「オォオオオオオオオ!!!」
魔獣ジャガーノートが二度、吠えた。
それは自身の誕生を知らせる産声のようだ。
咆哮に飲み込まれるかのように王都から音が消えた。
誰もが立ち止まり、空の彼方……
王のように君臨したジャガーノートを呆然と見つめている。
でも。
すぐに悲鳴が王都を覆い尽くす。
ゴッ……ガァアアアアアッ!
ジャガーノートが炎を吐いた。
それはドラゴンのブレスに匹敵……いや、それ以上の威力を持つ。
超高熱の炎は、もはや極大魔法と同じだ。
瞬間的に無数の建物が吹き飛び、たくさんの命が失われた。
それは開戦の合図だ。
己を誇示するかのように、ジャガーノートが三度吠える。
そして、王都に住む人々は恐慌状態に陥り、我先に逃げ出した。
――――――――――
目を覚ましたら人間の街の中にいた。
長い眠りについている中で街が拡張されて、いつの間にか人間の活動範囲内に収まっていたのだろう。
なんたる不愉快。
なんていう屈辱。
まさか人間がすぐ近くにいる状態で眠っていたなんて。
大嫌いなものがすぐ近くにある。
考えるだけで腸が煮えくり返るかのようだ。
でも、ちょうどいい。
都合がいい。
これなら、すぐに人間を殺すことができる。
街を壊すことができる。
全てを奪われた。
なら、奪い返してもいいだろう?
そうやってプラスマイナスゼロにするのが道理というものだろう?
遠慮はいらない。
慈悲も情けもいらない。
必要なのは、この身を焼くほどに激しい憎しみだけ。
それがあれば他はいらない。
噛み砕いて。
叩き潰して。
燃やし尽くして。
思う限りの暴虐を繰り広げていこう。
それこそが成すべきこと。
魔に堕ちた者に残された、唯一の使命なのだから。
「ガァアアアアアッ!!!」
空に吠える。
自分はここにいる。
再び大地を踏んでいる。
故に、人間を殺そう。
それこそが自分の正義なのだから。
そうして、災厄となった魔獣は蹂躙を始めた。
始めようとしたのだけど……
「やめろっ!」
「やめなさいっ!」
二人の人間がジャガーノートの行く手に立ちはだかる。
その人間の名前は……
フェイト・スティアート。
ソフィア・アスカルト。
今を生きる人間で、そして、誰かのために戦うことができる剣士だった。
なんて大きさだ。
近くに来て、改めて魔獣ジャガーノートの大きさを実感する。
まるで巨人のよう……いや。
巨人よりも遥かに大きい。
山が動いているかのようだ。
「フェイト、いきますよ!」
「うん!」
ソフィアは右から。
僕は左から。
「破山っ!!!」
交差しつつ、全力の一撃をジャガーノートの右前足に叩きつける。
その巨体は、歩くだけで甚大な被害をもたらしてしまう。
だから、まずは機動力を奪う。
そう考えての攻撃だったけど……
「くっ、硬い……!」
ジャガーノートの毛は鋼鉄のように硬い。
それが全身を覆っていて、天然の鎧となっていた。
刃が通らず、弾き返されてしまう。
「ガァアアアアアッ!」
ジャガーノートが吠えて前足を叩きつけてきた。
虫を払うような適当な動きじゃなくて。
必ず殺すという高い殺意を持った、強烈な一撃だ。
当然、真正面から受け止めるつもりはない。
防御なんて無理。
横に跳んで回避した。
回避したんだけど……
「うわっ!?」
叩きつけた弾みで衝撃波が生まれて、それに巻き込まれてしまう。
上下左右の感覚が一瞬なくなってしまい、数十メートルを一気に吹き飛ばされてしまう。
「いたた……まるで竜巻だ」
「フェイト、大丈夫ですか!?」
ソフィアが隣に着地して、手を貸してくれた。
「うん、なんとか。でも、攻撃も防御もとんでもないね……少しやりあっただけなのに、攻略法がぜんぜん思いつかないよ」
「確かに闇雲の戦っていては難しいですね……それに」
ソフィアは苦い顔でジャガーノートを見た。
ジャガーノートはこちらを大して気にしていない。
手近な建物を破壊して回っている。
「このままだと、王都の被害がとんでもないことになりますね……」
「どうにかして街の外に誘い出したいけど、まずは僕達のことを敵としっかり認識させないと」
なにか方法はないだろうか?
