将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~


「オォオオオオオオオ!!!」

 魔獣ジャガーノートが二度、吠えた。
 それは自身の誕生を知らせる産声のようだ。

 咆哮に飲み込まれるかのように王都から音が消えた。
 誰もが立ち止まり、空の彼方……
 王のように君臨したジャガーノートを呆然と見つめている。

 でも。

 すぐに悲鳴が王都を覆い尽くす。

 ゴッ……ガァアアアアアッ!

 ジャガーノートが炎を吐いた。
 それはドラゴンのブレスに匹敵……いや、それ以上の威力を持つ。
 超高熱の炎は、もはや極大魔法と同じだ。
 瞬間的に無数の建物が吹き飛び、たくさんの命が失われた。

 それは開戦の合図だ。

 己を誇示するかのように、ジャガーノートが三度吠える。
 そして、王都に住む人々は恐慌状態に陥り、我先に逃げ出した。



――――――――――



 目を覚ましたら人間の街の中にいた。
 長い眠りについている中で街が拡張されて、いつの間にか人間の活動範囲内に収まっていたのだろう。

 なんたる不愉快。
 なんていう屈辱。

 まさか人間がすぐ近くにいる状態で眠っていたなんて。
 大嫌いなものがすぐ近くにある。
 考えるだけで腸が煮えくり返るかのようだ。

 でも、ちょうどいい。
 都合がいい。
 これなら、すぐに人間を殺すことができる。
 街を壊すことができる。

 全てを奪われた。
 なら、奪い返してもいいだろう?
 そうやってプラスマイナスゼロにするのが道理というものだろう?

 遠慮はいらない。
 慈悲も情けもいらない。
 必要なのは、この身を焼くほどに激しい憎しみだけ。
 それがあれば他はいらない。

 噛み砕いて。
 叩き潰して。
 燃やし尽くして。
 思う限りの暴虐を繰り広げていこう。
 それこそが成すべきこと。
 魔に堕ちた者に残された、唯一の使命なのだから。

「ガァアアアアアッ!!!」

 空に吠える。

 自分はここにいる。
 再び大地を踏んでいる。
 故に、人間を殺そう。
 それこそが自分の正義なのだから。

 そうして、災厄となった魔獣は蹂躙を始めた。
 始めようとしたのだけど……

「やめろっ!」
「やめなさいっ!」

 二人の人間がジャガーノートの行く手に立ちはだかる。

 その人間の名前は……
 フェイト・スティアート。
 ソフィア・アスカルト。
 今を生きる人間で、そして、誰かのために戦うことができる剣士だった。
 なんて大きさだ。
 近くに来て、改めて魔獣ジャガーノートの大きさを実感する。

 まるで巨人のよう……いや。
 巨人よりも遥かに大きい。
 山が動いているかのようだ。

「フェイト、いきますよ!」
「うん!」

 ソフィアは右から。
 僕は左から。

「破山っ!!!」

 交差しつつ、全力の一撃をジャガーノートの右前足に叩きつける。

 その巨体は、歩くだけで甚大な被害をもたらしてしまう。
 だから、まずは機動力を奪う。
 そう考えての攻撃だったけど……

「くっ、硬い……!」

 ジャガーノートの毛は鋼鉄のように硬い。
 それが全身を覆っていて、天然の鎧となっていた。
 刃が通らず、弾き返されてしまう。

「ガァアアアアアッ!」

 ジャガーノートが吠えて前足を叩きつけてきた。

 虫を払うような適当な動きじゃなくて。
 必ず殺すという高い殺意を持った、強烈な一撃だ。

 当然、真正面から受け止めるつもりはない。
 防御なんて無理。
 横に跳んで回避した。

 回避したんだけど……

「うわっ!?」

 叩きつけた弾みで衝撃波が生まれて、それに巻き込まれてしまう。
 上下左右の感覚が一瞬なくなってしまい、数十メートルを一気に吹き飛ばされてしまう。

「いたた……まるで竜巻だ」
「フェイト、大丈夫ですか!?」

 ソフィアが隣に着地して、手を貸してくれた。

「うん、なんとか。でも、攻撃も防御もとんでもないね……少しやりあっただけなのに、攻略法がぜんぜん思いつかないよ」
「確かに闇雲の戦っていては難しいですね……それに」

