その後も、ダンジョンの攻略は難航した。
五分ごとに構造が変わる、複雑な立体迷路を攻略したり。
番人が出す問題を十問連続で正解しないと先へ進めなかったり。
暗号を解いて鍵を探すハメになったり。
予想しないトラップばかりで、なかなかに苦戦させられた。
なるほど。
こんなトラップばかりだったら、全てをクリアーするのはかなり難しい。
妖精の剣は、そんなトラップに守られているのだろう。
だから、誰も手にしていない。納得だ。
「ソフィアは、妖精のゆりかごが、全何層なのか知っている?」
「少し曖昧な情報になってしまうのですが……とある情報筋からは、全十層と聞いています。ただ、絶対とは言い切れませんが」
「うーん、その情報を信じるなら、今は八層だから、あと少しっていうところか」
ゴールに近づいていると信じたい。
ここのトラップは、精神がゴリゴリと削られていくから……
できることなら、そろそろ終わりにしたい。
でないと、精神的な疲労から倒れてしまいそうだ。
「ソフィアは大丈夫? 疲れていない?」
「はい、大丈夫ですよ。これでも剣聖なので、まだまだ問題ありません」
「すごいなあ、ソフィアは。僕は、けっこう疲れてきたよ」
「なら、少し休憩しましょうか? 次の間に繋がる通路なら、たぶん、トラップはないはずですから」
「ううん、大丈夫。今までは、疲れていても病気になっていたとしても、動かないといけなかったからね。それに比べれば、かなり楽だよ」
「そんなことを聞かされても、まったく安心できないのですが……」
「本当に大丈夫だから。厳しい時は、素直に言うよ」
「絶対ですよ? 約束してくださいね?」
「うん、約束」
指切りを交わした。
それから、次のトラップがあるであろう部屋に。
こちらの部屋は、今までと比べると狭い。
なにもないのは今までと同じだけど……
突然、仕掛けが作動したりするから、油断はできない。
「さて……今度は、どんなトラップなのかな?」
「気をつけてくださいね、フェイト。今までは非殺傷生のものでしたが、最深部に近づいてきた今、もしかしたら」
「……」
あれ?
途中でソフィアの台詞が途切れて、不思議に思い振り返ると、
「ソフィア?」
いつの間にか、彼女の姿が消えていた。
さっきまで、確かに数歩後ろにいたはずなのに、どこにもいない。
「これは……もしかして、すでにトラップが?」
人を一瞬で消してしまうなんて、いったい、どんな方法が使われたのだろう?
最大限に警戒するのだけど……
でも、カラクリがまったく理解できない以上、警戒しても意味がないかもしれない。
「これから、いったいなにが……うん?」
ガコン、という音と共に壁に亀裂が走り、扉が作り上げられる。
その扉が開くと……
「「フェイト?」」
それぞれの扉からソフィアが現れた。
ただし、二人。
「え?」
あまりにも予想外の光景に、一瞬、思考が停止してしまう。
そうしている間に、二人のソフィアは互いの存在に気がついたらしく、共に怪訝そうな顔をする。
「「あなたは誰ですか?」」
「「……」」
「「私の真似をしないでくれませんか?」」
声、仕草、雰囲気……全てが同じだ。
二人のソフィアは瓜二つ。
並行世界から別のソフィアを連れてきた、と言われたら納得してしまうかもしれない。
でも、そんなことはないだろう。
たぶん、これがトラップ。
本物のソフィアを見極めろ、という内容なのだろう。
それは二人のソフィアも理解したらしく、それぞれに自分が本物であることを訴える。
「「フェイト、騙されないでください。私が本物のソフィアです」」
「えっと……」
「「よく見てください。こちらの私は、わずかに違和感があります。私の幼馴染のフェイトなら、きっと気づくことができます」」
「あー……」
「「というか、いい加減に私の真似をやめてくれませんか? トラップとはいえ、私の真似をされるのは不愉快です」」
「んー……」
「「まったく、口の減らないニセモノですね……さあ、フェイト。ニセモノだと思う方を、バッサリと斬ってください」
「えっ、これ、そういう方法で答えを選ぶの?」
「「はい」」
二人のソフィアが頷いた。
それぞれ、僕に対する絶対の信頼を瞳に宿している。
二人共、僕の知るソフィアだ。
どちらも本物に見える。
見えるのだけど……
でも、僕は最初から答えがわかっていた。
一目見て、本物かニセモノか見分けがついた。
絶対の自信がある。
間違う可能性なんて欠片もない。
ただ……
「ごめん、斬るのはダメ」
「「え?」」
「それしか解決方法がないとしても、ニセモノだとしても、ソフィアを斬りたくないよ。絶対に無理。そうしないと攻略できないっていうのなら、いいや。諦めて帰るよ。だから、ソフィアを返してくれないかな?」
「「フェイト、なにを言っているのですか? 私達のうち、どちらかを選んで……」
「二人共、ニセモノだよね?」
「「っ!?」」
声も、姿も、仕草も……全てソフィアにそっくりだ。
他の人なら騙されていたかもしれない、悩んでいたかもしれない。
でも、僕を騙すことはできない。
なにしろ……僕は、ソフィアの幼馴染なのだから。
「本物のソフィアは、君達のうち、どちらでもない。それが僕の答え」
「「……」」
しばらくの沈黙の後、
「「なるほど、目は確かなようですね」」
「これで終わり?」
「「いいえ、まだです」」
二人のソフィアは妖しい笑みを浮かべると……
おもむろに上着をはだけ、白い肌を露出させた。
二人は偽物。
偽物なんだけど……
好きな女の子とそっくりな姿で、そんなことをされたら、さすがに……
「な、なにを!?」
「「ここで引き返すのなら、私達のことを好きにしてもいいですよ?」」
「そんなこと……」
「「今度は即答しないのですね」」
「うっ……」
いや、それは……
僕も男だから。
ダメだとわかっていても、なんかこう、心揺れてしまう時が……
って、ダメだダメだ!
こんなことをソフィアに知られたら……
『フェイト……ナニをしていたのですか?』
頭の中で、にっこり笑顔で激怒するソフィアが鮮明に思い浮かんだ。
「と、とにかく、そういうことはしないから! ダメ、絶対にダメ!」
「「……」」
二人のソフィアは無機質な顔に戻る。
そして、その体が蜃気楼のように揺らいで、消えて……
「あら?」
代わりに、新しいソフィアが現れた。
うん、間違いない。
このソフィアは本物だ。
「ふぅ……危なかった」
「え? どういうことですか?」
「おかえり、ソフィア」
「フェイト? えっと、その……はい、ただいまです」
安堵故に思わず抱きしめると、恥ずかしそうにしつつも、ソフィアは抱きしめ返してくれた。
話を聞くと、ソフィアは暗闇の中に閉じ込められていたらしい。
彼女の推測では、トラップで亜空間に飛ばされたのではないか? とのこと。
出口はなし。
脱出する方法はわからない。
ならば、いっそのこと次元を切り裂いてみようか?