急いで周囲を見回して、とあるものが目に入った。
「アレを使ってみよう」
――――――――――
憎い。
憎い。
憎い。
全てを奪った人間が憎い。
人間も、人間が作り出したものも、なにもかも壊してしまえ。
憎悪に取り憑かれたジャガーノートは破壊を繰り返す。
その時、
ガァアアアアアン!!!
「っ!?」
どこからともなく飛んできた巨大な鐘がジャガーノートの頭部に直撃した。
痛みは大したことないが、それなりの質量と速度があったため、軽く仰け反ってしまう。
それと、鐘の音。
音だけは自慢の毛皮で防ぐことはできず、不協和音としてジャガーノートに届いた。
「ガアアアアアァッ!!!」
鐘を投げてきた人間の二人組を睨み、ジャガーノートは怒りに吠えた。
「ガァアアアッ!」
怒りに吠えるジャガーノートが僕達を追いかけてきた。
全力で逃げるけど、体格差が圧倒的に違うため、少しでも気を抜いたら一瞬で追いつかれてしまいそうだ。
「ソフィア、追いかけてきたよ!」
「このまま街の外まで誘い出しましょう!」
命がけの鬼ごっこだ。
背中がヒヤリとする。
とはいえ、こんなことで音を上げてはいられない。
まずは周囲に被害が出ない場所を確保しないと、まともに戦うことができない。
走って。
走って。
走って。
どうにかこうにか、ほぼ建物がない郊外までジャガーノートを誘い出すことに成功した。
「ここなら全力でいけます……閃っ!!!」
ソフィアの極大の斬撃がジャガーノートに叩きつけられた。
聞くところによると、1万の魔物を一気に葬った奥義らしい。
これならば、と思うのだけど……
「グガァッ!!!」
「かすり傷程度、ですか」
ダメージは通った。
でも、ほんの少しだけ。
なかなか絶望的な状況だ。
諦めるつもりなんて欠片もない。
でも、こいつに勝てるイメージがどうしても湧いてこない。
って、ダメだダメだ。
弱気になったらいけない。
とにかく、色々な手を試して攻略法を見つけないと。
「ソフィア、まずは足を狙おう。あの機動力を奪わないと」
「わかりました。同時に攻撃を叩き込みましょう」
「ガァアッ!!!」
ジャガーノートが吠えて、今度は炎のブレスを吐き出した。
見た目は大きな犬なんだから、竜のような真似をしないでほしい。
「くっ……!」
「これくらい!」
炎の嵐をかいくぐり、ジャガーノートの懐に潜り込んだ。
圧倒的な体格差があるものの、小さい僕達の方が小回りが効く。
「神王竜剣術、壱之太刀……」
「破山っ!!!」
ソフィアと同時に全力の攻撃を叩き込む。
速度、角度、タイミング。
全てが重なり、その威力は倍増する。
「ガァッ!?」
どうにかこうにか防御を突破することができて、多少だけどダメージを与えることができた。
ただ、人で例えるなら打撲をしたくらいだろう。
まだまだ先は長い。
「弱点とかないかな? このまま、あいつのペースに付き合っていたら……」
「機動力を奪う前提の攻撃をしつつ、他の箇所も狙ってみましょう。運にすがるような戦い方になりますが、なにもしないよりはマシかと」
「そうだね、了解」
戦力差は圧倒的。
それでも、とことん食らいついてやる。
絶対に負けてたまるものか。
決意を新たにして、僕とソフィアは再び駆け出して……
「……邪魔をするナ」
ジャガーノートが低い声でそう問いかけてきた。
「……邪魔をするナ」
ジャガーノートが低い声でそう問いかけてきた。
「喋った……?」
「神様のようなものですからね。人語も解することができるのでしょう」
いつでも動けるように構えつつ、ジャガーノートとの対話を試みる。
「あなたは昔、聖獣と呼ばれていたんだよね? 神様のように崇められていた」