 ソフィアは苦い顔でジャガーノートを見た。

 ジャガーノートはこちらを大して気にしていない。
 手近な建物を破壊して回っている。

「このままだと、王都の被害がとんでもないことになりますね……」
「どうにかして街の外に誘い出したいけど、まずは僕達のことを敵としっかり認識させないと」

 なにか方法はないだろうか?
 急いで周囲を見回して、とあるものが目に入った。

「アレを使ってみよう」



――――――――――



 憎い。
 憎い。
 憎い。

 全てを奪った人間が憎い。
 人間も、人間が作り出したものも、なにもかも壊してしまえ。

 憎悪に取り憑かれたジャガーノートは破壊を繰り返す。

 その時、

 ガァアアアアアン!!!

「っ!?」

 どこからともなく飛んできた巨大な鐘がジャガーノートの頭部に直撃した。

 痛みは大したことないが、それなりの質量と速度があったため、軽く仰け反ってしまう。
 それと、鐘の音。
 音だけは自慢の毛皮で防ぐことはできず、不協和音としてジャガーノートに届いた。

「ガアアアアアァッ!!!」

 鐘を投げてきた人間の二人組を睨み、ジャガーノートは怒りに吠えた。
「ガァアアアッ!」

 怒りに吠えるジャガーノートが僕達を追いかけてきた。
 全力で逃げるけど、体格差が圧倒的に違うため、少しでも気を抜いたら一瞬で追いつかれてしまいそうだ。

「ソフィア、追いかけてきたよ!」
「このまま街の外まで誘い出しましょう!」

 命がけの鬼ごっこだ。
 背中がヒヤリとする。

 とはいえ、こんなことで音を上げてはいられない。
 まずは周囲に被害が出ない場所を確保しないと、まともに戦うことができない。

 走って。
 走って。
 走って。

 どうにかこうにか、ほぼ建物がない郊外までジャガーノートを誘い出すことに成功した。

「ここなら全力でいけます……閃っ!!!」

 ソフィアの極大の斬撃がジャガーノートに叩きつけられた。
 聞くところによると、1万の魔物を一気に葬った奥義らしい。

 これならば、と思うのだけど……

「グガァッ!!!」
「かすり傷程度、ですか」

 ダメージは通った。
 でも、ほんの少しだけ。

 なかなか絶望的な状況だ。
 諦めるつもりなんて欠片もない。
 でも、こいつに勝てるイメージがどうしても湧いてこない。

 って、ダメだダメだ。
 弱気になったらいけない。
 とにかく、色々な手を試して攻略法を見つけないと。

「ソフィア、まずは足を狙おう。あの機動力を奪わないと」
「わかりました。同時に攻撃を叩き込みましょう」
「ガァアッ!!!」

 ジャガーノートが吠えて、今度は炎のブレスを吐き出した。

 見た目は大きな犬なんだから、竜のような真似をしないでほしい。

「くっ……!」
「これくらい!」

 炎の嵐をかいくぐり、ジャガーノートの懐に潜り込んだ。
 圧倒的な体格差があるものの、小さい僕達の方が小回りが効く。

「神王竜剣術、壱之太刀……」
「破山っ!!!」

 ソフィアと同時に全力の攻撃を叩き込む。
 速度、角度、タイミング。
 全てが重なり、その威力は倍増する。

「ガァッ!?」

 どうにかこうにか防御を突破することができて、多少だけどダメージを与えることができた。

 ただ、人で例えるなら打撲をしたくらいだろう。
 まだまだ先は長い。

「弱点とかないかな? このまま、あいつのペースに付き合っていたら……」
「機動力を奪う前提の攻撃をしつつ、他の箇所も狙ってみましょう。運にすがるような戦い方になりますが、なにもしないよりはマシかと」
「そうだね、了解」