なんて、とても物騒なことを考え始めた頃……
突然、トラップが解除されて、ここに戻ってこられたという。
そんなソフィアに、ここで起きたことを説明した。
「私の偽物が……なんて厄介なトラップを。私がそちらのトラップにかかっていたら、危なかったかもしれませんね」
「え? そうかな? ソフィアが苦戦するとは思えないんだけど」
「大苦戦ですよ。フェイトが二人いるなんて……天国じゃないですか!」
ぐっと拳を握りしめつつ、ソフィアが強く言う。
その目は、ちょっとおかしい。
「右を見てもフェイト、左を見てもフェイト。すばらしいですね。きっと、私はどちらも持ち帰るでしょうね。そして……はっ!?」
「……」
「えっと……今のは、その、なんていうか……」
「ソフィア」
「……はい」
「とりあえず、なにも見なかった、ということでいいかな?」
「お願いします……」
ものすごく恥ずかしそうにしつつ、ソフィアは小さく頷いた。
たまに暴走するところも、彼女らしいところでもある。
「トラップの話だけど……僕の方で解除したから、ソフィアのトラップも解除されたのかもしれないね」
「そうかもしれませんね。ありがとうございます、フェイト」
「ううん、どういたしまして」
「ところで、ソフィアの方はどんなトラップが?」
「大したことはありませんよ。Aランク相当の魔物の群れ、百匹以上でしょうか? それらにまとめて襲いかかられただけですね」
「だけ、って……気軽に言えるようなことじゃないと思うんだけど」
「あれくらい、大したことありませんよ」
さっき、罠にかかっていなくて本当に良かった。
心底、そんなことを思う僕だった。
「フェイト?」
「な、なんでもないよ」
とにかくも、ソフィアが無事でなによりだ。
「こんなトラップ、誰が用意したんだろう?」
「噂によると、妖精らしいですよ」
「妖精が?」
「最深部にある剣は、妖精が鍛えたと言われていますからね。誰にも渡したくないらしく、自分で守り、そのためにトラップを設置した……と、一部では言われています」
「なるほど、納得できる話だね。でも、そうなると、最深部には剣だけじゃなくて、妖精もいるのかな?」
「かもしれないですね」
「うーん、妖精かぁ……」
奴隷だった頃、色々なところを回ったけど、妖精を見かけたことはない。
どんな姿をしているのだろう?
物語にあるように、小さいのだろうか?
綺麗な羽が生えているのだろうか?
「見てみたいのですか?」
「え、なんで僕の考えていることが……」
「私は、フェイトのことならなんでもわかるのですよ」
「なんて」と挟み、ソフィアは舌をぺろっと出す。
「というのはウソです。フェイトは、とてもわかりやすいですからね。考えていることが、すぐ顔に出ます」
「そう、なのかな?」
「そうですよ。カードゲームをする時などは気をつけてくださいね」
「うーん……そんな機会、あるかどうかわからないけど、了解。気をつけるよ」
「では、次の階層へ向かいましょう」
また同じようなトラップがあるかもしれない。
あるいは、今以上に凶悪で厄介なトラップがあるかもしれない。
細心の注意を払いつつ、僕とソフィアは九層の攻略に乗り出した。
なにが待ち受けているか?
けっこうドキドキしたのだけど……
特にこれといって大きな障害に遭遇することはなくて、無事に攻略完了。
最下層の十層に辿り着いた。
「情報通り、ここが最下層みたいだね」
まっすぐに伸びた通路の先に扉が見える。
おそらく、扉の先が最深部なのだろう。
そう思わせる雰囲気が漂っていた。
扉の前に移動して、耳を当てて、向こうの様子を探る。
「なにかわかりますか?」
「うーん……少なくとも魔物はいないみたいだけど、細かいところはよくわからないかな。開けてみるしかないかも」
「なら、開けてみましょう」
「ソフィアって、けっこう大胆だよね」
「ふふっ。伊達に剣聖は名乗っていませんよ?」
ソフィアが前、僕が後ろ。
ちょっと情けないけど、でも、彼女の方が力は圧倒的なので、これが正しい。
布陣を決めて、扉の向こうへ突入する。
「……あれ?」
「空っぽ……ですね」
一目で全部が見えるくらい、小さな部屋。
中央に泉が湧いているだけで、他になにもない。
「この泉の底に、さらなる階層があるとか?」
「底が見えるので、それはないかと。他に、なにかしら仕掛けがあるのかもしれません。探してみましょう」
「了解」
二人で手分けをして部屋を調べる。
見落としがないように、徹底的に調査する。
ただ、なにも見つけられなくて、時間だけが過ぎていく。
「うーん……あまり想像したくないのですが、もしかしたら、妖精が鍛えたという剣は誰かに持ち去られた後なのかも。これだけ探してもなにもないとなると、そう考える以外に……」
「残念だけど、確かに、そう考えるのが自然かもね……あれ?」
ふと、違和感を覚えた。
なんていえばいいのか……
言葉にしづらいのだけど、なにかがおかしい、と本能が訴えてくる。
「……これは」
「フェイト、どうしたのですか?」
「ちょっとまって、なにかが……」
その時、第三者の気配がした。
今まで巧妙に隠していたのだけど、一瞬、気配が漏れた。
「そこ!」
「ひゃあ!?」
なにもないところに手を伸ばす。
すると、がしっとなにかを掴むことができて、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「えっ、今の声は……というか、フェイトは、なにかを掴んでいるように見えますが……なにを?」
「僕もよくわからないんだけど、ここになにかがいるよ」
手に伝わる感触からして、手の平サイズより少し大きいくらいだろうか?
透明な、なにかがいる。
「くうううっ、ちょっと、離しなさいよ!」
「えっ」
そんな声と共に、ぐらりと景色が歪んで……
小さな小さな女の子が姿を見せた。
「はーなーしーなーさーいー!!!」
「いたっ!?」
小さな女の子にがぶりと噛みつかれて、思わず手を離してしまう。
その隙に、女の子は飛んで逃げる。
……飛ぶ?
「これって……」
よくよく見たら、女の子には四枚の羽が生えていた。
透き通るほどに綺麗で、まるでガラス細工のようだ。
それと、やはり小さい。
手の平サイズで、それと、ゆったりとしたワンピースのような服を着ていた。
あんな服が売られているとは思えないから、自作なのだろうか?