「そうダ」
「人間と共存をしていた。獣人も一緒に」
「そうダ」
「そして……酷い裏切りを受けた」
「そうダ!!!」
ジャガーノートが吠えた。
怒りと憎しみと、そして悲しみが凝縮された咆哮だ。
「人間は我から全てを奪っタ! 我は様々なものを与えてきたというのニ、連中は我から全てを奪ったのダ!!!」
「それは……」
「なればこソ、我は人間から全てを奪い返ス! 奪われたから奪ウ、当然の話だろウ? 自然な流れだろウ?」
同情する。
「今度は我の番ダ! 人間の全てを奪ウ! 老若男女関係なク、我の牙と爪で殺してくれよウ! 奴らが築き上げたものを叩き壊してくれよウ! それだけの権利が我にはあるはずダ!!!」
同情してしまうけど……
でも、ダメだ。
ジャガーノートの復讐は正しいかもしれないけど、でも、正しくない。
「悪いけど、邪魔をさせてもらうよ」
「なんだト?」
「あなたの復讐は正当な権利があると思う」
「ならバ……」
「でも、復讐のために手段を選ばないのは間違っている!」
ジャガーノートは復讐のために獣人を犠牲にした。
黎明の同盟なんてものを作り上げて、獣人を贄にして、魔剣を作り上げた。
……仲間で、家族のはずの獣人を犠牲にしたんだ。
いや、殺した。
それを認めるわけにはいかない。
それだけは認められない。
「あなたはもう、手段と目的がごっちゃになっているんだ。殺せればそれでいい。そのためにはなんでもする……子であるはずの獣人も犠牲にした」
「……うるさイ」
「仲間を犠牲にしてまで果たす復讐が正しいなんて、そんなことあるもんか」
「……黙レ」
「同情はする。でも、あなたの行動は認めない。仲間を犠牲にすることが正しいなんて、絶対に認めない!」
「黙れと言ったゾ、人間がぁああああア!!!」
ジャガーノートが吠えて、戦闘態勢に戻る。
結局のところ……
堕ちた聖獣の心は黒一色に染まっていた。
憎んで憎んで憎んで、もう殺すことしか考えられない。
なにをしても、仲間を犠牲にしても、とにかく殺す。殺し尽くす。
それだけ。
「……悲しい存在ですね」
「うん」
殺すためだけに生きる生物なんていない。
でも、ジャガーノートは殺すことしか考えていない。
なら、その歪な執念を断ち切ろう。
悲しみはここで終わらせよう。
そのために……
「あなたを……討つ!」
「やってみロ、人間如きガ!」
第ニラウンド開始だ。
ジャガーノートはその巨体を活かして、突撃をしかけてきた。
かすっただけで終わりだろう。
大きく跳んで避けて……
同時に攻撃を繰り出した。
「無駄ダ。我に刃ハ……ナッ!?」
僕とソフィアの剣がジャガーノートの足を切り裂いた。
予想外の痛みにジャガーノートの動きが止まる。
「今まで適当に攻撃をしていたと思った? 残念、違うよ」
「どれだけ強靭な毛皮だろうと、同じ箇所を攻撃され続けたら、いつか綻びが生じる。私達の狙いに気づくことができなかったみたいですね」
何度も何度も足を攻撃して、そして、その防御を突破した。
確かなダメージを与えることができた。
いける。
自信が湧いてきて、小さな笑みを浮かべた。
「うっとうしイッ!!!」
ジャガーノートはブレスを吐こうとして……
「よいさーっ!」
どこからともなく矢のように飛んできたレナによって、頭部をはたかれた。
「「レナ!?」」
思わぬ人物の乱入に僕とソフィアは驚いた。
いや、彼女だけじゃない。
「真王竜剣術・裏之一……獅子戦吼!」
ゼノアスの痛烈な一撃が炸裂して、ジャガーノートがわずかに怯んだ。
わずかでもあの巨体を怯ませることができるなんて、とんでもない力だ。
僕、よく勝てたなあ……
