どうですか、フェイト!? どうですか!?」
「えっと、その……さすがにそれは、本来の趣旨から外れちゃうんじゃないかな……?」

 依頼を達成することができない。

 それに……
 ソフィアといつかは、と思っているものの、いくらなんでも急すぎる。
 そういうのは、僕の方からちゃんと……と思っているのと。
 あと、急すぎて準備がぜんぜん足りていない。

「残念です……」
「でも、依頼は請けてもいいと思うよ。僕も興味があるから」
「さすがフェイトです!」

 ソフィアは僕の手をがしっと握り、ものすごく嬉しそうな顔をした。

「えっと……そういうわけだから、その依頼、請けます」
「ありがとう、助かるよ。じゃあ、詳細だけど……」
「ちょっと待ったぁ!!!」
 話がまとまりかけた時、レナが立ち上がり、ストップをかけた。

「そういうことなら、ボクが立候補するよ!」
「え? でも……」
「元黎明の同盟のボクとフェイト……それはそれで絵になると思わない?」
「ふむ。確かにそれもアリかもね」

 クリフが流されていた。

「でしょ? でしょ?」
「勝手なことを言わないでください。フェイトのパートナーは私が務めます!」

 ソフィアがレナをギロリと睨みつける。
 熊も逃げ出すような迫力があった。

 でも、レナは気にすることなく平然としたものだ。

「レナの出番なんてありません。おとなしく引っ込んでいてもらいましょうか。しっしっ」
「むかっ。そういうソフィアの出番こそないんじゃない? ボクの方が『き・れ・い』だから、きっと絵になると思うよ」
「むかっ。あなた、確か歳下ですよね? 以前、ちらりとそういう話を聞きましたが……年上は敬うものですよ。素直に退いてください」
「そっかそっか。確かに、年上は敬わないとだねぇ……お・ば・さ・ん」
「……うふふ」
「……にひひ」

 二人は笑顔で……
 しかし、その裏に壮絶な怒気を隠して、睨み合う。
 バチバチと火花が散る様子が見えた。

「あぅ……」
「キューン……」

 アイシャとスノウは尻尾を丸めてお腹の辺りにやっていた。
 それほどまでに今の二人は怖い。

「……ちょっとフェイト、あれ、なんとかしなさいよ」
「……無茶振りしないで」
「……あんたが相手を決めれば解決するでしょ」
「……それ、僕に生贄になれ、って言っているようなものだよね?」

 今更、僕の言葉で二人が止まるとは思えない。
 止まるとしても、多大な犠牲を払うことになるだろう。

 ……主に僕が。

「いいでしょう……ならば決闘です!」
「受けて立つ!」
「勝った方がフェイトのパートナーになります、文句はありませんね!?」
「ふふーん、けちょんけちょんにしてあげる!」

 二人は不敵な笑みを浮かべて、ギルドの訓練場に移動した。
 ややあって……

 ドガンッ!

 ゴガァッ!!!

 ズガガガガガッ!!!!!

 轟音が連続で響いてきた。
 ジャガーノートが再来したのでは? と思うほどに激しい。

「そりゃそうだよね……剣聖と黎明の同盟の幹部が本気でケンカをしたら、こうなるよね……」
「フェイト、あれ……」
「無理。僕にも、どうにもできないよ」
「そうね……あたし、もう知らない」
「自然災害のようなものだね、きっと」

 リコリスと二人、妙な悟りを開いてしまう。

「あー……相手は変わるかもしれないとして、この依頼、請けてくれるのかい?」

 クリフが困った様子でそう尋ねてきた。

「どうしても?」
「どうしても」

 この状況……断れないか。

「うん、了解。引き受けます」
「よかった、ありがとう」
「でも、本当にモデルの真似はできないよ?」
「いいんだよ。英雄の姿を残したい、っていうのが目的だからね。それを見て、たくさんの人が希望を抱くはずさ」
「英雄……か」