目尻は釣り上がり気味で、強気で勝ち気な印象を受ける。
ただ、愛嬌のあるかわいらしい顔をしているせいで、全体的に愛らしさが勝る。
「ちょっと、そこのあんた!」
女の子がビシッと俺を指差して、怒りの表情で言う。
「レディの扱いがなっていないんじゃないの? このあたしを、がしっと鷲掴みになんてどういうこと?」
「えっと……ご、ごめん?」
「ふんっ、謝れば許してもらえるとでも? はっ、甘々ね! 収穫したばかりのはちみつくらいに甘いわ!」
小さな女の子はものすごく怒っていた。
でも……よくよく考えたら、それも当然かもしれない。
いきなり体を掴まれたんだ。
とても恐ろしいだろうし、悪気がなかったとしても、そうそう簡単に許せることじゃないだろう。
僕は深く頭を下げる。
「本当にごめん」
「え?」
「なにかいる、と思って手を伸ばしたらキミを掴んでいて、怖がらせようと思ったわけじゃなくて……って、これは言い訳だよね。本当にごめん。僕にできることがあれば、なんでもするよ」
「えっと……」
小さな女の子は、虚を突かれたかのように目を丸くした。
ややあって、ため息。
「あんた、あたしを捕まえに来たわけじゃないの?」
「そんなことはしないよ」
「本当に?」
「女神に誓って」
「……信じてあげる。それと、許してあげる」
小さな女の子はにっこりと笑う。
よかった、機嫌を治してくれたみたいだ。
「ところで、あなたは誰なのですか?」
様子を見ていたソフィアが、我慢の限界という感じで尋ねた。
「ふふーん、このあたしのことが気になるの? 気になるのね? それも仕方ないわねー。なにしろ、こんなにも愛らしく可憐なんだもの。気にならない方がおかしいわ」
「もしかして、妖精ですか?」
「そう! その通り! 天下無敵の美少女妖精リコリスちゃんとは、このあたしのことよ!!!」
妙な決めポーズを決めつつ、小さな女の子……妖精のリコリスは、そう名乗った。
「まさか、妖精と出会うなんて……」
「さすがに、この展開は私も想定していませんでした」
妖精は希少種だ。
その容姿に興味を持つ者が多く、昔、乱獲が行われたみたいで……
今では、人前に姿を見せることはほとんどない。
それが、こんなところで遭遇するなんて。
「リコリスは……あ、名前で呼んでもいいかな?」
「ええ、構わないわ。というか、二人も自己紹介しなさいよ」
「あ、そうだね。ごめん。僕は、フェイト・スティアート。冒険者だよ」
「私は、ソフィア・アスカルトです。同じく冒険者です」
「へー、冒険者なのね。なんで、こんなところに?」
「妖精が鍛えたと言われている剣がこのダンジョンにあると聞いて」
「剣? えっと……ああ、アレのことね」
「知っているの?」
「ええ。あたしが管理しているわ。ここ、最下層じゃなくて、実は十一層があるのよ。そこが宝物庫になっていて……はっ!?」
なにかに気がついた様子で、リコリスは顔色を変えた。
ピューと、慌てた様子で天井ギリギリまで飛ぶ。
「このあたしをうまく誘導して、宝物庫の話をさせるなんて、やるわね!」
「いや、えっと……」
「でも、あたしはなにも話さないわよ! どんなことをされても……えっちなことをされても、絶対に話さないわ!」
「……フェイト?」
「なにもしないからね!?」
ソフィアが冷たい笑顔でこちらを見るので、慌てて否定した。
「リコリス、誤解をしないで。僕達は、無理矢理になんて思っていないよ」
「ふんっ、どうかしら。人間の言うことなんて、信じられないわね」
「それは……うん、そう思われても仕方ないと思う」
「え?」
「ひどいことをしてごめん」
「……なんで、あんたが謝るのよ? 別に、あんたが妖精狩りをしたわけじゃないんでしょ?」
「でも、それは人全体の罪だと思うから。だから、ごめんなさい」
「……」
リコリスは、片方の眉をひそめた。
それから、ゆっくりと降りてくる。
「フェイトは、変わった人間なのね」
今、僕のことを名前で……?
「確かに、フェイトは変わっているかもしれませんね」
「えぇ、ソフィアまで」
「ですが、そこがフェイトの良いところなのですよ。私も人間なので、あまりアテにならないかもしれませんが……彼は、リコリスが知る人間とは違うということを保証いたします」
「同じ人間が言っても、本当にアテにならないわね」
「ですが、私は同じ女です」
「……」
「そこで、多少は信用していただけませんか?」
「……仕方ないわね」
リコリスは、ふわりとソフィアの肩に降りた。
「フェイトと……ソフィアだっけ? あんた達は、確かに他の人間と違うみたい。害を与えようとしているわけじゃないって、信用してあげる」
「ありがとうございます。それで、できれば剣が欲しいのですが……ダメでしょうか?」
「んー……まあ、あたしは剣なんて使えないしいらないし、あげてもいいんだけど、条件をつけてもいい?」
「なんですか?」
「あたしのお願いを聞いてほしいの」
リコリスは再び宙を飛び、僕達の前で滞空する。
「実のところ、あたしは二人のような人間を待っていたの。このダンジョンを踏破する力を持っていて、なおかつ、信頼できそうな人間を」
「どういうこと?」
「実は、最下層……あ、十一層の本当の最下層のことね? そこに、魔物が住み着いちゃったのよ」
「そんなことが……」
「フェイト達が欲しがっている剣とか、そういうのはわりとどうでもいいんだけど……でも、あたしの大事なものも宝物庫にあるの」
「大事なもの?」
「そう……とても大事なもの。ともすれば、あたしの命よりも大事よ」
そう言うリコリスは、とても辛そうな顔をしていた。
大事なものが手元になくて、魔物にどうかされているのではないかと、不安に思っているのだろう。
「ソフィア」
「はい、フェイトの好きなように」
「ありがとう」
頼りになるだけじゃなくて、理解もしてくれて、とてもありがたい。
「その依頼、請けるよ」
「ここが、十一層への道よ」
部屋の中央にある泉から水が抜けて、その奥から階段が現れた。
リコリスが操作しないと先に進めない仕掛けになっているらしい。
「でも、それならどうして魔物が?」
「ゴースト系の魔物だから、すり抜けられたの。結界を張っているわけじゃないから、防ぎようがなくて……」
「なるほど」
ゆっくりと隠し階段を降りていく。
俺とソフィアは、共に剣の柄に手をつけていた。
いつ、なにが起きてもいいように、最大限の警戒が必要だ。
「そういえば……」
ふと思い出した様子で、ソフィアが尋ねる。
「今まで、十層に到達した人はいなかったのですか?」
「何人かいたわよ」
「その人たちに頼むということは?」
「しないわ。だって、どいつもこいつも財宝のことばかりしか頭になくて、あたしのお願いなんて絶対に聞いてくれそうにないんだもの。たぶん、あたしが姿を見せても、『やった、超絶美少女可憐妖精だ! 捕まえて売るか、一生、かわいがろう!』っていう反応しかないわね」
「さりげなく自分をアピールするところはともかく……そうですね。妖精であるリコリスの頼みを聞くような人は少ないでしょうね」
「そうかな?」
「そうですよ。基本的に、世の中の冒険者は、あのシグルド達のような連中が多いですよ」
「いやな世の中だなあ……」
とはいえ、ソフィアのような冒険者もいる。
だから、絶望することないけどね。
「その点、あんたは合格よ!」
ひらりとリコリスが僕の前にやってきて、ビシッと指を差してきた。
「ちょっと頼りないところはあるけど、でも、それなりに誠実そう。バカがつくくらいの真面目なのかしら? うーん……でも、顔は好みかしら? まあまあね。及第点をあげる」
「えっと……僕、褒められているの?」
「もちろんよ。このあたしがここまで言うなんて、なかなかないことよ。誇っていいわ」
普段のリコリスを知らないため、判断のしようがない。
「人間にしては良いヤツっぽいし……なんなら、後でおねーさんが良いことしてあげましょうか?」
「なっ!?」
「?」
リコリスが妖しく笑い、ソフィアが慌てる。
しかし、僕は首を傾げる。
リコリスの言う良いことって、どういうことだろう?
冒険者としての知識は、シグルド達の奴隷をしていたことで、そこそこあると思う。
ただ、それ以外の一般常識や専門知識となると、どうにも不得手なところがあり……
リコリスがなにを言いたいのか理解できない。
「なにを言っているのですか、あなたは!? フェイトに変なことを言わないでください!」
「なんでソフィアが怒るのよ?」
「私が、フェイトの幼馴染だからです!」
「それ、アレでしょ? 幼馴染っていうだけで、特に進展していないんでしょ?」
「結婚の約束をしました!」
「どうせそれも、子供の頃の約束なんでしょ? で、ソフィアだけが覚えてて、肝心のフェイトは忘れて、いつの間にかなあなあになっちゃう、っていう」
「むぐっ」
いや、僕はちゃんと覚えているよ?
「そんなんでフェイトを独占しようなんて、片腹痛いわね。この超絶天才可憐かわいいリコリスちゃんが寝取ってあげる!」
寝取る、ってなんだろう?