「どうして二人がここに?」
「それはもちろん、愛するフェイトのためだよ♪」
「心配するな。巫女達はアルマリアと名乗る者に預けておいた」
よかった、アルマリアさんは無事だったんだ。
なら、エリンやクリフも無事だろう。
敵の本拠地からジャガーノートが現れたから、もしかしたら……なんて心配をしていたけど、大丈夫そうだ。
「騎士団が出撃準備を整えている」
「冒険者達も全員、動くみたいだよ」
「援軍は頼もしいけど、街を放っておいて大丈夫なのかな……?」
黎明の同盟の幹部は撃破した。
こうして、二人は味方になってくれている。
でも、構成員を全て倒したわけじゃない。
この機会に……という可能性があるはずだ。
「大丈夫、大丈夫。ボク達が偽の命令を出して混乱させておいたからね。今すぐにどうこう、ってことはないと思うよ」
「俺とレナの裏切りは知らないからな。ほとんどの構成員は偽の命令を信じただろう」
「ありがとう」
僕は一人じゃない。
いつもソフィアが隣にいてくれた。
リコリスが笑顔をくれて、アイシャが癒やしをくれて、スノウが勇気をくれた。
でも、それだけじゃない。
レナやゼノアスと分かり合うことができた。
その他、たくさんの人と知り合い、同じように理解することができた。
「そうだ……僕は、みんなと一緒にいる!」
さらに自信ができた。
それに比例して、不思議な力が湧いてくる。
まだやれる。
これからだ。
どれだけ強大な敵だとしても、負けることは絶対にない。
絶対に。
「よし、いこう!」
――――――――――
なぜだ?
ジャガーノートは困惑していた。
ジャガーノートは圧倒的な力を持つ。
人間なんて、戯れの一撃で粉々にすることができる。
どれだけ鍛え上げられた剣も弾くことができる。
自分は圧倒的な強者だ。
敵う者なんていない。
そのことは相手も理解しているはず。
なのに、人間達は諦めない。
仲間を呼び、愚かな反抗を続けている。
それに意味なんてない、果てに待つのは死だけだというのに、戦い続けている。
どうして?
どうして?
どうして?
「……理解できヌ」
彼らの行いを理解できないのは、ジャガーノートが遥か昔にその感情を捨てたから。
だから理解することができず、彼らの行いを無駄と断じてしまう。
実際はそんなことはない。
少しずつではあるが、彼らの剣はジャガーノートに届いていた。
ジャガーノートが理解できず、昔、捨てたもの……
その名を『希望』という。
「あなたのそれは、復讐なんかじゃない! 子供がそうするように、ただ癇癪を起こして暴れているだけだ!」
「うるさいうるさイ、黙レ!!!」
「本当はわかっているんだよね、こんなことをしても意味はないって。なにも戻るものはないって。なら……」
「黙れと言っタ!!!」
できることならジャガーノートを討伐したくない。
わかりあえるのならわかりあいたい。
そう思い言葉を重ねるものの、彼の心に届くことはない。
目につく全てを破壊する勢いで暴れる。
「フェイト、気持ちはわかりますが、もう……」
「……うん、そうだね」
心も魔獣に堕ちた。
なら、もうできることはない。
「せめて、安らかに眠れることを」
「舐めるナ!!!」
ジャガーノートが怒りに吠えて、ブレスを吐き出した。
超高熱の炎。
直撃したら骨も残らないだろう。
かすっても致命傷だ。
でも、もう覚えた。
「なニ!?」
横に跳んで回避して……
舌のように伸びてくる炎の破片は、剣で地面を砕いて、その破片で相殺した。
「その攻撃はもう通用しないよ」
「同じく、ですね」
「んー……ちょっと攻撃がワンパターンなんだよね」
「力はあるが、それをうまく使いこなせていないな」