 戦力差は圧倒的。
 それでも、とことん食らいついてやる。
 絶対に負けてたまるものか。

 決意を新たにして、僕とソフィアは再び駆け出して……

「……邪魔をするナ」

 ジャガーノートが低い声でそう問いかけてきた。
「……邪魔をするナ」

 ジャガーノートが低い声でそう問いかけてきた。

「喋った……?」
「神様のようなものですからね。人語も解することができるのでしょう」

 いつでも動けるように構えつつ、ジャガーノートとの対話を試みる。

「あなたは昔、聖獣と呼ばれていたんだよね? 神様のように崇められていた」
「そうダ」
「人間と共存をしていた。獣人も一緒に」
「そうダ」
「そして……酷い裏切りを受けた」
「そうダ!!!」

 ジャガーノートが吠えた。
 怒りと憎しみと、そして悲しみが凝縮された咆哮だ。

「人間は我から全てを奪っタ! 我は様々なものを与えてきたというのニ、連中は我から全てを奪ったのダ!!!」
「それは……」
「なればこソ、我は人間から全てを奪い返ス! 奪われたから奪ウ、当然の話だろウ? 自然な流れだろウ?」

 同情する。

「今度は我の番ダ! 人間の全てを奪ウ! 老若男女関係なク、我の牙と爪で殺してくれよウ! 奴らが築き上げたものを叩き壊してくれよウ! それだけの権利が我にはあるはずダ!!!」

 同情してしまうけど……

 でも、ダメだ。
 ジャガーノートの復讐は正しいかもしれないけど、でも、正しくない。

「悪いけど、邪魔をさせてもらうよ」
「なんだト?」
「あなたの復讐は正当な権利があると思う」
「ならバ……」
「でも、復讐のために手段を選ばないのは間違っている!」

 ジャガーノートは復讐のために獣人を犠牲にした。
 黎明の同盟なんてものを作り上げて、獣人を贄にして、魔剣を作り上げた。

 ……仲間で、家族のはずの獣人を犠牲にしたんだ。
 いや、殺した。

 それを認めるわけにはいかない。
 それだけは認められない。

「あなたはもう、手段と目的がごっちゃになっているんだ。殺せればそれでいい。そのためにはなんでもする……子であるはずの獣人も犠牲にした」
「……うるさイ」
「仲間を犠牲にしてまで果たす復讐が正しいなんて、そんなことあるもんか」
「……黙レ」
「同情はする。でも、あなたの行動は認めない。仲間を犠牲にすることが正しいなんて、絶対に認めない!」
「黙れと言ったゾ、人間がぁああああア!!!」

 ジャガーノートが吠えて、戦闘態勢に戻る。

 結局のところ……

 堕ちた聖獣の心は黒一色に染まっていた。
 憎んで憎んで憎んで、もう殺すことしか考えられない。
 なにをしても、仲間を犠牲にしても、とにかく殺す。殺し尽くす。

 それだけ。

「……悲しい存在ですね」
「うん」

 殺すためだけに生きる生物なんていない。
 でも、ジャガーノートは殺すことしか考えていない。

 なら、その歪な執念を断ち切ろう。
 悲しみはここで終わらせよう。

 そのために……

「あなたを……討つ!」
「やってみロ、人間如きガ!」

 第ニラウンド開始だ。

 ジャガーノートはその巨体を活かして、突撃をしかけてきた。
 かすっただけで終わりだろう。

 大きく跳んで避けて……
 同時に攻撃を繰り出した。

「無駄ダ。我に刃ハ……ナッ!?」

 僕とソフィアの剣がジャガーノートの足を切り裂いた。
 予想外の痛みにジャガーノートの動きが止まる。

「今まで適当に攻撃をしていたと思った? 残念、違うよ」
「どれだけ強靭な毛皮だろうと、同じ箇所を攻撃され続けたら、いつか綻びが生じる。私達の狙いに気づくことができなかったみたいですね」