「……」
「ソフィア?」
「そのようなことをしたら……斬ります」
「「ひぃっ!?」」
ソフィアが、キラリとわずかに刃を覗かせた。
彼女の本気を感じ取り、俺とリコリスは悲鳴をあげる。
……そんなバカなやりとりをしつつ、僕らは十一層へ。
十一層はとても広い部屋だ。
大人数でスポーツができるほどに広い。
奥に扉が一つ、見える。
普通の扉ではなくて、封印が施されているみたいだ。
たぶん、あれが宝物庫なのだろう。
「魔物は?」
「うーん……それが、どこにいるのかよくわからないのよね。あたしまでやられるわけにはいかないから、二回くらいしか様子を見に来たことはないの」
「なら、どんなヤツなのかもわからない?」
「なんていう種類か、それはわからないけど、姿を見たことならあるわ。壁をすり抜けることができて、ボロ布をまとった骸骨で、大きな鎌を持っていたわ」
「それは、もしかして……」
「死神ですね」
僕とソフィアは目を合わせて、頷く。
意見が一致した瞬間だ。
「死神? なによそれ、そんな魔物がいるの?」
「希少種と呼ばれている、数が少なくて、とても珍しい魔物ですね。昔は、人の魂を天に運ぶ使者と呼ばれていたのですが……最近では、ただの質の悪い魔物であることが判明して、各地で討伐されています」
「ただ、けっこう面倒な相手なんだよね? 確か」
「はい、そうですね。リコリスが言ったように、物質透過能力を持つため、なかなかに手強い相手です。Aランクに指定されていますね」
ソフィアがいるから、Aランクでも問題はない。
……なんていう考えは甘く、とても危険なものだ。
下手をしたら、彼女の足を引っ張ってしまうだろうし……
そうなると、最悪の事態に発展することも考えられる。
そんなことにならないように、しっかりと注意していこう。
「見た感じ、魔物はどこにもいないけど……」
「相手が死神だとしたら、壁や床の中に潜んでいてもおかしくありません。気をつけていきましょう」
「そうだね」
「リコリスは、私達から絶対に離れないでください」
「え、ええ」
どこかに魔物がいるかもしれないと、さすがのリコリスも緊張した様子だ。
少しずつ歩を進めつつ、周囲の気配を探る。
今のところ、なにもないけど……
「フェイト!」
「っ!?」
ソフィアの声に反応して、僕は横に跳んだ。
直後、地面から鎌が勢いよく生えてくる。
「……外シタカ」
どこからともなく、錆びついた鉄をこすり合わせたような、そんな声が聞こえてきた。
「これ、死神だよね」
「ですね……」
「それにしても、今、鎌だけが飛び出してきたけど……本体は壁や床に潜んだまま、そんな状態で攻撃できるっていうこと? 反則だよね、それ」
「だから、あたしも困っているのよ。追い出そうとしても、すぐに壁や床に潜られて逃げられちゃうし……どうしようもないのよね」
はぁ、とリコリスがため息をこぼした。
自分よりも大事な宝物を守るという彼女のために、なんとかして死神を討伐したいものの……うーん、どうすればいいんだろう?
「壁や床に傷をつけることはまずいですか?」
「ん? ある程度なら別にいいけど、どうするつもり?」
「壁や床に潜んでいるなら、それごと、叩き切ろうかと思いまして」
なんていう力技。
「ソフィアならできるかもしれないけど、下手したら、このダンジョンが崩落しない? あと、リコリスの大事なものが傷つく可能性も……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それはダメ、絶対ダメよ!? そんなことしたら、末代まで呪ってやるからね!? 妖精の呪いは怖いわよ。具体的に言うと、えっと、えっと……とにかく怖いの! だから……ひゃあああああ!?」
天井近くで抗議していたリコリスは、突然、ぬるっと生えてきた骨の手に掴まれた。
「ぎゃあああああ!? なにこれなにこれなにこれ!? あたし、なんかぬるっとしたものに掴まれてるううううう!?」
リコリスが大絶叫する中、死神が天井から姿を見せた。
「いーやあああああああ!? こいつキモい、めっちゃキモいんですけど!? あたしの体が目当てなの!? 目当てなの!? それはダメ。あっちの人間にして!」
「サラッと、人を売り渡そうとしないでくれませんかね……」
捕まってもなお元気なリコリスに、ちょっとだけ緊張感が抜けてしまう。
とはいえ、リコリスが死神に捕まえられたことは痛い。
迂闊に動くことができず、僕とソフィアは剣の柄に手を伸ばしたまま、死神を睨みつける。
「動クナ」
「……」
「武器ヲ捨テロ」
「……」
はいわかりました、とおとなしく従うわけにはいかない。
そんなことをしたら、そのまま殺されてしまうのがオチだ。
「コイツヲ殺スゾ?」
「ぴゃあっ!?」
鎌がリコリスの喉元に。
あと少し、力を入れるだけで、彼女の喉は斬られてしまう。
武器を手放したら終わり。
だからといって、リコリスを見捨てるわけにはいかない。
どうすれば……
うん?
ちょっと待てよ。
リコリスは人質に取られているものの、死神は、ちょうどいいことに姿を見せていて……
ある意味で、これはチャンスじゃないだろうか?
「わかった、武器を捨てるよ」
「フェイト!?」
「……」
ここは任せて、とアイコンタクトを送る。
「……わかりました。武器を捨てましょう」
さすが幼馴染。
僕の意図をすぐに理解してくれるだけではなくて、信頼もしてくれる。
やっぱり頼りになる。
「これでいい?」
僕とソフィアは、それぞれ床に剣を置いた。
そして、それを離れたところに蹴り飛ばす。
「ヤケニ素直ダナ?」
「リコリスを人質にとられているからね。彼女を助けるためなら、仕方ないよ」
「じーん……フェイト、あんた、ものすごく良いヤツだったのね!」
「さあ、そちらの要求は飲んだ。次は、僕達の番だ。リコリスを解放してほしい」
「ククク……ソンナ要求ヲ聞クトデモ?」
やはり、死神は約束を守るつもりはないようだ。
そのまま僕とソフィアを始末するつもりなのだろう。
「なら、せめて人質を交換してくれないかな?」
「ナンダト?」
「リコリスは解放してほしい。代わりに、僕が人質になる」
「ソノヨウナコト……」
「こう見えて、ソフィアは強いよ? 素手でも、キミを倒せると思う」
「ム?」
「そんなソフィアに対して、僕はこれ以上ないほどの人質になる。悪い話じゃないと思うけど?」
「……」
迷うような間。
ややあって、
「イイダロウ」
死神は小さく頷いた。
「両手ヲ挙ゲテ、コチラニ来イ」
「わかったよ」
言われた通り、両手を挙げて死神のところへ。
「フェイト」
後ろでソフィアが心配そうに僕の名前を呼ぶ。
大丈夫、というように肩越しに微笑んでみせた。
「はぁあああああ……た、助かったぁ」
僕が人質となり、代わりにリコリスが解放された。
素直に約束を守ったというよりは、人質が二人もいても面倒なので、片方を解放した方がいい……と判断したのだろう。
「デハ、ソコノ妖精ヨ」
「あ、あたし!? なによ、まだなんかするつもり!?」
「ソノ女ヲコレデ殺セ」
「えっ」
死神はどこからともなく短剣を取り出すと、リコリスに差し出した。
「な、なんであたしが……」
「下手ナコトヲスレバ、コノ男ヲ殺ス」
「ぐ……」
リコリスが死神を睨みつけた。
ソフィアも、ものすごい殺気を放っている。
二人に心配をかけたくないので、早く終わらせることにしよう。
「悪いけど……リコリスにソフィアを殺させる、なんてことはさせないし、僕も死ぬつもりはないよ」
「ム!?」
喉元に押しつけられた鎌を手で掴み、押し返す。
当然、手は切れてしまうのだけど、自分の意志で掴んでいるから、骨まで切れてしまうということはない。
痛みを我慢。
我慢は慣れているから、普通に動くことができる。
「このっ!」
「グアッ!?」
飛び跳ねるようにして、死神の顎に頭突きを叩き込む。
星が散るような痛みだけど、頭の硬さ比べは僕の勝ち。
死神はふらふらとよろめいて、そのまま床に潜り逃げようとした。
でも、それはダメ。
死神の手を掴み、この場におしとどめる。
「貴様ッ、離セ!」
「やだよ……ソフィア!」
「了解です!」
驚異的な瞬発力で、ソフィアはすでに蹴り飛ばした剣を拾い上げていた。
構えて、
「神王竜剣術・参之太刀……紅!」
瞬間移動したのではないかと思うほどの超加速。
そのまま刺突を繰り出して、死神の頭部を剣で貫いた。
ただの剣ではない。
世界で一本しかない、聖剣エクスカリバーだ。
その威力は絶大。
「ア、アアアアアァ……!?」
死神は抗うことを許されず、そのまま滅びた。
「フェイト!」
解放された僕のところに、ソフィアがものすごい顔をして駆けてくる。
あれ、怒っている?