 くすぐったい話だ。

 僕は元奴隷で……
 パーティーにいいように利用されるだけだった。

 それが今は英雄と呼ばれていた。
 その鍵となったのはソフィアだ。
 彼女と再会したことで全てが変わった。

 いや、ソフィアだけじゃないか。

 リコリスにアイシャにスノウ。
 レナにゼノアス。
 クリフやソフィアの両親や、その他、色々な人達。
 たくさんの出会いが僕の経験となって、そして力になっている。

 今は、その出会いに感謝しかない。
 半日に及ぶ決闘の末、ソフィアが勝利を掴み取った。

 半日も戦わなくても……
 と思うのだけど、本人達にとってはとても大事なことらしく、ツッコミを入れられないほどに真剣な様子だった。

 とにかくも、パートナーが決定した。

 依頼のため、まずは服飾店に。
 ドレスなどはすでに用意されているけど、サイズなどを調整しないといけない。

「いらっしゃいませ」

 店に入ると、オーナーらしき綺麗な女性に迎えられた。

「今日はどのような服をお探しでしょうか?」
「あ、えっと……」
「すみません。私達、クリフの紹介で来たんですが……」
「あら。それじゃあ、あなた達がモデルに?」
「はい」
「ふむ」

 じっと見つめられる。
 女性はソフィアを見て、次いで僕を見る。
 じーっと見る。

 僕を見る時間がやけに長い。
 うぅ……
 もしかして、こんな子供っぽい男がモデルに? と反対されているのかな。

「いいわね」
「え?」
「あなた、とてもいいわ……可愛らしさが前面に出ているものの、その奥に隠された芯の強さ。凛とした瞳に、意思の強さを感じさせられる。体はしっかりと鍛えられていて、しかし、無駄に肉はついていない……あぁ、なんて最高なのかしら!」
「は、はぁ……」

 褒められているのかな?

 ソフィアは、なんでドヤ顔をするの?

「ねえ、あなた!」
「は、はい?」
「結婚式だけじゃなくて、その後も私のところでモデルをやらない?」
「えぇ!?」
「色々な服を着てもらって、私の店の服をアピールしてほしいの。それと、案内用に絵に残して……あ、女性用の服を着るのもありね」

 今、とんでもなく不穏な言葉が聞こえてきたような。

「え、えっと……とりあえず、依頼を先にしたいんですけど」
「あ、それもそうね。みんな!」

 奥から複数人の女性が現れた。

「こちらの方のサイズを測ってちょうだい。私は、この子のサイズを測るわ」
「「えっ」」

 僕とソフィアの驚きの声が重なる。

「待ってください。フェイトのサイズはあなたが測るんですか?」
「ええ、そうよ」
「そんな美味しい役目を他の人に……」
「ソフィア?」
「私がやります! フェイトに堂々と触れるチャンス……ではなくて、私がフェイトのパートナーですから!」
「ソフィア?」

 欲望が漏れているよ?

「でもあなた、きちんと測ることはできるの? こういうのって、適当にやるだけじゃダメなのよ。きちんと正確に測らないとダメ」
「うっ、それは……」
「知識がないならダメ。悪いけど、ここは譲るつもりはないわ」
「フェイトに変なことをしませんか?」
「……しないわよ」

 今の間は!?

「さあさあ、剣聖様はこちらへ」
「ふふ、こんなにも極上の素材がやってくるなんて……」
「測るついでに、色々と教えてさしあげましょう」
「え? え?」

 ソフィアの顔が青くなる。
 僕の心配をするどころじゃないと気づいたらしい。

「さあ、行きましょう」
「みっちりねっとり丁寧に測ってあげますわ」
「ふふ、楽しみね。どんな声で鳴いてくれるのかしら」
「あ、いえ、その……やっぱり私は……」
「「「さあ、行くわよ!!!」」」
「いやぁあああああーーーーー!?」

 ソフィアは引きずられるようにして店の奥に消えた。

 だ、大丈夫かな……?