 何度も何度も足を攻撃して、そして、その防御を突破した。
 確かなダメージを与えることができた。

 いける。

 自信が湧いてきて、小さな笑みを浮かべた。

「うっとうしイッ!!!」

 ジャガーノートはブレスを吐こうとして……

「よいさーっ!」

 どこからともなく矢のように飛んできたレナによって、頭部をはたかれた。
「「レナ!?」」

 思わぬ人物の乱入に僕とソフィアは驚いた。

 いや、彼女だけじゃない。

「真王竜剣術・裏之一……獅子戦吼!」

 ゼノアスの痛烈な一撃が炸裂して、ジャガーノートがわずかに怯んだ。
 わずかでもあの巨体を怯ませることができるなんて、とんでもない力だ。

 僕、よく勝てたなあ……

「どうして二人がここに?」
「それはもちろん、愛するフェイトのためだよ♪」
「心配するな。巫女達はアルマリアと名乗る者に預けておいた」

 よかった、アルマリアさんは無事だったんだ。

 なら、エリンやクリフも無事だろう。
 敵の本拠地からジャガーノートが現れたから、もしかしたら……なんて心配をしていたけど、大丈夫そうだ。

「騎士団が出撃準備を整えている」
「冒険者達も全員、動くみたいだよ」
「援軍は頼もしいけど、街を放っておいて大丈夫なのかな……?」

 黎明の同盟の幹部は撃破した。
 こうして、二人は味方になってくれている。

 でも、構成員を全て倒したわけじゃない。
 この機会に……という可能性があるはずだ。

「大丈夫、大丈夫。ボク達が偽の命令を出して混乱させておいたからね。今すぐにどうこう、ってことはないと思うよ」
「俺とレナの裏切りは知らないからな。ほとんどの構成員は偽の命令を信じただろう」
「ありがとう」

 僕は一人じゃない。
 いつもソフィアが隣にいてくれた。
 リコリスが笑顔をくれて、アイシャが癒やしをくれて、スノウが勇気をくれた。

 でも、それだけじゃない。

 レナやゼノアスと分かり合うことができた。
 その他、たくさんの人と知り合い、同じように理解することができた。

「そうだ……僕は、みんなと一緒にいる!」

 さらに自信ができた。
 それに比例して、不思議な力が湧いてくる。

 まだやれる。
 これからだ。
 どれだけ強大な敵だとしても、負けることは絶対にない。

 絶対に。

「よし、いこう!」



――――――――――



 なぜだ?

 ジャガーノートは困惑していた。

 ジャガーノートは圧倒的な力を持つ。
 人間なんて、戯れの一撃で粉々にすることができる。
 どれだけ鍛え上げられた剣も弾くことができる。

 自分は圧倒的な強者だ。
 敵う者なんていない。

 そのことは相手も理解しているはず。
 なのに、人間達は諦めない。
 仲間を呼び、愚かな反抗を続けている。
 それに意味なんてない、果てに待つのは死だけだというのに、戦い続けている。

 どうして?
 どうして?
 どうして?

「……理解できヌ」

 彼らの行いを理解できないのは、ジャガーノートが遥か昔にその感情を捨てたから。
 だから理解することができず、彼らの行いを無駄と断じてしまう。

 実際はそんなことはない。
 少しずつではあるが、彼らの剣はジャガーノートに届いていた。

 ジャガーノートが理解できず、昔、捨てたもの……
 その名を『希望』という。
「あなたのそれは、復讐なんかじゃない! 子供がそうするように、ただ癇癪を起こして暴れているだけだ!」
「うるさいうるさイ、黙レ!!!」
「本当はわかっているんだよね、こんなことをしても意味はないって。なにも戻るものはないって。なら……」
「黙れと言っタ!!!」

 できることならジャガーノートを討伐したくない。
 わかりあえるのならわかりあいたい。

 そう思い言葉を重ねるものの、彼の心に届くことはない。
 目につく全てを破壊する勢いで暴れる。

「フェイト、気持ちはわかりますが、もう……」
「……うん、そうだね」

 心も魔獣に堕ちた。
 なら、もうできることはない。

「せめて、安らかに眠れることを」
「舐めるナ!!!」

 ジャガーノートが怒りに吠えて、ブレスを吐き出した。

 超高熱の炎。
 直撃したら骨も残らないだろう。
 かすっても致命傷だ。

 でも、もう覚えた。

「なニ!?」

 横に跳んで回避して……
 舌のように伸びてくる炎の破片は、剣で地面を砕いて、その破片で相殺した。

「その攻撃はもう通用しないよ」
「同じく、ですね」
「んー……ちょっと攻撃がワンパターンなんだよね」
「力はあるが、それをうまく使いこなせていないな」
「生意気ナ……!!!」