「手を見せてくださいっ、早く!」
「え? あ、うん。どうぞ」
くるっと手を回して、手の平を見せた。
鎌を掴んでいたため、ぱっくりざっくりと切れている。
それなりに深いらしく、傷口が塞がることはなくて、血がダラダラと流れている。
「ああもうっ、こんなに大きな怪我を……!」
「え? こんなの、大した怪我じゃないよね」
「十分に大怪我です!」
そう……なのかな?
ソフィアは慌てているものの、僕は、実のところよくわからなかったりする。
奴隷時代、これくらいの怪我は日常茶飯事だったから……
これが大怪我という認識はないんだよね。
ちょっと痛いくらい、っていう認識?
……ということを話すと。
「ばかっ!」
ソフィアは涙目になり、本気で怒る。
「ばかですか、フェイト! 本当にもう……ばかっ、ばかばかばか!!!」
「え、えっと……?」
「もう、こんなにも私を心配させて……」
「……ソフィア……」
彼女を悲しませてしまったことは、とても申しわけないと思う。
でも、こんな時だけど、僕はうれしいと思っていた。
涙を流すほどに心配してくれる人がいる。
それは、とても幸せなことだ。
ソフィアの優しさが、僕の心を温かくしてくれて……
傷だけじゃなくて、心も癒やしてくれる。
一人だった頃は、絶対に味わうことができなかった経験だ。
とはいえ、泣かせてしまうほど心配をかけさせてしまったことは、やはり、とても申しわけなくて……
「ごめんね、ソフィア。できる限り、無茶はしないから」
「……できる限りではなくて、絶対に、と約束してください」
「それは……ごめん、無理かも」
「どうしてですか?」
「だって、もしもソフィアが危険な目に遭っていたら、僕は、無茶をしてでも助けようとするだろうから」
「……フェイトは、実は過保護なのですか?」
「ソフィアがそれを言う?」
「……ふふっ」
小さくソフィアが笑う。
よかった。
やっぱり、彼女は笑っている方がいい。
かわいいとか綺麗とか、そういう理由もあるのだけど……
でも、それだけじゃなくて、見ていると、とてもほっとすることができるんだよね。
ソフィアの笑顔には、人を安らかにすることができる、不思議な力があると思う。
「あんたら、あたしのこと忘れてない?」
本気で忘れていたため、リコリスのジト目が痛い。
とりあえず、適当に笑ってごまかしておいた。
「まったく……とりあえず、手、見せてみなさい」
「こう?」
「うわ。スッパリ切れてるわね……でもまあ、これくらいなら」
リコリスが手をかざすと、温かい光に包まれた。
時間を逆再生するかのように、傷口が塞がっていく。
「え、すごい」
「これは、もしかして妖精の力ですか?」
「まーねー! あたしくらいになると、これくらい楽勝よ、ふふんっ!」
「ありがとう、リコリス」
流れた血は元に戻らないみたいだけど、でも、十分。
傷口が塞がるだけで相当にありがたい。
「よし、これなら探索を続けても大丈夫かな? それで、棲み着いていた魔物は死神で終わりだよね? 実は他にも、なんていう展開はないよね?」
「大丈夫、心配しないで。あの死神一匹だけよ」
「そっか、よかった」
「ところで……そこそこ派手に戦いましたが、リコリスの大事なものは無事なのですか? あるいは、死神に荒らされているという可能性も……」
「んー……たぶん、大丈夫だと思うけど。でも、そう言われると不安になってきたわね。今すぐに確かめましょう」
リコリスは、ふわりと部屋の奥の扉に飛んでいく。
やはり、あそこが宝物庫なのだろう。
リコリスの大事なものも、その中にあるはず。
鍵が開けられた様子はないのだけど、でも、相手は死神。
扉をすり抜けて中へ入り、悪さをしていたかもしれない。
「開きなさい」
リコリスの呪が鍵となっていたらしく、声に反応して扉が開く。
リコリスは扉が開き終えるよりも先に、隙間から宝物庫へ入る。
僕達も彼女を追い、宝物庫へ移動した。
「うわぁ……」
思わずそんな声をこぼしてしまうほど、中はたくさんの財宝で満たされていた。
山積みされた金貨。
たくさんの宝石がつけられた装飾品。
中に光球が浮いている小瓶、オーロラのような羽衣……見たことのないアイテムもある。
「すごいですね……これほどの財宝が残されているなんて」
「あんたら以外の冒険者は、十層が最下層と勘違いしてて、そこで引き返していったからねー。宝物庫は手つかずで、宝は貯まる一方。で、こんな状態になってるわけ」
妖精は宝物が好きで、カラスが光り物を集めるように、気に入ったものを収集して保管する習性がある。
ここにある宝物も、全部、リコリスが集めたものなのだろう。
「リコリスの大事なものっていうのは?」
「……」
返事はない。
ただ、答えを示すかのように、リコリスは宝物庫の奥へ飛んでいく。
後を追うと、たくさんの財宝に囲まれるようにして、簡素なお墓があった。
とても小さなサイズだ。
花が供えられている。
特別な花なのか、しおれることなく枯れることもなく、優しく輝いている。
「それは……」
「あたしの友達のお墓よ」
「そう、なのですか……それが、リコリスの大事なものなのですね」
「そういうこと」
リコリスは。どこからともなく花を取り出すと、お墓に捧げる。
そして、両手を合わせて祈る。
僕とソフィアも彼女に習い、祈りを捧げた。
名前も知らないリコリスの友達……
どうか、安らかに眠ってください。
「ここにある財宝って、大半があの子が集めてきたものなの」
「そうだったんだ……てっきり、リコリスが集めたものかと」
「財宝は嫌いじゃないけど、そこまで好きっていうわけじゃないから。あの子が集めて……でも、途中で失敗して、血だらけでここに戻ってきて……そのまま」
「……」
「大丈夫よ。気持ちの整理は、もうついているから」
そう言うリコリスは、確かに、スッキリとした顔をしていた。
強がりなどではなくて、特に問題はないのだろう。
「お墓が荒らされていないか、それだけが心配だったけど……でも、そんなこともなかった。で、魔物も無事に追い払うこともできた。これも、あんた達の……ううん。フェイトとソフィアのおかげよ。ありがとう」
リコリスはにっこりと笑う。
その笑顔は、太陽のように輝いていた。
「はい、これがフェイトとリコリスが探していた、あたし達妖精が鍛えた剣よ」
リコリスが案内してくれた先に、一振りの剣があった。
刀身は水晶のように透明で、宝石のように綺麗だ。
ただ、脆いという印象はなくて、逆に力強く感じた。
柄はシンプルなデザインで、使い勝手を重視しているのかもしれない。
宝石が一つ、セットされている。
「あら、とても綺麗な剣ですね」
「ふふーん、そうでしょそうでしょ。なにしろ、あたし達妖精が鍛えた剣だからねー」
「これ、名前はなんていうの?」
「雪水晶の剣よ。名前の通り、雪水晶っていう鉱石を材料にしているの」
「まんまだね」
「切れ味はけっこうあるんじゃないかしら? あと、かなり頑丈で、よほどのことがない限り折れたり刃こぼれすることはないわ。壊れたとしても、勝手に修復されるみたいよ」
「自己修復機能なんてものがあるのですか? それはすさまじいですね……フェイト、私にも見せてくれませんか?」
「うん、どうぞ」
ソフィアに雪水晶の剣を渡した。
「これは……」「なんて綺麗な刀身」「切れ味はなかなか……」なんていう独り言が聞こえてきた。
そんなソフィアの目は、子供のようにキラキラと輝いている。
剣聖だから、剣が好きなのだろうか……?