「生意気ナ……!!!」
ジャガーノートは再びブレスを吐いた。
今度は先程よりも勢いがあって、広範囲に炎が広がる。
でも、それも芸がない攻撃だ。
ただ範囲を広げただけなら簡単に避けることができる。
事実、僕を含めて、みんな無傷だ。
「フェイト、一気に決めましょう。切り札がないとは限りません」
「うん、そうだね」
僕とソフィアでありったけの一撃を叩き込む。
そうすれば、たぶん、なんとかなるはずだ。
でも……
「我の邪魔を……するなアアアアアアアアッ!!!」
ジャガーノートは空気を震わせるような叫び声を放つ。
暴れる。
暴れる。
暴れる。
デタラメな攻撃を繰り返して、周囲にあるもの全てを破壊していく。
攻撃は単純で見切ることは簡単だ。
しかし、ジャガーノートのような巨体が暴れ回ることで、迂闊に近づくことができないでいた。
それに力を貯めることも難しい。
まずい。
今のところ、ジャガーノートの注意は僕達に向いているものの……
これが王都に向けられたら、どれだけの被害が生まれることか。
できる限りヘイトを買い、ターゲットが移らないようにしないと。
でも、そうすると決定的な一打を叩き込めないわけで……
ものすごくもどかしい。
「なにもかも、全て滅びてしまうがいイ! 我が壊してくれル!!!」
「そんなこと……」
「……させないよ」
ふと、第三者の声が響いた。
炎、氷、雷、土、風……色々な魔法が飛んできた。
それと、数え切れないくらいの矢の雨。
それらがジャガーノートに襲いかかる。
ダメージを与えることは敵わないが、その動きを止めることには成功した。
「すみません、おまたせしました!」
「やあ、元気にやっているかい?」
エリンとクリフ……それと、たくさんの騎士と冒険者の姿があった。
「彼らを援護してください! 後のことなんて考えず、全力で攻撃を!」
騎士団が一斉に動いた。
矢と魔法を放つ。
それらは雨のように降り注いで、ジャガーノートの動きを止める。
「邪魔をするナッ!!!」
苛立った様子でジャガーノートがブレスを放つ。
超光熱の炎が騎士団を飲み……こまない。
「さて、僕達の出番だ」
クリフを始めとする冒険者達が前に出る。
みんなで協力して、魔法で巨大な盾を作り上げた。
それでブレスを受け止めて騎士団を守る。
「みんな、どうして……」
「もちろん、助けに来たのですよ」
「まあ、最初は僕達が助けられる側だったけどね。いやー、まいったまいった。本拠地に突入したら、いきなり崩落するんだもの。危うく生き埋めになるところだったよ」
「どうにかこうにか脱出できましたが、その時には、もうこの魔獣が……すみません。私の任務を果たせませんでした。ですが……」
エリンが剣を構えた。
騎士団も剣を構える。
「今この時、やらなければいけないことは、しっかりと果たしてみせましょう」
「そうだね」
クリフも構えた。
冒険者達も構える。
「スティアートくんには色々と助けられたからね。今度は、僕が助ける番だ」
「エリン……クリフ……」
僕は一人じゃない。
レナがいる、ゼノアスがいる。
エリンがいる、クリフがいる。
騎士団のみんながいる、冒険者のみんながいる。
そして……
「フェイト、いきましょう」
「うん」
ソフィアがいる。
なら、もう……
「絶対に負けない」
――――――――――
「おおおおおぉっ!!!」
最初にゼノアスが突撃した。
巨大な剣を叩きつけるようにして、ジャガーノートに痛烈な一撃を放つ。
「ぐうううううッ……うっとうしイ!!!」
ジャガーノートは巨大な尾で周囲を薙ぎ払う。
いくらゼノアスでもタダでは済まないだろう。
直撃したら、の話だけど。
「防御は任せてください!」