 ジャガーノートは再びブレスを吐いた。
 今度は先程よりも勢いがあって、広範囲に炎が広がる。

 でも、それも芸がない攻撃だ。
 ただ範囲を広げただけなら簡単に避けることができる。
 事実、僕を含めて、みんな無傷だ。

「フェイト、一気に決めましょう。切り札がないとは限りません」
「うん、そうだね」

 僕とソフィアでありったけの一撃を叩き込む。
 そうすれば、たぶん、なんとかなるはずだ。

 でも……

「我の邪魔を……するなアアアアアアアアッ!!!」

 ジャガーノートは空気を震わせるような叫び声を放つ。

 暴れる。
 暴れる。
 暴れる。

 デタラメな攻撃を繰り返して、周囲にあるもの全てを破壊していく。
 攻撃は単純で見切ることは簡単だ。
 しかし、ジャガーノートのような巨体が暴れ回ることで、迂闊に近づくことができないでいた。
 それに力を貯めることも難しい。

 まずい。

 今のところ、ジャガーノートの注意は僕達に向いているものの……
 これが王都に向けられたら、どれだけの被害が生まれることか。
 できる限りヘイトを買い、ターゲットが移らないようにしないと。

 でも、そうすると決定的な一打を叩き込めないわけで……
 ものすごくもどかしい。

「なにもかも、全て滅びてしまうがいイ! 我が壊してくれル!!!」
「そんなこと……」
「……させないよ」

 ふと、第三者の声が響いた。

 炎、氷、雷、土、風……色々な魔法が飛んできた。
 それと、数え切れないくらいの矢の雨。

 それらがジャガーノートに襲いかかる。
 ダメージを与えることは敵わないが、その動きを止めることには成功した。

「すみません、おまたせしました!」
「やあ、元気にやっているかい?」

 エリンとクリフ……それと、たくさんの騎士と冒険者の姿があった。
「彼らを援護してください! 後のことなんて考えず、全力で攻撃を!」

 騎士団が一斉に動いた。
 矢と魔法を放つ。
 それらは雨のように降り注いで、ジャガーノートの動きを止める。

「邪魔をするナッ!!!」

 苛立った様子でジャガーノートがブレスを放つ。
 超光熱の炎が騎士団を飲み……こまない。

「さて、僕達の出番だ」

 クリフを始めとする冒険者達が前に出る。
 みんなで協力して、魔法で巨大な盾を作り上げた。
 それでブレスを受け止めて騎士団を守る。

「みんな、どうして……」
「もちろん、助けに来たのですよ」
「まあ、最初は僕達が助けられる側だったけどね。いやー、まいったまいった。本拠地に突入したら、いきなり崩落するんだもの。危うく生き埋めになるところだったよ」
「どうにかこうにか脱出できましたが、その時には、もうこの魔獣が……すみません。私の任務を果たせませんでした。ですが……」

