「ここが、十一層への道よ」

 部屋の中央にある泉から水が抜けて、その奥から階段が現れた。
 リコリスが操作しないと先に進めない仕掛けになっているらしい。

「でも、それならどうして魔物が?」
「ゴースト系の魔物だから、すり抜けられたの。結界を張っているわけじゃないから、防ぎようがなくて……」
「なるほど」

 ゆっくりと隠し階段を降りていく。

 俺とソフィアは、共に剣の柄に手をつけていた。
 いつ、なにが起きてもいいように、最大限の警戒が必要だ。

「そういえば……」

 ふと思い出した様子で、ソフィアが尋ねる。

「今まで、十層に到達した人はいなかったのですか?」
「何人かいたわよ」
「その人たちに頼むということは?」
「しないわ。だって、どいつもこいつも財宝のことばかりしか頭になくて、あたしのお願いなんて絶対に聞いてくれそうにないんだもの。たぶん、あたしが姿を見せても、『やった、超絶美少女可憐妖精だ! 捕まえて売るか、一生、かわいがろう!』っていう反応しかないわね」
「さりげなく自分をアピールするところはともかく……そうですね。妖精であるリコリスの頼みを聞くような人は少ないでしょうね」
「そうかな?」
「そうですよ。基本的に、世の中の冒険者は、あのシグルド達のような連中が多いですよ」
「いやな世の中だなあ……」

 とはいえ、ソフィアのような冒険者もいる。
 だから、絶望することないけどね。

「その点、あんたは合格よ!」

 ひらりとリコリスが僕の前にやってきて、ビシッと指を差してきた。

「ちょっと頼りないところはあるけど、でも、それなりに誠実そう。バカがつくくらいの真面目なのかしら? うーん……でも、顔は好みかしら? まあまあね。及第点をあげる」
「えっと……僕、褒められているの?」
「もちろんよ。このあたしがここまで言うなんて、なかなかないことよ。誇っていいわ」

 普段のリコリスを知らないため、判断のしようがない。

「人間にしては良いヤツっぽいし……なんなら、後でおねーさんが良いことしてあげましょうか?」
「なっ!?」
「?」

 リコリスが妖しく笑い、ソフィアが慌てる。

 しかし、僕は首を傾げる。
 リコリスの言う良いことって、どういうことだろう?

 冒険者としての知識は、シグルド達の奴隷をしていたことで、そこそこあると思う。
 ただ、それ以外の一般常識や専門知識となると、どうにも不得手なところがあり……
 リコリスがなにを言いたいのか理解できない。

「なにを言っているのですか、あなたは!? フェイトに変なことを言わないでください!」
「なんでソフィアが怒るのよ?」
「私が、フェイトの幼馴染だからです!」
「それ、アレでしょ? 幼馴染っていうだけで、特に進展していないんでしょ?」
「結婚の約束をしました!」
「どうせそれも、子供の頃の約束なんでしょ? で、ソフィアだけが覚えてて、肝心のフェイトは忘れて、いつの間にかなあなあになっちゃう、っていう」
「むぐっ」

 いや、僕はちゃんと覚えているよ?

「そんなんでフェイトを独占しようなんて、片腹痛いわね。この超絶天才可憐かわいいリコリスちゃんが寝取ってあげる!」

 寝取る、ってなんだろう?

「……」
「ソフィア?」
「そのようなことをしたら……斬ります」
「「ひぃっ!?」」

 ソフィアが、キラリとわずかに刃を覗かせた。
 彼女の本気を感じ取り、俺とリコリスは悲鳴をあげる。

 ……そんなバカなやりとりをしつつ、僕らは十一層へ。

 十一層はとても広い部屋だ。
 大人数でスポーツができるほどに広い。

 奥に扉が一つ、見える。
 普通の扉ではなくて、封印が施されているみたいだ。
 たぶん、あれが宝物庫なのだろう。

「魔物は?」
「うーん……それが、どこにいるのかよくわからないのよね。あたしまでやられるわけにはいかないから、二回くらいしか様子を見に来たことはないの」
「なら、どんなヤツなのかもわからない?」
「なんていう種類か、それはわからないけど、姿を見たことならあるわ。壁をすり抜けることができて、ボロ布をまとった骸骨で、大きな鎌を持っていたわ」
「それは、もしかして……」
「死神ですね」

 僕とソフィアは目を合わせて、頷く。
 意見が一致した瞬間だ。

「死神? なによそれ、そんな魔物がいるの?」
「希少種と呼ばれている、数が少なくて、とても珍しい魔物ですね。昔は、人の魂を天に運ぶ使者と呼ばれていたのですが……最近では、ただの質の悪い魔物であることが判明して、各地で討伐されています」
「ただ、けっこう面倒な相手なんだよね? 確か」
「はい、そうですね。リコリスが言ったように、物質透過能力を持つため、なかなかに手強い相手です。Aランクに指定されていますね」

 ソフィアがいるから、Aランクでも問題はない。
 ……なんていう考えは甘く、とても危険なものだ。

 下手をしたら、彼女の足を引っ張ってしまうだろうし……
 そうなると、最悪の事態に発展することも考えられる。
 そんなことにならないように、しっかりと注意していこう。

「見た感じ、魔物はどこにもいないけど……」
「相手が死神だとしたら、壁や床の中に潜んでいてもおかしくありません。気をつけていきましょう」
「そうだね」
「リコリスは、私達から絶対に離れないでください」
「え、ええ」

 どこかに魔物がいるかもしれないと、さすがのリコリスも緊張した様子だ。

 少しずつ歩を進めつつ、周囲の気配を探る。
 今のところ、なにもないけど……

「フェイト!」
「っ!?」

 ソフィアの声に反応して、僕は横に跳んだ。
 直後、地面から鎌が勢いよく生えてくる。

「……外シタカ」

 どこからともなく、錆びついた鉄をこすり合わせたような、そんな声が聞こえてきた。

「これ、死神だよね」
「ですね……」
「それにしても、今、鎌だけが飛び出してきたけど……本体は壁や床に潜んだまま、そんな状態で攻撃できるっていうこと? 反則だよね、それ」
「だから、あたしも困っているのよ。追い出そうとしても、すぐに壁や床に潜られて逃げられちゃうし……どうしようもないのよね」

 はぁ、とリコリスがため息をこぼした。

 自分よりも大事な宝物を守るという彼女のために、なんとかして死神を討伐したいものの……うーん、どうすればいいんだろう?

「壁や床に傷をつけることはまずいですか?」
「ん? ある程度なら別にいいけど、どうするつもり?」
「壁や床に潜んでいるなら、それごと、叩き切ろうかと思いまして」

 なんていう力技。

「ソフィアならできるかもしれないけど、下手したら、このダンジョンが崩落しない? あと、リコリスの大事なものが傷つく可能性も……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それはダメ、絶対ダメよ!? そんなことしたら、末代まで呪ってやるからね!? 妖精の呪いは怖いわよ。具体的に言うと、えっと、えっと……とにかく怖いの! だから……ひゃあああああ!?」

 天井近くで抗議していたリコリスは、突然、ぬるっと生えてきた骨の手に掴まれた。