エリン率いる騎士団が前に出た。
身体能力を魔法で強化。
さらにマジックアイテムを使い、即席の盾を展開。
ゼノアスを飲み込もうとした尾を受け止めてみせる。
「次はボクだね♪」
レナが前に出る。
ゼノアスが『力』を体現する者だとしたら、レナは『速』だ。
風よりも速く動いて、ジャガーノートの周囲を駆ける。
ジャガーノートは苛立たしそうにしつつ前足で薙ぐけれど、レナを捉えることはできない。
「ダメダメ、いくら力があっても当たらないと意味がないよ。ってか、さっきも言ったよね? まったく、ちゃんと勉強してよ」
「黙レ、裏切り者メ!」
「裏切り者? 別にいいよ♪ ボクは、ボクの好きなように生きる。君の復讐につきあわされるのとか、正直、迷惑なんだよね」
「貴様ァアアアアア!!!」
「だーかーらー」
レナはにっこりと笑う。
でも、その笑みはとても冷たく、凄みのあるものだった。
「殺しちゃうよ♪」
レナの痛烈な一撃が決まる。
駆けて、駆けて、駆けて……
極限まで速度を上げてからの突撃。
速度が力を与えてくれて、ザンッ! とジャガーノートの尻尾を切り飛ばした。
「くゥッ……!?」
ダメージを受けるとは思っていなかったのだろう。
ジャガーノートは動揺して、動きを止めてしまう。
そこに矢と魔法の雨が降り注いだ。
僕とソフィアも剣撃を飛ばして遠距離攻撃を叩き込む。
「うっとうしイッ!!!」
ジャガーノートが怒りに吠えた。
尻尾が切り飛ばされた?
援軍が来た?
だからどうした。
そんなもので止まることはない。
憎しみが果てることはない。
最後の最期まで駆け抜けるだけだ。
そう体現するかのようにジャガーノートが暴れ回る。
己の体を武器として、破壊の嵐を吹き荒れさせる。
「ぎゃあ!?」
「うあああああ!!!」
騎士や冒険者達が巻き込まれ、悲鳴をあげて吹き飛んでしまう。
無数の家屋が破壊されて残骸が飛び散る。
まずい。
早く決着をつけないと被害は拡大する一方だ。
とはいえ、どうしたものか……
みんなのおかげで優勢になっているものの、決め手に欠けていた。
どうする?
どうすればいい?
「フェイト!」
「リコリス!?」
どこからともなくリコリスが飛んできて、僕の肩に止まる。
「どうしてここに!?」
「こんな状態になっているのに、あたしだけ逃げるなんてできるわけないでしょ。まったく、そこまで薄情なリコリスちゃんじゃないわよ?」
「でも……」
「でももなにもないの! スーパーミラクル美少女リコリスちゃんも力を貸してあげる。それと……」
リコリスの視線を追うと、スノウとアイシャがいた。
アイシャはスノウの背中に乗り、こちらにやってくる。
「おとーさん! おかーさん!」
「アイシャちゃん!? スノウ!?」
「危ないよ! すぐに逃げないと……」
「わたしも……がんばる! 戦う!」
「オンッ!」
二人の決意は固い。
絶対に退かない。
逃げずに戦う、という強くたくましい意思を感じた。
「貴様ァ……!」
アイシャとスノウを見て、ジャガーノートが怒りに吠える。
「ヤツの子である貴様も我を裏切るというのカ!? 我を否定するというのカ!?」
アイシャとスノウはジャガーノートの遠縁の親戚のようなものだ。
そんな二人でさえ、ジャガーノートの味方をすることはない。
敵になる。
その事実に心が蝕まれているらしく、ひどく動揺した様子だった。
怒りに吠えているものの……
でも、その瞳は悲しみと虚しさにあふれているかのようだった。
「誰も彼も我を認めズ……排除するというのカ! 世界が我を拒むのカ!?」
「拒むよ」
アイシャは静かに言う。
その姿はいつもの彼女と違うような……?