そういえば、メインに使うエクスカリバーだけじゃなくて、他にも色々と剣を持っていたっけ。
「あの、フェイト。お願いがあるのですが……」
「うん? なに?」
「たまにでいいのですが、この剣、貸してくれませんか? じっくりと眺めたくて……あとあと、手入れは私にさせてもらえるとうれしいです!」
「えっと……うん、それくらい別にいいけど」
「ありがとうございます!」
幼馴染の意外な一面を知るのだった。
「ありがとう、リコリス。雪水晶の剣、大事に使わせてもらうよ」
「ええ、そうしてちょうだい。あたし達妖精が人間に贈り物をするなんて、滅多にないんだからね? 感謝してよ」
「うん、ありがとう」
「え? いや、その……ありがとうとか、本当にそんなこと言わないでよ。本来なら、あたしがそう言う立場にあるんだから。まったくもう、気が効かない人間ね」
「えっと……なんで僕、怒られているの?」
「ふんだっ」
リコリスは頬を膨らませつつ、ぷいっと顔を背けてしまう。
ただ、その頬は赤い。
照れ隠し?
「あ、そうそう。せっかくだから、他のお宝も持っていっていいわよ」
「え?」
「ここに置いていても、埃を被らせるだけだもの。なら、有意義に使ってもらった方がいいわ」
「えっと……」
ソフィアと顔を見合わせる。
僕に任せます、という感じでソフィアは小さく頷いた。
「リコリス」
「なに?」
「うれしい話だけど、遠慮しておくよ」
「え? なんでよ。ここにあるお宝、けっこうなレアものよ? 全部売れば一生遊んで暮らせるし、二人は冒険者なんでしょ? 冒険に役立つものもたくさんあるわよ」
「でも、リコリスと友達が一緒に集めたものなんだよね?」
「あ……」
「二人の思い出を持ち出すようなこと、できないよ」
「……バカなんだから」
そんなことを言いながらも、リコリスはどこかうれしそうにしていた。
鈍いと言われることのある僕だけど……
なんとなく、彼女の性格を掴むことができた。
素直じゃないけど……
でも、とても優しい妖精なのだろう。
そんなリコリスと、これからも一緒にいたいと思う。
そう思った僕は、気がつけば口を開いていた。
「ねえ、リコリスはこれからどうするの?」
「んー、どうしようかしら? ここにあるお宝を使って、今度こそ、侵入不可能な結界を展開してお墓を守って……その後は、適当に旅でもしようかしら? あたし、ずっとこのダンジョンにいたから、そろそろ外が恋しいのよね」
「なら、僕達と一緒に行かない?」
「は?」
リコリスの目が丸くなる。
それから、体全体を傾けて、全身で疑問をアピールしてみせる。
「どういうこと?」
「いや、そのままの意味だけど」
「あたしが、フェイトとソフィアの仲間になる、っていうこと」
「うんうん、そういうこと」
「……はぁ?」
ものすごく呆れた顔をされてしまう。
言葉にしないものの、あんたバカ? と言われているかのようだ。
「あんたバカ?」
あ、言われてしまった。
「妖精が人間の仲間になるなんて、聞いたことないわ。ありえないでしょ。そもそも、あたし達妖精は、人間のせいで数が減ったのよ? そんな人間の仲間になんて、なると思うの?」
「うーん……そう言われてみると、そうかも」
「考えてなかったわけ……?」
「思いつきみたいなものなんだ。リコリスと一緒なら、きっと楽しい旅ができるだろうな、っていう。それと……」
「それと?」
「一人よりは二人。二人より三人。旅は、たくさんいた方が楽しいと思うんだ。一人は……寂しいよ」
「……」
リコリスは再び目を丸くして……
「あはははははっ!!!」
大爆笑。
「オッケー、オッケー! うんうん、いいわ。フェイトってば、最高なんだけど。こんなおもしろい人間、初めてかも」
「フェイトですからね」
なぜか、ソフィアが誇らしげになる。
そんなソフィアにリコリスの視線が移動した。
「ソフィアは、あたしが一緒でいいの?」
「はい。リコリスと一緒なら、とても楽しいと思います」
「ふーん……フェイトと二人きりじゃなくてもいいの?」
「それは、正直悩ましいですけど……ですが、リコリスなら歓迎ですよ」
「ふーん」
ちょっと考える仕草を見せて……
それから、リコリスはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「それって、あたしが妖精だから安心してる、ってこと? フェイトをとられる心配はない、とか?」
「……そのようなことはありませんよ?」
「今の間はなにかしら? でも、まあ……」
リコリスは、ふわりと飛んで、僕の隣に。
そして、そっと顔を寄せてきて……
「んっ」
頬にキスをしてしまう。
「えっ」
「なぁっ!!!?」
「くふふ」
リコリスは悪人のような笑みを浮かべて、ソフィアは愕然とした。
「あたしも、これくらいのことはできるんだけどねー?」
「……フェイト。そこの悪い虫を切り捨てようと思うので、少し離れてください」
「あはははっ、余裕がぜんぜんないじゃない。そんなんで、あたしが一緒にいても平気なのかしら?」
「やっぱり、リコリスは一緒に来てはいけません。反対です!」
「だーめ。もう遅いんだから。すごく楽しそうだから、あたしも一緒してあげる」
「フェイト! リコリスをここに封印して、立ち去りましょう!」
「ふふっ。これからよろしくね、フェイト。ソフィア♪」
にっこりと笑うリコリス。
ひとまず……
これから騒がしい日常を迎えることになりそうだ、と苦笑する僕だった。
街に戻った頃には、すっかり日が沈んでいた。
そのまま宿へ。
そして、翌日。
俺達はギルドを訪ねた。
「すみません」
「あ、スティアートさん。それに、アスカルトさんと……よ、妖精?」
ふわふわと飛ぶリコリスを見て、受付嬢の目が丸くなる。
希少種と呼ばれていて、なおかつ人間嫌いの妖精が一緒にいることに驚いているのだろう。
受付嬢だけじゃない。
たまたまギルドを訪れていた他の冒険者達も、物珍しそうな視線をこちらに送ってきていた。
ただ、物珍しそうに見るだけで、リコリスを捕まえて一攫千金を企む者なんていない。
人によって妖精狩りが行われたものの……
その後、狩りに参加した人のほとんどが謎の死を遂げたのだ。
しかも、むごたらしく長い間苦しむという方法で。
真実かどうかわからないが、妖精の呪いと言われている。
以来、妖精を狩る人はほとんどいなくなり、絶滅手前で安全が確保された、というわけだ。
とはいえ、呪いなんてウソっぱちだ、と気にしない人がリコリスを狙わないとも限らない。
何事もないように、街中などでは、常に気を配らないと。
「どうして、妖精が一緒に……?」
「友達になったんだ」
「な、なるほど……?」
「それよりも、馬車の手配をしてほしいんだけど」
ギルドでは依頼を斡旋するだけじゃなくて、馬車の手配なども行ってくれる。
自分で手配してもいいのだけど、伝手のあるギルドの方が色々と効率的なのだ。
「馬車ですか? どちらまで?」
「ちょっと遠いんだけど、リーフランドまで」
リーフランドというのは、大陸の南端にある港町だ。
交易と漁業で栄えていて、とても活気のある街……らしい。
シグルド達の奴隷にされてから、色々な街を見て回ったのだけど、リーフランドに行ったことはまだない。
どうして、リーフランドに向かうのか?