「それじゃあ」

 がしっと、肩を掴まれた。
 恐る恐る振り返ると、にっこりと笑う女性が。

「私達も仕事をしましょうか」
「え、えっと……はい」

 ダメだ、逃げられない。
 観念した僕は、罠にかかった鹿のような気持ちで頷くのだった。



――――――――――



 その夜。
 採寸を終えてソフィアと合流したけど……
 僕もソフィアもものすごく疲れて、魂が抜けたような顔をしていたけど、互いに深く追求することはしないのだった。
 数日が過ぎて……
 いよいよ依頼当日。

 僕達は会場となる教会を訪れた。

「わー!」
「オンッ!」

 教会に飾られた巨大なステンドグラスを見て、アイシャが瞳をキラキラと輝かせた。
 スノウも尻尾をぶんぶんと振っている。

 教会の中を見るのは初めてなんだろうな。
 これはすごい! という感じで、トテテテと教会内を見て回っている。

 その後ろを保護者のようにリコリスがついていく。

「あーこらこら、壺とか触ったらダメよ。それ、高そうだからね」
「綺麗……」
「ワフッ」
「ステンドグラスもダメ。ってか、届かないでしょ。ジャンプしても無理。え? 代わりにあたしに触ってきてほしい? 意味あるの、それ?」

 とりあえず、アイシャとスノウはリコリスに見てもらえば問題ないかな。
 本人達は楽しそうなので、そこまで大きな問題はないだろう。

「ようこそ、お待ちしておりました」

 奥からピシリと正装で身を包んだスタッフが現れた。
 この教会の関係者なのだろうけど……

「神父様じゃないんですね」
「自分は結婚式を専門に担当する者でして。教会は神に祈りを捧げる場ではありますが、子供達に簡単な勉強を教えていますし、式を挙げて永遠の愛を誓うこともありますからね。私のような専門の担当者がいるんですよ」
「なるほど」

 勉強になる話だった。
 長く奴隷をやっていたせいか、こういう基本的な知識は足りていないんだよな。

 うーん……いつか、ちゃんと勉強をした方がいいかな?
 剣の腕はそれなりに身についたと思う。
 戦う知識も身についたと思う。

 ただ、一般的な知識はまだまだ。

「画家の方は少し遅れているので、後で紹介しますね。先に着替えを済ませてしまいましょうか」
「はい、わかりました」
「楽しみですね、フェイト」

 ソフィアはるんるん気分のにっこり笑顔だった。

 本当の結婚式じゃないとしても、ドレスを着れることが嬉しいらしい。
 なんとなくだけどわかる。
 やっぱり、女の子にとって結婚式は憧れだろう。
 ウェディングドレスは一生で一度もの。
 着ることができるとなれば、自然と笑顔になっちゃうんだろうな。

 ソフィアのウェディングドレスか……うーん。
 どんな感じになるんだろう?
 綺麗なのは絶対に間違いない。
 でも、僕の想像力が貧弱なせいで、うまく想像できない。

「では、フェイト様はこちらの部屋へ。ソフィア様は、あちらの部屋にどうぞ。中に専門のスタッフが待機しておりますので」
「ありがとうございます」
「えっと……」

 スタッフが少し困った様子で教会の奥を見た。

「うー」
「ガルルルッ」
「ちょ、まった!? 冗談、冗談だから。リコリスちゃんジョーク!」

 アイシャとスノウが尻尾を逆立てて、共にリコリスを睨みつけていた。

 いったい、リコリスはなにをやらかしたんだろう……?