「誰もが手を取り合うことができる。でも、あなたはそれを拒否した。言葉を交わすことさえ拒否した。全てを拒絶しているから……せめて、心を開いて? そうすれば、まだ……」
「黙れ黙れ黙れぇエエエエエッ!!!」
あるいはそれは、引き返すことができる最後のチャンスだったかもしれない。
でもジャガーノートはアイシャが差し出した手を振り払い、憎しみの道を突き進むことを選択した。
なら、僕がするべきことは一つ。
決着をつけることだ。
「リコリス、力を貸してくれる?」
「もちろん!」
「ソフィア、ちょっとしたことをお願いしてもいい?」
「任せてください」
僕は、とある賭けに出ることにした。
――――――――――
「レナ、いきますよ!」
「むー、ボクの相方はソフィアか」
「不満ですか?」
「もちろん。フェイトの方がいいな」
「我慢してください」
「ちぇっ」
なんて軽口を叩きつつ、二人の乙女は災厄に挑む。
聖剣と魔剣。
対となる力を持ち、それぞれ攻撃を叩き込む。
「うっとうしイッ!!!」
ジャガーノートは防御を捨てていた。
ソフィアとレナの攻撃ならばそれなりのダメージを受けてしまうが、そんなことはもうどうでもいい。
今は、目の前にいる人間達を消すことしか考えられない。
憎い。
憎い。
憎い。
なにもかも消し飛ばしてやる!
そうやって憎悪を撒き散らしつつ、捨て身の攻撃を繰り返していく。
「くっ、一気に攻勢に出てきましたね……! レナ、気をつけてください」
「わかってる、わかってる。これくらい……うわわ!?」
ジャガーノートに残った尾の一本がレナを捉える。
が、直前でゼノアスが防いだ。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがと。うわー、今のはやばかった」
嫌な汗を拭いつつ、レナはすぐに体勢を立て直した。
そして、再び攻撃に転じる。
「後のことは考えなくて構いません! とにかく、ありったけの矢と魔法を叩き込みなさい!」
「冒険者の意地を見せる時だよ、ここで戦わずいつ戦うっていうんだ!」
エリンとクリフも最大限の援護をした。
彼らはソフィアのような力は持っていない。
遠距離攻撃と治癒、バフをかけることが精一杯だ。
それでもできることはある。
力になっている。
そう信じて、必死に戦い続ける。
「みなさんっ、いきますよ! 私に続いてください!」
ソフィアは激を飛ばして皆をまとめる。
「ジャガーノートは、もはや災厄。その背景に同情することはあるものの、しかし、やつの放つ憎悪を受け入れるわけにはいきません。認めるわけにはいきません。なぜなら、私達には愛する人がいるから。その人達を守らないといけないから。故に、立ち上がるのです。剣を取り、立ち向かうのです。生きるために。守るために……一緒に戦いましょう!!!」
「「「おおおおおぉっ!!!」」」
人々は奮起した。
城のように巨大な獣に怯むことなく、勇気を持って立ち向かう。
――――――――――
これはどういうことだ?
圧倒的な力を持つ我がなぜ人間ごときに押されている?
劣勢を悟ったジャガーノートは混乱の極みにあった。
勝てる戦いだった。
相手が聖剣を持っていようと魔剣を持っていようと、噛み砕き、血肉に変えてやるはずだった。
それなのに、まったくうまくいかない。
気がつけばこちらが体中に傷を負い、少しずつ追い詰められていた。
その原因となる人間は二人。
一人は、聖剣を振る女だ。
そしてもう一人の男は……
「……どこに行っタ?」
フェイトの姿が見えないことに気づいて……
しかし、その時にはすでに手遅れだった。