それは、リーフランドがソフィアの第二の故郷だからだ。
親の仕事の都合で、ソフィアは幼い頃、リーフランドに移住した。
依頼、そこで長い時を過ごして……
そして、冒険者になり旅に出て、今に至る。
ソフィアは僕のことを両親に紹介したいらしく、ぜひ、と言われた。
僕としても、久しぶりにおじさんとおばさんに会いたいので、二つ返事で了承した。
リーフランドを訪ねた後は、僕の故郷を案内したい。
ソフィアの第一の故郷でもあるから、きっと懐かしいと思ってくれるだろう。
「えっ、スティアートさんとアスカルトさん、街を出ていってしまうんですか?」
「はい、そうですが?」
ソフィアがにっこりと笑いつつ、しかし、冷たく応える。
この街のギルドでは、色々なことが起きたから、良い印象は抱いていないのだろう。
たぶん、内心ではざまあみろ、と思っているに違いない。
ただ、命令に逆らえない受付嬢に罪はないから、あまり意地悪はしないであげないでほしいのだけど。
「そうですか、残念ですね……はい、わかりました。では、馬車の手配をしておきますが、どの程度のランクの馬車を希望しますか?」
「長旅になると思うから、高いランクのものですね。それなりに高くなっても構いません」
「わかりました。では、二つか三つ、ピックアップしておきますね。長距離の馬車となると、手配に少々時間がかかるため、数日ほど待っていただければ」
「構いませんよ」
「では、三日後くらいに来てもらえれば。あっ……それと、今、時間はありますか?」
なにか思い出した様子で、受付嬢がそんなことを尋ねてきた。
「時間はあるけど……」
何事だろうと、ソフィアと顔を見合わせる。
そんな僕達に、受付嬢は恐る恐る言う。
「えっと、ですね……つい先日、新しいギルドマスターが着任されまして、それでお二人に挨拶がしたい……と」
「さあ、行きましょう、フェイト。私達に余分な時間なんてありませんよ」
「あああああっ、待って、待ってください! 以前のことなら、いくらでも謝罪いたしますぅ! でもでも、私も上からの圧力で動けなくて、あ、いえ、とにかくすみません!!!」
哀れみを誘うほどに、受付嬢が全力で引き止めてきた。
「ソフィア、話を聞くくらいなら……」
「甘い、粉砂糖と練乳とはちみつをかけたパンケーキくらい甘いですよ。冒険者を相手にする受付嬢は、並大抵の心では務まりません。この哀れみを誘う言動は全て演技。私達を引き止めるためなら、なんでもやるのですよ」
「そう、なのかな……?」
だとしたら、相当なものだと思うけど……
ただ、本気の部分もいくらか混じっているような気がした。
「でも、あと数日はこの街に滞在することになるし、戻ってこないとも限らないし、ギルドマスターに面会できるのなら面会しておいた方がいいんじゃないかな? 知っているのと知らないのとでは、対処方法も違ってくるだろうし」
「それは……まあ、確かにその通りですね。わかりました、話を聞きましょう」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
ひたすらに感謝する受付嬢に案内されて、客間へ移動する。
紅茶を飲みつつ、待つこと五分ほど。
「おまたせ、またせちゃったかな?」
姿を見せたのは、メガネをかけた飄々とした男だ。
前ギルドマスターが戦士とするのならば、この男は文官という感じ。
剣よりも本を持つのが似合うだろう。
「僕が、この街の新しいギルドマスターのクリフ・ハーゲンだよ。よろしくね」
「えっと……はい、よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
ギルドマスターらしくないなあ、と意表を突かれる僕。
対するソフィアは警戒しているらしく、ピリピリとした雰囲気だ。
相手の言動に惑わされることのないソフィアは、すごく頼りになる。
「それで、挨拶がしたいということでしたが……私達になにか話でも? 私達の方からは、なにもありませんが」
つまらない話なら覚悟してください、というような感じで、ソフィアは、半ばクリフを睨みつけていた。
ちょっと怖い。
剣聖だから、圧もすごいんだよね。
でも、そんなソフィアの勢いに飲まれることなく、クリフは飄々とした態度を崩すことはない。
「まあまあ、そんなに警戒しないで。あ、ドーナツ買ってきたんだけど食べる? この街一番のドーナツで、すごくおいしいよ?」
「けっこうです」
「僕はもらおうかな?」
「えっ、フェイト!」
「食べ物に罪はないし、それに、確かにおいしそうだよ?」
「それはそうですが、もしかしたら毒が仕込まれているかもしれません」
「大丈夫。奴隷時代に毒に等しいものをたくさん口にしてきたから、ある程度の耐性はあるよ」
「それ、誇るところですか……?」
ソフィアは呆れたように吐息をこぼして……
それから、やれやれとドーナツに手を伸ばす。
「なにか入っていたら、承知しませんからね?」
「そんなことはないよ。約束する。これは、二人をもてなすために自腹で買ってきたものなんだ。まあ、自腹といっても、そんな大した金額じゃないんだけどね」
「……いただきます」
飄々とした態度のクリフと、凛としているソフィア。
この二人、水と油みたいだなあ。
「それで、話というのはなんですか?」
「謝罪と依頼、この二つだよ」
「まずは……ごめんなさい」
ギルドマスターは席を立ち、その場で腰を深く折り曲げて、頭を下げる。
突然の行動に、僕とソフィアは目を丸くした。
「前任者がとんでもないことをしていたみたいで、同じギルドの関係者として、深く謝罪するよ。すみませんでした」
「えっと……」
「特定の冒険者を贔屓するだけじゃなくて、スティアートくんに対する不当な扱いや、その他、諸々の犯罪……とても許されることじゃない。改めて、謝罪をさせてください」
ストレートに謝罪をされるとは思っていなかったらしく、ソフィアが戸惑うような顔に。
僕も驚いていた。
ギルドって、けっこう面子を重視するところがある。
荒くれ者が多い冒険者をまとめなければいけないから、舐められたら終わり、みたいな考えがあったりする。
なので、面子が潰れるようなことは、できる限り避ける傾向にあるのだけど……
でも、クリフは素直に頭を下げた。
なかなかできることじゃないと思う。
「もちろん、言葉だけの謝罪で納得できないと思うからね。色々と補填をさせてもらうつもりだよ。例えば、馬車を手配したみたいだけど、半分はギルドで負担させてもらうよ」
「いいんですか?」
「もちろん。金で謝罪が成立するとは思っていないけど、ただ、それでも誠意は示さないといけないからね。できる限りのことはしていくつもりだよ。二人からなにか要求があるのなら、できる限り応えていきたいと思う」