「お連れの方々はどうしましょう……?」
「アイシャちゃん、スノウ。おいで」
「おかーさん!」
「オンッ!」

 本気で怒っていたわけではないらしく、アイシャとスノウはけろっと様子を変えてソフィアに抱きついた。

 一方、リコリスはへろへろとした様子でこちらにやってくる。

「ふぃー、助かったわ……このままだと、美少女可憐妖精リコリスちゃんが、残酷グロテスク妖精リコリスー! になっちゃうところだったわ」
「……なにをやらかしたの?」
「……ナンデモナイワ」

 よくわからないけど、後でお説教かな。
 こういう時は、大抵リコリスが悪い。

「では、こちらへどうぞ」
「はい……えっと」

 ソフィアを見る。

「また後でね」
「はい。楽しみにしていてくださいね」

 本当に楽しみだった。
「はい、こちらで終わりになります」

 別室に案内されて、30分ほどでタキシードに着替え終わる。
 初めて着るものだから大変だったけど、専門のスタッフが手伝ってくれたおかげでなんとかなった。

「へー……いいじゃない、うん。馬子にも衣装っていうものね」
「それ、褒めている?」
「当たり前よ。リコリスちゃんが誰かを褒めるなんて、3万年に一度あるかないかよ」

 とんでもない確率だ。

「ま、安心しなさい。いい感じに男前になっているわ」
「そ、そうかな?」

 ちょっと照れた。
 でも、嬉しい。

 その時、コンコンと扉をちょっと乱雑にノックする音が響いた。
 扉が開いて、アイシャとスノウが顔を見せる。

「おー、おとーさん、かっこいい!」
「オンッ!」

 二人は目をキラキラとさせて、僕のタキシード姿を褒めてくれる。

 ただ、そんな二人もおめかししていた。
 アイシャは可愛い服に着替えて。
 スノウも首と尻尾にアクセサリーをつけている。

「どうしたの、それ?」
「わたし達も一緒に、って言われたの」
「そうなの?」
「えへへー。おとーさん、可愛い?」
「うん、すごく可愛いよ」
「やった!」
「スノウはかっこよくなったよ。首輪と尻尾の鈴、よく似合っているよ」
「オフゥ」

 アイシャが抱きついてきて、スノウは頭を擦り付けてきた。

 そっか、二人も一緒なんだ。
 見ているだけじゃ退屈かと気になっていたけど、これなら安心だ。

「ちょっとちょっと、それじゃああたしはどうなるの?」
「リコリスのこともお願いしてみるよ。妖精が一緒なんて、たぶん、向こうは嬉しいと思うから」

 そんな話をしていると、再び扉をノックする音が。
 そして……

「……」

 思わず言葉を失う。

 扉が開いて姿を見せたのは、ソフィアだった。
 白を基本としたドレスに身を包んでいる。
 胸元にあしらわれた白のバラの造花が綺麗で、彼女の美しさに文字通り花を添えていた。

 それに化粧もしていた。
 派手なものじゃない。
 淡いリップと……頬とか目元になにか。
 ダメだ、化粧はさっぱりわからない。

 でも、いつものソフィアとがらりと印象が変わっていた。
 ちょっと手を加えただけのはずなのに、別人みたいだ。
 これが化粧の力。

「どうですか、フェイト?」
「……」
「こうしてドレスを着ていると、ちょっとうわついた気持ちになってしまいますね。なんていうか……ようやく、あの約束を果たすことができる、そんな気持ちになってしまいます」
「……」
「まあ、今回はモデルなので、本番ではないんですけどね……って、フェイト?」
「うわっ」

 ソフィアが距離を詰めてきて、ぐいっとこちらの顔を覗き込んできた。

「もう、さっきから黙ってどうしたんですか?」
「あ、いや……それは、その……」
「綺麗だよ、とか。可愛いよ、でもいいんですけど……なにかしら感想が欲しいのですが? ……似合っていない、ということはありませんよね?」
「それは絶対にないよ!」

 ついつい強く否定してしまう。

 ソフィアのドレス姿が似合っていない?
 そんなことありえるわけがない、天地がひっくり返ってもありえない。

「その、なんていうか、えっと……あーもうっ、うまく言葉にできない! けど、すごくすごくすごく綺麗だよっ!!!」

 とにかく、その一言だけは伝えないと思い、たくさんの笑顔と強い思いを込めて言った。

 ソフィアは目を大きくして……
 次いで、ほんのりと優しく笑う。

「ありがとうございます」

 僕の花嫁は……こんなにも綺麗だ。