 エリンが剣を構えた。
 騎士団も剣を構える。

「今この時、やらなければいけないことは、しっかりと果たしてみせましょう」
「そうだね」

 クリフも構えた。
 冒険者達も構える。

「スティアートくんには色々と助けられたからね。今度は、僕が助ける番だ」
「エリン……クリフ……」

 僕は一人じゃない。

 レナがいる、ゼノアスがいる。
 エリンがいる、クリフがいる。
 騎士団のみんながいる、冒険者のみんながいる。

 そして……

「フェイト、いきましょう」
「うん」

 ソフィアがいる。
 なら、もう……

「絶対に負けない」



――――――――――



「おおおおおぉっ!!!」

 最初にゼノアスが突撃した。
 巨大な剣を叩きつけるようにして、ジャガーノートに痛烈な一撃を放つ。

「ぐうううううッ……うっとうしイ!!!」

 ジャガーノートは巨大な尾で周囲を薙ぎ払う。
 いくらゼノアスでもタダでは済まないだろう。

 直撃したら、の話だけど。

「防御は任せてください!」

 エリン率いる騎士団が前に出た。

 身体能力を魔法で強化。
 さらにマジックアイテムを使い、即席の盾を展開。
 ゼノアスを飲み込もうとした尾を受け止めてみせる。

「次はボクだね♪」

 レナが前に出る。

 ゼノアスが『力』を体現する者だとしたら、レナは『速』だ。
 風よりも速く動いて、ジャガーノートの周囲を駆ける。

 ジャガーノートは苛立たしそうにしつつ前足で薙ぐけれど、レナを捉えることはできない。

「ダメダメ、いくら力があっても当たらないと意味がないよ。ってか、さっきも言ったよね? まったく、ちゃんと勉強してよ」
「黙レ、裏切り者メ!」
「裏切り者? 別にいいよ♪ ボクは、ボクの好きなように生きる。君の復讐につきあわされるのとか、正直、迷惑なんだよね」
「貴様ァアアアアア!!!」
「だーかーらー」

 レナはにっこりと笑う。
 でも、その笑みはとても冷たく、凄みのあるものだった。

「殺しちゃうよ♪」
 レナの痛烈な一撃が決まる。

 駆けて、駆けて、駆けて……
 極限まで速度を上げてからの突撃。
 速度が力を与えてくれて、ザンッ! とジャガーノートの尻尾を切り飛ばした。

「くゥッ……!?」

 ダメージを受けるとは思っていなかったのだろう。
 ジャガーノートは動揺して、動きを止めてしまう。

 そこに矢と魔法の雨が降り注いだ。
 僕とソフィアも剣撃を飛ばして遠距離攻撃を叩き込む。

「うっとうしイッ!!!」

 ジャガーノートが怒りに吠えた。

 尻尾が切り飛ばされた?
 援軍が来た?

 だからどうした。

 そんなもので止まることはない。
 憎しみが果てることはない。
 最後の最期まで駆け抜けるだけだ。

 そう体現するかのようにジャガーノートが暴れ回る。
 己の体を武器として、破壊の嵐を吹き荒れさせる。

「ぎゃあ!?」
「うあああああ!!!」

 騎士や冒険者達が巻き込まれ、悲鳴をあげて吹き飛んでしまう。
 無数の家屋が破壊されて残骸が飛び散る。

 まずい。
 早く決着をつけないと被害は拡大する一方だ。

 とはいえ、どうしたものか……
 みんなのおかげで優勢になっているものの、決め手に欠けていた。

 どうする?
 どうすればいい?

「フェイト!」
「リコリス!?」

 どこからともなくリコリスが飛んできて、僕の肩に止まる。

「どうしてここに!?」
「こんな状態になっているのに、あたしだけ逃げるなんてできるわけないでしょ。まったく、そこまで薄情なリコリスちゃんじゃないわよ?」
「でも……」
「でももなにもないの! スーパーミラクル美少女リコリスちゃんも力を貸してあげる。それと……」

 リコリスの視線を追うと、スノウとアイシャがいた。
 アイシャはスノウの背中に乗り、こちらにやってくる。

「おとーさん! おかーさん!」
「アイシャちゃん!? スノウ!?」
「危ないよ! すぐに逃げないと……」
「わたしも……がんばる! 戦う!」
「オンッ!」

 二人の決意は固い。
 絶対に退かない。
 逃げずに戦う、という強くたくましい意思を感じた。

「貴様ァ……!」

 アイシャとスノウを見て、ジャガーノートが怒りに吠える。

「ヤツの子である貴様も我を裏切るというのカ!? 我を否定するというのカ!?」

 アイシャとスノウはジャガーノートの遠縁の親戚のようなものだ。
 そんな二人でさえ、ジャガーノートの味方をすることはない。
 敵になる。

 その事実に心が蝕まれているらしく、ひどく動揺した様子だった。

 怒りに吠えているものの……
 でも、その瞳は悲しみと虚しさにあふれているかのようだった。

「誰も彼も我を認めズ……排除するというのカ! 世界が我を拒むのカ!?」
「拒むよ」

 アイシャは静かに言う。
 その姿はいつもの彼女と違うような……?