「では、シグルドの仲間達を死刑にしてくれませんか?」
「ちょ」
いきなりの要求に、思わず僕が慌ててしまう。
ただ、クリフはこうなることを予想していたのか、落ち着いている。
「うーん、ごめん。それは難しいかも。冒険者達は、すでに裁判にかけられて刑が確定しているからね。それを覆すのは難しいかな」
「シグルドは死刑ですが、確か、残りは強制労働奴隷でしたよね?」
「うん。でも、強制労働奴隷なんて長生きしないし苦しいだけだから、ある意味で、死刑よりも辛いかな。だから、それで満足してくれないかな?」
「まあ……いいでしょう」
「ごめんね、いきなり要求に応えられなくて。でも、できる限りの謝罪はしたいと思っているのは本当のこと。だから、いつでもなんでも言ってほしい」
ちょんちょん、と隣に座るソフィアを肘で軽く突いて、小声で尋ねる。
「……いい人かな?」
「……まだ断定はできませんが、少しは評価してもいいかもしれませんね」
クリフがウソをついているようには見えないし、演技というわけでもなさそう。
これで心に黒い感情を秘めているとしたら、相当な役者だ。
ソフィアが言うように、信頼を寄せることは危険なのかもしれないけど……
ひとまず、多少は信じてもよさそうだ。
「謝罪については、ひとまず了解。なにかあれば、ギルドマスターを頼りにさせてもらうね」
「クリフでいいよ」
「うん、クリフ。それで……依頼っていうのは?」
「実は、ちょっと困ったことが起きているんだ」
「どんなこと?」
「いやー、実は、スタンピードが発生しそうなんだよね」
「「ごほっ」」
気楽に言うクリフだけど、とんでもなく重要なことを口にしているわけで……
僕とソフィアは、思わずむせてしまう。
「スタンピードって……なにかの要因で魔物が大量発生して、一気に押し寄せてくるヤツだよね?」
「ええ……もしも本当ならば、街一つ、簡単に滅びますね。そのように呑気にしている場合ではないと思うのですが」
「でもさ、慌てても仕方ないでしょ? それよりも、落ち着いて対策を考えた方がいいと思うんだよね」
「それはそうだけど……」
「落ち着きすぎでは……?」
この人、小物なのか大物なのか、とても判断に困る。
あるいは、とんでもないバカなのか。
うーん。
新しいギルドマスターは、どうにもわからない人だ。
「今、ありったけの冒険者を集めているところなんだ。もちろん、憲兵隊とも連携をとっているよ。そんなわけで、できればでいいんだけど、二人にも協力してくれたらなあ……っていう話なんだよね」
「ただの協力要請なのですか? ギルドマスターならば、強制すればいいのでは?」
「スタンピードの対処なんて、下手すれば死んじゃうからねー。さすがに、そこまで強制はできないよ」
「ふむ?」
クリフの真偽を見定めるかのように、ソフィアがじっと見つめた。
かなり鋭い視線で、ウソをついていたり悪いことを考えていたら、冷や汗を流してしまいそうなものだけど……
クリフは変わらず、のほほんとしたままだ。
本当によくわからない人だ。
「私達が断れば?」
「困っちゃうかな。アスカルトさんの力はすごく頼りにしているから、作戦が大幅に狂っちゃいそう」
「私は、フェイトを危険な目に遭わせることには反対なのですが……」
ソフィアがちらりとこちらを見た。
判断は任せます、という感じだ。
「やるよ」
この際、クリフがなにか企んでいるかも? という懸念は無視する。
スタンピードが現実のもので……
この街に被害が出ようとしているのなら、それを放っておくことはできない。
ここは故郷というわけじゃないし、特に思い入れがあるわけでもない。
それでも、見捨てることはできない。
できることがあるのなら、やれるだけのことをやりたい。
「冒険者は人のためになることが義務というか使命というか、その在り方だと思うから」
「なら、私も参加しますね」
「うん。二人でがんばろうね」
スタンピードなんて経験したことがないし、冒険者初心者にしては無茶苦茶な難易度だと思うけど……
でも、ソフィアが一緒なら、なんでもできるような気がした。
「いやー、よかったよかった。もしも断られたら、どうしようかと思っていたよ」
「……その時は、フェイトを人質にして、私に言うことを無理矢理聞かせていましたか?」
「まさか、そんなことはしないって。っていうか、そんな発想が出てくるっていうことは、前任者はけっこう無茶苦茶なことを?」
「けっこう、どころではありませんよ」
前任者が退陣させられて、それから少し後に聞いたのだけど……
シグルド達をいいように使い、自分を正義と信じて疑わず、手段を選ばない。
なかなか無茶をやっていたらしい。
そんな前任者に強い敵意を持っているらしく、ソフィアの声は尖ったものだ。
「あー……これは、僕とキミ達との間に情報の差があるかな? 一通りのことは全部教えてくれ、って言ったんだけど……まったく、ギルドの隠蔽体質にも困ったものだね」
「っ」
瞬間、わずかにではあるものの、クリフから怒気がこぼれた。
思わず緊張してしまうほど鋭いもので……
この人、見た目通りのヘラヘラした人じゃないのかもしれない。
「ごめんね、スティアートくん。アスカルトさん。前任者については、改めて話をした方がよさそうだ。情けない話だけど情報が揃っていないみたいで……さっき話した賠償じゃあ、たぶん、ぜんぜん足りないよね。僕としては本当に申しわけないと思っていて、できれば、謝罪の機会を与えてほしい。だから、今度、改めて話をしたいんだけど、どうかな?」
「えっと……うん。それは別にいいけど」
「よかった、ありがとう。スティアートくんは優しいね。って、その優しさに付け入るような真似をしちゃダメか。うん、大丈夫。謝罪と賠償はしっかりとさせてもらうから。あと、今後、こんなことは起こさせないと誓うよ」
そう言うクリフは、ちょっとした迫力があった。
もしかして、この人、ギルドではけっこう偉いのだろうか?
「話が逸れているよ?」
「あ、すまないね。でも、こっちの話も大事だったから。えっと……それじゃあ話を戻すけど、スタンピードについての話だ。改めて確認になるけど、スティアートくんもアスカルトさんも、参加してくれるってことでいいのかな?」
「うん」
「はい」
「よかった、助かるよ。これでなんとかなりそうだ」
僕はともかく、剣聖であるソフィアのことはとても頼りにしていたのだろう。
安心した様子で、クリフは小さな笑みを浮かべる。
僕も頼りにされるように、がんばらないといけないな。
「ところで、魔物の襲来はいつ頃なんですか?」
「あ、そうそう。大事なところを言い忘れるところだった。魔物の襲来は、明日かな」
「「明日っ!?」」