「誰もが手を取り合うことができる。でも、あなたはそれを拒否した。言葉を交わすことさえ拒否した。全てを拒絶しているから……せめて、心を開いて? そうすれば、まだ……」
「黙れ黙れ黙れぇエエエエエッ!!!」

 あるいはそれは、引き返すことができる最後のチャンスだったかもしれない。
 でもジャガーノートはアイシャが差し出した手を振り払い、憎しみの道を突き進むことを選択した。

 なら、僕がするべきことは一つ。
 決着をつけることだ。
「リコリス、力を貸してくれる?」
「もちろん!」
「ソフィア、ちょっとしたことをお願いしてもいい?」
「任せてください」

 僕は、とある賭けに出ることにした。



――――――――――



「レナ、いきますよ!」
「むー、ボクの相方はソフィアか」
「不満ですか?」
「もちろん。フェイトの方がいいな」
「我慢してください」
「ちぇっ」

 なんて軽口を叩きつつ、二人の乙女は災厄に挑む。

 聖剣と魔剣。
 対となる力を持ち、それぞれ攻撃を叩き込む。

「うっとうしイッ!!!」

 ジャガーノートは防御を捨てていた。
 ソフィアとレナの攻撃ならばそれなりのダメージを受けてしまうが、そんなことはもうどうでもいい。

 今は、目の前にいる人間達を消すことしか考えられない。

 憎い。
 憎い。
 憎い。

 なにもかも消し飛ばしてやる!
 そうやって憎悪を撒き散らしつつ、捨て身の攻撃を繰り返していく。

「くっ、一気に攻勢に出てきましたね……! レナ、気をつけてください」
「わかってる、わかってる。これくらい……うわわ!?」

 ジャガーノートに残った尾の一本がレナを捉える。
 が、直前でゼノアスが防いだ。

「大丈夫か?」
「う、うん……ありがと。うわー、今のはやばかった」

 嫌な汗を拭いつつ、レナはすぐに体勢を立て直した。
 そして、再び攻撃に転じる。

「後のことは考えなくて構いません! とにかく、ありったけの矢と魔法を叩き込みなさい!」
「冒険者の意地を見せる時だよ、ここで戦わずいつ戦うっていうんだ!」

 エリンとクリフも最大限の援護をした。

 彼らはソフィアのような力は持っていない。
 遠距離攻撃と治癒、バフをかけることが精一杯だ。

 それでもできることはある。
 力になっている。
 そう信じて、必死に戦い続ける。

「みなさんっ、いきますよ! 私に続いてください!」

 ソフィアは激を飛ばして皆をまとめる。

「ジャガーノートは、もはや災厄。その背景に同情することはあるものの、しかし、やつの放つ憎悪を受け入れるわけにはいきません。認めるわけにはいきません。なぜなら、私達には愛する人がいるから。その人達を守らないといけないから。故に、立ち上がるのです。剣を取り、立ち向かうのです。生きるために。守るために……一緒に戦いましょう!!!」
「「「おおおおおぉっ!!!」」」

 人々は奮起した。
 城のように巨大な獣に怯むことなく、勇気を持って立ち向かう。



――――――――――



 これはどういうことだ?
 圧倒的な力を持つ我がなぜ人間ごときに押されている?

 劣勢を悟ったジャガーノートは混乱の極みにあった。

 勝てる戦いだった。
 相手が聖剣を持っていようと魔剣を持っていようと、噛み砕き、血肉に変えてやるはずだった。

 それなのに、まったくうまくいかない。
 気がつけばこちらが体中に傷を負い、少しずつ追い詰められていた。

 その原因となる人間は二人。
 一人は、聖剣を振る女だ。
 そしてもう一人の男は……

「……どこに行っタ?」

 フェイトの姿が見えないことに気づいて……
 しかし、その時にはすでに手遅れだった。